No.380426

【エスコン6】死者の味【ガルーダ隊】

カカオ99さん

テスト投稿。6のタリズマンとシャムロックの話。ネタバレと捏造有。時期はクリア後、某キャラが立てて歩けるくらいに月日がたったあたり。某キャラは戦後に本格的に料理を始めたという設定。

2012-02-19 19:57:04 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1103   閲覧ユーザー数:1082

 

 あの時、僕は運良く助かった。

 シャムロック自身もそう思っているし、周囲の人間も「お前は運がいい」と言った。まだ杖は必要だが、立てて歩けるほどに回復したし、家事も一通りこなせる。

 エメリア・エストバキア戦争最後の戦い、シャンデリアという名のエストバキアの巨大レールガン攻落戦で、命懸けで偵察を行った勇気ある兵士。氷の海で助かった不死身の男。知らない所ではそれ以上のことを大袈裟に語られているようだったが、訂正することが不可能なほど広まった噂話の力にシャムロックは驚いた。

 嘘のような本当の話として語られているのは、「シャムロック! キッシュはどうする気だ!!」というタリズマンの言葉で脱出したこと。

 F-15Eの後部座席に乗っていた兵装システム士官の言葉にすら耳を貸さなかったのに、タリズマンのどうでもいいような一言で生きることを選んだのは、見舞いに来た仲間たちのからかいの対象になった。

 発端は首都グレースメリアを奪還した時。シャムロックは開戦以来、離れ離れになっている家族に会ってくれるようタリズマンを誘い、「女房のキッシュを気に入ると思う」と言った。

 だが急いで生存確認をしてみれば、妻も娘も、どちらも死んでいた。そのことについて、タリズマンは慰めの言葉をあまり言わなかった。

 シャムロックが「キッシュの件は駄目になったよ」と言うと、「君が作ってくれ」と返され、混乱した。

「奥さんの味を知ってる君が作るなら、大丈夫だ」

 これも訳が分からなくて、思わず笑ってしまった。空気を吐き出すような、口元だけ笑顔を形作るような、よく分からない笑い方。

 炊事洗濯は妻の担当。シャムロックは味を知っているが作り方は分からない。

 習えば分かるが、どんな隠し味を入れて作ったのか知らない。どこかで聞いたことがあるはずなのに、シャムロックは何も思い出せなかった。今思えばとても大事なことだったのに、教えてくれる人はもういない。

 どこにもいない。二度と会えないという言葉の重み。使い古された言葉こそ重く、塗り重ねられていく。

「なあタリズマン」

「ん?」

 また笑う。笑っているように見せたくて、息を吐き出して、ギュッと口を閉じて、口角だけ釣りあげて、唾を飲みこんで、必死になって誤魔化した。涙も、腹の底に渦巻いている感情も、すべて。

 それでも吐き出したいことがあって、言葉を懸命に選んだ。汚い言葉にならないようにと、なぜかそんなことに気をつけて。

「今はエストバキア人を誰も許せない」

「分かってる」

 タリズマンは肯定もしないが否定もしなかった。モロク砂漠で命令違反をした時も、ただ黙って一緒にシュトリゴン隊を堕としてくれた。勿論その後は命令違反で仲間を危険にさらしたことで殴られたし、罰ゲームを受けたが。

 あの氷の世界で遺言めいたものを喋っている時、タリズマンがキッシュのことを言った。シャムロックの思考は強制的に切り替えられた。

 そうだ。未来に向けての約束がまだ残っている。キッシュを作らなきゃ。彼女が作り、娘が手伝ったあの味。

 次の瞬間、シャムロックは生きることを兵装システム士官に伝えると、射出レバーを引いた。

 脱出する前に天使の羽根が見えたと思ったが、それがタリズマンの機体だと分かったのは大きな流氷の上に降りた後。太陽の光を受けて金色に輝く機体。没個性ともいうべきガルーダ隊のカラーリングはこのためにあったのかと思えるほどだった。

