No.26101

【looking for...】STAGE 5 誘拐?

嘉月 碧さん

晴樹たちは高校最後の文化祭を楽しみにしていた。 しかし事件が次々と起こり,文化祭開催が危なくなる。その魔の手が幼馴染の樹里にも及んで……。

――劇のリハーサルが終わり、樹里の帰りを待っていたが一向に戻って来なくて……。

2008-08-21 01:43:02 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:532   閲覧ユーザー数:519

 放課後。いつもの練習で、晴樹は要を盗み見た。

 あの日何故睨まれたのかよく分からないままだ。翌日にはいつもの要に戻っていたので、聞くに聞けなかった。

 晴樹は気のせいだと思うことにした。

「ハル、合わせるぞ」

「あ、うん」

 恭一がCDを再生し、四人は通しで踊り始める。

 樹里に教えてもらいながらラップも作ったが、練習時はマイクは使わないので、各人がきちんとペースを掴まなければならない。個々がしっかり覚えていないと、ラップが歌えなくなるので、集中して踊った。

 

 何度か通しで踊り終わると、恭一はCDを止めた。

「ふー。結構いい感じじゃね?」

「だな。本番もこの調子でいければいいな」

 恭一の言葉に、晴樹は頷いた。

「やべ。バイトが……」

 陽介が時計を見て慌てる。

「あ、今日バイトの日か」

 要が思い出すと、陽介は頷いた。

「わりぃ。先抜けるな」

 陽介はさっさと帰り支度をし、自分の鞄を肩にかける。

「いいよ。今日は解散しようぜ」

 晴樹がそう言うと、陽介はホッとした。

「じゃあまた明日な」

「またな」

 陽介はバイトへと急いで帰って行った。

「陽介、何のバイトだっけ?」

「んーっと……。何だっけ?」

 晴樹が聞くと、要が唸り、恭一に振る。

「コンビニだろ? 陽介んちの近くの」

「へー」

 バイトをしていない晴樹は感心した。

「そういやハルはバイトしてねーの?」

「うん」

「よく小遣い足りるな?」

 晴樹が頷くと、要は驚いた。

「まぁ必要なもんがあるときは買ってもらうし」

「ハルは要みたく何でも欲しがらないんだよ」

 恭一が意地悪く言うと、要が反論する。

「ひでー。俺何でも欲しがったりなんかは……」

「ウソツケ。パソ関係、お前いつも欲しいっつってるじゃん」

「うっ」

 恭一が指摘すると、要は言葉に詰まった。

「要ってパソコン持ってんだ」

「うん。一応自分のね。最近オンラインゲームにハマっててさぁ」

 要が楽しそうに話し始めるが、恭一に止められる。

「はいはい。二人とも、帰るぞ」

 恭一の様子からして、この話を何度も聞かされているのだろうと察しがついた。

「そういやさ。今日体育館で劇のリハやるって言ってなかったっけ?」

 突然要が思い出す。

「そうだった。見に行く?」

「行こうぜ」

 満場一致で、三人は体育館に向かった。

 

 晴樹たちが体育館の後ろからこっそり中に入ると、丁度樹里たちがリハーサルの真っ最中だった。

 通しのリハーサルなので、皆きちんと衣装を着ている。衣装のせいか、いつもと雰囲気が違う樹里に晴樹は見とれた。

 高校生の劇なのに、意外と本格的なミュージカルだ。

 音楽や効果音は虎太郎を中心にパソコンで音を作った。ミュージカルの曲はオリジナルではないが、雰囲気がやっぱり違う。

「すげーな」

 要が呟くと、二人は思わず頷いた。いつも練習風景を見ていたとは言え、衣装や舞台セットがあるのとないのとでは全然違う。

「そんなとこじゃなくて、もっと前で見たら?」

 突然後ろから声がし、晴樹たちが振り返ると、沙耶華が立っていた。

「樹里、かわいいでしょ」

 沙耶華の言葉に全員コクンと頷く。その素直さに沙耶華は噴き出した。

「ぷっ。素直だぁ」

「だって、いつもと雰囲気違うし……」

 晴樹が言い訳のように言うが、沙耶華は笑う。

「分かってるって。それならもっと前で見たらいいじゃない」

 沙耶華は三人を舞台の近くに連れてきた。三人は特等席で樹里と貴寛の演技に見入った。

(やっぱ貴寛との方がお似合いかも……)

