No.188067

真・恋姫†無双~恋と共に~ #10

一郎太さん

#10

2010-12-05 10:44:51 投稿 / 全15ページ    総閲覧数:23176   閲覧ユーザー数:14104

#10

 

 

 

俺の発案した政策は、予定通り順調に進んでいた。農地拡大により兵糧の備蓄増加が予想され、また南東地区の住民の健康も改善された。また、新規警備隊の創設と同時に、夜間の巡回と、篝火の設営を開始し、犯罪発生数が昼夜共に激減した。

そして、最も懸念のあったアルバイト制度が、予想を上回り成功の兆しを見せていた。仮雇い労働制度、通称『有杯人』と名づけられたこの制度は、男女問わず人気を博し、様々な業種に南東地区の住民だけでなく、結婚して仕事を休んでいる女性や、年齢のせいで激しい労働が不可能な人々も集まった。

制度の内容に関しては、各所に看板を立てて説明し、それでもわからなければ、城門前に臨時に作った案内所まで質問に来てもらうことにしている。

 

 

 

だが最も驚いたのは、その成果ではなかった。

 

 

 

担当者は追って通達、と月が言っていたにも関わらず、資料に目を通した文官たちが、次々と立候補したことだ。

最終的には月の言葉の通り、能力のバランスとこれまでの政務内容を鑑みて、詠の采配で唯さんを筆頭に担当者が指名されたが、それでも立候補する人間は後を絶たなかった。

 

 

 

「あぁもう!この制度が成功して、人数が必要になったらまた増員するから!その時に政策内容の試験でもやって決めるから、本気でやりたい者はその時にまた来てちょうだい!!」

 

 

 

と、詠のなかばヤケクソな鶴の一声で、事態は一応の収束を見せた。

そして、もう一つ、喜ばしいことが。

 

 

 

 

 

「あぁ、今日はお仕事ですか?お疲れ様です」

「おじさんもお疲れ様。あとで休憩時間に寄らせてもらうよ」

 

「いらっしゃい。今日はお休みで?」

「そうなんですよ。だからたまには服でも見ようかな、って」

 

 

 

このような会話がちらほらと聞こえてくる。政策の進行に伴って、文官たちは頻繁に街を下見し、いろいろな作業を進めていくうちに住民との溝が少しずつだが、埋まってきたのだ。

以前は距離を置いていたお互いであったが、よく行く店の店主を見かけたり、あるいは店の常連とばったり出くわすと、どちらからともなく世間話を始める。

今はまだ担当の文官たちだけだが、これが広がるとこの街はもっと住みやすくなるはずだ。

 

 

 

俺はそんな感想を抱きながら、街を散策するのであった。

 

 

 

 

 

 

拠点 月

 

 

新警備隊の訓練を終えた俺は、暇を持て余し、中庭をブラブラしていた。ふと木々の生い茂る庭園へと目を遣ると、月の姿がそこにはあった。

 

 

 

「月じゃないか。休憩中か?………って、恋とセキトも一緒か。

 

 

 

遠くからでは月の背に隠れて見えなかったが、月の傍には恋とセキトが昼寝をしていた。日当たりのいい芝生の上で、どちらも気持ちよさそうに眠っている。

 

 

 

「お疲れ様です、一刀さん。午前中にやるべき仕事は終わったので、恋さんたちと一緒に休憩していたんですよ」

「そうか。そういや今日は詠と一緒じゃないんだな」

「詠ちゃんなら李儒さんと一緒に政策協力者の方々との調整に出かけてます。だから私もちょっと暇を持て余しているところに、恋さんたちがいたんです。一刀さんもご休憩ですか?」

「ふむ………」

「…どうかされましたか?」

 

 

 

そうだな。俺も特にすることはないし、ご一緒させてもらうことにしよう。

 

 

 

「お邪魔します」

「ふふっ。どうぞ」

 

 

 

俺は月の傍に座ると、ごろんと横になった。ポカポカと太陽の光が温もりを与えてくれる。そよ風の流れるなか、俺たちは穏やかな時間を過ごしていた。

 

