No.186950

真・恋姫†無双~恋と共に~ #2

一郎太さん

#2

2010-11-28 00:14:44 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:21932   閲覧ユーザー数:15031

 

 

 

#2

 

 

 

「…知らない天井だ」

 

目を覚ますと、木造の天井が目に入った。うちも大概に古い家だが、ここまで整然としていない天井ではない。それに、布団の感触がいつもと違う。うちのベッドにしては固いし、布団もどこかごわごわとしている。

 

「どこだ、ここ?………っ!」

 

そして俺は思い出した、気を失う前に何が起きたのかを。鏡が光ったと思ったら知らない場所にいる。これはいったい何の冗談だろうか?爺ちゃんか?…いや、確かにひょうきんなところはあるが、今日は学校もあるはずだし、ここまで手の込んだイタズラはしないだろう。

俺は布団の中で身体に異常がないことを確かめると、上半身を起こした。と―――

 

「………」

 

寝台の傍に置かれた簡素な椅子に腰掛けた、赤髪の少女が目に入った。俺が目を覚ましたことにも気がつかず、すやすやと眠っている。褐色の肌がところどころ露出しており、さらには刺青もはみ出している。

俺の記憶にこんな娘は存在しない。もしいたとしたら、絶対覚えているはずだ、だってこんなに可愛―――

 

「ん…」

 

少女が身動ぎしたが、どうやら起きるわけではなく、体勢がどこか居心地が悪かったらしい。もぞもぞと動いてすこし身体の向きを変えると、再び定期的な寝息が聞こえてくる。

 

「ははっ…」

 

どこか小動物を彷彿とさせるその動作に、思わず頬が綻んだ。そうして眠っている少女をしばらくの間見ていると、ふいに部屋の扉が開いた。少女が目を引きすぎていて気がつかなかったが、部屋はかなり狭い。4畳あるかどうかである。ベッドと椅子の他に置いてあるものはなく、言ってしまっては失礼だが、この家の経済的事情が伺える。

 

「あら、お目覚めでしたか」

 

入ってきた女性は、年齢は30代前半だろうか、背中まである黒髪はまっすぐで、その肌は白い。どこか気品を感じさせるところもあるが、着ている服は、この家同様に簡素なもので、どこかの令嬢というわけでもなさそうだ。

ひとまず俺は両足を床に下ろすと、ベッドに腰掛けた。

 

「あの、ここは…?」

「武都の街の近くの邑です。恋の話では、あなたは村から5里ほど離れた荒野に倒れていたそうですよ?この娘がうちまで運んできたのです」

「そうですか、ありがとうございます(武都って、どこだ?)」

「ふふ…お礼ならこの娘に言ってあげてくださいな。……あら、起きたようね」

 

その言葉に俺は先ほどまで眺めていた場所に目を向けると、少女がこちらをじっと見ていた。可愛いな。

 

「えっと…おはよう」

「………………おはよ」

「えっと、運んでくれてありがとう。俺の名前は北郷一刀といいます」

「ほら、恋。この御方にご挨拶は?」

「ん。恋は呂布。字は奉先」

「………………………………………………………………はぃ?」

 

 

 

 

 

 

その後、混乱する俺を宥めて、女性・呂奉さんが状況を説明してくれた。呂布はというと、話が退屈なのか部屋を出て行ってしまっていた。

 

「じゃぁ、今は劉宏…様が帝である、と」

「そうですよ。あなたは漢の臣民ではないのですか?」

「俺は、日本人です」

「日本?」

「えと……今だと大和の国、なのかな?東の海を渡ったところにある島国です」

「…申し訳ありませんが、ちょっと聞かない名前ですね」

「そうですよね………」

 

それきりしばし沈黙が流れるが、ふと、呂奉さんが口を開いた。

 

「ところで、恋が言っていたのですが、昼寝をしているときに流れ星が落ちてきて、そこに貴方が倒れていた、ということなのですが、何か心当たりは?」

「流れ星、ですか?…覚えていないですね」

「………もしかしたら、貴方が噂の『天の御遣い』かもしれませんね」

 