 一瞬そう思ったが、晴樹はその考えをすぐに打ち消した。

(こんなこと考えちゃダメだ)

 負け試合なんて思いたくない。

 晴樹は頭を掻き毟った。

「頭痒いの?」

 不意に沙耶華にツッコまれる。

「へ? ちがっ」

「分かってるわよ。どうせ貴寛と樹里お似合いだなぁ、とか考えてたんでしょ?」

「……どうしてそれを……」

 図星だった晴樹は驚いた。

「だってあたしも思っちゃったんだもん」

 沙耶華の言葉に晴樹は固まった。

 沙耶華は貴寛が好きで、貴寛は樹里の事を想っている。そして沙耶華は貴寛が樹里の事を好きだと知っている。何て切ないのだろう。

「そんな顔しないの」

 眉根を寄せていた晴樹に沙耶華が笑った。

「だって……」

「貴寛がこっちを見てくれないのは、昔からよ」

 沙耶華の言葉が悲しく響く。何て言えばいいのか、晴樹は分からなくなった。

「ハル。一ついい事教えてあげる」

「何?」

 晴樹は沙耶華を見やった。

「樹里が好きなのは、貴寛じゃないよ」

「え?」

 突然の思いもよらぬ情報に晴樹は思考が停止した。

「だからハルにもチャンスがあるってこと」

 沙耶華はニヤリと笑った。何とも意地悪な笑顔である。

「でも……俺なんか……。てかお前、樹里の好きなヤツ知ってるのか?」

「当たり前でしょ。親友だもん」

「誰?」

 沙耶華に思わず聞いてしまうが、教えてくれるはずがなかった。

「教えるわけないでしょ。そういうことは本人に聞きなさい」

「むー」

 いじける晴樹に沙耶華は舞台を指差した。

「ほら、クライマックスだよ」

 舞台では野獣が戦いの末に息を引き取り、ベルが愛の言葉をかける場面だった。

「ヤダ。死なないで……。私を置いて逝かないで……」

 演技だと分かっているが、樹里は涙ぐんでいるように見えた。

「愛してるわ……」

 そう言いながら樹里は横たわる貴寛にすがりついた。

 その瞬間、効果音が鳴り、暗転する。

 その間に貴寛は野獣の被り物を外し、人間の姿に戻った。照明などを効果的に使い、魔法が解けたように演出する。

「僕だよ」

 人間に戻った野獣がベルに微笑みかける。一瞬分からないという顔をしたベルは、その目を見て野獣だと確信する。

「貴方……なのね?」

 そう言うと貴寛は樹里を抱きしめた。

(あ!)

 晴樹はその瞬間、嫉妬に駆られた。芝居だと分かっていても、貴寛の魂胆がバレバレである。これを狙っていたのだ。

 ふと沙耶華を見たが、沙耶華は意外と冷静に見ている。

 沙耶華は……もしかして諦めているのだろうか? 可能性がないわけではないはずなのだが……。

 晴樹はもう一度舞台に目線を戻した。すると今度はキスシーンだった。

(!!)

 実際にはしていないと分かっていても、そう見えるので、ヤキモキする。

(貴寛……。ホントにキスしてたらぶっ飛ばす)

 そんな物騒なことを考える自分は、心が狭いのだろうか?

