水々製薬の社屋とその隠れ家を防衛するシステムの発動により、世界各国が動乱の第二波と定義付けることになる事件が始まって三十分が経過した。本社があった場所である水銹町は言うまでもなく、そのシステムによって送られた敵戦力は強力であった。
事件が始まってすぐに政府と連絡を取り、連携を図っている耀騎陽樹の元には、常に世界中の最新情報が集まっていた。三台のノートパソコンと無線機、電話を駆使して送られてくる情報全てを頭に叩き込んでいた。
正真正銘壊滅しかけの水々製薬が残していた最後の防衛システムであり、最大の攻撃策でもあることが判明している。最後屁というには余りにも甚大な被害を出すことになるとは、この時点では誰も想像していなかった。
現地の突入班により、システムが発動した研究施設内にて解除法を探っているらしいが、防衛システムが発動した時点から強固なロックがかかっていて先に進まないらしい。
その時、一台のモニタに突然見たこともないインターフェースのチャット画面が起動した。
「?」
すぐに画面が滑らかに動いたかと思うと、テレビ電話のように相手の顔が映り、声が届いた。
『どうもこんにちは。えっと、耀騎サン』
「……壯乃炭司君ですね。アークのシステムエンジニアの」
顔に見覚えがあった。今の状況下ではおかしくない接触だった。
こちらのパソコンにもテレビ電話用のカメラとマイクが付いているため、そのまま会話が出来るはずだ。
『僕のこと知ってるんだね~。なら話が早いや。状況は分かってるから、協力したいと思って』
「政府の者として当然です。……現状が分かっているというのは、どこまでですか?」
『アルジェリア南部の砂漠地帯の施設から世界中に攻撃があって、そのシステムにロックがかかっていて現地のスタッフではどうしようもない、ってことくらいかな』
「そこまで知っているのなら充分です。……どう協力すれば?」
壯乃炭司は現在どこで活動しているのか、その本部を明かしていないが、アークとは常に連絡が取れるようにしてあるという。各地の自衛隊やアークの小部隊を纏めていると聞いた。
『まず、僕の知り合い達とラグの少ない連絡を取り合いたいから、政府専用回線の一部でも良いから使わせて貰える? 無理矢理入り込んでも良いんだけどそれだと時間も掛かるし、いざという時に警察に遮断されたら困るから、公式に入れさせて欲しいんだよね』
「……それで?」
世界的規模の攻撃へと発展しているのだ。現に今、別のモニタにはロンドンとベルリンの支社周辺で放射能を含む有害物質が検出されたと警告が出ている。そのため役所仕事のように融通の利かないことをしている場合ではないだろう。ここは自分のログイン情報を渡して使って貰うのが早いか。
『んー、まあ、耀騎サンに頼むのはそれくらいかな。後はこっちの仲間同士でシステムクラックに挑むだけだから。まあ、念のため現地スタッフの人達に僕らみたいなのが動いているとだけ伝えてくれればいいよ』
「そうですか。では、今から文字で送るコードで回線を使って下さい。……その代わり、成功してください。結果が無ければ僕共々処罰されてしまうでしょうから」
『あいあい。大丈夫大丈夫。何時間かあれば破れるはずだから。それまでに日本が終わらないようにだけ頑張ってね』
「保証は出来ません。僕は能力者ではないのですから。この事件を押さえられるか否かは彼らの腕に掛かっています。……あなたはアークと連絡を取り合わなくても良いのですか」
『大丈夫。あの人達はそう簡単にはやられないから。それに、京璃サンも治ったんでしょ?』
「……そうですが、まだ予後の安全確認が済んでいません。危険かも知れないですよ」
『へえ……。いざとなれば、そっちの榊サンが止めてくれるんじゃないかな?』
「敵からの攻撃を受けている今、味方同士で争う事態は避けたいですね。……こんな会話をしているより、早く世界を救うことに専念してみては?」
『今施設のアドレスをオートマで割り出してるから暇なんだよ。その後もシステムの全景を見るのにロードする時間が掛かるしね。回線速度に依るけど』
「……とにかく、僕は暇ではないのでこれで切りますよ」
『うぃ。じゃあ王国を守ってね。希望の星なんだから』
「全力を尽くします」
ウィンドウは自動で消えた。
―― M.S
「こちら榊、敵を確認! これから――――」
衛は、頬が焼けるのを感じた。あと一瞬避けるのが遅かったら顔面が隕石に削り取られていた。
「すぐに排除する!」
王国には優秀なテレパシ能力者が再び所属していた。以前までこうして通信を請け負っていたという人物は襲撃事件の時に亡くなったらしい。後にこの王国内に居たテレパシの能力者を特別にヘッドハントする形で役割を任せたとか。
テレパシは通常一方的に送りつけるものだが、王国の新たなテレパシ能力者もまた、先代と同じく相手の心の声が聞ける。そのため虚空に向かって伝えるつもりで喋れば相手に届くのだ。
背後の建物に先程の隕石――瓦礫を燃やして発射したもの――が激突して崩れる音が聞こえるが、構っている暇はない。衛は相手と自分を囲うように火の輪を作った。道路上に火柱が上がる。
不気味な眼鏡型の装置を装着した坊主頭はずっとこちらを見ていたが、緩慢な動きで地面の瓦礫を拾い上げた。コンクリート片だ。
衛に向けて構えた瞬間、瓦礫は高温に熱せられると燃え上がり、弾丸よりも早い速度で衛の胴を通過した。
「気持ち悪い能力だな。意味不明過ぎる」
隕石が通過した腹部には巨大な風穴が開いているが、傷口はめらめらと燃えており、すぐに元通りに修復された。
「だが、生身である限り俺には勝てない」
衛はポケットから丸めた紙を取り出すと、敵に向けて投げた。
「その腕だけ、潰させて貰う」
紙片が敵の近くまで到達するのと同時、先程の隕石など非ではないほどに燃え上がり、男の両腕を炎が取り囲んだ。意志を持った炎が襲いかかったような光景であった。
両の肩から先が燃えているというのに悲鳴の一つも上げず、ただ熱がるように炎を払おうとする敵。しかし動きはどこか鈍いままだった。
「嘘だろ……。どうしてパニックを起こさない……?」
ただ冷静に、まるで長袖に降りかかった砂を払うかのような落ち着いた動作だが、衛の炎は中々消えない。
自分の身体が燃えているというだけで、どんな相手でもパニックを起こして戦意を喪失するか大きな隙が生まれる。あの不気味な敵は……既に人間の領域には居ないのかも知れない。
「こちら榊。敵は悲鳴を上げない。……下手したら、痛覚もないかも知れない」
まずいな、と衛は思った。
そんな相手を、どうやって殺さずに止めればいいんだ……?
