No.425077

第九話~オブリビオンゲート・後編~

紫月紫織さん

ようやくパソコンの再構築が落ち着きました。久しぶりの更新となります。

2012-05-19 16:18:43 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:473   閲覧ユーザー数:472

 しばらく物陰に潜み考えた結果、一つだけ案が浮かんだ。

 問題はそれを実行したとしても相応のリスクが付きまとうということだ。

 手持ちの荷物から、それを行うのに必要となるポーションを探し出し、ウエストポーチに移し、すぐに取り出せるようにしておく。

 効果時間の短いポーションは使いどころが肝心だ。

 覚悟を決めて、岩のゴーレムの前へと足を運ぶ。

 ある程度の距離まで近づいたところで、ゴーレムは私に反応してその巨躯を揺らしながら、足音を響かせて近づいてくる。

 かなりの自重のようで、果たしてうまくいくのか、不安が拭い切れない。

 ギリギリまで引きつけ、ゴーレムがその腕を振り上げ、振り下ろし始めた瞬間に後方へと跳躍する。

 僅かな地響きとともに、地面が陥没しひび割れる。

 地面を叩きつけたゴーレムの拳はわずかに欠けて破片が散らばる。

 直撃すれば無事では済まないだろう。

 魔力を集中し、複数の電撃を打ち出すが、ゴーレムは怯む様子も見せず、再び私へと近づいてくる。

 建物の前からだいぶ離れたにもかかわらず、以前として私を追ってくるということは、一度敵としてみなしたものを追跡して殺すように命令を受けているからだろう。

「まずは、予定通りというところかの」

 もしも一定の距離を取られると門に戻るというのであれば、目論見が崩れるところだった。

 マナを使いすぎぬように注意を払いつつ、牽制しながらきた道を戻る。

 やがて、お目当ての地形が見えてきた。

 なだらかな坂道と、その先に見える溶岩の池。

 第一条件はクリアした。問題はここから先、どうやってあそこにアイツを落とすかということだ。

 だが、それについても狙っているものがある。

 命令に従うだけで自らの判断能力を持たないゴーレムならば、上手くいくだろう。

 魔法で牽制し、時折剣で切りつけ、振り落とされる拳を避ける。

 ゆっくり、少しずつ目的の場所へと誘導し、魔法を雷撃から冷気へと切り替える。

「さて、そろそろ鬼ごっこも終わりにしようかの?」

 魔力を強く開放し、ゴーレムの足めがけて冷気の魔法を連発する。

 急激に失われていくマギカを補うべく、ウェストポーチから取り出したポーションを一息に煽ると、失われたマギカが満たされていく感覚が広がる。

 やがて最初に打ち出した冷気が生んだ水分が、後続の冷気によって凝固しゴーレムの動きを鈍くし始めた。

 狙い通り。

 もう一本のポーションを飲み干し、この位置で固めた目的を達するべく、ゴーレムへ向けて一気に疾走する。

 だが、目的はゴーレムではない。振り上げられたゴーレムの腕を避けてそのまま後ろへと走り抜ける。ゴーレムの背後にあったそれが私を感知して、その牙を剥くべく飛び上がった。

 けれど、一度見た以上その範囲に残ることなどしない。一気に距離を開ける。

 程なくして、爆炎と爆発音が響きゴーレムを盛大に吹き飛ばした。

 多少の破片が飛来するものの、シールド効果を持つポーションの影響がそれらから私を守ってくれた。

 吹き飛ばされたゴーレムが坂道を転がり、やがて溶岩の中に沈んだのを見届けてから、私は門番のいなくなった建物の中へと侵入するべく駆け出した。

 

 中にももちろん敵がいるだろうことを覚悟し、門をわずかに開き、中を覗き込む。

 すぐに目に付く場所に敵の影がなかったことを確認し、門の内側へと身を滑り込ませた。

 一階はそれなりの広さの空間になっており、外と変わらぬ禍々しさだったが、それよりも目を引くのが正面にある巨大な炎の柱だった。

 入り口から眺めているだけだからよくわからないが、少なくとも上階までは続いているのだろう。その炎の柱によって薄暗いはずの内部は明るく照らされていて明かりなどは不要なほどだった。

