No.427642

0522 - side M

takigawa401さん

誕生祭記念SS。

貧乏芸能事務所の傍らで、幼いアイドルは独り悩む。悩みの種は彼女のプロデューサー。秘めた想いを抱え、どうしたらよいか答えの出ない問いを繰り返す…。

2012-05-24 22:17:52 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:557   閲覧ユーザー数:553

 
 

 悩んでいた。

 

 ずっと前から悩んでいた。ここ一週間くらいはずいぶんと悩みこんでいた。月末に迫る自分の誕生日までになんとかしたいと思い、あれこれと思索を巡らせていた。

 

 「どうしたの?ずいぶん眉間にしわ寄せちゃって。らしくないね?」

 

 突然声を掛けてきたのは、事務所の同僚で年上の天海春香だった。明るく天真爛漫で、事務所のムードメーカー。ちょっと頼りないところもあるが、優しいお姉さんといったところだ。どうやらずいぶん酷い顔をしていたらしい。ポーチから鏡を取り出してみると、笑顔が自慢のはずの顔が、しかめっ面で固まって戻らなくなっている。

 

 「まるで達磨さんみたいだよ。」

 

 春香はそういって笑った。笑顔笑顔。アイドルは元気をみんなにプレゼントする仕事なんだから、いつも笑ってなくちゃね。気を使いつつも、お姉さんらしく仕事の心構えはちゃんと念を押してくる。軽く謝って、努めて笑おうとするが、顔がこわばっていてなかなかいつもの笑顔は作れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悩んでいた。

 

 悩みの種は自分のユニットを担当するプロデューサーのことだ。そして、自分の事だ。

 

 プロデューサーは、貧乏芸能事務所でありながら、自分を含む3人ユニットの専属担当だった。これが最初のアイドルプロデュースだ、分からない事だらけだけど、精いっぱい頑張って、芸能界を遊び場にするつもりで思い切り楽しもう。初めて会った時のことは、今でも鮮明に覚えている。今思い返せば、彼は少し声が上ずっていたような気がする。きっと彼も緊張していたのだろう。当時を思い出してクスリと笑った。

 

 最初は「ちょっと歳の離れたお兄ちゃん」といった感じだった。まだ駆け出しのアイドルだった頃、仕事もそれほど忙しくなかった。プロデューサーは学校の友達や事務所の他の仲間と同じ、沢山いる遊び相手の1人だった。仕事で忙しそうにしている時でも、話しかければ必ず相手をしてくれた。邪魔をしに行くとイヤそうな素振りはするものの、決して邪険には扱わなかった。宿題が分からない時には手伝ってくれた。夏休みの自由課題はほぼ彼にやって貰ったようなものだ(文句言いながらも凄く楽しそうだったのは内緒)。自分をアイドルとして売り出そうと色々考えていてくれていて、新しく仕事が決まる度に、まるで我が事のように喜んでくれた。

 

 ただの兄と思えなくなるまでに、それほど時間はかからなかった。それが「恋」だと気付いた時、自分が明らかに赤面したのが分かった。顔が熱くて、自分の変化に動揺した。心臓が大きく高鳴った。恥ずかしかった。我ながら滑稽な話だが、それに気づくまで病気かと思い込んでしまっていたくらいだ。まさか自分が、それも相手がプロデューサーだとは。「恋」という言葉の威力は凄まじくて、その言葉を自覚した瞬間から熱病のように四六時中うかされるようになった。

 

 

 

 

 

 同じユニットの仲間に、「彼」について聞いてみた。

 

 「プロデューサーさん?お兄ちゃんかなぁ?わたし家では一番お姉ちゃんだから、本当のお兄ちゃんが出来たみたいで嬉しいんだ。本当のお兄ちゃんだったらいいのに。」

 

 高槻やよいはそう言う。両親が共働きで家庭が裕福でない彼女は、私生活でも弟妹の世話や家事で忙しく、それだけにプロデューサーからより多くのサポートを受けていた。距離が近くなるのも当然だろう。ただ、自分のそれとは異なるようだ。

