No.455472

鶴屋さんとの冒険

offeredさん

タイトルを適当につけて投稿したらまとめサイトで別の人が元タイトルで投稿してた…

書き始めた頃の奴。

2012-07-19 00:19:06 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2230   閲覧ユーザー数:2229

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「あ゛~…ヒマだわ」

 

毎度の事ながらSOS団、団長の一言から事件は始まった。

 

 

「ヒマ! ヒマなのよ! もう、ヒマ過ぎて死にそう…っ」

 

ハルヒが団長机に突っ伏して弱りきった声を出す。まるで駄々っ子だ。

安心しろ、ハルヒ。歴史をいくら振り返ろうとも暇が原因で死んだ奴は居ないと思うぞ。

 

「あんた達、何か無いの!? このユウウツかつタイクツな現状を打破する画期的なアイディアは!」

 

身を起こすとハルヒが俺達の顔をしかめっ面で眺め回す。

あー、そんな事はどうだっていいから椅子にアグラをかいて座るのは止めなさいって。

見える。見えるから。

 

「夏! 夏なのよ!? 血湧き肉踊る、そんなイベントがあってもいいじゃない!」

 

どちらかと言えばいつも踊っているのはお前の脳細胞だがな。

 

「ねぇ、みくるちゃん、夏と言えば?」

 

「ひぇっ!? え、えぇぇっと…」

 

いきなり狙い撃ちに話を振られた朝比奈さんがテンパる。

 

「えぇっと…夏と言えば…やっぱり海とか花火…でしょうか…?」

 

「んー…そうよねぇ。やーっぱその辺になっちゃうのよねー…」

 

どうやら団長はその答えではお気に召さなかったようで。頬に手を当てて不満顔だ。

 

「夏なんて、それが定番じゃないのか?」

 

俺がそう言ってみると、

 

「だって去年も海には行ったし、花火もしたもの。毎年同じ事するってのも、ありきたりで何か、ヤ」

 

との、ありがたーいお答えを頂いた。

 

 

「次、ユキ! 夏と言えば?」

 

長門は読んでいた本から顔を上げると、短く、

 

「…入道雲」

 

と答えた。ふと覗き見ると長門の手にしている本には台風の挿絵が載っている。

…今度は一体、何を読んでるんだ長門。

 

「あー…まぁ、それも一理あるんだけど…、ビックリするほど参考にならないわね…。

 じゃ、次、キョン! …は、いいとして、古泉君!」

 

おい。

 

「そうですねぇ…これも定番ではありますが、肝試しなどは如何でしょう」

 

古泉が答えを用意していたかのように答える。

 

「夜の校舎…くらーい廊下…誰も居ない筈の音楽室から…古びたピアノの音がポロ~ン…ポロロロ~ン…!」

 

 

お前はいつの時代の稲川淳二だ。

 

 

「きゃぁっ!」

 

 

俺が古泉の芝居がかった口調に軽く呆れていると朝比奈さんが、突然お茶をこぼした。

 

「うぁ熱ッ!」

 

「ご、ごごごめんなさいキョンくんっ! あ、ああ熱くないっ!?」

 

朝比奈さんがこぼしたお茶が机の上に広がって、端から俺のヒザに垂れた。

突然の事に驚いてしまったが、火傷するほどの熱さでは無い。

 

「あぁ、いえ、そんな熱く無いですから大丈夫ですよ」

 

「ごめんなさいごめんなさいっ! い、今拭きますからっ!」

 

朝比奈さんが布巾を持って俺の目の前にひざ立ちで座る。

…な、なんというか…この角度はエロいかも知れない。

 

「あー…染みになっちゃうかもぉ…」

 

そんな事を言いながら俺のヒザを優しく拭いてくれる朝比奈さんだったが、

その姿勢といい、この角度といい、その微妙な揺れといい、全てがその存在を強調していた。

特盛を超えた特盛。激盛が俺のすぐ真下に存在している。

 

嗚呼、眼福。

 

 

「…なんかエロいわね…」

 

気付けばハルヒがこちらをジトっとした目で見ていた。

 

「な、何言ってんだハルヒ!」

 

「…まぁ、いいわ」

 

その目は明らかに犯人を見る目だった。

 

「いいじゃない、肝試し。確かに定番ではあるけど、そう言われてみれば私やったコト無いし。うん、面白そうだわ!」

 

「おや、意外ですねぇ。涼宮さんならば夜の校舎、窓ガラス壊して回るぐらいの事はしているかと」

 

おいおい。

 

「んー、生憎、ウチの中学、強化ガラスだったのよね」

 

おいおいおい。

 

「でも、確かに夜の学校ってのは魅力的だわ。もしかしたらお化けに会えるかも知れないしっ!」

 

ハルヒがそう言った時、俺のヒザを拭いてくれていた朝比奈さんの肩がビクッと震えた。

かと思ったら、俺のヒザの上に手を置いたまま固まってしまう。

 

「…どうしたんですか?」

 

俺は小声で朝比奈さんに話しかける。

 

「ひぇぇん…キョンくぅん…」

 

朝比奈さんが俺を見上げると、その瞳には一杯の涙が浮かんでいた。

 

「なっ、何かあったんですか?」

 

「ふぇ…お化け…」

 

それだけをポソッと呟く。

…あー…なるほど。どうやら彼女はお化けが恐いらしい。

確かに朝比奈さんのキャラクター的に似合っているが、あまりにも似合いすぎて何だか微笑ましかった。

 

「…恐いんですか? お化け」

 

…コクコク

 

目に涙を浮かべ必死に頷くその様子は、失礼ながら小動物的というか。愛玩動物的というか。

 