 

 

「いいですね、こういうの」

「そうだな…」

「ずっとこんな日が続くといいですね」

「………あぁ」

 

 

 

俺は即答できなかった。もし、この先の未来が俺の知る通りならば、月―――董卓は、動乱の真っ只中に引きずり込まれるのだから。

 

教えるべきか?いや、そもそも俺の勝手な俺の想いで歴史を変えてしまってもいいのだろうか………。そんな葛藤を抱きながら俺は―――

 

 

 

 

 

 

「へぅ…」

 

 

 

―――その葛藤を悟られないようにと、月の頭を撫でた。

 

 

 

「どうしたんですか、急に?」

「いやなに、唐突に月の頭を撫でたくなっただけだ。…いやだったか?」

「そんなこと!…ないです………へぅ」

「そっか…」

 

 

 

俺はしばらくの間、そっと、しかしそこに彼女がいることを確かめるかのように、月の頭を撫で続けた。

 

 

 

「ふわぁあ…」

「ふふっ、大きな欠伸ですね」

「いや、いろいろと資料や制度の作成で夜遅かったんだよ………ふぁぁあ…」

「寝てもいいですよ?」

「そう?じゃぁお言葉に甘えて―――」

 

 

 

そう言って俺は瞼を下ろそうとしたが、月はぽんぽんと自分の膝を叩いた。

 

 

 

「はい、どうぞ」

「………」

 

 

 

どうしよう…これは恥ずかしい。旅に出る前は寝る時に抱きついてくる恋に対して腕枕をしてやっていたが、自分がやられるとは………それも膝枕。

 

 

 

「あの…お嫌でしたか?」

「いや、そんなことはない。むしろして欲しい!………ハッ!つい本音が!?」

「ふふふ、どうぞ」

「………お邪魔します」

 

 

 

俺は月の膝に頭を乗せ、仰向けに寝なおした。

 

 

 

「ふふっ。一刀さんの方が背が高いので、こうやって一刀さんを見下ろすのはなんか変な感じがしますね」

「そうだな」

 

 

 

俺は目を閉じたまま答える。

 

 

 

「あの…頭、撫でてもいいですか?」

「………あぁ、お願いするよ」

「お願いしてるのは私ですよ?」

「そうだったな。でも…お願いするよ」

「ふふふ…かしこまりました」

 

 

 

そんな風に月は笑うと、俺の頭を撫で始めた。全体を掌で優しく撫でたり、時には髪を指で梳いたり。気持ちいいな…。

 

 

 

俺は、月の手の心地よい感触を得ながら、意識を落とした。

 

 

 

 

 

 

拠点 詠

 

 

「………これで、どうかな?」

「ん…」

 

 

 

今、俺は詠と共に中庭の卓について、勉強を見てもらっている。唯さんと政策の資料を作っているときも、文字や言い回しがわからず唯さんに聞いてばかりだったので、俺が詠にお願いして、こうして詠の休みの日とか暇な時間に指導を請うているのだ。

 

そして今、詠の作った試験が終わったところである。

 

 

 

「丸丸丸…と。うん、頻繁に使用する文字についてはほとんど問題がないようね」

「そっか…よかった………」

「じゃぁ次はボクの番ね。一刀の生国の知識を教えて貰える?」

「そうさなぁ………前回は商業の概要を話したんだっけか。じゃぁ今日は政治に関してでもいいか?」

「なんでもいいわよ。たまに知らない言葉が出てくるけど、アンタの知識は相当のものだし。使える使えないは別にして、知的好奇心がそそられるわ」

「あはは。さすが名軍師様だけあるな。じゃぁまずは、おおまかな政治に対する主義かな。今は民主主義っていう、多数決の原理が採られてるんだけど、昔はもっとあってね。社会主義とか共産主義とか―――」

 

 

 

