No.360328

黒髪の勇者 第二十一話

レイジさん

第二十一話です。
よろしくお願いします。

黒髪の勇者 第一話
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2012-01-08 11:49:48 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:291   閲覧ユーザー数:288

第二章 海賊(パート11)

 

 再び、三番艦がシャルロッテの右舷を押さえ込むように面舵へと転蛇した。間違いない。三番艦は海賊本隊とシャルロッテを挟撃しようとしている。その動きに敵の明確な意思を感じとった詩音は駆け上がったばかりの物見台を殆ど飛び降りるような速度で下っていった。そのまま船尾に向かって走り出す。詩音の目論見どおり、いまの時点で敵からの砲撃は完全に沈黙している。三番艦との距離が数百ヤルク程度しか離れていない今の状態では、同士討ちを恐れて本隊からの砲撃はできない。

 「グレイスさん!」

 やがて船尾の操舵輪へと到達すると、詩音は鋭い口調でそう叫んだ。当のグレイスは自ら操舵輪を握りしめ、物見台から伝令される三番艦の状況を見極めながら操船を続けていた。

 「どうした、シオン。」

 もう一度、右舷へと転舵を行いながら、グレイスがそう答えた。

 「本隊との距離が近づきつつある。このままでは挟撃されます。」

 詩音の言葉に、グレイスは真剣な表情で頷いた。

 「わかっている。」

 「なら、別の方法を考えなくては。」

 「いや、今はこれしかない。」

 グレイスは軽く唇を噛み締めながらそう言った。そのまま、言葉を続ける。

 「もう敵本隊の射程距離に入っているはずだ。どうやら海賊の方がいいカノン砲を積んでいる様子だからな。今三番艦から離れるのは危険が大きすぎる。」

 「だけど、このままいけば挟撃される。距離が近づきすぎれば砲撃の命中率も上がるはず。最悪、シャルロッテに乗り込まれるかもしれない。」

 「その時はその時だ。後はバッキンガム提督が間に合うことを祈るしかない。」

 その救援がいつ到着するのか。日は既にだいぶ西側へと傾いている。フランソワが救援を依頼しておそらく四時間以上は経過しているはずだが、今のところ救援らしき艦隊の姿は影も形も見当たらない。そう考えて、不安を隠しきれないという様子で詩音は表情を曇らせた。

 「何とかなるさ、シオン。とにかくお前はお嬢様の近くにいてくれ。こちらから砲撃を続ければ多少は時間稼ぎになるはずだ。砲弾は満載に積んで出航しているから、遠慮なく撃ちまくれ。」

 グレイスはそこで、胆を据え切ったようににやりと表情を歪めた。そのまま、言葉を続ける。

 「それに、今の航海速度ならまだ一時間以上時間が稼げる。だから早く行け、シオン。」

 策など、あろうはずがない。ただ、ぎりぎりまで今できる最善を尽くす。

 その強い意思をグレイスの言葉から十分に感じ取った詩音は無言で頷くと、そのまま反転して甲板を駈け出した。自らに与えらた役目は一つ。海賊船を振り払うために、カノン砲を撃ち続けること。こうなれば自分も腹を括るしかない。最悪の場合は木刀しか武器らしいものを持っていないが、それを片手に暴れまわるしかない。その前に、救援が来ることを信じる。

 「シオン、何所に行っていたの?」

 詩音が戻ると、その間も砲撃を続けていたらしいフランソワが拗ねるような口調でそう言った。

 「少し、状況の確認を。」

 「わざわざ甲板まで見に行かなくても。こっちも人手が足りないのよ?」

 「ごめん。」

 詩音が申し訳なさそうにそう答えると、フランソワは両手をその華奢なくびれに押し当てた。そのまま、打って変わって冷静な口調で言葉を続ける。

 「それで、状況はどうなの?ここから見る限り、悪化しているようにしか見えないけれど。」

 「気付いていたのか。」

 フランソワの言葉に、詩音は少なからず驚いた様子でそう言った。

 「勿論よ。船の操舵がおかしいもの。海賊船の本隊に近づいているようにしか思えないわ。」

 「でも、今はこれしか方法がない。」

 詩音が苦しそうにそう答えると、フランソワはそうね、とため息を漏らすような口調でそう言った。そのまま懐に手を伸ばして、懐中時計を取り上げる。 

 「シーズが港に向かってから四時間半、というところね。」

 フランソワはそこで、少し思考するように首を傾けた。その間にも、シャルロッテの砲台からは散発的に砲撃が行われている。その攻撃がどれほど海賊どもの足を食い止めるものか。残存している海賊八隻に比べれば随分とひ弱に感じてしまう砲撃である。その間に、フランソワは壁に立てかけていた、先ほど航海記録を記載していたバインダーを取り上げた。

 「チョルル港を出稿してから、およそ130キロヤルク地点で海賊船を発見、そのあと反転して・・おそらく平均北上速度は十キロヤルク程度・・。」

 そのまま、フランソワはぶつぶつと何かを計算するように呟き始めた。

 「いえ、もう少し遅いかしら・・とにかく、40キロヤルク程度は逆走できたはず・・。なら、今の地点はチョルル港から90キロヤルク程度の位置ね。シーズの速さならもう三時間前にはチョルル港に到達しているはず。ハンプトンの平均戦速は確か二十キロヤルクと少し・・。」

 フランソワはそこまで考えて、うん、と強い調子で頷いた。そして、自らを鼓舞するような口調で続ける。

 「あと一時間。この調子で北上を続けていれば、あと一時間くらいでバッキンガム提督と合流できるはずよ。」

 一時間。グレイスが言った猶予時間と丁度同じ時間だった。

 「わかった、フランソワ。」

 そこまで計算されれば、詩音も頷かざるを得ない。あとは運を天に任せて撃ちまくる。それ以外に、方法がない。

 そこからの一時間は、まさに胃を削るような戦いであった。背後から迫る三番艦はまるで猟犬のようにシャルロッテを追い込み始めている。猟師の下に誘うようにと、牙を剥き出しにしながら執拗に。今のシャルロッテはまさしく追い立てられた兎だ、と詩音は何度も考えた。胃がキリキリと痛む。天が兎に与えた後ろ足の代わりに、シャルロッテに与えられた武器はわずか二十門程度のカノン砲と、アリア王国一の瞬足という速度だけ。その速度を封じられて今、シャルロッテができる唯一の抵抗がカノン砲による砲撃であった。だが、右舷十門程度の砲撃を敵はなんとも感じていない様子で、徐々にその距離を詰め始めていた。相手からの砲撃は沈黙したまま、だがこのまま数で押しつぶしてしまおうという考えなのだろう。

 だから、一時間を経過した頃に、物見の船員が泣き叫ぶような声で喚いたことを誰も咎めるものは居なかった。

 「北方から艦隊!あれは間違いない、ハンプトンだ!アリア海軍が援軍に来たぞ!」

 


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