No.410738

風猫通り - 風変わりな旅人たち

風城一希さん

連作「風猫通り」の続きです。

2012-04-18 22:53:53 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:305   閲覧ユーザー数:304

 その晩、町はずれの宿屋にずいぶんと変わった客が逗留(とうりゅう)した。

 一人は紳士。カイゼル(ひげ)を蓄えた大層身なりの良い男で、山高帽にステッキと気取った出で立ちをしていた。もう一人は少女。メイド服を(まと)っているので紳士のお付きなのだろうけれど、老人と孫娘ぐらいの年の差がある。おまけに、ここいらでは珍しいことに獣人の血を引いているようで、にっこりと挨拶(あいさつ)をしたその頭上には、大きな獣の耳が跳ねるように揺れていた。

 大きな紳士と、小さな少女。

 大きなトランク、小さな鞄。

 宿の主人はしきりに首を傾げた。メイドを使うような御大尽(おだいじん)相応(ふさわ)しいホテルなど街中に行けばちゃんとあるのに、どうしてこんな安宿を選んだのだろう。勿論こういう場所なので、得体の知れない客や目つきの悪い食い詰め者が訪れるのも少なくはないし、少々いかがわしい商売に使われることだってある。そして、各々の事情については積極的に詮索(せんさく)しないのが旅人と宿主との不文律というものだ。どんな時代でも需要があれば職業は成立する。

 それでも。

 彼のそれなりに長い人生に()いて、こんなに場違いな客が訪れたのは多分初めてだった。

 一階で食事をさっさと済ませた二人組は階段を登り、あてがわれた部屋にさっさと引き籠もった。清潔に見える服も靴もよく見れば使い込んでいる様子だったし、旅慣れた感じではあったけれど。なら、どうして旅をしなければならないのかがさっぱり分からない。そもそも、貴人と獣人という組み合わせ自体が奇異だった。

 彼が職業的倫理観を棚上げして従業員やコックを相手にあれこれ疑問をぶつけ合っていると、当の少女が降りてきてキッチンにひょこっと顔を出した。

「すみません」

「はい、なんでしょう?」

「お茶の準備をさせていただけないでしょうか? ご主人様が一服したいとおっしゃっているものですから」

「ああ、気付きませんで。こちらで持って行かせますから、少しお待ち下さい」

「いいんですか? 焜炉(こんろ)を使わせて貰えれば私がやりますけど」

「いえいえ、お客さんにそんなことさせられませんよ」

「すみません」

 少女はにっこりと笑い、それからその笑みを引っ込めて遠慮がちにいった。

「あの、それから……もう一つお願いがあるんですけど」

「はいはい」

「えっとですね。申し訳ないんですけど、インク壺を売って貰えませんか? 出来れば、おろしたてのを複数」

「インク壺?」

「ええ。ちょっと、切れそうになっているので」

 猫耳の少女はそういって、恥ずかしそうに下を向いた。彼女の胸には、蒼い林檎(りんご)を象ったしたブローチがある。

 主人は怪訝(けげん)に思ったが、まぁ、お金を貰えれば文句を言う筋合いはない。

 それから、しばらく。

 支度した物を届けさせた従業員が戻ってくると、宿の面々は雁首(がんくび)を揃えて偵察の報告を要求した。

「なんだか変ですよ、あの人達。いやね、テーブルに面と向き合ってなんだか手紙みたいなのを何枚も何枚も書いてるんです、それもものすごい速さで。ドアを開けて入っても、こちらが声を掛けるまではまるで気付く様子がないんです。旦那の方は警察の書記官みたいでこう、博物館の石碑みたいな文字だっだし、亜人のお嬢ちゃんは蛇がのたくったような字をすらすら書いてるんです。俺、女の子があんなに必死に文字を書いているの始めてみましたよ。二人して競争しているみたいでしたね、まったく」

 すると、一人が手を打ってみせる。

「分かった。あれはスパイなんじゃねぇか? この国の情報を記録してるんだよ」

「あんな目立つスパイがいるかい。それに、百年も戦争が起こってないんだから、スパイなんて魔法使いと同じ空想の産物だよ」

「大切断以降に概念が残ってること自体がおかしいよな、スパイなんて」

「むぅ……じゃぁ、それこそお役人とか」

「あんな成りの役人いてたまるかっての。男の方もそうだけど、亜人の役人なんて」

「放浪の作家かしらねぇ」 

「どこかの放蕩(ほうとう)貴族さまなんだろうさ。酔狂(すいきょう)なんだよ、猫つれて旅行なんて」

 結論からいえば、彼らの推測はそれなりに正しく、また間違ってもいた。

 ただ、階上の客人達の正体が判明したとしても、宿で働く人々の人生に影響を与えることはまずないだろう。今夜は他に客もなかったので、彼らは天から降った娯楽のように、無責任な想像をどんどん膨らませていったのだった。

 翌朝早く。

 昨日と同じように、淡々と黙々と食事を摂った紳士とメイドは、宿賃と常識的な額のチップを残して宿を後にした。深々と頭を下げた主人に対して、紳士は山高帽を軽くとって返礼した。その胸に、少女と同じ青林檎のブローチを提げて。

 一方、

「ごはん美味しかったです。ふかした馬鈴薯(じゃがいも)が特に。ありがとうございました」

そういってぺこりとお辞儀をした少女の、左右に揺れる尻尾が場違いに可愛かった。

 二人は宿を出、最寄りの郵便ポストにしっかりと包装された紙の束を投函(とうかん)してから、東に向かって太陽に向かって、歩き始めた。

 街道を辿って。

 徒歩ならば夕方までに次の集落へ着くことはあるまい。野原の真ん中を一本道が延々と続くだけだ。一体どういうつもりなのだろう。

 主人はもう一度首を傾げ、そして……しばらくして考えるのをやめた。

 妙な客は旅人に戻ったのだから、もはや詮索は必要ない。宿帳に書かれた二人の風変わりな名前も、いつか紙と共に色褪せていくのだから。

 ただ――

 肩を並べると紳士の半分ぐらいしかない少女の頭の上で、一歩進むたびにリボンのように揺れていた大きな耳が、しばらくは想起されてならなかった。


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