 それよりも余裕がないのかもしれない。

 

 無事にリハーサルが終わり、役者陣は舞台の袖に引っ込んだ。晴樹たちも舞台袖の方に行く。

「お疲れー」

「どうだった?」

 樹里が晴樹たちに問いかけると、沙耶華が一番に感想を述べた。

「よかったよー。結構舞台でもできるもんなんだねー」

「野獣から人間に戻るとこなんてすごかった」

 続いて恭一が感想を述べる。樹里は嬉しいのか笑顔で聞いている。

「あれ? そう言えば、陽介くんと要くんは?」

 樹里はいつもつるんでいる人がいないことに気づく。

「陽介はバイト。要は……」

 答えながら晴樹と恭一が辺りを見回す。さっきまで一緒にいたはずの要はいつの間にかいなくなっていた。

「あれ? さっきまでいたのに」

「帰ったのかな?」

 晴樹の問いに、恭一が「多分そうだろ」と頷いた。

「そう。じゃ、あたしは着替えてくるね」

「うん。待ってるね」

 樹里の言葉に、沙耶華が頷いた。

 

 晴樹、恭一、沙耶華の三人は体育館の前で、他愛もない話をしながら、着替えに戻った樹理を待つことにした。

「いよいよ明後日だねぇ。文化祭」

 沙耶華の言葉に恭一が頷く。

「だな。早いよなぁ」

「明日一日授業ないんだよな?」

「そだよ」

 晴樹が確認すると、再び恭一が頷く。

「よっしゃー!」

 晴樹が喜ぶと、沙耶華が意地悪く笑う。

「文化祭の準備はあるけどねー」

 しかし授業に比べたらそんなことは大したことじゃない。

「授業よりマシ」

「言うと思った」

 晴樹の言葉に間髪入れず沙耶華が言い放つ。そのやり取りを見て、恭一が笑った。

「ホント仲いいよな。お前ら」

「幼馴染だし。ていうか腐れ縁?」

 沙耶華が聞くと、晴樹は苦笑した。

「つか沙耶華が樹里にくっついて来たんだろ?」

「その言葉そっくりそのまま返します」

「むー」

 二人のやり取りに、恭一がまた笑う。

「兄妹みたいだな」

「恭一くん、笑いすぎだよ」

 あまりに笑うので、沙耶華は恥ずかしくなった。

「お前だってあの二人とは仲いいじゃん」

 あの二人とは陽介と要のことだ。晴樹のツッコミに今度は恭一が苦笑した。

「まぁあいつらとは腐れ縁だしな」

「やっぱいるんだねぇ」

 沙耶華の言葉に、恭一も晴樹も頷いた。

「それにしても……」

 沙耶華は自分の腕時計を確認する。

「樹里、遅くない?」

「そういや、そうだな」

 晴樹も腕時計を確認した。かれこれ三十分以上経っている。

「いくら衣装が脱ぎ着しにくいって言っても、こんなにもはかかんないはずだよ」

 沙耶華は眉間に皺を寄せた。

「電話してみるか?」

 晴樹は携帯電話を取り出し、短縮ボタンで樹里の携帯電話を鳴らしてみる。しかし数回コールが鳴っただけで、留守電に切り替わってしまった。

「留守電だ」

 そう言いながら、携帯を切ってポケットにしまう。

「うーん。樹里、携帯は制服のポケットに入れてるはずなんだけどな……」