―― N.H
「――っ」
棗は爆発した車の爆風と黒煙を、跳んで転がりながら回避すると、煤けた顔で敵を睨んだ。
すぐさま走り込み、直感で再度飛ぶ。案の定足元が突然発破し、爆風に身体が押される感覚。
敵の後ろまで飛んでしまったが、大丈夫だ。腰に提げた日本刀の鞘を握って瞬時に振り返る。その勢いで敵が着用している鎧の背中部分を切りつける。
当然その白い素材は非常に硬く、火花を散らして刀は受け流される。だが、棗は続けて背中側から垂直に切り上げ、腰を覆う鎧も同様に払う。
次の瞬間には、敵は動けなくなっていた。
まるでラジオ体操の深呼吸の途中で写真に収めたかのような格好で停止してしまった敵の前に回り込む。
この敵と出会ってからの戦いで既に肘と膝の鎧は叩いていたので、後は胸と腰を押さえて停止しただけだった。
身体の部位を自分で叩くことによって出す音で、着弾点として狙った場所を爆発させる、そんな敵だったようだが何とか勝利した。
ふと見ると、敵はまだ、指を鳴らすことで戦おうとしているようだった。咄嗟に両手の親指を切り付けて止めると、今度はウェストポーチの中から取りだした輪ゴムを指に括り付けて停止させた。これで完全に終わりだろう。
最後に刀の切っ先で敵が掛けているサングラスのようなものを跳ね飛ばしてキャッチするとしばらく観察した。
「こちら廣高。一人確保しました。榊さんの言う通り、敵は悲鳴一つ上げません。気味が悪いですね」
刀を鞘に収めると、周辺で恐怖に戦いていた住民に向けて大声を掛けた。
「危ないので近寄らないでくださいね! 後で専門の人が回収に来ますから!」
―― K.M&K.S
柑麻は前を歩く京璃の背中に並々ならぬ恐怖心を抱いていた。目を離すわけにはいかないためこうして追随しているが、既に彼女は敵を三人撃滅している。
「京璃、能力をそんなに使って大丈夫なのか……?」
細い路地に、崩れた建物から露出した鉄骨が斜めに掛かっている。その下を、身を屈めて潜りながら問う。
伊里耶の精神状態を鏡写しにしているので能力の使用に制限がかかるはずなのだが、彼女は規定値を超えても平然と使用していた。
「頭痛と吐き気のこと? ずっとあるけれど、無視しているだけよ。食糖細胞の副作用じゃないことは分かっているのだから、この程度何でもないわ」
「そうか……」
伊里耶はその症状で途端に能力を使えなくなってしまうのだが……。やはり根本的な精神力が違いすぎるというわけらしい。
柑麻はもう一度諭すように言ってみる。
「なあ、何も、殺すことはないんじゃないか……? 京璃の力なら、凍らせるだけで充分のはずだ」
水々製薬の奴隷だから、解放するためにこうしているだけだという返答はもう貰った。それ以外の回答は無いのだろうか。
「もう二回は同じ質問に答えたわよ。まだ分からないの?」
「……何のことだ?」
答えが変わることを信じて聞き返す柑麻に、京璃は呆れたように溜息を吐いて答えた。
「――第二第三の私を生み出したいのか、ってこと」
「――――」
京璃は獲田輝に誘拐されて、今カプセルから出て王国を攻撃している――実際には防衛しているつもりのはずだ――彼らと同じ水々製薬側の兵士にされかけた。彼らの場合は既に人格や痛覚すらも奪われてしまっているようだが……。
「大体分かるわよ。私だって人格矯正を受けて痛みに耐える訓練も散々やらされたんだから。突き詰めれば、あんな風になっていたのかも知れないわね」
「だが……人だぞ! 不殺を決めていたんじゃないのか?」
衛はその点に憧れているというのに。彼女と同じ不殺を掲げてエイペスとなったのに。
「“ただし、無闇に弱者へ暴力を振るう者には容赦しない”が私のモットーよ。勘違いしないで。殺すまでもない相手なら殺さないわ。でも、瀕死にまで追い込まないと止まらないような敵なら殺した方が楽。……それに」
京璃は自信の右腕を氷の刃に変えて、自らの左腕を突き刺した。鮮血が飛び散り柑麻の顔にも数滴降りかかる。
「…………ほらね。痛くないのよ。私も」
「――――そんな――――」
平然と言う。
「化物を生かしておいても、きっと良いことはないわよ」
傷口が水へと変わってすぐに塞がって元通りになった。京璃は柑麻から視線を外し、どこでもない場所を見ながら言った。
「決めたわ。私、この騒ぎを終わらせたら――――」
その寂しげな言葉、柑麻は思わず、口元を覆った。
―― BAY
「仍原さんと神宮さんがついに敵と接触。戦闘しています」
紀伊がチームと共に千里眼を続けたまま相穂へ報告する。
「敵は……二十五人だったか。PU-A-3は二十台……。どこまで周到な防衛手段なんだ」
テレパシで上がってくる報告によれば、敵の能力は未知のものばかりであり、さらに非常に破壊力の高いものばかり。既に王国の四分の一が破壊行為によって傷付いていることが分かっている。犠牲者の数も計り知れないことになるだろう。
部屋に陽樹が突然乗り込んできた。
「失礼します。つい先程、ロンドンの一部に強い光が発生し、焦土と化したというニュースが入りました。非常に強い放射能が検出され、誰も近付けないようです」
「そんな……」
「それとウクライナの隠れ支局付近では、地元組織が接触の後、壊滅したそうです。アメリカでは五カ所以上に同様の敵が現われ、対応が遅れて甚大な被害を。……まだ王国が無事なのが不思議なくらいです。アークとエイペス、それにベイが偶然にも固まっていたからこそこれで済んでいるというわけですね」
もし王国が建設されておらず、京璃によって水々製薬本社がその権力を行使していたとしたら、水々市に出た被害は、逆に少なかったのかも知れない。
相穂は陽樹に続きを促した。
「あくまで敵は防衛システムですが、世界中の水々製薬支社を守る必要がある緊急事態に使われる最後の策です。その暴力性は明らかですね。……彼らは送られた土地に居る水々製薬関係者以外を排除するようにプログラムされています。優先度は、歯向かってくる能力者が最高位、次に能力者、次に抵抗する一般市民、最後は逃げる一般市民だと判明。皆に伝えて下さい」
テレパシの新人に向かって相穂が頷くと、彼はその情報を全員に伝えた。
「システムへの侵入はどうなっている?」
「いくつかの方法を順に試している段階のようです。世界中の腕利きが掛かっているので、数時間以内には必ず入り込めるでしょう」
「そうか……。王国は持ち堪えられると思うか?」
「あなたの指揮と、能力者達の士力次第です。残念ながら、こんな状態では、僕の頭は情報収集に努めるのが最も良い活用法でしょう」
彼の頭脳は天才レベルの優秀さだと知っている相穂は、彼が何か手を打っているかと思ってそう聞いたが、奇襲相手にはやはりどうしようもないようだった。
再度、扉がノックされて来客が伝えられる。
「獲田輝を連れて来ました」
「通せ」
王国を早々に出て東京へ帰ろうとしていた彼を即時連れ戻したのだった。
既に敵の奇襲から一時間が経過しようとしている。遅いくらいだった。
廊下から、冷や汗を掻いた輝が入ってきた。この司令部にいる錚々たる面々に僅かな尻込みが見て取れた。
「遅れて済みません……えェ。状況は大体聞きました」
「なら今すぐ、人の手以外でPU-A-3を止める方法を教えてくれ」
既に到着した自衛隊によって三機ほど停止させたと報告が上がっている。千里眼チームからはさらに六機のPU-A-3が停止している様子だと報告があった。
「それは……設計図が手に入らないと、止められると断言出来る方法がありません。えェ」
「どういうことだ?」
「PUシリーズは元々、私と水々製薬の兵器開発部門が協力して製作した、対能力者用装備なのです。えェ。私が恕行刑を受けてから生み出した試作機PU-2、同じく試作機PU-3とは別の進化を辿っていると言わざるを得ません。話に聞く限りPU-A-3は、起動時に周辺の窓硝子等、音の影響を受けやすい物を破壊しているようですね。これは、私の作るPUシリーズには無い特徴です。出力経路の違いや、音圧が高すぎることが原因でしょう。えェ」
輝は一呼吸置いて続けた。
「なので、PU-A-3の設計図が手に入れば、いくつか、解除スイッチを押す以外の方法を提示出来ますよ。えェ。……それと、一応言わせて貰えば……」
「早く言ってくれ」
「えェ! 解除スイッチがある場所は背面下部とのことですが……、私のPUは起動と解除のボタンは同じボタンを使います。PU-A-3は到着して自動で起動したそうですね。……ならば、解除もまた遠隔で出来るはずなのです。わざわざ解除スイッチを付ける意味が……分かりませんね。えェ」
