No.318594

レッド・メモリアル Ep#.13「ノーザンクロス」-1

アリエルを救出したリー達。しかしながらリーはセリア達を裏切り、アリエルを自分たちの組織の者達と引き合わせる事に。一方、ミサイル攻撃で死亡したと思われていたベロボグは―。

2011-10-15 11:04:12 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:1002   閲覧ユーザー数:293

 

4月12日 10:22A.M.

『タレス公国』《プロタゴラス》

 

「我が国、そして『WNUA』の各国は『ジュール連邦』に対し、宣戦布告をしました。これは、我が国に対する連続テロ事件。そして、更に発生した《プロタゴラス空軍基地》に対しての核攻撃の首謀者が、『ジュール連邦』そのものであると判明したからです。

 このような事態になる事は、我々『タレス公国』政府、並びに『WNUA』に属する国の政府の方々にとっても、非常に遺憾な事です。ですが、この報復は、国民の皆様方を守るためでもあります。

 我々は《プロタゴラス空軍基地》に核攻撃と言う、冷酷で無慈悲な攻撃を受けました。空軍基地には多くの愛国者としての、軍の人々がおりました。しかし、一撃の核攻撃が元により、軍事関係者を中心とし、3,500人もの我が国のかけがえのない存在が失われました。ご家族の皆様につきましては、ここに哀悼を述べたいと思います。

 しかしこれからも、『ジュール連邦』は同様の攻撃を仕掛けてくる可能性が十分にあります。狙われるのはどこでしょう? 大都市、公共施設でしょうか? そこには罪も無き人々が何千、何万、いえ、何十万人と生活しています。

 我が国はこうした『ジュール連邦』側よりの攻撃に対し、十分な対策を持っておりますが、確実に国民の皆様をお守りできる保証はありません。あるとするならば、それはただ一つ。この国に対し、決定的な報復措置を取る事です。もうこれ以上、我が国や、同盟国に対して、愚かな攻撃を仕掛ける事ができないよう、敵の軍を破壊し、政権を掌握する事にあります。

 戦争と言う行為に反感を抱かれる方も多いでしょう。大統領であり、宣戦布告をした私とて同様です。しかしこの決断は、我々の国、同盟国の国民の皆様、そして国の名誉を守るために避けては通れぬ道なのです。

 保証しましょう。これ以上我が国は、『ジュール連邦』側の攻撃を受ける事はありません。しかしこれは他人事ではありません。

 国民の皆様は、戦場に立ち、命を賭けて平和を取り戻そうとする兵士達に、敬意を眼差しを向けて頂きたい。私も彼らには敬意を向けたいと思います…」

 カリスト大統領の演説がテレビ中継によって、『タレス公国』のみならず、『WNUA』、そして全世界へと向けられている。恐らく『ジュール連邦』のごく一部の者達もこの光景を見ている事だろう。

 軍事補佐官であるフォックス将軍は、その大統領の演説をしかと見つめていた。国民達はこれで満足するだろうか。大統領の言葉は、かなり理想論に走っている。できるだけ戦争の惨劇を避けるかのような言葉の羅列だ。

 もし、本気でこの国や同盟国への攻撃をこれ以上防ぐのだったら、『ジュール連邦』やその同盟国を徹底的に壊滅させなければ駄目だろう。だが、大統領は今だに戦争反対を唱える者達の票も欲しいためか、かなり歪曲的な発言をしていた。

 やがてテレビ演説を終えた大統領が、フォックス将軍の元へとやってくる。将軍は堂々たる姿勢で大統領を迎えた。

「どうだ? 戦局の方は?」

 神経質な態度で大統領はそう言った。彼が演説をしている間にも、戦局は刻一刻と変わっている。だが、フォックス将軍は堂々たる声で答えた。

「《アルタイブルグ》に侵攻して以降、完全に我等『WNUA』の優勢です。首都付近の軍事施設に対する爆撃は90パーセント以上の成功。西部沿岸地域は1日中にも制圧する事ができます。首都である《ボルベルブイリ》への侵攻も、大統領の命令あらば、いつでも行う事ができます。シミュレーションによれば、首都制圧は週内にも完了し、新政府を打ち立てる事も…」

「分からん!」

 と、大統領は将軍の言葉を遮るかのように言った。

「と、申しますと?」

 面喰ったかのような表情で、フォックス将軍は大統領の顔を見返した。

「『ジュール連邦』の軍事力では、まず我々に適わない。こんな戦争が起こったとしても、我々『WNUA』が圧勝する事は誰が見ても明らかだ。だが、何故だ? 何故、『ジュール連邦』は我が国に核攻撃を仕掛けて来てまで、戦争を起こさせたのだ?」

 大統領は演説をしていた時とは打って変わった表情と態度になり、その場にいる者達にも聞こえるかのような声で言い放っていた。

 だが彼の言う事は、その場にいる誰もが思っている事であった。それを彼が代弁しているに過ぎない。

 フォックス将軍は即座に答えた。

「大統領。敵国の攻撃は確かな攻撃であり、戦争は戦争です。それにこれは、世界規模の静戦を終わらせるきっかけにもなります。対立していた東側と西側をようやく統一させる事が」

「私には、そうさせるように誰かが仕向けた戦争のように思えてきているがね。宣戦布告をした以上、その撤回は決してしないが、敵は『ジュール連邦』だけではない。そう思っている」

 再びフォックス将軍の声を遮って大統領はそう言った。

「確かに、『ジュール連邦』は社会主義の長。連邦に従属している国家は全て敵と思って良いでしょう。しかし、それらの国全ての軍事力を足しても、我が国の軍事力の足元にも及ばない。戦争が長期化しても問題ありません」

 将軍がそう言うと、大統領は彼と目線を合わせて言った。

「『チェルノ財団』はどうなった? 我が国に核攻撃を仕掛けたテロリストを支援していた組織だ」

「同組織の本拠地である《アルタイブルグ》の病院は、初期の爆撃で完全に破壊しましたが?」

 将軍は大統領の表情を伺いながらそう尋ねてくる。

「『チェルノ財団』とやらの動向が気になる。向こうの政界にも影響力がある組織だという報告だからな。この戦争の黒幕かもしれん」

「『チェルノ財団』の残党も含め、《ボルベルブイリ》さえ制圧してしまえば、この戦争には勝てます」

 自信を持って将軍はそのように言ったが、大統領の顔からは不安の色は消える様子は無かった。

「動きがあったらまた報告しろ」

「承知しました」

 そのように答え、将軍は去っていったが、続いて大統領補佐官が姿を見せ、カリスト大統領に報告をしてくる。

「大統領。首都で起こっている反戦デモですが、思っていたほどの規模ではありません。その方の市民達は大人しい方です。やはり、自国が核攻撃を受けたというだけあり、大統領の御判断は正しいとの世論の見方です」

