No.175954

『舞い踊る季節の中で』 第89話

うたまるさん

『真・恋姫無双』明命√の二次創作のSSです。

 多くの犠牲を出しながらも、なんとか魏軍を撃退する事が出来た呉軍。 だけどこの一戦の犠牲はそれで終わろうとしない。 去りゆく魏軍に追撃を掛けさせたところに、亞莎が一刀達を呼びに来る。 雪蓮様が呼んでいると、最後の別れをするために………

拙い文ですが、面白いと思ってくれた方、一言でもコメントをいただけたら僥倖です。

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2010-10-02 15:04:59 投稿 / 全12ページ    総閲覧数:14600   閲覧ユーザー数:10009

真・恋姫無双 二次創作小説 明命√

『 舞い踊る季節の中で 』 -群雄割拠編-

   第89話 ~ ただ一つの我儘に、舞う想い ~

 

 

(はじめに)

 キャラ崩壊や、セリフ間違いや、設定の違い、誤字脱字があると思いますが、温かい目で読んで下さると助

 かります。

 この話の一刀はチート性能です。 オリキャラがあります。 どうぞよろしくお願いします。

 

北郷一刀:

     姓 :北郷    名 :一刀   字 :なし    真名:なし(敢えて言うなら"一刀")

     武器:鉄扇(二つの鉄扇には、それぞれ"虚空"、"無風"と書かれている) & 普通の扇

       :鋼線(特殊繊維製)と対刃手袋(ただし曹操との防衛戦で予備の糸を僅かに残して破損)

     得意:家事全般、舞踊(裏舞踊含む)、意匠を凝らした服の制作、天使の微笑み(本人は無自覚)

        気配り(乙女心以外)、超鈍感(乙女心に対してのみ)

        神の手のマッサージ(若い女性は危険です)、メイクアップアーティスト並みの化粧技術、

  (今後順次公開)

        

一刀視点:

 

 

 敵が後退……いや退却して行く。

 大地に多くの血を染み込ませ、曹操軍は引き上げて行く。

 だけど血に染まった大地には、俺達の多くの仲間も命を散らせ、眠りについている。

 その事に。 そして自分の手に残った命を断つ感触に。 命が散る気持ち悪さに堪えながらも、朱然達に生存者の確保と治療を最優先に、残存兵の確認に走らせる。 見れば他の軍師達も、そうした動きを早々に見せていた。

 その事に流石に手馴れているなと思いつつ、此方に凄い勢いで向かってくる騎影を見つけ。 ……あぁ、やっぱり彼女が真っ先に来たかと、彼女の行動に心構えをする。

 そして俺が思った通り、彼女は此方を食い破らんばかりの勢いで。

 

「どう言う事だっ! 何故追撃をさせないっ!

 奴等は卑怯な手で、姉様を、我等の土地を穢したのだぞっ!」

「蓮華冷静になれ。 孫策に言われたはずだぞ、簡単に取り乱すなと」

 

 卑怯だけど、孫策の名を出す事で蓮華を落ち着かせると、 と、取り乱して等おらんと、顔を赤くして否定するも、落ち着こう深く息をする辺りは、微笑ましくもあり、己を変えようと必死に努力している証なのだと蓮華を温かい目で見守る。

 

「どう言う事か説明してもらおう。 奴等は我等の土地を犯した上、姉様を卑劣な手で暗殺を仕掛けたのだ。

 我等の勢いがあると言うのに、何故奴等をみすみす逃す」

 

 そう、それでいい。 感情や勘に任せた行動は、蓮華には似合わないし、きっとうまくいかない。

 それに冷静で公平な判断をしたうえで人の心を分かる者が、人の上に立つに相応しい人物像なんだ。 孫策は例外中の例外。ただそれを補うものがあるってだけの話だ。 そしてそれ等がカリスマとも言えるほどの大きな物になった者が王と言えるのかもしれない。

 

