「見ろよ、ガチ! 彼女 来てるぞ!」
「うそ!マジで!?」
彼女がその公園に姿を見せたのは久しぶりだった。
「久しぶりジャン!」
さりげなく声をかける。さりげなく…自分ではそのつもりだけど
声がうわずってる気がする。
横で軽くQが笑ってる。
「あぁ、久しぶり!」
こちらの心配をよそに笑顔で返事をしてくれる彼女。
笑顔。
かわいい。
一瞬無言になるオレをフォローするようにQが話し出す。
「どしたの最近、ココ来なくなったね。」
「ん? …。ま、受験生だしね~。そうしょっちゅうは来れないよ~。」
「んじゃ、今日は息抜きか。」
「そそ。」
そう言うと彼女はフェンスの向こうへ行ってしまった。
「何かあんのかな?来なくなった理由。」
Qの問いに答えられるわけも無く、
「なんでそう思うの?」
「イヤ、彼女なんか口ごもったような…。」
そうだったかな?
オレはとにかく顔が見れただけで満足だった。
公園のバスケのゴールはもうネットなんか無くてボロボロだ。
高さも規定通りなのかあやしい。
でもQは上手いことボールをバックボードに当ててシュートを決めた。
「トコロで名前、聞いた?」
不意の質問。
「う…。 まだ…。」
「マジかよ!なにやってんの!?」
ホントなにやってんだろオレ。
自分でも信じられん、自分の行動。
こんなオレってヘタレだったか?
なんなんだ自分!
「なんかさ、彼女と会ってお前 変わってね? オレのお前のイメージって…、」
「いいよ!言わなくて!」
怒ったワケじゃなかったけど、声がデカくなってしまった。
正直、今までの自分は好きじゃない。
ヘタレでもなんか今の方が…。
「ま、なんか今の方がイイけどな。」
とQが笑う。
「オレはいつでもイイ男よ♪」
今度は二人で笑う。
「ちょっと!けい君!!」
朝からうるせーなぁ。
めちゃくちゃ不機嫌な顔して振り向いてやった。
そんなオレの顔なんかおかまいなしに喋りまくる。
「あの話、本当? ウソでしょ!? ねぇ!!」
すごい勢いで人の袖をひっぱる。
無視し続けたら袖を破られそうだ。
「あのなぁ…。菜三。」
ため息のようにその名前を呼ぶ。
「何度も言うけど、オレお前と同じ高校には行かねーよ。」
信じてたのに!
そんな瞳をしてコッチを見てる。
なんだよ、その目は。
イライラする。
これ以上お前と話したくねーよ!
「いい加減にしろって。菜三。」
Qが菜三の肩をつかみ、オレから引き離す。
「お前、三崎がいいんだろ? 奴ンとこ行けよ。」
吐き捨てるようにQが言う。
「なんでよ!誰がそんなコト言ったのよ!」
「三崎が言ってたぜ?奴の彼女になったんだろ?お前。」
ムッとQの言葉に顔を歪ませる。
Qを振りほどき、こっちを向いて菜三は言った。
「ウソよ!」
「それは口癖か!!」
キレた。
マジで。
その目もその声も、もう何もかもにムカついた。
「よく殴らなかったな。」
「オレもそう思う。えらいなぁ、オレ。」
昼休み、屋上でQからタバコをもらう。
沈黙が続く。
菜三の話はQとしたくない。
多分Qも…。
ガッチャン!
屋上のトビラが開いた。
Qと顔を見合わせる。
嫌な空気。
「またココにいた!」
やっぱり菜三だ。
「なんだよ。菜三。」
「あのさぁ、けい君…」
今朝オレに怒鳴られたのなんかちっとも気にしてねーな。コイツ。
その笑顔がムカツクっつーの。
「いっつも私が浮気してるみたいに言うけど…、」
してんじゃん。
っつーか浮気でもねーか。アレは。
最初は菜三に男が寄って来てるんだと思ってた。
実際オレも菜三の見た目に騙されたワケだが、
ほんと騙されてた。
いろんな男とモメてはオレとケンカさせて。
わざとだったんだ。
悲劇のヒロインやりたかっただけなんだよ。コイツ。
気付かせてくれたのは、Q。
そのQを巻き込んで…。
「私、知ってるのよ。」
何を知ってるっつーの、お姫様。
「けい君、他に好きな人いるんでしょ?」
かろうじて落とさなかったタバコを口に持っていき、答える。
「なんのハナシだよ。」
「ほら!その癖! ウソつく時とかごまかす時に口をふさぐ癖!」
「うるせーな!だったらなんだよ!」
「あんな人、やめなよ!けい君のコト好きじゃないって言ってたよ!」
!?
