No.325805

ゆりんゆりん

春香刻冬さん

なんとなく

2011-10-29 15:17:06 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:706   閲覧ユーザー数:706

 寒い寒い、とある秋の日の、放課後。

 昨日今日とあった文化祭は、それなりに盛り上がり、その幕を閉じた。

 そして、今日は「準備・運営と疲れているだろう」という学校側の配慮により、生徒はある程度の片付けをしたのち解散。残りは週明けに、ということになっていた。

 そして、学校側の言うとおり、あたしたちは確かに疲れていて、今この教室にいるのはあたしと、小学校からずっとクラスメイトの美希だけ。

美希(みき)、用事ってなに?」

 片付けが終わって、ショートホームルームの後、私は彼女に「用事があるから残っていてほしい」と言われていた。

 正直あたしはクラスの企画に加えて、運動部対抗リレーに出たり、自慢じゃないけど他の企画にも引っ張りだこだったので、出来れば早く帰って泥のように眠りたいんだけど・・・・・・ただ、美希の様子も、なんというか・・・・・・普通じゃなかった。

 なにかを言いかけては、止まる。そんな感じ。でも、いつもの「何かを誤魔化すときの美希」とはまたどこか違っていて、あたし自身も急かすことは躊躇われていた。

「・・・・・・・・・」

 美希は、西側の窓際に立っていて、しかもあたしには背を向けているから、表情は見えない。

 と、美希が窓を開いた。途端に、秋の肌寒い、でもどこか清々しい風が入ってくる。

 校庭の銀杏の香りに混じって、微かに、美希の付けている香水の匂いがした。ほんのりと甘い、しつこさを感じさせない、美希のお気に入りの香水。フレッシュストロベリー、だったかな。

 あたしは、その名前を思い出すと同時に、その香水は美希が何か大事なことをする前に、必ず付ける香水だったことを思い出す。

 やっぱり、美希がいつもと様子が違うのは、あたしに何かとっても大事なことを話すと、決めていたからだったんだ。

 あたしがそう考えていると、唐突に美希がこちらを振り返って、言った。

志保(しほ)・・・・・・」

 美希の目には、大粒の涙が溜まっていた。頬は、紅く紅葉した木の葉より、朱に染まっていた。

「私は、ずっと・・・ずっと前から、あなたのことが・・・・・・好きでした・・・・・・」

 美希の目は、まっすぐにあたしを見ていた。

 あたしの目は、美希から外すことが出来なかった。

 美希の告白は、あたしの動きを、止めた。

「やっと、言え・・・た・・・・・・いままでずっと・・・・・・ずっと、気持ち、抑え込んでた・・・けど、」

 彼女の膝が崩れ、床に座り込む。あたしは、条件反射で彼女の元に駆け寄っていた。

「美希・・・・・・」

「抑えてたけど・・・抑え、るほどに、気持ちが・・・ふくらんで・・・・・・でも、やっと伝え・・・られた・・・・・・」

 美希は目から大粒の涙を零しながら、あたしを見つめて、そして笑った。その笑顔を、あたしは愛おしいと思った。

 でも、あたしは迷う。今ここで、彼女の告白に返事をするのは簡単だ。イエスかノーか、ただそれを伝えればいい。

 でも、それが難しかった。テストの問題よりも、部活の自己ベスト更新よりも、難しかった。

 何も言えないままでいたあたしの頬に、美希の手がそっと触れた。

「志保・・・・・・別に、良いの・・・・・・。私は気持ちを伝えることができて、それで良かった・・・・・・。あなたは凄く困惑してるでしょうね・・・・・・。ごめんなさい」

 美希が手を離す。

「だから、あなたは別に気にしないで。断ってくれて良い。軽蔑してくれても良い。だって、私たちは女の子同士・・・・・・仕方ないわ・・・・・・」

 そんなことを言いながらも、美希は微笑んでいた。微笑んでいてくれた。まるで、あたしを安心させてくれるかのように。

 そして、あたしにとっては、それがあたしの答えを出すトリガーだった。

「・・・・・・!」

 美希が驚いているのが、お互いの胸を通して伝わる。腕の中の美希は、暖かかった。

 少しして、美希がおずおずと、彼女の腕をあたしの背中に回してくる。好きなひとと抱き合うっていうのは、こんなにも暖かいことなんだと、あたしは初めて知った。

「美希のばか・・・・・・あたしだって、ずっと・・・ずぅっと、あんたのこと、好きだったんだから」

 いつわりのない、ほんとうの言葉。

 美希の体のこわばりが、まるで春の陽射しで雪が溶けるように、解けていく。

 美希の柔らかい肌を、あたしは両腕で、胸で、全身で感じる。

「ばかって、ひどいんだから・・・・・・」

 抱き合っていて美希の表情は分からなかったけど、あたしには分かっていた。きっと、美希は笑っている。

 これから、あたしたちは一体どうなっていくのか、どうするべきなのか。全然想像付かなかったけど、それでも今はただ、彼女の温もりを感じていたかった。だから、あたしは両腕の力を強める。壊れないように、でも、放さないように。


 
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