No.202692 覇王と少女 第2話 「たこやき」 (修正予定)2011-02-20 18:32:14 投稿 / 全6ページ 総閲覧数:1752 閲覧ユーザー数:1553 |
―――― 泣いてるのかい、華琳?
一刀が耳元でそう囁いた。
私は慌てて顔を伏せる。
それがあまりにも屈辱的で許せなかったので、仕返しに、一刀の手の甲をつねり上げる。
情けない悲鳴が聞けた、許してやる。
「ふん。私が泣くわけないでしょ」
自然と漏れる溜息を吐き出して、堅い胸板に体重を預ける。
温かくて逞しい感触を背中で感じながら、自分の胸元に回された腕をそっと撫でる。
「私は曹孟徳、大陸を制した覇王よ?その辺の婦女子と一緒にしないで欲しいわ」
許昌の町が一望できる城壁の上で、私はそんな言葉になんの説得力もないと知りつつ
できるだけの虚勢でもって、そう告げた。
―――― そうだよな、華琳は……大陸の覇者だもんな。
「ええ、そうよ」
だから、涙なんて見せない。
見せてはいけない。
なぜなら私は全ての頂点に君臨する王であるのだから。
「…………」
会話が途切れる。
陽が落ち、眼下に広がる許昌の町に灯が点っていく。
ユラユラと橙色に揺れる光りはとても綺麗で、見つめていると胸の奥が締め付けられる。
それは哀しみか切なさか……少なくとも感傷であることに間違いはないのだろうと思う。
「ねぇ、一刀。貴方が築いた町、貴方が育てた人、貴方が守った国が目の前にあるわ……」
私はいたって冷静に言葉を紡いだはずだった。
なのに、口から出た言葉は自分でも驚くほどにかすれていて。
それは、まるで……押し込めていた涙が言葉とともに溢れ出したかのようだった。
ギュッと、一刀が一段と強く私を抱きしめてくれる。
全身に感じる温かさに、このまま融けてしまいそうで……。
でも、それが偽りだと知っていたから。
「なのに……、ねぇ、一刀……なんで貴方がいないのよ」
悲しみが増すばかりだった。
言葉は返らない。
ただ、それに応えるように一刀の腕に力がこもる。
いよいよ涙が溢れ出しそうだった。
これが夢だとわかっている……一刀はもういないのだと私は知っているのだ。
…………
「夢だから……いいわよね?」
私は身をよじると、先程まで身を預けていた一刀を押し倒し、その胸に顔を埋める。
一刀が抱きしめてくれるから、私も抱きしめる。
顔を挙げるわけにはいかないから、接吻は諦めよう。
でも、頭は撫でて欲しいわ。
…………
知っている。
これは覇王にあるまじき行為であり、ただの少女に成り下がる行為だということを。
知っている。
こんな私を誰よりも許せないのが自分自身であるということを。
それでも、今ぐらいは許されていたかった。
朝が来るまでの僅かな時間、現実へと引き戻されるまでの微睡みの間。
誰もいない私だけの世界でなら、全てをさらけ出しても構わないはずだ。
そう。
これもまた、偽らざる私であるのだから……。
真・恋姫無双 魏√派生外史 ~覇王と少女~
序章 第2話 「たこやき」
太陽が完全に昇りきり、夏という季節相応にギラギラと熱射が注ぐ空の下。
魏の都、許昌は夏の暑さとは別の熱に浮かされ、大いに賑わっていた。
三国同盟を記念する大祝祭が明日、この許昌の町で催されるのである。
大陸中の人間が祝祭を楽しむべく許昌に集まってきていた。
そんな、人で溢れかえる許昌の大通り……
「華琳様!華琳様!あちらに季衣から聞いた美味しい菓子を売る屋台があります、行ってみましょう!」
魏武の大剣こと夏侯惇―春蘭が、子供のような無邪気な笑みを浮かべてはしゃいでいた。
「姐者、嬉しいのはわかるが少し落ち着け」
「おおぉ!?秋蘭、見ろ!あそこに面妖な幟が立っているぞ!ふむ、絵を見るところ怪物の丸焼きかなにかだろうか」
「…………」
はしゃぐ姉に苦言を呈しながらも温かく慈しむような視線で見守る秋蘭。
生まれてこの方、ここまで大きな祭りを経験したことがないのは秋蘭も同じである。
去年、建業で行われた祝祭よりも規模が大きく、ここ百年内では最大級の祭りであろう。
だから、姉がはしゃぐ気持ちを理解できないわけではないのだが……
自分達は主君の護衛としてここにいるのであるから、窘めないわけにはいかない。
「構わないわよ秋蘭」
そんな秋蘭に華琳が微笑む。
「凪が気を利かせて警備隊の人員を割り振ってくれているみたいだし。暴漢の一人や二人私一人で対処できるわ。刺客もこんな人混みじゃ手を出しづらいでしょう」