こうして、勉強を教わる代わりに、俺は、俺の時代の知識を詠に教えていく。天の御遣いの話はまだ伝えてないので、あまり難しいことは教えず、この時代に則すように言葉を換えてはいるが。

こうした持ちつ持たれつの勉強会が、最近の詠との時間の過ごし方だった。

 

 

 

「そう言えば、一刀の国ってどこにあるの?匈奴や鮮卑にそんな知識があるとは思えないし………」

「え?」

 

 

 

詠の突然の質問に、俺は言葉を詰まらせた。

 

………そういえば、この時代に来て何ヶ月経つんだろう。爺ちゃんや婆ちゃんは元気にやってるだろうか。不動先輩もお仕置したまま会ってないから怒ってるのかな。あと及川は………どうでもいいか。

俺はそんな風に若干の郷愁の念を抱いていた。

 

 

 

「―と――ずと―――一刀っ!」

「うぉぅっ!?」

「ちょっとどうしたのよ?いきなりぼうっとしちゃって…」

「あぁ、すまない。ちょっと俺の国のことを思い出していてね。俺の国か………詠は海って見たことあるか?」

「海…?あぁ、話なら聞いたことあるわよ。なんでももの凄く大きな湖だとか」

「そいつはちょっと違うな。海が陸地の中にあるんじゃなくて、大陸が海に囲まれているんだ。だいたい世界の半分以上は海だと言われている。………と、この話は置いておくとして、俺の国なんだが、この大陸の東の海を渡ったところにある小さな島国が、俺の故郷だよ」

「そうなの!?この大陸の外から来たのね………だったらこの国の常識を知らないことも、ボクたちの常識の通じない知識を持っているのも納得がいくわ」

「まぁ、実際にすごいのは俺じゃなくて、それを考え、世に広めた偉人たちなんだけどね」

「アンタ………月にあれだけ自分を卑下するな、って言っておいて、自分はそれに当てはめないのかしら?」

「事実だよ。ただ、俺の知識が月や詠の助けになるなら、協力は惜しまないつもりだ」

「………ありがと」

 

 

 

詠は一言だけ呟いて、すっかり冷めてしまったお茶を口に入れた。

 

 

 

 

 

 

その質問をしたとき、ボクはしまったと思った。一刀がひどく、悲しげな顔をしていたからだ。そういえば、一刀は、自分が漢の人間ではないと言っていた。ボクはてっきり大陸の別の場所から旅でもしてきたと思っていたけど、そうではなかったみたいだ。

一刀の話からすると、ものすごく広大な海を渡ってきた。それは並大抵のことではないだろう。

どうして漢にやってきたのかは分からない。尋ねようとも思わない。

 

 

 

だって、一刀はこうして、いま、ボク達と一緒にいてくれるのだから―――。

 

 

 

 

 

 

拠点 華雄

 

 

「全軍進めっ!」

「「「「「応っ!!」」」」」

「鶴翼の陣!!」

「「「「「応っ!!」」」」」

「よし、それでは一刻の休憩の後に、隊を二つに分けて演習を行う!しっかり休むように」

 

 

 

今日、俺は華雄の演習に付き添わせてもらっている。さすが猛将華雄だ。華雄の号令に合わせて、部隊は進み、あるいは後退し、陣を形成していく。

兵士たちの士気の高さからも、華雄が慕われ、尊敬されていることがわかる。

俺がそんな感想を抱いていると、休憩の指示を出した華雄がやって来た。

 

 

 

「どうだ、北郷。なかなかにいい動きをするだろう?」

「あぁ、びっくりしたよ。さすが華雄の隊だけあるな。行動も素早いし、陣の編成も滑らかに行なっている。それに華雄の指揮も格好良かったよ」

「そ、そうか、ありがとう…」

 

 

 

華雄はなぜか言葉を詰まらせた。

 

 

 

