No.321579

Just Walk In The ----- Prologue・3

ども、峠崎ジョージです。
投稿71作品目になりました。
能力者SF序章の続きです。
意見感想その他諸々、一言だけでもコメントして下さると、そのついでに支援ボタンなんかポチッとして下さるとテンションあがって執筆スピード上がるかもです。
では、本編をどぞ。

2011-10-21 06:12:56 投稿 / 全17ページ    総閲覧数:5818   閲覧ユーザー数:5100

「『マリア』さんに『雷電』さん、ですか……?」

 

「はい。驚きました?」

 

「ははっ、良い顔してたぜぇ、戦国!!」

 

たおやかに微笑みながら申し訳なさそうにこっちの顔色を窺ってくる『マリア』さんこと鞠原晶(まりはらあきら)さんと、悪戯の成功した子供のように嬉しそうに笑いながらサムズアップしてみせる『雷電』さんこと稲村光(いなむらひかる)さん。

そんな二人を目の前にして、僕は完全に硬直していた。まさか丈二さん以外の『あのラウンジ』の住人に、こうも早く会えるなんで予想だにしていなかったし、やっぱりいざ本人を目の前にすると色々と混乱してしまうというか、何というか。

 

「済みませんね。光くんが『どうせなら驚かせてやろう』って言い出して、私も面白そうだと思ってしまったもので、つい」

 

「あ、いや、別に怒っている訳じゃなくて、ちょっと吃驚し過ぎただけで」

 

「どうせなら記憶に残る方が名前も覚えやすいだろ? それに、俺達のHNからも割と想像しやすいと思うしな」

 

鞠原晶で『マリア』。稲村光で『雷電』。

『マリア』さんの方は何となく音とイメージで決めたんだろうな、って想像がつくけど、

 

「えっと、『雷電』って、何処からきてるんですか?」

 

「ありゃ、解んない? まぁ、確かに若干捻ってはいるんだけどさ。旦那、何か書くものある?」

 

「レジの所にメモ帳がある。好きに使え」

 

胃袋を刺激する香りを撒き散らすフライパンから目を離さず答える丈二さんに、『雷電』さんはレジの方へと向かって行って、

 

「ん~っと……ほれ、俺の名前ってこう書くのな。で、『稲』って字と『光』って字があるだろ?」

 

「はい」

 

「で、この二つを繋げると『稲光』って単語になる訳。で、『稲光』ってのは、所謂『雷』のことなのね」

 

「あ、じゃあ」

 

「そ。雷繋がりって事で『雷電』。Do you understand?」

 

何処かしたり顔な『雷電』さんに、しかし僕は何度も首肯を繰り返してしまう。こういう連想ゲーム染みた事が出来るのは、日本語以外にそうないと思う。

 

「……あれ、戦国?」

 

数の数え方一つとってもそうだ。英語だとOne・Two・Three・Fourしかないのに、日本は一・二・三・四、ひい・ふう・みい・よお、一つ・二つ・三つ・四つ、一人・二人・三人・四人、数え切れないくらいの単位が存在する。

 

「お~い、シカトですか~?」

 

呼称だってその一つだ。英語じゃ誰だろうとIとYouしかないのに、Iなら『僕』『俺』『私』『自分』、Youなら『あなた』『お前』『貴様』『お主』。しかもそれだけである程度、お互いの力関係まで解ってしまう、そんな言語が他にあるだろうか?

 

「……無視は流石に傷つくよ、戦国くん?」

 

川柳や落語のような言葉遊びだって、他の言語じゃそうそう聞かない。ぱっと思いつくだけでこんなに多くの同意語が出てくる、これだから日本語は面白いんだっ!!

 

「……ごめん、悪かった。さっきの事は謝るからこっち向いてお願いだからっ!!」

 

やっぱり日本に来てよかったっ!! 餅は餅屋、日本語は日本人っ!! 僕にはまだまだ、学ぶべきものが沢山あるっ!!

 

「…………」

 

「あらら……えっと、戦国くん?」

 

「―――あ、は、はい、何でしょう、マリア』さん?」

 

軽く肩を叩く手に我に返り振り返ると、『マリア』さんの端正な顔が物凄い至近距離にある事に気付いた。

しどろもどろになりながらも尋ね返すと、『マリア』さんは何処か気まずそうに足元を指差していて、その指し示す先を視線で追うと、

 

「ごめんなさいホントにごめんなさいほんの出来心だったんです軽いジョークの積もりだったんです許して下さいお願いします」

 

「あ、あれ? 『雷電』さん? どうしたんですか、大丈夫ですか?」

 

完全にorz状態でうなだれている『雷電』さんが、ぶつぶつと聞き取り辛い音量でさながら呪詛のような何かをひたすら呟き続けていた。

 

 

 

 

…………

 

 

 

……………………

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

「酷いよ戦国ぅ……『無視』なんて最強最悪のボケ殺しに出られたら、俺、何にも言えないじゃんか」

 

「済みませんでした……僕、どうも一度自分の世界に入ってしまうと、周囲が見えなくなってしまうみたいって」

 

数分後。重ね重ねの励ましにより、何とか会話まではこぎつけたものの未だにいじけたままの光に必死に機嫌を直してもらおうと謝罪を繰り返す国士の姿があった。

 

「『みたい』って、自覚がないんですかね?」

 