 

「よし、決まりっ! 本日のSOS団の活動は深夜の学校探索としますっ!」

 

俺が朝比奈さんの可愛らしさにぽややんとしているとハルヒがそう言い切った。

 

「ふぇぇぇ…キョンくん…」

 

朝比奈さんが俺に助けを求めるように見上げてくる。

任せて下さい朝比奈さん。俺が今、そこの猪突猛進娘を止めて見せましょう。

 

「あー、ハルヒよ」

 

「何よ? 言っとくけど、全員参加が鉄則だからねっ! 誰一人欠ける事なく、時間厳守!」

 

「突然今日の夜ー、なんて言われても皆、都合が悪いんじゃないのか?」

 

「キョン。あんた用事でもあるの?」

 

「あぁ、大アリだな。俺はお前みたいに暇人じゃないんだ」

 

ハルヒが途端に不機嫌そうな顔になる。

許せ、ハルヒ。これも朝比奈さんのためだ。

 

 

「分かったわ、じゃあいいわよ」

 

お、分かってくれたか?

 

「その用事って何時から何時まで? 遅いようだったら、その前に。

 早いようだったら、キョンの用事が終わる時間に待ち合わせしましょ」

 

コイツはどうあっても全員を参加させる気らしい。

 

「そうですね、僕は何時でも構いませんよ」

 

古泉…、また余計なフォローを。

 

「でも…、ただ深夜の学校を歩くのも、それはそれで趣きがあるかも知れませんが、今ひとつ盛り上がりに欠けます。

 それで、どうでしょう。二人一組になって、何がしかの勝負する、というのは」

 

あぁ、そんな事を言ったら負けず嫌いが服を着て歩いているようなハルヒの事、きっとすぐに―――

 

「それよっ! さすが古泉君っ!!」

 

ほら見ろ。乗ってきた。

 

 

「でも、そうなると、一人足りないわね…。キョン、あんた、妹ちゃんでも連れてくる?」

 

部室内の人数を確認してハルヒが言う。

俺、ハルヒ、長門、朝比奈さん、古泉。奇数だ。

二人一組になるには一人足りない。足りないが。

 

「断るっ!」

 

何時になるか知らんが、そんな夜遅く妹を連れて出歩けるか!

 

「…このシスコン」

 

ハルヒが先程のジトっとした目でポソッと呟く。

失敬な。妹思いと言ってくれ。

 

「んー…、でも、そうなると他に誰か…。…あ、そうだみくるちゃん!」

 

「ひゃ、ひゃい!」

 

急に呼ばれ、ずっと俺の目の前に座っていた朝比奈さんが弾かれたように立ち上がると、ハルヒの方に向き直る。

 

「な、なんでしゅか?」

 

かんでる、かんでる。

 

「あのー…えと、なんだっけ。映画の撮影に居た…、えっと…んーと…。

 あー、もうっ! めがっさにょろにょろの人! あの人、今夜ヒマ?」

 

鶴屋さんだ。鶴屋さん。

 

「えと…どうでしょう…本人に聞いてみないと…」

 

そりゃそうだ。

 

「よし! 善は急げっていうし、まだ学校に居るかも知れないわ! ねぇ、みくるちゃん、探して聞いて来て!」

 

そう言いながらハルヒが朝比奈さんの背中を押す。

強引なのもここまでいくと清々しいな。

 

「え、えと、わわわたし、きょ、今日はちょっと、よ、用事が…!」

 

「それじゃ! よろしくねっ!」

 

朝比奈さんが何か言おうとしていたみたいだったが、女帝の暴政により部室から追い出されてしまった。

…すまん、朝比奈さん。コイツの暴走ぶりを何とかしようなんて、人類には無理なのかも知れん。

 

 

「みっくる~っ!!」

 

鶴屋さんが、校門前に集合した俺達を見つけたかと思うと、走り寄って来て朝比奈さんに向かってダイブした。

 

「ちょ、ちょ、ちょっと…!」

 

「あぁ、この温もり! 帰る場所があるっていいさねぇ。こんなに嬉しいことは無いにょろー」

 

そう言いながら、鶴屋さんが朝比奈さんのその胸の谷間にぐりぐりと顔を押し付ける。

…羨ましい。

 

「あっれー。キョン君、もしかして羨ましかったりする~?」

 

鶴屋さんがその豊かすぎる谷間から顔を覗かせ、意味あり気な目でこちらを見ていた。

 

「な、何を言ってるんですかっ!」

 

「でもダメ~、この天国はあったし専用っ♪ むふ~♪」

 

「私の胸は私のですー!」

 

朝比奈さんが暴れるのに合わせて、特盛がその柔らかさを主張するように、むにむにとその形を変える。

 

 

 

………ぎゅ、牛鮭ッ!

 

 

「ふぃ~、満足満足ぅ」

 

鶴屋さんが朝比奈さんから体を離す。

 

「ひぇぇぇん…っ」

 

朝比奈さんが何だか凌辱された後みたいな声を出した。

…ある意味、その通りか。

 

「んやっ、SOS団の諸君。めがっさおひっさしぶりー!」

 

ビシッと敬礼すると鶴屋さんが初めて俺達の方を向いた。

きっとこの人の脳内は朝比奈さんの胸>>>>朝比奈さん>>>>超えられない壁>>>>その他なんだろう。

 

「どーも」

 

俺も挨拶を返す。

 

「………コクン」

 

長門は軽く頷いただけだった。

 

「えぇ、お久しぶりです。今日は済みません、急にお呼び立てしまって」

 

古泉は社交的だ。

 

「いやぁ、いいのいいの! どーせあったしも暇だったしねー。

 それにみくるの頼みなら断れないってー」

 

そうして鶴屋さんが、朝比奈さんの方を見ると、先程の事を思い出したのか彼女がビクッと体を震わせた。

…これも一種の防衛本能なのか?