「だが現に自衛隊からの報告では、確かにそのスイッチを押したら動作が止まったと」
「水々製薬の上層部と兵器開発部門は懇意です。そして上層部は世界的にも優秀な頭脳が集まっているのです。もちろん……あくどい考え方をするのも得意なのですよ。えェ。見え透いた解除スイッチには、何か隠されているかも知れませんねェ」
陽樹は入ってくる情報を全て書き込むようにしていた脳を、状況分析出来るように切り替えた。
「全てのボタンが押された際に何か起こる可能性がある……というわけですね。それならば自衛隊にはPU-A-3より周辺に取り残されて倒れている市民の救出をさせた方が良いでしょう。……問題は、宮西君ですね」
陽樹の言葉に輝が素早く反応した。
「彼女がどうかしたのですか?」
「千里眼の報告によれば、自衛隊とは別に、どういうわけかPU-A-3の影響を受けずに次々に解除している者が居ることが分かったんです。先程、宮西君だと判明しました。こちらの柑麻君も一緒に居るようです」
問題は敵を容赦なく殺害している点だが、今は伝える必要がないだろう。
「もしかしたら彼女は……暴走しているのかも知れません。柑麻君は実力では止めようがないことを自覚していて、仕方なく後についているのだと思います。……彼女を洗脳したのはあなただ。植え付けた性格が復活しているとしたとき、彼女の思考パターンは分かりますか」
現場に出て敵と戦っている皆には伝えていない事実だ。京璃が暴走している可能性があると知れば、アークの面々は実力を出し切れないだろうから。
未だにPU-A-3の所為で近付けない場所もあり、淡々とした破壊活動が続けられている今、すぐにでも京璃の安全を確保しなければならない。それと、水々製薬へのクラックが成功しなければ輝が必要な方法を提示出来ないという。
王国中に散らばった戦闘員は、敵をPU-A-3の有効範囲からおびき出して戦うしかない。PU-A-3を止められるのは京璃か自衛隊のみ。PU-A-3の周辺には必ず一体は敵が到着しており、自衛隊も容易には近付けない。現場で敵の拘束報告が出た場所から自衛隊が順次PU-A-3を止めているが、非常に厳しい状況だ。王国が破壊し尽くされる方が早いかも知れない。何もかも後手だった。
「彼女の考えること、ですか。えェ……それは……難しい質問ですね。……今彼女は何を? PUを次々に止めて……敵はどうしているのです?」
その質問に、陽樹は溜息を一つ吐いた。先程見送ったばかりだが、言った。
「敵を殺害しています。既に、六名」
「え?」
輝は眉を顰めた。彼女が、仮に植え付けた人格が再発して暴走しているのだとしても、命令されない限りはそんな行動には出ないはずだった。少し考え、輝は一つの仮説を出した。
「……もしかしたら、私が植え付けた人格と本来の人格が混同し、正常な判断が出来ていないのかも知れません。あの時に教えた専門知識の数々と、本来の弱った彼女が混ざって出した結論……それが極論だったとしても、本人は正しい、これしか方法が無いと思っているのかも知れませんねェ。えェ」
輝は補足した。
「以前の彼女は自分の考えで行動を起こしていました。それが例え復讐だとしても自分の意志です。……しかし私がやったことで、彼女は命令に忠実に居るようになった。……私が彼女の情けを受け、命令を出す者が彼女の傍に居ない今、植え付けられた多くの知識から自分の考えで動いているのでしょう。このままでは、考えられないようなことをやりかねませんね。えェ」
「止める方法は?」
相穂が答えを求める。
「一つ、可能性はあります。私が話をしてみます。彼女と連絡を取れる手段はありますか」
「テレパシで呼び掛けているが、応答はない。届いていないことはないはずだが……。それに、同道している瀬波さんには、テレパシを繋げないんだ。彼は本人と一度顔を合わせていなければ話が出来ない。アークとは当然面識はあるし、エイペスは作戦前に彼と会っているんだが、瀬波さんはその時アークの質疑応答に従事していた」
輝が頭を抱えたが、陽樹が策を出した。
「この王国には、いざという時催眠音声で統率を図るためのスピーカーが街中に設置されていますね? あれを使うのはどうですか」
「……そうだな、そうしよう。飯侍、やってくれるか」
位置は千里眼で分かっているのだ。ピンポイントで呼び掛けることが出来るだろう。
「了解」
巨漢の飯侍は足早に扉へ向かったが、陽樹が彼を呼び止めるように口を開いた。
「ついでに、宮西君を救ったときのように、一時的に催眠の内容を変えてみる、というのはどうですか。王国を守る為に能力を使える即戦力になります」
「人に死ねと言うような物だ。……最終手段をやる前に、敵に対して催眠してみるというのはどうだ? 使える手段なら全て使っておくべきだ」
「水々製薬によって濃厚に洗脳されている彼らに機械音声の催眠が聞くとは思えませんが、やってみる価値はありそうですねェ」
「一応言っておくが、妻が残したシステムはただの機械音声とは比べものにならない程高性能だ。……一時的にでも効いてくれるといいんだが」
相穂が自分の机にあった端末からすぐにアクセスを始めた。システムを開いたところで、入り口前に立ち尽くしていた飯侍に指示を出した。
「飯侍、まずは京璃さんに連絡を取るように呼び掛けるんだ。連絡が取れたら催眠を使う。スピーカーからの声を聞かないようにと。それから、俺が直接話したいことがあると伝えて、彼と話をさせるんだ」
輝を指差しながら言った。彼の存在は基本的に喜ばれるものではないため、あの事件を知っている者は基本的に名前を呼びたがらない。
「分かりました」
飯侍はついに部屋を出ると、相穂が端末に文章を打ち込み始めた。
「前回よりも途方もない規模だ。まだ宮殿に被害が出ていないのが不思議なくらいだな」
「目標が違います。……ですが、時間が立てば敵はここへも侵攻してきますよ。間違いなく」
「そうか……水々製薬の関係者以外は排除するんだったな……。……守るべき本社が無い今、彼らはここすらも襲撃するということか」
まだ宮殿に攻撃が届いていないということは、外の皆が止めてくれていると言う事だ。逆に言えば、宮殿が攻撃された時は、誰かがやられたということ――。
―― R.N
呪われているとしか思えない程大事件に巻き込まれることが多い、と嘆いている暇はなかった。籃子は敵の攻撃を回避するのに専念していた。
黄色の結晶、独特の匂い。敵はどこからともなく硫黄を形成して使役している。
だが、硫黄が一番多いのは火山か地中だ。志穂の例を見れば分かるが、能力者にはごく稀に、自然界と強く結びついた能力の持ち主が居る。食糖細胞も人間も一応は自然界の生物だ。そういう繋がりを持ってもおかしくはない。どこからともなく硫黄を生成して攻撃手段として使っているらしい。
籃子に向かって無数の槍状に尖った硫黄結晶が発射される。結晶は一旦敵の周囲に剣山のように現われ、放物線を描いて籃子を襲うのだ。
籃子は小刻みにステップを踏んで的確に避けていくが、破片で身体が切り刻まれるのを感じる。鼻腔には硫黄の匂いが張り付いて正常な思考を奪っている。
まだまだ他にも倒すべき敵は居るのだ。一人目でこんなに苦戦していては先が思いやられる。だがしかし、蓄積した能力を節約している余裕は無いようだ。
槍の雨を抜けて一瞬立ち止まった籃子の右足を一本の槍が貫くのと同時、痛みに怯むことなくまるで砲丸投げのような雄叫びを上げる。
「はああぁっ!!」
籃子の全身から衝撃波がドーム状に広がり、地面に突き刺さったあまりにも大量の硫黄結晶を粉々に砕く。足に刺さっていた槍も波動で吹き飛んだ。
衝撃波は二十メートル以上離れていた敵に到達し、僅かにその身体を仰け反らせるに到った。
足裏から発した衝撃波で跳んで距離を詰め、敵の目前で再度地面を蹴る。当然能力で増強した速度と威力を持ったその膝が、敵の腹を直撃する。内臓を全て押し退けるような気色の悪い感触が籃子に伝わる。
空に浮いた敵を追い、背中側に回る。
「殆どの骨を折ってやんよ。覚悟しな」
籃子は敵の背中に飛びつくようにくっつき、両足と両腕を固定する。
彼女の力の発動と同時だった。敵の全身から、あの結晶が飛び出して籃子を串刺しにせんとする。籃子は、密着状態でなければ効果を持たない波動による内部への攻撃を諦め、すぐに敵から離した。しかし、いくつかの棘は身体を貫いていた。