 補佐官は、先ほどの将軍よりも紳士的な態度で大統領に言って来た。だが、大統領は安心することなく、補佐官に更に尋ねる。

「では、反戦側では無い方の市民はどうなのだ?」

 むしろ大統領が聴きたいのはそちらの方だった。補佐官は一旦息をつき、自信もなさそうに答えてくる。

「良い傾向ではありません。現在、特にここ《プロタゴラス》での、ジュール系移民が多い地帯で暴動が起こっています。特に狙われているのは、ジュール系の宗教施設などで、放火や略奪、暴行などが起こっています。

 ジュール系移民の保護も行われていますが、何にせよ、警官の数が足りません。軍は戦争で手いっぱいですし、いかがなさいましょうか?」

「外出禁止令は出せるか?」

 大統領は即座にそう尋ねた。

「可能ですが、それでも暴動は収まらないでしょう。自国を攻撃された事によって、市民たちの『ジュール連邦』への怒りは火を吹いていますので…」

 だが、その補佐官の声に反するかのように、大統領は堂々と言い放った。

「構わん。外出禁止令を出し、従わない市民は全て逮捕してしまえ。国民には忘れないでもらおう。今は戦時中であり、人種差別や暴動などしている暇は無いのだと、思い知らせるのだ」

「はい、承知しました」

 大統領の答えは補佐官にはすでに分かり切った事ではあった。だが彼はすぐにその命令を遂行すべく行動に移った。

 戦時体制下に移った『タレス公国』、そして『WNUA』の各国では、宣戦布告の時から24時間体制での慌ただしい動きが続いていた。

 だが一方で『ジュール連邦』側からは、反撃も少なく謎の沈黙が続いている。これが戦争であるならば、世界を巻き込んだ激しい抵抗が続き、戦争は長期化するだろう。静戦であるときはそう示唆されていた。

 だがいざ戦争が始まってみると、『ジュール連邦』側は思いのほか、その反撃を見せて来ない。この調子ならば1週間とたたない内にこの戦争は終結するだろうとの見方だった。

 しかしながらこの『ジュール連邦』の見せている動きを、不気味な動きとしてみる見方も少なくは無かった。

『ジュール連邦』国道310号線

《アルタイブルグ》から北へ250kmの地点

 

 リー・トルーマンは、セリア・ルーウェンス、フェイリン・シャオランを引き連れ、《アルタイブルグ》の街から遠ざかっていた。そこは荒涼としたタイガが広がる広々とした大地の真中であり、『ジュール連邦』の首都圏からも離れた北の大地の中にあった。流れる空気は肌寒く、雪も積もっている。

 《アルタイブルグ》の街が『WNUA』の軍によって空爆を受けてから丸1日が経つ。ベロボグ・チェルノを捕らえると言うリー達に与えられた任務は、彼の空爆による死という形ですでに完了した。

 リー達が彼を捕らえるよりも前に、軍は空爆を決行したのだから、もはやベロボグの生死など関係なしに戦争を始めると言う考えだ。リー達の任務は失敗したのではない、軍が途中でその命令を撤回しただけだ。

 だがリーは本国へ帰還することなく、《アルタイブルグ》の街から北へと離れると言う選択をした。

 何故リーがそのようなルートを選択したのか、セリア達は知らされていなかった。ただ、現在《ボルベルブイリ》を始めとした『ジュール連邦』の主要都市は厳戒態勢が敷かれており、外国人の出入国はおろか、自国民でさえ、厳戒態勢下によって、外出禁止令が発令されていると言う。

 リーは何かコネを使い、『ジュール連邦』には知られない方法で国外に脱出するつもりなのか、そうセリアは思った。

 だが彼は《アルタイブルグ》を脱出した後、爆撃の巻き添えを食らって窓ガラスが割れたバンを乗り捨てた後、車を盗み、更に北へと進路を伸ばしていた。

 そして一夜が明けていた。

 リーは広々とした視界が開けた国道の脇に車を止め、寒い外に出ては何かを待っているようだった。セリアやフェイリンには何も知らされておらず、ただリーはタイガの大地を見つめている。

 ここでは戦争とは無縁の世界が広がっていた。カーラジオではひっきりなしに戦争についての放送が流れている。『ジュール連邦』政府は、自国にとって不利益になる事は放送したくないのか、次々の『WNUA』軍の空爆で軍事施設が破壊されている事は放送していない。

 だが、世界中を駆け巡るネットの世界では真実が明らかになっていた。

 戦局は明らかに『WNUA』が優勢。彼らの軍はほとんど被害をこうむっていない。『ジュール連邦』側も、必死になって爆撃機を『WNUA』側の艦隊に差し向けているが、大抵は、『WNUA』の高度なステルス攻撃機によって撃ち落とされており、『WNUA』艦隊の被害は一隻も出ていないそうだ。“静戦”によってぶつかり合っていた両勢力だが、いざそれが本物の戦争となってしまうと、圧倒的な実力差があるようだ。

 『ジュール連邦』は、何故『WNUA』側に戦争を仕掛けたのだろうか。いや、そもそも、『ジュール連邦』は、ただ戦争をさせられるように仕向けられただけなのか。

 車を停車させて数時間も経った頃、いい加減しびれを切らして、セリアは出ていきたくもない寒い車外に、荒々しく扉を開きながら飛び出した。

 そしてセリアは車外にいるリーに向かって言い放つ。

「ちょっとあんた。丸一日も、一体、どこに行くつもりなの? 軍との連絡は? これからどうするの? 説明しなさいよね!」

 セリアはリーの不可解な行動にいい加減苛立っていた。

 リーはと言うと、かけていたサングラス越しにセリアの方を向き、今までと変わらぬ口調で言ってくる。

「人を待っている。もうすぐ落ち合う予定だ。その人物は、『タレス公国』側の人間で、これからの手はずを立ててくれる」

 相変わらずサイボーグのような口調だな、とセリアは思った。

「あらそう? じゃあ、もう一つ質問するわね。その子は、一体どうするつもりなの? その子はどうしてここまで連れて来たの? 見た所、ただの子だけれども?」

 セリアは車の後部座席で座らされ、ぐったりと頭を下げている少女を指差した。彼女は、コンピュータデッキで戦争の動向を逐一入手しているフェイリンのすぐ横におり、昨日から一度も目を開いていない。

 リーはここに来るまでに何度か、彼女に薬を投与しているらしく、それで目を覚ましていないのだ。何故リーがそこまでするのか、セリアには分からなかったし、そもそも彼女が連れて来られる意味が分からない。見た所、ただの少女でしか無く、あの『チェルノ財団』の関係者とも思えなかった。

 髪を真っ赤に染めていて、ライダースジャケットを着ている所からして、どうやら、背伸びしたい年頃の子である事は分かった。だがセリア達大人からしてみれば、子供でしかない。年の頃は、17歳から18歳といったところだろう。