「それにしても、さすが将軍なだけあるな。陣形はすべて覚えているの?」

「え?あ、あぁ。私は突破力さえあれば構わないんだが、賈駆がそれでは駄目だと言って、私に叩き込んだんだ」

「ふぅん。よく華雄が大人しく従ったね」

「それがな、賈駆のやつ、あろうことか董卓様を伴ってやって来てな。反論しようにも、あの董卓様に涙目でお願いされてみろ。………断れるわけがない」

「あはは、確かに」

 

 

 

目を吊り上げて華雄を論破する詠と、涙目に上目遣いでお願いする月を想像して、俺は思わず笑ってしまう。

確かに、月にお願いされたら大抵のことは許しちゃうよな。

 

 

 

「おかげで私は散々な目に合ったよ。武の鍛錬ならいくらでもできるのだが、勉強はどうも好きになれん。………思い出しただけでも頭が痛くなってくる」

 

 

 

華雄はそう唸って、こめかみを抑えた。そんな華雄を見ていると、思わず頬が綻ぶ。

しかし軍略か………俺も今度詠に教わるかな。

と、先ほどまで頭を抑えていた華雄が話しかけてきた。

 

 

 

「そうだ、北郷。演習の後、また私と勝負してくれないか?あれ以来一度も闘ってないからな」

「またやるの?俺は別に構わないけど………」

 

 

 

俺が了承の意を伝えると、華雄は目を細めてこう言った。

 

 

 

「なに、目指すべき目標があるんだ。私はお前を倒すまでは、何度だって挑ませてもらうぞ?」

 

 

 

 

 

 

「………何これ?」

 

 

 

兵士の調練が終わった華雄と勝負するべく、練兵場へ赴くが、どういうわけが兵士たちがついて来た。そして―――

 

 

 

「なに、私と北郷が勝負するというのを聞いていた奴がいてな。私に見学を申し込んできたのだ」

「いや、まぁ別にいいんだけどさ………」

 

 

 

―――練兵場は、兵士たちで埋まっていた。

 

 

 

「北郷将軍!噂は聞いています。その力を俺たちにも見せてくださいよ!!」

「そうですよ!あの華雄将軍を倒すくらいの武でさぁ!俺たちだって見てみたいんですよ!」

 

 

 

「と、まぁこういったわけだ。何、実際に戦になったら嫌でも周りに見られる。今のうちに慣れておけ」

「はぁ…わかったよ」

 

 

 

俺は溜息を吐く。

 

 

 

「皆の者、噂は聞いているとは思うが、北郷はこの私を圧倒するほどの武の持ち主だ!正直に言って、今回もまた私は惨敗するだろう!私の格好悪い姿を見たいがために集まるなんて、お前たちも酷い奴らだな!」

 

 

 

華雄のこの言葉で兵士たちに笑いが巻き起こる。

 

 

 

「何言ってるんですか!こんなおもしろい勝負、見ないわけにはいきませんよ!」

「安心してください、将軍!たとえ負けても俺たちの忠誠は揺らぎませんから!!」

「そうか、ありがとう!では、この華雄の無様な姿と、北郷の武をその眼に焼き付けて、さらなる高みを目指してくれ!!………いくぞ、北郷」

「あぁ。それにしても………」

「何だ?」

「…いい部下を持ったな」

「あぁ、私の誇りだ」

 

 

 

そして俺たちの仕合が始まった。

 

 

 

 

 

 

次の日の夜、華雄が俺の部屋を訪れた。

 

 

 

「どうしたの?」

「いや、お前に礼を言おうと思ってな。お前の強さを目にして、部下たちも思うところがあったらしい。男でもあれほどまでに強くなれるのだと、調練が終わっても自主的に稽古をしたり模擬戦をして修行をしてくれている」

「そっか………よかったな、華雄。でもそれだって、華雄がいるからだよ?」

「私が頼りないからか?」

 

 

 

そう言って華雄は軽く笑う。華雄でも冗談を言うのだな。

 

 

 

「違うよ。華雄にもっといい所を見せたい、支えてあげたい、って思うから皆修行をするし、鍛錬だってしっかりついてきてくれるんだ」

「そうか………そうだな。なら、私ももっと強くならなければ!」

 

