No.338177

閃光のプロキオン  第五話 光り輝く者〈シリウス〉

今から17年前。東京を壊滅させる程の『何か』が起きた。日本は17年の歳月を経て首都を長野県へ移す。しかし、『何か』がもたらしたものはそれだけでは無かった。 MFLと呼ばれる遺伝的変異を遂げた生物。東京から現れるMFLとの戦いに巻き込まれた瀬田大輔はそこでプロキオンと呼ばれる兵器と出会う。

2011-11-23 00:47:04 投稿 / 全15ページ    総閲覧数:514   閲覧ユーザー数:513

 

四時限目、数学の授業の最中に警報が鳴り響いた。

お昼を食べた直後、暖かな陽の光が誘う眠りに耐えながら受けていた授業はとたんに終わりを告げた。

学校のスピーカーから警報が鳴り響き、その直後、みんなの携帯が一斉にブザーを響かせた。無論、私の携帯もポケットの内でブルブルと震えている。

「新長野市より市民の方々へ緊急避難要請です。市民の皆様は落ち着いて避難を行なってください。」

廊下にあった電光掲示板は瞬く間に赤や黄色といった威圧的な色へ代わり、明朝体で書かれた避難誘導灯へ変わる。

教室にいた生徒を始め、先生たちが途端に逃げ出し始めた。私はそれを呆然と見ていた。

「愛菜!なにやってんのよ!」

誰かが呼んだ。でもそれを聞いても私は何も思わなかった。それよりも大ちゃんがいない状況、あのロボットがいないという状況を考えていた。確か大ちゃんの話ではADも出払ってるとか言っていた。だとすれば今の新長野市は危険なんじゃないか?と。

何故か私はいつにもまして冷静だった。

「雀野!」

また誰かが呼んだ。それは廊下の方向からではなかった。真逆の校庭の方からだった。

私は急いで窓を開けて外を見た。自転車がひとつ、砂埃の中に佇んでいる。

「雀野!早く来い!」

西君だ。でも確か今日は風邪でお休みだったはずじゃ……

すると私がそう考えている間に西君のクラスの西東先生がすごい形相で彼を追っかけている。

何か胸騒ぎがする。この街で何かが起きようとしているんだと。

私はその直感し従い、窓際にあった非常用縄はしごを降ろすとそれを伝って一気に下へと降りる。するとそれに合わせるかのように西君は自転車を使って西東先生をかわし、はしごの下につける。

「早く!」

西君が叫んだ。食いしばった歯をさらに強く食いしばってはしごから飛び降りる。転びそうになりながらも私は手を引かれて自転車の後ろに乗せられる。

「雀野、事情は後だ。……大輔の為に何かしたいんだろう?」

「……うん」

私はそう言って頷くと西君は自転車のペダルを勢い良く漕いだ。砂埃を立ち上らせ、自転車は避難者のかき分けながら疾走した。

 

「西君!なんでまたこんなこと!」

疾走する自転車に乗り、強い風を受けながら私は言った。

「言われたんだよ!長門様に!」

怒鳴るように西君は言う。

「長門様って、ADのパイロットって噂の……」

「そう!俺は今朝、極秘作戦に飛び立つ新兵器をこいつに収めるために軍に潜入した」

西君は片手に持ったカメラを持ち上げて私に見せながらそういった。

「その時に長門様に見つかってさ、もしここで何かが起きたら俺がなんとかしろって言われたんだ」

「それがなんで私を呼ぶことに……」

「俺聞いたんだ、大輔があの新兵器のパイロットだってこと。長門さんに。それで、もし私たちのいない間に何かあったら彼の大切なものを守ってあげてって」

「それで……私を?」

私が恐る恐るそう聞くと西君は首を大きく立てに振った。

「俺、アホだからさ。アイツの大切な物なんて全然わかんなくてさ。そしたらアイツの大事な物って友だちなんじゃないか。俺達なんじゃないかって」

「大ちゃんの大切な物…………って、じゃあどこに向かってるのよ!?」

「えっ?どこって言われてもな……」

それからして西君は笑みを浮かべ、後ろを振り向くと当然のようにこういった。

「VMFL基地だ」と。

 

 