 そんな姿をしている娘は、『タレス公国』では珍しくも何ともない。ただ、真面目な子はこんな頭をしていないし、こんな恰好もしていないだろう。

 多分、大人になりたくて仕方なかったのだ。だから、こんな恰好をしている。セリアは自分の若い時を思い出してそのように思った。

「いいだろう。その娘はな、『チェルノ財団』の関係者だ。彼女はテロリストではないが、人質になっていた」

 リーは車内にいるその少女を指差し、そのように言った。

「人質と言うのならば、あの時、病院にいたテロリスト以外の全員が、人質だったわよ」

 セリアはリーに向かって反論する。この少女だけをここまで連れてきたからには、何か特別な理由があるのだろう。リーは何かを隠している。それを知るまではセリアは食い下がる気にはならなかった。

「まだ言っていなかったな。その娘は、重要参考人の一人だ。この戦争の発端である、ベロボグ・チェルノの関係者だ」

 リーの言葉に、セリアはもう一度車内にいる少女の方へと目を向けた。この娘が関係者なんて想像もできない。ベロボグ・チェルノは偽善者のふりをしたテロリストで、自分の病院の意志や患者まで人質に取るような人間。このまだ若い娘が彼の関係者などとはとても信じられない。

「この娘がどう関係しているって言うのよ?」

 セリアはまだ疑いも露わにリーに言い放った。

「その娘が、まさにベロボグ・チェルノの実の娘の一人だからさ。君が病院で戦い、今はジュール連邦政府に捕まっているのが、もう一人の娘。更に、もう一人ベロボグの奴と共にミサイルと共に運命を共にした娘がいる」

 リーのその説明に、思わずセリアは目を見開いた。

「ちょっと! そんな話、わたし達は聴いてもいなかったわよ! ベロボグに娘がいても不思議ではないけれども! 彼女達が一体、どう関わっているっていうのよ! 軍はどこまで掴んでいるの? そして、その子達も、テロリストだって言うの?」

 セリアは言ったが、リーはサングラスをかけたままその表情を伺わせない。

「軍も掴んじゃあいないさ。『タレス公国』側の政府は、ベロボグが死んで、テロリストは全滅したと思っている。だが、実際はそうじゃあない。ベロボグはもっと奥深く、『ジュール連邦』に根付いている」

 リーはセリアを見つめ、更に彼女よりも更に遠くの何かを見ているかのような口調で言って来た。

「あらそう? そんな話も、あなたから、全然聴かされていないわよ。それと、この娘たちは、どうなの? テロリストなの? それに、あなたはこの子が、ベロボグの娘だって言う事を知っていた。つまり顔を知っていたと言う事よね? どうして? あなたは軍も掴んでいない事を既に知っているの?」

 セリアがそう言ってくると、リーは彼女からサングラス越しの視線を外して言った。

「『ジュール連邦』側に情報筋があるとだけ言っておこう。ジョニー・ウォーデンを上げられたのも、その情報筋のお陰さ。それに、我々の今の行動は『ジュール連邦』側にも知られていない。だから、聴かれるまでは黙っているつもりだった」

「そう? でも、この子はどう見てもテロリストには見えないわよ。あなたの言う事が本当で、例えこの子が、ベロボグ・チェルノの娘だったとしても、一体、何の役に立つというの? 関係者だからと言って、人質にでもするつもり?」

 セリアは攻撃的な言葉を発したが、リーは若干笑い、ただ一言だけ答えた。

「そんなつもりはないさ」

 だがリーのその言葉はセリアにとって、妙な響きに感じられた。もしかしたら本当にこの男は、この子を人質にでも取るのではないだろうか。そんな気がしてならない。

「見ろ。来たぞ」

 リーはセリアの疑いの視線をはねのけ、地平線の彼方まで伸びている道路の先を指差した。すると南方の方から1台の車がやって来ている。

 1台の乗用車は目立たない白色の乗用車で、どうやらリーはその車がやってくるのを待っていたようだ。しかしこんな何もない場所でリーは何を待っていたのか、セリア達にはさっぱり知らされていなかった。

 やがて乗用車が、リー達の乗ってきた車のすぐ横に止まり、そこからはいかめしい顔つきの男が一人、二人と降りてきた。

 どちらも、どうやら『ジュール連邦』関係の人間であるらしい。背も高く、190cm以上はあるだろう。こんな屈強な人間が何の用事だ。『WNUA』側のリー達と、『ジュール連邦』は現在戦争中の真っただ中にあり、敵対関係にあると言うのに。

「あなたが、リー・トルーマン? 我々は遣いの者です。アリエル・アルンツェンの身柄を預かりに来ました」

 『タレス語』を使い、やってきた男の一人は言って来た。かなりなまった声だが言葉は通じている。

「ああ、そうだ。そちらは? 遣いの者では無く、本人が来ると言っていたが?」

 と、そこで男達の一人は言葉を濁らせ、そのように言って来た。彼の態度の些細な変化には、リーもセリアもすぐに反応した。

 リーは腰に手を当てている、いつでも銃を抜ける構えだ。リーがその姿勢を取った事で、セリアも警戒心を強めた。

「急に予定が変更になって、私達が来る事になったんですよ」

「ほう? そのように、一体、誰が頼んだと言うのだ?」

 リーが相手から一歩足を戻しつつ言った。明らかに警戒している事が相手にも伝わっただろう。

「お前達は、遣いの者などではないな?」

「ちょ、ちょっと、どういう事よ!」

 セリアはその場の状況が上手く呑み込めずにそう言った。リーが彼らに対し警戒しているのは分かっていたが、彼の話す『ジュール語』が理解できない。

「あなた方は何か誤解をしている。私達は、依頼をされたからここに来ているのです」

 と、男の一人は言いながら、リーに向かって一歩足を踏み出してきたが、リーは相手を突き放して言った。

「いいや、そんな事は無い。今、我々が置かれている状況下が、いかに大切かと言う事を、彼は知っている。遣いの者などに任せたりはしない」

 リーはついに銃を抜いてそう言った。

「ちょっとあんた! こいつらは一体何なわけ?」

 セリアの言葉が放たれたが、リーは彼女を制止した。

「君は黙っていろ、セリア。お前達は組織の者でも『ジュール連邦』の者でも無いな? ベロボグの遣いか? 奴はまだ生きているのか?」

 リーは銃を向けたまま、両手を上げて降伏の意志を見せる相手に向かって詰め寄る。

「あなたが、素直に従えば、面倒にはならなかったというのに。もっと、平和的な解決策で行きませんか?」

 相手はそのように言って来たものの、リーは更に相手へと近づいて言い放った。

「誰の遣いでここにやってきた? ベロボグか? 奴はまだ生きているのか?」

 すると相手の男は言ってくる。

「ベロボグ・チェルノは死んだ。だがその意志はまだ生きている。彼の娘を預からせてもらおう」

「ちょっと、あんた達、何を言っているの!」

 セリアが会話の内容を掴めずに更にそう言ったのだが、

「いいや、そういう訳にはいかない」

 リーはそう言うなり銃を放った。彼はためらいもせずに、銃を発砲し、一人の男を撃ち倒す。もう一人の男が、マシンガンを取り出し、それをリー達に向けて発砲して来る。

 すかさずリーは車の陰に身を潜めた。

「一体、どうなっているのよ!」

 セリアの言葉が響いたが、それはマシンガンの銃声によってかき消されかけた。だがリーは冷静に車の陰から身を乗り出させると、マシンガンの銃弾の嵐の中、正確に狙いを定めて、マシンガンを撃ってくる男を撃ち倒した。