 

 

華雄は俺の言葉に納得したのか、うんうんと頷き、そして俺に言った。

 

 

 

 

 

「北郷!これから私と勝負しろ!」

 

 

 

 

 

「………えっ!?もう夜だよ!?」

「かまわん。夜に戦に出ることもある。多少暗くても問題ない!」

 

 

 

華雄は俺の腕を掴むと、俺を引っ張って部屋を出て行く。

 

 

 

「た、助けてぇぇぇえええ!」

 

 

 

ズルズルと引きづられる俺の叫びが、虚しく城に響き渡るのであった。

 

 

 

 

 

 

拠点 霞

 

 

その日は休日だったため、俺は特にすることもなく、部屋でゴロゴロとしていた。恋は俺の寝台で昼寝をしているし、セキトとじゃれるくらいしかすることがない。

 

 

 

「暇だなぁ」

「ワンッ!」

「セキトは何かおもしろいこと知らないか?」

「ワフゥ…」

「そうだよなぁ…恋も寝てるし、どうしようか」

「クゥン」

 

 

 

うん、なんというか俺って危ない人だな。あまりに暇すぎて頭がおかしくなったのかもしれない。そんなことを思いながらも、俺はセキトを撫でるのであった。

しばらくそうしていただろうか。いきなり、部屋の扉が開かれた。

 

 

 

「一刀おるか?」

「霞、ノックしろ、っていつも言ってるだろう?」

「なんや、一刀?部屋でチョメチョメでもしとるんか?それとも恋にイタズラでもしようとしとったんか?」

「なんだよチョメチョメって…。まぁ、礼儀としてね。いきなり扉が開いたら誰だってびっくりするだろう?」

 

 

 

そう、俺は城の皆にノックの作法を教えたのだが、霞だけはどうしても覚えてくれなかった。その霞はというと、俺の言葉を気にすることもなく、セキトを持ち上げて振り回している。

…待て待て、セキトが段々とぐったりしてきたぞ?やめなさい、霞さん。

 

 

 

「で、どうしたんだ。今日は霞も休みなのか?」

「ちゃうで?でも兵の調練は午前中で終わったから、することがないんや。それでなぁ、一刀…お願いがあるんやけど…」

 

 

 

霞はそう言うと、俺にしなだれかかった。霞の豊満な胸が俺の腕に当たる。………落ち着け、俺!?

 

 

 

「華雄から聞いたんやけど、華雄とは何度もヤっとるらしいやん。ウチかて一刀としたいのに………一刀はウチとヤるの…イヤか?」

 

 

 

うん、どうにも言葉が足りないな。何も知らない人が聞いていたら誤解しそうだ。ふと、他の人の気配を感じると、開いたままの扉に月が立っていた。

 

 

 

 

 

「一刀さん………」

「ゆ、月…」

「知らなかったです…一刀さんと華雄さんがそんな関係だったなんて………それに霞さんも………」

 

 

 

そう呟く月の瞳には涙が浮かんでいた。

 

 

 

「ち、違うんだ、月!」

「なんや、月。月も一刀とヤりたいんか?」

「………ちょっと霞さん!?」

「でも月やと一刀の相手はできひんかなぁ」

「っ!ひ、ひどいです一刀さん………やっぱり胸ですか?巨乳がいいんですかっ!?」

「え、俺!?」

「一刀さんの………(自主規制)ーーー!」

 

 

 

 

 

そう叫びながら月は走り去ってしまった。

 

 

 

「あっはっはっはっは!ちぃとからかい過ぎたかな?なぁかず…と………?」

「ふ、ふふふ…ふははははは!」

「な、なんや一刀!どうしたん!?」

「霞…ちゃんと言葉は選ばないといけないよなぁ?………お仕置きだ」

「へ?ちょ、一刀?一刀の眼がごっつ怖いんやけど………ちょ、こっち来んといて………いや、いやや………………いややぁぁぁあああ―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

霞の叫びが響く部屋の隅では、セキトがぶるぶると震えていた。

 