「自分の事は自分が一番よく知ってる、なんていう奴もいるが、他人の方がよく知ってる事もある。癖なんかは特にな」

 

そこから幾つかの席を挟んで、カウンター越しに会話する厨房の丈二と客席の晶。

 

「それはありますね。箸の使い方なんか、他人のを見てると気になったりしますし」

 

「あぁ。握ってるようにしか見えなかったり、明らかに使いにくそうだったり、妙な持ち方する奴が偶にいるな」

 

「マナーなんかも気になりますね。刺し箸、探り箸、舐り箸なんかは普段からもよく見ますし」

 

「お前ほど育ちが良けりゃあ無理もねぇだろうな。俺はそこまで気にする方じゃないが、まぁ行儀よく食ってくれと思う時はあるな。部活帰りの学生なんかは特に」

 

「あぁ、友達と談笑に耽りたくなるのは解りますけど、ちょっと声の音量を落として欲しくなりますよね」

 

「まぁ、お前が来ると一気に静かになるけどな、アイツ等」

 

「あはは……それは、ちょっと複雑な気分ですけど」

 

話しながらも丈二の視線はフライパンから離れず、仄かなバターとニンニクの香りがより空腹を増進させる。そして、対する晶もまたその凛とした姿勢を崩さず、苦笑いさえも口元に手を当て微かに首を傾げて、

 

「……相変わらず絵になるなぁ、この二人」

 

「ですね」

 

何時の間にやら立ち直っていた光の言葉に国士もまた同意する。

 

「なんつーかさ、周囲の空間から切り離されて見えるよな。こんな感じでさ」

 

光は若干身体を仰け反らせて距離をとると、両手の親指と人差し指で長方形を作り、絵描きやカメラマンが画のイメージや構成を考えるようなあの仕草で二人の姿を切り取ってみる。国士もそれに倣いやってみると、確かに一枚の絵画にすら思えてきて、

 

「……美女と野獣?」

 

「ぶっ!!くっ、くくっ、戦国、それぴったり過ぎ……」

 

丈二さんには失礼だと思うけれど、ふとそんな、世界に名だたる有名タイトルが浮かんでしまう。思わず口にしてから『しまった』と思ったけれど、幸い二人には聞こえてなかったらしい。

が、当然ながら隣にいる光に聞こえない筈もなく、つぼに入ったのか思いっきり噴き出しては、腹を抱えて必死に笑いを堪えようとしており、

 

「ひ~っ、ひ~っ、ふぅ、ふぅ……あ゛~笑った。しかしまぁ、やっぱりお前もそう思うよな」

 

「はい?」

 

「『マリア』さんの事だよ。美女って、あの人の事だろ?」

 

「あ、えと、その……はい。『マリア』さん、髪も凄く綺麗だし、身体つきも華奢なのに背も高いし、物腰も柔らかくてこう、古き良き奥ゆかしさと言いますか、大和撫子ってこういう人の事を言うんだろうなぁって」

 

仄かに頬を紅潮させる国士。厳つい印象を受ける名前ではあるが、彼はどちらかと言うと端正というよりは童顔寄りの顔つきである。こうして光のからかいにも真面目に答えてしまう当たり、彼の人柄もある程度窺えるだろう。照れ臭そうに微笑むその顔は、見る者が見ればこの上なく保護欲を掻き立てられるに違いない。

が、しかし、そんな彼に対して光は何処か苦笑気味にこう返した。

 

「やっぱお前もか。『マリア』さんと初対面の奴は大体同じ反応するんだよなぁ……ま、無理もないか。同性の俺から見ても、超がつくほど美人だと思うし」

 

「ですよねぇ―――へ?」

 

……あれ、何か今、聞き捨てならない単語が聞こえたような?

 

「あの、『雷電』さん?」

 

「ん?」

 

「今、何て仰いました?」

 

「美人だと思うし」

 

「その前です」

 

「『マリア』さんと初対面の奴は―――」

 

「そんな定番のボケは要りませんから」

 

「んだよ、ノリ悪いなぁ……友達できねえぞ?」

 

唇を尖らせて抗議する光に国士は真顔で尋ねる。

 

「今、『同性の俺でも』って……」

 

「うん、そう。『マリア』さんは俺達と同じ、歴としたO・TO・KO。男性、オス、male。OK?」

 

「え、ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?!?」

 

「っ!? ど、どうかしましたか、戦国くん?」

 

「……何だ、『雷電』にある事ない事吹き込まれたか?」

 

流石の大声に二人が視線を向ける。晶は驚きながらも心配そうに、丈二は何処か呆れの混じった嘆息と共に。

 

「ちょっ、旦那!! 事ある毎に俺のせいにしないでくんない!?」

 

「どの口がほざきやがる、この快楽主義者。自分が楽しむ為なら平然と嘘っ八抜かしやがる癖によ」

 

「……へ、嘘?」

 

再度、目を点にして驚愕を占める国士に丈二は続ける。

 

「あぁ。コイツ、自由闊達甚だしい奴でな、少しでも興味が沸いたら何でも首突っ込みやがるし、その上、熱しやすく冷めやすいなんて厄介な(さが)してんだよ。典型的な退屈嫌いで、法螺吹きなんかの悪戯は日常茶飯事。まぁあくまで冗談レベルで、狼少年みてえに取り返しのつかねえような嘘だけは吐かねえけどな」

 