そもそも刺客の心配をする必要があるかどうか……。
思春や明命といった刺客に狙われるのであればまだしも、三国同盟が成った今
警戒に値する刺客が襲ってくる確率はかぎりなく低い。
むしろ華琳が後れを取る程の猛者が刺客として現れるなら、戦力として取り込むいい機会である。
囮にぐらいなって構わない、そう華琳は思っている。
……勿論、王たるものが慢心するなど愚の骨頂。
だからこそ二人を護衛に連れてきたわけなのだが、あくまでも保険であり、屋台を覗いてはしゃぐくらいのハメははずしても構わない。
むしろ華琳としては二人を町に連れ出し息抜きをさせる意図の方が強かった。
「華琳様がそうおっしゃるのであれば……」
「ええ。秋蘭もハメをはずして構わないわよ?明日は何かと忙しいでしょうし、気兼ねなく楽しめるのは今日しかないわ」
「それは、しかし……」
主君を放置したまま祭りを楽しむのは、流石に……。
秋蘭は返答に困る。
「貴方、ここ最近、城内での仕事と平行して郊外の季衣達の仕事手伝っているのでしょう?」
「はい、現場を監督する要員が足りないというので、後に回せない書類だけ朝の内に仕上げてそちらを手伝っていますが……」
「そのせいで朝から晩までずっと仕事で、休む暇もないのでしょ?確かに忙しい時期ではあるけれど、あまり根を詰めすぎるのはよくないわ。今日は“休める時間”があるのだから、おもいっきり気分転換なさい。それも仕事の内……そうでしょう?」
「………そうですね。ではお言葉に甘えましょう」
「そうなさい」
この御方には敵わない。
秋蘭は自然とこぼれる自身の笑みを心地よく感じていた。
◆
「店主!今焼いている、その丸い食べ物はなんなのだ?初めて見るものだぞ、それにその幟に描かれている化物はなんだ?」
「へぇ、これは化物ではなく『章魚(たこ)』ってー魚ですわ。絵の通り奇妙な風貌ではありますが、茹でて食うと美味いのなんの!」
「“章魚”だと……、なんと面妖な……。しかも美味いのか」
「へぇ、それはもう!将軍様方が大陸中の街道を整備してくださったお陰で、こういった海の珍味にも手が出しやすくなりましてね。でも、まぁ、ただ茹でた章魚を出すのもひねりがないんで『たこ焼き』ってーのに調理して売ってるんですわ」
「ほうほう、だがその章魚とやらはどこなのだ?章魚焼きというわりに、ただの丸い焼き菓子ではないか」
「へぇ、そいつはこの中でさぁ」
そう言うと店主は『たこ焼き』の中に串を突き入れ中身を裂いてみせる。
中からは山芋の下ろしに絡まった章魚足が姿を現す。
「おおぅ、これが章魚の足か!」
「左様で御座います。どうぞお召し上がり下さい」
「いいのか!?」
「へぇ、それはもう!必ずご満足いただけるかと思います」
「そうか……それでは……」
そう店主から串を手渡され、一つ『たこ焼き』を口に放り込む春蘭。
モグモグ
ムグムグ
ゴクン
そして、満面の笑み。
「おおおお!店主、美味いぞ!これは美味い」
「へぇ、ありがとうございやす!」
「これは華琳様や秋蘭に買って帰らねば!店主、三人前売ってくれ!」
「へぇ!まいどどうもです!」
「……いや、季衣や琉琉にも買っていってやった方がいいか。店主、やはり三十人前だ!三十人前売ってくれ!」
「へ……へぇ!三十人前でございやすね。少々お待ちいただいてよろしいですか?」
「構わんぞ。だが今人を待たしているからなるべく早くしてくれ」
「へへぇ!わかりやした、将軍様」
店主が慌てて調理を開始する。
……華琳様もきっとお喜びになられるはず。
ホクホク顔の春蘭。
そこでふと……こんな珍妙な食べ物を考案した経緯がしりたくなった。
少なくとも自分の頭では『章魚』なる怪物を調理して食おうなどという発想には至らない。
待ち時間が手持ちぶさたであることも相まって、どうでもいい調子で店主に尋ねる。
「この『章魚焼き』とやらは……店主、貴様が考えたのか?」
その質問に、ジュージューと音を立てる鉄板と格闘している店主は首を横に振る。
「いえ、これは御遣い様に教えていただいたものでっさ」
「―――――――――――!!」
春蘭は、突然飛び出した一刀の名に絶句する。
不意討ちをもろに食らった形である。
「あれは四年も前になりますかね?あっしがまだ許昌で桃まん屋台を引いていた時ですわ。御遣い様と懇意にさせていただいてましてね。その時、天の屋台の定番は『たこ焼き』だった……ってぇ言われたもんですから、作り方を聞きまして再現したんでさぁ」