 

 

 

 

 

霞へのお仕置きを済ませた俺は、月の部屋へと行き、寝台に顔を埋めて泣く月に事情を説明した。

 

 

 

「ほら、霞、ちゃんと誤解を解くんだ」

「はい。月様。先ほどのは私の冗談でございました。申し訳ありません。私はただこの方と仕合をさせて頂きたかっただけです」

「へっ?し、霞さん?どうしたんですか、その喋り方…」

「いえ、私はただ事実を伝えにきただけです。ご理解いただけましたか?」

 

 

 

 

 

そう淡々と語る霞の目に、光は灯っていなかった。

 

 

 

 

 

なんとか誤解を解いた俺たちは、練兵場へと来ている。

 

 

 

「こんなところで何をするのでしょうか、北郷様?」

「いや、それはもういいから」

 

 

 

俺は霞の頭に手刀を叩き込んだ。

 

 

 

「ハッ!?ウチはいま何を…?」

「別に何もないよ」

「あ、一刀。なんや、ウチ一刀の部屋に行ってからの記憶がないんやけど、なんでウチらこんな所におるん?」

「もういいから。それより霞、俺と勝負したいんだろ?」

「へっ?あ、あぁそうや、そうやった!ウチ、一刀を仕合に誘うために一刀の部屋に行ったんやった!」

「思い出したか?じゃぁ早速やるぞ」

「ええの?ええの!?いやぁ楽しみやなぁ。おそらくウチかて一刀には勝てへんと思うけど、それでもヤらせてもらうで?」

「わかったから、さっさと構えろ。来ないなら、こっちから行くぞ?」

 

 

 

俺は腰の二本の刀を抜いた。

 

 

 

「へ?なんや一刀さん…目がものっそい怖いんやけど………」

「そんなことはないぞ?ただ、今日は虫の居所が悪くてな。悪いが手加減をするつもりはない」

「…なんやその殺気………ちょ、こっち来んといて」

 

 

 

たとえ記憶にはなくとも、彼女の本能は覚えているらしい。偃月刀を持つ手が震えている。

 

 

 

 

 

「………いや、いやや………………いややぁぁぁあああ!!!」

 

 

 

今度は練兵場に、霞の叫びが響き渡った。そして数刻後―――

 

 

 

 

 

「うぅ…一刀ひどい。ここまでボッコボコにせんといてもいいやん………」

「うるさい。霞が覚えていないだけで、自業自得だ」

「堪忍してぇな…」

 

 

 

 

 

倒れて指一本動かせなくなった霞と、どこかスッキリした俺の姿だけが練兵場に残されるのであった。

 

 

 

 

 

 

拠点 唯

 

 

今日、私は南東地区に来ていた。一刀様の政策の担当の1人に選ばれてから、他の文官も含めて街の各所に足を運んではいるが、この地区に関しては私が専らの担当だった。

 

 

 

「お、李儒さん。いつもお疲れ様です。今日はどういった御用で?」

「そちらこそお疲れ様です。一刀様にこの地区の様子を視察するように言われましたので。それにしても、見違えますね。他の地区にも引けをとっていないですよ」

「へへへ、ありがとうございます。それも北郷様や李儒さんたちのおかげですよ」

 

 

 

 

そう言って店の主人は笑う。初めてここを訪れた時からは想像もつかないほどいい笑顔だった。その様子に、私も釣られて笑ってしまうのだった。

 

 

 

「そんなことないですよ。一刀様も仰っていたではないですか。これからは私たちと貴方たちが協力していく、って」

「そうですね。あ、そう言えば隣の通りの服屋の女主人が何か相談したい、って言ってましたよ?」

「あら、そうですか。なら、これから行ってみますね。お仕事頑張ってください」

「李儒さんこそ」

 

 

 

店主に別れを告げた私はその足で隣の通りに向かう。

件の服屋と話をしたり、子どもたちにお話を聞かせたりと、この地区ではやることが本当に尽きない。しかしその忙しさは私には心地よく、疲れることはなかった。

 

