No.206327

アタシと吉井くんとホワイトデーデート申し込み大作戦

今回の災害で被害に遭われた全ての方に対して悲しみの念がたえません。
そして一刻も早い復興がなることを切望しております。
そんな中で私の拙い作品がほんの少しでもみなさんの気分転換のお役に立てたら良いなと思います。

この作品はバレンタインの対で作ったので、1ヶ月前の作品なのですが。

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2011-03-14 12:51:43 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:7612   閲覧ユーザー数:7211

アタシと吉井くんとホワイトデーデート申し込み大作戦

 

 

バカテスト 家庭科

 

【第?問】

 

問 以下の問いに答えなさい

『マシュマロを作る際に必要な材料は水、(1)、砂糖、(2)である。これに香料や着色料を加えると色付きマシュマロができる』

 

 

吉井明久の答え

『(1)卵白』

『(2)ゼラチン』

 

教師のコメント

 正解です。ですが、吉井くんに真面目に答えられると先生は不安になるのですが、どうしてでしょうかね?

 

 

須川亮の答え

『(1)ホワイトデーに女子にマシュマロ贈る男なんてみんな死ねば良いと思う固い決意』

『(2)リア充爆発しろと強く思う怨念』

 

教師のコメント

 材料が水と砂糖では吉井くんの朝食になってしまいます

 

 

玉野美紀の答え

『(1)アキちゃんの坂本くんに対する溢れ出ちゃってる愛情』

 

教師のコメント

 そのマシュマロを先生は食べたくありません

 

 

土屋幸太の答え

『(1)(2)俺なら砂糖の選択次第で卵白とゼラチンがなくてもマシュマロを作ってみせる』

 

教師のコメント

 土屋くんのプロ級の料理の腕を尋ねている訳ではありません

 

 

姫路瑞希の答え

『(2)明久くんは私にホワイトデーのマシュマロをプレゼントしてくれるでしょうか?』

 

教師のコメント

 先生に訊かれても返答に困ります

 

 

木下優子の答え

『(2)→ころしてでもうばいとる』

 

教師のコメント

 姫路さんより意思表示がはっきりしていますね

 

 

木下秀吉の答え

『(2)姉上や姫路、島田が何をしようが明久はワシのものじゃ』

 

教師のコメント

 お姉さんより意思表示がはっきりしていますね

 

 

 

 

3月13日 木下家居間

 

 ホワイトデーを翌日に控え、アタシ木下優子は大いに悩んでいた。

 

『ごきげんようお姉さま♪』

 

『シンジッ! ワシは伝説の木の下にて貴様を待つッ! 鈍器を持ってなッ!』

 

 先月のバレンタインデーにアタシは吉井くんにチョコレートをあげた。だから多分明日、吉井くんからホワイトデーのお返しが貰えるに違いない。

 そして、吉井くんからお返しが貰えたらアタシは彼をデートに誘おうと思っている。

 けれど、今まで釣り合う男に巡り合うことができなかったアタシにはデートの経験がない。どうやって誘えば良いのかわからない。

 そこでアタシは先達の知恵を拝借することにして、10代乙女が一般的に読んでいるに違いない恋愛小説2冊を元に方針を立てることにした。

 1冊は武蔵野丘陵のとあるカトリック系お嬢様学校を舞台にした小説で、先輩と後輩がスールという契りを交わしてラブラブしたりツンデレしたりする。小説の中で男はほとんど出て来ない。

 もう1冊は地域は不明だけどやたら夕日が綺麗で川原が広い街の汗臭い男子校を舞台にした小説で、先輩と後輩が義兄弟の契りを交わして攻めたり受けたりする。この小説の世界に女が本当に存在するのか疑わしい。

「さて、どちらの本を参考にするべきかしらね?」

 2冊ともこの国を代表する乙女小説であることは主観的に間違いない。でも、描いている作品のベクトルは正反対。選ぶべきはスールなの? 義兄弟なの?

「吉井くん、アタシはどうしたら良いの?」

 その時、アタシの脳内で吉井くんは微笑んでくれた。

 ……坂本くんのお尻を見ながら。

「迷う必要なんかなかったじゃない!」

 吉井くんの趣向を考えてみれば、迷う必要なんかなかった。

 アキちゃんはアタシから見ても確かに可愛い。けれど、吉井くんはアキちゃんでいることを嫌がっている。最初からスールの線なんてなかったのよ!

「決めたわっ! 明日は伝説の木で吉井くんを迎え撃つわよ!」

 方針は決まった。けれど──

「吉井くんがきちんと来てくれるかは不確実よね」

 大きな問題が残っていた。

 バレンタインデーの時にもアタシは吉井くんを伝説の木の下で待っていた。けれど、アタシが待っていることを告げた筈の手紙は何者かに奪取され、吉井くんが現れたのは偶然が作用したものだった。

 

