No.177684

川の向こう

向坂さん

2から4のかけ橋。 2010年2月の作品。メモ2とメモ4のコラボをやってみました。といっても、4の都子さん周辺のエピソードを拾って光ちゃんにちょっと見てもらっただけで、何も物語が始まっていないんですが(爆)。

2010-10-11 22:18:23 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:789   閲覧ユーザー数:775

 ひびきの側 2002

 三月とはいえ、まだ初日のためか、川沿いの道は寒かった。

「で、何でまた河川敷公園なの? 恋人同士になっての初デートが」

 そう訊かれた光は、十余年の付き合いながら、数時間前に初めて恋人になった相手を見上げ、言葉ではなく行動で応えた。

「わ」

 腕を組む、というよりぎゅっと腕に抱きつかれ、当惑する顔を見て笑ってから、光はようやく言葉で答えた。

「ここが、高校に入って初めて、君に誘われてデートしたところだから」

「そっか。そう言えばそうだったかもな。なるほど、初心に返るわけだ」

「そうそう」

 二人は草むらに腰を下ろした。

「光、寒くない?」

「平気だよ。だって、心がすっごく暖かいから」

「…本当、光ってそういうこと、恥ずかしげもなく言うよなあ」

「いいじゃない、ホントのことなんだから」

 言うと光は、相棒の肩に寄りかかった。少し上にある顔が、また当惑の色に染まる。

「光、その…恋人同士になったからって、急にそんなくっつかなくても、いいと思うけど…」

「えー。君、嫌なの?」

「い、嫌じゃないよ、もちろん」

「ならいいじゃない」

 光は目を軽く瞑った。

「こうやって、君がそばにいることを感じていたいんだ……昔みたいに」

「何言ってるんだ、光。全然分かってないな」

 急に否定され、光は目を開いて頭を起こした。

「え、ど、どうして?」

「どうしてもこうしても」

 ふわ、と温かな腕が光の頭を元の位置に寝かせ直した。

「あ…」

「昔みたいに、じゃない。今の方がもっとずっとそばにいるだろ」

 光は頬に熱を感じた。きっと赤みが差したに違いない。

「も、もう…たまにそういうこと言うからなあ」

「光さえ良ければしょっちゅう言うぞ?」

「ばかぁ」

 言ってしまってから、光はすぐに心の中で構えた。次に相手から出てくるセリフは決まっているからだ。

「あ、それ、バカって言う方が…」

「バカなんだよね。へへ」

 二人はぷっと噴き出した。

「ははは…しかし、あの頃からずいぶん遠いとこに来たよな、俺たち」

「うん…そうだ、憶えてる?」

「何を?」

 光は離れたところに見える橋を指差した。

「子供の頃、あれを渡ってきらめきに行ったよね、二人で」

「ああ、行った行った。わざわざ漫画買いにな」

 二人は橋の向こうを見つめた。余り街並みに変化はないが、橋の先は隣の市、きらめきだ。

「でさ、あのとき、向こうでも似たような二人に会ったの憶えてる?」

「あ。いたね、同じような男女コンビ。あっちも幼なじみ、って感じだったな」

「うん。急に思い出しちゃった。あの二人もこんな風になってるのかな?」

 言いながら、光は視線を橋から戻した。そして目を丸くした。

「あれ…?」

「どうした、光」

 光は川の向こうを指差した。きらめき側でも川岸の一帯は公園になっているらしく、綺麗に芝が揃えられている。そこを、小学校低学年くらいの男の子と女の子が駆け回っていた。

「まさか…」

 つい光が言うと、ぷっと噴き出す音が、今度はソロで聞こえた。

「はは…おい光、念のため言っておくけど、あの俺たちが会った二人も、同じだけ年とってるんだからな?」

 光は顔全体が火照るのを感じた。

「わっ…分かってるよ! 私だってそこまでバカじゃないよ! もう」

 実は一瞬錯覚した、など言ったら、何を言われるか分からないので、光は少々ムキになって否定した。

「分かった分かった。それにしても、あいつらも仲良さそうだな」

 言われて光は火照った頬をそのままにして向こう岸を見た。幼い二人は何やら、自分たちしか分からないルールの遊びをしているようだった。不規則にジャンプしたり、後ろを向いたり。そうかと思えば急に追いかけっこが始まる。

