No.366318

黒髪の勇者 第二十三話

レイジさん

第二十三話です。
第三章にしようとも思いましたが、そんなに長くなりそうになかったのでそのまま第二章にしました。

よろしくお願いします。

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2012-01-21 15:52:16 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:413   閲覧ユーザー数:409

黒髪の勇者 第二章 海賊(パート13)

 

 フランソワらを乗せたシャルロッテが無事にチョルル港へと帰港したのはそれから数時間後、日がすっかりと暮れたころであった。

 甲板の上に立ち、冷めた夜風にその髪を靡かせてながら錨が投擲される様子を見守っていたフランソワは少し心残りである様子で呟く。

 「もう少し、航海を楽しみたかったわ。」

 「また落ち着いてから船出すればいいさ。」

 肩を竦めながら、詩音はそう答えた。とは言っても、海賊団が横行していると分かった以上、次の航海は近海か、或いは第一艦隊の随伴という形にはなるだろうけれど。

 「今日はどうするんだ。」

 続けて、詩音はフランソワにそう訊ねた。少し考えるように、フランソワが人差し指をその口元に当てる。

 「そうね、せっかくだしチョルルに泊っていくわ。お父様には四日ほど戻らないと伝えてあるし、問題はないでしょう。」

 「そうか。」

 「とりあえず、夕食を食べましょう、シオン。なんだかお腹が減ったわ。」

 確かに言われてみれば、今日は海賊の襲撃があったせいでまともな昼食を食べていない。そろそろ、空腹も限界を感じる頃合いであった。

 「でしたら、宿泊所の手配をしておきましょう。」

 続けて、グレイスがそう言った。チョルル港は大陸各地から様々な人が訪れる。それに対応する宿泊施設が至るところに設置されているのだ。船員ならば簡易宿泊所に泊ることが一般的だが、まさかシャルロイド公爵家を清潔感と安全性に欠ける簡易宿泊所に泊めるわけにもいかない。そう考えたらしいグレイスが用意した宿は、船長クラスの人間や富豪が好む高級宿であった。さりげなく、詩音も同じ宿の一室を予約したグレイスの手腕に詩音は流石と感嘆しながら、船旅の疲れを発散させるようにベッドに倒れ込む。船上で宿泊する機会はまた次回に持ち越されることにはなったものの、それでも長い時間を海上で過ごしたせいか、ベッドの感覚がこの上なく心地よい。先ほど空腹の胃袋に詰め込んだ、新鮮な魚介料理への満足感も手伝ってか、いつしか詩音は深い眠りに陥っていった。

 

 夢を見る間もないほどの深い眠りの中で。

 

 何かが、激しい物音をたてている。

 うるさいな、と詩音が思いながら手を振り払ってみても、睡眠を阻害する物音が消える気配はない。

 それどころか、その音は益々激しくなり、そして。

 「シオン、起きて!大変なの!」

 彼を覚醒させるに十分な、恐慌にも近い叫び声が室内に響き渡った。

 

 はっきりと目を覚ました詩音は、その声にただならぬ気配を感じてすぐにベッドから起き上がった。声の主はどうやらフランソワのようだ。時刻を確認したかったが、あいにく室内には時刻を確認できるような都合のいいものは存在していない。無論、日本から持ち運んだ携帯電話の充電はとうの昔に切れている。

 「どうした、フランソワ。」

 詩音はそう言いながら、部屋の扉を開いた。そこにいたのは表情をまるで冷気に触れさせたかのように青ざめさせているフランソワである。

 「窓、急いで!」

 フランソワは詩音の姿を見てすぐにそう言うと、遠慮なく室内に踏み込み、閉じられたカーテンを遠慮なく開いた。その先には。

 「なんだ、これは・・。」

 思わず詩音は絶句し、まるで吸い込まれるようにその景色に視線を送りつけた。

 チョルル港が、燃えていた。

 「襲撃よ。」

 真夜中とは思えないほど明るく染まった景色を見つめながら、フランソワはそう言った。

 「きっと海賊が、襲ってきたんだわ。」

 「海賊だって?」

 驚愕したように、詩音はそう答えた。海賊は第一艦隊が追撃しているはずだ。まさか、こんなところに現れるとは思えない。

 「あれが罠だとしたら?」

 努めて冷静に、フランソワはそう言った。

 「あの十隻は第一艦隊をおびき寄せる罠。偶然私たちに出会って予定に多少の変更があったかも知れないけれど、もとよりチョルル港を襲撃するための陽動部隊だとすれば?」

 「第一艦隊が手薄になったところを、狙い撃ちにする?」

 詩音がそう続けると、フランソワは神妙な顔つきで頷いた。

 「状況は詳しくは分からないけれど、さっきから悲鳴とか、怒声が聞こえているもの。多分、間違いないと思う。」

 フランソワはそう言うと、詩音の右袖を小さく摘まんだ。

 「フランソワ?」

 「シャルロッテ、このままだと燃やされちゃう。」

 「行く気か?」

 詩音がそう訊ねると、フランソワは小さく頷いた。確かにあの船がこんなにも簡単に、むざむざと破壊される様をただ見逃すわけにはいかない。だが、本当に海賊がいるとして、フランソワをつれて突破できるだろうか。彼女の知力と胆力は詩音でも十分すぎるほどに理解している。だが、彼女が直接的な武力に優れている訳ではない。