「一度っきりの人生なんすよ? 楽しまなきゃ損じゃないっすか。まぁ取り敢えずそんな訳で、そこんとこ含めて宜しくな、戦国」

 

「あ、はい、こちらこそ宜しくお願いします」

 

差し出された右手を握り返す。確かにこうして笑っている顔は、何処か未だ子供っぽさの抜けきらない好青年のようだ。茶目っけがあるととれなくもないし、何よりこうしてリアルで対面したこその多少の驚きはあったものの、悪い人ではない事はネットのラウンジでのやりとりでよく知っている。

 

「あ、それじゃあやっぱりさっきのも嘘だったんですね……吃驚したぁ」

 

「はい? 何を言われたんですか?」

 

小首を傾げながら訪ねてくる『マリア』さん。こんなふとした仕草も可憐で、陳腐かもしれないけど、本当に綺麗な人だと思う。

 

「いえ、さっき『雷電』さんが『マリア』さんの事を『男だ』なんて言ってて、それを真に受けちゃいまして」

 

「……あ~いや、戦国。それは別に嘘じゃなくて―――」

 

「そんな訳ないですよね。よくよく考えてみれば、こんなに綺麗な人が男な訳がないですよね」

 

「いや、だからな戦国、何か話の流れ的にもお前がそう思っちまうのは無理もないんだけどさ、その話は―――」

 

「御免なさい、失礼な事を考えてしまいまして。最近の日本の俗語には『男の娘』なんて言葉もあるって聞いてたので、ひょっとしたらそうなのかなぁ、なんて」

 

「うわっ、馬鹿野郎!! それは『マリア』さんには禁k―――」

 

 

 

 

 

 

―――――今、何テ言いマしタカ、戦国クン?

 

 

 

 

 

 

突如、室内の気温が急激に下がったかのような錯覚に見舞われた。

蛇に睨まれた蛙、そんな表現が実にしっくりくる本能的な危険を感じ取った身体は、動くと言う行為を忘れたかのように微動だにせず、しかし断続的に続く痙攣のような震えは決しておさまる気配を見せない。

早い話、怖くて堪らないのだ。目の前で豹変した、『マリア』さんだった人が。

 

「負、負不腐っ……そうデすカ。『男の娘』でスカ。そレハつマり、私は女装癖ノ変態ダと、そウイウ事でスか」

 

「あ、え、あ、いや、その、えと、」

 

ゆらりと立ち上がる様は逢う魔が時の枝垂(しだ)れ柳か。俯いているが故に表情は完全に読めず、しかしそれが却って恐怖心を駆り立てる。

 

「私だッテね、好キデこンな顔に生マレテきた訳デも、こンナ風に育ッタ訳でモナいンでスヨ? そレナのニ、皆シテ私の事ヲ『オカマ』だノ『ニューハーフ』ダの『新宿2丁目が生息地』ダノ……」

 

「ま、『マリア』さん? 僕、何か不味い事でも、」

 

「言ったからこうなってんだよ!! ったく、こんな事になるなら最初から忠告しとくんだったぜこんちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

「可笑シいですか可笑シイですヨね自分デも解ッてまスヨそレクらイ笑いナサいよ笑えバイいジゃなイでスカホら笑イなサイよAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!!」

 

「「ご、御免なさいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」」

 

ただただ、その豹変に驚愕と畏怖の様を見せる他なかった。自然と後ずさる両足は周囲の椅子や木卓を巻き込みながら店舗の隅へと身体を運び、引けて震えるのみの腰は『身体を支える』という本来の役割を全く果たそうとしない。喉は渇き、呼吸は乱れ、二人は互いの身体を縋るように寄せ合う事で必死に畏怖を脳内から排除しようと試みるものの、噛みつく気概すら失った窮鼠を待ち受けるのは捕食者の腹の中に収まるという運命のみ。

だが、

 

 

 

―――――その辺にしとけ、『マリア』。

 

灯台もと暗し。救世主はすぐ近くにいた。

 

 

 

コンッ

 

「はきゅっ―――はっ! 私は、一体……?」

 

「丈二さん……」

 

「旦那……」

 

貧しき時に恵まれたパンの味を人は忘れないと言うが、きっとこういう事を差すのだろうと、窮鼠な二人は思った。

何時の間にか、自分達に影を落とす程に近づいていた丈二さんの、ドアをノックするような軽い裏拳に後頭部を叩かれたと同時、『マリア』さんを包みこんでいたどす黒いオーラは霧散し、我を取り戻したのかしきりに首を傾げていた。その様もまた実に(ry

 

「メシ、出来たぞ。『マリア』、運ぶの手伝え」

 

「あ、はいっ、解りました」

 

「お前らも、そんな隅っこで抱きあってないで、滅茶苦茶にした店内を元に戻せ。さっさとしねえと、お前らの分、抜くぞ」

 

「「は、はいっ!!」」

 

応答するや否や立ち上がり、直ぐに直しにかかる二人。丈二はその背中を苦笑と共に見送り、

 

「……あれ、丈二さん?」

 

「ん? 何だ、『マリア』」

 

「私達も食べていいんですか? お二人の昼食ですよね?」

 

「別に構わん。食いたくないなら、話は別だがな」

 

「あ、いえ、そういう事では……頂けるんでしたら有難く、御相伴に預からせてもらいます」

 

「ん」

 