「…きっと、私たちもあんな風だったんだね」

 光はしみじみと呟き、また落ち着ける肩に寄りかかった。

「そうだな」

 肩の主は、そっと光の手を握って、続けた。

「……でも、そうすると、あの女の子は髪をばっさり切るのかな」

 光は寄りかかったまま、向こう岸の女の子の踊る長い黒髪を見て笑った。

「どうかなあ、えへへ」

 川向うでは変化が起こっていた。幼い二人は新しい冒険を決意したらしく、公園の端に移動していた。そこには古いフェンスがあり、下の方には穴が開いている。

 まず男の子が姿勢を低くして、穴を通り抜けた。続いて女の子が挑戦したが、穴に入ったところで動きが止まってしまった。フェンスの向こうで男の子が鼓舞する。女の子は気合一閃、見事に穴を通り抜けた。

 光は微笑みかけたが、どうも様子がおかしい。上手く穴を抜けられたと言うのに、女の子は泣き出してしまった。

「どうしたのかな?」

 光は身を起して、向こう岸を見つめた。女の子は手に持ったものを見てはわあわあと泣いている。

「何か、あれがどうかしたみたいだな」

「うん。お人形か何かみたいだけど…」

 幼い男の子は泣きわめく女の子を前に何やら考えている様子だったが、やがて決然と、自らの服のボタンを千切った。そして女の子に渡す。

「え? 何でだ?」

「うーん」

 川のひびきの側の二人は揃って首を傾げたが、きらめき側の女の子はボタンを受け取ると、手に持ったものと一緒にぎゅっと抱きしめ、泣き止んだ。

 男の子が手を差し伸べると、女の子はそれを握り、二人はフェンスの向こう側を走り、ひびきの側からは見えない所へ行ってしまった。

「…すごいな、あの男の子。一瞬で女の子を泣き止ませたぞ」

 相棒の声を合図に、光はまた肩に寄りかかった。

「うん。でも、私の幼なじみの男の子も、よく一瞬で女の子を泣き止ませたよ?」

 光が悪戯っぽくそう言うと、真面目な声で答えが返った。

「そうか? 俺の幼なじみの女の子は凄い泣き虫で、泣き止んでもらうのに苦労した記憶があるんだけど」

「あ~、ひど~い」

 二人はまた揃って噴き出し、誰もいなくなった対岸からお互いに視線を移した。

 きらめき側 2002/2009

 確か、七年程前、まだ小学校生活も前半戦だった頃のことだった、と都子は思い返した。手の中の、古ぼけたウサギのぬいぐるみを改めて見つめる。

 ウサギの両目はボタンでできていて、左目はいかにも可愛らしい。が、右目はサイズが合っておらず、ボタンの形も違うので、何やら眼帯でもしているような雰囲気になっていた。

 ウサギがこのような風貌になってしまったのは、第一には都子の責任で、第二には都子の幼なじみの男の子の責任だった。

 小学生だった七年前、幼なじみと遊んでいた都子は、冒険に誘われた。いつもの遊び場だった河川敷公園の奥には、古いフェンスがあり、下には穴が開いていた。後で聞いた話によると、フェンスの先にはかつて球技場があったらしいのだが、ボールを取ろうとして川に落ちた子供がいたことから廃止されてしまったのだと言う。

 小学生の二人にはそんなことはどうでもよく、重要なのは、穴はしゃがんで行けば通り抜けられる大きさだということだけだった。まずは幼なじみが先陣を切る。姿勢を低くして、すっと通り抜けた。