「ぁ――っく!」
中でも、脇腹に刺さった一本はまずそうだ。嫌な予感がした。
何とか地面に着地した籃子の全身に脂汗が浮かんでいた。腕と足に刺さっていたものはすぐに抜いたが、腹のこれは抜いたらまずい、そんな気がする。
いや、抜かずに激しく動く方がよほど危険だ。そう判断して、一息に抜き去った。
「ぁ゛あっあ゛あ゛――ッ!!」
両手を染めた血液と傷から棘と共に勢い良く飛び出した流血、合わせて相当な量だ。結晶は当然不規則な形をしているが、今抜いたばかりの棘にはまるで釣り針の返しのような凶悪な尖りがあった。
「うぅ――っ。はぁ、はあ――!」
先に降りてきていた籃子の前に、敵が落ちてきた。地面に転がって動けない様子だった。
どうやら、あの空中での一合で相手に致命傷を負わせることには成功していたらしい。密着状態であれば全身の骨を折ることが出来たはずだが、距離の近かった背骨でも折れたか――。
いや、動かないのは下半身だけのようだ。腕と首がぐねぐねと動いている。油断しかけたその時、籃子の身体が明るく照らされた。青い炎が周辺を取り囲んだ。
「…………?」
膝を突いたまま動けない籃子だったが、異変に気付く。
炎の燃料は、どうやらあの敵の硫黄らしい。二人を中心に炎の輪が出来上がっている。しかも、円周の内側に結晶が次々に現われては燃え、また出てきては燃えていく。じわじわと焼き殺すつもりらしい。逃げ場は上しかないが……仰向けに倒れている敵の視界に入ることになる。そうなれば狙い撃ちだ。今の怪我では俊敏には動けない。
「機械を、相手にしているみたいなんだよねえ……」
籃子は無理矢理言葉を絞り出しながら、立ち上がろうとする。
「人間なら驚いたり、隙が出来たりする場面で、的確に……反撃してくる……」
傷を強く押さえて流血を無視し、大きく息を吸って背筋を伸ばした。籃子は、何とか立ち上がった。
「アークで最初に倒れたのがあたしってことになったらさあ……、きっと皆落ち込んじゃうでしょ……! この、ムードメーカーの、籃子ちゃんが……そう簡単に倒せると思ったら――大間違い……ッ!」
籃子はデコピンをするように親指で中指を押さえつけ、敵に向けた。掌は上を向いている。中指を解放すれば指は下に向かうように。
つまり、敵を地面に叩き付けるように。
「――悪いけど、命の保証は、出来ないかも……ね」
籃子は指を弾いた。
敵の身体を真っ二つに裂くような衝撃波が身体を下から上まで突き抜けた。地面にも巨大な亀裂が入る。
敵は一瞬で血飛沫を撒き散らして意識を失った。同時に、次々に現われていた硫黄の提供が止まる。火の手は、すぐに収まるだろう。
が、籃子は直後に吐血して地面に倒れた。
―― R.K
理星は怪しげなサングラスの敵を一撃で伸していた。脳に電気的なショックを与えて気絶させれば特に苦労はしなかった。
長い間実験と練習を重ねてついに習得した、相手の脳に対する直接攻撃はあらゆる相手に有効であり、例え京璃であってもこの技を使えば押さえ込むことが出来るだろう。難点と言えば非常に強い集中力と、精度の高い電圧を維持して出力しなければならない点だ。敵を気絶させるだけならもうお手の物だった。アークの総大将としてその圧倒的な手際は多くの者が知るところである。一部では、理星の能力を呪術系と勘違いしている者も居る程だった。
「こちら神宮。一人確保」
敵を知るために眼鏡型の装置を手に取って覗いてみる。サーモグラフィのようだった。逃げ惑う人々を見てみると黄色く見えるため、普通の物とは何かが違うようだ。
「目の前の装置はまだ稼働中。わたしは近付けないから、人を寄越して」
耳鳴りのような音は聞こえるが有効範囲外らしく能力は使えた。二十メートル以内に近付くと危険なようだ。以前見たPU-1とは比べものにならない程範囲が広がっているあれは、中々に驚異的だった。
しかも重そうで、丈夫な装甲が付いている。遠距離から破壊することも難しいだろう。
「……」
理星はその眼鏡をへし折って壊し、捨てた。
それにしても京璃は大丈夫なのだろうか。散歩をすると言って出て行ったきりだ。エイペスの柑麻と共に居るとは聞いているから、戦いの面では心配要らないだろう。問題は……敵の正体だ。水々製薬を相手にして、京璃が正気で居られるかどうか……。
京璃を今すぐにでも探しに行きたいが、今は王国を守ることが先決だ。ここは、能力犯罪者を一時的に収容している監獄同様なのだから。獲田輝が食糖細胞のワクチンを生成するまでの間、王国は潰れてはいけない場所なのだ。
「……次の場所を指示して」
テレパシによる回答はすぐに来た。リゼはその場所に向かって走り出す。
―― M.S
「…………………………」
衛の目の前には、黒焦げで全身火傷を負った敵が居た。鎧の下に着ていた金属擦れ防止と想われる薄い衣服もほぼ全て焼けている。真っ赤に腫れ上がった肌からは湯気が立ち上っており、異臭を撒き散らしている。
既に彼は倒れ意識も失っているものの、衛は虚脱感に包まれていた。
瓦礫に腰掛けて俯いていた。
人を徹底的に焼く感覚。今までは火傷を負わせて動きを封じる程度しかしなかったが、一歩間違えば殺してしまうレベルまで焼かざるを得なかったのは、精神的に来た。
「…………」
彼は死ぬかも知れない……。このまま治療せずに放っておけば、必ず死ぬ……。
「何だよ……何で止まらなかったんだ……」
普通の人間なら両腕を焼かれた時点で戦意喪失、さらに両足を焼かれればもう動けすらしないはずなのに。ずっと抵抗してきた。通常、痛みで動かせないはずの四肢を酷使して攻撃してきた。こちらが攻撃できずに居ると標的を変えて周囲にいる者達を狙い始めたため、衛は戦わざるを得なかった。
テレパシで事実報告が定期的に行われ、敵の正体や特性が伝えられる。世界中が同様の敵に襲撃を受ける形になっており、王国もこのままでは被害が増える一方だという。
テレパシが雑音にしか聞こえない。だが、内容は勝手に頭が理解していく。
敵は水々製薬の食糖細胞実験過程時代に生まれた能力者の成れの果てであり、京璃と同じような洗脳を受けて『完成』した兵士。
痛覚や恐怖などが欠如しており、ただ邪魔な者を排除するためだけに戦い続ける……。
頭に浮かぶ邪推。
――宮西さんも、もしかしたら……。
「…………くっそ…………」
こんな所でずっと落ち込んでいるわけにはいかないのだが、身体が動かない。
その時、近くの交差点にまるで街灯のように設置されているメガホン状のスピーカーから、ブザーが鳴った。緊急事態を知らせる警告音のようだが、今更危機を伝えるには遅すぎる。
スピーカーから、男の声が流れてきた。
『宮西京璃さん並びに瀬波柑麻さんへ。ただちに宮殿と連絡を取って下さい。相穂さんがお話ししたいそうです。繰り返します――』
二人の名前を並べて読み上げたということは、二人が共に行動しているということか。柑麻、どこかに行ったと思ったら京璃と居たとは。
『この放送はあなた方に向けて送っています。その地区にいることは分かっています。ただちに宮殿へ連絡を――』
この地区にいる?
衛は無意識に立ち上がっていた。ロサンゼルスを模した街並み、この地区にいるというのか。衛はふらふらと歩き出し、すぐに空へと飛び上がった。
敵の奇襲から、一時間半以上が経過した。
―― K.M&K.S
柑麻は見えない力に吹き飛ばされ、表通りのショーケースにガラスを突き破って来店させられた。硝子の破片と共に店内の床を転がり、全身に切り傷が出来上がる。
至る所に破片が突き刺さったまますぐに立ち上がり、店の奥、カウンター奥に進み、裏口から路地に出た。背後、店内に再び見えない力が働き、四階建ての一階部分が刳り抜かれた。間一髪であった。
ノンストップで動き続け、何台もPU-A-3を停止した上に敵も排除していた京璃だったが、先程辿り着いたPU-A-3の近くには二体の敵が居たのだ。京璃は調子を変えないまま楽しげに笑い一人で挑んでいったのだが、敵は意外にも連携の取れた動きをし、一体が京璃を引き付けている間に遠くから見守るだけだった柑麻に、ついにその攻撃がやってきたのだった。
こちらの能力は磁力だ。敵と同じように見えない力ではあるが、どちらかと言えば捻くれた念力という印象の謎の物理現象だった。敵の能力は総合的にみて人智を超越しているものが多い。動乱の中でも出回っていない凄まじい力ばかり。今まで京璃が平然と戦い、ほぼ一撃の下に撃滅していたのが信じられなかった。