そう短く答えて、二人は厨房へと入って行った。

 

 

 

 

…………

 

 

 

……………………

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

「―――で、本人は自分の外見の事を大変気にしてらっしゃると、こういう訳だ」

 

「そういう事だったんですか……」

 

いそいそと倒してしまった椅子やら木卓やらを直しながら『雷電』さんが教えてくれた事を端的に纏めるとこういう事らしい。

1、『マリア』さんはMA・JI・DE、男。紛れもない日本男児である事。

2、自分の男らしからぬ外見を気にしており、『そういう類の発言』をかましたが最期、真っ黒な『魔裏悪』さんが御降臨なされる事。

それはつまり、

 

「僕って事ですよね……あんなに怒らせちゃったのって」

 

「あ~……うん、まぁ、な」

 

気まずそうに肯定する光。無理もないだろう、ここで強く否定した所で、その問いの答えは単純明快一目瞭然天網恢恢―――――は若干違うが、その原因の一旦は自分にもある訳で。

 

「取り敢えず、後で謝っとこうぜ。俺もちょっと調子乗る過ぎたと思うし。で、次から気をつけるって事で」

 

「そうですね。……でも、」

 

「ん? まだ何か、解らない事、あんのか?」

 

ふと、手を止めてしまう。思い浮かんだ疑問は、考えれば至極当然のものと言っていいだろう。

 

「―――だったら、どうして『あのまま』なんでしょう?」

 

顔立ちこそ変えるのは容易ではないものの、仕草や物腰は努力次第でどうにでもなるし、髪を切るだけでも印象はかなり変わる。少なからず、出来る事はあるはずなのだ。

だが、

 

「さぁな。それは俺も知らねえ。……けどな、『戦国』」

 

「はい?」

 

 

 

―――――『その事』も、『マリア』さんには聞くなよ。

 

 

 

先程までとは一転し、飄々とした青年の面影は潜めていた。その言葉には確かな重みがあるように思えて、国士は何も言えなくなってしまう。

 

「人に歴史あり、だ。話さないなりの理由があるんだろうさ。お前だって、触れられたくない事の一つや二つ、あるだろ?」

 

「……はい」

 

「だったら、本人が話してくれるまで待ちな。そういうもんだろ、こういうのはさ」

 

「……そう、ですね」

 

「おしっ、これでこの話題は終わりな。さっさと終わらせようぜ。さっきからず~っといい匂い嗅がされっ放しで、俺のエンプティーランプは大絶賛点滅中だよ」

 

「あははっ、そうですね。僕もお昼まだなんで、お腹空きました」

 

打ち切りと言わんばかりに、作業に没頭し始める光。その背中に彼の『本当の顔』を垣間見た気がして、ほんの少し距離が縮まったような、そんな気がした国士だった。

 

 

 

 

…………

 

 

 

……………………

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

「わぁ…………」

 

数分後、戦部国士の双眸は爛々と輝いていた。それは新しい玩具を与えられた子供のようにも、絶好の獲物を視界に捉えた肉食獣のようにも見えた。否、『ような』という表現は不必要だった。何故ならば、

 

「丁度、さっき貰って来た中にサクラマスがあったのを思い出してな。確か好物だったろう、サーモンのムニエルは」

 

「はいっ!! 頂きます!!」

 

目の前に鎮座する盆の上、白米味噌汁の黄金コンビと共に並ぶは脂の乗った肉厚の橙。真白の薄い衣を纏い、狐色の焦げ目が彩るその艶姿の何と美しい事か。意気揚々と箸を差し込むと同時、パリッと小気味良い音を立てて身が解れ、微かな照りと湯気を漂わせる。そのままそっと摘み上げ、ゆっくりと口に運んで、

 

「っ~~~~♪」

 

固過ぎず、しかし柔らか過ぎず、絶妙な噛み応えを生み出す焼き加減。ほろりと崩れ、咀嚼の度、溢れだす香りと旨味。若干、濃過ぎるのではないかと思っていたバターとニンニクは、仄かに残るレモンが後味を洗い流すように爽やかに変える。

美味い。それ以外の言葉を、彼の語彙から見つけ出す事は出来なかった。

 

「相変わらず美味いなぁ、旦那のメシ。またニンニクの香りが堪らんね」

 

「刻んだ行者ニンニクを練り込んだバターで焼いてるからな。量は抑えてあるからそこまで強くはないはずだが、どうしても口臭が気になるなら食後にそれも食っておけ。消臭効果がある」

 

丈二の視線の先、皿の上には綺麗に剥かれたリンゴが並んでいた。

 

「へぇ、リンゴにそんな効果が……あ、そだ。旦那」

 

「何だ?」

 

「前々から気になってた事があんだけどさ、これってサクラ『マス』なんすよね?」

 

「ああ、そうだが」

 

「でもさ、サーモンって『サケ』の事だよな、『戦国』」

 

「そうですね」

 

「んじゃさ、『サケ』と『マス』って、何が違うんかね?」

 

「「……あ~」」

 

光が漏らした疑問に、国士と晶は揃って声を上げた。

 

「確かにそうですね。何が違うんでしょう?」

 

「味も見た目も、殆ど遜色ありませんし」

 

「どこまでが『サケ』で、どこからが『マス』なのか、はっきりとした境界線? みたいなもんがあるんかね?」

 

「「「う~ん……」」」

 

