No.461348

ハーフソウル 第四話・首輪の男

創作歴史と創作神話を元にした、ダークファンタジー小説です。武器戦闘をメインにしてあり、魔術はあまり描いていません。男主人公。獣耳少女と男二人で旅をします。6920字。

2012-07-28 22:02:13 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:374   閲覧ユーザー数:374

一 ・ 闇の中

 

 薄暗く、灯り取りも意味をなしていない玉座の間で、イブリスは跪いていた。

 久しく使われていなかったと、思われる程の埃にまみれ、玉座の男は闇の中、ただ淡々と彼女の報告に耳を傾けていた。

 

 玉座の背後には、奈落の底がぽっかりと口を開け、そこには柵すらない。岩山を削り掘って、打ち立てた無骨な城には、装飾らしきものは、一切見当たらなかった。ただ剥き出しの岩壁に、ごつごつとした石の床、そして花崗岩で設えられた玉座があるのみだ。

 

「失敗は許さぬと、申しておいたはずだ。なぜ『あれ』を連れて戻らなかった」

 

 背筋の凍るような声色を、男は発した。

 

「はい。申し開きもできません。思わぬ邪魔が入り、お貸し頂いた手勢も討たれました」

 

「邪魔……? どんな奴だ。お前ほどの力量で倒せぬ者も、そうおるまい」

 

「黒いコートを羽織った、二十台前半の人間の男です。黒い両手剣を背負っており、何よりも王冠を、執拗に狙って来ました」

 

 イブリスの言葉に男は驚く様子も無く、小さく笑い声を立てた。

 

「あいつか。裏切り者のカラスめ。今も昔も、本当に邪魔ばかりする」

 

「ご存知なので」

 

「奴は危険な男だ。次の機会に顔を合わせたとしても、手を出してはならぬ。ただセアルのみを狙え」

 

「心得ました」

 

 そのまま下がろうとするイブリスに、男は一言だけ声をかけた。

 

「そういえば、『あれ』の様子はどうだった。そろそろ完全な姿になっていてもいい頃合いだが」

 

「……そのような雰囲気は、ありませんでした。命の危険が迫っても、何の変化もありません」

 

 イブリスはそれだけ応え、一礼をして玉座の間を後にした。残された男は遥か天井を見上げ、ぽつりと呟いた。

 

「ならば血月の夜まで待つとしよう。『執』ならば勝手に動くだろうよ」

 

 

 

 

 セアルたちは、港街から大陸公路を北東に進み、次の街を目指した。レンの姿が目立ちすぎるので、全身を覆うための、外套が必要だったのだ。

 千年前の大戦で荒れた、大陸北部とは違い、帝都の南部と東部は、比較的緑が多く残っていた。公路も整備が行き届いており、歩きやすさではこの上なく楽だった。

 

「しっかし、古い地図だなそれ」

 

 セアルが兄からもらった地図を指し、ラストは苦々しい顔をした。

 

「二百年くらい前の日付になってるぞ。そんなんじゃ、街の位置もわかるわけがない。骨董屋に売って金にしようぜ」

 

「うるさいな……。兄貴からもらった地図なんだから、お前がケチつけるな」

 

 何かの話題のたびに衝突する二人を見て、レンは楽しそうにニコニコしている。そんなレンに気付いて、セアルは彼女を気遣った。

 

「レン。足痛くないか?」

 

「大丈夫だよ。二人を見てたら楽しいから、そんなの気にならないよ」

 

 セアルに手を引かれながら、レンが微笑む。子供なりに気を遣っているのかと思い、しばし木陰で休憩を取ることにした。

 

「お前兄貴いるのか。家族は兄貴だけか?」

 

 水筒から水を汲みつつ、ラストは問いかけた。

 

「今はもう兄だけだ。母は俺が生まれてすぐ亡くなっているし、父ももうこの世にはいない」

 

 セアルの様子にラストは、そうかと一言だけ言って黙りこくる。

 

「そういうあんたはどうなんだ。家族は?」

 

「年の離れた従弟妹と、生きているかどうかわからない、姉がいるくらいだな。十年前にごたごたがあって、姉とはその時に別れたままだ」

 

 普段からは想像もつかない表情で、遠くを見つめるラストに、セアルもまた黙り込んで水を飲む。

 

「湿っぽい話は、やめだ。それよりも今は、お前を『首輪の男』がいる帝都まで連れていかないとな」

 

「帝都……。そこにあいつがいるのか」

 

 セアルはコートの裾を握り締め、帝都がそびえるであろう、遥か北の空を睨み続けた。

二 ・ 首輪の男

 