 直径で数メートルほどの炎の柱があるにもかかわらず、内部にそれ程の熱気が充満していないところを見るに、単純な炎というわけでもないようだった。

「(マギカが充満しておるな……何らかのエネルギー源、と考えるのが妥当か?)」

 すぐさま刀を抜刀できるよう、左手で鞘を掴んだまま、それに近づいてみる。

 炎の柱の周囲には柵のようなもので囲いがしてあるが、飛び越えて中に飛び込むことも可能だろう。

 だが、その中に飛び込んでどうなるのか予想する頭があればそんなことはするまい。

 近づいてみても、やはり身を焼くような熱気はない。下を覗いてみるが、光が強すぎて視界にその発端を収めることは出来なかった。

 確信できたのはやはり、莫大な魔力を汲み上げて、上階へ送っているのだろうという事ぐらいだ。そばにいるとマギカの流れを感じるほどに、濃密なマギカの対流を感じることができた。

 何をすればいいのかわからない現状においては、この終端を目指してみる他にあるまい。

 道を探すべく周囲に目を向けると、二つの扉が部屋に対の位置に配置されていた。

 どちらが上に登る通路に続いているのかと考えるよりに先に、片方の扉が開き、やはり見たこともない敵とおもわれる者が現れた。

 黒い肌に、闇に炎を灯したような瞳をし、角を有する人型の存在。身にまとう鎧は禍々しい赤黒い光沢を放っており、その形状はやたらと刺々しい。言葉自体は聞き取れるのだが、その声は地の底で様々なものに反響させたような不気味なものだった。

 このような異界の地に住まうものはこのような姿なのかと、正直ゾッとする。

 雄叫びとともにメイスを振り下ろし襲い掛かってくるその化け物を、刀の背で何度かしのぎながらその戦い方に目を向ける。

 人型であるため、異形の怪物よりも遥かに戦いやすいといえるだろう。

 動きの基本は人間と変わらず、驚嘆するべきはそのパワー。逆にその動きはどこかぎこちなさや無駄が残り、洗練しきれていないところが見て取れる。

 振りぬかれたメイスから身を躱しつつ、抜刀する隙を伺う。

「のう、お主ら何者じゃ?」

 戦いのさなかに声をかけてみるものの、返事を返してくることはなかった。

 戦いに入ればそれ以外を考えない、狂戦士的な側面もあるのかもしれない。

 炎の魔力のエンチャントされたメイスが縦横無尽に振り回される、だが……。

「悪いのぅ、お主のパワー事態は脅威じゃが、お主の身のこなしと速度ではわしを捉えることはかなわぬよ」

 振り下ろされるメイスの死角を交錯して相手の背後へと周り、抜刀から、兜をかぶっていない頭部を狙いの一閃は、たやすく異界の戦士の命を奪った。

 だが……。

「(……どちらかと言えば身体能力を持て余しとる感じがする。練度の低い新兵とかそういった類かもしれんな……油断は禁物か……)」

 地面に倒れて事切れている異界の戦士をどうするかしばし考え、試しに持ちあげてみる。

 なんとか持ち上げられる程度の重量だ。

「悪いの、見つかって騒がれては何かと面倒なんじゃ。許せ」

 遺体を中央の、巨大な炎の柱の中へと放り込んで証拠を滅しておく。

 すでに隠密などというものではないが、気づかれるのは遅いほうが良い。

 

 塔の上へ上へと登って行く間に、スカンプがちらほらと、そして先ほど斬り捨てた異界の戦士とよく似た面構えの──しかしこちらはローブを纏い、魔法を使ってきた──魔術師が襲い掛かってくる。