箸を止め、首を捻って暫し黙考する三人。そんな中、

 

「『サケ』と『マス』そのものに、殆ど違いはないぞ」

 

沈黙を破ったのは、一人食べ進めていた丈二だった。

 

「知ってるんですか、丈二さん?」

 

「『サケ』ってのはサケ科あるいはサケ属に含まれる魚の総称で、日本でいうと『シロザケ』って魚の事を指す事が多い。日本で獲れるサケの殆どがコイツだからな。で、『マス』って呼ばれるのは地域や状況で変わってくるんだが、こいつも結局はサケ科の魚だ」

 

「へ? そうなんですか?」

 

「ああ。結局、呼び名が違うってだけで、『~マス』って呼ばれてんのも全部『サケ』なんだよ。呼び名が別れた理由は諸説あるが、昔の人間が自分達ににとって一番重要な魚をサケ、それ以外の利用価値が少し落ちるものをマスと呼び分けた、とでも思っておけばいい。ちなみに英語だと、海に行く魚がサケでSalmon(サーモン)、行かないのがマスでTrout(トラウト)って分け方をしてるらしい」

 

「へぇ、知らなかった」

 

「こんなん、ネットで調べりゃ直ぐに出てくるぞ? 少しは自分で調べてみろ」

 

「あ~い、すんませ~ん」

 

「あはは……あ、そうだ。丈二さん、これ、『今日の日替わり』にしちゃいませんか?」

 

「あぁ……悪くないな。考える手間も省ける。とすると、付け合わせは味噌汁よりもヴィシソワーズの方がいいか」

 

「いいですね……あれ? でも、確かあれって洋風ネギを使いましたよね? 直ぐに用意できます?」

 

「要らん、玉ねぎで代用できるからな。そうと決まれば、とっとと食って仕込みに入るか」

 

晶の提案にそう返すや否や、丈二は残りを一気に掻き込み始めた。ものの数分で平らげたかと思うと、直ぐに前掛けを着け直し、再び厨房へと入って行く。

 

「今日、開店するんですか? 表には『閉店』の札がかかってましたけど」

 

「あぁ、『戦国』は知らないんだったな。この『ごりら食堂』な、基本的にはメシ時しか営業してないんだよ」

 

「昼は10時から午後の2時まで。夜は5時から10時半まで。ラストオーダーはその30分前までですから、覚えておいて下さいね」

 

早速、先輩二人からのレクチャーが入り、暫くは業務内容についての説明が続いた。と言っても、さして難しくはないらしい。注文の確認、調理の手伝い、料理の運搬、会計や洗い物、そして店内の掃除と、大まかにこの6つに分けられ、その日その時に応じて臨機応変に、との事。

 

「細かく決めてないんですか? 今日は誰が何をする、とか」

 

「そうだな、特には決めてない。こう言っちゃ何だが、そこまで広い店じゃないからな、やる事も限られてんのよ」

 

「それに、ですね……大体の事は、丈二さんが自分でやっちゃうんですよ」

 

「あ~」

 

『マリア』さんの苦笑交じりの答えに、物凄く納得した。

 

「バイト雇う必要ないんじゃないかってくらい、手際いいんですよね。そもそも、私が来る前はずっと一人で切り盛りしてた訳ですし」

 

「特に厨房は旦那の独壇場だな。手出し無用っつうか、出す隙が一切無い。偶に手伝ってもキャベツの千切りだったり、下拵えだったり、味噌汁掻き回たりくらい。調理という調理は全部、旦那が自分でやってる」

 

「はぁ……凄いですね」

 

三人揃って視線を向けるは、厨房の中の大きな背中。どうやら既に皮を剥いたジャガイモをイチョウ切りにして水に漬け、熱した鍋で玉ねぎを炒め始めているらしい。

 

「さて、私も早く食べて手伝わないと」

 

そう言って晶もまた、残りを片付けようと急ぎ始めた。それでも決して『行儀が悪い』という印象を受けない辺り、彼の育ちの良さが窺え益々評価が高くなる一方で、先刻の疑問が再び脳内で膨らみ始めて、

 

(―――っと、いけないいけない。余計な詮索は後回しにして、僕も急がないと)

 

妙な憶測ばかりが飛び交う思考回路を、かぶりを振る事で強制的にシャットダウンし、国士もまた残りを片付けてしまおうと箸を急がせる。本当の所、もう少しゆっくりと味わっていたかったが、雇い主や先輩が既に仕事を始めようと急いでいるのに新参者の自分が余裕をかましている訳にもいかない。

と、ふと気付く事が一つ。

 

「……あれ?『雷電』さん、急がなくていいんですか?」

 

丈二が既に厨房に入り、晶もそれを手伝おうと急ぐ中、光は一人、あくまでゆっくりと食べ進めていた。

 

「ん? ……あぁ、俺はこの後、旦那達とは別の仕事があるから」

 

「別の仕事、ですか?」

 

「そ。ずず~っ……はぁ、味噌汁美味ぇ」

 

そんな調子で10分ほどが経過。国士もマイペースを崩さない光に釣られてほぼ同時に完食すると、汚れた食器を流しに下げて、

 

「んじゃ旦那、いつもの店でいいんすよね?」

 

「あぁ、頼む。これがリストだ」

 

丈二が差し出したメモ帳の切れ端を受け取ると、光は店の入口へ向かおうとして、

 