「一体、何がどうしたって言うんですか?」

 車の扉を開いて、フェイリンが顔を出してきた。どうやら彼女も無事であるらしい。しかも今の出来事に気がついたのは彼女だけでは無かった。

 怯えきった様子で、後部座席で目を覚ました少女がいた。リーは彼女の方へと目線を向けた。

「どうやら、我々の居所が奴らに筒抜けらしい。情報源は『タレス公国』側からだな。ベロボグの配下の連中は『タレス公国』にもまだ残っているようだ」

「あんた、どういう事か、説明しなさいよ」

 とセリアは言うが、リーは構わなかった。彼はフェイリンが乗っている方の車の後部座席の扉を開くなり言った。

「降りろ。君達とはここでお別れだ。私はその娘と二人で行く」

 その言葉と共に、リーはフェイリンに向かって銃口を向けている。

「ちょっと! あんた! ふざけているんじゃあないわよ! 何をやっているのよ!」

 セリアの声が響くが、次にリーがしでかした事は、セリアも全く予期していなかったし、まさか彼がそんな事までするとは思っていなかった。

「悪いなセリア。君とはここでお別れだ」

 その言葉と共に、リーはセリアを撃っていた。

《ボルベルブイリ》国家安全保安局

4:55 P.M.

 

 セルゲイ・ストロフは、国家安全保安局に戻っていた。『WNUA』が宣戦布告をしてきたおかげで今、『ジュール連邦』全土に厳戒態勢が敷かれている。すでに幾つかの軍事基地は、『WNUA』側の空爆攻撃により破壊され、『ジュール連邦』は追い詰められていた。

 彼らも反撃がしないわけでは無かったが、『WNUA』側の圧倒的な軍事力は、彼らの時代遅れの戦闘機や兵器を圧倒していた。

 この《ボルベルブイリ》が陥落するのも時間の問題だろう。そうしたら、国家安全保安局も攻撃の標的になるのは確かだ。ストロフらは、既に地下の緊急避難施設兼、非常対策本部に移っていた。

「ベロボグらのテロリストに捕らえられていた患者と、例の女性は保護しました。病院の患者は《アルタイブルグ》の別の病院へと移しましたが、例の女性はこちらで保護しています。今は鎮静剤で眠っています」

 ストロフの部下がそう言って来た。だがストロフは、

「ああ、ミッシェル・ロックハートの話は後で聴く。それよりも肝心なのは、あのガキの方だな…」

 たっぷりの卑下の意味を篭めたつもりでストロフはそう言った。彼は1日以上もテロリストに拘束されていたが、まだ頭も冴えていたし、疲労も無いように感じていた。何しろ、世界規模の戦争が開戦したと言うのだ。病院で引きこもっているわけにもいかない。

 それにストロフを今、駆り立てていたのは怒りにも近い感情だった。何しろ、テロリスト達のお陰で、敗戦が間違いない戦争を引き起こされた。

 その責任はしかも自分達にあるかもしれない。国家安全保安局が、ベロボグ達の陰謀を早々に暴いていれば、『タレス公国』に対しての核攻撃などという事態には陥らなかったはずだ。戦争を防げたはずなのだ。

「あのガキは抵抗している様子はあるか?」

 ストロフは再び部下に尋ねた。彼は今、国家安全保安局の防空シェルターの中の狭い通路を歩き、その奥へと向かっている。

「いえ、そのような素振りは見せませんが、反抗的であることは確かです」

 と、部下は言いながら、打ちっ放しのコンクリートで固められた、ある部屋の電子ロックを外した。

 そこはまるで金庫の中の一室であるかのような部屋で、窓も何も無い。テーブルと椅子、そして監視カメラだけが設置された部屋だった。そこの椅子に、一人の少女が後ろ手に頑丈な手錠をはめられ、座らされていた。

 彼女はオレンジ色の髪を垂らしながら、顔をうつむかせていたが、ストロフと部下が中に入ると顔を上げた。

 やっぱり見るからにただのガキだ。年齢は18歳、背伸びをしたい年頃なのか、無駄に化粧なんかをしているが、それが余計にガキらしさを醸し出している。

 だが、この小娘はただのガキではない。テロリストなのだ。しかも、あのベロボグ・チェルノの娘でもある。

 ベロボグが使っていたテロリスト達は、あの《アルタイブルグ》での一連の事件で全滅し、今は彼女だけが生き残っていた。

「お前の事を調べさせてもらったぞ、シャーリ。お前の父親の事も調べたし、妹がいる事も調べた。だが、お前の妹のレーシー・チェルノは、あの病院へのミサイル攻撃で死んだ。ベロボグも同様だ。お前達が起こした戦争の真っ先の犠牲者が、まさか、引き起こした奴ら自身とはな」

 乱暴に言い放ちつつ、ストロフは、シャーリについて書いてある書類のフォルダをテーブルの上に置き、彼女とは向かいの椅子に座った。

 シャーリは何も臆する事は無いどころか、逆に微笑の姿さえ見せており、それはまるで相手を挑発するかのようだった。

 ストロフはこの娘に対して一種の怒りのようなものを感じていたが、彼女の言動はますますそれを助長した。

「お父様とレーシーが死んだって、あなた達に一体、何故分かるの? どうせ死体は見つかっていないんでしょう? じゃあ生きているわ」

 どうやらこのシャーリは本気でそう思っているようだぞ、とストロフは思う。

「お前達のお陰で、我が国は戦時下に突入した。これがどういう事か分かるか? お前達は、我が国に戦争をせざるを得ない状況下に追い込んだんだ。戦犯という奴さ。国家反逆罪よりもずっと重い罪だ。

 お前達テロリストは、我が国を裏切り、大勢を犠牲にする戦争を、意図的に起こした。『WNUA』からも貴様らは恨まれている。例えお前が未成年であったとしても、犯した罪の重さを考えれば死刑は免れんだろう」

 と、ストロフはシャーリに言ったが、彼女は恐れるような様子も見せず、むしろ逆に何が可笑しいのか笑ってさえいる。

 こんな奴らのせいで、自分達の国が戦争をする羽目になったとは。ストロフはそれに対しての怒りを払拭する事ができず、シャーリへと身を乗り出した。

「お前、一体、何が可笑しいというのだ?」

 するとシャーリは、ストロフに対して恐れもせずに答えた。

「全てが、私達の思い通りに動いているからよ。あなた達は戦争に焦り、お父様が狙った通りに動いている。この国が『WNUA』に勝てるわけが無い。だからあなた達は、今まで直接戦争をする事は無かった。お父様はきっかけを与えたのよ」