その小動物的な愛らしさを見ていると、鶴屋さんが朝比奈さんを大事にするのも分かる気がする。

 

「おっやー? それにしても団長さんの姿が見えないようですなー」

 

「いえ、恐らくもうすぐ来ると思いますよ。彼女は時間に非常に正確ですから」

 

鶴屋さんの疑問に古泉が返す。

現在時刻は23時少し前。待ち合わせは23時だ。

ハルヒは恐るべき事に23時と言ったら本当に23時に来る。

それは普段の【探索】で実証されていた。

 

「しかし、夜の学校ってヤツは思ったよりも不気味だな…」

 

夜の校舎を見上げながら呟く。

その見慣れた建物は昼と夜で全く違う表情をしている。

 

「人が暗闇を恐がるのはそこに何か居ると錯覚するからだそうです。本当に何か居る場合もありますが、大抵は何も居ません」

 

古泉が俺と同じように校舎を見上げて言った。

 

「…なるほど」

 

「まぁ空想、なんでしょうね。人は唯一、想像する生き物ですから。

 しかし、一概にその想像が全て妄想だとも言い切れません。

 妖怪やお化け、そういった類の伝承は古来より世界各地に存在しますからね」

 

思わせぶりな発現をさせたら古泉は全日本チャンプかも知れない。

 

「うう…。ふぇぇぇ…。やっぱり私…っ」

 

 

 

「―――揃ってるみたいねっ! 感心、感心!」

 

朝比奈さんが何か言おうとした時、ハルヒが現れた。

しかも一番遅くに来たクセに偉そうだ。

しかし本当に時間通りなので文句も言えない。

そこがまたタチが悪い。

 

「やっと来たか」

 

「なによ、キョン。時間通りじゃない」

 

俺が携帯を確認すると、デジタル時計がちょうど23:00を指していた。

コイツの体内時計はクォーツ式なのか?

 

「しかし、涼宮さん。一体どうやって中に入るおつもりですか?」

 

古泉が校門に手をかけ揺らす。

そこには当然、カギが掛かっていた。

 

 

「ふっふーん。モチロン、その辺は抜かりないわよ」

 

そう言いながらハルヒが挑発的な表情を見せる。

その右手の人差し指にはカギの束が回っていた。

 

「…ハルヒ。窃盗はよくないぞ。自首しろ。警察には付いてってやるから」

 

「失礼ね、ちゃんと借りたのよっ!」

 

「借りた? 誰にだ」

 

「数学の二宮。この前、可愛い女子高生連れてましたねって言ったら、すぐに貸してくれたわ」

 

 

 

…ハルヒ。それを世間では脅迫というんだ

 

 

 

 

 

「じゃ、行くわよ。せーのっ!!」

 

ハルヒの声で皆が一斉にくじを引く。

家でティッシュをこよりにして、色を付けて来たらしい。

本当に無駄な所だけマメな奴だ。

 

「私は赤ね」

 

「僕は青みたいですね」

 

「わ、私も赤ですー」

 

「あたしゃー緑みたいだーね」

 

「…青」

 

俺は…

 

「緑だな」

 

結果くじ引きにより、

ハルヒと朝比奈さん、古泉と長門、俺と鶴屋さんという三つの組が出来た。

…妥当と言えば妥当か?

 

 

「むー…」

 

ハルヒがくじを見つめ何やら唸っている。

 

「なんだ。腰痛か? その年で大変だな」

 

「うるさいわね、バカキョンッ!

 いい、赤組は西館から、青組は東館、緑組は本館から入って、それぞれ旧館屋上を目指すこと!

 カギはコレ! 一番遅かったチームはジュース奢りだからっ! いいわね、分かった!?」

 

ハルヒが俺達にそれぞれのカギを押し付ける。

いきなり何を怒ってるんだコイツは。

 

「ほら、みくるちゃん、行くわよっ!」

 

「涼宮さんっ、私やっぱりっ…! ひぇぇぇぇんっ…!」

 

ハルヒが朝比奈さんを、さらうように西館に向かって行く。

 

「みっくるー! 負っけないかんねー!」

 

鶴屋さんがピョンピョン飛び跳ねて二人に手を振った。

 

 

「ぷっ…くくっ…」

 

「…一体、何を笑ってるんだ古泉。ちょっと不気味だぞ」

 

古泉が拳を口に当てて笑っている。

 

「くくっ…いえ、失礼。彼女の反応があまりにも初々しかったものですから」

 

彼女? 誰の事だ?

 

「てっきりあなたと涼宮さんのペアになると思ったのですがね。いやはや彼女も色々と複雑らしい」

 

「…何故、俺がアイツの面倒を見なければならんのだ」

 

「いえいえ。さて。それでは長門さん。我々も行きましょうか」

 

「………コクリ」

 

古泉が長門をエスコートするように、東館の方に歩いていった。

 

 

なんなんだ。俺とハルヒのペア。それをハルヒが望むってのか?