「今の攻勢は、怒りに任せて突っ込んでいるだけだ。 人の体力は無限じゃない。 いずれ体力が尽きて動けなくなる。 怒りはその判断すら見失わせてしまう。

 それに、こんな所で決着が着くような甘い相手じゃない。 本気で相手を潰すつもりならば、機会を待つべきだ。 そしてそれは今じゃない」

 

 分かっている。 こんな理屈だけでは今の蓮華の気持ちが治まる訳は無いって事は。 だけど、伝えるべき事は伝えなければいけない。 怒りにその身を焦がそうが、多くの兵士をそれに巻き込む訳には行かない。

 そしてその事を、俺も、……そして蓮華も知らなければいけないんだ。

 

「貴様は、そんな理由で敵の追撃を止めたのかっ! 我等の怒りが、そんなもので尽きると判断したのかっ!

 見損なったぞ一刀っ! 貴様は姉様を目の前で襲われたと言うのに、何とも思わないのかっ!」

 

 ギリッ

 

 こうなる事は分かっていたとは言え、蓮華の怒りの言葉にその時の光景を思い出し、俺は奥歯を噛み締める。

 

 

 

 

 蓮華の言葉に、己の内から溢れ出そうとする黒い感情を必死に押さえつけながら。

 怒りに身を任せてはいけないと自分に言い聞かせ。 正論ではなく感情論で蓮華を説得しようとした時。

 

「思わないとお思いですかっ!」

「なっ…冥琳」

 

 横から怒鳴りつけられた声に、蓮華は驚きの顔をする。

 だけど、突然の横やりに驚愕する蓮華に、冥琳はつかつかと歩み寄り、馬から蓮華を引き摺り下ろすなり、その胸ぐらを掴み上げ。 鼻が付くほど蓮華の顔を己に近づけて、冷たく燃え上がるような視線を蓮華の瞳に叩きつける。

 

「雪蓮があんな目にあったと言うのに、私が黙っていられるとお思いですかっ!?

 私が北郷の言葉に、黙って従うような薄情な人間に見えますかっ!?」

「そ、それは……」

「北郷とて悲しいに決まっているでしょう! 悔しいに決まっているでしょう!

 だだ、我等がその悲しみと怒りに浸っている事を、雪蓮が望んでいると思いかっ!?

 我等の戦いはこれで終わりではないのです! 

 ならば今は後事を考え、手を尽くすしかないではありませんかっ!

 ……今は我慢なさいませ。 その怒りを飲み込み己の中で蓄えるのです。

 確実のこの報いを与えられるその時まで、我等は耐えねばならないのです。

 その場の感情に流され、己の責務を放棄するようでは、王として……いいえ。 人として失格でしょう。

 我等は守らねばならないのです。 想いを繋げねばならないのです。

 そうする事が、雪蓮の想いに、そして今は亡き文台様の想いに応える事だと。私は思います」

 

 そうして、唇を噛みながら冥琳は蓮華を睨み付ける。 瞳が悲しみに潤むのを、必死に耐えながら------。

 やがて手を離して蓮華を解放すると。 冥琳は臣下の礼を取りながら、蓮華に謝罪の言葉を告げる。 そこでやっと蓮華は冷静になってくれたようだ。

 

「一刀の考えは分かったわ。 貴方の気持ちも考えずに勝手な事を言ってしまった。 許して欲しい。

 だが、兵や民の手前もある以上、まったく追撃を掛けない訳には行くまい」

「ええ、その事は既に考えてあります。 先程、祭殿と思春に夕刻を期限に深追いしない程度に追撃を許す伝令を出しました。 あの二人ならば、間違いはないでしょう」

 

 さすが冥琳、もう動いてくれていたか。 と感心しながら、もう少し間を置いた方が安全な気もするけど、その辺りは経験がものを言うから、多分冥琳のタイミングが一番なのだろうと納得する。

 そう此方が一段落した時、亞莎が此方に駆け付け、

 

「蓮華さま! 冥琳様と一刀様も! 孫策様が……雪蓮様がお呼びです!」

「なにっ!?」

「すぐ行く」

 