深紅の薔薇はクレーターの中心に一輪咲いていた。しかしそのサイズは普通の花を逸脱したものであり、世界最大のラフレシアでさえ凌駕していた。もはやそれは花の形をした全く別の物だ。

隣でパソコンのキーボードを叩く鏑木さんの目はいつになく真剣であり、焦ったような表情だった。彼のパソコンからは様々なエラー音が鳴り響き、それがプロキオンの警告音と共鳴している。

「なんだこいつは……MFLの100倍近いAE値を示している……大輔くん、アイツがどうやら元凶のようだ」

「あれが……東京を壊滅させた……」

破壊された緑の中に咲く一輪の花。それが破壊の元凶。妖艶にして暗く、陰湿。

僕がその花を凝視すると僕の網膜に反応したロックオンカーソルがズームを始める。

雲が晴れ、光が少しだけだが差し込み始めた。深紅の薔薇その光を反射し、僕の眼へと向かわせる。

思わず僕は眼を瞑った。その途端、爆発音が聞こえた。その音で叩き起こされるように僕は光の焼きついた眼をこすりながら開ける。

目の前に広がっていたのは太陽に花を向ける向日葵の如くプロキオンに花を向けた薔薇だった。その薔薇の中心からは仄かに赤い粒子が舞っている。

「あの薔薇……一体――」

鏑木がそう言うと再び爆発音が響いた。薔薇とプロキオンの真ん中で炎が上がる。上空をロシア軍の戦闘機が飛んでいった。

「まさか長門くんが抜かれたのか!?」

「流希が抜かれたってどういうことですか?一体何が!?」

「いいから君は操縦に集中するんだ。早く戦闘機を撃ち落として調査を始めるぞ」

「撃ち落とすって……」

背筋が凍った。戦闘機を、人を殺せというのか?

「できませんよ!僕に人殺しをしろっていうんですか!」

「……そうだ」

「嫌です!誰かが死ぬのは嫌だって……誰かが傷つくのは嫌だって……」

すると鏑木さんはパソコンを折りたたみ、蹴り飛ばすようにシートを外すと右手で僕の襟首を掴む。

「じゃあ君は、MFLなら、動物なら殺しても構わないと言いたいのか!どれも命あるものなのに人が相手なら手のひら返しか?君のするべきことはそんな薄っぺらいものか?」

「それは……」

「答えられないならそれまでだ。君はやるべきことをやるしかない。たとえそれが状況に飲まれているだけだとしてもな」

鏑木さんはそう言うとズボンのポケットから何かを取り出す。宝石のような真っ黒い六角形状の物。けれどもそれはほとんど光沢はなく、黒いただの石のようだ。

「いいか、これにはまだ僕らも解析できてないプロキオンのブラックボックス関することが詰まっている。君のこれを託す」

「そんな……僕に渡しても……」

「僕は意味があるから渡している。さあ、早くハッチをあけろ」

「何をする気です!?ここでハッチを開けたら敵の的じゃ――」

「いいから開けろ!」

怒鳴りつけるように言った。僕はうつむいたままハッチを開ける。エアロックが外れ、ゆっくりと開く。

「僕はこれから調査に行く。君は囮となって調査を手伝ってくれ」

「そんな!死ににいくようなものじゃないですか!」

「ああ、だから君が必要なんだ。……男なら誰かのために何かをしてみせろ」

ハッチが閉じた。鏑木さんはニッコリと笑ってピースサインをした。僕もそれに応える為に必死に涙をこらえてピースサインをした。

 

 

眼下の熱源反応はIFFに反応することは無かった。サーマルスコープでみるそれは花弁のように美しく舞っている。

「こちらクリムゾン1、誰か生きてたら応答しなさい!」

私は叫ぶようにして無線機に言って返答を待った。しかし、ノイズが聞こえるばかりで何か音声が聞こえることはない。

舌打ちをしてもう一度スコープの中を覗いた。あの熱源はこちらには気づいていない。だとすれば私は一旦退避するのが妥当だ。下手に突っ込んで撃墜されるなんて新兵のやることだ。

