No.165934

呂迂蝉痲蔚澱(ろうぜんめいでん) ―ジュンの受難―

勘太郎さん

心温まる、ローゼンメイデンの二次創作です。


――嘘です。ちょっとだけ嘘つきました。
ごめんなさい。

2010-08-15 19:48:03 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:859   閲覧ユーザー数:828

 事の始まりは、一通のメールだった。

 差出人不明のそれは一見、ただの広告メールかと思われた。

 ただ、メールの末文には「まきますか」「まきませんか」というアンケートがあり、それが僕の興味を惹いた。

 その時の僕は、軽い好奇心で「まきます」と答え、返信した。

 それが発端になるなんて、思いもしなかったんだ。

 

 

 

 

「呂迂蝉痲蔚澱(ろうぜんめいでん) ―ジュンの受難―」

 

 

 

 

 僕の名前は桜田ジュン。

 不登校児の、中学生。その原因はちょっと……思い出したくない。

 趣味は、怪しげな通販商品をネットで注文し、クーリング・オフ寸前に返品してスリルを味わう事。

 暗い趣味と言われようと、これが僕の楽しみなんだから止めようとは思わない……。

 

 いつものように商品が家に配達された、ある日の事だった。

「ジュンくん、これ……また変な荷物が届いてるわよ?」

 私室に引き篭もる僕へと、部屋の外から姉ちゃんの声がした。

 姉ちゃんは、いつも僕を「外の世界」に連れ出そうとする鬱陶しい存在だ。海外赴任の両親に代わって、僕の世話を焼こうとする。いつも無駄に明るくて、僕が邪険にしても平気で近寄ってくるというその性格が、僕は苦手だった。

 だから今日も、僕は冷たく姉に当たる。

「うるさいな、そこに置いておけよブス」

 いつもならここで引き下がる姉ちゃんだけど、今日は珍しく食い下がってきた。

「で、でもっ。これ、ちょっと大きくて……いつもの通販みたいな梱包と違って、ケースみたいな鞄だし……」

 その言葉が気になって、僕は渋々部屋から顔を覗かせた。

 部屋の外で姉ちゃんは、一抱えもあるケースを両手におろおろとしている。成程、確かにそれは鞄のようだった。

「おかしいな、こんなの買ったっけ……」

 僕達は、鞄を開けて中を確かめる事にした。

 

 中を開けてみると、人形とゼンマイが入っていた。

 しかし、それは普通の人形じゃなかった。

 多くのフリルで装飾された、真紅のドレス。精巧にできた肌の質感、関節部。

 けれど何より僕達の目を引いたのは、その頭部だった。

 まず、禿である。まごう事なき、禿である。

 頭部ならず顎も大きく、そのため全体的に顔がでかい。

 ハリネズミのような眉や囲み顎鬚もその存在感をアピールしている。

 瞳は閉じているものの、目口鼻それぞれに裂帛の気合が感じられる。

 つまりは、とても濃い親父顔だった。

 漢(おとこ)の中の漢だった。

「…………」

 はっきり言って、ドレスとの不調和も甚だしい。嫌がらせとしか思えない。

 不快だった。鞄を開けて、後悔した。

「――見なかった事にしよう」

 僕は現実から目を逸らし、パタンと鞄を閉じたのだけど。

 

 

「――それでは話が進まんじゃろうが、このこわっぱ!!」

 

 閉じたはずの鞄がひとりでに開き、そこから先程の人形が飛び出した!?

 

「ぎゃあああああ!!」

 あまりの悪夢に、僕は思わず叫んでしまった。姉ちゃんはというと、ぽかんとして事態について来れてない。

 親父顔の人形は、鞄に同封されていたゼンマイを手に取ると自らの首に差し込み、回す。

「……ふん、ゼンマイのお陰でようやく自由に動けるようになったからいいものの……。いきなり鞄を閉じるとは、人間のオスは想像以上に軟弱である!」

 そんな事を、この人形はほざいていた。

「ゼンマイのお陰って……そんなのお構いなしに、動いていたじゃないか」

「何、薔薇男児(ばらおとめ)たるもの、根性があればそのくらい何とでもなるわ」

 思わずツッコまずにいられなかった僕の言葉に、ニヤリと不敵な笑みを浮かべるこの親父。

「……いらないじゃん、ゼンマイ」

「では、まず始めに言っておく事がある」

 当然のように僕の言葉は流された。酷いもんである。

 親父人形は深く息を吸うと、

 

「わしが呂迂蝉痲蔚澱(ろうぜんめいでん)、第五ドールの江田島真紅である!!!」

 

 凄まじい大音声で自己紹介をした。

 どれくらい凄まじいかというと、鼓膜が破れるかと思った。近所のカラスが墜落した。窓はビリビリと震え、隣町の老人が卒倒した。

 しばらくは耳が使い物にならなかった僕達だけど、ようやく回復して恐る恐る尋ねた。

「ろうぜん……めいでん?」

「うむ! これからわしとお前で亜璃栖解獲鵡(ありすげえむ)を勝ち抜くのだ!」

「…………」

 あまりの展開に、僕は口がきけなかった。

 しばらくの思考の末、僕は、

「神様仏様。どーかこの事態を何とかして下さい」

 考えるのをやめた。

「ジュンくん、ジュンくん。そんな投げやりな神仏祈願だと、お願いも叶わないわよ?」

 放心から回復した姉ちゃんが僕にツッコミを入れる。

 こんな事態に巻き込まれりゃ、投げやりにもなろうものだ。

 

 ……けれど、奇跡は起きた。

 

 

『――時は来た。今こそ汝の秘めし力を解き放て!