 凶悪な魔法を使ってくるかと思えば、初歩的な魔法ばかりだったため、一気に懐に入り切り捨てるか、喉を掴み凍らせて砕く。

 外周部の通路を通り、二階に位置する場所で再び広間へと扉をくぐる。

 塔は中空になっているらしく、中心部に炎の柱が、遥かに上階まで続いていた。

 塔の内側に作られた通路を登りながら、現れる魔術師を次々斬り捨てていく。

 どいつもこいつもまるで歯ごたえのない連中ばかりで、違和感だけが堆積し、積み上がっていく。

「(もしかすると、主力部隊はまだクヴァッチの街中に居て、ここに残っておるのは留守番組とかそういう事か?)」

 切り捨てることすら面倒になった魔術師を思い切り蹴りつけ、中央部へと叩き落とす。

 高所から魔力の柱の中に飲み込まれた異界の魔術師は跡形もなく消失した。

 続く敵の気配がなくなったのを感じ、再び塔の上を目指して足をすすめる。

 ところどころ、通路の壁に死体がぶら下げられていて、それが吐き気を催す装飾として機能していた。

 吊り下げられた死体の下には黒く、固まった血溜まりが残されていることから、生きたままここに吊り下げられ、そのままなぶり殺しにされたのだろう。

 悪趣味なことこの上ない。

 さっさと先に進もうと思い、近くの上階に続くであろう扉を押してみるが、開くことはなかった。

 わずかに動くけれど、何かに引っかかる感触からして鍵がかかっているのだろうが、鍵の形状についても理解しかねるものであることがわかったぐらいでこじ開けることは不可能のようだった。

 どこかに鍵守がいるのだろう、それを見つけて鍵を奪わねば先には進めなさそうだった。

 こうした鍵は詰所の衛兵が持っている場合が多いが、こちらでも共通だろうか?

 そうだとするならばと近くに、そういった別棟への扉があるはずだと当たりをつけ、近場にある扉全てを調べてみる。

 結果として私の予想はあたっていて、施錠された扉以外に、別の塔への通路に通じている扉が存在した。

 塔の外に支えもなしに作られた空中回廊は、狭い足場に加えてかなりの高所に存在した。

 未だこの身を眷属の姿へ変じる能力の使い方を思い出せない私にとって、この場所で襲われるのは至極面倒だ。

 身を隠す場所もないことから、状況次第では弓や魔法の的にされそうなこともあって、対岸の塔までを一気に駆け抜ける。

 意外なことに、弓も魔法も、私めがけて飛んでくることはなかった。

 塔の中へと足を踏み入れてすぐに、怒声と魔法の炸裂音が響く。

「(今のは……下からか? すぐ上の階は行き止まり、か……上から確認したほうが早いかの)」

 塔の中をらせん状に続く道を登るとすぐに最上階にいきあたった。

 少し開けた空間になっており、部屋の中央に骨を組み上げて作られたような檻が置かれていた。その中に全裸の男が一人囚われて倒れている。

 それ以外の者の姿は見えず、近寄って檻越しに男を揺すってみると、かろうじてか意識を取り戻した。

 ひどい傷を負っており、生きているのが信じられぬほどの出血だった。

 これでは、もう長くは持つまい。

「お前さん、大丈夫か?」

「う……大丈夫、だ……時間が、時間がない……」

「うん?」

「塔の、頂上へ……行かねば……ゲートを、閉じ……なけれ、ば……」

「おい、お前さんまさか」

「くそっ、目が……目が、見えない。塔の、頂上に……ゲートの動力源が……シジルの守りを……はず、す……鍵……を……」

 力尽きて、男はそのまま檻に持たれる形で事切れた。両の目がどうなっていたかは、あまり見たくはない。

 おそらく、クヴァッチの衛兵の一人なのだろう、名前を聞くことも出来なかったが、志半ばに倒れたこの男の無念はどれほどのものだっただろうか?