 沙耶華が唸る。制服のポケットに入っていれば、鳴らせばバイブレーション機能で気づくはずだ。

「でもこんなに遅いのはおかしいよな? 見に行こうか」

 恭一の提案に、二人は賛成した。

 三人は更衣室にしている教室に様子を見に戻ってきた。

「いないよ」

 教室を覗いた沙耶華が二人に報告する。

「もう着替えてるってことだよな?」

「うん。多分ね」

 晴樹の質問に沙耶華が頷いた。

「なぁ、あれって樹里ちゃんの鞄?」

 教室を覗いた恭一が尋ねると、沙耶華と晴樹も教室を覗いた。

「あ、ホントだ」

 教室に入り、沙耶華は鞄を手に取る。

「樹里のだ」

 いつもの鞄に教科書やノートが詰め込まれている。念のためノートを取り出して名前を確認したが、確かに樹里の物だった。

「ってことは学校にはいるってことだよな?」

「そうだね」

 晴樹の言葉に、恭一も頷く。

「念のためにもう一回かけてみるか」

 晴樹はもう一度樹里の携帯電話を鳴らしてみた。すると樹里の鞄を持っていた沙耶華が反応する。

「あ」

 沙耶華は鞄を漁り、振動している携帯電話を取り出した。

「樹里のだ」

 沙耶華と同じ機種に、見覚えのあるストラップ。晴樹は溜息をつきながら、電話を切った。

「いつも制服のポケットに入れてるのに……」

 沙耶華は首を傾げる。晴樹は何故かとっても胸がざわついた。

「すっげー嫌な予感する……」

 晴樹が呟くと、沙耶華と恭一が顔を見合わせる。すると突然沙耶華が教室を見渡した。

「沙耶?」

 突然の行動を不思議がった恭一が尋ねる。

「あった。これ、樹里の衣装だ」

 たたんであった衣装を手に取る。確かにさっきまで着ていた衣装だ。

「これがここにあるってことはもう制服には着替えてるってことだよな」

 恭一の問いかけに二人は無言で頷いた。

「探そう」

 晴樹が叫ぶと、二人は驚いた。

「え?」

「鞄がここにあるってことは学校からは出てないはず。ってことは校内のどこかにいるってことだろ?」

 晴樹の言葉に二人は納得した。

「俺、練習用教室見てくる」

 恭一がまず思いついた場所を挙げる。

「あたしはトイレ」

「じゃあ、俺は樹里が行きそうなところ適当に探してみる」

 三人はそう決めると、廊下に飛び出した。

 

 晴樹は樹里がいそうなところを探すことにした。まず生徒会室。

「どした? ハル」

 息を切らして入ってきた晴樹に拓実が話しかける。何だかとっても久しぶりに会った気がする。

「樹里、来てないよな?」

 晴樹が確認すると、拓実は頷いた。

「ああ。……どうかしたのか?」

「いや……何でもない」

 拓実に話そうかどうか迷ったが、確実ではないので黙っておくことにする。

「そうか」

 拓実は気になるようだったが、また仕事に戻った。

「邪魔して悪かったな。じゃあな」

 晴樹はそう言って生徒会室を後にした。

 

 もう一度体育館も見に行ってみたが、他のクラスが準備をしているだけだった。

 一応そのクラスの数人にも確認してみたが、誰も見ていないようだった。

 