 「わかった、俺が行く。」

 「でも。」

 「フランソワはここで待っていて、いいね?」

 詩音はそう告げると、壁に立てかけていた木刀をきつく握りしめた。まさか本当の戦いに身を投じることになるなんて、一か月前の自分がきいたらきっと信じられない事態だっただろう。詩音は木刀を布袋から抜き放つと、そのまま部屋を飛び出した。今日は宿泊客が少なかったのか、宿主やボーイが混乱しながらも避難誘導を開始している。こちらは彼らに任せることにしよう。とにかく、今は優先してシャルロッテを守らなければならない。

 そのまま、詩音はボーイの制止を振り切って夜の街に飛び出した。火計は今も昔も、そしておそらく将来においても計略の基本をなし続けるのだろう。火にあおられ、興奮した人が、動物が我先へと逃げようとしている。着の身着のままで、或いは最低限の貴重品だけを小脇に抱えて。その背後から、手斧を持った屈強な男たちが迫る。無造作に手斧を振り回しながら、海賊たちが何の罪もない民衆へと迫る。

 殺されてしまう!

 詩音がそう考えて走る速度を上げた時に、まだ若い少年がその背中から、炎とは異なる、紅く輝く液体を空間へと噴出させた。その奥には、したり顔をして返り血を浴びる海賊の姿。

 何かが、沸騰した。

 詩音はそのまま、木刀を振り上げると、飛びつくような勢いで海賊に向けて木刀を振り降ろした。とっさに避けた海賊の左肩に、木刀が叩きつけられる。骨をも砕くような勢いで叩きつけられた木刀だったが、海賊の動きを止めるほどの威力は持たない。かえって怒りに火をつけたように、海賊は右手一本で持った手斧を詩音に向けて横なぎに払った。その柄の部分に、木刀を当てて攻撃を防ぐ。だが、単純な力比べなら海賊の方が上であった。力づくで詩音を振り払おうとする海賊に対して、詩音は一歩後退した。更に追撃の一打を放つ海賊。

 剣は、人を殺す為の道具。

 師範である祖父は、そう言った。

 そう、その通り。頭では理解していたはずだ。だがどうだ、こうして命のやり取りをしてみて、お前はどう思っている。

 恐怖。

 そう、怖い。自分が殺されることも、人を殺すことも。

 だが幸いにも、手にしている武器は人を殺すには余りにも中途半端な存在である木刀一振りだけ。

 頭上から降りおろされた手斧を最小限の動きだけで避けた詩音は、そのまま力任せの一撃を海賊のわき腹に叩きこんだ。ぼきり、と嫌な音が詩音の耳につく。肋骨を砕いたかも知れない。だが、殺してはいない、はずだ。

 ぐぅ、と唸って路上に倒れ込み、気絶した海賊を見下ろしながら詩音はそう考えると、命を奪われたばかりの少年に小さな黙祷をささげた。うつぶせに倒れ、背骨まで見え隠れしていた少年の身体と、彼が発する血なまぐさい臭いを感じて強い吐き気を覚えても、今は立ち止まっている場合ではない。そのまま、詩音は波止場へと向けて走り出した。既にシャルロッテが係留してある西部波止場まで、容赦のない炎が迫りつつあったのである。

 その頃、海賊たちとの防衛戦を繰り広げていたのはアリア王国海軍、チョルル警備隊であった。チョルル港を防衛する目的を持って設立された特別部隊である。総勢二千名を誇る警備隊は奇襲を仕掛けてきたバルバ海賊団に対しても極めて冷静な対応を繰り広げていた。半数は避難誘導に、半数を前線へと投入したチョルル警備隊は命知らずの海賊どもに対しても臆することなく、果敢な戦闘を繰り広げていたのである。

 だが、チョルル港はたった一千名で戦闘行為を行うには余りにも広過ぎた。元来が海上での防衛を主戦略としているアリア王国にとって、警備隊の出番は基本的に存在しないと考えられていたのである。だからこそ、上陸地点を分散して襲いかかってきたバルバ海賊団の後手に回る羽目になったのであった。

 バルバ海賊団はその段階で、東部、中央部、そして西部と三部隊に分けての攻撃を行っていたのである。その一部隊の人数はそれぞれせいぜい百名程度に過ぎなかっただろう。だが、港の奥地へと到達し、ゲリラ戦にも近い様子で攻撃を続けるバルバ海賊団に対して、正規軍としての戦闘を試みるチョルル警備隊は余りにも無策であった。

 実際、詩音が向かった西部地区は、チョルル警備隊が殆ど配備されていなかったのである。

 


 
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