No.265709

大満腹姫

みすてーさん

新米お姫様の日常その一。
「氷の花の香りは」「トランスポーター」に登場するミストさんをあしらった短編です。

大満腹王のオリジナルキャラによるオマージュの絵が先に出来たので適当に話をつくりましたが、全然あってません。
大満腹王的にはオリジナルとはいいきれないので、二次創作にしときます・・・

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2011-08-08 23:19:31 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:726   閲覧ユーザー数:720

 

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大満腹姫#01

ハートのリングを手づかみで

from Misticproject

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 銀色のポット、緩やかなカーブを描く注ぎ口から白い湯気とともに濃厚なチョコレートが白いカップに注ぎ込まれる。濃厚なホット・チョコレート。そのまま飲むと、クセが強く、流行りは砂糖を大量に使い、舌が溶けるほど甘くする。まだ普及していない砂糖を大量に使うというのは貴族の飲み方だ。ごく限られたものたちのゼイタク。

 鋭い目つきでカップをケーキ皿の横に置いた時、彼の作品は完成した。

 作品名は「ブラウン・アンド・ザ・ホワイト~雪原の小屋~」。

 真っ白の皿に、境界がわからないほどのホワイトソース、さらにその上にパイ生地がある。バジルをはじめとする、小さなハーブが添えられ、かぶった白い粉はまるで雪。

 パイ生地にフルーツが詰まった様子は、寒さで身を寄せ合う人々を思わせる。

 翌日の新聞には、抜き身の剣のように鋭く、これから決闘でもするのかといった佇まいとまで評された長身の男、ヴィクトワール伯爵はコック帽を取り、深々とお辞儀をした。銀髪のやややつれた感じで皺が目立ってきた中年男。黙ってテーブルから離れた。

 ミストはやっと息をつけた。

 農家の娘から大陸を制覇する帝国の姫として拾われて早半年。肩を出すドレスには慣れたが、まだ衆人環視は怖い。そして、高貴な人々の緊張ある視線は肩が凝るし、大変疲れる。

 今日は妹に代わって公務を行う、と聞こえはいいが、お菓子職人選手権の決勝戦の審査員という役割だ。こんなにおいしいネタをどうして譲る気になったのか、あのコの好きそうなジャンルではないかと思うも、真剣な顔で代わりに出て欲しいと頭を下げる様子を思い出す。

 なぜなのか、理由はいえないという。

 それで、いいよ、と言ってしまうのだから、きっと甘いのだろう。

 だが、こうも言った。

「正確なジャッジなんて期待してないから、お姉さまがいいと思う方を選んで」

 嫌味なのかなんなのかと苦笑したが、実際、この「雪原と山小屋」という作品にナイフを入れて、パイを口に運び、思い知った。

 もちろん、美味しいに違いない。

 ただ、この、帝国一を決める大会という最高の山の頂でしか味わえない素材の高級感と技術の重ね技に、舌がついていけない。味覚が作品と決闘をして、圧倒的な力で打ち負かされた感覚。

 すごい……と思わず口走ってしまうところだった。

 このような場ではうかつに言葉を発してはいけない。プリンセスのコツらしい。

 最高の料理人が最高の作品で最高の身分である帝国皇室ロイヤルブルーの姫君の舌鼓をうたせる。銘打ての料理人、記者や気品ある観客が舞台の下からうっとりした視線を泳がせる。

 その中でも特に緊張していた青年がいた。

 しきりに額の汗をハンカチで拭っている。

 こげ茶色の髪と瞳で、まだ少年の面影を残した若い菓子職人ルークである。

 ミストは舞台の上から見て、彼の様子がよくわかった。彼の瞳はまっすぐにミストを向いていた。やがて、彼の名が呼ばれ、舞台に上がる。足取りは堅いが、けっして怖気づいていなかった。しっかりと前を向いて、一歩一歩踏みしめていた。ヴィクトワール伯爵が執念の瞳だとしたら、彼は希望と情熱だ。

 手際よく紅茶を淹れて、ミストの前で銀色の釣鐘式のフタをあけてみせた。

 ざわっと、観客がどよめいた。

 それもそのはずだ。皿の上には一口サイズのリングドーナツの盛り合わせと数種類のソースが綺麗に飾られているだけなのである。

 伯爵が決闘なら、ルークはお花畑でステップを踏んでいるようなものだ。

 作品名は「ハートのリングを手づかみで」。

 その名が発表された時、ミストはくすりと笑みをこぼした。

 ナイフとフォークを一度は手にとったが、少し考えたあと、それを元に戻し、ハート型のリング・ドーナツに手を伸ばした。観客はおお、ばかな、とざわめきが強くなった。

 人前で手づかみでお菓子を食べるなんて、と誰かが言った。

 ただひとり、菓子職人のルークだけは手づかみでドーナツをほおばるプリンセスの様子をじっと見守っていた。

 会場のどよめきなど、すでに敵ではなかった。

 