 

…そう考えた時、俺もハルヒと組む事になるんじゃないかと、心のどこかで思っていた事に気付く。

…なんだかアイツに振り回されるのが骨身に染み付いてるな。いかんいかん。

 

「さ、キョン君、あちし達もさっさと行くにょろー」

 

鶴屋さんが手招きしている。

こうして俺達の楽しい楽しい肝試し大会は始まった。

 

 

 

「…ねぇ、キョン君ってさ。みくると仲いいよね」

 

しばらく歩いていると、鶴屋さんが声のトーンを落として話し掛けて来た。

どうやら真面目な話らしい。

 

「…どうなんですかね。良くはしてくれてますけど」

 

「めがっさ仲いいって! みくる、あたしにもよくキョン君の話してくれるもん」

 

どんな話をしているのか激しく気になるが。

 

「…キョン君。みくると仲良くしてあげて欲しいさ。

 あのコ、人見知りな所あっからねー」

 

「朝比奈さんが? …そうは見えないですけど」

 

確かに多少おどおどした所はあるが、朝比奈さんはそんなに人見知りには見えない。

 

 

「あっはー、それはキョン君だからだよ。

 なーんていうのかなー…みくる、そとづらがいいから」

 

なんだかそれだけ聞くと悪口みたいだ。

 

「だからね、他の友達とは表面上だけ仲良くしてるってトコ、あるんだ。

 あーのコも、いっろいろあるみたいだしねー。

 でもキョン君たちとは、みくるも本音で付き合えてるみたいだしっさ。

 何かあった時、キョン君が見ててくれると安心さね」

 

「…朝比奈さんの事、よく見てるんですね」

 

「えっへへー…まぁねー」

 

鶴屋さんが照れたように笑う。

彼女のそんな表情は新鮮だった。

 

 

 

 

ガタンッ!

 

 

「うおっ!」

 

「うきゃっ!」

 

その時、窓ガラスが突然大きく揺れた。風か?

 

「めがっさ、おっどろいたー…」

 

「ですね…」

 

いい加減、暗闇にも目が慣れてきたが、それが逆効果だった。

なまじ見える分、そこに何かが居るのではないかと想像してしまう。

先程の古泉の言葉が思い出された。

 

 

「うにょー…のぅ、キョン君や」

 

見れば鶴屋さんが困った顔をしている。

 

「こーんなコト、言うのはセンパイとしてちょーっと恥ずかしいんだけどさ」

 

「な、なんですか?」

 

少し声がうわずっている。

自分で思っている以上に俺もビビっているらしい。

 

「あんさー…、うー………手…握ってもいい…?」

 

言いづらいそうにしていたかと思ったら上目遣いでそんな事言ってきた。

なんというか、かんというか。そんな鶴屋さんは新鮮を通り越して新しかった。

 

 

「…いいですよ。どうぞ」

 

彼女に向かって手を差し出す。

 

「にっへへー。やっぱ心細い時はワラでも掴みたいっていうかさー」

 

そう言って鶴屋さんが俺の手を握ってきた。

どうやら俺はワラらしい。

 

「おぉ! キョン君、手、おっきいにょろー」

 

ペタペタと俺の手を触ってくる。

そんな彼女の手は小さくて暖かかった。

 

「にゃふー、おっとこのコだっねー」

 

俺の手をぶんぶん振り回すように歩きながら、鶴屋さんは何だか満足気だった。

 

 

 

 

そのまま俺達は手を繋いで本館を歩き、旧館との渡り廊下に辿り着く。

その先の扉にはしっかりとカギが掛けられており、扉を開ける為に俺達は手を離さざるを得なかった。

 

 

 

カチャ…

 

ギィィィ………

 

 

旧館への古い扉が、かすれた悲鳴のようなイヤな音を出す。

旧館は新校舎が建てられる前に使われていたものだ。

ハルヒ達が居る西館、古泉達が居る東館からも同様に出入り出来るが、今では特別教室ぐらいしか使用されていない。

 

 

「あっりゃー…こりゃめがっさマジさねー…」

 

「…マジっすね」

 

何がマジなのか俺も分からなかったが、その雰囲気は新校舎とは比べ物にならないぐらい不気味だった。

古い塩化ビニールの嫌な匂いが鼻につく。

窓が少ないせいか、本館よりも遥かに暗く、その暗闇は何かが息づいていると錯覚させるほど質量を持っていた。

 

ハルヒよ、なんだってこんな所をラストダンジョンに選んだんだ。

こんなんじゃラスボスも逃げ出すぞ。

 

 

「ね、ねぇ、キョン君?」

 

鶴屋さんの声が裏返っている。

 

「な、なんですか?」

 

そうかと思えば俺の声も充分に裏返っていた。

 

「こ、恐い? 恐いよね? しょ、しょーがないなぁ、ほら、おねーさんがもっかい手握ってあげるからさっ!」

 

そう言って差し出された手は微かに震えていた。

…なんというか、意外と可愛いひとなのかも知れない。

 

「…ありがたく存じます」

 

彼女の手をうやうやしく握ると、先程握っていた時よりも冷えていた。

俺は暖めるように軽くチカラを込める。

 

「ぅおうっ! …にゅふふー」

 

鶴屋さんは少し驚いたようだったが、嬉しそうな表情で俺を見上げた。

…こんな顔もするんだな。

 

 

 

「あー、でーもあっれだねー。こんなトコ、団長さんに見られたら怒られちゃうかも知れないにょろー」

 

再び手を握りながら歩いていると鶴屋さんがそんな事を言い出した。

 

「ハルヒに? …どうしてですか?」

 

「おっろー。もーしかして、キョン君、気付いてない?」

 

「…気付く? 一体、何に気付けと?」

 

「あっはー、こりゃ涼宮さんも大変だぁねー」

 

…古泉といい、鶴屋さんといい、どうしても俺とハルヒをくっつけたいのか。

恐らく、そういう意味だろう。

 

「…一応、言っておきますが、俺とハルヒは何でもありませんよ」

 

俺がそう言うと、彼女は握っていない方の手を額に当て「はぁー…」と大きくため息をついた。

 

「ダメ! ダメダメだね、キョン君っ! そんなんじゃ乙女心は、げっちゅ出来ないのだよっ!」

 

ハルヒの乙女心ならば、なるべく、げっちゅしたくない所だが。

 

 

「さーっきも寂しそうにしてたじゃんさー」

 

寂しそう? ハルヒが?

