No.333351

Little prayer(1)Ewhoit 後編見本

虎華さん

冬コミのスペースをめでたく頂きましたー!
ライトノベル放送局 文芸部、 3日目 東-ホ 60a です。
(参加2回目サークルでお誕生日席とかどうかしてるぜ!)

内容はまた、ラノベ読みが書く創作ライトノベル集+α になります。当作品はその一部です。前回の続きで、今回が完結版となります。表紙絵は夕凪 悠さん( http://yuunagi-yuu.sakura.ne.jp/  )にお借りしています。

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2011-11-12 11:30:39 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:1296   閲覧ユーザー数:1286

 

 

ナカローグ

 

 

 

 ギリギリと、頭が痛む。

 まるで頭を上からかち割られて、中を調べられているかのよう。

 それで、何か工具みたいなもので、ぐちゃぐちゃと。混ぜられて。

 そんな感触。気持ち悪い。

 

 ここは夢だ。なぜなら、現実の僕は、一人の女の子と一つ屋根の下、ボロい小屋のボロいベッドに横たわっているはずだから。突然未確認生物に連れ去られたわけでなければ、夢に違いない。

 

 僕は記憶を失ってからの四年で、みっつの夢をループし続けた――いや、一つの夢のループが、時を経る度に進化して、道を分かつように、他の夢に分岐して三つに増えたと言うべきだろうか。

 全部、一人の女の子との、夢。

 これはいつもの三つ、とは違った。四つめだろうか。

 

 しかしいつまで経っても、視覚に色は入らない。一面、黒。音すらない。痛みのせいで軽く耳鳴りがしているかもしれない。

 ただギリギリ捻じられ弄られて自分が変になっていく苦痛だけが支配するそんな世界。

 何分、何時間経った?

 もうそろそろ朝だろう? 早く起きてくれ現実の僕。学校でも早起きが得意だったじゃないか。

 それか、見飽きたいつもの夢になってくれてもいい。だから早くこの苦痛から解放してくれ!

 そう願った。

 

 ふと、黒が落ちた。

 舞台のセッティングが入れ替わるように、色はたちまち黒から一瞬にしてパステルな、淡い色に。

 音は相変わらず無かった。けれど、薄いピンクとか紅色、黄色に黄緑、春をイメージできるその色は、温かく僕を包んでくれた。

 気づくと頭痛は消えていた。代わりに柔らかな、ふわふわとしたものに触られている感覚。くすぐったい、けれど心地の良いもの。

 そんな暖かさの中で、意識は急速に沈んでいく。それは夢の終わりが近いことを予感させた。……まだもう少し、この感触に縋っていたい、と抵抗したが、パステルカラーは淡さを増して、最後には真っ白に――

 

 

 

 

 

 

 

 第4章 火狐と子猫と金色の来訪者

 

 

 

 脳波が眠りから覚醒に傾いて、意識は夢から現実に引き戻される。

 もっとあの暖かい夢を見ていたかったのに。夢というやつは大体そんな儚いものだとは分かっていても、惜しい気持ちが残る。……きっとそんな性格の人間が居たとしたら間違いなくクラスメイトからは浮くに違いない。うん、僕なら好んで仲良くしようとは思わないだろう。

 しかし夢は終わっても、何故か不思議と温もりのある空気が現実に漂っていた。

 視界を開くと、寝る前と同じ、くたびれたやや黒ずみの目立つ天井が当然ながら目に入る。肩の怪我が治るまでは変に寝がえりを打とうとしないように意識した結果だ。

 もちろん起きてしまえばそんなことをする必要もないので、同じベッドで寝付いたはずのシュカを押しやってしまわないように(ベッドが滅茶苦茶狭いせいだ)、ゆっくりと起きようとしたところで違和感に気付いた。

 額の辺りに、軽くではあるが抑えつけられる感触。さっき感じていた暖かさは、これだったのか、と理解すると共に入ってきた、耳に囁き声。

「ふふ……逃がさないんだから……ぁ」

 それで一気に目が覚めた。自分の置かれている状況を、脳内にパルスが走るよりも速く、感覚で理解する。

 寝る前に背と背を向け合っていたはずが(いやそれも十分問題なのだけど)、シュカの小さい体躯は、比較的長身だと自負している僕の腰を細い足でホールドしていて、なおかつ僕の頭を、ぬいぐるみか何かのように、ぎゅっと強く抱きしめていた。