 あれは半年ほど前の麗らかな午後のひとときだった。

 ルークのお店の前で高貴な馬車が止まった。甘い匂いに釣られて、従者の制止を振り払ってルークのお店にやってきた少女がいた。

 棚に並ぶドーナツたちが珍しかったのか、しばらくにらめっこしたあと、

「どれがおすすめ?」

 と店主であるルークに訊ねてきた。

 果物がお好きなら、とマーマレードの果実入りを笑顔ですすめた。

 棚からひとつとって、ちぎって一口サイズをお皿に用意した。

「よろしければお試しください」

 彼女は困惑した。優雅の帽子の下で瞳はドーナツにくぎづけになりながらも、顔を赤らめた。白昼堂々と手づかみで食事をするなどという行為をしたことがないせいだ。

 ナイフを用意しろと従者はルークに告げようとした時、

「……必要ないわ」

 そっと手先でつかんで口元に運んだ。

「……お茶が欲しいわね。あぁ、用意しなくていいわ。帰ったらすぐお茶にするの。そうね、これとこれとこれ、もらえるかしら」

 そんなに食べたら太りますよ、と従者が声をあげるが、

「バカね、あなたの分よ。私はそんなに食いしん坊じゃないわ!」

 頬を膨らませて、ぷりぷりと言う。

 従者が代わりにお代を済ませ、ドーナツはバスケットに用意された。

「粗末な味だけど、素朴でいいわ。あなた名前は?」

 菓子職人のルークです、と名乗った。

「覚えておくわ。私は……メリー。また来るわ」

 一拍置いて、彼女は普段とは別の名を名乗った。ルークは彼女の顔を知らない様子だったからだ。

 その後、メリーは度々この店を訪れ、大概のドーナツを食した後、彼がパン屋出身であり、最初はコックになるため一流レストランで修行し、途中からお菓子作りに転向したという話を本人から聞きだした。

 メリーはお菓子職人選手権に出場するように勧めた。

「このドーナツを私だけが知っているのはもったいないわ」

「ボクもみなさんに食べていただけるとうれしいです」

 彼はいつもとびきりの笑顔で応えてくれる。

 

 あの選手権の決勝戦後、ルークの店は飛躍的に繁盛した。

 しかも新興の紅茶店が名乗りをあげ、共同でドーナツと紅茶のラウンジとして、若い女性を中心たちの名物スポットとなった。

 だが、そのことに不満をもった者もいた。

 宮廷の中庭でぽかぽか陽気の空の下、パラソルを広げて午後のティータイム楽しんでいる青い髪、青い瞳の少女二人。帝国皇室であるロイヤルブルーを継ぐ姉妹。

「お姉さまのおかげで彼のお店で選り好みをしながら買物をするということができなくなてしまったわ。あれはすごく楽しいのよ。あの選んでいるとき、どれも食べたいのにそんなに食べれないし、でもみんな食べたいって迷っているの感覚って、ほんとたまらないわ。でも、今のあのお店の規模や行列になってしまうとそれは出来ないし、わたしは入っていけないもの。わたししかお客がいなかった頃のあの頃が懐かしい。そもそも、優勝させる必要なんてなかったのよ」

「おかげでお菓子協会の偉い人に会う度に嫌味言われるし、あっちこっちから怒られる」

「……あの判定はわたしには出来ない……お姉さまじゃないとできない」

 そういって、やや躊躇しながら手づかみでドーナツを口に運ぶ。

 その様子を見て、姉は笑う。

 妹も“それが”できるようになったのだ。

「向こうも会いたがっているんじゃないの?」

「いいわ、別に。今さら言えない、出来レースだと思われてしまうもの」

「じゃあ、手紙でも書けばいいんじゃないの? 一人の女の子メリーとしてルークのドーナツファンです、優勝おめでとうって」

 大好きなマーマレード果実入りのものをほおばりながら、妹の方は真面目に頷いた。 

 あの日のことを告げた新聞の評におもしろいものがあった。

「手づかみでプチドーナツを完食された皇女殿下はやや不満げに紅茶をあおっておられた。それは当然だろう。殿下はこの作品は家族や友人と会話しながら楽しみたいと暗に示されているからに違いないのだ。殿下にとって、お菓子とは技術の伝統よりも人とのつながりに重きをおいた、というのが今回の判定であると本誌は考える。我々がこのようなことを言うのが失礼に値するが、この判定は“新しい”」

 

おわり

 


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