 しばらく探し回っていると、沙耶華からメールが届いた。急いで開く。

『女子トイレ前で樹里のハンカチを発見。さっきの教室に集合』

 簡潔にそれだけ書かれていた。

 ハンカチが、何故そんなところに落ちていたんだろう? もしかして……。

 晴樹は考え込んでいた頭を上げ、教室に向かって全速力で走った。

 教室に戻ると既に二人は戻って来ていた。

「ハル。これ」

 沙耶華が差し出したハンカチは、見覚えのあるハンカチだった。樹里のお気に入りのハンカチで、晴樹は何度もこれを目にしている。

「樹里の……」

 晴樹はそれしか声が出なかった。今まで考えていた事に自分で混乱する。

「なぁ……。俺、考えてたんだけどさ……」

 不意に恭一が口を開く。

「樹里ちゃん、誰かにさらわれた、なんてないよね?」

 晴樹は驚いた。自分も恭一と全く同じ事を考えていたのだ。

「俺も、実はそう考えてた」

「でも樹里に限って……」

 沙耶華が否定しようとする。樹里にはアレがある。

「とりあえずさらわれたと仮定して、誰が犯人なんだ?」

 晴樹が二人に問いかけると、二人は考え込んだ。答えなんてすぐに出るはずがない。

 晴樹は自分の考えを二人に話すことにした。

「なぁ。俺さ、思ったんだけど、数ヶ月前に変な事件あったろ?」

 晴樹の言葉に二人は思い出して頷く。

「セットや衣装がぼろぼろにされた事件?」

「そう」

 沙耶華の問いに晴樹は頷いた。

「それと関係あるんじゃないかって思うんだ。もしさらわれたのだとしたらな」

 その言葉に二人は困惑する。そんな前から繋がっているなんて、思ってもみなかったのだ。

「前に樹里は『自分がターゲットなんじゃないか』って言ってた。自分を狙った犯行じゃないかって」

 沙耶華は楽譜がばら撒かれた時の樹里の言葉を思い出した。晴樹は言葉を続ける。

「もしそうだとしたら今回樹里がいなくなったのも納得行くかなって」

 晴樹はそう仮定したものの、心のどこかで否定していた。本当はこんなこと考えたくもない。

「だとしても犯人は? 目的は樹里だとして、犯人は誰?」

 沙耶華の声は今にも泣きだしそうだった。

 すると今まで静かに聞いていた恭一が、パニックになりそうな沙耶華の肩を叩いた。

「ちょっと整理してみよう」

 恭一は黒板に向かい、白のチョークを取った。

「まず衣装がめちゃくちゃにされていた」

 そう言いながら恭一は黒板に簡単にメモをする。

「次はセットがめちゃくちゃにされてた」

 沙耶華が言うと、恭一はその隣にメモをした。

「それからすぐに新藤のクラスの衣装もめちゃくちゃにされた」

「あ、その頃、樹里が変な視線を感じたって言ってた」

 恭一の言葉に晴樹が続く。恭一はそれも書いた。

「夏休みに入って、夏休みの後半に、練習用の教室が荒らされた」

 沙耶華が思い出しながら言う。

「その数日後から樹里以外のバンドメンバーが来なくなった」

 晴樹は自分の発した言葉で、胸が痛んだ。

「その間に要が樹里ちゃんに告ると」

「それ、関係ないだろ……」

 恭一が突然事件とは無関係な事を言うので、晴樹は思わずツッコむ。

「まぁ、分かりやすくていいじゃん?」

 悪気なくそう言いながら、黒板に黄色のチョークで書く。

「それ書くんなら、あたしと樹里の喧嘩ってのも入れないと」

 沙耶華が苦笑する。

「へ? 喧嘩してたの?」

「あたしが一方的にね。もうとっくに解決したけど」

 沙耶華はそう言って笑った。恭一はそのことも黄色のチョークでメモした。

「こんなもんか。んで、今日の樹里ちゃん失踪っと」

 最後に付け足す。ざっと見ても、犯人の目的が全く分からない。

「……全然分からないな」

 晴樹の呟きに、二人も頷いた。

「とりあえず一つ一つの事件で怪しい人を搾り出してみよう」

 恭一が提案する。まず最初の事件を思い出してみた。

「まず衣装がめちゃくちゃにされた事件。……うーん。アリバイない人って言っても当時も分かんなかったんだよなぁ」

 恭一は頭を抱えた。容疑者は不特定多数いるのだ。

「俺が怪しいって思ったのは、貴寛のファンクラブの女子。ベルの……樹里の衣装だけが妙にボロボロだったからさ」

 晴樹の言葉に沙耶華も頷いた。

「うん。他の衣装はそうでもなかったんだけど、樹里の衣装だけ修復不可能だったから最初から作り直したの」

 沙耶華の言葉に恭一は事件の隣に赤チョークで怪しい人物を書いた。この場合複数なので『貴寛ファンクラブ』と一まとめにしておく。

「次はセット破壊事件」

 恭一はメモをしているところを持っていた赤チョークで指した。

「これの容疑者はよく分からなかったんだよな?」

 恭一の問いかけに、晴樹は頷いた。