以前、応答はない。ただでさえ寒いロシアの朝だというのに妙な寒気が私を襲う。

不意に耳を劈くような爆発音が聞こえた。サーマルスコープはその爆発を無慈悲に真っ赤な色でデータとして表示する。

その赤の中にもう一つの赤があった。人の形をした赤色が。

私はIFFを確認する。クリムゾン02、二番機が炎に飲まれている。

「クソッ、なにやってんのよ……クリムゾン02!応答しなさい!」

「……隊ッ……長……こいつはただの敵じゃ……」

「待ってなさい、今助けに行く!」

足を天に向けた。日の差し込み始めたその空へ。

背景の灰色が一気に山の緑へと移り変わった。体感速度はすでに800kmは超えている。

猛烈なスピードで着る戦闘機をまとった私は飛んでいく。

落下していく最中、一点の赤が見えた。それは花弁、巨大な花弁。

蹴り飛ばすように足を下げる。バーニアの噴出される足をむりやりに動かし、急減速する。

ADの軋む音と共に、林にバーニアの青い炎をまき散らして花弁の方へと進んでいく。

「早く捕まりなさい!」

私は目の前にいるクリムゾン02に向かって叫んだ。被弾して操縦不能になった彼のADへと私は機械に覆われた手を伸ばす。

あと、数メートル……

ドカン、と爆発が私の目の前で起きた。差し伸ばした手のひらの上で炎が上がるかのように。

あと少しで味方を助けられる。そう思った矢先に、その花弁から放たれた光弾がクリムゾン02を貫き、燃料に引火した。

私は推進剤を止め、転げ落ちるように地面に落ちた。不思議と痛みは感じなかった。でも、胸の奥に何かポッカリと空いた感じはした。

目の前で、助けられた命がなくなるというのはこんなことなんだと。

『他人が死ぬのは嫌なんだよ!!』

不意に彼の言葉が再生された。まるでその言葉はここで私の頭で流されるのを待っていたかのように。

「そうね、そういうことね」

私は砂に汚れたADを手で振り払う。わずかに砂埃が立つ。

「とんだ馬鹿ね」

私はそう言うと右手に持ったアサルトライフルのマルチサイトをダットサイトに切り替え、目の前に敵へと向かった。

 

 

 

 

プロキオンの球体型モニターにはしっかりと人影が映っていた。あの『何か』を起こした元凶だという花に向かって走る鏑木さんの姿が。

鏑木さんは僕に言った。何かをしてみせろと。それが僕に今やるべきことなんだと。

「……行きます!」

怒鳴りつけるように叫んだ僕はフットペダルを押し込んで脚部スラスターから推進剤を噴出させた。体を締め付けるようなGが襲った後、なんとも言えない浮遊感と共にその『薔薇』へと向かう。

花弁がゆっくりと回転しながらまとまり始めた。中からは抑え切れないほどの光が溢れた。これから行う攻撃の強力さを指し示すように。

花の中心を注視する。網膜に連動してプロキオンは花の中心へとガンレティクルを合わせると僕は夢中になってトリガーを引き、鉛を浴びせる。

体全体を襲う反動がコックピットを揺らし、恐怖と振動とでレバーを震わせる。

それでも僕は恐怖ではないと無理矢理に言い聞かせる。これは武者震いだ、と。

被弾した薔薇はゆっくりと砂埃を上げて倒れ、そのまま光弾を発射した。眩い光が空気を揺らし、草木を焼き尽くす。その振動でプロキオンも怯えるかのように震える。

「良い感じだ大輔くん、そのままアイツの眼を奪っていてくれ。解析はあと数分で済む」

自動で開いた『音声限定』と表示されたウィンドウと共に鏑木さんが無線でそういった。僕は「分かりました」と受け答えるとすぐさま補助スラスターを点火して姿勢制御モードへと入る。

目の前の花は再び光を放つ。メインエンジンをフル稼働させて左へ薔薇と点対称に動きながらライフルを発射する。バーニアとリコイルショックの2つの衝撃に耐えながら僕は必死でプロキオンを操縦した。