「負ける、わけには……!」
柑麻は身体に突き刺さった大きなガラス片を三つ程乱暴に抜き取り、吹き飛ばされてきた通りとは逆の道へ出た。歩道と車道を区切る分離帯が鎖と支柱なのは、さっき二人でこの道を通過したときに覚えていた。
柑麻は傷付いたまま支柱の前に跪き、鎖と支柱を繋ぐ特殊なピースのボルトを外しに掛かる。地力があるので力任せに回すだけでボルトは緩んできた。くるくると回し続けると外れ、鎖が床に落ちる。反対側も同じように外しに掛かる。後に二メートルの、重みある鎖が手に入った。
立ち上がり、周囲を鳥のように見回す。すぐそこの店に歩道側へ出ているネオンの看板を見付ける。ここは香港を参考にした街並なのでよく見れば至る所に同じようなものがあった。
鎖を手に巻き付けると、柑麻はネオンに向けて飛び上がった。途中で看板の枠組を形成している金属に吸い付き、建物の屋上へと上がる。
屋上を歩いて、今度こそ京璃が戦っているはずの通りを見渡せる位置に向かう。途中、タイミングを見計らって柑麻が右手を虚空に向けると、その手にライフル銃が飛び込んできた。鎖を外している最中から、宮殿の駐車場に止めたエイペスの使用する装甲車の中から取り寄せていた装備だった。車での移動中に襲撃を受けた場合に備えていたものだが、役に立った。
手際よく発射準備を終えて、屋上の物陰から顔を出して様子を窺う。
京璃は一旦距離を置いていたが、すぐに一体に突進していた。派手な水飛沫が遠くから見ると美しく見えた。しかしあの敵、京璃の動きに反応しているようだ。京璃の攻撃を避けている。
今までにないタイプだ。
そして、もう一体の敵が京璃に右腕を向けていた。発射の構えだ。
柑麻は慌ててその銃を構えた。M1Aライフル。この距離なら、外さない。
鎖を屋上から前方に投げる。じゃらじゃらと音を立てて飛ぶ鎖には目も呉れず、柑麻はスコープを覗き込む。一瞬で敵の腹部に狙いを定め、引き金に指を掛ける。……京璃のように、容赦なく殺す覚悟は出来なかった。衛に誓ったことを破るわけにはいかない。
発砲。
弾丸は一瞬で敵の肉体を貫通し、反対側の地面へ。さらに、先程投げていた鎖が磁力で弾丸に引き寄せられる。凄まじい速度で海蛇のように空中を飛び、敵の身体に巻き付いた。敵は咄嗟に弾丸が通過した所を確認するように押さえていたので、腕を巻き込んでその鉄鎖が拘束した。鎖の衝突によって地面へ倒れた敵は動けず、もぞもぞとし始めた。鎖の端と端もまた磁力で吸着しているため、簡単には抜け出せないだろう。
京璃はちらりと倒れた敵を見た。次の瞬間、京璃の周辺にだけ雨が降っているかのように水滴がぶわりと広がる。あれなら、回避は不可能だ。柑麻は銃の構えを解いて立ち上がった。
その後、水滴の全てが、立ったままの敵の身体に向けて集束した。激烈な水圧が敵の身体を押し潰す。また一人、京璃は敵を殺した。さらに、柑麻が屋上から飛び降りて街灯に腕と足を吸着させたまま地面に着いたとき、柑麻が拘束した敵もまた京璃によって殺されていた。続けて彼女はPU-A-3を止める。
もう柑麻も噛み付く気はなかったが、呆れ気味に、京璃に近付きながら呟いた。
「……正気の沙汰とは思えないな」
死体は見るも無惨だ。痛みもなく、四肢の骨を折ったとしても這って来る敵とはいえ、ここまでやることはないだろうに。
「やぁね、私は正気よ。必要な事をしているだけ」
「…………」
何を言っても無駄だとは分かっていた。これ以上追及するつもりもなかったが、京璃から続けた。寂しげで自嘲気味な笑いが最初に付いていた。
「ふふっ――。最近はそうでもないけれど、水々製薬を襲った私は、長い間大犯罪者として報じられていたことは知っているわね? 結果的には、能力者誕生の原因を突き止めたと讃えられるようにもなったのだけれど……、アークとして、能力者として善行を積んできた私は、今思えば、何一つ報われていないわよね……」
「正当な評価が成されているじゃないか。それこそ報われたというべき功績だ」
「『すごい奴だって褒められるくらい』。ある映画の台詞だけれど。別にお金のためではないし、英雄になりたかったわけでもない。……はっ。それで私は? 今もこうして汚れ仕事をしている」
寂寥感を湛え、少しだけ泣きそうな顔をした京璃を前に、言葉を失った。
「王国を守る為にPU-A-3を止められるのは私だけ。強力な敵を迅速に倒せるのも私くらい。……同じような能力を持っていても、きっと彼には無理でしょうし。彼は少し優し過ぎるのよ」
衛に対する侮辱に腹を立てる間もなく、京璃は言う。
「この現状、敵を気絶させて拘束したとしても、彼らが起きた時にはまたプログラム通りに攻撃を始めるのよ? 殺すのが唯一の方法」
実際に自分自身が水々製薬の洗脳を受けているために、これに反論できる者は居ない。
「正気の沙汰じゃないと思うのなら、きっとそうなんでしょうね。世間もどうせそう言うわよ。……また私は悪者に仕立て上げられ、倫理観の欠如した狂人のレッテルを張られ、投獄されるに違いないわ」
京璃は自身の両掌を判然としない様子でぼんやりと眺めている。
「この騒ぎが終わったら、私は投獄される」
数十分前に聞いた事を再度言われる。柑麻は自分にはどうしようもない重い問題に直面させられ、誰にも見せたことのないような、眉を下げ、弱り切り、困り切った表情を見せる。
「結果的に王国への脅威を減衰させていたと分かる人が出てきても、世間はそうは思わない。病気が治って能力が復活した瞬間、暴力を振るって敵を虐殺したという悪人になる。……それで解決よ。私は死ぬまで報われないの。そういう運命になっているのよ」
「…………」
「善人が報われることを望むのはナンセンス? 私は決して、根っからの善人ではないのよ。動乱に乗じて、さらには復讐に託けて何十人も殺している。そして今も。もう何人? 八人は殺した? ……今更十人増えてもそんなに大差はないわね」
京璃はやや疲れが出てきた身体を引き摺るようにゆっくり歩き出した。が、すぐに振り返って柑麻と真っ直ぐ目を合わせた。深く、澱んでいた。
「……私の目、濁ってる? 濁っていると思うなら、もうあなたは好きにしなさい。ここから先は、もう別に付き添ってくれなくて良いわよ。柑麻が正気じゃないと思うなら、もう私はどんな方法を使っても止まらない、列車のようなもののはずだから」
「…………い、いや……」
濁っていない、と言おうとしたのだが、舌が回らなくなった。
ある種の決意のようなものを固めているようにも見えるその陰鬱にも深淵を思わせる瞳に、射竦められていた。柑麻の自衛隊としての訓練や経験が全て濁流に呑まれたかのように流されてしまい、何も言えない。
京璃の筆舌に尽くしがたい凄絶な経験の前には、柑麻の、一般人よりは刺激的な経験程度では敵うはずもなかった。だから、彼女は強いのだ。
間違っているとも、きっと正しいことだとも言えない。王国を守る為に最善を尽くしているのは確かだ。わざわざ殺さずに拘束しているのでは時間も掛かるし再び起きたときの危険を考えれば手段はこれしかないのも分かる。
PU-A-3を止められる唯一の戦闘可能な能力者として、既に十台近く止めている。全部でいくつあるかどうかも分からない装置だが、大部分は止めたはずだ。
自衛隊の支援を飯侍に要請させたため、彼らも既に王国に入ってPU-A-3を止めることに従事しているはずだ。残りは少ないのかも知れない。
「柑麻、あなたに一つ忠告しておいてあげる。……こういう決断を、必ず的確に下せるようになりなさい。善人であろうとしている榊衛にも、もしかしたら私と同じような黒い渦潮が待ち受けているかも知れないのだから。いつ彼が私のように表舞台から去る身になったとしても、その後を引っ張っていけるようになりなさい。彼の意志にそぐう決断をしなさい。このまま私についてくるのも、ここで別れるのもあなた次第よ。……さあ、決めて頂戴」
衛が居なければ、自分はきっと駄目だ。そんなことは前からずっと分かっている。今更忠告されるまでもないはずなのに、ここでもまたそうやって諦めたら駄目なのではないかと思った。京璃の濁った瞳が、至近距離から柑麻を見ている。
柑麻は何度も目を逸らしては向き合い、瞬きを繰り返し、視線を泳がせる。最後には深く息を吸って、答えた。
衛ならどうするかを考え、答えた。
「――――分かった。――ここで、お別れだ」
柑麻の言葉を聞いた京璃は数歩、小刻みに頷きながら後退した。