「確実に会うにはただ待っているだけじゃダメよね」

 伝説の木の下、鈍器というシチュエーションは外せない。

 けれど、待っているだけでは吉井くんが来てくれるかはわからない。

 これらの要望を全て満たしてくれる方法は……

「アッ!」

 我ながらとても良い方法を思い付いた。

「ただいまなのじゃ」

 都合よく愚弟が帰ってきた。

「秀吉おかえりなさ~い♪」

 玄関まで弟を出迎えに行く。

「姉上、何度も言っておるが、自宅の中といえど下着姿でうろつくなといつも言っておるではないか。もしワシが客人を連れておったらどう言い訳をするつもりなのじゃ」

 パキッ パキッ ボキッ ボキッ

「今の一瞬でワシの両肘、両膝を外したというのか!? 体が石化したように動かぬ!」

 愚弟の発言に見られる姉への崇拝の念のなさに対する責任はこの際問わない。

 大事なのはこれからの交渉。

「秀吉はこの後暇?」

 にっこり笑いながら弟に尋ねる。両手を弟の首に添えながら。

「……ワシは明日のホワイトデーのコーディネートを考えるのに忙しい。明久に喜んでもらう為じゃからな」

「態度がデカくなったじゃない。小僧」

 弟の成長に免じて首に伸ばした手を離す。

「つまり、暇なのね♪」

「結局何をしてもワシの意見は聞き入れられんのじゃな……」

 当然のことを哲学チックに語る弟はアニメの主人公にでもなったつもりなのかしら?

「暇だったらアタシの筋力強化トレーニングを手伝いなさい」

 返事を聞く前に柱と化した弟を片手で持ち上げる。

「ワシをどうするつもりじゃあっ!?」

「別にどうもしないわよ。ただ筋トレで振り回したり、放り投げたりするだけよ」

「放り投げるだけって……ぎゃああああああぁっ!」

 秀吉を天井スレスレに向かって放り投げ、2回転させた所でキャッチする。これぐらいのことができないと体力的に明日が心もとない。

「よし、次は遠投の練習をするわよ」

「ちょっと待て、姉上? 遠投の練習って何じゃ!?」

 右手で秀吉をお手玉しながら左手で窓を開ける。

「どうか明日こそ、吉井くんをデートに誘えますように。アタシったら何て恥ずかしい願いを。きゃっ♪ えいっ♪」

 我ながら乙女チックな願い事をしてしまった。穴があったら入りたいほど恥ずかしい♪

「あっ、あっ、あっ、あっ、明久ぁああああああああああああぁっ!」

 地上から飛び立った一番星が明日のアタシの成功を祝福してくれているように見えた。

 

 

 

 翌朝、アタシは意気揚々と2年F組に向かって廊下を歩いていた。

「あの、優子ちゃん。どうしたの、その格好? シンジの真似なの?」

 F組のすぐ手前で文月学園での数少ないBL仲間であるD組の玉野美紀さんに出会った。

「まあ、ちょっと気合入れにね」

「そっ、そうなんだ……」

 美紀はアタシの長白ランスタイルに驚いている。

 本当は胸の部分に直接サラシを巻きたい所だったのだけど、それは流石に乙女として恥ずかしすぎた。なので代わりに“愛”の文字が入ったTシャツを着ている。

「その右手に持っている木はもしかして伝説の木、なの?」

「うん。鈍器も兼ねているのよ」

 そしてアタシが右手に抱えている直径70cm、長さ約4mの木は今朝アタシが木下家の庭から掘って来た新しい伝説の木。そして鈍器としての性能も兼ね備えた優れもの。

 更にうちから木を持ってくることで、学校の木を抜いたと怒られなくて済む至れり尽くせりの配慮を兼ね備えた1品。

「その伝説の木を持って想いを寄せている人に会いに行くの……?」

「そんなハッキリ言われちゃうと照れちゃうじゃない」

 流石はアタシと同じ書物を愛読する美紀。アタシの考えは全てお見通しみたい。

「優子ちゃんが想いを伝えたい人って…………アキちゃ……吉井くん?」

「あはははははは」

 正直に答えるのは恥ずかしいので笑って誤魔化す。

「えっと、その……頑張ってね。それじゃあ、私、そろそろ行くね」

 美紀はそそくさと去っていってしまった。気まずそうな表情を浮かべている所を見ると、もしかしてお手洗いに行くのを邪魔してしまったのかもしれない。

「だけどもうちょっと根掘り葉掘り聞いてガールズトークしてくれても良かったのに……」

 少し残念に思いながらF組に向かって再度歩き出すアタシだった。

 

 F組に到着して、少しだけ扉を開けて中の様子を覗く。

『ホワイトデーに女子にお返しができる男なんて全て滅べば良いっ!』

『『『異議なし!』』』

 いつも通りのF組だった。毎度変化もなくよく飽きないと感心させられる。

『モテ男どもはバレンタインデーにチョコを貰い我らを精神的に苦しめたのみならず、ホワイトデーで女子にプレゼントを配ることにより我らに過去の忌まわしい記憶を呼び起こさせ、なおかつ己のモテ度を誇らんとする。そのような輩には正義の捌きが必要だ!』