そして、薔薇は黄色い閃光を再び放つ。今度は空に向かって。上空に居たロシアの戦闘機が塵になっていくのが見えて怖くなる。

「大輔くん、あと少し。あと少し踏ん張ってくれ」

「わかってます、今やってます!」

トリガーを引きながらそういった。腕にジーンと衝撃が残る。体がカチコチに固まったようだ。

「あと何%ですか!?」

「7%だ!」

僕が怒鳴りつけるように問うと鏑木さんも負けじと大声を張り上げ、キーボードを叩く音をひびかせながら言った。

三度、薔薇が輝き始めた。

ガンレティクルを表示させ、両手でライフルを構えるとプロキオンは自動でスコープの倍率を上げる。

ど真ん中に薔薇を捉える。これで終わりだ。僕のやるべき事は終わる。

途端、激しいノイズが耳元に響く。砂嵐でも襲ったかのように。そしてプロキオンの画面も砂嵐の如く映像が乱れ始める。

「待って、どうなってるんだ。一体何が――」

僕が言いかけた時、何かが聞こえた。人の声にも似た何か。この声は聞き覚えがある。

悲鳴のようなその声。男の声。

まさか。と僕は思った。不安が脳内を埋め尽くし、目の前の状況が絶望へと導く。

そして、砂嵐が消えた。

そこに広がっていたのはなんでもない、ただの更地だった。

 

 

「待ってよ……どうなってんだよこれ……」

消えている。ただ何も無い。林は燃え盛ることもなく綺麗になくなっている。それと共に鏑木さんも、ロシア軍の戦闘機の姿すらない。

あるのは目の前にいる薔薇のみ。まるで嘲笑するかのように花弁を大きく開き、僕の方を向く。

唇を噛んだ。口の中にじんわりと鉄の味が広がる。塩の味もした。泣いていたのだ。

汗ばんだ手は不思議と軽かった。体が勝手に動くかのように。

途端、胸元のポケットが光り始めた。僕は急いでポケットからそれを取り出す。先ほど鏑木さんからもらった宝石のようなもの。漆黒であったそれは仄かに黄色く光始める。

僕がそれをまじまじと見ていると急に画面が真っ赤に染まった。

『DE-S』

初めてプロキオンに乗った時と同じ現象が起き始める。真っ赤に染まった『DE-S』の文字で埋め尽くされる球体型モニターはすぐさま何も見えなくなった。

文字で埋め尽くされ、前は見えず、あらゆることが未開の部分へ僕とプロキオンは踏み入れる。

『DE-S』の文字が吹き飛ばされるように消える。だが、あの時とは何かが違う。

プロキオンの頭部、頬の部分に取り付けられた装甲からフィンが展開する。本来は放熱に使うそれがゆっくりと伸び、その合間から黄金の粒子が放たれる。

後頭部の装甲がリフトアップし、排熱部がむき出しになると装甲がアイセンサーに押し出され、ゴーグルのようなプロキオンの眼は双眼へと変わる。

プロキオンは光をまとった。それはまさに星の如く。

僕は感じていた。これがプロキオンに残された『何か』の遺産。プロキオンの真の姿であり、17年前の何かを止める力、目の前の薔薇を止める力なんだと。

フットペダルをゆっくりと倒した。先ほどとは違い、機動性は比にならない物になっている。

光を撒き散らし、更地に光の種をまくようにプロキオンは薔薇を翻弄する。

ライフルを手放す。砂埃を上げて落下したそれの代わりに僕はサブウェポンのナイフを取り出す。エアロックが外れ、中に閉じ込められた温かい空気が周りの寒気晒されて白い水蒸気となる。その白いもやの中を切り裂くように現れるナイフを受け止めて僕はそれを流れるように構えた。

加速する。凄まじいGがかかっているにも関わらず、興奮状態に陥った僕はアドレナリンという麻薬で不要な感覚が鈍り、必要な感覚が尖る。

「うおおおぉぉぉぉぉぉッ!」」

己の体を動かすようにプロキオンを操る。僕とプロキオンが一体化したような感覚に陥る。

右手に持ったナイフの感触が伝わる。僕はそれを薔薇の真ん中へと向ける。

光を帯び始める花。そんなのどうでもよかった。今の僕は根拠のない希望に満ち溢れその感情のままに動いていた。

金色の粒子をまとった白亜の機体は鉄の刃も持って深紅の薔薇へと加速した。

 

 

