No.465006

ハーフソウル 第五話・深淵の大帝

創作歴史と創作神話を元にした、ダークファンタジー小説です。武器戦闘をメインにしてあり、魔術はあまり描いていません。男主人公。獣耳少女と男二人で旅をします。今回は説明回です。5413字。

2012-08-04 21:36:53 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:346   閲覧ユーザー数:346

一 ・ 鍛冶屋の街

 

 春にしては寝苦しい夜も、夜が明けてしまえば、朝露と共にさっぱり消え去っていた。

 

 帝国北部、ダルダン公爵領に近いこの街は、古くから鍛冶で名を馳せていた。北部の鉱山から持ち込まれる、良質な鉄鉱石や魔銀は、この地で加工され、港や公路を通じて市場を潤した。市場通りの三分の二を、武具や馬具、農具などの鉄器が席巻するさまは、他の街では見られない光景だ。

 

 目立つ容姿のレンを宿に残し、セアルは一人で買出しに出かけた。子供用の外套を着させて、早朝か夕方にでも街を発てば、恐らく誰にも気付かれはすまい。ラストの方は、昨日の晩から酒場に篭ったきりで、宿へ戻って来る気配すらなかった。仕方無く、セアルはそのまま、市場で必要な物資を揃えた。

 

 ふと市場の人ごみの中に、ちらりと蒼い影が見えた。それは明滅を繰り返す蛍のように、街の北側へと消えてゆく。

 

「まさか……」

 

 あの時の獣人族の男が、この街にいるのだろうか。だが、あの出で立ちでは、人目に付くなどというものではない。気になったセアルは、荷を置き、剣を持ち出すために、一度宿へと戻った。

 

 宿では、レンがそわそわしながら、待ちわびていた。念のためラストの部屋も確認したが、やはり一度も戻った形跡はない。

 自室へ戻ると、先程買い出した物の中から、小さな紙包みを取り出した。レンに手渡すと、彼女は満面の笑みを浮かべる。

 

「わあ……。きれい!」

 

 包み紙の中には、色取り取りの、丸い砂糖菓子が、顔をのぞかせていた。

 

「またすぐに出かけないといけなくなった。退屈かも知れないけど、おとなしく待っててくれ」

 

 一瞬レンは、不満そうな顔をしたが、すぐに首をこくりと振って、うつむいた。

 

「ごめんな……。すぐに帰ってくるから」

 

 剣を取り、ドアへ向かおうとすると、背後からレンが声をかけてきた。

 

「早く帰ってきてね! ……待ってるから」

 

 その言葉に、セアルは振り向いて微笑み、部屋を後にした。

二 ・ 博徒

 

 昼間でも、薄ぼんやりとした酒場の中で、ラストはカードを見据えていた。

 

 毎日ふいごを焚き、熱鉄を叩き続ける荒くれの中にあっても、彼の胆力と眼力は、衰えることは無い。

 

「ストレート。降りたアンタが悪いんだぜ」

 

 どんなに分の悪い役でも、顔色ひとつ変えずに、チップを積み上げる新顔に、酒場の常連たちは色めき立った。いまやラストの前には、山とチップが積み上げられている。幾人もの挑戦者が出るが、或いは強気に出すぎて負け、或いは弱腰になって負けるのだ。

 まれにラストが負けることがあっても、それは魚をさらに食いつかせる餌となった。

 

「兄ちゃんよ。お前さん、ちと稼ぎすぎじゃないのかね」

 

 観客の中からは、新顔が勝ち続けることに対しての、不満が出始めた。元々、酒と賭け事が生きがいのような連中だ。一方的な勝利など、誰も望んではいなかった。

 

「悪いなあ。ちょっと入用でな。これでも、結構まっとうにやってるんだけどな」

 

 人を食った物言いに、その場の男たちはざわめいた。ひそひそと小声でやり取りする者もおり、状況はあまり良いとは言えない。

 

「ゴタゴタだけは勘弁な。面倒起こすと、うるさいヤツから小言を食らっちまうからさ」

 

 一触即発の雰囲気に、ラストは見切りをつけて席を立ち、チップをすべて換金した。

 

「まあ、こんだけあれば足りるか……。勝ちっぱなしで悪ぃけど、おいとまするわ。じゃあな」

 

 鷹揚な足取りで、彼は酒場を後にした。その堂々としたさまに、群集は自然に道を開ける。

 

「何だ、あいつは……。いけ好かねえ」

 

 残された博徒たちは、口々に文句を垂れた。元々公爵領では、賭博はご法度な上に、見知らぬ旅人に賭場を荒らされたのでは、面目が立つわけもない。身包み剥ぐつもりで、結局剥ぎ取られたのは、彼らの方だった。

 

「どうする……? この人数なら勝てるぞ。後を尾けて、ぶちのめすか?」

 