『『『異議なし!』』』

『よって、我々はバレンタインデーにチョコを受け取った吉井明久並びに坂本雄二に対して天誅を下すことをここに宣言する』

『『『FFF団に栄光あれっ!』』』

 ……なるほど。

 バカ騒ぎするだけならいつものことと笑って見ていることもできる。

 でも、吉井くんを標的にする以上、吉井くんがアタシにプレゼントするのを邪魔しようとする以上黙ってはいられない。

「邪魔をするわよ」

 勢いよく扉を開いて中に入る。

「……これは、最高死刑執行官殿……ですか? 随分と奇抜な格好をしておられますが?」

 黒尽くめの連中の中央にいる男、おそらくはFFF団会長の須川くんがアタシの格好を見て訝しがっている。

「白ランのことなんかどうでも良いのよ」

「いえ、サラシを巻く必要がないその胸も服装とよくマッチしておりますのでご安心を」

 ブンッ ブンッ

「須川会長は名誉の戦死を遂げられたわ。だからこれからFFF団の指揮はアタシが採る! 吉井くんを殺そうとする勇気ある戦士はアタシの前に並びなさい」

 ゾロゾロゾロ ゾロゾロゾロ ゾロゾロゾロ

 ブンッ ブンッ ブンッ ブンッ ブンッ ブンッ

 鈍器って本当に便利♪

「吉井くんが女の子にプレゼントをあげるのが悔しくてどうしようもないという人は前に並びなさい。アタシの手作りクッキーでアンタたちの心を癒してあげるわ」

 ゾロゾロゾロ ゾロゾロゾロ ゾロゾロゾロ

 バタッ バタッ バタッ バタッ バタッ バタッ 

 フッ。毎度惚れ惚れするわね、アタシの料理の実力は。

 

「…………たった3分で、45名のFFF団の精鋭が全滅だと!?」

 アタシの手製のクッキーを食べて虫の息になっていた男の1人が覆面を取りながら驚愕の声を上げる。

「土屋くん……」

 男は愛子の想い人である土屋幸太くんだった。

「何で土屋くんまでFFF団に参加しているのよ? 土屋くんは襲う側じゃなくて襲われる側じゃないのよ」

「…………何のことだ?」

「自覚がないの? 愛子も可哀想に……」

「…………???」

 惚れた相手がこんなに鈍感だと愛子も苦労が絶えないわよね。

 ……他人のことは全然言えないけどね。

 吉井くんの場合、この土屋くんにさえも鈍いといわれるほど女の子の気持ちに鈍感なのだから救い難い。

 だからこそ、アタシは今日積極的攻勢に出ようと決めたのだ。

「土屋くんは吉井くんがどこにいるのか知っている?」

 土屋くんの命が尽きる前に吉井くんの居場所を聞いておかないと。

「…………明久の居場所は知らない」

 土屋くんは首を横に振った。

「…………だが早朝に玉野がF組に来て、明久をセーラー服に着替えさせてF組から脱出させたのは間違いない」

「美紀が?」

 そう言えば、Dクラスの美紀がFクラス付近にいたのは今にして思えばおかしい。

 そして、土屋くんがプルプルと震える手で指し示す先には脱ぎ捨てられた男子制服があった。

「…………FFF団はアキちゃんには手を出せない。玉野の作戦勝ち」

「何で美紀がそんな行動を……アッ!」

 そうか。美紀の魂胆がわかった。

 美紀は『雄二×明久』の超推進派。

 このホワイトデーを使って吉井くんと坂本くんがよりディープに、ねちっこい関係になれる為のお膳立てをしていたって訳ね。

 そして『雄二×明久』の実現の為にはアタシが邪魔だったので何気なく吉井くんから遠ざけた。なるほど、そういうことね。

 でも、間違っているわよ、美紀。

 『雄二×アキちゃん』じゃ男女の擬似恋愛に過ぎなくなっちゃうわ。吉井くんも坂本くんも男の子だからこそ輝くのよっ!

 

「…………木下優子はこれから明久を捜しに走り回るのだろう?」

「ええ、そのつもりだけど」

 美紀が『雄二×明久』の為のコーディネートをどこまでしているのかわからない。

 それに、秀吉、久保くん、姫路さん、島田さんといったライバルたちがどのように動いているのかもわからない。だから積極的に動かない訳にはいかない。アタシは一刻も早く吉井くんをみつけなくちゃいけない。

「…………だったら、これを」

 土屋くんは震える体を押しながら青いリボンの掛かった白い小箱を取り出した。

「…………これを、工藤愛子に渡してくれ」

 一層激しく震える土屋くんから小箱を受け取る。

「でも、さっきは愛子の想いに何も気付いてなかったのに……」

「…………何のことだ? これはただの気まぐれだ」

「気まぐれ、ねえ?」

 ホワイトデーにたった1人の女の子にだけプレゼントを用意する気まぐれなんてあるの?

 もしかして土屋くんは愛子の想いに気付いていないだけで、愛子のことが好きなんじゃ?

 まったく不器用な両想いと言うか、器用すぎる片想いというか。

「わかったわ。この気まぐれは確かに愛子に渡しておくわ」

「…………そうか。すまない」

 惜しむらくは、2人には互いに素直な気持ちを打ち明ける時間が残されていないこと。

 もう土屋くんの顔には一切の生気が抜け落ちていた。

「…………ついでに、学年末試験で保健体育の決着を付けられなくなったことを、代わりに詫びておいてくれ」

「注文の多い男ね。でも、今回は特別に聞き届けてあげるわ」

「…………そうか。ありがとう」

 初めて聞いた土屋くんからの感謝の言葉。

 土屋くんはとても満ち足りた顔をしていた。幸福な夢を見ているような表情。

 こうしてアタシは親友の想い人を看取った。

 

 

 