僅かな推進剤をセーブにながらADを加速させる。花弁の放つ花粉のような粉は地に落ちた途端、草木を辛し、辺り一帯を無へと変える。

こんな敵見たこと無かった。MFLでもなんでもない、巨大な花。美しいその風貌と裏腹にそこから放たれるおぞましい力は私の恐怖にさらに加速させる。

亜寒帯、ロシアの寒さと恐怖によって震える足がバーニアのコントロールを鈍らせる。

凍えきった指を、今にも引きちぎれそうな指でトリガーを引く。全身が痛かった。心が痛かった。

「うおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!」

仲間の弔い。なんてかっこつけたマネは私にはできない。でも、やれることをやらなくちゃならない。だって、アイツも今そうしてるんだから……

途端、脚部の補助スラスターの炎が弱まった。コントロールを失い、落下する。私は攻撃の手を緩めない。芯まで凍えきった指でトリガーを引いて暴れ馬と化したライフルを片手で必死に抑えて、もう一つの手で空気を掴む。

「メインバーニア出力最大!」

私が叫ぶと音声認識システムが起動してヘッドマウントディスプレイに推進剤の残量が大きく表示される。こっちの残量もあと少ししかない。

バーニアの起動後、手動で消火する。俯せの状態で落下する。そのまま私片手で撃っていたライフルをリロードすると両手で持ち直し、アンダーバレルグレネードに手をかける。

狙えるのは一度きりだと考えろ。自分に言い聞かせる。

コンピュータは『ストール』だの『トリムアップ』などと私に強要するがそれは全て無視する。

ARマルチサイトに映し出された紅点が赤い花弁へと落ちていく。

あと……あと少しだ。これが通じなければどうにも手段はない。でも、やってみる価値はあるはずだ。

支援コンピュータが電子音を鳴らす。紅点が深紅と重なりあう。

私ははちきれんばかりの思いをその一発に込め、指が引きちぎれそうになるほどトリガーを引いた。

 

 

「鏑木からのデータは?」

指令本部へと続く自動ドアを通りながら私はオペレーターに問う。

本部には巨大なスクリーンパネルと無数のコンピュータ。MFLに、新長野市に関する事のほとんどがここで管理、運営されている。

「現在、送られてきたデータを元にDE-S起動プログラムを構築。完成後にシリウスへインポートします」

「鏑木からの通信は?」

本部を見下ろす位置にある司令席へ座る。目の前にある資料に目を通しながら私は問う。

「それが……」

オペレーターの一人がうつむき加減に言うともう一人が割って入る。

「先程から電波障害が発生してます。通信はほぼ不可能かと……」

「では、衛生で動きをトレースしろ。モニターに映像をだせ」

私がそう言うと事務椅子を回転させながら「了解」と何人物オペレーターが答え、キーボードを叩く音が響く。

「大輔……」

息子の名前をつぶやく。いつもいっしょにいれない分、心配性な自分が生まれる。

もうアイツも一人前の男だ。それに俺の子なんだ。私はそう言い聞かせて心を沈める。

「司令!」

途端、部下の一人が本部へ息を切らしながら入ってきた。その様子から何か深刻な事態が起きたのだと推測できる。

「……子供が……子供がVMFLに……!」

「どういうことだ、今はAブロックは閉鎖中のはず――」

私がそう言いかけた最中、警報がなった。自動でスクリーンパネルに赤字で『警告、MFL侵入』と表示される。

こんなときに限って……

唇を噛む。生唾を飲み干すと私は司令席に戻り、戦車隊への直通無線を開いた。

 

 

確か、確かここだった。

私と西君は人気のないA区画に居た。VMFLの周りは慌ただしさを感じられない。戦車はもう出払っていて他のブロックに現れたMFLの遊撃にあたっているのだろう。

分厚い鉄製の扉。私と大ちゃんが全てに巻き込まれた原因の生まれた場所。この先にあのロボットはいた。

「本当にここから入れるのか?」

「うん……多分ね」

つい数日前なのにずいぶんと前の事のように思える。この先であったこと。急に現れたMFLと戦ったあの時のこと。

西君はこの新長野市の事情に詳しかった。日頃軍部のすきを突いて警戒網をくぐり抜けているだけのことはある。それでもトップクラスの軍事組織、特殊機関であるVMFLの地理情報はない。今朝、長門さんと出会ったのはDブロックの空港。そこから大ちゃんもロシアへと飛び立った。