 それになにより、自分の胸に抱え込んでいるから、頭頂部から際どい所に当たっている感じがしないでもない。当たっているかどうか感触が微妙すぎて分からないと本人の前で言うと、また生傷が増えそうだからおいておくとして、誰かに見られるわけにはいかない状態だ。

 とりあえず第一に脱出を試みることにする……が、これはあえなく失敗。

 見た目は少女でも、兵力に換算すれば騎士団一個中隊に匹敵するくらいのリトルプレイヤーである、細く見える腕が痛くはないが決して逃がさないとばかりに拘束していて、微塵も首が動かせなかった。

 じゃあ諦めて二度寝でもしようものなら……シュカが目覚めたとき、僕はその直後に物言わぬ肉塊になっているかもしれない。

 いや悪いのは僕じゃなく、多分きっとおそらく、シュカの寝相のせいなんだろうけど、それでもつい前に風呂場で鉢合わせした(もちろん不可抗力だ、と断固抗議する)時だって散々に罵倒されたんだから、何かしらのお咎めを食うことは明白なんだと、悲しくもそう思わざるを得なかった。

 となると、ダメージを必要最小限にするべくあえて茨の道を通るとするならば、

「おいシュカ……起きてくれ、朝だ」

 自然に呼びかけて起こすのが一番だ……たぶん。

 呼び掛けてふと拘束が少し緩んだ隙に、首をやや上に向ける。なんとも幸せそうにうとうとするシュカの顔が、目のすぐ先にあった。「んん……」と、唇から漏らされた吐息。起きる様子は無さそうだ。

 約四年もの間、ねぼすけな同僚を同じ部屋に持ったのだから、四十八手とも言えるかもしれない、起こす術は持ち合わせている。よし、覚悟しろ。

 上を向いたまま、シュカのゆでたまごみたいな白いほっぺに手を伸ばす。ふに、と音が聞こえたかもしれない。なんの抵抗もなく僕の指が沈み込んだ。そのまま圧力をかけていって、ぐりぐりと押すと、「うにゅにゅにゅ……」と反応。

 指を離すと、引っ込んだ頬がゴムボールみたいに元に戻った。本人に起きる気配無し。

「フランは大体これで起きたんだけど……」

 そのねぼすけ同僚の顔を思い浮かべながら思索する。確かこれで起きなかった時は……

「むぎゅ」

 さっき突いた方と同じ所をぎゅ、と抓った。これならさすがに……

「…………むにゃ」

 強情だな。

 片方の頬を引っ張られながら小さい口を開けて、寝息を立て続けているのを見ていると、本当にただの人間としか思えない……なんて感想は前にも抱いたか。こいつらを害悪としか見ない、前の僕みたいな世間の目は、シュカのこの寝顔を見て、何を思うんだろうか。写真を撮って、誰かに見せて「実はこの子リトルプレイヤーなんですよ」って言ったら何と言われるだろうか。「嘘だ」とか、「本当だとしても人を欺く為の狸寝入りだろう」とか……あるいはそれとは真逆の、「こんな顔もするんだね」って、言ってくれるやつらは居るのか。

 頬を突いたり抓ったりしながら、そんな神妙なことを考えていると、その指が突然きゅっと、握られた。

 当の本人は夢でも見ているのか、へらっと笑って、

「ねぇ……」

 呼び掛け。

 なんだ、と言おうとしてやめた。どうせ寝言だ。

「約束、だよ……」

 握られた指が、ひときわ強く力を感じる。

 約束。……なるほど、この指は指切りでもしてるのか。

 どうやら幸せそうな夢らしい。しばらくは起こさないようにしてやるか?