「―――そだ。『戦国』もついて来るか?」

 

「へ? 僕も、ですか?」

 

突如立ち止まり、振り向きざまにそう言った。

 

「俺一人じゃ手が足りないかもしんないし、この店でバイトすんなら知っといて損はねえ。それに、今日この町に来たばっかなんだろ? 軽く案内くらいはしてやれると思うぞ。どうする?」

 

 

 

 

…………

 

 

 

……………………

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

『仕事っつっても簡単でな、メシの材料を受け取りに行くんだよ』

 

『旦那は開店時間が近くなると仕込みで忙しくなるだろ? で、旦那が予め注文したのを、俺が代わりに取りに行くって訳』

 

『日によっては物凄い量になる事もあってさ。ほら、肉とか野菜って結構かさばるだろ? 下手すると台車何台も使って店に戻るなんて事も有り得んのよ』

 

『旦那も出来るだけ自分でって思ってるらしいんだけど、お得意の店の殆どが個人経営でさ、店の人と擦れ違ったり、買い足そうと思った材料の店が臨時休業だったり、なんて事もあるんだと。で、その日に取りに行けなかった分だったりを、俺が取りに行くって訳』

 

道すがら、隣を歩きながら教えてくれた内容を要約すると、そういう事らしい。所謂、お使いという訳だ。

で、案内された先はというと。

 

「うわぁ……」

 

行き交う人々の顔の、飛び交う人々の声の、なんと活気に満ち溢れている事か。朝の連続テレビ小説の舞台にでもなりそうな、何処か懐かしさを覚えるアーケード商店街、その入口で、国士はその光景を感嘆と共に眺めていた。

 

「肉屋八百屋魚屋の食い物関係は勿論、本に服に家電に雑貨、生活するのに必要なモンは一通りここで買える。当然、メシ屋もな。今度、安くて美味い所、教えてやるよ。……まぁ、旦那の世話になるんなら必要ないかもしんねえけどな。んじゃ、行くぞ」

 

「あ、はい。解りました」

 

メモ帳の切れ端に目を通しながら商店街に足を踏み入れた、その瞬間、

 

「おっ、稲村の坊主じゃねえか!!」

 

「あぁ。ども、おやっさん」

 

「元気してっかぁ!! 相変わらず細っこい身体してんなぁ!!」

 

「アハハ、痛い痛い……一応、それなりには鍛えてんだけどな」

 

魚屋の軒先にいた、店長らしき威勢のいい男性に肩をバンバン叩かれながら仲睦まじげに声をかけられたり、

 

「あら、光ちゃんじゃない。ちょっと寄っといでよ」

 

「あれ、今日はおばちゃんが店番やってんだ、珍しいね」

 

「そうだ。これ食べなさい、揚げたてよ」

 

「お、マジ!? やったぜ!! ここのコロッケは挽肉多めで最高なんだよなぁ……」

 

惣菜屋のカウンターにいた年配の女性から紙袋に入れられた熱々のコロッケを渡されたりと、絶えず話しかけて来る商店街の皆々様。老若男女、時には通行人さえも気兼ねなく声をかけて来る光景には暖かい人情を感じると同時に、唖然とせざるを得なくて、

 

「『雷電』さん、随分顔が広いんですね。……熱っ!」

 

「ほふほふ……んあ~、美味い。まあな。俺、ここでもバイトしてっから」

 

貰ったコロッケに齧り付きながら、肩を並べて雑踏を中を歩く。揚げたての衣はサクリと心地良い音を立て、ほくほくの芋の甘味とたっぷりの挽肉の歯応えは、少なからずの満腹感を覚えている今でさえも、次の一口を誘われるほどに魅力的だった。

 

「ふ~っ、ふ~っ、サクッ、ん~♪ ……んぐっ。丈二さんの食堂だけじゃなかったんですか?」

 

「そ。ここの店は一通り掛け持ってるかな」

 

 

 

―――――はい?

 

 

 

「えっと、え? ここのお店、一通り、ですか?」

 

「うん。っつっても毎日全部の店って訳じゃないぞ? 今週は肉屋、来週は本屋ってな具合に色々やってんの。ここだけでもないぞ? 駅前の宅配ピザだったり、バーガーショップだったり、興味を持ったら何でもやる。まぁ、つまらなくなったら直ぐ辞めるけど、この商店街は居心地いいし、皆、気前がいいから長続きしてる方だな」

 

『こういう特典もあるしな』と、食べかけのコロッケを軽く揺らす光を見て、国士は先刻の丈二の言葉を思い出していた。

快楽主義者で熱しやすく冷めやすい。成程、確かにその通りだと思う。

 

(―――ん?)