「吉井くんたら、どこにいるのかしら?」

 人一人、しかも隠れているであろう人を捜そうとなると学校は非常に広大な空間になる。

「捜す当てもないし、一旦A組に行ってみようかしら」

 もしかすると吉井くんを捜す上での手がかりもあるかもと考えながらA組の教室に入る。

「みんな、おはよう」

 A組の生徒たちはアタシを見て驚いている。硬直して誰も声を掛けて来ない。

 もしかするとこの組には意外と『伝説の木の下で貴様を待つ』の愛読者が多く、それを悟られない為にみんな必死なのかもしれない。

 だけど今は潜在的同志の発見に時間を費やしている場合じゃない。

 目的の人物をみつけなければ。

 周囲を注意深く見回してみる。すると教室の窓際には久保くんと愛子が物思いに耽る表情でジッと外を眺めながら立っていた。

 

「久保くん、おはよう」

 近くにいた久保くんに先に声を掛ける。

「ああっ、木下さんか。おはよう」

 ごく短く返答すると久保くんはまた空を見上げた。

 A組の他の生徒たちはアタシに驚いているのに久保くんは全く動じない。

 でも、その理由、アタシには凄く良くわかった。

「ねえ、久保くんは動かないの?」

「僕は吉井くんを待つよ。来る確率は1%もないと知っていてもね」

「忍ぶなんてアタシにはできないわね」

 アタシは自分が正しいと思ったことはやってみないと気が済まない。久保くんみたいに耐えて忍んでなんて絶対に無理。

「木下さんは想いを信念に変えるほどの強い実行力を伴っているからね」

「弟には行き過ぎだっていつも怒られているわよ」

 アタシはいつもやり過ぎる。それは自分でもよく自覚している。手を抜いて何かに取り組めない不器用な人間。

 それでいつも人様に迷惑掛けて、地雷を幾つもばら撒いてしまっている。特に弟には迷惑の掛け通し。いつも後始末とフォローの役割を担ってもらっている。もし双子の弟がいなかったら、アタシは今のポジションにはいられなかったと思う。

「……噂から判断すると、吉井くんは3階にはいないようだよ」

 久保くんはアタシの背中を押してくれている。恋敵であるアタシの背中を。これがきっと彼の強さなのだと思う。

「3階にいないとなると、どこを探索すれば良いかがますますわかりにくくなるわね」

「そうでもないさ。吉井くんは上級生にも下級生にもあまり知り合いはいないみたいだから、2階と4階は線が薄いと思うよ」

「となると、1階か、屋上、それと校舎外ってことになるわね」

 土屋くんの話に拠れば吉井くんは女装して移動している筈。しかもうちの制服でないのだからかなり目立つ筈。そんな娘が外をうろうろしていれば噂が立ってもおかしくはない。

 つまり、校舎内に隠れている可能性が高い。しかも、隠れ場所の多さと逃走ルートの確保を考えると…………1階にいる確率が最も高い。

「何か見当をつけたみたいだね。木下さんの探索が上手く行くように願っているよ」

「久保くんも来てくれるといいわね」

 久保くんと別れ1階に向かおうとする。

 と、そこで大事な用件を思い出し、愛子の元へと向かう。

 

 愛子はアタシと久保くんの会話にも気付かずにずっと窓の外を向いたままだった。

 愛子にはあまり似合わない黄昏モード。でも、その気持ちは痛いほどよくわかる。

「愛子」

「あっ、優子。どうしたの、その格好?」

 愛子は初めてアタシの存在に気付いたようだった。

「アタシの格好なんてどうでも良いのよ。それより、これ……」

 土屋くんから受け取った小箱を愛子に渡す。

「えっ? 優子からボクに? でも、困っちゃうよ。ボク、一応ノーマルだから女の子に告白されても……」

「ちっがぁ~うっ!」

 頬を染めながら困惑した表情を見せる愛子に盛大にツッコミを入れる。

「そのプレゼントは土屋くんからのものよ」

「ムッツリーニくんのっ!?」

 愛子の表情が急に引き締まった。と思ったら、急に表情が明るくなった。ううん、顔が崩れたというか締まりがなくなったというか。

「えへへ。ムッツリーニくんからのプレゼントかぁ」

 しかし喜んだと思ったのも束の間、またすぐに表情が暗くなった。

「どうしてムッツリーニくんのプレゼントを優子が持っているの? ……あっ」

 何かに気付いた愛子が顔を伏せる。

「ムッツリーニくんは……このプレゼントを優子に渡す時、何か言っていた?」

 呟くような、すすり出す様な声。

「土屋くんは……学年末試験で決着を着けられなくなってごめんって」

「……ムッツリーニくんはバカだよ……ボクが聞きたいのはそんな言葉じゃなかったのに」

 愛子が小箱を力強く抱きしめる。悲しみを堪えるように。

「ねえ、ムッツリーニくんは、どんな感じだった?」

 泣き出しそうな声。聞いているのが辛い声。

「土屋くんはFFF団の一員として最期まで勇敢に戦ったわよ」

 アタシのクッキーを食べて逝ったとは言わない。言えない。言えるかっての……。

「ムッツリーニくんは襲撃する側じゃなくて襲撃される側だってのにバカだよね……」

 愛子の瞳からポタポタと涙が零れ落ちる。

「優子は、ボクたちの分まで幸せになってね。そうじゃなきゃ、ダメ、だよ」

 想い人からの贈り物を抱きしめながら愛子がアタシの幸せを願っている。

 そんなことされたら──

「吉井くんを捕まえて、必ずデートに誘い、そして幸せになってみせるわよっ!」

 そう答えるしかない。

 それがアタシ、木下優子の生き方。

 泣きながら手を振る愛子に見送られながらアタシは駆け足で教室を出た。

 