 

 「自分は違うかなー。自分は沖縄に兄貴がいるけど、もっとがさつだし力有り余ってる感じ。家ではゴロゴロしてるか大騒ぎしてるかのどっちかだなー。プロデューサーはもやしっ子だから兄貴にはなれないさー。」

 「えー、響ちゃん、もやし美味しいよー?」

 「…いや、やよい。兄貴は美味しくなくてもいいさ。」

 

 我那覇響には「彼」に当て嵌まる言葉が無いようだ。純粋に仕事仲間として捉えているのかもしれない。さして興味も無かったのか、やよいの掛け合いに便乗して、話題を既に別に移している。

 

 

 

 事務員の音無小鳥にも話を振ってみる。

 

 「プロデューサーさん?この間社長と3人で飲みに行った時に聞いてみたけど、彼女とかはいないみたいね。…私? う~ん、プロデューサーさんも素敵だけど、年下だしね。できれば年上で、もうちょっとワイルドな感じの方が好みかなぁ。あと同じ職場だとずっと一緒ってやっぱりツライから、別の職場の人がいいかな。で、私が仕事で疲れてる時なんかは何も言わなくてもサッと気づいてくれてそっと抱き寄せてくれて『どうしたの?俺で良かったら力になるよ?』なんて耳元でささやいてくれて、それからそれから…。」

 

 ・・・どうやら、そのままどこか別の世界に旅立ってしまったらしい。彼女の頭の中にだけ広がる光景をそのまま口に出しながら、だらしなく顔を緩ませてあらぬ方向に視線を泳がせている。為す術無しと判断し、彼女の席を後にした。

 

 

 今のところ、「彼」に特別な感情を抱いているのは、自分だけのようだった。事務所の中で特に距離が近いのは、同じユニットのメンバーか、事務方の小鳥くらいだ。彼女らがそうでないなら、ほとんど接点のない他の事務所の仲間が「彼」に親密な感情を持つことは、まずあり得ないだろう。ライバルがいないという事実に、ひとまずホッとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悩んでいた。

 

 あれからずいぶん時間がたったような気もするし、あっという間だったような気もする。自分たちのユニットはずいぶんと有名になった。まだまだ駆け出しには違いないけれど、それでもテレビにもちょくちょく出れるようになってきた。プロデューサーも自分たちも忙しくなった。顔を合わさず仕事をすることも、だんだん増えてきた。

 

 会いたいと思った。ずっと一緒にいたいと思った。彼が近くにいると心臓が激しく鼓動を打ち、平素ではいられなかった。だから普段以上にはしゃいでみせて、なんでもない素振りをした。

 

 自分の持つ感情に気付いてから、日増しに思いは強くなり、徐々にそれを持て余しつつあった。思いがこぼれないよう、抑えるのが必死だった。元々裏表が作れるほど器用な性格でもない。露骨に態度に出るようになってしまっていたし、おそらく事務所の何人かも気付き始めているだろう。当のプロデューサーはにぶいのか、まだ気づいていない様子だった。

 

 

 

 誕生日に思いを打ち明けようと決めたのは、それから間もなくだった。

 

 プロデューサーはその日にライブを設定してきた。誕生日をファンにも祝って貰おうという意図らしい。自分の誕生日であることを理由に二人きりになることを画策していただけに、最初その話を聞いた時にはガッカリしたが、むしろライブで高揚した雰囲気のまま勢い飛び込めば、案外上手く受け入れて貰えるかもしれない。

 

 

 

 ただ、心配もあった。自分とプロデューサーは年齢が離れすぎている。想いを伝えても、早熟な思春期の感情だと流されてしまうのではないか。それに、普段から戯れにいたずらを仕掛けたりからかったりする間柄だ。単に想いを伝えただけだと、いつもの冗談か何かと勘違いされてしまうかもしれない。受け入れて貰えないのはしようがないとしても(それとて想像するだけで胸が張り裂けそうになるが)、からかわれていると誤解を与えるのは避けたい。どうやって「彼」に想いを伝えるべきか。