「うん。一応名簿を確認したけど、鍵を借りたのは俺らのクラスの人間しかいなかった」

「とりあえずその鍵を借りに行った人間の名前書いておこうか」

 恭一の提案に晴樹は覚えている限り名前を言った。恭一が書き取る。ほぼ大道具や小道具を作っていたメンバーだった。

「こんなもんか」

「ねぇ。今更言うのもあれだけど、犯行があった日の前日とかの人だけでよかったんじゃない?」

 沙耶華の意見に二人は固まった。恭一は咳払いして、仕切り直す。

「ハル。前日に鍵を借りた人、覚えてる?」

「えっと……確か……」

 晴樹は名簿を見た記憶を必死に呼び起こした。

「要だ」

「要?」

 思わず恭一が聞き返すと、晴樹は深く頷いた。

「確かだよ。要がそんなことするはずないって、思ったから……」

 晴樹の言葉に恭一は複雑な思いで名前を書き込んだ。

「飽くまで前日に借りた人でしょ?」

 沙耶華のツッコミに、二人は苦笑しながら「そうだな」と頷いた。

「次。新藤のクラスの衣装破損事件」

 恭一が話題を移す。

「これも全然分からないんだよな」

 手がかりも何もないのだ。自分のクラスでもないので、結局どうなったのかすら分からない。

「だな。とりあえず保留」

 恭一は次の事件を赤チョークで指した。

「変な視線を感じたのって樹里ちゃんだけ?」

 恭一の問いに、二人は頷いた。

「うん。あたしが聞いたのは樹里だけ」

「俺も樹里からしか聞いてない」

「これも謎だな」

 恭一はそれを飛ばし、次の事件に視線を移す。

「練習教室荒らし事件」

「これも意味不明って感じだったよな?」

 晴樹が沙耶華に問うと、沙耶華は頷いた。

「うん。楽譜が散らばってて……。その中の数枚に赤い字で『音楽やめろ』って走り書きがあったの」

 沙耶華の情報を恭一は青チョークでメモした。

「虎太郎が怖がってた」

 晴樹の言葉に、沙耶華が「そうそう」と頷く。

「フラッシュバックしちゃったみたい。アメリカでイジメられてたらしいから」

 沙耶華が説明すると、初めて知る事実に恭一は驚いた。

「そだったんだ」

「その数日後にホントにメンバーが来なくなった」

 晴樹は呟くように言った。すると恭一が口を開く。

「誰かに脅されたんじゃないのか?」

「あたしたちもそう考えたんだけど、樹里が確信が持てないから聞くなって……」

 沙耶華がそう言うと、恭一は「そうか」と言いながら、事件の隣に『誰かに脅された?』と書いた。

「沙耶と樹里ちゃんの喧嘩の原因って何だったんだ? 差し支えなければでいいけど」

 恭一の質問に沙耶華はあの日あったことを説明した。

「なるほどねぇ」

 話を聞きながら『貴寛ファンクラブ』と書き足す。

「こうやって見ると貴寛のファンクラブの子が怪しいよな」

「だな」

 恭一の書いた一覧表を見て晴樹が言うと、恭一も頷いた。

「樹里の気を失わせたとして、ファンクラブの女子なら数人で運べるんじゃないか?」

「でもそれだと目立つでしょ」

 晴樹の意見は沙耶華に即ダメ出しされる。

「となると怪しいのは……」

 恭一は一覧を見た。赤く書かれた名前に、三人は固まる。

「……要……」

 信じたくない気持ちで恭一が名前を口にした。

「まさかな……」

 晴樹は苦笑した。沙耶華は複雑な思いで口を開いた。

「でも今のとこ一番怪しいのは要くんだよ。セット破壊事件の時、前日に鍵を持っていたのは要くん。樹里の事、本気で狙ってたのも事実だし。今日だっていつの間にかいなくなってるし……」

 沙耶華の意見は最もな気がしたが、晴樹は反論した。

「だからってこんなことする必要あるか? セット壊したり、拓実んとこの衣装ボロボロにしたり……」

 それは沙耶華も納得ができなかった。樹里を狙っていたと言うのは分かるが、こんな事をしても要には一切得にならない。

「そうなんだよね……。その動機が分からないんだよね」

 沙耶華も口ごもる。

「じゃあさ、話を変えよう。樹里ちゃんが拉致られたとして、どこになら隠したり監禁できたりすると思う?」

 恭一が話題を変えた。二人はそう聞かれ、考える。

「隠し場所?」

「校内に限られるよね……」

 二人が考えている間に、恭一はまだ半分残っている黒板のスペースに、校内の簡単な見取り図を書いた。

「教室は何だかんだ言って危険だから除外」

「ここに校庭の掃除用具入れがあって……」

 三人は協力して校内の見取り図を完成させた。

「なぁ……。もしかしてここじゃね?」

 晴樹は一つの場所を指差した。

「あ、そうだな。ここなら樹里ちゃんを隠せるし、人もあまり来ない」

 恭一が頷く。三人は顔を見合わせた。

「行こう」

 晴樹の言葉に三人は教室を飛び出した。

 その頃、気絶させられていた樹里はようやく目を覚ました。

(ここは?)

