No.357020

黒髪の勇者 第二十話

レイジさん

第二十弾です。

暫く投稿が出来ずにすみませんでした。年末忙しくて。。

ではよろしくお願いします。

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2012-01-02 21:02:26 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:489   閲覧ユーザー数:488

第二章 海賊(パート10)

 

 「やったわ!」

 シャルロッテが放った一撃必殺の砲撃が直撃したことを見届けると、フランソワが全身で喜びを表すように大きくガッツポーズをしてみせた。その声に合わせて、砲台にいた船員全員が怒涛とばかりに歓声をあげる。その声は無論、決して砲台の船員達だけに留まらなかった。伝令菅を通じて、シャルロッテの至る所から歓喜の声が発生していることがわかる。その声を背中に受け止めながら詩音は海賊船の被害を目視した。敵の先頭艦は主柱を失ってその推進力を半減させている。その折られた帆柱と共に海に落ちた海賊が空しく、クラゲのように浮かぶ帆にがっしと捕まって何事かを喚いていた。その様子を一瞥してから詩音は視線を二番艦へと向けた。二番艦もまた、砲撃を真横から受けてある程度の被害を与えることに成功しているらしい。そもそも先頭艦との衝突で二番艦は進路を塞がれている状態にある。あの二つは実質無力化させた、と詩音は考えた。だが、まだ三番艦が、何よりも遠方には海賊船の本隊七隻が無傷の状態で控えている。

 その三番艦は衝突と砲撃から唯一逃れていた。果敢にも一度取舵に転蛇した三番艦は船の体勢を整え、シャルロッテから見て左舷方面からの攻撃を図ろうとしているらしい。詩音はそこまでを瞬時に判断すると、今だ興奮冷めやらぬ船員達に向かって叫んだ。

 「まだ敵の三番艦が残っている!油断するな!」

 その声にすぐに反応したのはフランソワだった。興奮に上気させた頬を瞬時に引き締めると、詩音に向かって強く頷いた。シャルロッテは今、更に逃亡を図るために取舵からの方向転換を試みている最中であった。一時的な興奮に応じず、冷静に操舵を続けるグレイスの判断は流石と行ったところだろうか。

 「フランソワ、今度は左舷から砲撃だ。三番艦に対して威嚇射撃をしよう。」

 左舷方向に傾斜する船体を感じながら、詩音はフランソワに向かってそう言った。

 「了解、皆左砲門を全開にして!」

 「アイ・サー!」

 興奮が混じった威勢のよい声が響き渡る。明らかな打撃を敵に与えたことで船員達の士気は最高潮に達したと言えるだろう。詩音もまた、すぐに左舷へと移動し、開かれたばかりの砲門から三番艦の様子を窺った。一度離れていた三番艦がシャルロッテと並行するように位置を動かしている。相手も、砲門を開いた。距離は一キロヤルク離れているかどうか。ここは何としても先制攻撃を果たしたいところだが、ここからが難しい。これからの攻撃で三番艦の動きを止めれば、後方に控える海賊船本隊からの容赦の無い砲撃が降り注ぐだろう。

 「準備はできたぞい。」

 オーエンの声が詩音の耳に届いた。

 「威嚇射撃を、三番艦には当てないように!」

 砲門から顔を戻した詩音は、振り返りざまにフランソワに向かってそう言った。全く、折角の綺麗な顔が煤で真っ黒だ、とフランソワの表情を見て詩音は不意にそう考えた。

 「三番艦の進路を塞ぐように撃てばいいかしら?」

 フランソワがそう答えた。それに対して、オーエンが眉を潜めながら答える。

 「調整する時間はなさそうじゃのう。」

 オーエンの言うとおり、あと一分もしないうちに三番艦からの砲撃が来るだろう。

 「なら、とりあえず適当に撃てば良いわね。」

 フランソワははっきりとした口調でそう答えると、躊躇いもなくカノン砲に火をつけた。軽い炸裂音と共に砲弾が一直線に三番艦へと向かって飛び出してゆく。やや後方に放たれた砲弾は、三番艦の船首から百ヤルクほど手前の海上に落下して重い水しぶきを巻き上げさせた。だが、多少の砲撃で諦めるほど海賊達もヤワではない。面舵に船を動かしながら、シャルロッテとの距離を詰めようと試みている。そのまま、三番艦から無造作な砲撃が放たれた。合計三発、シャルロッテの砲撃に憤怒したように闇雲に。それらは全てシャルロッテの後方に着弾したらしい。砲撃から来る波の乱れに身体を揺らしながら、シャルロッテもまた、三番艦へと近付くように取舵へと転蛇した。グレイスはどうやらシャルロッテを三番艦の先頭へと来るように位置を動かしているらしい。