…怒ってただけにしか見えなかったが。

 

「キョン君とペアになりかったーって、そんな乙女心がビンカンだったにょろー」

 

それは飛躍させすぎというものだろう。

 

「で、で、キョン君は? しょーじき、涼宮さんの事どう思ってるのかなっ?」

 

俺とハルヒ。

…考えた事も無かったな。

友達…というのも少し違う。

恋人では断じて無い。

癪ではあるが、手のかかるお嬢様と執事というのが一番しっくり来ている気がした。

 

 

「…手のかかるお嬢様ですね」

 

「うにょ? なに、それ?」

 

「そういう先輩はどうなんですか。誰かそういう人、居ないんですか?」

 

聞かれてばかりなのもアレなので、話を振り返してみる。

 

「あ、あっちしは、ほら! その、えーと、んー、あの、ほら! みくるが恋人っていうか、さっ!」

 

なんだか面白いぐらい動揺している。

人には聞いて来たクセにこういう話は苦手なのかも知れない。

 

 

「じゃあ俺も。古泉が恋人って事で」

 

 

と言おうとしたが止めた。

なんだかロクな事になりそうもない。

 

 

 

 

「…もし、もしもだよ?」

 

俺がくだらない事を考えていると、鶴屋さんが突然立ち止まった。

振り返ると彼女は俯いていて、その表情はよく見えない。

 

「あたしが、キョン君のこと、めがっさ好きって言ったら…どーするんだい?」

 

 

 

………えーと。

 

今、俺は何を言われたんだ?

 

好き? 誰が誰をだ?

ここには俺と鶴屋さんしか居ない。

自然とその答えはアンダスタン?

 

一体、俺は誰に聞いているんだ。

告白か? これは告白なのか? そんな空気だったか?

まぁそんな空気と言えば、そんな空気なのかも知れん。

ここは暗がり、そして二人きり。

うむ、告白するには絶好のポジショニング。

っていかん、そんな事より何か喋らねば。

 

「そ、そのっ」

 

慌てて声を発すると滑稽なぐらいにその声はひっくり返っていた。

 

「ぷっ…」

 

彼女がその身を揺らす。

 

「くくっ…あはは、あはははっ! キョン君、かっわいぃー。本気にした? 本気にしたのかなっ?」

 

途端、鶴屋さんが大笑いする。

…どうやら俺はからかわれただけらしい。

その楽しそうに笑う彼女を見て、俺は怒るよりも何かホッとした気持ちに包まれていた。

 

 

「…えぇ。本気にしました」

 

しかし、あまりにも大笑いするので、そのままにしておくには何か癪だった。

俺は彼女の手を離すと一人、先に行こうとする。

 

「うわぁっ、めがっさごめんにょろー! 怒んないで、置いてかないでってばさーっ!」

 

鶴屋さんが追いかけて来て、すがり付くように俺の手を握った。

 

「…もうしませんか?」

 

「しないしない、もう絶対しない、みくるに誓ってしないっ!」

 

どこに誓っているのかイマイチ分からなかったが納得しておく事にした。

 

「分かりましたよ。ほら、ちゃんと立って下さい」

 

「ふぃ~、危ない危ない。こんな所に一人、置き去りにされちったら、明日の朝には冷凍マグロになっちゃうにょろー」

 

どんな理屈だ、それは?

 

 

「…でもね」

 

鶴屋さんが姿勢を正すと、俺を試すように見る。

 

「キョン君だったらー…、ちょーっといいかなーとか、思っちゃうかーもねっ」

 

そう言いながらウィンクされた。

…正直、ドキリとした。

それは先程よりもよっぽど真実味があり、彼女の瞳もまたリアルだったからだ。

 

 

 

「…二度目は引っかかりませんよ」

 

「あっははー。やっぱり? ちぇー、つまんないにょろー」

 

俺が内心の高揚を抑えながら言うと、鶴屋さんは再び明るく笑って見せた。

 

 

 

…なんだか、底の知れない人だな。やっぱり。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、キョン君。さっきのお詫びに何かお話してあげよっか」

 

「お話? なんですか?」

 

俺達がゴールである屋上を目指していると鶴屋さんがそんな事を言ってきた。

 

「んー…こんな所だからねー。やーっぱり、怪談?」

 

この状況で更に恐い話をしようとするのか。

チャレンジャーな人だな。

 

「あ、これ知ってる? 北高七不思議っ!」

 

「あー…。音楽室のモーツァルトが夜中にピアノを弾いているだとか、理科室の骨格標本が踊りだすとかでしたっけ」

 

どこにでもあるような、ありふれた怪談だ。

 

 

「なーんだ知ってるのかー」

 

鶴屋さんがつまらなそうな声を出す。

 

「…ふっふっふ」

 

かと思いきや、突然笑い出した。

 

「な、なんですか?」

 

「あっまーい! 実は七不思議にはもう一つ、隠されたお話があるのだよっ!」

 

それじゃ八不思議だ。

 

「ふふー。この話はマジなのだ。他の話と違ってさっ」

 

鶴屋さんは俺の疑問など気にもせず、話はじめる。

 

「昔ね。この学校には、それはそれはとても幸せなカップルが居たらしいの。

 でもね、その内、その付き合いが互いの両親にバレて。すっごい厳しい両親でね。

 二人は付き合う事を止めさせられそうになったんだって」

 

なんて時代錯誤な話だ。昭和初期か。

 

「でも、二人は互いから離れる事が出来なかった。

 そうして、二人で心中しようって決めたらしいの」

 

随分、バトルでロワイヤルなカップルだな。

 

 

「二人して首を吊ったんだって。

 でも悲劇はそれから始まった。

 縄が弱くて、男のコの縄だけ切れちゃったんだ」

 

自殺するなら、ちゃんとした道具ぐらい揃えるべきじゃないのか?