「それに、この顔を見てるのも案外悪くないしな……」

 役得とはちょっと違うが、まぁ後で殴られることの対価としては十分だろう。

 とりあえず指はこのままにしておくか、などと思っていると、

 かぷ。

 その握られていた指が、シュカの口に運ばれていた。痛くはない……甘噛みだ。

 こそばゆい思いを抱きながら、指を預けているシュカの寝顔を、もう少し近くで見てやろう……と体を上に動かそうとした。

「う、ん……にゅ――へ?」

 琥珀色の瞳がねぼけ眼ながら見開いて、ちょうと顔を近づけていた僕とばっちり視線が合った。噛まれていた指が、ポロリと落ちる。

「ちょ、ちょっと何これ……え!? えええ!?」

「おう、おはよう……」

「なんでこれ、なんであんたがこんな――い、いやぁあ!」

「うわ!?」

 それはもう洗濯機に入れられたみたいに見事、視界が三、四回転。華麗に投げ飛ばされた僕は、受け身も取れずに硬い床に頭を打ち付け、昏倒した。

 

 

「いてて。あーもうなんか生傷だらけだ……」

 とまぁ、気絶していたのはたった数分だったんだけど、起こされるのにもやたら頬を叩かれたらしく、顔はじんじんと痛むし脳がまだ揺れてる感じがする。

「そりゃあ私にも非はあったけど……でもそれなら早めに起こしてくれれば良かったのに。本気で貞操奪われそうになってるのかと思ったじゃない。一瞬切り刻んでやろうかと刃物探したわ」

 ベッドで座っているシュカに睨まれながら聞いて、背筋が凍る。自分からはほとんど何もしてないのにもしかしたら今僕は肉片になってたかもしれないのか。

「それができてたら苦労しないって……大体、僕の力じゃシュカの腕、びくともしなかったし」

「何よ。女の子っぽくないって言いたいの」

「そんなこと言ってないだろ」

「言ってるわよ! ……暗に」

「言ってないって。十分シュカは女の子っぽいさ」

「ふ、え?」

 指の甘噛みとか。

 そうやって少し小首を傾げる仕草とか。

 色っぽい、というよりは『少女らしい』って感じだろう。

「飾らずにそういう仕草とか感情が出せるのは、普通に女の子だと思うけど」

「な、な――ッ!」

 僕は誉めたつもりだったがしかし、シュカは顔を赤くして、

「何たぶらかしてるのよ! べ、別にそんなの……大きなお世話、よっ!」

 足元に置いてあった、みるからに重そうな鞄を、勢いをつけて投げてきた。重い分、咄嗟に避けられた。

「うわぁ!? なにすんだ危ないだろ!」

「うるさい! 死ね死ね死んじゃえ~~~!」

 当たらなかったことに腹が立ったのか、さらにシュカは手あたり次第に物を投げつけてくる。

 時計、日記帳、枕、スリッパ!

「本気で危ないから! やめろって!」

「うるさい!」

 最後にブンッと投げられたのは、細い鎖の付いたアクセサリーのようなものだった。それが、予想以上に僕へと的確に飛んできて、

 スコーン! と、額の真中にぶつかった。結構硬いもので、めちゃくちゃ痛かった。

「何すんだこの!」

 その最後に飛んできたアクセサリーを拾い上げ、投げ返そうとした。

 しかしそこで、シュカがふいに顔を凍りつかせて、

「――待って!」

 投げてきたのは自分のくせに、僕の手を強引に取りアクセサリーを奪ってくる。

 そしてそれを自らの手の上に乗せると、きゅ、と大事そうに胸に抱えた。

「……ごめん、私、熱くなってた」

 いきなりしおらしくなったシュカに面くらって、額に物をぶつけられた怒りがどこかにぶっとんでしまった。

「大事なものなのか? それ」

「うん……」

 よく見れば、それはシルバーの写真入れだった。金属にはだいぶ光沢が失われていて、開閉部は錆が目立つ……特に高そうというわけでもなさそうだが。

「中は?」

「もう開かないの。四年前から」

 シュカは、その錆びた部分を見せてくる。見た目からすれば簡単に開きそうではない。

「こじ開ければ中身だけは取り出せそうだけど……」

 シュカは、顔を伏せてふるふると首を振る。

「中身じゃなくて、これ自体が私にとって大切なものなの。っていうか、もう私にとって価値あるものって、もうこれとそこのポシェットと、この家くらいなものなんだけどね」

 そう言うシュカの声は、とても寂しそうだった。

 