 『お嬢様、聞こえますか!』

 やがて、伝令菅からグレイスの声が響き渡った。

 「どうしたの、グレイス。」

 片手に導火棒を握り締めながら、フランソワが伝令菅に向かってそう答える。

 『三番艦の先頭に出ることには成功しました。これで三番艦からの砲撃は無い、と思われますが・・。』

 そのグレイスの声に、短い歓声が起こった。

 「良いことだわ、グレイス。お手柄ね。」

 『恐縮です、お嬢様。ただ、本隊が猛烈な勢いでこちらに迫っております。適当にあしらっていただければと。』

 「了解したわ。どの方角から迫っているの?」

 『右舷方向、五時の方角です。」

 「了解。」

 フランソワはそう言って伝令を切ると、振り返ってにやり、と笑みを漏らした。

 「さ、もう少し海賊どもにお灸を据えてあげましょう。」

 応、と野太い声が呼応した。なかなか、簡単には逃げ切らせてくれないか。詩音もそう考えながら右舷砲台に移動した。しかし、本当に面倒だ。砲撃方向を変えるだけでいちいち移動しなければならない。近代戦ならボタン一つで動くというのに。その手軽さの代償としてしかし、近代戦では一撃で多数の命を奪うことすら可能になっている。正々堂々、とは言えず、一方的な嬲り殺しになることすらある。さて、近現代戦に比べれば随分と牧歌的ではないか。

 詩音はなんとなくそんなことを考えながら、何度目になるか分からない弾込め作業に勤しんだ。少し喉が渇いたけれど、貴重な水を余計に消費することはどうやら許可されていない様子で、一杯の水が配られる様子はなかった。無論、船室に吹き込んできた海水ならば多少は口に含んだが。

 敵艦隊はどうやら縦列隊形でシャルロッテに迫っている様子であった。背後からは攻撃の機会を狙って転蛇を繰り返す三番艦が、そして側面からは海賊本隊が。さて、次はどうやって凌ごうか。詩音はそう考えながら、再び口火を切ったカノン砲の砲弾の行方へと目を凝らした。まだ本隊との距離は相当に遠いらしい。海賊船に直撃することなく着水した砲弾を眺めて、詩音は一抹の不安を覚えた。

 挟撃される?

 詩音がそう考えた直後、シャルロッテが今度は面舵へと舵を取った。三番艦からの攻撃を避けるためだろう。だが、その方角は。

 「畜生、不味いぞ。」

 「どうしたの、シオン?」

 思わず口から漏れ出したその言葉に、フランソワが軽く首を傾げながら応えた。

 「フランソワ、少しここを頼む。」

 その言葉には応えず、詩音は代わりにそう言うと甲板へと向けて階段を駆け上がった。嫌な予感が消えない。甲板に上った詩音は、そのままメインマストの梯子に手を伸ばして、そのまま上空へと駆け上がった。見張りを勤める船員が突然の訪問者に驚いた様子で瞳を瞬かせた。

 「ごめん。」

 詩音は船員に向かって短くそれだけを答えると、瞬時に周囲を見渡した。風が強い。塩気交じりの風が真正面から吹き荒れている。その風に瞳を細めながら、詩音は後方一キロヤルク程度の距離に位置する三番艦の姿を確認した。三番艦は何とか砲撃を加えようと、シャルロッテに向かって並行する位置を確保するように操舵している、様に見えた。だが、先ほどまで左舷方向に位置していた三番艦はいつの間にかシャルロッテの右手側へと移動するように動いている。成程、シャルロッテには及ばずともなかなかに軽快な動きであった。その動きに合わせて、シャルロッテも側面を向けないように時折面舵に転蛇している。だが、転蛇の方角、即ち右舷方向には。

 「しまった・・。」

 詩音は思わず、そう呟いた。三番艦とはつかず離れずに逃げ切る。そのつもりだった。だが、三番艦がこちらの考えを読んだのか、それとも偶然の処遇であるのか。それは判別つかない。それでも確実に言えることが一つある。

 シャルロッテが徐々に海賊本隊との距離を縮めている、その一点であった。

 


 
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