「そうね、それがきっと正しいわ。私と一緒に居て私の凶行を止めなかったと責任を追及されてしまうのは、私も忍びないから。……半ば強引に連れ回されていた、と口裏を合わせましょう」
「……」
「それじゃあ、さっきは本当にありがとう。私は死にはしないけれど、助けてくれようとしたのよね。感謝してるわ」
京璃は感謝の言葉だけを誠実な瞳で伝え、今度は走り去った。すぐに道を折れて別のPU-A-3の元に向かったのだろう。
王国の地理はほとんど頭の中に、そしてPU-A-3による防衛線を張る場合に最も効果的な円陣。それを推測で編み出しているのだ。彼女は止まることなく動き続けるだろう。
「…………」
柑麻は深呼吸をして、京璃とは反対側、宮殿へと急行するのだった。
そのわずか一分後に、二人を呼び出す放送が流れた。
―― M.I&K.V
神琴とカヤの二人は他の皆のように単独行動ではなく、一組で敵に当たっていた。実力に不安があるという相穂の率直な意見でこうなった。本人達も自覚していた。そして、今はさらに深く明瞭に痛感していた。
半年の実戦で身に付けた計十六本の紙蛇をフル活用していたが、敵とのリーチ差が違い過ぎる。こちらが操るのはどう頑張っても紙なのだ。近距離の戦闘ならば自身の操作次第でナイフ並の切れ味は出せる。だが、距離が伸びれば伸びるほど空気抵抗を受けて曲がってしまい、威力はほぼゼロになる。
カヤも同様、近距離戦闘が主体になる。対峙している敵とは相性が悪すぎる。
傷付いて蹲る二人の目の前で始まっている虐殺も、もう終わってしまった。逃げ惑う市民が捌けたのだ。殺されたか、別の場所に逃げ延びたかのどちらかであり、神琴達が喪失感に埋め尽くされるのも当然であった。
東京で同様の光景は何度も見てきたはずなのに、そして今の人々のような都民を幾度となく救ってきたはずなのに。この仕事を終えれば、王国を守り通すことが出来れば、また東京に戻って同じ事が出来る。自分の力が人を助けられる現場に行くのだ。
当然助けられなかった人達も居る。今みたいに、無残な死体になってしまった人達を見てきた。もちろん今のように、こうして追い詰められた状況だってあった。
前には、一時的にこちらに対して狙いを解いた敵が一体。後ろには、PU-A-3の効果範囲。二人揃ってボロボロで、立ち上がることも難しい。
「はぁ――はあっ……! カヤ、まだ動ける?」
「――――無理……、です、かも……」
カヤの左足首が鬱血しているように見える。骨折か捻挫で血管が詰まり、内部で破裂しているのだろう。
「うっ……私は、まだ歩ける、から……カヤを連れていく……!」
敵はPU-A-3とほぼ同じ範囲内に限り、物体を流動的な状態に変化させるという意味不明なものだ。例えばアスファルト、あの敵の射程内にあるアスファルトは、まるで沼のような弾力性のある液体に変わってしまう。空気も同じだ。空気がまるで液体のような特性と持つとまるで海の底を歩いている感覚になる。
足元と大気によって動きを封じられると、肌の黒い坊主頭、それ以外に特徴のない報告通りの敵が自身の肉体による暴力を振るう。薬物による強化を受けているらしい肉体の攻撃力は高く、何度も殴打された身体は限界を訴えている。
視界に映る死体は、彼の領域内で溺死したものだ。アスファルトに飲み込まれ、死んだ時に吐き出される。そんな光景が繰り返されていた。範囲は二十五メートルくらいの球状だ。深さは単純に半分の十三メートル程になる。深度十三メートルの沼に溺れるという感覚など、想像すらしたくなかった。
圧力を掛けて固まる前のゴムのような液体。そんなもの、もう触れるのもごめんだ。自分とカヤの二人ではあまりにも相性が悪すぎるし、怪我を負いすぎた。このままここにいても、すぐに殺される。
「いい? こっちが動けば……、あいつは攻撃してくる。あいつの半径に入らなければ……多分大丈夫だから……余裕を見て、十五メートル以内に入らなければいい……。そうならないように、全力で逃げないと……」
敵が液状化した大気でこちらを捕らえた時、カヤが水族館で仕入れたイルカの尾鰭が無ければ、もう殴り殺されていたことだろう……。こっちに抵抗の意志がないことを悟ると周辺の人間を殺し始めた……。聞くところによる、プログラム通りということだろう。
「こちら、五十澄……。勝てそうにないから……撤退する……。だから、別の人を、ここにお願い……!」
陽樹には可能な限りの撃破、衛には死ぬなと言われている。勝てないと判断したら、撤退するべきだ。
「もし、私達に何かあったら――。衛くんに、今まで一緒に居られて良かったって、伝えて」
テレパシ能力者はこちらの声を全て聞いている。必要な情報は皆に伝えられる。
普段は無線機か電話で連絡を取り合っていたためにどうもテレパシの感覚に慣れないままだが、今になって一々そんなことは気にしている余裕もない。
一つだけ方法が浮かんだ。柑麻と衛が出会って森の中で戦った時に使った、申し訳程度の防弾性能がある――というにはあまりにも巨大な――通称“豆腐”または“消しゴム”。あれを時間稼ぎに使おう。
完成品も出来上がっていて、拳銃の小さなパラベラム弾なら受け止められるようにもなっているのだが、今必要なのは壁だった。
「カヤ……私が壁を作る。少しは時間稼ぎになると思うから。それに隠れて……ここを離れる。いい?」
青ざめた顔色のままこくりと頷く。それを確認した神琴はゆっくりとカヤの傍へ。
敵と自分達の間に壁を五つは作れるはずだ。その隙に、左の路地に入る。敵はサーモグラフィを搭載した眼鏡で敵を判別しているようだから、壁が並べばこちらの姿は隠せる。後は、絶対にその視界に入らなければいい。
テレパシが入り、自衛隊が五つ目のPU-A-3を止めたと報告が入った。超音波の影響を受けない京璃も独自で動いてPUを止めているという話だ。残りは、五台と少し。
敵もほぼ同じ数拘束したか撃破されている。王国の街並が、ここから見るだけでも随分と変わってしまった。悲鳴や怒号、破壊の轟音がまだ聞こえる。東京で見た光景と同じだった。
王国の外の水々市内は騒ぎももう落ち着き、黒煙や悲鳴は上がっていなかった。ここは、新たに生まれた地獄だった。
「さあ、腕を回して……」
カヤの右側にそっと回り込み、腕を首の後ろに回す。
「合図で立って、逃げるからね。まずは距離を取らないといけないから……痛くても少し我慢して」
「……は、い」
神琴は二車線の道路の両端を交互に見、計算を済ませる。
「三、二、一……」
そして、豆腐、弾力性のある紙の固まりを生み出した。五つの団塊が連続して生まれ、地面に落ちた。衝撃でぷるぷる震えた。
「行くよ!」
カヤの身体を引っ張り上げ、立ち上がる。カヤが悲鳴を上げて痛がるが、我慢して貰うしかない。
早速、壁の向こう側で物体が溶ける音が鳴り始める。スライムが入ったバケツを思い切り床にぶちまけたかのようなびちゃびちゃとした音だ。
カヤを引き摺るように必死に進み、路地へ入る。入った瞬間にはその路地を塞ぐように同じ物を設置した。
「ほら! 気を失わないでね! 私一人じゃ運べないんだから……!」
「あぁ゛ぅ! うっ……は、うぅぅ……っ!」
痛みでそれどころではない様子だ。左足だけでなく、腰や肩、胸などにも損傷を受けているようだ。神琴も肋骨くらいは折れて内臓が傷付いてはいるだろうが、カヤよりはマシだった。今こそ自分が何とかしてここからカヤを生きて逃がさなければならないのだ。
背後には壁をいくつも置きながら走り続け、路地を出る。隣の通りに出てもまだ逃げ、損傷の激しい店の一つに身を隠すことにした。
扉の向こうに行き廊下を進んで物置を見付けると、その荷物の奥に身を押し込む。棚やダンボール箱を巧みに組み立て、荒らされない限り見つからないようにする。敵にはこの店に入ることすら見られてはいないはずだ。ここで待てば、逃げられる。
「呼吸を、整えて。静かに……!」
神琴も息を飲み込むようにして荒息を押さえ込む。カヤはそんな器用なことが出来る程体力も残っていなさそうだ。早く治療しないと……。
……。
カヤの腹部から大量に出血しているのを目撃する。本格的な重傷だと、今更に気付いた。走ったことで傷が開いたかのようだった。
「カヤ……、ここで待ってて。助けを呼んでくるから」
「あ、ぐ……だめ、……ま……ぁ、だ……!」
駄目、まだ敵がいる。カヤの言いたいことは分かる。
無視して、神琴は頭の中で呟いた。これもテレパシとして発信しているつもりで強く念じれば、ちゃんと相手に届く。