 薄暗くてよく分からない。立ち上がろうとして、ようやく気づいた。手を後ろで縛られている。

(何これ?)

 全く状況が飲み込めない。何でこんな状況になっているのだろう?

 身体を動かしてみたが、身動きも取れない。手を柱に回され、丁寧に縛られていたのだ。

 樹里はゆっくり思い出してみた。

(えーっと……。確か着替えて、トイレに行って……)

 その後の記憶がない。

 樹里はトイレから出てきたところを襲われたのだ。

 いつもだったら気配を読むことができるのに……。マヌケな自分が情けなくなる。

 今一体何時だろう? 沙耶華や晴樹が待っているはずだ。いや、もしかしてもう帰ってしまっただろうか?

 樹里がそんな事を考えているとドアが開いた。

「やぁ。目、覚めた?」

 顔はよく見えないが、その声に聞き覚えがあった樹里は驚いた。

「何で? 何であなたがこんな事……?」

 樹里がそう言って叫ぶと、男は口を開いた。

「ホントはこんな手荒な真似、したくなかったんだけど。俺はね、ずっと前から樹里の事好きだったんだ」

 男はゆっくりと樹里に近づく。

「何それ……? だからってこんなこと……。間違ってるよ!」

 樹里が叫ぶと、男は苦笑いを浮かべた。

「分かってるよ。でも、樹里が俺を全然見てくれないから、仕方がなかったんだ。あいつにもムカついてたしね」

「あいつって……?」

 寂しそうにそう言った男に、樹里は問いかけた。

 

 晴樹と沙耶華と恭一の三人はその場所に向かって走っていた。

 唯一誰にも見つからない場所。

 それは体育館裏の倉庫だ。そこは使われなくなったものが置いてある、言わば廃材置き場である。

 人間を校内に、誰にも見つからないように隠すとしたら、そこしか考えられない。

 倉庫が視界に入った時、窓に人影が映った。

「誰かいる!」

 見つけた沙耶華が叫ぶと、三人は急いで倉庫に向かった。

 

「あいつって?」

「教えて欲しい?」

 その言葉に樹里は素直に頷いた。

「拓実だよ。あいつと付き合ってるんだろ?」

 思いもよらない名前に、樹里は一瞬固まる。

「え? 何言ってるの? あたしが好きなのはっ……」

 樹里が否定しようとしたが、男は樹里の頬に触れ、顔を近づけてきた。

 その時、ドアが勢いよく開く。

「樹里!」

「ハル!」

 現れた人物の名を叫ぶ。

「チッ」

 男の舌打ちが樹里に聞こえた。

 倉庫に入って来た晴樹は樹里に近づいている男に気付き、駆け寄って来る。

「何やってんだよ。離れろ!」

 晴樹が男を突き飛ばした時、恭一が入口近くにある倉庫内の電気のスイッチを入れた。

 薄明かりの中、男の顔が浮かび上がる。

「ウソ……」

 入口にいた沙耶華は我が目を疑った。もちろん、晴樹と恭一も同じだ。

「何でお前が……? 何で貴寛がココにいるんだよ!?」

 思ってもみない展開に全員、頭が真っ白になる。

 ふと縛られている樹里に気づいた恭一が縄を解いた。

「動機は……嫉妬、かな?」

 自嘲しながら、貴寛が自白を始める。突き飛ばされ、地面に尻餅をついたまま、口を開いた。

「拓実は……いつも首席成績で、校内の人気者。顔も運動神経もいい。いっつも俺は二番だった」

 貴寛は自分の両腕を抱いた。震えた声で真相を話す。

「ずっとどうやったら拓実に勝てるんだろうって、そればっかり考えてた。そんな時、衣装がボロボロにされる事件があった。俺は何となく犯人は分かってたんだ。俺のファンクラブとか言ってる女子が樹里への嫉妬であんな事したんだろうって。それで……思いついたんだ。文化祭ができなくなったりしたら、拓実の評判が落ちるって。だから手始めに自分のクラスのセットを壊した」