 

「男のコが気付いた時には、すぐ隣に彼女の死体があったんだって」

 

それは…寝覚めが悪そうだ。

 

「それから男のコは、彼女の事を嘆き悲しみながらも、後を追う事は出来なかった。

 やっぱり一人じゃ恐かったんだろうね」

 

まぁ、恋愛なんてそんなものなのかも知れない。

 

「でもね…男のコが眠りにつくと…毎晩、彼女が夢に現れて言うんだって…」

 

鶴屋さんの声が低くなる。

 

 

「早く…こっちに来て…」

 

 

 

 

 

 

 

「―――あんた達、何やってんの?」

「うっきゃーーー!!!!」

 

「うわぁぁぁぁっっ!!!」

 

「キャァッッ!!!」

 

 

いわゆるクライマックスで突然後ろから声をかけられた俺達は、ありえないぐらいに驚いた。

鶴屋さんに至っては、俺にしがみついていた。彼女に持つイメージよりも小柄な体が、押し付けられる。

 

「ハ、ハルヒ!?」

 

「な、なんでそんなに驚くのよ…こっちが驚いちゃったじゃない」

 

俺が改めて声の主を見ると、それはハルヒだった。

 

「な、なんだ…意外と早かったな…」

 

「ふぃー…なーんだ、涼宮さんかぁー」

 

俺達が通って来た本館から旧館はそれなりに近いが、ハルヒ達の西館からは距離がある。

それを朝比奈さんというハンデを背負って追い付けるのは、ハルヒだから成せる技だろう。

 

 

「うーん…そうなんだけど…まぁ、でもスッゴイ勢いだったから。

 もしかしたら、もう先に一人で屋上に着いてるかも知れないわよ?」

 

「うー…うー…心配だなー…みくるぅー…」

 

鶴屋さんが心底、心配そうな声を出した。

…本当に朝比奈さんの事が好きなんだな。

 

「ま、歩いてたらどっかで会う事もあるわよ。さ、ほら、先を急ぎましょ!」

 

「…よーし、待ってろ、みくるー! 今、あちしが、めがっさ助けてやっかんねー!」

 

一体、誰に捕らわれているというんだ。

そんな訳で俺と鶴屋さん、それにハルヒを加えた即席パーティで屋上を目指す事になった。

 

…このパーティじゃ、ラスボスが可哀想になるな。

俺がベホイミでもかけてやるか。

 

無理だが。

 

 

「それにしても…あんた達、ズイブン仲良さそうじゃない」

 

ハルヒが俺と鶴屋さんを見て。正確にはその手を見て言った。

その顔は何だか無表情に見える。

 

「あー、これ?」

 

鶴屋さんが俺と繋いだ手を持ち上げて見せる。

そう言えば繋いだままだったな。

…なんだか軽く気恥ずかしい。

 

「にょふー、涼宮さんも恐いなら繋ぐかい?」

 

鶴屋さんがハルヒを挑発するように言う。

 

…まさか、ハルヒが恐がるなんて事―――

 

 

ぎゅっ

 

 

俺がそう思っていたら、鶴屋さんと繋いでいない方の手を、急にハルヒが掴んだ。

 

 

「…何のマネだ?」

 

「……いの」

 

ハルヒの声は小さくて聞き取れない。

 

「…なんだって?」

 

 

 

「だからっ!! 恐いって言ったのっっっ!!!!!」

 

 

 

ハルヒが俺の耳元で怒鳴った。耳の奥がキーンとしている。

…俺はお前が恐い。

暗がりになってよく見えなかったが、その顔は心無しか赤いような気がした。

 

 

 

…しかし、なんだこの状況は。

左にハルヒ、真ん中に俺、右には鶴屋さん。

こんな所、学校の誰かに見られたら、俺は社会的に抹殺されるな。

 

 

「にっひひー、キョン君、両手にフラワーだぁね」

 

俺の気持ちを見透かしたように、鶴屋さんが小声で囁いた。

フラワーというよりは、爆薬と導火線を握っているような気もしたが、それは鶴屋さんに失礼だろう。

ハルヒはそのままだが。

 

「それで…なんでしたっけ? さっきの話」

 

階段を上りながら、俺はふと気になった事を鶴屋さんに聞く。

 

「ふぇ? なんだい?」

 

「さっきの話ですよ、彼女が死んでってヤツ」

 

「あぁ、あっれねー」

 

「何よ? さっきの話って?」

 

俺の質問にハルヒが反応する。

 

「怪談だ。昔この学校のカップルが心中したって話。聞いた事あるか?」

 

ハルヒが「ふーん」と興味なさそうに返す。

 

「無いわね。でも、あんまり興味も無い」

 

と、そっぽを向く。

だろうな。お前が興味あるのは過去の事件よりも、今ここにある事件だろうからな。

 

 

「えっとー、どこまで話したんだっけ?」

 

「彼女が夢に出て、って所までです」

 

「あぁ、そうそう。でもね、その話はそれで終わりなんだ」

 

終わり? なにか…中途半端な終わり方だな。

 