 

 

 

 

 

その夜、私は一刀様の部屋を訪れた。昼間の視察の報告をするためだ。ノックをすると、中から声が聞こえたので扉を開けた。

 

…今日は呂布様はまだいないらしい。

 

私は喜びを隠しながら部屋に入り、一刀様に報告書を渡した。一刀様は「ありがとう」と竹簡を受け取ると、そのまま目を通す。その横顔はどこか幼い雰囲気を残しながらも、凛々しく、私はつい、それに見とれてしまうのであった。

 

 

 

「ん、ありがとう、唯さん。特に問題なく街は機能しているみたいだね」

「いえ、勿体ないお言葉です」

「あはは、そんな畏まらなくてもいいよ。…ところで、唯さん。この後は時間があるかな?」

「え…あ、はい。これが本日最後の仕事ですので」

 

 

 

思いも寄らなかったそのお誘いに、私は言葉を詰まらせつつも答えた。これは…もしかして………。

 

 

 

「だったら少し話でもしないか?」

「は、はいっ!喜んで!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あぁ…まさか一刀様からお誘いがかかるなんて!どうしよう…このまま口説かれたりするのかな。

あぁ!今日は湯浴みの日ではなかったのでした…あまり匂わないとよいのだけれど………。

………………一刀様が私の肩に手を回し、そして私の顎に手を添えて、そしてそして………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この間、交渉事の技術を教える、って約束しただろ?でもその後は忙しくてなかなか時間がとれなかったからね。だからよかったら、って思ったんだけど………って、どうしたの、変な顔をして?」

「そしてそして………って、ほぇ?」

「いや、この間、話し合いの方法を教える、って言っただろ?だからその話でもできたら、って思ってたんだけど………嫌だった?」

「っ!そ、そんな事はありません!!ぜひ聞かせてください!さぁ、早く!」

「ちょ、そんな慌てなくてもちゃんと教えるから、だから落ちついて!?」

 

 

 

その時の私は自分の妄想が知られなかったことに安堵を覚えつつも、羞恥心で顔を真っ赤にしながら一刀様にお話を急かすのであった。

 

 

 

 

 

 

一刀様のお話はとても興味深いものだった。

 

 

 

「それでね、交渉事をするには、自分の言いたいことを先に言うのではなく、相手から引き出すことが大事なんだ。

この間も俺は先に商人の人たちの話を聞いて、そこから南東地区の話に持っていっただろう?だから、なんでもいい。世間話から初めて、話を誘導し、自分の主張を相手に無意識に言わせる。

そうすることで、相手との共感が生まれ、さらには自分の主張とこっちの主張が一致したと錯覚させるんだ。

まぁ、相手の性格や状況によっては単刀直入に言った方がいい場合もあるんだけどね。

でも、そうすれば、あとは自分の利益と相手の利益を一致させることができるんだ。

………今回のようにね」

「凄いですね、一刀様は……私にもできるでしょうか?」

「最初は練習も必要だけどね。でも唯さんならきっとすぐ出来るようになるよ」

「ふふふ、ありがとうございます。他には何か面白い話はないですか?」

「他に?ん~そうだなぁ………あっ、こんな話はどうかな―――」

 

 

 

こうして私は一刀様とのひと時を過ごし、深夜になろうかという頃に、名残惜しくはあるが一刀様の部屋を後にした。

 

 

 

 

 

「はっ!!」

 

 

 

 

 

しまった………いっそのこと、私から誘えばよかった。

 

 

 

 

 

そのことに私が気づいたのは、既に寝巻きに着替え、寝台に潜った頃だった。

 

 

 

 

 

 

拠点 恋

 

 

恋の一日はまだ陽も昇らないうちから始まる。

自分の寝台で目を覚ました恋は、まだ眠ったままのセキトを抱えて部屋を出る。「ワフゥ…」と少し声を上げたかもしれないが、恋は気にせずに扉を明け、廊下を数歩進み、隣の部屋の扉を開ける。