 この女は何も恐れていないのか。自分達が行った行いが、どれだけのものだという事を、理解していないのか。

 ストロフはシャーリの発した、彼女らの目的が、あまりにあっさりと明かされたので面喰ったが、やはり思っていた通りだ。『ジュール連邦』は、ベロボグらの組織によって、望まぬ戦争をさせられているのだ。

「他に、貴様らは何をたくらんでいるつもりだ! 残らず吐いてもらうぞ。そう、そんな、余裕なんて見せられないような顔にしてやる!」

 ストロフは取調室に響き渡る声で言い放つ。しかし、このシャーリと言う女は何も恐れていないようだ。

「あらら、それって、あなた達がお得意の、拷問をするって言う事なの? いえ、無駄よ。ここに来てから、いろいろと非人道的な事をされてきたけれども、わたしに対しては、全て無駄だった事は、よく知っているでしょう?」

 この女は勝ち誇っているのか? ストロフの方が明らかに感情を露わにしてしまい、取り調べの主導権を持っていかれている。

 ストロフにしてみれば、ありとあらゆる手段を使い、この女に吐かせる事もできる。今までだってテロリストに対してはそうしてきた。

 だが、この女は特別な『能力』のせいで、拷問が通用しない。その報告もストロフは受けていた。

 少し自分を落ちつけた上で、ストロフは手元に置いた書類をめくり始め、シャーリに向かって話し始める。

「ああ、お前の事については調べさせてもらったよ。『能力者』か。だからお前はテロリストになり、様々な破壊活動を行って来る事が出来た。お前の体にはどういうわけか、金属が流れている。液体状の金属だ。こんなものが体に流れていたら、普通は生きていられないというのにな。だが、お前の体はこの金属の物質を受け入れ、しかもお前は体内にあるこの金属を自在に操れる。しかも硬度を持たせる事もでき、おかげで自白剤用の注射針が効かないというわけだ。

 お前を殴ってやる事もできるが、お前の体を殴る事は鉄の塊を殴る事に等しい。つまり拷問が通用しないと言う事だ」

 ストロフは今度は感情を篭めず、淡々と報告書に書かれている事を読み上げた。それは、今まで国家安全保安局に捕らえられてきた『能力者』に関する報告書と、同様の形式で書かれており、そこに書かれている事をストロフが読むのは初めてでは無かった。むしろもう読み慣れたものだった。

「この国にも、まだ『能力者』の事を調べている機関があったとはね。意外だわ。お父様が言っていた事は、まんざらでもなかったというわけね」

 シャーリはわざとらしく感心した様子でそう言って来た。

 だがストロフは再び何の感情も込めない様子で彼女に答えた。

「ふん。そのように生意気な態度を取っていられるのも今のうちだ。お前の『能力』の事は分かったからな、とっておきの相手を用意してやったぞ」

 そう言うと、ストロフは拘留室の入口に立っていた男に合図をした。すぐに入れ違いに、大柄な男が姿を現した。表情の無い大柄な男で、顔彫りも深い。軍人や政府の人間のようには見えない。だが熊のような体躯の男だった。

「その男が、一体何? 図体がでかいだけじゃあ、この私を屈服させる事なんてできないわよ?」

 シャーリはまだ余裕の表情を見せている。だがストロフには自信があった。

「まあ、見ておけ。おい、ウラジミール。お前の得意技を見せてやれ」

 ストロフがそのように言うと、ウラジミールと言われた熊のような大男は、いきなりその顔に力を篭め、両手から光を出し始めた。その光はやがて火花を飛ばさせ、まるで手の内で電流が迸っているかのように見えた。

「何をする気かしら?」

 と、シャーリは言ってくるが、熊のような男は構わず彼女の背後に回り、その頭を背後から鷲掴みにした。

 途端にシャーリの体は激しく痙攣し、その体からは光と火花が飛び散った。彼女は今まで上げなかった叫び声を上げて、体を思い切りのけぞらせた。

「ウラジミールは、我々が見つけた『能力者』でね。我々と働く前までは、その『能力』を使って、自動車泥棒ばかりをしているような、どうしようもないような奴だった。だが、スカウトして今では拷問係として働いてもらっている。

 人間の体には電気抵抗があり、電気椅子処刑でも、相当な高電圧をかけないと死なないそうじゃあないか? だがお前の体はどうだ? お前の体を流れている金属は、電気を良く流す。電気椅子処刑よりも遥かに弱い電流で、お前を殺す事もできる。例え、お前の体が鉄の塊のような存在であったとしても、電流ならば、簡単に殺す事ができるのだ」

 ストロフはシャーリに向かって淡々とそのように説明した。一方のシャーリは、大男が流す電流にのたうち、叫び声を上げるばかりだ。

 ストロフにとって、体が鉄の塊で出来ていて、そしてその体に電流を流される事がどれほどまでの苦痛であるかは分からない。だがそれは、スタンガンを食らうようなものなのだろう。

 この娘は所詮はただの小娘でしか無い。ストロフはそう思っていたから、彼女は簡単に値を上げると思っていた。

 ストロフは指を鳴らし、大男、ウラジミールに電流を流すのを一旦止めさせた。

「どうだ? 話す気になったか? お前達、テロリスト共が一体何を企んでいるのか? 話せば、これ以上痛い思いをしないで済む」

 ストロフは何の感情も篭めないかのような顔でシャーリを見つめ、そう尋ねた。

 シャーリは息を上げ、まだその体は小刻みに痙攣しているようだった。しかしながらストロフの意に反し、彼女はまだ微笑さえ保っていた。

「こんなもので終わりなの? こんな電流を流すぐらいじゃあ、まるで子供騙しね」

 シャーリは、垂らしたオレンジ色の髪の間から、そのように言うだけだった。その表情からして、ただ強がっているのではない事はストロフにも分かった。

 シャーリのその態度に、思わずストロフはテーブルを拳で叩き、言い放った。

「いいか? お前が全てを話すまで、何度でもやる! お前はどうせ、死んでも構わないんだからな!」

 ストロフは感情を隠す事が出来なかった。この娘を、ただのガキだと思っていた自分が愚かしい。

「あらそう? だったら、そのくらいやればいいじゃあない…」

 シャーリは、ストロフよりも明らかに優位に立ったような態度でそう言ってくる。ストロフは指を鳴らし、ウラジミールに命令した。

 すると大男はシャーリの額に手を当て、再び彼女に電流を流し始めた。

国道310号線

 

「おいいいから、落ちつけ。何もさらおうとしているわけじゃあない!」

 同じ車の運転席で運転している男がそのように言ってくる。だが、アリエルはもうこれ以上、誰かの手でどこかに連れ去られるのが嫌だった。

 この男も、シャーリや、自分の父と名乗る男達と同じ存在なのかもしれない。

 だからアリエルは走行中の車の中から外へと飛び出そうとしていた。運転席にいる、タレス公国系の人種の男は、運転しながらそれを止めさせようとしたが、アリエルは必死だった。