 亞莎の言葉を最後まで聞かず、俺達は走り出す。 こんなタイミングで、俺達を呼びつけるだなんてっ。

 孫策……! 逝くんじゃない。 俺はまだ、お前に答えを言っていないんだ。

 

 

 

 

「遅いよ、三人とも……!」

 

 城の一室、孫策の部屋に俺達が飛び込むなり、シャオの涙混じりの声で叱責が飛んでくる。

 

「ごめん……それより孫策は……?」

 

 俺の言葉に、シャオは孫策の耳元で、お姉ちゃん……一刀達が来たよと、何度も呼びかける。

 その横では、華佗が額に汗を流しながら、例の黄金に輝く針を片手に、孫策の腹を気合を入れながら貫く作業を繰り返している。 だけど、何時もの様に叫びながら言っている筈の華佗の声は、既に枯れているのか、僅かに聞こえるだけで、何時もの力強さが無い。

 やがてシャオの呼び掛けに目を覚ました孫策が、そんな華佗を僅かに手を動かす事で、退けさせる。

 

「ん……待ってたわ」

「待たせちゃったな。……具合はどう?」

「もう……そろそろ、かな。 はは……母様の顔がちらついているわ」

「もう、喋らなくて良い……!」

 

 俺の言葉に、孫策は咳き込みながら、そうはいかないと言いながら、蓮華に状況を確認する。

 俺はその横で華佗を見るが、華佗は悔しげに首を横に振るだけだった。

 

「はい……皆で力を合わせて追い払いましたよ。 一刀が、姉様の代わりを立派に果たしてくれました」

「ははっ、……それはぜひこの目で見たかったな……」

「ええ見てください。 ……姉様が生きてくだされば、何度だって見れると思います」

「……ふふっ……不思議よね。 見たいんだけど、げほっ……そんな一刀の姿見たくないと思うもの」

「姉様っ、そんな事を言わないでくださいっ! そんな弱気な事姉様らしくありませんっ!」

「酷いわね。 私だって、それくらいの事思うわよ。 ……蓮華、呉の未来は貴女達に掛かっている……

 冥琳と一刀に師事して……皆で仲良く協力し合って……呉の民を守って行きなさい」

「はい……っ!」

「孫策……、そんな事を言うのは止せっ」

 

 孫策の言いたい事は分かる。 だけど俺はそんなこと認めたくないっ!

 だけど孫策は、そんな俺を困ったように見つめながら。

 

「……ねぇ一刀。 さすがに一刀に真名を呼ばれないまま逝くのは嫌なの……。

 だから……最後のわがまま。 最後ぐらい真名で呼んで……」

 

あぁ、呼びたい……。

もっと前から呼べば良かったと思う……。

だけど何時もその度に何か理由を付けてしまい呼べなかった。

言えば、何か変わってしまいそうで、呼ぶ事を避けて居たんだと思う。

だから……。

 

 

「呼んでやらない」

「か、一刀っ」

 

 俺の拒絶の言葉に、蓮華とシャオが驚きの表情を見せ。俺を非難するような目を向ける。

 分かっている。 本当は呼ぶべきだって事はっ……。 だけど俺は認めたくないんだっ。

 いま呼べば、もう二度と孫策に会えなくなる気がするから。

 

「そんな弱気な孫策の真名を呼びたくはない。 呼んで欲しかったら、生き抜いて見せろ。

 毒だろうが何だろうが、気合で耐えて見せろよ。 そしたら幾らでも呼んでやる」

 

 ああ、今度こそ呼んでやる。

 だけど孫策は、そんな俺を困ったような、おかしそうな表情を浮かべ。

 

「……もう本当に一刀って、私には意地悪よね。

 ……でもそんな一刀との関係が…心地良かったのは事実なのよね。 私そんな趣味ないって言うのにね…。

 しかも、これに耐えろだなんて、どれだけ無茶を言うのよ。 いくらなんでも我儘過ぎよ……」

「ああ、孫策言ったろ。 自分は我儘だって。 なら同じぐらい我儘になってやるさ。

 それくらいじゃなきゃ。 孫策の相手なんて務まらないからな」

 