「いや待て。どうせなら、公爵の兵に突き出すってのはどうだ?」

 

 誰かがぽつりと呟いた。テーブルのロウソクに、顔を突き合わせていた連中は、その言葉にほくそ笑んだ。

三 ・ 蒼き代行者

 

 ラストが酒場を後にした頃、セアルは宿を出て、市場を北へと向かった。見間違いでなければ、北への道は一本しかなく、男は街から連なる丘への、道筋にいるはずだ。

 

 街の中心部から遠のくにつれて道は寂れ、民家も点在するほどにしか見当たらない。代わりに黒麦畑が辺りを覆い、それは北門を越えた先へも広がっていた。

 

 昼下がりの畑には草いきれが立ちこめ、緩やかな丘を登るだけでも、呼吸が苦しかった。

 

 ふと、葉を揺らす風にセアルは振り向いた。それほど登ったつもりは無いのに、遥か遠くに街全体が望める。あちらこちらから立ち上がる鍛冶の煙に、初めて海を見た時の感動を思い出した。この眺望もまた、故郷を出なければ、知り得なかったものだ。

 

「来たのか」

 

 ふいに声をかけられ、セアルは驚き振り向いた。風にたなびく銀の髪。はためく蒼の衣。

 

「やはり貴様か……」

 

 セアルはゆっくりと剣を抜いた。切っ先を突きつけ、構える。

 

「せめてもの手向けに、我が名を教えておいてやろう。私は狐人族最後の長、ソウ。今は不死たる、アドナの代行者の三。不死人『狂』なり」

 

「代行者とやらは、三人もいるのか。俺は……」

 

「お前の名は知っている。カイエの末裔よ。千年前の八人の英雄のうち、二人はカイエ家の者だった」

 

 セアルの言葉をさえぎり、ソウは懐かしそうに語った。

 

「我々代行者の役目は、母なるアドナが、再び目覚める審判の日まで、ヒトを監視する事。千年前それを破り、自ら審判の日を起こそうとした男がいた。その男こそが、イブリスの言う首輪の男だ」

 

「そいつは……どこにいる!」

 

「わからぬ。だが、奴らの事だ。いずれお前を狙って来るだろう。血月の夜にでも」

 

 先日公路で会った時にも、『血月』という言葉を、この男は言っていた。

 

「血月とは何だ? 奴らは何故、護符を狙うんだ」

 

 何も知らない、子供のように問うセアルに、ソウはふと笑みをもらす。

 

「……奴らが狙っているのは、護符そのものではない。お前自身だよ、セアル」

 

 その言葉に、セアルは長衣の下に隠してある護符を、ふと左手で追った。首から銀の鎖で通してあるそれは、指先でこつりと音を立てた。

 

「お前が知りたいというなら、すべて語ろう。千年前の有り様を」

四 ・ 深淵の大帝

 

「千年前。一人の代行者が、人間たちに戦を仕掛けた。ヒトであった頃の名を、シェイルードと言う。

 

 不幸な生い立ちをしたその男は、醜い姿の自分を憎み、自分を虐げた人々を恨んだ。すべてを滅ぼそうと、審判の日に先駆けとなる神を、呼び出したのだ。創世神話には名前すらなく、ただ最後に生まれた末神としかないそれを、我々は『深淵の大帝』と呼称した。

 

 男の望みは、この世のすべてを焼き払う以外に、もうひとつあった。それが双子の姉、シェイローエを手に入れることだ。弟の醜い欲望を戒めるために、彼女は男装をして戦場へ赴いた。そして大戦の旗印となった、統一王フラスニエルの軍師としてあの大戦を終結へ導いたのだ。彼女はのちに、もう一人の弟と共に、英雄へと祭り上げられた。

 

 あの大戦では、首謀者であるシェイルードのほか、呼び出された太古の神『深淵の大帝』をも、元いた深淵へと追い返さなくてはいけなかった。その邪神を放逐したのが、シェイローエの末弟である、『弑神』と呼ばれるようになる少年だ。

 

 ここまでは、正史。表向きの歴史だ。

 

 深淵の神は、その身が精神体であるが故に、ヒトの体をもって神降ろしをせねばならない。千年前にその生贄として選ばれたのは、奇しくもフラスニエル王の従兄だった。

 

 不可抗力とはいえ、王の血縁が邪神の依り代にされたなどと、到底知られるわけにもいかない。だから我々は、その不始末を年端もいかぬ、十五歳の少年に押し付けた。彼のよき理解者、唯一の親友を、その手にかけさせたのだ。

 

 何故そんな事を、とお前は思うだろう。当時の戦況は芳しくなかった。シェイルードの陣営に、更にもう一人の代行者が、参戦をした事が大きかった。代行者二人に対して、代行者一人が手を貸す程度の連合軍では、一手違えるだけで瓦解しかねない。世界の均衡を守るためには、奴らを止めるしかない。そのためには、貴重な兵力を割くことが出来なかったのだ。