「彼女が毎晩夢に出てきて、男のコはうなされるんだけど、それもいつしか収まって、

 別の人と結婚して、幸せな家庭を持って暮らしましたとさ、めでたしめでたしー」

 

「なんか…怪談っぽくありませんね。普通こういう話じゃ残された方が呪い殺されたりするんじゃないですか?」

 

「ふっふー、それがこの話の恐い所なのだよ、ワトソン君。

 呪い殺されるーなんてオチよりも、めがっさ信憑性があると思わないかね? いや、思うだろうとも!」

 

シャーロックに反語で言われると、何となく納得してしまった。

本当にあった話だとしたら、その程度が真実なのだろうか。

 

 

 

しかし、大切な誰かが死んだら。か。

俺は思わずそんな事を考えてしまっていた。

俺が死んだら、何人の人が泣くだろうか。

 

朝比奈さんは大泣きしてくれるだろうな。これは確定。

古泉…どうだろうか。静かに悲しんでくれるような気もする。

長門の涙。これは絶望的だ。

谷口。わんわん泣きそうだ。

国木田は冷めてる所があるからな。ちょっと分からない。

 

鶴屋さんは泣いてくれそうだな。こういう人はあまり泣かせたく無いが。

ハルヒは…分からん。一滴も泣かないか、でなければ号泣しそうな気もする。

ハルヒの涙なんてちょっと想像も付かないがな。

 

俺がそんな事を思いながら彼女の横顔を眺めていると「何よ?」という顔をされてしまった。

いかんいかん、何やらくだらない事を考えているな。

この旧校舎の淀んだ空気がそうさせるのだろうか。

 

 

「よしっと! こっれで後は屋上に上がるだけだーねー!」

 

俺達が階段を上り終えると鶴屋さんが弾んだ声で言った。

普段使う階段と屋上に出る階段は繋がっていない。屋上に出るための専用階段がある。

 

「そんでー、屋上への階段はどっちだったにょろー?」

 

鶴屋さんが左右を見て迷っている。

それはそうだろう。普段、旧館なんてあまり使わないし、屋上ともなれば余計だ。

かく言う俺も分からない。

 

「確かあっちだったと思うわ」

 

ハルヒが右を指差す。

 

「おー、ホントかい? 涼宮さん、よっく知ってんね」

 

「まっかせなさい、この学校の事は詳しいんだから」

 

無駄な知識だがな。避難訓練の時ぐらいにしか役に立たなそうだ。

 

「よーし、んじゃ、れっつごーいんぐー!」

 

鶴屋さんの号令で俺達はハルヒの指差した方向へと歩きだした。

 

 

 

「あ、あれじゃないか?」

 

しばらく歩くと、屋上への階段を見つけた。

…本当に合ってたんだな。

 

「うー…でも、ここまでみくる、居なかったにょろー…」

 

すると鶴屋さんが元気の無い声を出した。

 

「まぁまぁ。屋上で待っていれば、その内、古泉と長門も来るはずですから。そうしたら皆で探しましょう」

 

俺がそう鶴屋さんを慰めようとした時、辺りに少し間延びした、のんきで聞き慣れた声が響いた。

 

 

 

「あー! キョンくんだーっ!」

 

 

 

朝比奈さんの声だ。

 

「み、みくるっ!?」

 

鶴屋さんが反応し、ババッと素早く辺りを見回す。

すると俺達が歩いてきた反対の方から朝比奈さんが走って来ていた。

その後ろには…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…ハルヒが見えた。

 

 

 

 

………背筋を冷たいものが伝う。

 

朝比奈さんの特盛が揺れている。

 

その後ろにはハルヒが居る。

 

………じゃあ、俺が今、手を握っているのは誰だ?

 

急に質感が無くなった気がした。

 

左手に冷たい何かがまとわりついている。

 

左を向けない。

 

向いてはいけない気がした。

 

 

 

 

「ね…ねぇ、キョン君…」

 

鶴屋さんの声がカサカサに乾いている。

 

「あちし…めがっさ重要な事に気付いたんだけどっさ…」

 

「な…、なんですか…?」

 

別の乾ききった声が聞こえた。それは俺の声によく似ている。

 

「西館から旧館の…一階の渡り廊下って…取り壊したんじゃ…無かった…っけ…?」

 

そうだ。

 

今は西館からは、二階からで無ければ旧館に入れないはずだ。

 

 

 

 

 

そうして俺達が【会った】のは一階だった。

 

 

 

鶴屋さんの手が汗ばんでいる。

 

俺はその比では無かった。

 

全身の汗腺から冷たいものが滲んでいる。

 

「こ…、こういう場合…SOS団は…どうするんだい…?」

 

「…そんな…マニュアル…入部の時にはありません…でしたね…」

 

そもそも気付いたら入部していた俺だが。

 

 

 

そんなくだらない話をしていたら、左手の冷たいものが俺の体の上を這い登り始めた。

 

肘。

 

二等腕。

 

肩。

 

舐めるようにずるずると蠢いている。

 

 

俺は声も出せずに鶴屋さんの手を強く握った。

 

それに答えるように鶴屋さんが強く握り返してくれた。

 

その熱だけが今、俺の確信できる全てだった。

 

 

 

 

 

そうして。

 

冷たい何かが俺の耳元まで這い上がってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――みぃつけた―――

 

 

 

 

 

「うわぁぁぁぁッッッ!!!!!!!!!!」

 

 

俺は絶叫すると左手を勢いよく振り払う。

 

 

 

 

 

…するとそこには何も無く、黒い闇が横たわっているだけだった。

 

「…あ…、…あちし達…助…かった…?」

 