 休憩も終わり、彼らはまた歩き出した。昼下がりの直射日光は強く、石畳を行く者を、容赦なく焼き続ける。公路には遮蔽物も無く、ぽつぽつと立木があるだけだ。

 

「あっついなあ……。なあ、森の中通っていこうぜ」

 

 ラストが指差した方向を見ると、公路からはずれた右手に、うっそうとした森が広がっている。一見過ごしやすそうに見えるが、森育ちのセアルには、見知らぬ森の怖さがよくわかっていた。

 

「だめだ。どんな敵がいるかわからないし、見通しも悪い。それに石畳よりも悪路だと思う」

 

「どう考えたって、公路のほうが見通し良すぎるだろ! 敵に見つかりやすいし、何より暑いんだぞ? オレは行くからな! こんな道歩いてられるか!」

 

 あまりの暑さにイライラしたラストは、ひとしきり文句を言うと、さっさと一人で森へと入っていった。

 

「ラスト行っちゃった……。止めなくてよかったの?」

 

 レンは不安げに、セアルを見上げた。

 

「あいつなら大丈夫さ。何かあっても、一人で何とかするだろう。レンも暑いだろうけど、もう少しだけ我慢できるかい」

 

 返事をする代わりに、つないだ手をきゅっと握り、レンはにっこりと微笑んだ。

 

 二人で、じりじり照りつける公路を進んでいると、遥か向こうに街が見えてきた。夕刻前には到着できるだろうと、ほっとしたその時。彼ら以外誰もいないはずの公路に、一陣の風が吹いた。舞い上がる土埃と、焼け付く熱風に、セアルは咄嗟にレンを庇う。

 

 突風が収まり、そっと目を開けると、そこには見知らぬ男が立っていた。東アドナ特有の、蒼の袷に同じ色の袴を纏い、左腰には、大小二振りの打刀を差している。白銀の長い髪を背でまとめ、何よりもセアルの目を引いたのは、その首にはめられている、黒鉄の首輪だった。

 

「まさ……か……」

 

 弾かれたようにセアルは抜剣した。その様子を見ても、男は抜刀はおろか、身じろぎすらしない。 

 

「抜け! 貴様に訊きたいことがある!」

 

「……お前に抜く刀は、持ち合わせておらぬ」

 

 淡々とした重みのある口調で、男は呟いた。

 

「人の子よ。命ある者よ。お前は何故あの森を出た? 出ずにおれば、少しは生き長らえただろうに。お前の前にあるものはすでに、黄泉への道筋だけよ」

 

「その前に俺が貴様を倒す。貴様を倒してイブリスの居場所を訊く。それだけだ!」

 

 男の応えを待たずに、セアルは斬り掛った。男は変わらず徒手のまま、一撃一撃を舞っているかのように、優雅に躱す。

 

「イブリスとは、あの夜に襲撃して来た女か? あれはただの斥候に過ぎぬ。奴らの狙いは、お前から護符を取り上げる事よ」

 

 その言葉に、セアルの動きがぴたりと止まる。

 

「お前……。何で護符の事を知っているんだ? あれは俺と兄さんしか知らないのに」

 

 その時、セアルの背後から、小さな泣き声が聞こえてきた。眼前の敵に固執し、今まで耳に届いていなかったのだ。

 

「やめて、セアル……。お願い……。その人を殺さないで……。殺さないで」

 

 泣きじゃくるレンの言葉に、セアルは男をよく見た。男の耳は白い獣を模っており、その尾は白い。恐ろしいほどにレンに酷似している。

 

「獣人族……!? 滅びたはずじゃなかったのか」

 

「左様。我が一族は、千年前の大戦で滅びた。だがその後も細々と、生きている者もいたようだな。そこの娘のように」

 

「どういう意味だ?」

 

 男の言っている意味が分からず、セアルは訊きかえした。

 

「私が千年前から存在する、命を持たない者だと告げたら、お前は信じるかね?」

 

 セアルの答えも聞かず、男は再び風を呼んだ。雲ひとつない晴れ渡った空から、うねる風だけが、ごうごうと降りてくる。

 

「お前があの女に狙われた理由、護符が必要な理由が知りたくば、また会おう。血月の夜が来る前に」

 

 声をかける間もなく、男は霧のように姿を消した。後には、泣きながらコートにしがみつくレンと、セアルだけが残された。

三 ・ カラス

 

 一人、森への道を選んだラストは、未だにぶつぶつ言いながら、獣道を進んでいた。涼しいのはよかったが、人があまり通らないのか、ようやく道と認識できる程度の、小道しかなかった。

