No.186489

宮藤陽向の創作ノート ~幕末動乱編~

竹屋さん

祭参加 2本目~

前回とは違って「楽しい櫻館」をテーマにしてみました。
ネタバレ分も少なめなので、大丈夫かな。
(追加)

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2010-11-25 11:39:08 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:3527   閲覧ユーザー数:3304

 

※お話の都合上 ゲーム『2人のエルダー』を一回以上クリアされておられないとわからない部分がありますので、ご注意下さい。

 

 

 

 

 

 

 

処女はお姉様に恋している 2人のエルダーSS

 

    宮藤陽向の創作ノート~幕末動乱編~

 

 

 

 

 

 聖應女学院も年の暮れ。降誕祭ダンスパーティを数日後に控えたこの日、学生寮『櫻館』では、年末恒例の大掃除が行われていた。

 天井のすす払いから、窓ふき、窓の桟、廊下の手すりの水拭き、廊下のモップがけ、食堂の整理、果ては建物外周の掃き掃除、etc,etc 念を入れるほどに、キリが無くなるのが掃除というものだ。

 ことに今回は渡會史という「プロ」が混じっていることが、住人のやる気に火を付けた。惰性でやっていた学校の掃除とはひと味違う「おばあちゃんの知恵袋」満載な彼女の指示と指導で目に見えて自分の掃除の効果がわかるものだから掃く拭く磨くの一々が楽しい。また、早々と自分の分担を片付け終えた千早が、いいところで御菓子とお茶を出したりするモノだから、ペースも落ちない。

 甘味でドーピングされた淑女たちは脇目もふらずに普段の数倍の元気で掃除に邁進する。

 年代を経てそれなりの外観な櫻館は、学生寮をこよなく愛する女学生たちに一日掛けて重厚な風格はそのままに美しく清潔に磨き上げられ、どことなくうれしそうですらあった。

 

 とはいえ。

 時間と体力と集中力は有限である。朝早くから夕方近くまでかかって、一通りの掃除が終わった頃には寮住まいのメンバーは1人の例外もなく疲れ果て、早くも夕食時から舟を漕ぐ人間が出る始末。

 

「――って、初音さーんっ」

「ふ、ふえっ! 寝てません!寝てませんよー」

 

 フォークとナイフを構えたままで、ミートパイに顔を突っ込みそうになっていた皆瀬初音が妃宮千早の声に「はっ」と顔を上げる。

 パイが生クリームだけで出来ていれば心温まる喜劇になるが、ほかほかのミートパイだとSMちっくな悲劇にしかならない。

 彼女だっておなかは空いているのだ。しかし食欲が睡眠欲に駆逐されかかっていた。

 おそるべし。初音担当の睡魔(さんどまん)。

 

「これは……本格的にダメかも知れないわね」

 

 食事の手を止めて、神近香織里がため息をついた。

 普段ものに動じない彼女もまた睡魔に襲われていた。

 眠い。眠くて仕方ない。

 

 だが食事の間だけもてばいいというわけではないのだ。どっちにしても夕食後即睡眠というわけにはいかない。

 順番に入浴だってしなくてはいけないし、寝支度にも相応の手間がいる。

 第一、お腹がふくらんで眠くなったから寝る、なんてことを自分に許せば、乙女的に色んな意味で身の破滅である。

 

「でも、眠ければ寝てしまうのが一番ですよ」

 

 といったのはこういった肉体労働や家事洗濯とは一番縁遠そうな千早であった。

 重労働の後だというのに千早と史――妃宮主従は全く動じていない。全く普段通りである。千早の侍女たる史にしてみれば、大掃除であろうが単なる日常の延長であるし、一見儚げな千早は実は家事万能な上に尋常でない身体能力の持ち主である。

 くたびれているはずで、「さすがにつかれました」と口にもしていたが、外見上、そうは見えない。

 この二人は何時も通りに規格外だった。

 

「まー快食快眠は健康の秘訣だしねー」

 

 七々原薫子はいつもより多めに盛った料理をうれしそうに口に運んでいる。彼女は掃除を稽古と同等かそれ以上に重要視する剣道競技の出身だから、ぞうきんがけも掃き掃除も荷物を持っての階段上り下りも苦にしない。「ああ、いい汗掻いたー」と疲れすら気持ちよいらしく、いつもよりも元気なほどである。

 

「……あなたがよく育つ理由がわかるわ」

「ぬぐっ! ごほっ。げほほっ!」

 

 香織里がぼそっといった言葉に反応して見事に咳き込む薫子。

 

「……すぐ、寝たら、かおるこみたいに、おっきくなるの、かな?」

 

 無心にグラタンをつついていた優雨が顔を上げた。

 香織里はこめかみを指で揉みながら頭を振った。

 

「いいえ。伸びたくもない背が伸びるか、いらないところにいらないお肉がつくだけよ」

「……う。それはいや、かも」

「確定情報みたいにいいきらないでよっ香織里さんっ」

 