 身にまとう鎧は戦闘機に、鎧を彩る金色は太陽の光に変えて王は帰還し、極限の世界の中で勝利に導く。

 この美しい光景はモニカとジェシカへの土産話になる。でもキッシュが。

 シャムロックは無意識に呟いていたらしく、「キッシュ? …食べるキッシュ?」と誰かが喋る声が聞こえた。

「だったら後で食べましょう。なんなら作りましょうね! ほら起きて! マーカス! マーカス・ランパート!!」

 うまく近くに降りたのか。比較的怪我が軽い兵装システム士官が何度もシャムロックの名前を呼び、顔を強く叩きながら意識を繋ぎとめた。軽いといっても骨折はしていたが。

 彼はシャムロックより先に退院し、改めて見舞いに来た時は「ランパート一族って不死身なんですね」と、尊敬とも嫌味とも取れる言葉を言った。

 ユージアにいる遠縁の親戚が大陸戦争で不死身の男として有名になったのは知っていたが、まさか自分もこの戦争で悪運の強さを証明すると思わなかった。それに兵装システム士官を自殺的行為に巻き込んだという負い目もあり、シャムロックは済まなさそうに笑って返すしかなかった。

「名字がランパートと知った時点で、死なないと思っていましたけどね」

 この言葉は素直に褒めたたえるもの。いつも柔らかな口調でさらりと喋る。怒った態度を見せた時も、どちらかといえば丁寧だった。

 そんな彼も、流氷の上でシャムロックを鼓舞していた時、悲痛な声で「チョッパー頼む。助けてくれ」と言った。シャムロックはそれを覚えていたので、気軽な気持ちで「チョッパーって誰だい?」と聞くと、笑われた。誤魔化すための笑い方だとすぐに分かり、「小さい時に読んだコミックのヒーローですよ」という答えを得た後は、それ以上何も聞かなかった。

 彼もかつて親しかった死者に縋ったのだろうかと思った。自分が妻子に最後まで導いてくれと縋ったように。

 皆が既に去った者たちに縋った。シャンデリアに残ったエストバキア兵たちはユリシーズと内戦で亡くなった者たちにまだ行くなと縋り、エメリア兵たちも戦争で亡くなった者たちに共に在れと縋った。

 縋り続けた先にたどりつくのは、生きることさえ拒む氷の世界。エストバキア兵たちがたどりついた場所へ、シャムロックも足を踏み入れようとした。

 そしてそこから帰る術を体に叩き込まれた。映画のように劇的なワンシーンではなく、とても小さなきっかけ。こんなことで人は生き延びるのだと、シャムロックは自分自身でも不思議に思った。

「それで、新作はどうだい?」

「うまい。カレー味は偉大だね」

 目の前ではタリズマンがオイルサーディンと玉葱のカレー風味キッシュを食べている。食べっぷりが良いので、作っている側としては気持ちが良かった。

 退院後、シャムロックは料理を始めた。タリズマンにキッシュを食べさせる約束を守るため。退院後も続けられるリハビリの苛立ちや悲しみを紛らわすため。そんな目的で始めた料理は生活に潤いをもたらすという意外な効果があった。

 最初の頃は段取りが悪く、約束の時間にタリズマンが家に来ても待たせることがあった。出来あがった料理も、味が濃い、焦げすぎと言われたこともあるが、まずいと言われたことは一度もない。

「それは良かった。これで、明日は安心して新作を持っていける」

「子供たちの所に行くのか?」

「施設でホームパーティをするんだってさ。だから料理を持ち寄らなきゃいけなくて」

 シャンデリア攻略のための重要な情報をくれたメリッサとマティルダの親子。戦時中、マティルダは親と再会することができず、ストリートチルドレンとして生き延びたこともあり、メリッサは戦災孤児たちを支援するボランティアを熱心に行っていた。

 夫であり父である空軍パイロットが戦死したメリッサ親子と、妻子が戦火に巻き込まれて亡くなった自分。似たような境遇に興味を持ったのもあり、情報をくれたお礼を兼ねて会いに行って以来、シャムロックも彼女の伝手を頼ってボランティアに参加するようになった。

「またキッシュのおじさんって呼ばれるのか。有名人だな」

「前は車椅子のおじさんだったよ」

「称号が増えた訳だ」

 二人は笑った。

「料理がいいリハビリ代わりになっているよ。君のお陰でいい趣味が増えた」

「それじゃ、今度のハロウィンにパンプキンパイを作ったらどうだ?」

「パイ?」

「前に言わなかったっけ? パイの作り方、習ったんだろ?」

「…ああ! パイね。習ったよ」

 以前、メリッサに料理を習ったことを喋ったことがあった。

 相手の心の傷になるべく触れない話題として料理は便利だったし、主婦歴が長いメリッサが家庭料理について色々と教えてくれるのはシャムロックにとってありがたかった。

「基地デ予定ガナイ奴ラハ本当ニ喜ブゾー」

「……喜ばないんだな」

 タリズマンの言い方が棒読みだったので、シャムロックはすぐに悟った。どうやらグレースメリアを奪還して以降、何かしらの行事でパイが出ると、家族や恋人がいない兵士たちが率先して食べる料理として認識されているらしく、特にパンプキンパイは独身の象徴となっていた。