 晴樹は貴寛の名前が名簿に載っていなかったことを思い出し、疑問が沸く。

「でも……鍵は?」

 そう聞くと、貴寛は鼻で笑った。

「そんなの……放課後に、職員会議して蛻の殻になってるときに堂々と拝借したんだよ」

 生徒会長の拓実と副会長の貴寛だけが、鍵が入ったボックスの番号を知っていると言っていたことを思い出し、納得する。

「その次に拓実のクラスの衣装もボロボロにした。でも……気づいたんだ。こんなことしても意味ないって……。衣装だってセットだって作り直せば済んでしまう。だから辞めたんだ」

 それから衣装やセットが壊されなくなったのは、貴寛が辞めたからだろう。

「それ以降、貴寛は何もしてないんだな?」

 晴樹が確認すると、貴寛は苦笑した。

「今日樹里を誘拐したくらいかな?」

 沙耶華と恭一、晴樹はそれぞれ顔を見合わせた。

「今日、あたしを誘拐したのは何のため?」

 樹里が聞くと、貴寛は俯いていた顔を上げた。

「我慢できなかったんだ。今日のリハで、樹里を抱きしめたとき、絶対離したくないって思った。このまま拓実の所に行ってしまうのが嫌で……」

 貴寛の言葉に晴樹たちは首を傾げた。何故拓実の名前が出てくるのか、理解できない。

 そこで樹里は、ようやく貴寛の言葉を訂正した。

「貴寛。誤解があるみたいだから言っておくけど、あたし、拓実とは付き合ってないよ」

 驚いた貴寛は、樹里を見詰めたまま固まった。

「ついでに言うと、拓実とは一ヶ月近く話してない」

「え? バンドは?」

 その反応に、晴樹たちはメンバーとの不和と貴寛は無関係だと気付く。

 樹里は貴寛に事情を説明した。

「急に……?」

 貴寛の問いに樹里は頷いた。

「でも……あたしが歌い続ける事には変わりないから。あたしが歌い続けていればいつか必ず戻って来てくれるって……そう信じてる」

 樹里は力強く言葉を付け足した。

「強いな。樹里は」

 貴寛はそう言って目を細めた。

「それから、もう一つ」

「え?」

「あたしの好きな人は……」

 樹里の思いがけない言葉に晴樹は生唾を飲み込んだ。その時、突然樹里が腕を絡ませてくる。

「ハルだよ」

「「え!?」」

 思ってもみない言葉に晴樹と貴寛は驚いた。沙耶華は当然知っていたし、恭一も薄々は感じていたので、さほど驚かない。

「だから拓実とは全然関係ないの」

「そっか」

 貴寛は力なく笑った。自分の思い違いに、ようやく気づいたようだ。

「えーっと、樹里サン?」

 一方の晴樹は混乱していた。絡まる腕に意識しすぎて、体温も次第に高くなってくる。

「ん?」

「今のは……ホントデスカ?」

 思わず確認してしまう。

「ここで嘘言ってどうすんのよ」

 樹里は照れながら怒った。晴樹は嬉し過ぎて、どう反応していいのか分からない。

 樹里は晴樹から手を離し、まだ座り込んでいる貴寛に向き直った。

「とにかく! 貴寛、もうバカな事考えないでよね」

 樹里が念押しすると、貴寛は素直に謝った。

「分かってる。ホントごめん」

 反省しているようなので、それ以上何も言わないでおく。

「分かったんならいいよ」

 一件落着のようなので、恭一が声をかける。

「んじゃ、帰ろうか?」

 その言葉に、晴樹以外が頷いた。

「わりぃ。俺、寄るとこできた」

「え?」

 晴樹の意外な言葉に樹里たちは驚いた。

「先、帰ってて」

 晴樹はそう言うと、皆と別れて、ある場所へ向かった。


 
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