 

 

「吉井くん、どこにいるの?」

 1階に降りてきたものの吉井くんの姿は見当たらない。

 代わりに沸いて出て来るのはホワイトデーを潰そうとするF組生徒以外のFFF団の連中。

『F組同志が全滅しても、ホワイトデーは我々が潰すっ!』

「モテないことを僻む前に、モテる男になれるように努力しなさいっての!」

 FFF団にとり憑かれた亡霊たちを伝説の木でなぎ払いながら室内を一つ一つ巡って捜す。

 既に10人以上の亡霊を除霊している計算になる。

 こんなにも鈍器が役立つものだったなんてアタシは知らなかった。

 でも、今は鈍器の利便性を実証している時じゃない。

 早く吉井くんを捜し出して、デートに誘わないと。

 その時、ガタッという物音が倉庫から聞こえた。慌てて音のした倉庫を見る。

 倉庫には鍵が掛かっていた。でも、上の通風孔用の小窓に鍵が掛かっていなかった。

 伝説の木をはしご代わりに利用しながら倉庫内へと入る。

 どう考えてもこの倉庫は怪しかった。

 

「坂本くん……」

 倉庫の中にはロープで縛られ、顔には目隠しとギャグをかまされ、ブルブルと震えている坂本くんの姿があった。

 何があったのか見当はつくけど、一応本人の口から聞いてみることにする。

 体を縛るロープは頑丈でなかなかほどけないのでとりあえず目と口の拘束を解く。

「たっ、頼む翔子っ! 貧乏学生の俺に婚約指輪なんか準備できるわけがねえ。無茶な要求して監禁するのはもうやめてくれっ!」

 予想した通りだった。代表の愛情表現はいつだって激しい。

「アタシよ、坂本くん」

「おおっ、木下優子か」

 目隠しを取ったのが代表でないと知って、表情がパッと明るくなる坂本くん。

「吉井くんを見なかった?」

「あの野郎は俺と一緒にF組から逃亡していたが、途中で裏切って俺を翔子に差し出して時間稼ぎに使いやがった」

 表情がズーンと暗くなる坂本くん。実に2人らしいやり取りといえる。

「それじゃあ吉井くんは……」

「追跡者の裏の裏をかこうとするだろうから、屋上あたりに潜んでいるだろうな」

 吉井くんは退路がなくなるから1階にいる筈というアタシの読みの裏をかいたわけか。

 吉井くんは学校の成績とは違った所では本当に頭が良い。

「それじゃあ俺は翔子から逃げるとする。お前は……まあ頑張って明久のことでも捕まえておけ。後で明久の野郎をぶん殴るからちゃんと捕まえておくんだぞ」

「……うるさいわね」

 上半身を縛られたままの体勢で坂本くんが立ち上がる。

 しかし──

「フッ。翔子め。脱走防止用にまさかこんな初歩的なトラップを仕掛けていたとはな……迂闊だったぜ」

 ゆっくりと前のめりに倒れ、そのまま反応がなくなってしまった。

「ちょっと? 坂本くん?」

 坂本くんの背中にはピアノ線が括り付けられた注射器が刺さっていた。

 坂本くんの首筋に手を当てて脈を計る。…………っ!

「坂本くんと代表の分までアタシが幸せになるからっ!」

 アタシは坂本くんをそのまま倉庫に置いて、涙を必死に我慢しながら屋上へと駆け出していった。

 

 

 

 屋上に向かってひた走る。

 4階を越える。

 後はこの屋上へと続く昇降口さえ突破すれば屋上に辿り着く。

 待っててね、吉井くん。

 今、行くからっ!

 でも、屋上を目の前にしてアタシの前には障害が行く手を阻んでいた。それもとても大きな障害が。

「姫路さん、島田さん……」

 アタシの恋のライバルである2人が屋上へと続く扉にもたれ掛かりながら座っていた。ううん、倒れているといった方が表現として近いかもしれない。

「一体、何があったのよ、2人とも?」

 FFF団は変態の集まりだけれども女の子に手を上げたりするような真似は決していない。一体2人の身に何が起きたと言うの?

「その声は……木下さん?」

 島田さんは目の前にアタシがいるのにキョロキョロと周囲を見回している。

 どうやら目が見えていないらしい。何か大変な事故にでも巻き込まれたの?