「じゃあ、開けるぞ」

西君が小声でそうつぶやくと私は小さく頷く。彼はそれを確認すると首を縦に振って扉を押し始める。堅牢なその扉は体全体で押してようやく動き始める。

ズズズ、と金属が擦れる重厚な音がしてわずかに開く。

私は西君の方を見た。彼は無言で顎を扉の奥をさして「行け!」と示す。私はそれに首を立てに振って応えると体を横にして隙間を通る。それからして片手で扉をむりやりに抑えながら西君が入ってくる。

この奥、この先にロボットがあってVMFLの建物へ続く道があった。しかし、その前にあるはずのないものがそこにあった。

細長い尖った獣の顔。三角形の耳を携え、明かりの灯っていないグレーの目で私を見つめる『それ』は犬のようなロボットだった。

大ちゃんの乗ったロボットが居た場所に、全く同じ所にグレーの巨大な犬が佇んでいた。

 

 

巨大なスクリーンに格納ブロックの映像が映った。D-3格納庫。前にプロキオンが格納され、現在はシリウスの改修の為に使われている場所。

なんでまたそんなところに?そう思いながら私は映像に目を通す。

「ん?」

何か見たことのある気がした。

「映像を拡大できるか?」

私がそう聞くとオペレーターは「はい、拡大します」と言って顔の部分へと映像が迫っていく。一瞬、曇ったようにピントの合っていない映像はそれから少しして彼らの顔をはっきりと映しだす。

大輔の、息子の友人。私の友人の娘だった。

よりもよって……。頭を抱えながら顔を伏せる。世界は狭いものだと思う。

「今すぐ彼らの保護を出せ、今すぐだ」

顔を伏せながら言う。しかし、黒いスーツを着た部下の一人が「しかし、現在MFLの迎撃で全兵力を使い果たしています。プロキオンとAD隊さえいればこうはならないはずですが……」と言った。

私はその言葉に怒りを覚えた。子供一人守れないで何が軍隊だと。

座席から立ち上がる。すると黒服の男は「どこへ行かれるのですか?」と聞いてくる。

「彼らの保護へ向かう」

ただそれだけ私は答えた。

今、自分の息子は辺境の土地で自らのやるべき事をしている。だとすれば私のするべきことはなんだ?決まっているアイツの帰る場所を守ること。それが俺が誰かの――息子の為にしてやれる『何か』なんだと。

「待ってください、この区画にMFLが来るかもしれないのです。わざわざ司令自ら行かなくても――」

「じゃあ、お前も来るか?」

私は冗談半分に聞いた。苦笑いしながら私は彼の方を向く。プシュッという音がして自動ドアが開いた。

「ええ、お供します」

彼はそう言うとネクタイを直して私の後ろに続いた。

 

 

 

爆煙が空を染め上げた。深紅の花弁はどこにも見えない。舞っているのは赤い破片。

補助スラスターをゆっくりと、少しずつ吹かしながら着陸すると、手でバイザーを持ち上げた。

硝煙の香りがあたりに立ち込めている。

体中が痛い。自分の下に広がる赤い破片が血のように思えるほど痛い。

ライフルのストックを地面に突き立てる。杖のように持って少しだけ休息を取る。

煙が晴れない。もはや煙と呼ぶべきなのか水滴と呼ぶべきなのか私にはよくわからない。

突き立てたライフルを右手に戻す。体の節々がバキボキと音をならす。

途端、何か衝撃のようなものが私を襲った。空気が振動する。煙がそれをよくわからせてくれた。波のように煙が揺れていく。地震ではない、空震だ。

急いでヘッドギアを降ろし、スリープ状態のディスプレイを再起動させる。

12方位で風向きが表示される。東から、この強い空震は来ている。私は首だけ東へ向ける。

確かそっちは探査ポイントがあったはずだ。だとすればアイツが危ないとでも言うのか?