 それからしばらく経って。

 僕とシュカは、シュカの家から少し離れた、スラム街の中でも奥の方にある別の建物に来ていた。

 目的は一つ。

 僕を知り合いのリトルプレイヤーに紹介するため、だ。

 正直彼女らのような存在に、この目で見ることはそんなに無かったから、実際数も少ないんだろう……と思っていたが、シュカが知るだけで実はこのスラムにシュカを含め四人が居住しているらしいから驚きだ。世界は意外に狭い。

 ところが、だ。

 普通『紹介してもらえる』ってのは自分にとって良いことが基本なんだろうけれど……今の僕にとって、これは良い方にも悪い方にも捉えられるものだった。

「ほら、立ち止まってないでよ。さっさと奥に行って」

「あ、ああ……」

 迷惑そうな声で僕の背中を、シュカがグイと押してくる。

 が、そうは言っても進んで中に入りたいとは思わなかった。止まっているとどうせ蹴りでも飛んできそうだから、足だけは動かすが……。

 家屋内の、古ぼけた木造床にやや不愉快な軋む音を響かせながら、視界の先にあるドアを見て生唾を飲み込む。それは未だ知れないモノへの不安からだ。

 ミャーと言われていた子の事は知っている。事前にシュカに、この屋敷に三人のリトルプレイヤーが住まっていることを聞いていて、ミャーもその一員だと。知っていると言っても一度見た程度なのだけれど、僅かであっても何か情報があれば人は安心するものだ。『ミャー』は所謂、『外見型』に属するリトルプレイヤーだろう。動物に擬態したり肉体自体に改造を施したリトルプレイヤー。物理的な戦闘能力が高い者も多い半面、どんな能力か分かりやすい。その点、見た目だけで見れば僕の、ミャーに対する警戒は概ねそんなに高くないのだった。

 一方、残り二名に関してはまったくの無知。シュカからも、「どうせ会うんだから今言う必要無いでしょ」と一蹴されてしまったし。つまりはその二名は、僕の警戒度は紛争地域の前線に居る兵士並みに、高ぶっていた。

 汗で滑りを手に感じながら、ドアに到達してしまう。シュカがふところから鍵を取りだし、機械的にドアノブを捻る。心の準備をする暇もなく、部屋に入った。

 やたら緊張して足を踏み入れたそこは、禍々しい雰囲気を纏った闇の背景に、奥で高そうな椅子にふんぞり返った王みたいな奴が居る訳でも……いきなり攻撃が飛んでくるわけでもなく。ただの、そう本当に何の変哲もない、大広間だった。

 当然中も木造。しかも古い。その割に高さと広さだけは十分で、金持ちがちょっとした時に開く舞踏会なら問題なく開催できそうなほどのスペースを誇っている。シュカの家なんか、二つ三つ入れたところでまだ余るだろう。もっとも、あの家は『家』というより『小屋』と称する方が適正かもしれないけど。

「なによ。私の家はどうせ狭いわよ」

 横から睨みを利かせて言ったのはシュカだ。

「まだ何も言ってないんだけど」

「心の声が聞こえたわ。分かりやすい奴」

 そしてフンとそっぽを向いてしまう。なんだよ、機嫌悪いな。

 その荒げた口調のまま、何もない空中に響かせるようにシュカは口を開く。

「セトナ? 来たわよ、『扉』を開けて頂戴!」

「……とびら?」

 この空間に、僕らの入ってきた出入口はあれど、それ以外にどこかと繋がっている風はない。というかこの大広間、一面を囲まれていて、換気用らしい高所窓はあれど、小部屋みたいな……そんなものが何もない。テーブルや机などの備品が何もないにしても、これは若干不自然というか。それにここに三人が住んでいるとするなら……何かの生活感があっても良いもんだろうが、埃があちこちに目立ち、そして僕の足跡が床にくっきり残るのは、誰もここをほとんど訪れていないということを暗示している。