「すごい、すごい!」

 都子はウサギのぬいぐるみを抱えたまま拍手した。フェンスの向こう側で得意げに鼻の頭を擦った幼なじみは、手を差し伸べた。

「次は、都子ちゃんの番だよ!」

「わたしにできるかな…」

「らくしょーだよ」

 都子は意を決し、フェンスの穴に頭を突っ込んだ。入ってみると、穴は思っていたよりも狭かった。都子は首の辺りまで入ったところで止まってしまった。

「どうしたの、都子ちゃん」

「く、首が取れちゃったらどうしよう?」

 フェンスを通り抜けたら、体がバラバラになるのではないか。そう考え出すと、一歩も動けなくなってしまった。

「取れたりしないよ。ぼくだってほら」

 幼なじみは五体満足な自分を誇示して見せた。

「でもー……」

「だいじょうぶだよ、がんばれ、がんばれ、み・や・こ!」

 都子は何やらくすぐったい気持ちになり、バラバラの恐怖を忘れた。

「えいやー」

 ずるっと、幼なじみよりは抵抗多めに、都子は穴は通り抜けた。

「やったー!」

 幼なじみは自分のことのように歓び、都子も笑った。

「そうだ、ウサギさん…」

 もう一人の相棒とも歓びを分かち合おうと、都子は抱えていたウサギのぬいぐるみを持ち上げた。そして、悲鳴を上げた。

「ウサギさんが! ウサギさんが!」

「どうしたの、都子ちゃん」

 都子は説明することも出来ず、わあっと泣き出した。ウサギの右目のボタンが取れ、留めていた糸の切れ端だけが残っていたのだ。

「ウサギさーんっ」

 片目になってしまったウサギの不幸と、自分の責任の重みで、都子は声を嗄らして泣き叫んだ。幼なじみは重々しい表情で黙りこんでいた。

 しゃがみこんで泣き続けていた都子の目の前に、だしぬけにそれは差し出された。

「え?」

 ボタンだった。見上げると、幼なじみがそれを差し出していた。その服の袖が、不格好に開いている。そこを留めていたボタンが、今、掌の上にあるそれであろうことは、すぐに分かった。

「そいつの新しい目」

「…うん、ありがと」

 都子は受け取った。どうにも残された左目と吊り合いそうになかったが、ウサギが隻眼になる悲劇だけは避けることが出来た。

「行こうぜ」

 何故かぶっきらぼうに言う幼なじみに、うなずいて都子は付いて行った。

 

 改めて今、ウサギを見てみる。都子はふ、と笑った。

「変な顔」

 しかし、困ったことに、都子はこの変な顔のウサギが大好きだった。ウサギ本人には悪いが、ちゃんとした両目が揃っていたときよりも、今の眼帯もどきの方がずっと好きだった。

「どうして、かな…」

 都子はそこに考えが至ると、また過去に回想する癖があった。ウサギの目の喪失と回復がなされた直後の時点だ。

 

「あ、しっこ」

 幼なじみというものは、極めて無遠慮なものだ。女の子の前だというのに平気でそう言うと、袖をぷらぷらさせながら、草むらの方へ行ってしまった。

「もう」

 都子はぷいと顔を背けた。草むらの反対側は、川だった。向こう岸が見える。川向うはもう、隣の市であるひびきのだった。あちら側も同じように公園になっているらしく、芝が整備されている。

 そこに、ひと組の男女がいた。今思えば、制服からしておそらく、ひびきの高校の生徒だったのだろう。しかし、当時の都子が分かることは、中学か高校か、ともかくお兄さんとお姉さんが向こう側にいるということだけだった。

 男女は身を寄せ合っていた。お姉さんはお兄さんの肩に頭をもたせかけ、お兄さんはお姉さんの手を優しく握っていた。それを見た都子は、急に体が熱くなってくるのを感じた。

 いつか、自分も、あんな風になるのだろうか。だとしたら、頭を支えてくれる肩の主は…

「ちょーっぷ!」

 用を足し終わった幼なじみに急に後ろから攻撃され、都子は心臓が転げ落ちるくらいに驚いた。

「お、おどろいた~」

「へっへー。何見てたの」

 幼なじみが伸びあがって川向うを見ようとしたので、都子は慌ててその前に立ち塞がった。

「何でもないったら!」 

「ちぇ、変なの」

「そ、それよりもうお家帰ろう。お母さんがプリンがあるって言ってたよ」   

「え、プリン!? 帰ろ帰ろ!」

 現金な幼なじみは、都子の手を取って走り出した。

「あ…」

 握られた手がどんどん加熱していくのを感じながら、都子は引っ張られていった。

 

「ふうう」

 都子は深いため息をついた。あれから七年にもなり、お互いに、あのとき向こう岸にいた二人と同じような年頃になったというのに、「肩に頭」の関係からは程遠い。

「幼なじみって、かえって、難しい関係なのかもね…」

 ウサギに話しかける。返事はない。

「まあ…別に…ああいう関係になるのが…幼なじみじゃなくても…いいわけだしね」

 あの、川向うの二人だって、高校で知り合った速成カップルだったのかもしれない。

「……何でかな、あんまりそんな気がしない……」

 あの二人は、やはり古くからの付き合いだったのではないか。そう思ってしまう原因は明らかだった。自分の願望を転写しているのだ。

「……だから、もう、難しいんだって!」

 今度はウサギに怒鳴りつける。

「……はあ」

 都子は寝転がって天井を見つめた。

「……気のいい友達としてやっていくしかないんでしょうね。明日からも…」

 都子は視線をカレンダーに向けた。明日の日付の下には「高校入学式!」と書いてある。

「まあ、そんな関係も素敵よね!」

 ばっと身を起こす。そこから先は声にして出さない。 

(でも、あなたが、女の子として見てくれるなら…そのときは…)