 本当、自分でも無茶を言っている事は分かっている。

 だけど、このまま黙って孫策を逝かせるだなんて認められない。

 なのに、孫策は俺に真名で呼ばれるのは諦めたのか、冥琳に、そしてシャオに、駆けつけてくる仲間達に最後の言葉を交わして行く。

 俺はもう一度、最後の希望に縋ってもう一度華佗を見るが、華佗は首を横に振りながら、枯れた声で、

 

「……毒の勢いに治療が追いつかない。

 これでも、だいぶ遅くなった方だが、このまま治療を施しても……彼女の体力と身体が保たない」

 

 残酷な現実を突き付ける。

 

 

 

 

 華佗に告げられた現実に俺は目の前が真っ暗になるも、考える事を手放さない。

 認めたくない現実に、俺は必死にありもしない方法にしがみ付く。

 ……だが、現実にどうすれば良いっ!?

 あの無茶苦茶な五斗米道の技でも、毒の侵攻を喰い止める事が出来ない。

 解毒剤を探そうにも、そんな時間は最初からありはしないっ。

 それまで孫策の身体が保たないからだっ!

 

 華佗が幾ら奇跡の力を振るおうとも。

 毒の力を少しずつ打ち消して行こうとも。

 孫策の身体に残った毒を消しきるまで、孫策の身体が保たないんじゃ意味が無いっ!

 

 ……待て。 …保たないと言う事は、逆を言えば保たす事が出来れば、毒を全て打ち消す事が出来るって事じゃないのか?

 俺は華佗を乱暴に引き寄せて尋ねる。 孫策の身体さえ保たす事さえ出来れば助かる見込みがあるのかを。 そんな俺に華佗は咳き込みながらも、

 

「可能性が無いわけじゃない。 だがそんな手段なんてありはしない。

 龍の生き肝でもあれば話は別だがな……」

 

 龍の生き肝なんて、それこそ可能性が無いって言っているようなものだ。 そんな居もしない幻獣に頼る訳にもいかないし、居たとしてもそんな時間なんて掛けられない。

 とにかく時間が無いっ。 俺は華佗に後は頼むとだけ告げ。 寝台に寝転がる孫策の上半身を無理やり起こすと、その背中と寝台の間に身体を押し入れる。

 俺の行動に皆が驚き非難するが、説明なんてしている暇はない。

 こうしている今も、どんどん孫策の"氣"が小さくなっているのが分かるからだ。

 俺は孫策の服を引き裂き、背中から抱きしめるように孫策のお腹に、丹田へと手を当てる。

孫策は俺の行動に非難する事無く、何故か俺に身体を預けてくるが、もう抵抗する気力もないのだろうと判断し。 それならそれで好都合だと自分の意識を己の内へと沈めていく。

 

 

 

 

 やる事は孫策を連れて城に戻った時と同じ。

 あの時は孫策の"氣"脈に己を繋いで、同調させてやる事で、毒の進行に対して、身体が衰弱して行くのを僅かに抑えていた程度に過ぎない。

 だけど、今度はやる次元が先程とは更に違う。さっきのも十分無茶だったけど、これは更にその上をいっている。

 世界に己を繋いで、自然の"氣"を持って自分の体力を回復させる要領で、孫策の身体の全体の組織ごと"氣"脈と共に強引に満たしてやる。

 だけど、自然の"氣"は人にとって異質すぎる存在。 例え僅かでも大きすぎる存在だ。

 その"氣"の前に人は自分を失ってしまう。 いや人の意思が自然の"意思"に染められてしまう。

 だから、孫策に流すのは俺を通して無害に近い存在にした"氣"だ。

 そもそも真の北郷流を学んだ者でなければアレには耐えられやしない。

 