「嫌よ! もう嫌! 私はもう誰にも連れ去られないの! 大体、あなたは誰よ!」

 そう言うなり、アリエルは乗用車の扉を開き、外へと飛び出した。車はかなりの速度で走っていたが、怪我をしてでもこの場から逃げ出したかった。

 車の扉の外から一気に寒気が入り込んでくる。アリエルの体は次の瞬間には、地面を転がり、そのまま路肩の雑草の中へと突っ伏した。

 寒い。すぐに感じたアリエルの感覚はそれだった。それもただの寒さではない。今すぐこの場から逃げ出したかったが、あまりにも寒く、身を起こして周囲を見回してみれば、そこは360度見回しても一面平原が広がっている大地だった。

 アリエルはその光景に絶句した。何故、自分がこんな場所に連れて来られているのだろう? 最後に自分の意識が合った時は、確か、《アルタイブルグ》の街で自分の父親と名乗る人物と同じ病院にいて、そこに母もいたはず。

 それなのに、今気がついた時は、一面何も無い場所にいる。

 ここは、『ジュール連邦』北部に広がっているタイガの大地ではないのだろうか。

 何故、こんな場所に連れて来られているのか。何が何だか分からない。逃げようにも逃げ場が無かった。

 すると、乗用車を止め、先ほど運転席にいた男がアリエルの側に近づいてきた。

「私の名は、リー・トルーマンと言う。『タレス公国軍』の者だと言えば、信用してもらえるか?」

 リーと名乗ったその男の言葉は、アリエル達が使うジュール語に比べてかなり訛りがあった。『タレス公国』の人間だと言われれば確かにそうだ。世界の西側の人間の顔立ちと姿をしている。

 その男は、わざわざ来ているスーツの内ポケットから、身分証を取り出してアリエルに見せてきた。それはタレス語で書かれていたけれども、とりあえず彼が本当の『タレス公国軍』の人間であると言う事は分かった。

「私を、どうしようって言うの?」

 だがアリエルはまだ怯えていた。この男も、『ジュール連邦』の国家安全保安局の人間や、シャーリ達と同じように、自分を狙っている人間なのかもしれない。

「君の名は、アリエル・アルンツェン。『チェルノ財団』という組織に母親と共に拉致された。父親の名はベロボグ・チェルノ。彼は《アルタイブルグ》のあの病院で死んだ。我々『WNUA』側がやった空爆でな」

 そのリーの言葉に、アリエルは疑いと怯えの眼差しを彼へと向けた。

「死んだ? 空爆でって…?」

 アリエルがまだ怯えていると言う事を悟ったリーは、少し彼女を落ち着けるような間を取った後で話し始めた。

「なあ、外で話してもいいが、話すと長くなる。車の中で話さないか?」

 と、彼女に申し出る。アリエルはまだリーの事を警戒しているようだったが、ゆっくりとその場から立ち上がると、警戒の態度を見せながら、リーへと近づいて行く。

 とにかくこの男は、自分を襲いに来たわけではない。アリエルはそれだけを悟りながら、リーの入った車に、彼より後から入った。

 座ったのは助手席だ。アリエルはこの男が、何かをするんじゃあないかと、まだ警戒していたが、リーと名乗った男は、しっかりとアリエルにも分かりやすいように、しっかりとした発音で話し始めた。

 車はゆっくりと車道に戻っていく。

「私達の国の連合である『WNUA』と、君達の国である『ジュール連邦』の間で、戦争が始まった。もう何年も前から危惧されていた事態だが、つい2日前から戦時体制に入っている」

 リーのその言葉を、アリエルは少し信じられない思いで聴いていた。自分の住んでいる国が『WNUA』と仲が悪いと言う事は、ニュースなどを通じて知っていたが、戦争になっていたなんて知らなかった。

 アリエルにとっては『WNUA』にある国は、むしろ憧れの対象だ。自分が好きな文化も音楽も、全て世界の東側の国のものだった。だから、その国々が戦争を仕掛けてきたなど少し信じられない思いだった。

「そうか、その顔は、君はまだ戦争が始まった事を知らなかったか。ずっと隔離された病院の中にいたのだから無理もない。だが、戦争がはじまったのは事実だし、何よりも戦争を始めさせるように仕向けたのは、君のお父さんなのだ」

 アリエルは、自分が彼の言葉を聞き間違えたのではないかと疑った。だが、リーは間違いなく父と言っている。

 アリエルは、自分の父親など3日前まで知らなかったし、あの病院で横たわっている男が本当の父親なのだとは、今でも信じられないくらいの思いだった。

「あの、あなたが、おっしゃりたいのは、あの病院にいた男が、私の父親だと言う事ですか? だとしたら、私は無関係です。私はただ、勝手にあの病院に連れ去られてしまったというだけで。

 それに、だとしたら一体何だって言うんです? あなた達は、私に一体、何の用があるって言うんですか?」

 アリエルははっきりとした口調でそう言った。ここ1週間。ずっと、誰かのいいようにされっぱなしだ。母親まで連れ去られてどうなったか分からない。突然、父親に会わされて、何度もテロリストに襲われた。

 『タレス公国軍』の男だか、何だか分からないが、アリエルはもう利用されるのも連れ去られるのもまっぴらだった。

「それを話すと長くなる」

「さっき、女の人を撃ちましたよね? あれは、あなたの仲間だったんじゃあないですか? あなたは本当に軍の人なんですか? もしかしたら、私を拉致しようとしている、父の仲間なんじゃあないですか?」

 アリエルは落ち着いていられない。またこの車の扉を開いて、外に逃げ出してしまいたいくらいだった。だが、リーと言う男はアリエルに言ってくる。

「落ちついてくれ。君の身の安全は保障する。それに、君の養母はもうテロリストの手中にはない。国家安全保安局が保護して、今は《ボルベルブイリ》市内の病院にいる」

 それは、アリエルを落ち着かせるような言葉だった。

 養母が無事でいるのは何よりも安心できた事だ。だけれどもまだこの男が言っている事が、本当の事なのか、アリエルには信用し難かった。

 しかし車は容赦なく何も無いだだっ広い道を突き進んで行く。

 周囲が何も無いこんな場所では、アリエルも逃げ出しようが無かった。

 

「大丈夫? セリア?」

 フェイリンが心配そうな顔でそう言って来た。だがセリアは気丈に振る舞いながら、自分たちを襲いに来たのであろう、『ジュール連邦』の男達が乗ってきた車に乗りながら、傷の応急処置をしていた。

 リー・トルーマンが放ってきた弾は、セリアの右肩を貫通した。出血が酷く、セリアは自分のシャツの一部を切り抜いて止血をしなければならないほどだ。

 だが、致命傷では無いし、セリアの右腕には障害も残らないだろう。もちろん適切な処置をしなければならないが、そうなるようにリーは銃を撃ってきたのだ。

 それが何を意味しているのか、セリアはまず理解した。

「あいつは、わたしを殺す気は無かったのよ。ただ、わたし達をここに足止めしたかっただけ。やる気だったら、あいつは本気でやるわ」

 セリアは語気を強めて言い放った。右肩が傷んで腕を上げる事もできないほどだったが、怒りがその痛みに勝っていた。

「でもどうして、そんな。あの人は、あなたの上司なんでしょう? わたしのコンピュータデッキまで持って行かれちゃったし」

 フェイリンがセリアの事を気遣いながらそう言って来たが、セリアは、

「あのリー・トルーマンは、私が呼び出された時から怪しい所が沢山あったわ。最初からこうやってわたし達を裏切るつもりだったのよ。裏切るつもりで、わたし達をここまで連れてきた」

