ゲストさん

No.19710

2008-07-17 19:21:11 投稿

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秋葉凪人さん

エミルマさんの暗黒宮殿

昔書いてたものを適当に。

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 今朝もムツルマ教の暗黒司祭であるエミルマさんは,夜の明ける前から起き出し洗顔,そして朝食を取る前に,敬愛するムツルマ様の像を丹念に磨くのでした。そろそろ冬も深くなり,水は冷たく肌を刺す。だけどエミルマさんはその痛みすら,試練のひとつ試しのひとつと受け入れて,ニコニコ笑顔で御奉仕するのです。

 

 ムツルマ様は人身豚面の邪神などと言われるのだけど,エミルマさんにとってはキュートな御尊顔なのです。しかも邪教とは何事かと。フザケルナと。だけど怒りは呑み込んで,エミルマさんは毎朝この御奉仕が終われば,自分の働く暗黒宮殿よりもまず,近所の街道を一所懸命に掃除するのです。もちろん朝食を取っていないのでヘトヘトですが,村人たちにはいつも笑顔笑顔。もちろん近所では美人暗黒司祭と評判です。だけど何故か男は近付きません。エミルマさんはちょっと淋しいですが,別に良いのです,彼女にはムツルマ様がいらっしゃるから。愛しの豚面大邪神は,今日も不気味な笑顔です。エミルマさんはおそれながら,と,毎朝その笑顔にキスをするのでした。

 

 何が正義で何が悪なのか,ムツルマ様は特に定義しません。この神様は怠惰の神様,面倒だから頑張らない,のんびり行きましょ/生きましょうという,ありがたいやらどうやらと,とにかく生贄も世界征服も企みません。だってそんなの面倒だから! そんな神様を信仰してるのに,エミルマさんは働き者です。街道掃除が終わったら,今度は暗黒宮殿です。宮殿などと言われてますが,慎ましやかな小さな教会です。暗黒などと言われてますが,エミルマさんの心遣いは隅々まで行き届き,花は活けられ掃除は完璧。日差しもなるべく取り入れました。なのに名前は暗黒宮殿です。だって邪教じゃ仕方ない。

 

 この国はとても平和過ぎて,モンスターももういません。人々はとても平和でとても退屈そう。ムツルマ様の教えとぴったりじゃないですか,とエミルマさんは思うのだけど,邪教なので人気はありません。来るのはおやつ目当ての子供だけです。子供は勧誘しないのがエミルマさんの良いところ,というかムツルマ様は怠惰の神様,勧誘なんかも基本的には面倒なのです。だからひとつも人気がない。貧乏ですが畑を耕し,それで普通の収穫を上げているのですから,その上宗教活動もやっているエミルマさんは凄いのです。

 

 とはいえ人の身体です。無理を続ければガタも来てしまうのです。ある冬の朝,エミルマさんは倒れてしまいました。弱った身体に流行り病,三日三晩の高熱で,すっかりやつれてしまいました。暗黒宮殿には埃が積もり,エミルマさんの心尽くしの花も萎れ,名前のままにすっかり暗く沈んでしまいました。子供たちや村人たちが心配でやって来るために,むしろいつもより来客は多いのですが,エミルマさんは病がうつるのが心配で,あまり逢おうとしないのです。

 

 エミルマさんはそんな中でも,ムツルマ様を磨くのでした。体力が無いからちゃんと磨けません。それでも納得するまで磨き,最後にそっとキスをします。そしてこの日のキスが,最後のキスになりました。邪教の最後の暗黒司祭は,村人たちに送られて,どうやら天国に行くことになってしまいました。

 

 エミルマさんは納得いきません。邪神を愛する暗黒司祭のこの私が,何ゆえ訳の解らぬ神様が鎮座する天国とやらに行かなければならないのでしょうか,と。ムツルマ様が邪教の神で,その国が地獄と呼ばれるのなら,私は地獄が良いのですと。

 

 まあ聞けよ,と神様はフランクに,エミルマさんに話しかけます。なんと気安く失礼な,だけど笑顔は絶やしません。お尻に伸びた手を叩きながら,それではお聞きしましょうと。

 

 あんたの好きなあの神様は,実はホントにただの豚なんだ。悪魔とかだと怖いじゃん,だから適当に敵を決めたんだ。だからあれはただの豚。悪いことはあいつのせい,解りやすくて良いかと思って。おかげで白黒ハッキリさせて,すべての罪があいつのせい。素晴らしいことは俺のおかげ。どうだいナイスなアイディアだろ?

 

 いいえ,とエミルマさんは答えます。私の想いが在る限り,ムツルマ様はいらしたのです。とてもキュートで可愛らしい,素晴らしい豚の神様でした。だけどこちらにいないというなら私の恋はここで終わり。もうキスも出来ないのはとても哀しい。さあ私を地獄へ落として下さい。ムツルマ様が嘘だとおっしゃる,私の恋が嘘だとおっしゃる,不躾な貴方がいる此処こそが,私にとっては地獄なのですよ。にっこりと,最高の笑顔で,エミルマさんは言いました。

 

 さてその頃地上では,爺が子供に語りかけます。お前もエミルマさんを見習って,立派な良い子になるんじゃよ。精一杯働いて,真面目に精一杯生きなさい。あのひとは本当に素晴らしい暗黒司祭じゃった。あんな良い人が愛したのじゃから,ムツルマ様も良い邪神なのかもしれんのう。

 

 村では年に一度,暗黒宮殿が掃除され,ムツルマ様とエミルマを祭るようになりました。ムツルマ教は復活することはありませんでしたが,村の伝承には邪神と暗黒司祭の恋物語が加えられました。それからふたりは闇の世界,掃除が行き届き花々の咲く大宮殿で,いつまでも幸せに暮らしたそうです。そう書いてあるのですから,きっとそうなのでしょう。

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