 

と、ここで思い浮かぶ疑問が一つ。

 

「『雷電』さん」

 

「ん? どした?」

 

「『雷電』さんって、学生ですか?」

 

「うんにゃ。今はもう行ってねえよ?」

 

「最終学歴は?」

 

「大学中退」

 

「ってことは、今は?」

 

「無職。まぁ働いてない訳じゃないから、ニートじゃなくてフリーターだな。はぐっ」

 

「…………えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?!?」

 

「んごっ、んっ、ん、んぐっ、げほっ、げほっ……何、どした?急に大声出して」

 

喉に詰まったコロッケを何とか嚥下して尋ね返す光に、国士は更に詰め寄る。

 

「いや、いいんですか!?」

 

「何が?」

 

「『何が?』って、お金はどうしてるんですか!?」

 

「ちゃんと稼いでるじゃん、バイトで」

 

「いや、そりゃそうですけど……」

 

それは、あまりに楽天的ではなかろうか。

 

「別に問題ないだろ? それなりの衣食住は保ててるし、誰にも迷惑かけてないんだから」

 

「う、う~ん……」

 

あまりに平然と言ってのけるこの人を見ていると、自分の方が間違っているのでは、とすら思えてきてしまう。確かに、これは本人の問題であって、僕がどうこう言える事ではないんだけど。

そんなふうに考えてしまっていた、その時だった。

 

「―――サンキュな、『戦国』」

 

「……はい?」

 

突然の感謝の言葉。訳も解らず首を捻る僕に、『雷電』さんは微笑しながら続けた。

 

「この話するとさ、大抵は俺の事、可愛そうな目で見て来るんだよ。でも、『戦国』は心配してくれたんだろ?」

 

そのまま、コロッケの最後の一欠片を口に放り込んで呑み込み、ふと空を仰ぎ見て、

 

「別に、このままでいいって思ってる訳じゃねえよ。ただ、俺は自分が本当にやりたい事が何なのか、解らねえんだ」

 

「……自分の、やりたい事、ですか」

 

「『戦国』は決まってるんだろ。その為に旦那んとこに下宿するんだよな?」

 

「はい、そうですけど」

 

「羨ましいよ、正直。俺にはそういうの、無えからさ……」

 

「……『雷電』、さん?」

 

その顔はつい先刻、『マリア』さんの件で話していた時と同じように、少なからずの憂いを含んでいた。

 

『人に歴史あり、だ。話さないなりの理由があるんだろうさ。お前だって、触れられたくない事の一つや二つ、あるだろ?』

 

直感的に理解した。あの言葉はきっと、『マリア』さんだけに向けられたものではなくて―――

 

「だから、少しでも興味を持ったら、片っ端から何でもやってみる事にしたのさ。百聞は一見に如かず。百見は一行に如かず。そうやって探してきゃ、いつかは見つかるかも……なんて能天気に考えたりしてんのよ」

 

「『雷電』さん……」

 

「光」

 

「……え?」

 

「さっきから気になってたんだけどさ、外ではHNで呼ぶの、止めてくんねえ? そっちのが呼び慣れてるってのは解るけどさ、『戦国』はまだ自分の名前をもじったって解るじゃん? でも、自分の事を『雷電』なんて呼ばせてんのは、正直何か、厨二臭えだろ?」

 

「あぁ……まぁ、そうかもですね」

 

「だろ。んじゃ、そうしてくれ」

 

「はい、光さん」

 

そんな砕けたやりとりに、確かな絆を感じられたような、そんな気がした。

 

 

 

 

…………

 

 

 

……………………

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

「んじゃ、ちょっとここで待っててくれ。直ぐ済むからさ」

 

「はい」

 

そう言って、光さんは再び店内へと入って行った。

あれから数分ほど歩いて辿り着いた商店街の端、大通りに面した一角に、目的地である『肉屋のタムラ』は店を構えていた。恰幅のいい店長さんに挨拶し、光さんがメモ帳を見せると店長さんは光さんを奥へと案内していった。それなりに大荷物になるらしいので、台車に乗せて店の裏手から運んで来るらしいので、僕は表で待っててくれとの事らしい。

それから目の前を行き交う大小様々な自動車を見送ったり、くっ付き千切れを繰り返す白雲を眺めながら、時間を潰すこと数分。

 

ドンッ

 

「っと、済みません」

 

「あっ、いえ、こちらこそ」

 

突如、背中に感じた衝撃に振り返ると、両の瞼を閉じた男性が僕を見て―――正確には、僕の方に顔を向けて、謝罪の言葉を述べたと思うと、直ぐに立ち去って行った。左手には百貨店の紙袋を携え、そして右手には白い杖。それはつまり、

 

(目が見えないのかな、あの人……?)

 

そう思い至った、次の瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

―――――ガッシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!

 

 

 

 

 

 

「―――え?」

 

背後から轟く爆音。呆然と振り返った先、運送業者のロゴが入った大型トラックが、少し離れたT字交差点の電柱に正面から激突しており、運転席の部分が完全にひしゃげしまっていた。

 

「え、えっ!? わっ、嘘っ!?」

 

思考の追いついていなかった脳がやっと現状を把握し、目の前で起こっている事実を克明に網膜に焼き付ける。

 

「えっと、911、911―――じゃない!! えっと、確か日本は……そうだ、119番!!」

 

まだ携帯電話を持っていないので、周囲を見回し公衆電話を探すものの、どうやら周囲には見当たらないらしい。が、どうやらその必要な無いようだった。

徐々に野次馬が集まり始めており、中には携帯のカメラで写真を撮っている不謹慎な者もいたが、どうやらしっかりと救急車を呼んでいる者もいるようだった。やがてものの十分も立たない内に背後から聞こえたサイレンの音。間違いなく、パトカーと救急車のそれだった。来てくれたという事実に多少の安心を得た思考回路がふと思い出したのは、つい先ほどテレビで見たニュースの記事。

 

「同じ運送業者のトラックが連続衝突事故…………」

 