 いや。 正確には真の北郷流を学んだ者とてアレには耐えられない。

 だから扱えるのはほんの少し、欠片程の"氣"しか扱えないんだ。

 そして今度のはそれをしながら、他人の呼吸と"氣"に合わせる等、もはや自殺行為と言えるかもしれない。

 でも可能性が無いわけじゃない。 理屈的には可能の筈だ。

 やるのは真の北郷流の数歩手前。 戻ってこれない場所じゃない。

 問題は、こんな疲労した状態でやれるか? と言う事だ。

 あれから大分回復したと言っても万全には程遠い。 その上同時並行に自分の体力を回復させる事等、今回のような中途半端な状態でやれるものじゃない。 だから、問題は俺の体力が最期まで保つかと言う事。 そして…………と言う事だ。

 だけど、うだうだ考えて時間を無駄にするよりも、可能性があるならば俺はそれに賭けるだけだっ!

 

「孫策、決して最後まで諦めるな」

 

 そう言い残して俺の意思は、髪の毛一本程の意思を残して呼吸と意識を、周囲の世界と同調させる。

 

 

 

 

 ……目を瞑っている筈なのに、全てが見える。

 俺の奇妙な行動に、驚くみんなの様子が……。

 それでも、俺の行動を信じようと、黙って見守る皆の様子が。

 華佗はどうやら俺の言葉通り、治療を再開してくれている。 針が時折俺の手を貫通しているようだが、その辺りはあまり関係ないらしい。

 

 とにかく俺の周り、いいや。 この部屋全てが分かる。 この部屋の周り全てが理解できる。

 だけど此処までで止めておかねばいけない。 これ以上は戻れなくなる。

 俺は薄れゆく自分を必死に保ちながら、周りの"氣"を、いいや"意思"全てを少しずつ俺に流し込んで行く。 空気も、大地も、椅子も、寝台も、そして皆の孫策を想う"意思"全てを少しずつ俺に流し込む。

 そして俺と言う器が、流れ込んだ周囲の世界の"意思"を、人の"氣"に変えて孫策に流し込んで行く。 弱って行く呼吸を。 血脈を。 細胞を。 "氣"脈を通して、注いでやる。

 周囲の世界の"意思"が俺に流れ込むたび。 孫策の"氣"脈に合わせて"氣"を流し込むたび。 俺の自分がは少しずつ希薄になって行くのを感じる。

 だが、そんな事など構わず俺はただ只管、"意思"を取り込み"氣"を流し込んで行く。

 唯そのための存在として、己を塗り替えて行く。

 孫策を死なせたくないと言う我儘を貫くため、俺は自分で自分を殺すと言う馬鹿な行為を続ける。

 

……く……やはり……辛いな…

 

 だけど、そんな苦痛を感じる自我すら、やがて感じなくなって行く------------------。

 

 

 

 

 気が付くと、其処には何もなかった。

 世界も部屋も、何も無かった。

 ただ見渡す限り、真っ白な世界に俺は突っ立っていた。

 

「なんだ此処は?」

 

 そう呟くも、何も返事はない。

 まぁ当然だろう。 多分、俺は"意思"の制御に失敗したのだと思い至った。

 何故ならこんな世界、俺は今まで体験した事が無いからだ。

 何にしろ制御に失敗した以上、戻れる事は無く。今の自分もその内塗り潰されて行くんだろうなと、他人事のように考えてしまう。

 

「……二人とも怒っているだろうな…」

「当たり前でしょっ!」

 

ドガッ!

 

 俺の呟きに、そんな怒鳴り声と共に、後ろから蹴飛ばされる。

 まったく予測していなかった衝撃に、俺は顔面から地面(?)突っ込んでしまう。

 そして、何故か意思だけの存在だと言うのに、蹴られた背中も、地面に突っ込んだ顔も凄く痛み、痛む顔と腰をさすりながら、俺は地面に手をついて、俺を蹴り飛ばした張本人に振り向くと。

 

「……そ、孫策?」

 

 其処には、何故かピンピンとした孫策が、綺麗な眦を吊り上げ、怒りの表情で俺を見下ろしていた。

 と言うか、今どこから湧いた? 