「ゲートは必ず閉じてやる。……じゃから、少しだけ、血をもらうぞ」

 階下から、鎧を来た存在特有の足音が響いてきていた。

 

 私の吸血が終わるのと、階下からの足音が辿り着くのはほぼ同時だった。

 振り返れば、今までに斬り捨てた異界の戦士と見た目こそ大差ないものの、隔絶した雰囲気を感じる者が立ちはだかる。

「のう、貴様がこの男をこんな風にしたのか?」

『そうだ。人間よ、ここはお前の場所ではない。貴様の血と肉で贖うがいい!』

 言葉を言い終えるよりも早く振り下ろされるメイスを、紙一重で躱す。

 あの男からもらった血の力はすべて、こやつを刻むことに使うと決めた。

「随分な言い草じゃな、貴様」

 鎧に触れ、魔力を解放する。魔力は電流となって鎧を駆け巡り内側から異界の戦士を焼く。

 肉の焦げる臭いが漂う中で、まだ異界の戦士が倒れることはない。この程度では大したダメージにはならないか。

「先にわしらの領域を犯したのは貴様らじゃろうが。血と肉で贖え? 笑わせるな」

 無造作に腕を掴み、そのまま力技で階下へと投げる。通路を転がり落ちる異界の戦士を、ゆっくりとした足取りで追う。

「あまりガッカリさせるでないぞ。貴様は鍵守じゃろう? それなりの手練じゃろう? ようやっと血の力の正しい身体能力への転化の仕方を思い出したんじゃ。少しは腕ならしの相手をせい」

 やっとのことで起き上がった異界の戦士が振るうメイスを、腕ごと切り飛ばす。

『グギアアガァアァアアアアアアアッッッタ!!!』

 叫び声と吹き出す血。切られた腕を抑える異界の戦士を前に、懐かしい感覚を思い出す。

「どうした、まだ片腕切り飛ばされた程度じゃろう。これから全身バラバラにしてやるから覚悟せい」

 

 *   *   *

 

 鍵を手に入れてから先、ドアを開き最上階に至るまでにさしたる障害は存在しなかった。

 あの男からもらった血の力はすでに使い果たしていたが、それも問題にならない程度。

 やはり、主力は滞在していないということなのだろう。そうでなければおかしい。

 最上階にたどり着き、巨大な生物の骨で組まれたとでも思えるような階段を登り、その上に更に続く、皮膜で作られたようなスロープを登る。

 生き物の体を継ぎ接ぎして作ったような、おぞましいオブジェのなかに居るような錯覚すらある。

 その中央にやはり、炎の柱が存在していたが、それは空中に浮く手のひらサイズの球体に吸い込まれるように唐突に消失していた。

 莫大なマギカを吸い込むそれこそが、あの名も知らぬ男の言っていたシジルの守りとやらなのだろう。

 だが……。

「どうすればいいんじゃろうな、これ」

 うかつに触るとマギカを根こそぎ持っていかれそうな気もするのだが、剣の柄で弾いてみるか、しばし思案する。

 試しに鞘で突いてみるが、特に変化はなかった。

「うーむ……ええい、女は度胸!」

 手を伸ばし、球体をつかむ。熱さもなければマギカを奪われる感覚もない。

 僅かな抵抗感とともに、球体はあっさりと炎の柱から離れる。それと同時に行き場を失ったマギカの奔流が周囲に拡散していく。

 熱いわけではないが、視界を覆い尽くす炎の色に飲み込まれ、視界を奪われる。

 塔そのものの脈動のような揺れを感じ、思わず足場を確かめる。確かにそこにあるはずの足場は、ひどく不確かだった。

 世界が崩壊してゆく感覚、奇妙な浮遊感と、世界が暗転するのを感じ、気がつけば私はゲートの残骸の前に立っていた。

 残骸と言うには正しくない、残骸になる寸前のゲートの前に居た。

 ゲートは自らを維持する魔力を失い、急速んその姿を薄れさせていた。

 後には異界と現界をつないでいたゲートの残骸だけが、その証拠のように跡を残している。

 ふと気になり周囲を確認してみるが、異界で巡りあった者たちの姿はない。

 どういう原理なのかはわからないが、死体はそのまま消え、生きていれば互いの世界に帰されるということなのだろうか?