 ひびきの側 2010

 光は、チラシを向かいの幼なじみ兼恋人に突き付けた。

「そんなに近いと読みにくいよ、光」

「あ、ゴメン。えへへ、ぜったい行ってみたくて、つい」 

 光はチラシを少し離した。光の目にもチラシの文字が映る。

『ついに開館! 新生プラネタリウム!』

 向かいから手が伸びて、チラシを取った。

「へー、なるほど。きらめきにあるのか」

「うん。ずいぶん長いこと改築工事をやってて、この間終わったんだって。すごいらしいよ、星の数とか」

 光はチラシを持っている手を強引に引っ張った。

「ねえ、行こうよ」

「確かに面白そうだな。でも、今すぐってわけじゃないだろ。そう引っ張るなよ」

「ううん、今すぐ。せっかく休みが一緒になったんだから」

「お、おい光!」

 ここ八年ほど、いやもしかしたらもっと前から定番の構図で、二人はきらめき市にやってきた。

「やっぱり結構変わったな、きらめきも」

「そうだね。あ、見て見て」

 光はびしっと制服姿の高校生たちを指差した。濃紺のブレザーに下は青い色の、男子はスラックス、女子はスカート。

「あれ、どこの学校だ? きら高の制服って、学ランとセーラー服だよな?」

 予想通りの反応に、光は待ってましたとばかりに得意げに答える。

「へへ、去年から制服が変わったんだって」

「へえ。光、物知りだな」

 光はますます得意げに胸を張ったが、すぐに元の姿勢に戻って笑った。

「えへへ、実は華澄さんに聞いたんだけどね」

「なんだ…何か、俺たちの高校の制服にちょっと近くなったよな」

「アハハ、そうだね。何だか懐かしいなあ…そう言えば、君とさあ、河川敷…」

 光は言いかけて言葉を切った。

「何だよ、言いかけたんなら最後まで言ってくれよ」

 光はそっと隣の袖を引いた。

「あれ。今、こっちに来る二人。見覚えない?」

 きらめき高校の新しい制服に身を包んだ、一組の男女が向こうからやってくる。女子生徒の長い黒髪が歩くリズムに合わせてわずかに揺れていた。

「あの二人が何? 光、知り合い?」

 光は首をかすかに横に動かした。

「ううん。知り合いってわけじゃないけど…憶えてない? ほら、あの、河川敷で、一瞬で泣き止ませた…」

「あ! あの卒業の日に……思いだした。光、よく覚えてるな」

「うん…何かさ、あの二人、他人には思えなくって」

 ちょうどそのとき、二人は川向うの二人とすれ違った。光の目に、女子生徒の鞄の下で、髪と同じリズムで揺れていた、何かマスコットのようなものが見えた。ウサギのように見える。

「はは。何か、いかにも女子高生っぽいな。ああいうのぶら下げてるのが」

 相方の視線も同じものを見つけたらしい。遠ざかっていく背中を見ながら、ちょっと笑って言った。光は笑わなかった。

「あれ…もしかしたら、あの男の子のプレゼントかもしれないよ? 子供の時の」

 笑ったのが不謹慎なような気がしたのか、相棒も真面目な顔を作った。

「でも、みんながみんな、光の指輪みたいに大事に持ち続けてるかどうかわからないじゃないか」

「うん。それはそうだけど…何て言えばいいのかな…」

 光は、もう豆粒のように小さくなった二人を見つめたまま、つぶやいた。

「あのウサギのぬいぐるみ、私の指輪と同じで、きっとたくさん作られたはずなのに…特別なものみたいな感じがするんだ」

 光の目は、見えなくなった二人より、さらに遠くを見つめていた。

「光…」

 光は瞬きすると、いつもの笑顔に戻った。

「あの男の子が、君みたいな鈍感じゃないといいんだけど」

「な、何だと? 俺のどこが…」

 光はくすっと笑って隣の手をぎゅっと掴んだ。

「さあ、行こ! プラネタリウム、閉まっちゃうよ!」

「お、おいおい。まだ昼の十二時だぞ?」

「いいから、早く早く!」

 光は手を引っ張りながら、もう一組の幼なじみコンビが上手くいくことを祈っていた。

 

 

 


 
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