 優雨はいつもなら一番最初にリタイヤしそうであるが、現在のところ眠そうにしつつも『姉』のようにオチたりはしていなかった。

 彼女は主に初音のサポートをしつつ小物の整理など軽作業を主として働いた。夏休みの入院以降体力もついてきているし、なにより自分に許されるペースを守って、与えられた仕事をきちんと果たしている。

 治療の成果はもちろんだが、自分を知って仕事の種類や量を調節するあたりは、園芸部での地道な活動参加が実を結んだのかも知れない。見上げたモノである。

 ……ではあるが。

「……ううう」

 一生懸命口を動かしている優雨も、やはり眠そうであった。

 

 困った。自分も含めて半分が、意識を失いかけている。自分は勿論、友人達を見捨てるのも気が引ける。さらに食事前に千早が食堂の方で何かしていたから、今日も何かサプライズデザートがありそうな感じだ。食後に甘味があるのはうれしいが眠気と戦う今は非常に危険である。

 

「うむむー。空気が停滞しきってますねー」

 ぐるっと周囲を見回して、此処までの現状説明を総括したのは香織里の妹――――某映画監督と同じ名字の宮藤陽向であった。

 いつもながら空気を読むに敏(びん)である。

「……そう思うのなら、何かこの現状を打破するようなネタを提示しなさい」

「いえす。マム。了解でありまっす!」

 えへん。と軽く咳払いをしてから、陽向は顔を奥の席の初音に向けた。

 

「初音お姉様、もとい皆瀬生徒会長。明日、脚本コンペ参加作品の引き取りの予定ですが、お昼と放課後、どちらが都合がいいですかー」

 その「生徒会長」の一声で、ぴょこんと初音の前傾姿勢が真っ直ぐになり、ふらつきが止まった。

「えっ!? 脚本? 脚本って、エルダー主演劇の、候補の?」

 答える声はすでに「生徒会長皆瀬初音」であった。すばらしい責任感。

「はいっ! 明日、文芸部でコンペ参加脚本の回し読みと批評会をやるんですよ!」

「そう。……えっと、そうね。お昼の方がいいでしょう。少しでも時間があった方が準備も出来るでしょうし。さすが文芸部。研究熱心ね」

「いやー、採用された私があんまりいうと嫌みになるんですけど、これがみんな結構すごい脚本を書いてましてー。色んな話を文芸部の皆さんと読めそうな回し読みは楽しみなんですねー」

 

「ああ。それは楽しそうだわ」と初音。

「段ボール一杯あるものね。どんな話があるんだろうって、私も気になっていたの」

 

 初音の返事に、「ん?」と薫子が頭の上に疑問符を点灯させる。

 

「あれ? 初音ってコンペの作品全部読んだわけじゃないの? いや、別にそれが悪いってわけじゃないんだけど」

 きまじめな初音のことだ。きっと脚本を全部読んだ上で『カーミラ』に賛成したのだろうと、薫子は思っていたのだが。

 

「ううん。生徒会役員の子と演劇部副部長の玲香さんが、陽向ちゃんの『カーミラ』をもの凄く推してくれて……途中から、その」

「途中から? なんでしょうか?」と千早も参加してきた。あの劇の決定過程に興味が出てきたらしい。

「途中から『こんなお話で、一体どうやったら二人に出演を納得してもらえるんだろうか』って、そればっかり考えていて(脳内のエルダー二人に言い訳するので必死だったので)、それ以外に脚本の候補があっただなんて、考えもしなかったの」

「……」

「……」

 

 ――まあ、ともかくも。

 つまり、『カーミラ』以外の脚本が選択される可能性もあったかもしれない、という事らしい。

 

☆ ★ ☆

 

「へー、他にはどんなのがあったんだろー。――ああ、いや『カーミラ』に文句があるわけじゃないよ」

 薫子が慌てて、陽向に向かって手を振る。薫子らしい気遣いだが、陽向は全く気にしていない。薫子からこの台詞を引き出すために、全部計算した上の台詞運びである。

「わかってますよー 薫子お姉さま……んーとですねえ」

 ミニトマトをフォークで突き刺しながら、陽向は頭の中でノートをめくり始める。

 演劇の脚本担当として生徒会室に出入りしていた時に、彼女は応募の全脚本に目を通しており、特に気になるモノについては自分なりに感想文なども書き留めていた。

 今、記憶の中を探ってみると……

 

「ああ、登場人物ほぼ男の人ってのが、いくつかありましたねー」

 

 陽向の第一印象とは違って、ずいぶん硬派な作品が多かった。

 たとえば高村薫のファンの先輩が「マークスの山」を脚本化して、

 

「一日で終わるわけ無いでしょーっ」

「映画は二時間でしたわっ」

「……だから、乗り物酔いしそうな映画になったんじゃないの?」

「わたしは騎士の君に『マークスだっ!』って叫んでもらいたいんですっ」

 