 

「誰が湧いたって言うのよっ! 人を孑孑みたいに言うなんて、相変わらず私に対してだけは意地悪ね」

 

 何で分かるんだよ。 俺そんなに顔に出した覚えないぞ。 勘も此処まで来たら本気でで化物だな。

 そう思わず感想を浮かべていると。

 

「へぇ一刀ったら人を化物呼ばわりするんだ………もう一回蹴るわよ。と言いたいけど。 まぁ、それは後にしておいて、何か知らないけど、一刀の思っている事がこっちに丸聞こえなのよね~」

「ゲッ! マジか? でもこっちは孫策の思っている事なんて聞こえないぞっ。

 卑怯だっ、インチキだ。 You are a Peeping Tom! And a groper!」

「誰が覗き魔で、痴女よっ!」

 

 あっ、やっぱり英語でも駄目か。 どうやら考えその物が、言語じゃなくてイメージとして相手に伝わっているんじゃ思考言語を変えても意味ないな。

 やっぱり、此処は暴走した先にある世界なのだと思いつつ。 何で一方通行なんだ? と、この世界の在り方に文句を心の中で言う。

 

「……あのねぇ。 文句を言う前に言う事があるんじゃないの?」

「ん? 何をだ?」

 

 俺はとりあえず頭の中を空っぽにして、条件反射的に答える事にする。

 

「……全くこう言う事だけは頭の周りが早いんだから。

 で、……何でこんな無茶をしたのよ?」

「孫策を助けたかったからさ。 他に理由が必要か?」

 

 俺の言葉に孫策は一瞬顔を朱に染めるも、蟀谷を抑えながら、必死に自分を押さえつけている。

 其処まで呆れられるような事、したつもりはないんだけどな……。

 

「呆れるに決まっているでしょっ!

 二人に会えなくなるって考えなかったのっ!」

「助けられる可能性もあると分かっていて、ほっとけと言う二人じゃない。

 それに孫策。 言ったろ。 お前に対しては我儘になってやるって。

 あんなくだらない事で死ぬなんて、そんな自分勝手を認めてやる気はないっ!」

 

 どうせ心を読まれているなら無駄だと、開き直って考え。

 俺は胸を張って孫策にそう言いきってやる。

 

 

 

 

 だと言うのに、孫策は心底呆れたとばかりに深い溜息を吐きながら。

 

「……一刀がこんな馬鹿だとは思わなかったわ」

「ひどっ!」

 

 俺の反射的な言葉に、孫策は眦を上げて。

 

「酷いのはどっちよっ!

 残された二人の事を考えたら、そんな言葉では表現できないわよっ!」

「……ぁ」

 

 俺は孫策のそんな言葉に、二人の事を真剣に考える。

 きっと今頃怒っているどころか、泣いているかもしれない。

 ……くそっ、……俺ってば二人を泣かせてばかりだ……。

 

「少しは後悔している?」

「……あぁ」

「二人の事が好きなんでしょ?」

「……あぁ」

「便利よね~。 一刀がどれだけ二人を想っているか、手に取るように分かっちゃうんだから」

「ちょっ! やっぱり覗き魔じゃないかっ! この変質者っ!」

 

 孫策の言葉に、俺は気恥ずかしさで一杯になり、孫策を怒鳴りつける。

 なのにそれすらも、ふふ~んだ文句言ったって、一刀の強がりだって事は、考えが読めなくたって分かるわよ~~。 と舌を出しながら、孫策を捕まえようと俺の突きだす手を、俺の考えを読んで躱して行く。

 考えが読まれているなら、それはそれでやりようはあるのだが、何故かそんな気にはなれずに俺は孫策を追い掛け回す。

 やがてそんな鬼ごっこ染みた追いかけっこも、阿呆らしくなって止めると。 楽しそうに俺から逃げていた孫策は、悪戯っぽい笑みを浮かべ。

 

「これでも本当に聞きたい事は、我慢しているんだから勘弁して頂戴」

「やだっ、絶対何時か仕返ししてやるっ」

 