「実は私たち、明久くんにお返しを貰ったら、そのお返しをしようということで2人でクッキーを焼いたんです」

 姫路さんもアタシではなく宙に向かって話している。そしてその声は弱弱しい。

「それで、明久くんを捜すのにあちこち走り回ったのでクッキーは大丈夫かなって思って、2人でちょっと味見して確かめることにしたんです。そうしたら……」

「もう、それ以上言わなくて良いからっ!」

 アタシは2人を強く抱きしめていた。

 2人で作ったものとはいえ、姫路さんの手作りクッキーであることには変わりがない。

 そんなものを毒物に耐性のない女の子が食べればどうなるか……。

「私、お菓子作りには結構自信があったんですよ。でも、今日はちょっと失敗しちゃったみたいで……」

「姫路さん、もう喋らないで良いからっ!」

 姫路さんは自分で作った料理を味見しない。

 それどころか、吉井くんたちは姫路さんの料理が不味いことを誤魔化す為に男の子たちだけでさっさと食べてしまう。

 だから、姫路さんは自分の料理が綺麗な見かけに反して果てしなく不味いことに気付いていない。島田さんも知らなかったようだ。

 でも今回、吉井くんたちのその優しい嘘が姫路さんと島田さんを傷つける結果となってしまったのは何とも皮肉すぎる。

 ううん、吉井くんたちだけじゃなくて、アタシだって姫路さんの料理が兵器なのは知っていた。だから、2人がこうなってしまったのはアタシの責任でもある。

「ごめんなさい、姫路さん、島田さん」

 もう遅すぎるけど、2人に謝罪する。

「な、何を木下さんが謝っているのですか? それよりもお願いがあるんです」

「ウチらからのアキへのお返し、せめてこのカードだけでも届けてくれない?」

 島田さんからそっと渡されたもの。

 『吉井明久くんへ』

 そう丸っこい可愛らしい文字で書かれた2つに折られたカード。

 中身は見ずとも、吉井くんへの想いがヒシヒシと伝わってくる。

「わかったわ。必ず届けるからっ!」

 2人の手を強く握りながら答える。

 恋敵とはいえ、乙女の真心が篭ったプレゼントも届けられないなら木下優子の名が廃る。

「それじゃあ、お願いするわね……」

「ありがとうございます……優子ちゃん」

 そう言って2人は静かに目を閉じた。

「姫路さ~んっ! 島田さ~んッ!」

 2人を静かな物陰に寝かせ直しながら思う。

 どうして、こんなことになってしまったのだろう。

 何故人がこんなにも傷付かなくてはならないの?

 たかがホワイトデーの為に。

 あれっ?

 本当、たかがホワイトデーの為に何故こんな惨劇が連発しているのかしら?

 きっと、それはここが文月学園だから。

 アタシはそれ以上考えるのをやめた。

 

 

 

 

 そして扉を開け放って辿り着いた屋上。

 そこに待っていたのは──

「随分と遅かったではないか、姉上」

 文月学園女子の制服に身を包んだ弟・秀吉の姿だった。

「一応聞いておくわ。その格好は何?」

「40年前の不良スタイルをしている姉上に言われたくはないがな。じゃが、答えてやるぞ。文月学園女子生徒人気ランキング1位のワシが女子の制服を着ていて何が悪い?」

 開き直りやがったわね。

「その制服、アタシのなんでしょ? なら、悪いに決まっているじゃないの」

「この制服は自前のものじゃ。何せ姉上の制服では、ウエストは緩すぎ、胸は苦しいで着難くてかなわんのでな」

「小僧、言ってくれるじゃないの」

 昨日はあんなに貧弱な坊やだったのに今日はやたらラスボス然している。

「ところで吉井くんは?」

「給水塔の上で寝ておるよ。逃げっ放しで疲れておるのじゃろう」

 見れば確かに給水塔の上から青いスカートの端が覗いていた。あれが吉井くんで間違いなさそうだ。

「で、あんたは吉井くんにアプローチもせずに何を優雅に起きるのを待っているのよ?」

「そんなもの、悪の勇者たる姉上を倒して堂々と明久を迎える為に決まっておる」

「アタシに倒されるだけが存在意義のラスボスの分際で生意気言ってくれるじゃない」

 やはりアタシの恋の最大のお邪魔虫は弟で間違いないようだ。

 でも、だ。

「秀吉。アンタ、まだ勘違いしているみたいだから何度でも言ってあげるわよ」

「何をじゃ?」

「姉より優れた弟なんて存在しないってことよっ!」

 言うが早いか弟に先制攻撃を仕掛ける。姉の偉大さを思い知りなさいッ!

「この速い突きがかわせるかしらっ!?」

 昨日一瞬して弟の肘と膝を外した必殺の突きをお見舞いする。

「女装したワシに二度同じ技は通じんのじゃ!」

 しかし秀吉はアタシの手首を掴んで突きを止めてしまった。

「やるじゃない。いつの間にか腕を上げたようね」

「明久への想いがワシをどこまでも強くしてくれるのじゃ」

 余裕の笑みを浮かべる秀吉。

そんな弟の成長がちょっとだけ嬉しい。

「なら次は本気でいかせてもらうわよ」

 右手で伝説の木を構え、左手で秀吉の関節を砕くべく指をパキパキと鳴らす。

「ワシとて、いつまでも姉上にやられっ放しでおる訳ではない!」

 弟が闘気をむき出しにして歯向かっている。アタシが怒ると震えてばかりいた弟が。

 弟のこんな男らしい姿を見るのは本当に久しぶり。ううん、初めてのことかもしれない。

 女物の制服を着て、ほんのり化粧までしているけれど。

 男に愛の告白をしようと息巻いているのだけれども。

 女の子として輝こうとしているのだけれども。

「いつもみたいに悲鳴を上げさせてやるわよ」

「たまには姉上が上げてみるが良い」

 弟と同等に争えることがこんなに楽しいなんて。

 そう言えば、少なくとも今の学年になってから、弟と同じ土俵に立ったことはなかった気がする。

 アタシはA組とかF組とかそんな序列みたいなものに縛られすぎていたのかもしれない。

 そんなつまらないこだわりは捨てて、今この瞬間を楽しみたい。

「「いざっ、尋常に勝~っ「あれっ? 秀吉とお姉さん? 一体何をしているの?」」」

 そして弟と吉井くんを賭けた最後の戦いを始めようとした所、その当人がアタシたちの前に現れた。青いスカートのセーラー服を身に纏いながら。

 