「行かなくちゃ……!」

空震が強くなる。立てないほどの振動、必死に地面にしがみついて私は姿勢を立て直す。

光が見えた。アイツのいる方向、黄金の光が見えた。

残された推進剤。まだだ、まだアイツを助けることぐらい私にはできる。それぐらい余裕だ。

右手に激痛が走る。銃を持ち上げただけでこれだけ痛む。無謀なんだろう。でもそうは思わない、思いたくない。

両手でライフルを持つ。足を肩幅に開く。

歯を食いしばる。そして走りだす。一歩、二歩……

そしてスピードのついてきた所で私は思い切りジャンプしてバーニアを一気に点火させる。

尋常ではない痛みが体にのしかかる。

余裕だ。そう言い聞かせる。アイツの手助けなんて余裕なんだって。

 

 

私は呆然と立ち尽くした。その犬の目の前で。

今、西君はVMFLへの入り口を探している。私があったと思っていた通路は警戒状態のせいか鍵がかかっていて向こうから開けてもらわなければはいることができない。

緑色の手すりに手をついて巨大な犬を見つめた釣り上がったグレーの目はどこか寂しげだった。この目もおそらく輝くことができるんだろう。でも、今は出来ない。なぜかは分からないけどそう感じるのだ。

それからして西君が私の方へ歩いてくる。私は「どうだった?」と問うと西君は黙って首を横に振る。

「そっか……」

それでもここはまだ安全なんだろう。私は携帯電話をポケットから出してニュースを確認しようとする。しかし、そもそもインターネットに接続できず、何もわからずじまいだった。

クラスのみんなは大丈夫なのだろうか?本当に私たちはここに来てよかったのだろうか?

そう考えると不思議と涙が出てきた。それを見た西君は彼なりに気を効かせたのか黙って後ろを向くとどこかへ行ってしまう。

私は声を上げて泣いた。理由はない。ただ泣けてきた。感情が溢れ出した。

すると、私の後方から何かが光った。思わず声を止め、後ろを振り向く。

巨大な犬。ロボットの瞳が金色に光っている。私は手で涙を拭うとその手で瞳に触れる。

吸い込まれそうなその美しい瞳。機械なのにどこか生き物のような瞳。

すると、途端に犬は首をゆっくりと下ろす。そして首の付け根の部分のハッチが開く。

「乗れっていうの?」

私は問う。機械が喋れないことぐらい知ってる。でも、不思議と私にはこの犬の、彼の声が聞こえた。

『乗ってくれ、俺の力を使ってくれ』という声。

私はあふれる涙を必死で拭うと手すりを飛び越え、首元のコックピットへと入る。

「そう、あなた、シリウスって言うのね」

幻聴なのか、それとも真実なのか。区別がつかなくなっていた。

シートに座ると勝手に回りの球体型のモニターに映像がつき始めた。奥で西君が必死で読んでいるのが見える。

私は直感的に今の状況が危ないと思った。西君も、私も。

無理矢理に橋を壊してシリウスを格納庫から出す。

目の前のモニターに赤い点がいっぱい表示される。MFLなのだろう。

「いきます!」

私がそう言って無我夢中でレバーを倒すとシリウスは四肢を動かし、その体をしなやかに伸ばして走り始めた。

 

 

 

すでに私が来たときには遅かった。目の前にあったのは破壊された格納庫。そして影にうずくまった少年だった。

私は彼に駆け寄ると「何があったんだ?」と、問う。

すると彼は「急にあのロボットが動き出したんだ。雀野はそれに乗って――」と答える。

「シリウスの起動はできたのか?」

私が黒服の男に問うと彼は「おそらく無理かと」と言う。

確かにまだ鏑木のデータを元にプログラムを構築していた最中だ。たとえ急ピッチでやっていてもここまで早く起動できるようになるのはおかしいだろう。

では、彼女が大輔と同じDE-Sを起動できた人間だとでも言うのだろうか?