「…お前、誰のコト言ってんの?」
イヤな胸騒ぎに思わず菜三の顔を見てしまう。
「私、知ってるんだから!いつも公園で会う人でしょ!?」
脳天に雷が落ちた。
何で彼女のこと知ってるんだよコイツ。
なんで…。
「いいじゃん、もう別れたんだろ。お前ら。」
空に煙を吐きながらQが言う。
「別れてないわよ!」
いい加減にしてくれ…。
「オレは別れたつもりだけど?」
軽く言ってみせる。
「けい君!」
すがりつこうとする菜三にタバコを向ける。
「何度でも言うぞ!オレは…」
言い終わる前にあわてて菜三は走って行った。
ダ イ キ ラ イ ダ 。
「聞かなくても同じなのにな。」
さっきと同じ体勢のままQが言った。
「何でアイツ知ってたのかな…。彼女のこと…。」
あの公園のことは知られてないと思ってた。
「後をつけられてたのかもな。」
Qはため息を吐くように煙を吐いた。
「彼女…、菜三と会ったんだな。」
「…。」
「菜三からお前のこと…聞いたんだろうな。だから公園に来なくなったんだ。」
…聖域を侵された気がした。
最悪だ。
いったい何を彼女に言ったんだ…。
考えたくなかった。
「やっぱ、あそこ受けンの、やめようかな…。」
「え!今更希望校を変えるンのかよ!?」
「だって…。」
だってもうやる気なんか出ねーよぉ…。
もともとオレなんかじゃ入れるかどうかも分からない進学校。
彼女が行くって言ったから…。
「もう菜三が行かないトコならドコでもいいや~。」
帰り道、重い足どり。
なんかもうどうでもいい。
ため息をつくオレにQが意外な言葉を言った。
「ガチ、公園行こう!」
「はぁ!?ヤだよ!もし彼女いたらど~すんだよ!」
「どうもしねーよ。だってこないだ彼女、何も言わなかったじゃん。」
…確かに。
久しぶり!って笑顔もくれた。
笑顔。
かわいい。
「彼女の顔、見たくなっただろ?」
ニヤニヤしながら人の顔を覗き込んでくる。
「な、なんだよ!」
慌ててQから顔をそらす。
なんか彼女のコト考えると顔が変になる。
Qはその事に気付いてる。
「お前は分かりやすいなー!」
公園に彼女は来てなかった。
ちょっとほっとした。
やっぱ今は顔見れないかも…。
「でもさ…」
Qがゆっくりオレを見て言った。
「もう ずっと彼女の顔、見れなくていいの?」
もう二度と見れないかも?
もう二度と会えないかも?
もう ずっと…?
「…イヤかも。」
ちょっと笑ってQが言った
「だと思った!」
それからは勉強付けの日々が続いた。
Qのスパルタについていけなくなりそうになったけど
その度に「公園の君!」と呪文のように言われ、
もうそれだけのために頑張った。
春。
オレは彼女と同じ学校に入学していた。
菜三はしばらくうるさかったけど、また他に男でも見付けたんだろう。
別の高校に入ったら静かになった。
良かった。もうアイツの顔は見たくない。
そして今日やっと見つけた!彼女だ!
名前が分からないから探すのに苦労した。
久しぶりに見る彼女の顔。
なんか懐かしい…。
一瞬だけどオレを見て彼女の動きが止まった。
そして彼女は言った。
「誰?」
「ねぇ、Q~、オレ避けられてる?」
「知らないふり、されちゃったな。」
今までとは違う景色の屋上で空を見上げる。
「それとも、ホントに忘れられちゃったのかな…。」
自然とため息が出る。
「や、やっぱいいや。」
差し出されたタバコをQに返す。
「禁煙すんの?」
「彼女、タバコ嫌いなんだよね~。」
寝転がるオレを見てQが笑ってる。
「なによ。」
「や~、なんか今のガチ、笑える。」
なにおう! 言いかけたら、
ガッチャン!
屋上のトビラが開いた。
Qと顔を見合わせる。
嫌な空気。
「あ、先客がいた。」
今までとは全く違う声がした。
彼女だ。
「君達もテニス部に入ったんだって?」
意外にも彼女の方から話し掛けて来てくれた。
「バスケ部じゃなかったの~?」
なんだ、やっぱ忘れてなかったんじゃん!
嬉しかった。
笑顔で彼女に返事を返す。
「だって、君のことが好きだから~。」
あれ、オレなんか今、スゲぇこと言わなかった?
彼女は目が点になって固まってる。
横を見たら「突然すぎだろ!」そんな顔でQも固まってる。
…だよね。
どうしようもない空気の中、
最初に口を開いたのは彼女だった。
彼女はQを見てオレを指差し言った。
「コイツ…バカ?」
その日からオレはバカの称号をいただき、
毎日のように彼女にアプローチを試みる。
バカだからしょうがない。
そんな感じで彼女も適当に相手をしてくれる。
とりあえず、避けられてはいないようだ。
だいぶ見慣れた新しい景色の屋上。
寝転ぶオレにQが話しかける。
「ガチ、本気すぎて本気になれねーんだろ?」
相変わらず、するどいなQめ。
いまいち押し切れてないのに気付いてる。
「つかさ、ホントのところ、彼女はオレのことどう思ってンのかな…?」
「ど~なんだろうね。分からんな。アイツは。」
どう思ってるの?
なぜ相手してくれるの?
聞きたいことはいっぱいあった。
でも…。
「あんな人、やめなよ!けい君のコト好きじゃないって言ってたよ!」
ムカツク声が脳裏をよぎる。
聞けない。
ホントのところなんて
聞けない。
オレの顔色に気付いたのかQが話し出す。
「気にし過ぎかもよ?彼女はお前のコトそんなに深く考えてないよ。」
「…それ、なぐさめになってねーよぉ。」
「情けない顔すんなって!」
笑いながら慰めてくれる。
「なに笑ってんの~?」
屋上に彼女が上がってきた。
いつもの笑顔だ。
避けられて無いってことは可能性はあるよな。多分。
「一条、お前のことだよ。」
いじわるっぽく笑ってみせる。
「え~、あたしをネタに笑ってンの~?」
風に長い髪をなびかせて、笑う。
笑顔。
かわいい。
ねぇ、一条オレの彼女になってよ。
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