 

「まあ確かに悪路だなあ……。さすがにガキにはきついか」

 

 がさがさと藪をかき分けて進んでいると、自分が立てている音なのか、他に誰かいるのかが、分からないのも問題ではあった。敵意ある者が潜んでいたら、ひとたまりもない。

 森の中程まで来ると、日の光もまばらにしか届かず、足元の腐葉土は湿気を含んで、不気味なほどに柔らかかった。薄気味悪いと思いつつも先を急いでいると、頭上に何かの羽音がした。

 

「ラストール」

 

 彼を呼ぶ声がする。あの声は。

 

「……アンタか」

 

 頭上に目を向けるのも億劫で、ラストは進みながら応えた。どの道、森の内部は暗すぎて、何かがいたとしても、目視できる状態ではない。

 

「何の用だ? 助けてもらった恩義はあるが、正体がよくわからないものを信用するほど、オレは世間知らずじゃないぜ」

 

「キミに朗報を持ってきたというのに……。僕が信用出来ないというなら、それもいいさ」

 

 樹上の男は、意味ありげに含み笑いをした。その様子に、先程のイライラが戻ってきたラストは、投げやりに言葉を返す。

 

「用があるなら、さっさと言ってくれ。こっちは急いでるんだ」

 

「なら言おう。……キミの姉は、生きて帝都にいる」

 

 思いも寄らぬ言葉に、ラストは驚いて声の主を見上げた。森の暗さと、男の黒い軍服とが相まって、その姿も表情も、窺うことはできなかった。

 

「……本当か? 生きているのか!」

 

「正確に言えば『生きては、いる』。宰相の手の内という意味だ」

 

 予想してはいたが、考えたくはなかった結末に、ラストは唇を噛んだ。自分が追われた咎を、姉が受けている。その事実に、彼は心臓を握りつぶされる苦しさを憶えた。

 

「キミにはもう、分かっているんだろう? 故郷の村を滅ぼしたのも、十年前に皇帝であるキミの叔父が殺されたのも、すべて宰相がやった事だと」

 

「ああ、分かったさ。あいつが、一体何をやりたいのかは知らないが、全てオレを巻き込むように、筋書きしてやがる」

 

「その通りだ」

 

 男はさらに、言葉を続ける。

 

「あの男は遥か昔に、自分を重用しなかった王に対して、異常なまでの恨みを抱いている。狂った妄執の矛先に、キミを選んだのさ。選ばれた方には、迷惑な事この上ないけどね」

 

 高々、己の恨みつらみで、罪もない多くの人間を、殺して回っているのかと思うと、ラストは憤りを隠せなかった。それもその中心に据えられているのは、ラスト自身であり、彼が関わる人々は、ことごとく殺されていくのだ。

 

「姉を助け出すつもりなら、その事をよく考えておいたほうがいい。宰相自身へは、キミが自ら、引導を渡す以外ないだろう」

 

「……何でアンタが、そんな事情を知っているんだ? まるで『自分が見てきたこと』のように話すんだな」

 

「その時見ていた、と言ったら?」

 

 微かに嘲笑を乗せた男の言葉を背に、ラストは森の出口へと進み続けた。姉の無事を知った喜びは大きかったが、それと同時に、宰相のねじくれた執着に恐れを抱いた。目前に明るい日の光が差し込み、彼はようやく不安を拭うことができた。

四 ・ 運命のくびき

 

 ラストの背を見送った男は、ふと近くに、気配があるのを感じ取った。もちろんラストのものではない。同属のみが察知できる、命を持たない者の気配だ。先程までは公路にあったものが、こちらへと向かって来ている。彼は樹上から、ふわりと降り立ち、誰何した。

 

「久しぶりですね……。隠者マルファス。大戦以来でしょうか」

 

 陰から現れたのは、蒼い衣装を纏った獣人族の男だった。陰鬱とした森の中にあってもなお、彼の銀髪はわずかな日の光にきらきらと輝く。

 

「……ソウ!? まさか、キミが生きていたとは」

 

「生きている、というのは的確な表現ではありませんね」

 

 ソウと呼ばれた男は、屈託なく微笑んだ。

 

「千年前に私が、不死人たる、神の代行者『狂』と成り果ててからというもの……。私を倒して、不死を得たい人間たちを、逆に屠り続ける日々でした。私の意思とは関係なく、私の中の『狂』は、ただひたすらに血を求める。不死など、永遠に生きる事などではなく、永遠に死んでいるのと同意義だというのに」