 呼びかけをしたシュカも不思議に思ったのか腕を組んで、

「おかしいわね……まさかここが破られてるわけないし……珍しく遠出でもしてるのかしら?」

 と言い、壁沿いにウロウロし始めた。

 手持ち無沙汰になった僕は僕で何もすることがないので、シュカとは反対方向にこれまたウロウロしようとした。すると、

「……なんだ、これ」

 目の前には何もない。にも関わらず、その虚空は、まるで池に小石を落とした時のような、もやもやとした波紋を描き、それはゆっくり、ゆっくりと大きく幅を広げていって――

「シュカぁああああああ~~~~!」

 ぶわ、と髪が一気に後ろに靡くほどの突風と共に、波紋の中から黄色い声。そして、呆然とする僕の鼻先三寸に現れた、なにか。

 その物体は、勢いよく……僕が「あ」と発する前に直進。等加速直線運動。避ける術は無し。

「どーんっっ!」

「ぅふぐっ!?」

 トラックがぶつかってきたような物凄い衝撃――ということはなく、声の正体の衝撃を僕は易々と受け止めた。それこそ、小さな子供がじゃれてぶつかってきた程度の強さ。日ごろ鍛えあげていた僕の身体は、びくともしない……ただ、とある『鍛えられない』場所に、運悪くその物体は飛びこんできたらしい。どことは言わない。言えない。

 衝撃が伝わってきた後に一瞬にして込み上げてくる、下半身からの臓を抉られる感覚。異性には絶対分からないあの場所に、甚大なダメージを食らうことになった。

「いたたたー。ちょっと力加減間違えちゃったっ」

 そんな僕をよそに、ぶつかってきた張本人(?)はそんなことをのたまっている……もちろんこっちはそれに恨みごとが言えるほどの状況じゃなかった。痛い。半端なく痛い。もしかしたら肩を銃で撃ち抜かれた時よりも痛いかも。

 そうして、体を「く」の字に曲げながら、痛みを堪えていると、

「はれれ? ……お兄ちゃん、誰?」

 と、物体は聞いてきた。うすら目を開けてみる。

 ――いきなり視界に飛びこんできた、太陽みたいな、金の髪。そして幼い顔。シュカよりもさらに二周りほど体躯は小さくて……何故か両手をバンザイしていても、やや屈んでいる僕の頭に手は届いていない。

 それになにより、頭に耳。

 ……どこかで見たような女の子。頭がうまく回らないせいで記憶を辿るのに時間がかかる。どこで見たんだっけ……。

「にゅ? どうしたの? ……も、もしかして痛い、の……?」

「い、いや――っつ」

 心配そうな顔で、金髪の女の子が顔を覗き込んでくる。痛くないわけがない。額からは脂汗が滲んでいるのが自分で分かるほどだ。

 ガクリと膝をつく。これで少しはマシになるかも。

 でも、そんな僕を見て少女はぐす、と漏らし始めた。

「痛い? 痛いの? ふ、ふぇ……ごめんなさぁあい……」

 泣きだしてしまった。ぽろぽろぽろぽろ、真珠みたいな大粒が頬を垂れて、床についている僕の手にぽとりと落ちる。

 泣かないでくれよ、僕だって泣きたいほど痛いんだぞ……。

「あーあーもう……何やってるのよ」

 スタスタと足音を立てて、傍目に見ていたのかシュカの声。

「男がこれくらいで痛がっててどうするの? まったく、それでも私達の敵のつもりだったのかしら。騎士団が聞いてあきれるわね」

 フフンと人をあざ笑うかのよう。ちくしょうむかつく、男にしか分からん痛みってもんがあるんだよ。

 顔を上げて文句を言おうとした。すると、シュカにポンポン、と背中を叩かれる。

「……? なんだよ、……ってあれ?」

「楽になったでしょ?」

「あ、ああ」

 片手で抱えていた下腹の痛みがすっと、最初からなかったかのように消えてしまった。

「くだらないことに力を使わせないでよね。対価を払うのは私なんだし」

「チカラ?」

 シュカの、リトルプレイヤーとして持つ能力は、時間を一瞬だけ止めたり切り取ったりするものだったはず……。

 呆ける僕に向かって、シュカは面倒そうに、

「瞬間(フレーム)切断(カッター)は、時間だけじゃなくてその時間軸にある存在概念そのものを切り取るから。あんたがミャーに突っ込まれた時間そのものを切り取ったってこと。分かるでしょ」