 

 アドナがこの大陸を『神の箱庭』と呼ばわったように、この大陸の過去と未来は、代行者の手によって織られている。言い換えれば、代行者同士が、ヒトという駒でチェスをしている世界だ。セアルよ、お前もまた駒として生み出された者のひとつ。

 

 もうすぐ、『ウルヴァヌスの血月』と呼ばれる夜が来る。神々が集うとされる、赤い月の夜だ。通常、ヒトの目には不可視だが、神に関わりのある者や、獣人族は多大に影響を受ける。代行者の所有物である王器を携え、その身に深淵を宿すお前には不可避。

 

 深淵は、お前の心海から出で、お前の精神を食らいながら、育つだろう。食らい尽くされれば、お前は死ぬ。否、正確には、お前だった肉体の残骸が残り、その魂を深淵が満たすのだ」

五 ・ 決意

 

「……言いたい事は、それだけか」

 

 ソウの話に、セアルは剣を降ろさず耳を傾けていた。

 

「人がチェスの駒だと? ふざけるな! 貴様ら代行者が、人を操ってるわけじゃない! みんな自分の意思で生きているんだ。他人にどうこう言われる筋合いはない!」

 

「お前が故郷の森を出たのも、自分の意思だと言うのか」

 

「そうだ。俺の意思だ。俺から護符を取り上げようとしている奴がいるとしても、そんな事はさせない。誰かの思う通りになどならない」

 

 その言葉に、ソウは微笑んだ。まるでその決意を、待っていたかのように。

 

「そうだ。その護符は、今やお前の生命線とも言える。それのおかげで『あれ』はお前を食い尽くすのに、手間取っているのだ。この世界が箱庭では無く、チェス盤でも無いと言い切れるなら、お前の思うままに行くがいい」

 

 セアルは剣を収め、ソウに言い放った。

 

「そうさせてもらう。貴様ら代行者の好きにはさせない。自分の決めたように生きる」

 

「ならば次に会う時には、全力で相手をしよう。お前の立ち向かうものが、どれだけのものか身をもって知るがいい」

 

 振り向きもせず丘を下るセアルに、ソウは満足そうに呟きかけた。

 

「……シェイローエよ。お前の末裔たちは、強い子供たちばかりだ」

 

 

 

 

 セアルが街へと戻る頃には、すでに黄昏時に近かった。急いで宿に戻ると、ひどく落ち着きのないレンが、セアルに飛びついて来る。

 

「ねえセアル……。ラストまだ戻ってこないよ? どうしちゃったのかな……」

 

 特に出発の日時を決めていたわけでもなく、お互いの用事が済み次第としていたために、ラストが全く連絡を寄越さないのは、セアルにとっても想定外ではあった。

 

 ふと外の喧騒が気になり、セアルは窓から外を見下ろした。宿の真向かいは鍛冶屋になっており、日がな一日、鎚の音が響いていたが、これは鎚の音でもなければ、客の声でもない。

 

 目を凝らしてみると、一人の男が、多数の兵士に囲まれている。連行されそうなところを、抵抗しているようだ。兵士以外にも、すでに辺りには、野次馬となった人の垣根が出来ている。

 

「……あのバカ……」

 

 セアルの呆れた声に、レンは彼を見上げる。

 

「レン。ラストの荷物を持ったら、すぐにこの街を出よう。北門から出るんだ。わかったね」

 

 レンに外套を着させて、自分は二人分の荷物を抱えると、セアルは窓から身を乗り出して怒鳴った。

 

「おいバカ! 北門だからな! そいつらは自分で何とかしろ」

 

 人ごみの中央から、バカとは何だ、と聞こえた気がしたが、彼は聞かずに、外へと走り出した。

 荷物を抱え、レンを走らせながら後ろを見やると、数人の兵士に追われながらも、ラストはこちらへ向かって来ていた。

 

「おい、ラスト! いらない奴らが付いて来てるぞ!」

 

「うるせえ! 振り切るの大変だったんだぜ? 助けてくれてもいいだろうが!」

 

 ラストの荷物を後ろへ放り投げ、セアルはレンを抱え上げる。

 

「じゃあ門を出るのが一番遅かった奴が、兵士をぶちのめす!」

 

 セアルは笑いながら、走った。北門を越えて、丘を迂回した藪まで来ると、さすがに兵士も追ってくる気配はなかった。

 

「とんでもない目に遭ったぜ……。これからは気をつけないといけないようだな」

 

「それはこっちのセリフだ。何をしたら、あれだけの兵士に囲まれるんだ」

 

 ひと悶着はあったが、今後はなるべく街に近づかないとの見解で一致し、三人は藪から移動を始めた。公路をはずれない程度に森を移動し、朝には領境へとたどり着いた。


 
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