 俺のそんな態度に、おかしそうに、それでいて安心したような顔をする。 ほんと、コロコロとよく表情が変わるよなぁ…。 そんな事を我ながら変な事で感心するなぁと思っていると、これなら安心ね。 と訳の分からない事を言いながら、俺に手を差し向けてくる。

 

 

 

 

 俺はそんな孫策の手を、最後の別れの挨拶かもしれないと掴み。

 

「ぐっ!」

 

 だけど孫策の手を掴んだとたん。 孫策の手から流れ込む圧力に俺は呻き声を上げる。 その圧力のあまり、俺は声すら出せないでいると、孫策はあの川の畔で見せた愛しむような優しい微笑みを浮かべ。

 

「一刀は集めた"氣"どころから、自分の"氣"まで渡し過ぎちゃったから、こうなっているだけよ。

 なら、私の中にある一刀の"氣"を一刀に返せば、後は一刀次第で戻れるわ。

 よく分からないけどそんな気がするの。 今どうやって一刀に"氣"を返しているか正直全然分からないわ。

 ただ分かるのは、こうすれば願い通りなるって事だけだけ」

 

 "氣"って、なら此処は孫策の中って事だ。 なのに"氣"を俺に返すなんて事をすれば……うぐっ!

 ますます強まる圧力に、俺は呻き声を上げる。 視界もだんだんぼやけ、孫策の顔が良く見えなくなる。

 

「一刀の気持ちは嬉しいけど。 貴方を連れて逝く訳には行かないわ。 ……そんな事をしたら私、本当に最低な女になっちゃうもの。 幾ら一刀の事が好きでも、そんな真似はしたくないの」

 

 何でだよっ! もしかしたら助かるかもしれないって言うのに、何で手放すんだよっ!

 声に出せないなら、心の中で叫べば良いっ。 此方の考えが孫策に聞こえるなら、それで届くはずだっ!

 だけど、そんな俺の声を孫策は。

 

「貴方が私に生きて欲しいと思っているように。 私も一刀に生きて欲しいと思っているの。

 明命と翡翠、二人と仲良く生きて欲しいと、心から思っているわ。 理由なんてそれで充分でしょ」

 

 それが当たり前の事なんだと。

 それが理由の全てなんだと。 孫策は言ってくる。

 だけど其れでは意味が無い。 孫策も居なければ意味はない。

 約束したろっ! 民が笑っていられる国を作るって! その中に孫策もいるって! あの晩約束の杯を交わしたじゃないかっ!

 

「ごめんね。 約束守れそうもないわ。

 最後に、一刀と馬鹿やれて楽しかった。 これ本当よ」

「孫策っ!」

 

 次第に消えて行く孫策の世界に、遠のく俺の意識に、俺は力を振り絞って孫策の名を叫ぶっ。

 だけどその瞬間、孫策の世界は俺の目の前から完全に消え伏せ、俺の意識はぷっつりと途切れ闇に沈んでしまう。 最後に、孫策の声を俺に残して。

 

『 貴方に会えて本当に良かったわ。

  貴方に恋できたんだから、私の人生、幸福だったと自信持って言える。

  それと、こんな良い女より、二人を選んだんだから、幸せにならないと許さないわよ。

 

  さよなら一刀。 私の愛しい人 』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく

あとがき みたいなもの

 

 

 こんにちは、うたまるです。

 第89話 ~ ただ一つの我儘に、舞う想い ~ を此処にお送りしました。

 

 ……さて如何でしたでしょうか?

 此処で多くは語りません。 ただ皆様が読んでくださった事が、この外史での現実なのです。

 雪蓮の最期の別れの言葉……。 一刀がそれをどう受け止めて生きて行くかは。 怒りに身を任せ、人を殺めて行った一刀の苦悩は。 次回に語りたいと思います。

 ただこれだけは言わせてください。 私は、例え辛くても。 悲しくても。 一刀とその家族に幸せになって貰いたいとは思っています。

 さて、次回はこのイベントシーンにおける最終話で、この数日後からの話となります。

 

では、頑張って書きますので、どうか最期までお付き合いの程、お願いいたします。


 
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