そういって女性は微笑んだ。思わずドキっとしたが、悟られないように下を向く。さて、どうしようか。この女性のいうことが本当だとすると、俺はどうもタイムスリップしてしまったらしい。それなんてエロゲ?的な状況だが、21世紀の日本にこんなボロい家に住んでいる人などほぼ皆無だろう。

だが、もし本当にそうだとしたら、俺はいったいどうするべきなのだろうか。仮に『天の御遣い』かもしれないからといって、何をすればいいのかわからない。さて―――

 

「あの、呂奉さん。信じてもらえないかもしれませんが、いまわかっていることをお話しします。まず……俺は、この世界の人間ではありません」

「…………それで?」

「おそらくですが、俺は今から1800年以上先の未来からやってきました。ここに来る前に起きたことは覚えているのですが、何故ここにいるのか、何をすべきなのか、どうやって戻るのかすらわかりません」

「そうですか………では、『天の御遣い』としてこの乱世に乗り出すというのはいかがですか?最近街の方で噂になっているのですが、『眩き流星と共に、天より遣いの者がこの大陸に降り立つ。天の御遣いは天の智とその大徳を以て、世に太平をもたらすであろう』というものです。もし、貴方の言うことが本当であるならば、それも可能ではないかと………」

 

俺は呂奉さんの言葉を反芻する。まずイエスかノーで答えろと言われたら、答えはもちろん『ノー』だ。仮にこの時代で名を上げるにしても、知識がなさすぎる。ではどうする………。

 

俺はしばらく考えたのち、答えた。

 

「仮に俺が乱世に乗りだすといっても、俺は、この世界の常識を何も知りません。ですので、大変不躾な申し出とは思いますが………ちゃんと働くので、俺をしばらくの間ここに置いてはいただけませんか?」

 

数秒の沈黙ののち、ギィッっと音がしたかと思うと、扉が開き、呂布さんが顔を出した。

 

「あら、どうしたの、恋?」

「おかあさん、お腹すいた…」

「あらあら、じゃぁそろそろ夕飯の支度をしなくちゃね」

 

そう言って呂奉さんは立ち上がる。と、扉のところで振り返り、こう言った。

 

「恋、今日から北郷さんも一緒に暮らすから、ちゃんと仲良くするのよ?」

 

 

 

俺は両膝に手を置いて、閉じた扉へと頭を下げていた。

 

 

 

 

 

 

「(パクパクムシャムシャモキュモキュ…)」

「………すごいですね」

 

俺が隣の部屋に顔を出してまず目にしたのは、大量に盛られた食事の皿だった。まさか俺のために?とも思ったが、それが見当違いの推測であることは、すぐに理解できた。

 

「(パクパクモキュモキュ…)」

「ほら、恋、もう少しゆっくり食べなさい。ごめんなさいね、北郷さん。この娘ったら食べるのが大好きで」

 

少し気恥ずかしそうにする呂奉さんだったが、俺はまったく気にしていなかった。むしろ、その食べる姿に見惚れていた。

 

「あはは、可愛いですね………呂布さん、俺はもうお腹一杯だから、よかったらこれも食べなよ」

 

俺はそう言って、目の前に置かれた皿を呂布さんの方へと差し出した。呂布さんはというと、「いいの?」とでも言いたげに首を傾げたが、俺が笑顔で頷き、呂奉さんの許しが出ると、嬉しそうに微笑んだ。

それにしても本当に幸せそうに食べるなぁ。俺はそんな思いで見ながら、白湯を啜る。呂奉さんも嬉しそうにそれを眺めるのであった。

 

 

 

 

 

「…ごちそうさま」

 

満足したのか、呂布さんはそう言うと、俺の傍にテトテトと移動して座って、徐に寝転がり、俺の膝の上に頭を置いた。

 

「え、ちょ!?」

「あらあら、恋ったら、もう北郷さんに懐いちゃったのね」

「懐いたって………呂布さん―――」

「恋」

「え?」

「恋の真名。恋は、恋」

 

マナってなんだろう?でも、呂奉さんも呂布さんのこと『恋』って呼んでるし、あだ名かな?俺が突然の禅問答(?)に戸惑っていると、呂奉さんが助け舟を出してくれた。

 