「ふーん……」

 なるほど、そんな使い方ができれば便利だ。戦闘になったら、さぞかし活躍するに違いない。

「ま、『対価』があるから何十分も遡るのは無理だけどね――さ、ミャーも泣いてないで。もうこいつは大丈夫だから」

「う、うん……。あっ、おかえりなさいなの。シュカ」

「うん、ただいま」

 ニッコリと微笑んで少女の頭を撫でるシュカ。少女もそれを受け入れている。

 そうだ、この子がミャーか……。

 僕が前に見た、先輩騎士に襲われていたあの女の子だ。

 トレードマークの、虎のような耳。黄色と茶色の縞模様の尻尾。シュカに撫でられるのと同期して、耳は閉じたり開いたり、尻尾は左右にゆっくりと揺れていた。

「そうそう、ミャー……セトナはどうしたの? 姿が見えないようだけれど」

「うーん……おかーさん、わたしより先に行っちゃったけどー」

「ふぅん? 変ねぇ」

 二人から蚊帳の外に置かれた僕は、再びこの部屋をぶらぶらしようとする。と、

「ふふっ」

「…………!?」

 むにゅ、と背中がとても柔らかいものに包まれる。マシュマロ、プリン……そう形容すべきものにいつのまにか、背後を取られていた。

 そして、耳元に囁き。

「ねぇ、君は誰かしらぁ……? とっても格好よくて、私の好みなんだけど……」

「えっ、えっ」

 おそるおそる、首を後ろへ向けてみる。真っ白の、陶磁器のような二つの谷間がチラと見えて、思わずまた前を向いた。すると、その声の人物は僕の肩に手を置いてしなだれかかり、妖艶な声色でまさに誘ってくるように、

「もしかして……シュカの彼氏、とかかしら? あの子も大人になったのね……」

「い、いや僕は別にそんなっ」

「違うの? それなら……私、君のこと食べちゃおうかな~」

「そ、それは――」

「セトナぁ~! もう、何やってるの!」

 べり、と背後にくっついていた何かが剥がされた。剥がしたのはシュカだ。

「なによぉ。シュカが呼んだから忙しくしてたのをわざわざ気配を消してやってきたのにぃ。ぷぅ、もうお姉さん怒った。この男の子、私にちょうだい!」

 ぎゅっ、ともう一度抱きつかれる。

「だ、ダメ!」

「ぐは」

 横から強烈な力で突き飛ばされて、床に転がされた。僕の扱い、本当に怪我人として見做されてるんだろうか……いや、だいぶ治ったけどさ……肩。

「だ、大丈夫……? お兄ちゃん……」

「ん? ああ、ミャーちゃんだっけ。大丈夫、シュカにはもうどつかれ慣れてるし……」

 言いながら立ち上がる。シュカと、セトナと呼ばれた女性はまだ何か言いあっていた。

「こ、こいつは私の! 私のモノなんだから!」

「あら? なら本人に聞いてみましょうか?」

「いいわ……フラウ! ちょっとこっち来なさい!」

 突き飛ばしたの君なんだけど。

 渋々、二人の元へ。

「さぁ、答えなさい! あんたは私のとこに住んでるんだから、私のモノよね!?」

「いや別に……ぎゅっ!」

「何ですって……?」

 く、首を絞めるな……!

「わ、分かった分かった! 所有物でいいから、ぐ、首を……」

 解放。身体が空気を一気に求めて噎せた。

「ほら! 言ったでしょ?」

「うふふ……もう、なら仕方ないわね~。シュカのお婿さんらしいし……今回は勘弁してあげる」

「だ、誰が! こいつを婿なんかに!」

「あら違うの? それだったら私が……」

「ダメって言ってるでしょ!」

 きゅ。

 シュカさん、首が……首が絞まってます……。

 


 
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