「いやいや。喜ぶさ。おいしい料理に文句をつける奴はいない」

「だったら君がパイを作ればいいじゃないか。教えてあげようか?」

「俺だと何かを仕込んでいると思って、みんな食べないんだよ」

「なんだ。身から出た錆じゃないか」

 戦時中、タリズマンは重大な規律違反や騒ぎを起こした兵士に対して、罰ゲームと称して色々なことをした。死にはしないが恐怖を与えるには十分なもので、シャムロックが食べさせられたシュールストレミングは周囲にも悪臭の被害をもたらし、大ブーイングだった。

 とはいえ、戦時中の殺伐とした空気を和らげる一定の効果はあったのだ。当時は。

 刑事の尋問テクニックのように、タリズマンはお仕置きする役、シャムロックはフォローして慰める役となってうまく回っていたが、今シャムロックは側にいないし、タリズマンと同格の隊長クラスで罰ゲームを止めてくれそうなウインドホバーが毎回いる訳でもない。

「分かったよ。隊長の悪評を少しでも下げるために作ってあげようじゃないか」

「助カルヨー。本当ニ嬉シイナー」

「もう少し嬉しそうに言ってくれ……」

 最初からこれが目的だったかとシャムロックは内心苦笑した。料理を始めたばかりの男のキッシュを試食するという食事会に毎回時間を作って出席し、退院したシャムロックはちゃんとリハビリをしているのかと尋ねてくる基地の兵士たちにも気を使い、任務以外の面でも大変なことを察する。

 周囲からは勝手し放題の罰ゲームで神経が太いように思われているが、シャムロックは意外に心労や胃潰瘍で倒れるのではと思っていた。

「ところでパンプキンパイって、普通のでいいのか? それともジャックランタンみたいな手の込んだやつ?」

「ジャックランタンに決まってるだろ」

「いや、そこは男の手料理ということでどうか一つ、簡単な方で……」

「すまん。シャムロックがジャックランタンのパンプキンパイを作ってくると宣伝済みだ」

 ジャックランタンといっても粉砂糖で飾る程度のもあれば、目と口の部分を切り取ったパイ生地を上に被せたり、きちんとかぼちゃ型に作るのもある。

 とりあえず嫌な予感しかしなかった。手の込んだものを作らされるに違いない。

「……今日の新作はタバスコをたくさん入れるべきだったよ」

「またまたご冗談を」

 おどけるタリズマンを無視して、シャムロックは「でも弱ったな」と呟く。

「何が?」

「うちの子は本当に甘いのが好きだったから、僕が作っても甘すぎるお菓子ができてしまって……」

 言葉が続かず、少しだけ間が開く。

「お父さんはどんな甘さのが好きだったの」

「僕? 僕は……もう少し甘さを控えたのかな」

 それはメリッサの家の甘さの基準と似ていて、シャムロックは嫌だった。申し訳ないと思いつつ、亡くなった家族を重ねて見ていても、そういう部分で彼女たちが全くの他人であることを思い知らされ、自己嫌悪に陥る。

 彼女たちもシャムロックを見ていないのは同じ。あちらは戦死した夫と父の姿を見ている。彼女たちとの間にあるものは同じ傷を持った同胞意識。特にメリッサとはボランティアを一緒にしているだけであって、そこから恋愛に発展するかといえば、今は完全に無理だった。

 孤児たちに料理を作ってあげるのも、我が子の笑顔に似た子がいればという、そういう望みも隠れている。亡くなった家族の面影を重ねたまま新しい家族を得ようとするのは、あまりにも理不尽な行為だと思えた。

「じゃ、お父さんの味で作ったら?」

 あ、とシャムロックは思った。お父さんの味。今日のキッシュの味。これは自分好みに、少し濃く調整した味。妻は生前、「塩分控え目にしなきゃ、体に悪いんだから」と気をつけてくれた。