 

 

 

 星井美希が羨ましかった。

 

 彼女も同様に彼女自身のプロデューサーに想いを寄せていた。ただ、彼女が具体的な行動に移したのは早かった。プロデューサーの呼称をより親密な呼び方に変え、彼女の想い人にも他者にも明らかに分かるよう、やや露骨に好意をアピールした。なにより15とは思えぬ魅惑のスタイルと大人びた容姿が、言動の幼さに反して、歳の離れた男性に想いを寄せているという違和感を拭い去っていた。なにより、本気になった美希の凄さは誰もが知っていた。仕事であっても、恋であっても。

 想いを寄せられている側はその都度困惑の表情を浮かべていたが、その実まんざらでもなさそうだった。

 

 美希ほどの大人びた容姿か、キャラクターか、積極性か、そのどれかひとつだけでもあれば、自分と「彼」の関係も違ったものになっていたかもしれない。それでも、自分は美希じゃない。自分のやり方で、プロデューサーに想いを伝えるしかないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悩んでいた。

 

 悩みはライブ直前まで続いた。答えなんて出なかった。やはり顔はしかめっ面で固まったままだった。メイクを施して貰いながら、我ながら酷い顔だと感じた。こんな顔で、こんな気持ちのままで、ステージに上がっていいんだろうか? ファンをガッカリさせないだろうか?

 

 鏡に向かったままふと気づくと、四条貴音がすぐ傍らに立っていた。彼女たちは今日はステージに立たない。応援に駆け付けてくれたのだ。向こうでは響とやよいが、如月千早、萩原雪歩の二人と楽しそうに話し込んでいる。彼女たちもまた、リラックスさせようと気を使ってくれているのだろう。貴音に対してこちらが言葉を紡げないでいると、向こうからいつもの落ち着いた声で話し掛けてきた。

 

 「貴女が最近思い悩んでいたことは知っています。いつもであれば打ち明けてくれるものを独り抱えているのですから、きっと私たちでは相談に乗れない、とても大事な事なのでしょう。」

 

 黙って聞く。上手く返事が返せない。

 

 「ならばいっそ、ファンに問うてはどうですか? たとえそれを口に出さずとも、ステージから、目で、歌で、全身で問いかければ、きっと貴女に何か返してくれることでしょう。」

 

 振り向くと、貴音は柔らかい表情でこちらにまなざしを向けていた。

 

 そんなことがあるんだろうか? ただ、気分はいくらか楽になった気がする。小さくお礼を告げると間を置かず、スタッフが開幕スタンバイを伝えにやってきた。メンバーが迎えに来る。気付くと、鏡の中の表情はずいぶんと和らいでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悩んでいた。

 

 悩んでいたのがウソみたいだった。なんでずっと悩んでいたんだろう。さっきまでの自分が滑稽で馬鹿馬鹿しかった。

 未だ鳴り止まぬファンの大声援に煽られて、ライブの高揚感は最高潮だった。舞台袖で響、やよいの二人とハイタッチを交わす。二人の盟友と多くのスタッフ、なにより会場いっぱいのファンに祝って貰えた、最高の誕生日になった。

 

 

 

 興奮冷めやらぬまま控室へ戻ると、廊下で「竜宮小町」らとすれ違う。自分たちと同じ事務所の所属で、今日本で最も売れているアイドルユニットのひとつ。ライブは二部構成、自分たちが前半で、後半は竜宮小町のステージだ。お疲れ様、良いステージだったわよ、そう声を掛けて来たのは、彼女らのプロデューサーである秋月律子だ。やよいと響が元気な声でそれに応じた。

 