 セリアはそう言いながら、開け放たれた車から外に出て、外気に当たった。肌寒い気温が彼女の撃たれたばかりの傷口に触れたが、そんな事は今のセリアにとってはどうでも良い事だった。

「だって、あの人は、軍の人間なんでしょう? 裏切るって、どういう事よ?」

 フェイリンが尋ねてくるが、セリアはすかさず答える。彼女に向かって怒りをぶつけるつもりは無かったが、自然とそんな口調になってしまった。

「知らないわよ。理由はともかくとして、あいつは、最初から何かの目的で軍に潜入していた。そうとしか考えられない。もしかしたら、今回の戦争と関係があるのかもしれないわ。テロリストとも関係があるのかも知れない」

「そんな」

 フェイリンはそのように答えてくる。だがセリアは構わず、路上に転がっているある残骸を手に取った。それはちょうど、4つあり、それぞれが脚で踏み砕かれた有様になっていた。それはセリア達、そしてこの地にやってきたテロリスト達の携帯電話の残骸で、もはやそれは機能を果たせない状態にまで砕かれていた。

 これはセリアを撃った後、リーがやったものだ。セリア達をこの場に足止めして、連絡さえ取れなくするためにこうしたのだ。

 セリアはその携帯電話の残骸を、自由の効く左腕で投げ捨て、悪態をつくなり、フェイリンのいる車の元へと戻ってきた。

「どうするの? これから」

 不安げな顔を眼鏡越しに見せながら彼女は言って来た。

「『タレス公国』の軍本部に連絡を取るわ。リー・トルーマンが私を撃って、重要参考人を拉致したって事に。このままわたし達が追跡しても良いけれども、あいつは何を企んでいるか分かったものじゃあない。携帯電話も壊されたから、電話ができる所を探すしかないわ」

 そう言うなり、セリアはテロリスト達の車の運転席側の扉を開こうとしたが、それをフェイリンが止めた。

「ちょっと、セリア! あなた、右肩を撃たれているのよ。そんな腕で運転していくつもり?」

 少し迷ったがセリアは、フェイリンに運転席側を譲った。

「分かったわ、あなたが運転してよ。とりあえず、今は戻るしかないわ」

国道310号線

5:18P.M.

 

「私は長年、ある目的の為にずっと『タレス公国軍』の中に潜入していた。偽りの身分を持ち、軍の将校としての顔も持っていたが、それはある目的の為だ。私は軍の人間でもあるが、同時にある組織にも属している。その組織の目的の為に動いてきた」

 リーはずっと前を見ながら、北の大地へと車を走らせ続けた。周囲がタイガの大地から、針葉樹林の森に変わっていく。どうやら北から東の方に進路を変えているようだ。道の遠くの方に山が見え始めている。

「私を、こうして連れ去るためですか?」

 アリエルは少し戸惑いながらもそのように尋ねるのだった。

「連れ去るという表現は不適切かもしれない。私達にとって、君は害の無い人間だ。しかしながら、ベロボグ・チェルノの手に渡るとなれば、危険な存在になる。ベロボグは自分の娘達をテロリストにするような人間だ。そして、何かを企んでいる。

 その企みの一つが、今回の戦争だ。奴は物事を世界規模で動かすほどの権力を持っている」

 リーは何の感情も篭めないかのような声で、そのように言っていた。アリエルにとっては、彼のそのまるで生気の無いかのような表情が、時折恐ろしくも見えたが、それは攻撃的なものでは無い。あの、シャーリ達、テロリストらが向けていたものに比べれば、明らかに違う。

 とりあえず、アリエルはリーにつき従った。例え彼が自分を何かに利用しようとしているとしても、今は彼に反抗しないようにしよう、そう思っていた。

「企んでいるって? 私の父だとかいう、そのベロボグという人は、死んだんでしょう? もう企みも何も無いはずなのでは?」

 アリエルは、実際、自分の父親と名乗っていたあの男が死んだ瞬間を見たわけでは無かったが、そう尋ねるのだった。

 リーは相変わらず感情を篭めないような表情のまま、フロントガラスから先を見つめ答えてくる。

「ああ、ベロボグは公式には死んだと知られている。だが、例え奴が死んだとしても、奴が築きあげた組織は巨大だ。奴の後継者や残党が、計画を推し進めるだろう。現に世界は、ベロボグの奴が企んだ通りに動き出している。

 『ジュール連邦』と『WNUA』の戦争を引き起こし。アリエル、君を懐柔しようとした。そして次は何だ? 我々はそれを危惧している」

 リーが時折言ってくる、我々という表現。それは彼が所属している軍のものとはまた違った意味での言葉のようにアリエルには聞こえていた。

「その、あなた方と言うのは、一体、どのような事をしている人達なんですか…?」

 アリエルは恐る恐る彼に尋ねた。

 リーは少し黙った。どうやってアリエルの質問に対して答えようか、言葉を選んでいるかのようだった。

 やがて彼は言ってくる。

「我々の組織は、長年、ベロボグのような組織や、テロリスト、そして危険視されている国家などを監視してきた。我々の組織は表面に出る事は無く、どのような国にさえもその存在を知られていない。

 だが目的は一つ、人道的な方法によって、世界の安定を目指している。ベロボグは世界を戦争を利用する事によって変えようとしているようだが、我々はそうではなく、世界を安定させるために動いている。戦争、国ごとの軋轢、それを意図的に回避するために私のような者が各国に派遣され、動いている」

 そのようにリーは説明してきた。だがアリエルにとっては、戦争も国も、そして世界の安定と言う言葉も、とてつもなく大きく、そして自分とはかけ離れた存在であるかのように思えていた。

 何しろ、つい一週間前までは普通の高校生として生活していたのに、突然そのように巨大な話をされてしまっても困る。

 大体、このリー・トルーマンという男は、ただの高校生でしか無い自分をどうしようと言うのだろう。

「私を一体、どうしようって言うんです?」

 アリエルは、自分の思っている言葉をそのまま口に出して言った。リーはすぐに言葉を返してくる。

「君が、あのベロボグ・チェルノの娘だからだ。それは我々もすぐに掴み、君を保護したかったが、国家安全保安局や、ベロボグに邪魔をされてしまっていた。

 何故自分が、と思うだろう? だが、ベロボグは確かに君と、君の母親を狙っていた。何故君が狙われるのか、君も知らなければ、私も知らない。だが、ベロボグともあろう者が、君を狙っているのならば、それには何か大きな意味があるはずだ。そう。死んでからでも、部下に君を狙わせるのは、非常に大きな目的がある。それこそ、君が狙われる理由は、戦争を起こす事よりも大きな目的があるからなのだ」

 リーははっきりと言った。しかし彼に言葉にアリエルは戸惑わざるを得なかった。理由なんてそもそもあるのだろうか。

 アリエルは、つい最近まで、自分はただの女子高生でしかないと思っていた。ただ、他人や何かに縛られるのが嫌で、そんな巨大な世界の組織の渦に巻き込まれることこそ、アリエルが最も嫌悪している事でもあった。

 それなのに、今、自分が巨大な渦の中にいる事を、アリエルは痛感している。それもその巨大な渦の中心にいる存在こそが、正に自分自身だったのだ。

《ボルベルブイリ》国家安全保安局

6:13 P.M.