 

 

 吉井くんはアタシたちの大声で目を覚ましたようだ。大きなあくびをしながら背筋を伸ばしている。

「2人とも、何をしているの?」

 吉井くんは関節を取ろうとしているアタシと、脇をくすぐろうとしている秀吉を見つけてポケッとした表情を浮かべていた。

「今日のお姉さんはいつも以上に男らしいよね。秀吉はいつも以上に女の子らしいし。2人ともピッタリな服装だよ」

 ……吉井くんはたまに折りたくなることを言ってくれる。

「それで、バレンタインデーの時のお返しに、2人に渡したいものがあるんだ」

 秀吉と顔を見合わせて同時にウンと頷く。

 休戦協定締結。

 吉井くんからプレゼントがもらえるのに姉弟で争っている場合じゃない。

 ちなみに休戦協定は終戦協定とは違うので、プレゼントをもらった後のことは知らない。

「これ、僕からホワイトデーのプレゼント。といっても、僕が作った普通のマシュマロなんだけどね。はい、どうぞ」

 そう言いながら吉井くんはアタシと秀吉に青と白のチェック模様の紙袋を渡してくれた。袋越しにもわかるプヨプヨした感触。マシュマロに間違いない。

 しかも料理上手の吉井くんが作ったマシュマロ。吉井くんがアタシの為に作ったマシュマロ。間違いなく美味しいに決まっている。

 アタシは今、とても幸せ。

 この紙袋はアタシに幸せを運んでくれている。

「ありがとうね、吉井くん。一生大事にするわ」

「ありがとうなのじゃ。ワシも家宝にして奉っておくことにするぞ」

「いや、マシュマロだから食べてくれないと腐るよ……」

 苦笑する吉井くん。

 そんな吉井くんを見ながらアタシたちも笑う。

 とても和やかな瞬間。

 こんな時がいつまでも続いて欲しいと願ってしまう一瞬。

 でも、世界は常に変化し続ける訳で……。

「後、姫路さんと美波にもお返しを配らないといけないんだけど、2人がなかなかみつからなくてね……」

 吉井くんは溜め息を吐いた。

 そんな吉井くんを見ながらアタシの胸は痛んだ。

 FFF団に狙われたりしなければ、吉井くんは教室で2人にプレゼントの受け渡しをすることもできた。そうすれば姫路さんと島田さんが吉井くんを捜して走り回ることもなく、姫路さん手製のクッキーを食べることもなかった。

 それを考えるとやはりFFF団の存在は許し難い。

 でも、今は何より姫路さんたちとの約束を果たさなければならない時だった。

「このカード、姫路さんと島田さんから渡してくれって頼まれたの」

 先ほど預かった2つ折のカードを吉井くんに手渡す。

「頼まれたって、2人はどうしたの?」

「2人は……休んでいるわ」

「休んでるって、2人とも徹夜で試験勉強でもしていたのかな」

 首を傾げながらカードを開いてみる吉井くん。

「ねえ、何て書いてあったの?」

 マナー違反かなとは思った。

 けれども、2人がアタシに託したメッセージがどんなものなのか興味があった。

「うん……いつもありがとうございます、だって。別にカードで託してくれてなくても良いのに。でも、改めて言われると嬉しいし恥ずかしいよね」

 吉井くんは頭を掻いた。照れているらしい。

「2人とも、無欲すぎるわよ……」

 でもアタシは2人のカードの内容を知って泣きたくなった。

 あまりにもピュアな願いを残した2人を思うと胸が苦しくなってどうしようもない。

「どうしたの、お姉さん?」

「何でも、ないの」

 しばらく上を向いて胸のうねりが収まるのを待つ。

 

「姫路さんたちが保健室にいるんじゃ今は会えないよね。じゃあ僕はそろそろ教室に戻ろうかな」

 吉井くんは背伸びをしながら昇降口を見る。

「まっ、待つのじゃ明久」

 その吉井くんを慌てて引き止める秀吉。

 一体、何を?

「明久は次の日曜日は暇かのう?」

 吉井くんのスケジュールを訊く秀吉を見て思い出す。

 アタシが立てていた今日という日の最大目標を。

「そうよ。吉井くん、今度の日曜日は暇?」

 アタシは吉井くんをデートに誘うと誓っていたのだ。

 だけど秀吉の奴、どうしてアタシと同じ日にデートしようとしているのよ?

「えっ? えっ? 2人とも、急に一体どうしたの?」

 吉井くんは戸惑っている。だけど、もうここで引き返す訳にはいかないのよ!