「これが……北郷の料理……」
そう、鉄板の上で焼かれる球体を見つめながら春蘭は呆けてしまう。
なんだろうか……。
唐突に寂しくなってきた。
自然とこぶしに力が入る。
――― 一刀……。
そういえば、あれからもう三年が経っているのだな。
今更ながらそんな感傷に浸ってしまう春蘭。
あいつが残していった料理なら、絶対に華琳様も喜ぶだろう……。
たこ焼きの焼ける音を聞きながら、春蘭は天を見上げため息をついた。
◆
「華琳様ー!秋蘭ー!」
人混みを掻き分けて、春蘭が秋蘭の元に駆けてくる。
手には尋常じゃない量の“ナニカ”を抱えていた。
「姐者……その手に抱えているものはなんだ……」
秋蘭も先程屋台に顔を出して孔明団子なるイロモノ菓子を購入したのだが、
流石に片手で摘んで持てるほどの量でしかない。
「これはな、章魚焼きだ!」
「章魚焼き?聞かない食べ物だな……だがいい臭いではある」
「ああ、これが意外と美味いのだ、秋蘭も食べてみるといい」
……そういうと見るからに安物の木箱を一つ秋蘭に手渡す。
中には6つの小麦色の球体が並んでいる。
「章魚というから、もう少しゲテモノ風なものを想像していたが……」
なかなかどうして、見た目も美味しそうである。
秋蘭は備え付けの串を手に取る。
「秋蘭、華琳様はどちらにいらっしゃるのだ?」
きょろきょろと人混みを見渡す春蘭。
「ああ、華琳様なら引き続き公務で通りを視察されているよ」
「なっ!護衛無しでこの人混みを!?秋蘭、何を平然としているのだ、早く追い掛けねば……ッ!」
華琳様の身に何かあっては一大事だぞ!
そう慌てる春蘭だったが……
「姐者が真っ先に華琳様の元を離れたと思うのだが……」
やれやれと溜息をつく秋蘭。
しかし口元には笑みが浮かんでいる。
「そ、それはだな!秋蘭がいれば心配ないと思ってだな……」
「ふふ、わかっているよ姐者。言ってみただけだ」
「秋蘭~」
いつものやり取り。
「華琳様なら心配ない。むしろ護衛はいいから明日が忙しい分、我等は今楽しんでおけとのご命令だ」
「だが、しかし、……だな」
「華琳様の命に異を唱えるわけにもいくまい。合流する時間は聞いている、それまではお言葉に甘えて羽を伸ばそう」
「う……む」
だが、それでも春蘭の表情は晴れない。
「姐者?」
「その、なんだ……この『章魚焼き』を華琳様にご賞味いただかなければならないのだが」
「?後でもいいではないか」
「駄目だ。これは、温かな内に華琳様に食べていただきたい……」
「確かに冷めてからでは味も落ちるが、今から追い掛けたところでどのみち探し当てた頃には冷めているぞ」
「ぐぬぬ……だが……」
姉の態度に少し違和感を覚えた秋蘭。
なにやら、その『章魚焼き』に思うところがあるようだが……。
「これはな、秋蘭。これは……北郷がここに残していった天の料理なのだ」
春蘭は、手に持つたこ焼き満載の袋を掻き抱くようにしてそう呟いた。
なるほどな……。
秋蘭は木箱の中から一つ章魚焼きを串で突き刺し口に運ぶ。美味い。
「間に合わぬのを承知で今から探してみるか?そういう理由なら華琳様もお喜びになるだろう」
「ああ!」
嬉しそうに頷く姉。
……秋蘭もまた複雑な心境であった。
琉琉が作ってくれる天界料理とは、また違う。
この世界、この町に確かに息づいていた北郷一刀の軌跡が“これ”なのだ。
少しは感慨深くもなろうというものだ。
「北郷……。お前は今、どこで何をしているのだ?」
答えなど期待せず秋蘭は天へと言葉を投げる。
見上げた空は、天の世界が見えてしまいそうなほどに澄んだ青空だった。
★あとがき★
最後まで読んでいただきありがとうございます。
ほんとはあと半分ぐらい華琳パートをかくつもりでした…というかそっちがメインの2話でしたが、"間に合わなかったので!”とりあえず分割します。遅筆すいません。
自分で設定した期限はごまかしてでも守りたいので。
もしかすると次回更新で二話差し替えるかもしれません。
だって冒頭華琳の夢なのに、春、秋蘭メインとかおかしい・・・。
というか、もっと活き活きとした楽しいSS書きたいよー。技量ががががorz
序盤は三国同盟の記念祝祭が終わるまでなので、まだまだ始まったばかりですが
どうぞ最後までお付き合いくださいませ。
次回更新は私事の関係で再来週になりそうです。
可能ならまた来週です。
それではー。
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