――カヤが死んじゃうかも。陽樹に伝えて。伊里耶に言って、何とか出来ないかって。
伊里耶ならすぐに治せる。
――私ならまだ大丈夫だから、カヤを治してあげて。
伊里耶は宮殿で待機したままだ。重篤に陥った者を治療出来るように。回数は限られている。報告には無かったが、もしかしたらもう伊里耶は一日に使える能力を使い果たしている可能性だってある。伊里耶の力は既に全員に有効なのだ。宮殿を出る前に、未登録の人には嫌悪感を抑えて伊里耶の血液が入った飲み物を飲んで貰っているからだ。アーク全員とエイペス全員に対し、力が使える。誰かが傷付いて瀕死に陥れば、伊里耶が治せるように。
「……」
助けを呼んでくるというのは、嘘だ。こうしてテレパシで要請が出来るのだから。少しだけ、様子を見に行くだけだ。ここで伊里耶の治療を待つ間に敵に見つかったら一巻の終り。二人共助からない。いざというときはカヤだけでも生き残れるように自分が囮になるしかない。
衛の腕の中で死ぬという願いは、その場合叶えられそうにないが……。カヤには何度も世話になっているし、大事な友人だ。少々身勝手だが、カヤが死んだら自分はまともで居られるとは思えない。だから、いざという時は自分が犠牲になる方がいい。水々市を経験したカヤなら、自分が死んだとしてもきっとそのショックから立ち直ることが出来る。
自分が死んだ時は、みすみす柑麻に衛を渡してしまうことになるが……。まあいい、あの世からひたすら呪うだけである。
テレパシが入る。カヤが危険な状態だと陽樹に伝えたそうだ。後は伊里耶次第でカヤは治る。
神琴は物置の扉をそっと押し開き、照明が割れた暗い廊下を見る。廊下の先には外からの明かりが差し込んでおり、物音はない。身を乗り出す前にカヤへ、じっとしているようにジェスチャーを送る。そしてそっと外に出た。
音を立てないように扉を閉めると、足音は立てずにしゃがんだまま進む。光が差し込んでいるドア窓から店の外の様子を窺った。
「っ!」
店の前に居た。素早くも静かな動きで咄嗟に扉から身を離す。
だが、店の前に居た敵が、その無機質に光を反射している眼鏡をこちらに向けたことに、神琴が気付く由はなかった。
―― R.K
「……」
理星は既に三名の敵を拿捕していた。現アーク頭領の名は伊達ではなく、この調子で行けば彼女だけでも残りを制圧出来そうであった。
無傷のまま戦場に立っていた理星だったが、他のメンバーの現状報告が異様なまでに少なくなったのを不審に思っていた。
……きっと、こちらを動揺させないために様々な情報を伏せているのだろう。不安ではあるが、事実を知らされるよりは良かった。今は敵を制圧しなければならないからだ。
宮殿、延いては紀伊は京璃の位置を補足しているはずなのだ。誰かを向かわせるくらいはできそうなものなのに。……それか、もしかしたら、自分以外は全滅しているのかも知れない。
もしそうなら、こうして何も伝えられない方が確かに気は楽だった。後で精一杯泣いて、壊れるまで叫べばいい。
「っ……」
首を振って邪念を振り払う。皆大丈夫だ。あまりに状況が逼迫していて情報量が増え、一々報告していられないに決まっている。
決意を新たに、再びテレパシで次の敵の位置を聞こうとしていた時だった。向こうから通信が入った。
その内容に耳を疑う。
「……悪いけど、ちょっと電力が足りない。それをやる分の電気が残ってない」
……。
「それなら可能。……今から九区に行くには、ちょっと時間が掛かるけど。すぐに行く」
主目標を一つ減らせる計画だった。理星はその作戦に抜擢されていた。
「…………了解」
その時、理星の視界が、ぱっと明るく照らされた。
―― BAY
京璃と柑麻の二人とは未だに連絡が取れなかった。催眠音声による敵の沈静化は、三十分以内に行う予定なのだが。そろそろ夜が見えてくる時間であるため、これ以上は引き延ばせない。
突然、相穂の端末に陽樹からメッセージが届いた。
『水々製薬システムへの侵入が成功。データを抜き出し中』
その文章に目を通した瞬間、相穂は思わず声を出してしまった。
「よしっ」
親しい者達と、新たな勢力が総力を挙げて戦っている中指揮を執るだけで歯噛みしていた相穂だったが、ようやく希望が見えた。立ち上がって全員に伝える。
「システムクラックが成功したそうだ。すぐにデータが手に入る」
「設計図は最優先で見せて下さい。えェ」
「もちろんだ。全員に伝えてくれ。PU-A-3を止める方法が見つかるかも知れないと」
その報告を終えてすぐ、今度は陽樹からデータが送られてきた。早速開く。
「獲田、設計図が送られてきた。今スクリーンに出す」
輝は学者の威信にかけてその設計図から、壊す方法を見つけ出そうとする。拡大表示された図面を隈無く見ていく。
「これは完成版のPU-A-3の設計図ではありませんねェ。他には?」
相穂がキーを一つ押すと次の図が映写される。
「PU-A-2、前世代型です。今は必要無いでしょう」
次に出された図面こそ、PU-A-3のものであった。
「あぁ! これですよ! えェ! ……はー、なるほど…………」
輝が注意深く見たのは、回路基板の場所とその設計のようだった。確認するように外殻の内側の材質を一つ一つ見ていき、輝は満足げに頷いた。
「えェ、えェえェ! 出来ます。止められますよ」
「方法を教えてくれ」
輝は近くにあったレーザーポインタを使い、図面の中の回路基板設置位置を指し示した。
「この回路基板、特にこれといった防衛策は取られていません。防塵と対衝撃の囲いはありますが、私の提案する方法においてこれは障害ではないでしょう。えェ。さらに外殻ですが、外部からの衝撃に対してはこの白い装甲、水々製薬が本社を守る為の壁に使った素材と同じ物ですが、これと、丈夫な骨格しかありません」
「うむ」
「確かにただの人間にとっては硬すぎる設計になってはいます。能力者は近付けなくなるので考慮する必要がないのでしょうねェ。……それで、その方法ですが……」
輝はテレパシで頑張って通信してくれている彼に言った。
「今から言う事を、神宮さんに伝えて下さい」
彼が頷くのを待ってから輝は言った。
「PU-A-3を止める方法があります。それは恐らく神宮さんにしか出来ません。……全てのPU-A-3を壊せるように、EMPを撃って下さい。設計上、PU-A-3は強力な電磁パルスから電気回路を守れるように出来ていませんから、これで壊せるでしょう。えェ」
少しして、理星からの返答を彼が伝える。
「溜めている電力が足りないそうです。EMPを撃てない、と」
それには相穂が答えた。
「九区の工業地帯に行けばいくらでも発電機はある。自由に使っていい」
EMPを使ってしまえば、PU-A-3が円形に展開されている今、その範囲内の電気系統は全て焼き切れる。それはつまり、宮殿内も同様。
相穂はもう手段を選んでいられなかった。宮殿だけが安全地帯であるという考えはもう捨てた。王国を守る為に全滅しかけている皆の為にも、こちらが犠牲を払わねばならない。
妻のシステムは安泰だ。丸ごと東京にもコピーが出来ている。今後、この王国と同じ特区を建設することが決定した場合、同じ手段が使えるようにと国へ提供したからだ。
王国はまた再建出来る。娘には壊れた工場だけ作り直して貰って、後は人の力で再建すればいい。
「それなら出来るそうです。九区に向かうには少し時間がかかる、と」
「分かった。準備が出来たら報告するように言ってくれ」
通信が終わった途端、今度は紀伊が声を上げた。彼女にはずっと千里眼で王国中の被害を観測して貰っていた。他にも同様の力を持った者達がそれぞれ分担して様子を探っている。
「理星さんに敵の光線が衝突しました……! 籃子さんが苦戦していて、理星さんには次に合流して対応してもらうつもりだった敵です」
籃子は一度死にかけたが、陽樹と伊里耶によって回復した。内臓への損傷が激しかったようだが、今は復活してまた敵と戦っているのだ。
「二人は無事なのか?」
籃子が対応していた敵が理星に攻撃したとなれば、籃子の命の危険があるのではないだろうか。それに、その光線の破壊力は何度も聞かされている。既に三区、ナポリが壊滅状態に陥ったのはあの光線の所為だ。建物の殆どが一階部分を残して全て削れているという状態。紀伊の千里眼による報告だった。
「籃子さんの姿は見えません。……理星さんは、道路に倒れています……まずいですね」
紀伊のチーム、籃子を注意深く追っていた一人が報告した。