 

 旧友の言葉に、マルファスはただ、じっと耳を傾けていた。

 

「大戦が終結し、ネリア王フラスニエルが、諸国を統一した事を知りました。これで平和が訪れる。滅んだ我が一族も、報われると喜んでいた矢先、不死人『執』が、あろうことか、帝国の宰相に成り代わったと知ったのです」

 

「あいつは初代フラスニエル、第二代セレスには面が割れていたから、第三代に帝位が移った頃に行動を起こしたようだね。僕が知ったのは、三百年くらい後だったから、すでに打つ手が無かった」

 

 遠い記憶を探るように、マルファスは応えた。

 

「あいつが宰相に座してからというもの、歴代の皇帝たちを意のままに操り、叛く者は容赦なく殺し続けた。例えそれが皇帝の一族だったとしてもだ。やめさせようと何度も介入したけど、罪も無い帝都の人間を人質にとるのだから、始末に負えない」

 

「理想の王国を築きたかったのでしょう。王を跪かせ、己の正当性を示したかった。哀れな男です」

 

「そうだね。今はもう、僕らがどうにか出来る範疇を、越えてしまった。それならば、人の手で正させるしかない」

 

 その言葉に、ソウは驚いた表情でマルファスを見た。

 

「あの子たちにやらせるつもりですか? 『執』は未だ、自らの王器を所持しています。現在を映し出し、未来を見通せるあの王器の前では、有限生命に出来る事は、無いに等しい」

 

「セアルとラストールには、その力がある。奇しくもセアルは、その力を『植えつけられて』生まれてきた。次の血月の夜には、『あれ』が顕現するだろう。セアルの命を削りながらね」

 

 ふと空を見上げるマルファスの目には、木々の隙間からこぼれ落ちる、わずかな陽光だけが映った。

 

「僕たちが、このくびきから逃れられないように、あの子たちも、自らの運命からは逃れられないんだよ」

 

 軍服に隠れた喉元を、確かめるようにそっと手を触れると、彼は小さく笑って目を伏せた。

五 ・ 灯火

 

 男が去った後の公路は、徐々に日が傾き、幾分歩きやすくなった。ひどく怯えていたレンを、大剣の代わりに背負い、セアルは先へと進んだ。いつしか彼女は眠っていたが、セアルの中では男の言葉だけが、ぐるぐると巡っていた。護符とは。血月とは何なのか。

 

 ふと背中でレンが寝言を呟いているのを聞いて、セアルは微笑んだ。出会って数日しか経っていないというのに、年の離れた妹のような気さえした。血が繋がっていないことを知った上で、愛してくれた父や兄のように、自分はレンを護れるのだろうか。

 

 右手にある森が切れると、一気に視界が広がった。草原の果てには海原が横たわり、年代を経た絵画のように、夕日に映える。しばらくその光景に見とれていると、公路脇の縁石に座り込む、男の姿が目に入った。男はセアルに気付くと立ち上がり、遅かったなと声をかけた。

 

「お前は早かったな、ラスト」

 

「まあな。でも歩きにくい上に湿気だらけで、イマイチだったな」

 

「こっちも特には……。強いて言えば『首輪の男』に出くわしたくらいだ」

 

 その言葉に、ラストは顔色を変え、鋭いまなざしでセアルを見つめた。

 

「……来たのか? あいつが……。宰相が!」

 

「宰相? 宰相って何だ?」

 

 ラストの勢いに圧倒され、セアルは先程会った男の話をした。男が残した言葉は伏せたが、それ以外の情報だけで、宰相ではないと納得できたようだった。

 

「そいつが宰相じゃないとすると……。少なくとも『首輪の男』は二人以上いるって事だよな」

 

「そうなるな。だが進むしかない。何人いようと、俺は探し続ける」

 

 気付くと、すでに陽は沈みかけていた。街の方角を見やると、ちらほらと灯りが燈り始め、ほのかなロウソクのように、街全体を照らし出している。

 

「早く行かないと、門を閉められるぞ。野宿したいなら別だけどな」

 

 そう言うが早く、セアルはレンを背負ったまま走り出した。

 

「門に着くのが遅かったほうが、宿代持ちだ!」

 

「はぁ? ふざけんな! オレはビタ一文出さないからな!」

 

 セアルに負けじと、ラストも走り出す。街の門が閉じられたのは、彼らが滑り込んだ、少し後だった。緩やかな丘を背景に、街の灯りは映え、石造りの街並みを、鮮やかに飾り立てていた。


 
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