No.193958

かがみ様への恋文 #14

mooさん

もしも、かがみが年下の男の子から恋文をもらったら…… というような感じで書きはじめた話です。

2011-01-04 16:08:29 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:678   閲覧ユーザー数:660

テストが終わった日の放課後。

誰もいなくなった教室で少女が一人。

机の上には広げられた問題集とノート。

少女はその上に頬を擦り付けて穏やかな寝息を立てていた。

無造作に机の上に散らばり、こぼれ落ちたライトパープルの長い髪が

夕日を受けて静かに輝いていた。

 

優一はその姿を立ち尽くして見取れていた。

いつも仮面を被り、肩肘を張ってつんつんしている

かがみの無防備な寝顔。

その穏やかな顔は、紛れもない一人のただの少女のものだった。

 

「すみません、遅くなりました」

 

部屋に駆け込んできた優一の声にもかがみは全く反応しなかった。

きっと疲れているんだろうと優一は思った。

受験生なんだから。きっと毎晩遅くまで勉強をしているに違いない。

 

テストが終わって少し気が緩んで眠くなってしまったのだろう。

だから、起こさずにこのままそっとしておこうと思った。

 

優一は手に鞄と一緒に抱えていたジャケットをかがみの肩にかけた。

もう夏も終わったんだから、生徒がいなくなってがらんとした教室は少し肌寒い。

 

優一は音を立てないように、そっとかがみと向かい合うようにして座った。

何をするでもなく、ただ寝息を立てているかがみを見つめていた。

 

その可憐な姿はいつまで見つめていてもちっとも飽きない。

 

ふと、優一は何かに誘われるように手を伸ばした。

机の上に散らばっていたかがみの髪をすくいとる。

 

毛の先まで手入れがきっちりと行き届いているらしい。

滑らかな髪がサラサラと手から滑り落ちていく。

 

それでもかがみは目を覚まさない。

優一が、頭についているグレーのりぼんをつんつんと引っ張ってみても、

かがみは目を覚まさない。

 

ひょっとして、何をしても目を覚まさないのではないかと錯覚してしまう程。

 

「先輩……起きないんですか?」

 

耳に顔を近づけてささやいてみる。

ドキドキする程にかがみの顔が近くなる。

けれどもかがみは相変わらず静かな寝息を立てつづけるばかり。

 

今ならなんでもできるかもしれない。

なんでもできるのなら、何をするべきなのだろうか。

何をしたいのだろうかと優一は考えてみた。

 

望むのならば、マシュマロのような白くて仄かに桃色に染まった頬に

唇で触れることもできてしまうのかもしれなかった。

 

でも、優一はポケットから携帯電話を取り出した。

そのレンズをかがみの顔に近づける。

 

「先輩……ごめんなさい……」

 

優一はそう呟きながらシャッターボタンを押す指に力を込める。

後ろめたいことをしているという意識は十二分にあった。

だから携帯電話を持つ手が小刻みに振るえている。

 

けれど誘惑には勝てなかった。

かがみが今まで見せたことのないこの穏やかな寝顔を、

ずっとずっと見ていたいと思ったから。

見ているだけで癒されそうな顔を残しておきたいと思ったから。

 

シャッターを切る瞬間、思わず目を背けてしまった。

勢いに任せてボタンに指を押し付けた。

 

携帯電話がたてた一際騒々しい音が聞こえたのか、かがみはぱちりと目を開けた。

 

「優君……何してるの?」

 

寝ぼけたような声。

かがみの頭はまだまだ夢の中らしい。

 

でも冷静じゃない優一はそんなことに気づける余裕はなかった。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

そう言って、まだ写真を保存していないのに手から携帯電話を滑り落としてしま

う程。

 

「何を謝っているのよ?」

 

かがみはまだ寝起きで動きの鈍い体をゆっくりと動かして、

机の上で止まった携帯電話を手に取った。

そして何気なく目にした画面には、

ついさっきまでの自分の姿がでかでかと写っていることに気づいてしまった。

 