「仍原さんはつい先程まで戦闘していました。現在も近くから様子を窺っています」
「……」
危機的状況だ。籃子一人では倒せなかった敵が、今理星をも討ち取ろうとしている。
相穂は固唾を呑み、覚悟を決めた。
―― R.N
伊里耶の血液入りオレンジジュースを一息に飲んでいて良かったと思ったのも束の間だった。次に向かった場所に居た敵が厄介過ぎた。おかげで思い出のナポリ風三区が瓦礫の山だ。
「くそったれぇ――!」
悪態を吐くが、自分の不用心で無鉄砲な戦い方を恨む気持ちの方が強かった。敵を侮りすぎていた。自分の力を過信していた。勝ちの確信から負った傷からなんの反省もしておらず、あの光線には右腕を持って行かれそうになったくらいだ。実に際どかった。
何とか身を隠したが、あいつは実にしつこい。熊よりもよっぽど執着心が強いのではないかと思うほどだった。あの無個性な敵にも最低限の個性のようなものがあるというどうでもいい情報を仕入れてしまったこともまた苛立ちに変わる。
道路に面した反対側、二本違う道から敵が出てきた。自分を追って来たのだ。
咄嗟に身を隠したのとほぼ同時、光線が発射される音と光。まさかあの一瞬でばれたのか、と思ったが、一向に自分の身体が吹き飛ぶ様子はなかった。
「……?」
まだ意識がはっきりしていることを自覚した籃子は、再度瓦礫となった建物の影から様子を窺った。
敵はこちらとは全く違う方向を見ていた。その視線の先を追う。
「っ!!」
理星が倒れていた。まさか、この道に理星が居たなんて、知らなかった。
「は……? いや、だって…………」
言い訳など存在しない。自分が敵を倒せないままぐだぐだと引き延ばした所為で理星を巻き込んだのだ。
籃子の胃に、冷水が流れ込んだような感覚が起こる。
「――」
それはすぐに、怒りへと変換された。
籃子はまた感情的になり、何も考えず雄叫びを上げ、直線的に敵へ向かう。
能力によって跳躍し、僅か五歩で敵を射程に捉えた。
だが、敵の掌がこちらを向く方が明らかに早かった。五本の指の先から光が放出されていき、すぐに高出力の『打撃』となる。
敵の攻撃はレーザービームではないのだ。この光の正体は、光のように見える巨大な石柱のような物だ。つまり、突き詰めれば打撃。理星の身体が焼かれて消滅していないのがその証拠。
「――――ッ」
駄目だ。死んだ。
後三メートル。この至近距離であの光を喰らえば、全身ずたぼろになって死ぬ。
理星もまるで死んでいるかのようだし、このまま一緒に死ぬことになるのだろうか。
腕に溜めていた必殺技『逓衝・尖』は、自分の死を悟った瞬間に掻き消えた。
例えるなら、巨大な鉛筆が一ダース束ねられているもののその先端を敵に当てる。そんな衝撃波のバリエーションの一つだった。つまり、見えない巨大な剣山のような攻撃だった。
お披露目することは、叶わないようだった。
「――――」
目映い光に視界が覆われた。だが、ふいに身体を誰かに抱き留められ、急速に移動させられた。光線が一文字に通過しているように見える位置に止まる。籃子は状況を理解するのに時間が掛かった。
コンマ何秒にも到らない短い時間で、あの光線から自分は助け出されたのか?
建物を薙ぎ払いながら進み、百メートル程で霧散した光線から目を離すと、見慣れた顔が敵を凝視していた。
「――は――へ? 相穂、さん?」
相穂は敵から目を離さないまま言った。
「助けに来た。奴は俺が倒せる」
相穂の力、それは瞬間移動と区別が付かない高速移動だ。肉体強化系能力の中でも速度のみに特化しているため、その速度は誰にも追跡できない。
宮殿からここまで、一瞬で駆けつけたのだった。
「理星さんを頼む。あいつは俺に任せて、安全な場所へ行け!」
床に降ろされた籃子は頷き、理星の元に走り出した。相穂もまた移動したようだった。
駆け出した籃子の頭上を光線が通過する。体勢を崩しながら身を屈めて避けると、次から光は相穂に向けて撃たれるようになった。籃子は滑り込むように理星の所へ辿り着く。
「理星ちゃん!」
俯せで倒れていた彼女を起こして身体を上から下まで見る。外傷は特にないようだ。大丈夫、きっと伊里耶が治してくれたのだ。今は意識を失っているだけだ。身体を揺さぶって起こす。
「……んっ……?」
「理星ちゃん、身体は大丈夫?」
籃子もこうして瀕死の状態から回復した身だ。意識が覚醒した時にはぼんやりすることは知っている。
「さ、立って! 相穂さんが敵を倒してくれるって!」
理星を半ば無理矢理立ち上がらせる。
その背後では、相穂が敵を攪乱して光線を乱発させ、ついにその身体に一撃を入れた。鎖骨と肩の間辺りを砕く攻撃。一瞬で背後に回った相穂は延髄に肘を叩き込み、さらにもう一度前に回り込むと、最初とは反対側の肩口を粉砕した。
腕を動かせなくなった敵は首筋を打たれたことにより昏倒した。力の入らない腕をそのままにアスファルトの上に転がる。
良い具合に身体に血が巡り、相穂は離れて久しい戦闘の感覚を思い出していた。
すぐに理星の所に行く。
「大丈夫か」
籃子に体重を預けていた理星が、ようやく自分の脚でしっかりと立った。
「はい……何とか」
「よし。敵もあと数人だ。理星さんは予定通り九区へ。籃子さんは、今まで皆が拘束した敵を集めて、宮殿前の、娘が作った檻に入れてくれ。残党は他に任せるように」
相穂が二人に任務を確認すると、さらに続けた。
「この後、王国中に向けて催眠音声を流す予定だ。残った敵も強力で、正直、榊さんや京璃さんくらいしか太刀打ちできないと思われる。だから、これ以上戦わなくても済むようにやれることはやるつもりだ」
京璃の名前が出ると、理星が素早く反応した。
「京璃? 京璃は無事?」
「……無事であることは千里眼で分かっているんだが、通じているはずのテレパシに応答しない。獲田は改良型食糖細胞の知られざる作用かも知れないと言っていたが、同じ細胞を入れている獲田にもテレパシは有効だったから、これは無さそうだ。別の要因があるのかもな」
相穂は間を置かず続ける。
「京璃さんと瀬波さんが居た地域にスピーカーで呼び掛けもしたんだが、二人共連絡を寄越してこない。ただ、二人はもう共には行動していないし、瀬波さんはどうやら宮殿に向かっているようだった」
「何のためだろ?」
「不明だが、俺はまた宮殿に戻って彼女を待つことにする。……一先ず、奴は俺が運んでいこう」
相穂は先程倒した敵を顎で差した。
「籃子さん、それぞれが倒した敵の位置はテレパシで問い合わせれば一番近い者を伝えるように指示してある。……もし、催眠音声を流す作戦が成功すれば、後は理星さんのEMPでPU-A-3を止めるだけだ。最後に敵を完全に拘束すれば、事態は収束する」
最終確認のように言うと、相穂は二人の考えていることを見透かして言った。
「京璃さんは、今もどこかで戦っているはずだ。十人以上の敵を既に倒している。本当に凄いとしか言えない。彼女とは必ず連絡を取るから、安心して次の作戦に移ってくれ。頼む」
「……了解」
理星が頷くと籃子も続き、三人は一旦別れた。
―― M.S
衛は未だに京璃を捜していた。既に放送が終わってから二十分は経っているはずだ。もうこの地域には居ないのかも知れない。
「宮西さーん!」
何度も呼んだ名前だが、返事が返ってきた試しはなかった。
ふと目に付いた、瓦礫に埋もれていた人を助けて逃がすと、衛はもう一度道路に出た。
既に市民の騒然とした悲鳴や怒号も少なく、この辺りでは聞こえなくなっていた。
「……地獄だ……」
辺りに転がっている死体は数える気にもならない。
「くっそ……」
正常に頭が働いているかどうかすら怪しい。血生臭さに頭がやられている。現に衛は、空を飛んで探すという衛なら出来ることを完全に忘れていたのだから。
それに不気味な敵の所為もある。彼らは不殺を掲げている衛にとって最悪の敵だった。衛の目元は既に窶れており、この現場に立っているだけでストレスになっていた。
「!」
その時、衛は、まるで飛び込みプールで聞くような鋭い水音を聞いた気がした。爆発にも似た水圧と水量の立てる音だった。
居る。確実に居る。宮西京璃を見付けた。
衛は、尽きる寸前の体力を形振り構わず使って走った。
――4/5へ続く
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2011-12-19 04:58:00 投稿 / 全14ページ 総閲覧数:73 閲覧ユーザー数:72