 料理を始めた頃は妻のキッシュを再現しようと必死だったのに、今は自分好みの味のキッシュをタリズマンに出している。妻の味ではない。

「……それはいい案だ」

 しまったと内心慌てる。ふとした瞬間に踏み入れる氷の世界。遺体が冷たい海を漂い、流氷の上に転がり、そこをブリザードが吹きすさび、凍らせる。そこにはジェシカとモニカの遺体もある。この国の空を守っているんだよと言いながら、守れなかった愛しい家族。すぐに遺体を見つけてやることができなかった大切な家族。

 そんなイメージが脳内で広がっていく。これはまずいとシャムロックはキッシュを無理やり口の中に押し込んだ。

 心の危険領域に踏み込んだと分かったら、そっと離れる。注意深く、足を踏み外さないように。次に作ろうと思っている料理を思い浮かべて。今はキッシュを食べて。そうやって少しずつ離れて、なんとか現実に戻ってくる。

 それでも感情の整理が間に合わない時がある。

「コーヒー淹れてくる」

 シャムロックは足早に台所へ消える。一人残されたタリズマンは、皿に残っているキッシュを突っついた。

 地雷を踏んだな。そう思った。お父さんの味で作ったらと言ったら、明らかに言葉に詰まった。

 以前なら、妻が作ったもの、娘が好きだったものという枕詞がついたが、最近では「新しいのを作ってみたんだ」と言ってくる。シャムロックは妻の味のキッシュではなく、いつのまにか彼の味のキッシュを作っていた。

 それが彼の傷口に触れるきっかけだったのかどうか、分からない。

 戦争に勝ったからといって、エメリア兵すべてが報われたかといえば、そうではなかった。

 ある日突然故郷を奪われ、いつか帰れることを夢見ながら東を目指し、途中で力尽きて倒れる兵士たち。なんとか帰れても、大切な誰か、あるいは体のどこかを失った兵士たちは、置いていかれることがある。病んだ心、酒や薬物への依存、家庭崩壊、ホームレス。嫌でも噂は耳にする。勝ったからこそ、置いていかれた兵士たちは隠されていく。

 一見するとシャムロックは心身ともに順調に回復しているように見える。掃除が行き届いた家。時折愚痴も言うが、前向きに続けられるリハビリや心理療法。ボランティア活動にも熱心で、外に出て新たな交友関係を持つ。

 だがそれはとても危ういもの。どんなに注意を払って見ているつもりでも、落ちる時は綺麗に落ちてしまう。

 家族の記憶や匂い、気配が少しずつ薄れていく日々。それに気づき、戸惑い、ゆっくりと受け入れられることもあれば、どうにも受け止められないこともある。

 かつて幸せだった頃、死者の影を追い求めて作り始めた料理は、いつのまにか現実の、生者の味になっていた。君たちを忘れないと誓いながら思い出となっていく日々に、どうやって折り合いをつけるのか。結局それは、シャムロックにしか分からないこと。

「コーヒー、ミルクたっぷりで良かったよな」

 明らかに感情を整理した後の表情で、シャムロックはコーヒーカップを二つ持ってきた。タリズマンは「ありがとう」と差しだされたカップを笑顔で受け取る。先程のシャムロックの動揺は全く気づいていない素振りで。

「パイのことだけど、試作品を作ろうと思うんだ。さすがに一発勝負は辛いからね」

「それで俺に試食をしろって?」

「話が早くて助かるよ。それで……」

 シャムロックは軽く咳払いをする。

「やっぱり甘いのが作り慣れているから、そっちでいいかい?」

「君が得意なのでいいさ。タバスコ味にチャレンジするのもいいけどな」

「さて、どうするかな」

 意味ありげに微笑むシャムロックを見て、タリズマンは「入れる気だろ」と笑った。空気が和やかになり、シャムロックは自分好みのほろ苦いコーヒーをゆっくり飲んで一息つく。

 もう少しだけいいだろう? と見えない誰かに心の中で語りかける。

 もう少しだけ、君たちの味にこだわって料理を作っていいだろう? 懐かしい味でご飯を食べている時、君たちが側にいる気がするんだ。戦争前の日々を思い出すんだ。だからもう少しだけ、一緒にご飯を食べよう。

 せめて上っ面だけでも、相手がエストバキア人と知っても最後まで笑顔で会話できる技術を身につける、その日が来るまで。

 

END

 

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