しまった!という顔をしながらおどおどとしている優一をかがみは無言で睨みあ

げる。

これを撮ったのがこなただったなら、きっと不純な動機に満ちているだろうから

かがみも遠慮なく怒ったに違いない。

けれど、それが怯えた子犬のような面持ちの優一となると、

風船の空気が抜けるように怒る気力がなくなっていく。

 

「しかたないわね……。こ、今回だけだからね」

 

言いながらかがみはぽちぽちとボタンを押して写真を保存する。

寝顔なんて油断しきった顔を見せるのは恥ずかしい。

恥ずかしいけれど、優一がそこまで望むのなら少しくらい構わないようにも思えた。

 

「こ……今度から写真撮るときはちゃんと言いなさいよね」

 

言いながら、かがみは自分の寝顔が保存された携帯電話をそっけなく突き出す。

 

「ありがとうございます。大切にします」

 

優一は宝物のように携帯電話を両手でそっと包み込んで言った。

 

「そんなことより今日のテストはどうだったのよ?」

 

慌てて話題を変えようとするかがみ。

それが照れ隠しであることを優一も少しくらい理解できるようになってきた。

 

「かがみ先輩、可愛いです」

 

優一はそんなことを恥ずかしげもなく、面と向かって真顔で言う。

 

「ば、ばっ馬鹿なこと言ってないで早くテストを見せなさいよ!」

 

優一が恥しがらない分、かがみの方が余計に恥ずかしくなる。

それを誤魔化すように声を張り上げた。

動転しておかしなことを口走っていることにも気づかずに。

 

「テストはまだ返ってきていませんよ?今日終わったばかりなんだから」

 

優一は小鳥のように首をかしげる。

 

「うう、うるさいわね!口答えするんじゃないわよ!」

 

そう言ってかがみは優一を強引に黙らせる。

 

それなのに優一の顔は嬉しそう。

 

 

 

さて、優一のテストのできはというと、

かがみが頑張って勉強を見ていた割には散々な結果であったことは、

答案が返却されるのを待たずとも優一の表情を見れば明らかだった。

 

「やっぱり僕なんかじゃダメです。かがみ先輩みたいになれないです」

 

優一は弱音を漏らす。

 

「何言ってるのよ。一回や二回うまくいかなかったくらいでダメとか言うな」

 

「でも、頑張ったのに……全然ダメなんです」

 

「ダメなのはそんな考え方じゃないのよ。もっと頑張れるんじゃないの?全然努

力が足りないのよ。

それはできなかったんじゃなくて、やる気がなかっただけでしょ!

うじうじ情けないこと言っている暇があったら勉強すればいいじゃない!」

 

かがみは遠慮なく厳しい口調で言った。

言い過ぎではないだろうかと内心思いつつも、加減をするつもりはなかった。

厳しく言うのが優一のため、と信じてのことだった。

 

ところが、優一はしょんぼりと俯いて暗い表情でも浮かべているのかと思いきや、

そうでもなかった。

どういうわけか、その表情は嬉しそうに緩んでいた。

 

「何笑ってるのよ?ちゃんと私の話聞いてるの……?」

 

「はい。でも僕嬉しいんです。かがみ先輩が僕のために怒ってくれるのが嬉しい

んです。

先輩の愛を感じます」

 

そう言って喜んでいる。

 

かがみも、怒っているのに喜ばれては調子が狂うばかりだった。

 

「とりあえず始めるわよ。テストが終わったからって油断してられないんだからね」

 

そう言ってかがみはさっきまで頬を擦り付けていたノートに向き合う。

 

受験を控えたかがみには学校のテストなんて取るに足らないものだった。

それが終わったくらいで気は抜けない。

 

 

 

帰りは雨だった。

 

「降ってきちゃいましたね」

 

下靴に履き変えた優一は空を見上げて呟いた。

 