なんて、激論を繰り広げているのを見かけた。

 ……まあ、「あまあま」が良いのだという生徒会の強い意向でそういった作品は真っ先に外されたのだが。

「あ、あったんですか……全部男の人の劇」

 ぼそっと呟いたのは千早だった。それで陽向も思い出す。

「そういえば千早お姉様は『全部男役の劇はないか』っていっておられましたね」

「ええ、まあ」となんとなく歯切れ悪く、千早が答える。

「その方が気楽……じゃなくて、おもしろそうだな、と思いましたけど 」

 今となってはせんなきことですがー、と虚ろに笑う。

「そ、そうですか」

なんとなく千早に話しかけないほうがよいと感じた陽向は、ミニトマトが刺さったフォークとナイフを二刀流のように構えて、薫子の方を向いた。

「幕末ものがありましたよ。――池田屋事件を新撰組と長州藩の二つの視点から描くという大がかりなヤツ」

「おおっ」と、薫子が反応する。カーミラの台本を初見した時とは全く逆の反応だった。

「『若者達が志に命を懸けた幕末。元治元年の夏、京都守護職配下の新撰組は長州藩・尊皇攘夷派による京都大火、天皇強奪の大陰謀を察知する……』」

などと、弁士よろしく語り始める陽向。「ひなた、かっこいい」と手をたたく優雨。

「会津中将御預新撰組を率いる局長『近藤勇』に我らが生徒会長、皆瀬初音!」

「ふえっ。わ、私ですかっ」

 うろたえて素っ頓狂な声を上げる初音……土方歳三の負担が大きそうな新撰組であった。

「そしてっ! 史実としては違うんですが、敢えて『坂本龍馬』に長州藩の暴走を未然に防ごうと奔走するオリジナルの役どころをさせて、ほとんど陰の主役化!……ここに我らがヒーローっ七々原薫子! 当然、大立ち廻り有り!」

「やった! 坂本龍馬っ! しかもちゃんばら有りっ」

「わーい」と万歳する薫子。何度も言うようだがカーミラの時とは真逆である。「ヒーロー」扱いにすら反論しなかった。淑女への憧れはどーした?

「計画の危険性を案じ長州藩の未来を愁えて苦悩する『桂小五郎』に3Cの真行寺茉清様、その恋人役で唯一人の女性役、『幾松』に蒔田聖様!」

「……誰ですか。そのやたら事情通な脚本を書いた人は」

 千早のツッコミをスルーして「そおしてっ」と陽向はフォークに刺さったミニトマトを松明のように掲げる。

「松下村塾きっての英才にして京都大火を企む長州藩尊王攘夷派の過激な領袖、吉田稔麿に妃宮千早様っ」

「おお~」とどこからともなく感嘆の声があがる。

 

「大作感ただよう面白そうなシナリオです……」

 陽向の独演会を静かに聞いていた史が話に参加してきた。「超大作」とかのあおり文句付きの映画を好む彼女は、スケールの大きい話が好きである。

「いったい何がダメで、その脚本はボツになったのでしょうか?」

 問われた陽向は「ああ、それはですねー」と後頭部を掻いた。

 

「土方歳三役に烏橘沙世子様を配役したら、この前のアレ(停学騒動)の影響で最初に捕まって拷問される古高俊太郎がウチの香織里おねーさまにしか見えなくなったという……あだだだだだだ」

 

 突然あがった叫び声にみな何かと注目すると、席を立った香織里が陽向のこめかみに拳を当てて、全力で「ウメボシ」をやっていた。

「よりにもよって何というオチをつけるのかしら、この子は」

「わああああっ いやっみんなの目を覚まさせるとしたら、これくらい衝撃的な話の方が……あだだだだだだっ」

「衝撃的するぎるでしょうが! 

 あなたが古高俊太郎やるなら、ええ! 私がやってさしあげるわよ土方歳三役をっ! 全身全霊でっ!」

 

 それを見ているその他の面々の脳裏には劇の一場面がありありと再生される。

 

 逆さ釣りで水攻めされて引き上げられる度にウメボシをされる古高俊太郎とか、膝の上に石をのせられながら、ウメボシをされる古高俊太郎とか。

 

 ……それは新しいかもしれないけれど、コメディにしかなるまい。

 

「お姉様あああっ やめてー そ、それ以上は、頭痛で今晩寝られなくなりますー」

「そおっ偶然だわっわたしもすっかり眠気が飛んだから一晩中でもつきあってあげるわよーっ」

「あだだだだだだだだだだだだーっ」

 

 年の瀬。今夜も平和な櫻館に、陽向の叫び声がこだました。

 

 今日の一句。

 

 身を捨てて 浮かぶ瀬もあれ オチ担当  陽向

 

                                    FIN

 

 

 
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