「真名というのは、己を表す、姓・名・字とは異なる、神聖な名前のことです。自分が心を許した者にしか呼ばせることは許されぬ名です」

「えっ!?いいの、そんなに大切なことなのに?」

「一刀、いい人…だからいい。それに、いい匂いもする」

 

そういうと、恋はスイッチを切ったかのように、スッと眠りに入った………俺の膝の上で。

 

「何かよほど気になるところでも出てきたのでしょうかね。その子の真名は『恋』です。受け取ってあげてください」

 

そういうと、呂奉さんは頭を下げた。俺はというと…

 

「わかったよ、恋。おやすみ」

「…ん」

 

今度こそ恋は、眠りへと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

「この子がここまで気を抜いた姿を見せるのは、あたし以外で初めてです。」

 

何を話すともなく、二人で白湯を飲んでいると、ふと、呂奉さんが口を開いた。

 

「そうですか………失礼ですが、ご主人は?」

「あら、私は独身ですよ?」

「え、そうなんですか?でも恋が『お母さん』って…」

「恋も私と血は繋がっていません。5年前に村の外で行き倒れているところを、私が拾ったのです」

 

 

 

 

 

―――回想―――

 

 

 

最初は、それはもう手のつけられない子どもだった。目が覚めたかと思うと、頭を撫でようとする私の手に噛み付き、振り払い、どこで拾ったのか、気を失っている間も握ったまま離さなかった戟を構えて、部屋の隅でうずくまるのである。何度食事を与えようとしても、器をひっくり返すばかりで、決して口にしようとはしない。大人に懐かず、かといって同年代なら、と頼んで来てもらった子どもたちにも心を開かず、ただひたすらに警戒心を向ける日々。いったいどんな環境でこの娘は生きてきたのだろうか………。

 

そして、この娘を拾ってきて10日ほど経った夜だったか。空腹のせいか、少女はうずくまったまま動かなくなった。私はこれ以上は見ていられないと、娘を寝台に寝かせ、粥を作り、その口元へと運んだ。

 

匂いに釣られてか、娘が目を覚ます。だが、すぐそばに私がいることに気がつき、寝台から起き上がろうとするものだから、つい、押さえつけてしまった。そして―――

 

 

 

 

 

「……離せ」

「…!!」

 

 

 

 

 

――――――私は見てしまった。

 

なんて暗く、冷たい眼をしているのだろう。この娘はこれまでどれほど惨めな目に合い、どれだけの憎しみを向けられてきたのだろうか。

 

そう考えてしまった私の両目からは、涙が溢れ出すのだった。何かを喋ろうとしても、口を開けば出てくるのは嗚咽だけ。私は暴れる彼女の上に乗っているにも関わらず、布団に顔を押さえて涙を流し続けるのだった。

 

 

 

どれほど泣き晴らしただろう。あの娘は出て行ったのだろうか。私には自分が何をしているのかもわからなかった。ただ、一つだけ気がついたものがある。私の頭に触れる、暖かい何か。その何かはまるで子どもをあやすかのように、私の頭を撫でていた。

ふと顔をあげると、そこには、涙を眼に湛えたあの娘がおり、その右手は上げられ、私の頭上へと伸ばされていた。

 

「泣か…ない、で………」

「うぅ、ぅ、うああああぁぁぁああぁぁっ………」

 

私は、やっと触れることができた。この娘の奥底に眠っていた、少女本来の優しさに………。

 

 

 

 

 

―――回想 了―――

 

 

 

 

 

「それが、私と恋の生活の、本当の始まりでした」

「そうですか………なんていうか、強いですね」

「私がですか?まさか、ただの女ですよ」

「いえ、そこまで出来るのは優しさではなく、最早強さだと俺は思います」

「ふふっ、ありがとうございます。さて、私たちもそろそろ寝ましょうか。明日からしっかり働いてもらいますからね」

 

語尾に音符マークでも付きそうなその言葉で、今日の夕餉はお開きとなった。

 

ちなみに、恋を寝台に抱えて行った時になかなか服を離してもらえず、結局抱きつかれたまま眠ってしまい、翌朝起こしにきた呂奉さんにからかわれたのは、また別の機会に。

 

 

 


 
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