空を覆う一面の雲のせいで、いつもよりも早く薄暗くなっている。

 

「何よ、傘持ってきてないの?」

 

かがみは自分の傘を広げながら飽きれたように言う。

 

優一はその様を恨めしそうに無言で見つめていた。

 

雨の中へと一歩踏み出したかがみは立ち止まり、振り向いた。

 

「何しているのよ。早く入りなさいよ」

 

そう言って少し傘を優一の方へと突き出す。

 

「はい!」

 

鬱陶しい雨は相変わらずだというのに、

優一の顔は青空のように晴れ渡り、かがみの傘の中へと駆け込んだ。

 

「あの、僕が傘をお持ちしますよ」

 

残っていた最後の二人の生徒を吐き出した昇降口だけがそれを見つめていた。

 

「濡れるわよ」

 

かがみは優一の腕を引っ張って肩を近づける。

 

優一はかがみとの間に不自然なほどに距離を開けて歩いていた。

 

「それから、やっぱり傘も私が持つわ」

 

そう言って優一の手から傘を奪い取る。

 

「すみません。でも、やっぱり迷惑じゃあ……」

 

かがみに腕を捕まれたままの優一が申し訳なさそうに言う。

 

「何よ、さっきはあんなに傘に入れてほしそうな顔をしてたじゃない」

 

「さっきは先輩が僕を置いて帰っちゃうんじゃないかって不安になって……」

 

「私がそんな薄情な人間だと思ってるわけ?」

 

「ごめんなさい……」

 

かがみにきっと睨まれると優一は反射的に謝ってしまう。

 

「あの……、もう手を離してもらえませんか?」

 

「ダメよ。離したらまた濡れるつもりでしょ?

それじゃあまるで私が優くんに無理矢理傘を持たせているみたいに見えちゃう

じゃない」

 

ついさっきまでは、どこからどうみてもそのように見えた。

かがみの傘を持った優一は、

自分が濡れることなど構わずに、

かがみが濡れないようにと頭上に傘を掲げながら一歩後ろを歩いていた。

それはまるで下僕が主のために傘をさしているかのような光景。

 

周囲からそんな風に見られてはかがみだって迷惑だった。

 

 

 

「これ、使って良いわよ」

 

別れるとき、かがみは使っていた傘を優一に持たせた。

 

「でも僕が借りちゃったらかがみ先輩が濡れちゃうじゃないですか?」

 

「大丈夫よ」

 

そう言って、かがみは鞄の中から折り畳み傘を取り出した。

 

「もう一本あるから」

 

「じゃあ、どうしてさっきそれを使わなかったんですか?」

 

それは当然の疑問。でも、野暮な疑問だ。

 

「何よ、文句あるの?」

 

そう言ってかがみに睨まれては優一は何も言い返せない。

 

「ごめんなさい……」

 

そう謝ってみたけれど、優一には理解できていないのだ。

なぜ、かがみがもう一本の傘を使わなかったのかを。

そんな優一の疑問が表情にも表れている。

 

かがみだって、最近は表情から優一の考えていることがわかるようになった。

そう、その顔はかがみが言っていることが理解できていないときに

浮かべるそれだということもわかっている。

 

『しかたないわね』

 

とかがみは心の中で呟いてみる。

結局、優一のそういう鈍いところが嫌いなわけではないのだ。

さすが、つかさの姉である。

 

「た、たまには、一緒の傘に入りたいって思っただけでしょ!」

 

かがみは言っている自分の言葉に恥ずかしくなり、顔を背ける。

 

ようやくかがみの言いたいことが理解できた優一はというと、

言葉を発する変わりに嬉しそうに顔をほころばせる。

にやけるという表現が適当なのかもしれない。

 

「明日も雨だと良いですね」

 

優一はかがみの背中に向かって呟いた。

 

「何言ってるのよ。今度はちゃんと傘持ってくるのよ」

 

そう言ってかがみは去っていった。


 
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