 細かく確認することは出来ないが、少なくともそう思っておくのが良いかもしれない。

 あれ以降、ゲートから現れた敵は居ないのかゲートの周辺は静かなままだった。

 少し離れたバリケードの裏側で腰を卸しているマティウスとその部下を発見した。

 二人は驚いたような表情でこちらを見ていたが、すぐに腰を上げると走り寄ってくる。

 それなりの時間、休息を撮ることができた影響だろうか、

「ゲートを閉じたのか! よく無事に帰ってきた!」

 迎えに来たマティウスにどのような表情を見せればいいのか、私にはわからなかった。

「ええ、少々手こずったけれど、閉じ方もわかったわ」

「本当か! そいつは朗報だ!」

 言いながら私の周りを確認し、私以外が居ないことを確認するとマティウスの表情が曇る。

「ゲートの中に、私の部下は居なかったか?」

「何人、送ったの?」

「……三人だ」

 三人、だとすると、クランフィアに食べられていた一人、牢獄に閉じ込められ事切れた一人、あとの一人はおそらく、あの鍵守の戦士に殺されたのだろう。

 私は静かに首を横に振り、背に下げた剣をマティウスへ渡す。

「この剣は……イレンドの!」

「この剣は向こう側の世界で死体が握っていたわ。もう一人、禿頭の男性は牢に入れられて事切れていた。もう一人は遭っていないけれど……断末魔の叫び声のようなものが聞こえて、その後血まみれの剣を握った敵と遭遇したから、おそらくは……」

「……メニエン、ヴァルトルヒもか……く、そ……」

 イレンドと言う男の物らしい剣を握りしめ、怒りか悲しみかわからないものに震えるマティウスに、私は掛ける言葉を持たなかった。

 惨劇にして往々にあることであれ、私はそれを受け入れがたいものとする人に掛ける言葉を失って久しい。

 彼よりも、私にとっての問題はクヴァッチの街中の方であり、門の向こう側の様子のほうが気にかかる。

 耳をすまし、門の向こう側の物音と気配を探るが、近場にはそれほどの数は居ないように思える。

 これなら一人でも突破は可能だろうか?

 そう思い門の方へを足を進めようとして、急に肩を掴まれた。

「待ってくれ、どこへ行くつもりだ」

「私の用事は街の中にあるみたいだからね、進むしかないの」

「……ならば、協力してほしい。街にはおそらく、まだあいつらが徘徊しているだろう。それらをすべて殲滅する」

「構わないわ、そのほうが私にとっても都合がいい。けれど、貴方はいいの? 部下を……いえ、貴方自身も死地へ赴くことになるわよ?」

 今のクヴァッチの中はおそらく死の町と化しているだろう。まだオブリビオンの世界の怪物たちがひしめき、闊歩しているに違いあるまい。

 オブリビオンゲートの向こう側へと向かった兵士たちは皆死んだ、だというのにこの心の強さはなんだというのだろうか。

「我々は騎士だ。クヴァッチの伯爵の配下であり、街を、民を、平和を守るために居る。伯爵は我々にこういった、街を、民を、平和を守り、市民の模範たれ、と。その我々が、逃げるわけにはいかない」

 その理屈は私にとって、至極子供っぽいものだと思える。それに命をかけることができる理由がわからない。

 けれど──。

「いいでしょう、力を貸すわ。私も、あいつらには嫌気がさしてるところだしね」

「ありがとう、では行こう! クヴァッチのために!」

 そう叫んで彼が抜き放ったのは、イレンドと呼ばれた男の剣だった。

 