 

 

 

「一刀…まだ寝てる」

 

 

 

いつものように夢の中にいる一刀の部屋に入ると、静かにドアを閉じ、寝台へと近寄る。腕の中のセキトを一刀の足元に寝かせると、自身も布団を持ち上げて寝台に潜り込む。

 

 

 

「あったかい………」

 

 

 

一言呟くと、恋は再び目を閉じ、眠りに落ちる。最初はただ横になるだけの恋も、一刀の温もりに惹かれ、一刀の身体に腕を回すと、抱きつくのであった。

 

 

 

恋が次に目を覚ますのは、一刀に起こされる時だ。一刀は知るよしもないが、毎朝恋は、この時に至福を感じている。

目を覚まして最初に見るのは一刀の顔。最初に耳にするのは一刀の声。最初に触れるのは一刀の手。そのすべてに恋は幸せを感じ、モゾモゾと寝台から抜け出す。

若干眠たくはあり、一刀にもたれかかってそのまま眠ることはあるが、その恋を引き剥がすことを一刀は絶対にしない。

「しょうがないな…」と苦笑しつつも、そのまま恋と朝食をとり、仕事に出かける。

 

 

 

 

 

一刀が仕事に励む間、恋はいろいろなところに向かう。

 

 

 

ある日は月と一緒に日向ぼっこをしている内に眠ってしまった。

ある日は詠と一緒に街に出て、いっぱい食べ過ぎる恋は、詠を呆れさせてしまう。「財布が…」と頬をひくつかせる詠だったが、その幸せそうに食べる恋を見て、「しょうがないわね…」と頬を緩ませる。

ある日は霞と一緒に馬に乗って街の外に出かけて狩りをしたりもした。巨大な獲物を引きずって城に戻った二人に、一刀たちは若干引きながらも褒めてくれたのを思い出す。

またある日は華雄と仕合をして恋が勝つ度に華雄が再仕合を挑み、そして毎度の如く恋が勝利する。

 

 

 

「また負けたか!次はラーメンだ!!」

「…受けた」

 

 

 

再仕合を挑む代わりに食事を1種類奢るというシステムを考えたのは一刀だ。

華雄と仕合をすると恋はいつもお腹を空かせて帰ってくる。そして大量に食べる。

一度、詠に食費がちょっとヤバイかもと言われた一刀の苦肉の策である。

そのおかげで城の出費は減ったが、代わりに華雄の財布の中身がかなり危ない状況にあることは、見ない振りをしている。

 

 

 

…ある意味自業自得ではるのだが。

 

 

 

 

 

 

しかしながら、恋の一番のお気に入りは、やはり一刀の傍だ。一刀が部屋で勉強や仕事をしたり、あるいは休みの日には、たいてい一刀の寝台で昼寝をして過ごす。

一刀の寝台は恋の好きな場所の一つだ。ちなみに、一刀の匂いに包まれて眠る恋はとても幸せそうな顔をしており、一刀が机作業の合間に恋の頭を撫でて和んでいることは秘密である。

 

 

 

そして夜には月や詠と、あるいは霞と食事をしたり、華雄に奢って貰ったりして腹を満たす。一刀はそのすべての場で恋と共に行動している。

 

 

 

「一刀…」

「どうした、恋?」

「…眠い」

「そうか。なら後で部屋に運んでやるから、ここで寝てもいいぞ」

 

 

 

恋が睡魔に襲われると、決まってされる会話である。毎晩のようにされる会話であるが、恋はそのやり取りが大好きだった。一刀の気配を感じながら就く眠りは、とても心地がよい。

 

 

 

「ん…おやすみ………」

「あぁ、また明日」

 

 

 

そうして恋は夢の中へと誘われる。時折聞こえてくるのは、一刀の故郷の歌だろうか。聞いたことのない旋律に身を委ね、恋の一日が終わるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝

 

 

 

「おはよう、恋」

「ん…おはよ………」

 

 

 

 

 


 
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