「吉井くんっ! 今度の日曜日、アタシと一緒に如月ハイランドパークに行かないっ?」

「明久っ、今度の日曜日、ワシと一緒に如月ハイランドパークに行かんかの?」

 秀吉と視線を合わせる。

「何でアタシと同じ日に同じ場所を誘うのよ!」

「姉上こそ、もう少しオリジナリティーを発揮する場所を選んだらどうなのじゃ!」

 いがみ合う私たち。

 同じ考えをしていたということ自体が凄く腹立たしい。

「まあまあ、落ち着いて2人とも」

 そんなアタシたち姉弟を宥めに入る吉井くん。

「姉妹2人で仲良く遊園地に行って来れば良いじゃない。僕は金欠だから遊園地にはとても行けないけれど」

「「へっ?」」

 吉井くん、今何て言ったの?

「僕はお金がないから行けないけれど、たまには姉妹水入らずで遊びに行って、もっと仲良くなったら良いと僕は思うよ」

 ニコッと屈託のない笑みを浮かべる吉井くん。

 どうやら本気で言っているらしい。

「じゃあ、2人で行って来なよ。ねっ?」

「「はい……」」

 吉井くんにスマイル全開で懇願されてはイエスと言うしかない。

 吉井くんをデートに誘うつもりが、何故か弟と出掛ける羽目になってしまった。

 何なの、この展開?

 

 

 

 

 吉井くんとデートの約束を取り付ける筈が何故か愚弟と出掛ける羽目に。

「あっ、バカなお兄ちゃんなのです」

 呆然とするアタシたち姉弟の横を小さなツインテールの髪をした少女が駆け抜けていく。

 少女は吉井くんに向かって思い切りジャンプを敢行し、その鳩尾にヘッドバッドを食らわせた。

「痛つつ。葉月ちゃん、おはよう」

「おはようございますです、バカなお兄ちゃん」

 丁寧に頭を下げる島田さんの妹さん。

 小学校に通っている筈の彼女が何故ここにいる?

「葉月ちゃん、学校は?」

「今日はそーりつ記念日とかでお休みなのです」

 なるほど。創立記念日なら休みなのはおかしくない。

 でも、朝から高校にやって来るかしら?

「それで今日は? 美波に会いに来たのかな?」

「違います。葉月はバカなお兄ちゃんに会いに来たのです」

 ピクッと体が震えた。

「へー。それは嬉しいなあ。あっ、ちょっと待ってね。今日はホワイトデーだから、葉月ちゃんにもマシュマロのプレゼントがあるんだよ」

 特に下心は見受けられない爽やかな笑顔を見せながら、吉井くんがアタシたちに渡してくれたのと同じ紙袋を妹さんに渡す。

「わ~い。マシュマロなのです。バカなお兄ちゃん、ありがとうなのです」

 ツインテールをピョンピョンと揺らしながら喜ぶ妹さん。こうして見ると、やはりまだまだ無邪気な子供なのだなと思う。

「お礼に葉月がデートしてあげるのです」

 前言撤回。幼くても相手は恋敵。

 しかも、誰よりも強そうな気がする。

「ははは。デートしてくれるのは嬉しいけど、僕、お金が全然ないんだよねえ」

 自嘲気味に笑う吉井くん。

「デートするのにお金なんて全然いらないのです。葉月は今度の日曜日にバカなお兄ちゃんと公園で遊んで一緒にブランコに乗れればそれで十分なのです」

「ああ、それだったらお金のない僕でも大丈夫だよ」

 えっ?

「それじゃあ葉月とデートしてくれるのですか?」

「うん、勿論だよ」

 へっ?

 妹さん、吉井くんとのデートの約束をいとも簡単に取り付けちゃった?

「わ~いなのです。バカなお兄ちゃん、約束破ったらダメなのですよ」

「わかってるよ」

「約束破ったら、男の人として責任を取ってもらうのですよ」

「ははははは。男としての責任なんて言葉、葉月ちゃんはよく知っているね」

「えへへ。いっぱい勉強したのです」

 ねえ、吉井くん?

 何か変だと思わないの?

 吉井くん、約束破ったら妹さんと結婚しなくちゃいけない約束をさせられているのよ?

「それじゃあ葉月はいつまでも学校にいるとお姉ちゃんに怒られるので家に帰るのです」

「気を付けて帰るんだよ」

「ばいばいなので~す」

 勢いよく手を振って屋上を去っていく妹さん。

 妹さんの顔はいつだって無邪気。

 妹さんはその無邪気な顔のままアタシたちの横を通り過ぎる時に──

「ホワイトデーのプレゼントでバカなお兄ちゃんにはお金がないことはわかっている筈なのに……そんなことでは葉月のライバルとも呼べないのです」

 そんなことを囁いたような、そんな幻聴を聞いた。

 事の真偽を聞き返そうにも妹さんは既に昇降口に入って階段を駆け下りていっている所だった。

 アタシたちはただ呆けたまま去っていく妹さんの背中をジッと見ているしかなかった。

 

 

「のぉ、姉上よ」

「何よ?」

「ワシは本当にラスボスかの?」

「実は四天王の中で最弱な存在という線も捨てられないわね」

「どちらにせよ、ラスボスの後には真のラスボスが待ち構えているという展開で間違いないような気がするのぉ」

「このタイミングでそんなことを言わないでよ」

「「今日は空が綺麗よねぇ(なのじゃ)」」

 大空を見上げる。

 吉井くんと秀吉を除くF組のみんなが大空に笑顔でキメていた。

 

 了

 

 


 
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