 街の中は市壁の外から見た以上にひどい有様だった。

 あちこちの建物は焼け落ちて崩れ、瓦礫がそこかしこの道を塞いでいる。

 道のそこかしこに市民の亡骸が転がり、焼け焦げて、あるいは切り刻まれて、あるいは食い散らかされていた。

 中には勇敢にも剣を持ち、抵抗したであろう人々の亡骸も存在したが、そうしたものは他の亡骸よりも更に酷い有様となっていた。

 衛兵らしきものの死体は特にひどく、それを衛兵だと、あるいは人だと判断するのに時間を要するぐらいだ。

 人間種族同士の戦争とは絶対的に違う、その惨状に眉根を顰めるとともに、異界の化物との争いであるということを改めて痛感する。

 私達が街中に突入したことに最も早く気がついたのはクランフィアで、瓦礫の影から一斉に飛び出してくる。

 私とマティウスにとってはさした脅威ではないが、彼の部下は殺されないように立ちまわるのが精一杯のようだった。

 だがそれで十二分、時間を稼いでくれさえすればこちらでどうとでも対処できたし、ほとんど小物ばかりだった。

 飛び出してきたクランフィアたちをすべて切り捨て、次の敵が現れることを考えて身構える、だが。

「危ないっ!」

「きゃぁっ!」

 突然の横からの衝撃に視界が急転する。それが横から突き飛ばされたためだと理解するのに時間はかからなかった。

 私の隣には体制を崩して震えているマティウスの部下の姿があった。

 私が立っていた場所が燃え盛っていたことを理解して、すぐさま周囲を見回す。

 異界の魔術師がこちらに向けて再び魔法を唱え始めたところだった。

「くっ、次が来るわ! 立ちなさい!」

「あ、は、はいっ」

 彼が動くよりも早く、次の火球が飛来する。威力と魔力を見るに直撃すればただでは済まない。

「くっ!」

 火球と彼の間に立ちはだかり、マギカを解放する。効率のいい開放の仕方も忘れているために、ただ無作為にマギカを放出して、それを冷気へと変換して盾にする。

 接触して生まれる熱と炎、そして衝撃に何とか踏みとどまる。

 多少のダメージこそあったものの、どうにでもなる程度だ。

 異界の魔術師の背後にマティウスが走りこみ、その背中に強烈な一撃を見舞う。

 体制を崩したその隙を見逃すはずもなく、左から右へ大きく振りかぶった剣閃を見舞う。

 その一撃は的確に首を捕らえ、頭と体を切り離した。

「メランディル! しっかりせい!」

「た、た隊長……すみま、せ」

 慌てながら必死に立ち上がる部下に対し、マティウスは息を漏らしながら、思い出したようにその険しい表情をわずかだけ緩める。

「いや……そうだな、お前は隊のなかでは一番の若手だった。怯えるのも無理はあるまい、よく生き残った」

「マティウス、近場に居るのは今ので最後みたいよ」

「そうか、大した数ではなかったな。よし……来い、メランディル。教会へ行くぞ、生存者を確認するんだ」

 メランディルは、未だ震えの残る足を叱咤してマティウスの後を歩く。

 一番の若手ということは、実戦経験もおそらく殆どないということだろう。

 この出来事で彼が内心どのように思っているのか、なんとなくわかる気がした。

 なんとなく彼の隣を一緒に歩き、声をかけていた。

「メランディル、だったかしら?」

「は、はい……」

「さっきはありがとう。直撃していたら危ないところだったわ。大した勇気よ」

「そ、そんなことは……ないです、ずっと……怖くて」

「恐怖というのは誰でも覚えるものよ、覚えないほうがおかしい。勇気というのは、その恐怖に打ち勝つもの。貴方は立派だわ」

 柄でもないと思いつつ、そんなことを彼に言いながら教会へと足を踏み入れた。

 教会の中は静かなもので、まるでそこだけが何者かからの守護を受けているかのように、外と隔絶されていた。

 祀られているナイン・ディバイン、アカトシュの加護なのかもしれない。

 外から来た私達を見て、中に取り残された人々は希望が生まれたのか賑わいだした。

 

 そんな中に一人、妙な気持ちを抱かせる男の姿があった。

「ああ、アカトシュよ、感謝します。希望は潰えていなかった」

 そんな風に祈りを捧げる彼が、皇帝の子息、マーティンであると私が知るのは、もう少し後の話になる。

 


 
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