 その一団の中に、見慣れた顔を見つけた。妹だ。いつもの大きな目と視線が合う。妹はこちらに気付くと、いつものように破顔させ、すぐに何かに気付いて怪訝な顔つきでにらみつけ、そして何かを悟ったようにニヤリと笑った。どうやらこちらの心情の変化に気付いたらしい。さすが双子の半身というべきか、妹には全て御見通しのようだ。互いの気心が知れてしまうというのもなかなか不便だな、と肩をすくめた。

 

 妹は右手を掲げた。こちらもそれに応じる。

 

 「頑張ってね~ん♪」

 

 パァ~ン。大きなハイタッチ。妹からの短い、しかし力強いアドバイスは、背中越しに受け取った。

 

 「何言ってんのよ、これから頑張るのは私たちじゃない!」

 「あらあら。」

 

 リーダーの水瀬伊織がすかさずツッコむ。分かったのか分からないのか、三浦あずさはただただ笑みを浮かべている。

 

 「んっふっふ~。色々あるんだよ~ん。」

 

 そして4人とも、さっきまで自分たちが立っていた舞台の袖へと消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 プロデューサーは小さな控室で独り仕事をしていた。

 

 「あれ、控室にサンドイッチ用意してなかったか? 打ち上げまで時間あるから、食べておいた方が良いぞ?」

 

 他の二人は先に控室に戻っている。自分だけプロデューサーを探しに来たと伝える。

 

 「そっか。最高のステージだったぞ、頑張ったな。お疲れ様。」

 

 ライブ中は会場の最後尾で見ていたらしい。クシャクシャと頭を撫でられた。抑えきれず顔がほころんでしまう。

 

 「・・・・・・そうだ、独りならちょうどいいや。ちょっと待ってて。」

 

 そう言うとプロデューサーは物陰から何かを取り出した。

 

 

 

 

 

 「誕生日、おめでとう」

 

 

 

 

 

 

 大きな大きな花束だった。パステルカラーの様々な花が彩られていた。手渡されると、小さな自分が持つと顔が隠れてしまい、プロデューサーの顔が良く見えなくなった。

 

 「みんなの前だと照れくさいからね。ははっ。」

 

 本当に恥ずかしそうに、プロデューサーは自分の頭を掻いている。妹の分も用意してあるのかと尋ねると、担当アイドルでもなんでもないのにプレゼント渡すのもおかしいからね、と自分の分だけであることを告げられた。自分だけの特別扱い。その行為に、嬉しさが込み上げてきて抑えきれなかった。気付くと目の前が滲んで歪んで見えた。

 

 打ち上げまで控室で少し休んでな、花束を誰に貰ったかは内緒だぞ、そう告げるとプロデューサーは、再び机に向かって書類に目を通し始めた。ちょうど自分に背を向ける形になっている。いつもは高い位置にある彼の頭は、ちょうど自分の胸の高さになっていた。

 

 

 

 

 貴音の言ったように、ステージには答えがあった。熱狂と歓声とまばゆい光が溢れるあの場所。プロデューサーは、何度も何度も連れてきてくれた。ずっと傍にいて、励ましてくれた。わがままを受け止めてくれた。どんな下らない話でもちゃんと聞いてくれた。いつも真剣に、自分たちのことを考えていてくれていた。

 

 プロデューサーを信じよう。たとえ子供っぽくても、舌足らずでも、真正面から真剣に想いを伝えれば、絶対に真剣に受け止めてくれる。これまでもずっとそうだったように。何も飾らず、まっすぐ、等身大のままで、でもちょっとだけ背伸びして、自分の今ありったけの想いを伝えよう。自分の持ち味通り、思い切り元気よく、そして笑顔で。

 

 

 

 

 

 汗だくだからさ、スーツ汚しちゃうけど、ゴメンね。

 

 そっと花束を置き、小さく心の中でお詫びを言うと、思い切り彼の背中に飛びついた。

 

 

 

 

 

 「    。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 END

 
 

 
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