 

 シャーリ・ジェーホフに対する拷問は数時間に及んだ。

 だが、シャーリは自分や、ベロボグ・チェルノの組織に関する事は、一切口にせず、ただ拷問に身を任せるだけだった。

 彼女は後ろ手に縛られている上に、『能力者』ウラジミールの放つ電流によって何度も電流を流されていた。額には火傷の跡がくっきりと残っていたが、最後には彼女は声を上げる事さえせず、ただその電流に身を任せているかのようだった。

「意識を失った」

 ウラジミールがそう言った。

「ああそうか。だったら、さっさと起こして続けろ」

 自分自身も少し休憩を置いてから戻ってきたストロフは、ぶっきらぼうにウラジミールに言ったが、

「あのな、おれまで拷問する気か? もう数時間も電流を流しているんだぞ。おれだってそろそろ限界なんだ。あとはあんたらが何とかしてくれ」

 ウラジミールはそのように言って来たが、ストロフはテーブルを叩くなり彼に言い放った。

「戦時中にそんな事を言っていられるか!」

 そして彼はシャーリの顔へと目を向ける。その顔はかなり充血しており、垂れ下がった赤毛が顔に汗で貼りついているほどだった。

 死んではいないが、意識を失っている。呼吸を深くしている。

 ウラジミールが与えている苦痛は、普通の人間であっても、とても数時間耐えられるものではない。だがこの娘は、自分の体内に金属が流れているという特異体質、つまりは電流が流れやすい体だというのにその苦痛に耐えているのだ。

「他に拷問の方法は無いのか?」

 ストロフはシャーリへと睨むような視線を向けながら尋ねた。

「俺が知るか」

 ウラジミールがぶっきらぼうな様子でそう言って来た。

「この女には、肉体的苦痛が効かない。銃で撃とうが何をしようが、こいつの体には通用しない。通用するとしたら電流を流すことぐらいだ。それが唯一の弱点。そうだろう? しかもこの女の身よりは死んだ。妹も、父親も、昨日の空爆で死んだ。弱みも無い」

 となると、このシャーリからベロボグ達の組織の情報を聞きだす事はできない。そう言っているも同然だった。

 だが、ストロフには今、それしかなす術が無かった。《アルタイブルグ》の病院にいたテロリストの生き残りはシャーリだけだったし、今、ベロボグ達組織の足取りもまったくつかめていないのだ。

 だがストロフはこのシャーリを、戦犯として尋問しなければならない。こんな小娘から何も聞き出せなかったなどと、上司に言えたものでは無かった。

「…いいわ。教えてあげる」

 ストロフ達が、八方塞がりになりかけた時、突然、シャーリは口を開いた。

 ストロフは反応し、彼女の言葉に耳を傾ける。

「…お父様は、まだ生きている。そして、戦争はただの手始めに過ぎない。本当に大切なのはこれから。お父様の目的について、あなた達はまだほんの少しも知らない。最高だわ…」

「最高? どういう事だ?」

 ストロフはシャーリの声に尋ねた。するとシャーリは弱々しい声ながらも、確かな響きを持つ声を発してくる。

「この国が、滅びるのがよ…。あなた達は、『スザム共和国』の子供達に随分、酷い事をしてきているわね。それこそ、言葉で言い表せないくらい非道の限りを尽くしてきている。わたしと、お父様がその国の出身であることぐらい、もう知っているでしょう? 今までは、この国に対抗する事のできる勢力は無かった。でも今は違う」

「あいにく俺は、首都圏勤務なんでな。『スザム共和国』方面の事は知らん」

「無関心は、最大の悪逆なり」

 ストロフの言葉を遮り、シャーリがそう言った。

「は? 何を言っている?」

「お父様の言葉だわ。わたしは、この国の学校に通っていたし、この国の連中を幾らでも見てきた。だけれどもね、誰を見てもわたしは虫唾が走った。皆ね、世界の、ほんの1,000km離れている所で起こっている事を知らないの。

 そして、わたし達を悪人とするのよ。バスが吹っ飛べばわたし達のせい、銀行強盗が起こればわたし達のせいってね…」

「実際、貴様は病院で人質を取っていただろうが」

 ストロフは言い放つが、

「だからお父様は、まずこの国を打ち倒す事を望んだ。この『ジュール連邦』はいくら周辺諸国に影響力があっても、西側には負ける。だから戦争を起こせば良いってだけよ。と、わたしが言っても、もう戦争は始まっているから、止めようがないわよね。あははは、いい様だわ」

「ふざけやがって!」

 ストロフは悪態をつく。できる事ならこの女の顔を殴ってやりたかったが、そんな事でもすれば自分の手の方が怪我をする事を知っていた。だから悪態をつくしかなかった。

「ふざけやがって? それを言いたいのはこっちの方よ。あなた達は『スザム共和国』で、難民キャンプの一つを空爆したでしょう? その時にわたしも左目を失った。実は左腕もね。今ある左腕は、その空爆で死んだ別の子のものよ。

 その時にわたしも思ったの、あなた達に対して、ふざけやがってってね」

 シャーリはストロフに向かって変わらぬ目で言って来た。

 この小娘が、左目を失っており、その顔に深い傷を負っている事を知った時は、ストロフもただの小娘とは思わなかったが、どうやら『スザム共和国』側の人間であると言う事は分かった。

 『WNUA』側はもちろんだが、『ジュール連邦』は『スザム共和国』という、国は独立を認めていない地域に対しての、領土問題、人種問題も抱えている。

 だが、その事で責められるのはストロフにとっては心外だ。あれは政府がやっている事であり、彼自身は何も関係が無い。

「『スザム共和国』の事は今は関係ない。お前には洗いざらい吐いてもらう。いいか? お前が死んでも拷問を続けてやる。どうせ、ベロボグ・チェルノの陰謀は終わりだ!」

 ストロフは尋問室の中に響き渡る声でそのように言い放ったが、シャーリは再び微笑を見せたまま彼に向かって言ってくるのだった。

「いいわ…。もっとやって頂戴。何だか、どんどん快感になってきちゃったみたいだからね…」

 シャーリのその言葉に対し、ストロフは彼女を嫌悪の眼差しで見る事しかできなかった。


 
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