すると耳に装着したイヤホンに音が聞こえる。

「司令!AブロックでMFLの出現が確認されました!」

それを聞いて私は舌打ちをすると黒服の男に「彼をシェルターへ届けろ」と言って連絡通路へと歩き出す。

最悪の状況が重なりあう。シリウス《光り輝く者》僅かな可能性にかけるしか無かった。

 

 

シリウス。犬の姿をしたロボットに乗って私はレーダーに表されたポイントへ向かっていた。

MFL、この街を犯す存在。それから街を、大ちゃんの帰る場所を守れるのなら。そう思うと胸が熱くなった。

私にはどうやってロボットを操作するかなんてよくわからない。前に、大ちゃんたちと行ったADシミュレーターだけが唯一の知識。と入っても私自身やったことはなく、二人がやっているのを見ているだけ。見様見真似でシリウスを動かす。

細い通路を四本の足で疾走する。煙を上げてガシャンガシャンと金属音をかき鳴らしながら。

明かりが見える。外へ出るのだ。レーダーの反応が強くなる。この先に敵がいるんだ。

私は唇を噛み締める。レバーをギュッと握り締めて体に力が入る。方に力が入って硬くなる。

前方、龍のような黒い細長いものが空を舞っていた。あれが敵、この街を犯す存在。

「あっ、どうすれば……」

いざ、敵が目の前に現れ、動揺してしまう。武器は、シリウスはどうやってアレに立ち向かえばいいのか。

すると途端、球体型のモニターに勝手にウィンドウが開いて『VMFL Base』と表示される。

「誰が乗っているかは知らないが今のシリウスに射撃兵装は装備されていない。ナイフを使え、前足に装備されている」

低い男の声だった。聞いたことのある温かい声。大ちゃんのお父さんだ。

「分かりました」

私はそう答えると右手側のスイッチを操作してナイフを取り出す。不思議と動かし方は分かった。

エアロックが外れ、プシュッと音を立てて飛び出したナイフはそのままシリウスの口元へと向かう。

それを加えるとペダルを踏んで加速する。地鳴りを起こして四脚で地面をかける。

上空を飛ぶ龍。襲い掛かるようにそれへ飛び込む。

鋼の刃が龍を切り裂く。しかし、切り裂いたと思ったそれは途端に分散し、そして再結集する。そして龍の形を再び取った。

「どうなってるのよ……通じてないじゃない……」

焦りと不安が私を飲み込む。龍が私の方へ向かう。真っ黒な龍が口を開けてシリウスへと向かう。

私は結局大ちゃんの力になれ無かった。ここまで着たというのに……

絶望が襲いかかる。

途端、画面を黒く染め上げた龍は消え、画面は真っ青に染まった。

『DE-S』

青いその文字で染まったコックピットは何も見えなくなった。精神を安定させる色と聞く青だが今の私は全く落ち着かなかった。

コックピットが揺れる。四脚で立っていたシリウスは途端に二足で立ち上がる。私の体がぐんと伸びるような感覚がする。装甲がリフトアップし、拡張していく。前足が変形し腕となり、犬の顔の下にもう一つ、人の顔が姿を表す。

グレーのシリウスは金色の光を放つ。目を始め、拡張した装甲の合間を通るエネルギーラインも金色に瞬く。

犬のカタチから人へと姿を変えたシリウス。口に加えたナイフは手にある。

龍は光に照らされ、その動きを止める。まるで蛇に睨まれた蛙。フットペダルを踏むとシリウスはゆっくりと龍へ歩み寄る。

一歩ずつ、地面を揺らして進む。ナイフを構える。右手に持った鋼の刃は金色に輝いている。

その輝く刃を龍へと挿し込む。言葉に形容できない叫びがこだまし、黒い血液のようなものがドクドクと溢れ出る。

さらにレバーを押し込んでナイフを挿し込む。あふれる黒は更に増えていく。金色に照らされて影のような黒は消える。

ゆっくり、ゆっくりと龍はその姿を縮こませていった。

 

 

 

私がその地についたときにはそこには何も『無かった』

本当に何も『無いのだ』

プロキオンもロシアの戦闘機さえも何一つその姿は無かった。

それからややあってIFF〈敵味方識別装置〉に何かが反応した。ほんの僅かな期待に私はかけるがそこにいたのはAD隊の面々だった。

彼らが生きていた。それは本当に嬉しい。でも、アイツがどこにもいない。

推進剤の切れたADを付けたまま私は徒歩で探し始めた。

それでも、それでもそこにはアイツがいなかった。

 

 
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