「はぁっ…はぁっ…はぁっ…」

 

俺は激しい運動をした後のように呼吸が上がっていた。

思わず廊下にへたり込む。

 

「キョンくんっ!? どうしたのっ!?」

 

気付けば朝比奈さんがすぐ側まで来ていた。

 

「うにょー! みくるー!」

 

鶴屋さんが朝比奈さんに抱きつく。

「ひぇっ!? えっと、えと、ど、どうかしたんですか…?」

 

「…はっ…はぁ……、…朝比奈さん…今…俺達の他に誰か居ませんでしたか…?」

 

「ふぇ? い、居ないと思うけど…」

 

朝比奈さんが不思議そうな顔をする。

 

 

「キョン、あんた何言ってんの?」

 

 

ハルヒが朝比奈さんの後ろからのんびりとやって来た。

 

ハルヒだ。

 

…ハルヒだよな?

 

 

「なぁ…ハルヒ。ひとつ聞きたい事がある」

 

「何よ?」

 

「…今日の、パンツの色は?」

 

 

 

ゲシッ!

 

 

 

無言で蹴られた。

 

 

 

 

 

 

 

………本物だ。

 

 

 

こうして、俺達の楽しい楽しい肝試し大会は終わった。

 

 

 

「えーっと…杉田智和…杉田智和ねぇ…」

 

俺と鶴屋さんは後日、古株の教師に頼んで資料室の昔の卒業アルバムをあさっていた。

亡くなった彼女と残された彼氏、その二人が気になったからだ。

鶴屋さんが調べた所によると、どうやら本当にあった事件らしい。

 

俺達はあの時遭遇した【何か】が、その彼女ではないかと考えていた。

彼女の方は在学中に亡くなったので写真は残って居ないだろうが、彼氏の方は残っているハズだった。

 

「あぁ、あったこれだこれだ…」

 

老教師が差し出したそのアルバムをめくると、どこにでもいる顔の男子が少し眠そうな顔で映っていた。

 

 

「痛ましい事件だったねぇ…なにも想い合う二人を引き離す事なんて無かったのに…」

 

老教師がそのしわくちゃになった顔を更に歪ませて言った。

 

「君達二人は、そんな後悔の残る恋愛をしてはいかんよ…」

 

「あ、あったし達は、ベツにそんな…っ!」

 

「ほっほっ…。命短し、恋せよ乙女…。あぁ、調べ物が終わったらそこの棚に返して置いてな…」

 

鶴屋さんが反論しようとすると、老教師は勝手に納得したように出て行ってしまった。

 

 

 

「うー…年取ると、人の話を聞かなくなっから困るにょろー」

 

鶴屋さんがボヤいていたが、俺はその【彼】に注目していた。

 

「…なーんかこの人、キョン君にちょっと雰囲気似てんね」

 

俺が見ていると、彼女が脇から覗き込むように言った。

 

「…そうですか?」

 

「うむ、やる気の無さそーなトコなんか、めがっさそっくり」

 

「………そーですか?」

 

何となく滅入った。

 

あの時の声が、もう一度聞こえた気がした。

 

俺達は何となくアルバムに向かって黙祷を捧げると資料室を出た。

 

「あーあ、なんっだかなー!」

 

「何か不満そうですね」

 

「そりゃねー、あんな事があったら誰でもヘッコむさー」

 

そう言いながら前を歩く鶴屋さんは確かに普段に比べてちょっと元気が無いように見えた。

 

 

 

「うにょー…恋でもすっかねー」

 

鶴屋さんがウソ吹くように呟く。

 

「…あてはあるんですか?」

 

「にっへへー」

 

彼女がパッと振り向くとこう言った。

 

 

 

「キョン君も、一緒にどーだい?」

 

 

…なんというか。

俺は今、もの凄い質問をされているのかも知れない。

…なんというか。

俺は今、人生の岐路に立っているのかも知れない。

…なんというか。

俺は今、色々な事に答えを出さなければならないのかも知れない。

 

 

そうして。

俺の口から出た言葉は。

 

 

「…今はお嬢様のお世話がありますから」

 

 

…やれやれ。俺は大馬鹿野郎なんだろうな。

 

 

「ちぇー、キョン君、めがっさつまんないにょろー! あはははっ!」

 

 

そう言って口を尖らせて笑って見せる鶴屋さんは、とても魅力的に見えた。

 

 

今日、私は写真を受け取りに来ていた。

あの肝試し大会の時、みんなで揃って屋上で撮ったヤツだ。

 

結局、あの勝負はユキと古泉君が一番遅かった。

どうやらユキが旧館の図書室に捕まってしまったらしい。

それをずっと眺めていたというのも何だか古泉君らしい。

しかも、みんなにジュースを奢ってくれたのも古泉君だった。

ユキは財布すら持っていなかったから。

 

そういえばあの時、キョンのヤツ、ちょっとおかしかったな。

なんだか、めがっさの人とも仲良さそうにしてたし。

なんか…ちょっとイライラした。

 

まぁいいわ。

そんな事より写真写真!

 

「な、なによコレっ!?」

 

 

出来上がった写真。

デジカメでは【映らない】事が多いと聞いていたので、私は昔ながらのフィルム式のカメラを持っていったのだが…

 

 

…大漁だった。

 

 

「キョン……、スゴイ……あんた最高よ、キョンっ!」

 

明日も学校にカメラを持っていこうっと。

そうして、沢山キョンを撮ってやる。

 

楽しみにしてなさいよねっ!

 

 

7/14 05:10 ハルヒ「ちょっとキョン!あたしのプリン食べたでしょ!?」 スレ


 
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