確か、能力者犯罪の嫌疑がかけられていた。ひょっとすると同じ運送業者だろうか、正確には覚えていないので何とも言えないが、可能性は高いかもしれない。だが、人混みでよくは見えないものの、ニュースで取り上げられていた『奇妙な共通点』らしき何かは特には見当たらなかった。

 

「はい下がって!! これ以上、近づかないで下さい!!」

 

「駄目です、ドアが歪んでて開きません!!」

 

警官隊が現場を包囲し、救急隊員達が無理矢理に運転席のドアを抉じ開け、ドライバーを引っ張り出していた。どうやら奇蹟的に足の骨折のみで済んだらしく、命に別状はなさそうである。

 

「よかったぁ……」

 

ほっと胸を撫で下ろし、再びサイレンを鳴らしながら消えていく救急車を見送っていると、

 

「あ、いた!! 『戦国』、ここにいたのか!!」

 

「あ、光さん」

 

「吃驚したぞ。出て来てみたらお前はいなくなってるし、近くで事故は起きてるし。ひょっとしたら巻き込まれたんじゃねえかと……」

 

「済みませんでした……どうしても、気になってしまって」

 

「はぁ……まぁ無事ならいいけどな。ほら、とっとと帰ろうぜ。丁度、旦那から頼まれたのは肉屋のアレだけだし、そろそろ戻んねえと開店時間にも間に合わねえし」

 

「はい、解りました」

 

道端に置かれた、そこそこに大きめの発泡スチロールの箱を指差しながら安堵の表情を見せる光に頷き、踵を返して帰ろうとして、

 

「―――あ~、そこの君。ちょっと待ってくれ」

 

今日何度目かも解らない背後からの声に振り向くと、徐々に散り始めた野次馬達の間を縫ってやってくる人影が一つ。

端正な顔立ちは30代前後だろうか、紺のスーツに身を包んだその人は近づいてくると懐から桜代紋の黒い手帳を差し出して、言った。

 

「少し、質問させてもらっても?」

 

「あ、はい。急いでるんで、直ぐに終わるんでしたら」

 

「何、そんなに時間はとらせませんよ。現場の周辺で、不審な人物を見ませんでしたか? 明らかに挙動不審だったり、怪しい何かを見たりは?」

 

「……いえ、特には。僕が気付いた時には、もうトラックは衝突した後だったので」

 

「そうですか、なら結構。御協力、感謝します」

 

「いえ。お仕事、頑張ってくださいね」

 

「有難う御座います」

 

そう言うとその警官は手帳を閉じて懐に仕舞い、踵を返して現場の検証に戻ろうとして、

 

「お~い、何やってんだ、国士~? とっとと帰るぞ~!!」

 

「はい、今行きます!!」

 

「……今の声は」

 

肉屋の発泡スチロールを抱えた光がそう言いながらこちらへと近寄ってくると同時、警官もふと足を止め、こちらを振り返って、

 

「―――あれ?『狼』さんじゃん」

 

「やっぱりお前だったか、『雷電』」

 

「……え? 光さん、お知り合いですか?」

 

「何言ってんだ『戦国』。この人は、お前も良く知っている人だぞ?」

 

「はい?」

 

「『戦国』って……何だ、じゃあこの子がそうなのか?『雷電』」

 

「はい、そうっすよ」

 

「そうか、君が『戦国』くんか」

 

すると、警官は先程までの真面目な態度から一変、何処か砕けた印象を受ける笑顔を浮かべたかと思うと、そっと右手を差し出して、

 

 

 

 

 

「直接会うのは初めてだな。俺は(いぬい)。この町で刑事をやってる。君には『狭乃 狼』と言った方が、解るかな?」

 

「……………えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?!?」

 

僕は、今日何度目かも解らない驚愕の声を上げる羽目になった。

 

 

 

 

(続)

 

後書きです、ハイ。

 

『Just Walk』第3話と相成りました。

 

笑いをとりつつ若干のシリアスを、という配分を意識して書いてみたんですが、どうでしょう……どうなってますかね?

 

もう少しでプロローグは終わり、いよいよ本格的に本編のスタートとなります。

 

そろそろ『蒼穹』の方も更新したいなぁ、とか思ったりしているので、今しばらくお時間を下さいませ。

 

 

 

で、

 

 

 

今回は『マリア』と『雷電』の紹介、ならびに新キャラ『狼』の登場回という意識で書いてたはずなんですが、いつの間にか殆ど『雷電』回になっていた件についてww

 

いやぁ、我ながらカッコイイよね、このコ。普段はお茶らけている分、真面目なシーンが映える映える。

 

まぁ、基本的には主人公グループのムードメーカー的なポジションに当たります。ちなみに『ごりら食堂』のバイト歴は『マリア』『雷電』の順ですので、彼にとって『戦国』は初めての後輩でもある訳ですね。

 

『マリア』は割と中の人ならぬ『元の人』の通常運転でしたww

 

が、今回『雷電』にそういう面が垣間見えたように、主人公グループのメンバーは皆、『それなりの何か』を背負っています。

 

それは『能力者であるが故』の者もいれば、『普通に起こり得るもの』である者もいます。

 

彼等の過去、いずれ明らかにしますので、その辺りも想像しながら楽しんで頂ける事を願いつつ、今回はこの辺で。

 

でわでわノシ

 

 

 

 

 

…………すっかり鍋の美味い季節ですねぇ。


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