 亜璃栖解獲鵡(ありすげえむ)を制し、七つの炉菟坐彌簾鄭架(ろうざみすてぃか)を集めるのだ!』

 

 

 頭の中に直接流れ込んでくる奇跡(でんぱ)。

 何だこのムリヤリ感はっ!

「……というか、神からのメッセージかこれが!? 嫌すぎるぞこんなの!」

「ジュンくん、お姉ちゃんの頭にもこの不思議な声が聞こえてくるわ。凄い……私達は今、世界の神秘と向き合っているのよ!」

「そんな神秘いらねーっ!」

 声無き声は続けて流れ込んでくる。

 

 

『亜璃栖解獲鵡(ありすげえむ)と炉菟坐彌簾鄭架(ろうざみすてぃか)

 時は戦国。からくり師、呂迂蝉(ろうぜん)の作った七人のからくり人形「薔薇男児(ばらおとめ)」達の壮絶な戦乱があった……。彼女らの漢(おとこ)気は世界を燃やし尽くした。海は枯れ、地は裂け……あらゆる生命体が絶滅したかに見えた。だが……「人気ヒロインは死なない法則」により、薔薇男児(ばらおとめ)は死滅していなかった! 彼女らの戦いは熾烈を極め、相手の命尽きるまで殺しあう非業な泥死合となった……。人はそれを、畏怖と尊敬を込めて亜璃栖解獲鵡(ありすげえむ)と呼ぶ……』

 

 

「いや、あらゆる生命体が死滅した以上、アリスゲームを伝える人間はいないんじゃ……」

「ジュンくん、話の腰を折るのは野暮というものよ」

 そういう問題でもない気がする。もはや、ツッコむだけ無駄という事なのだろうか。

「お姉ちゃんには見えるの、彼女達の死闘が。『俺は薔薇男児(ばらおとめ)をやめるぞォーッ!』とか、『私の戦闘力は五十三万です』といった、涙なくして語れぬ戦いばかり……」

 姉ちゃん……。こっちに戻ってきてくれ。

 

 

『薔薇男児(ばらおとめ)の命の核、それが炉菟坐彌簾鄭架(ろうざみすてぃか)! それを集め、究極体(ありす)になった薔薇男児(ばらおとめ)のみが唯一、生みの親呂迂蝉の寵愛を一身に受ける事ができる! 涙あり、友情ありの薔薇男児(ばらおとめ)達の戦いは全て愛の為! 愛は、人を戦士へと変えた! そして、彼女達の激戦の帰趨は……打ち切り同然に、中断された。

 民明書房「呂迂蝉痲蔚澱」より』

 

 

「――何だそれはっ!」

 思わずツッコんでしまう。ここまで引っ張っておいてそれはないだろう。

「仕方ないわよ、大人の都合というものよ」

 姉ちゃんは姉ちゃんで納得してやがる。

 

 

 そんな俺達に、真紅と名乗った親父人形がずずいと乗り出してきた。

 ――怖いから、アップにならないでほしい。

「分かったか。これは太古の聖戦、亜璃栖解獲鵡(ありすげえむ)の再開なのだ。……小僧、貴様の名は?」

 あまりの迫力に、僕はつい答えてしまっていた。

「ジ……ジュン……桜田ジュン……」

「そうか、ジュン。では貴様は栄誉あるわしのマスターだ。この誓約書に血判を押すのである」

 僕の眼前には、いつの間にか誓約書が突き付けられていた。

 それには、こう書かれていた。

 

『マスターとなったからには、たとえ死んでもそれは全て自分の責任と意思であり文句は言わん』

 

「な、なんだこりゃあーっ!?」

 思わず非難の声を上げた僕だが、すぐさま真紅の頭突きを額に受けた。

「わしが呂迂蝉痲蔚澱(ろうぜんめいでん)、第五ドールの江田島真紅である!」

 その頭突きの威力は、半端なものじゃなかった。あまりの衝撃に僕は吹き飛ばされ、壁に激突する。頭部からはおびただしい出血が起こり、僕の意識はブラックアウトしかけた。

 ……いっそそのまま気絶したら、どんなに幸せだったろうか。

 けれど真紅は僕の胸倉を掴み上げて激しく揺さぶり、気絶を許さない。

 あれだけの頭突きをかましたにも関わらず、こいつの頭には傷一つ付いていなかった。

 ……ば、化物……。

「ジュ、ジュンくん! 血が……!」

 うろたえる姉ちゃん。しかし真紅は姉ちゃんを一瞥すると、二カッと笑った。

「安心せい、峰打ちじゃ。男児たるものこの程度の出血で死なぬわ」

「そ、そうなの……?」

「これは教育的指導である。この軟弱者を一人前の漢(おとこ)にするためには、避けて通れぬ道なのである」

 姉ちゃんは、その言葉に感極まったようだ。

 ……違うから、そんな事ないから!

 第一、頭突きに峰打ちがあるかーっ!?

「もう一度言う! 誓約書に血判を押すのである!」

「……わ、分かったから、手を放して……」

「男の返事は押忍(おす)の一語である!!」

 

 ――ゴッ!

 

 もう一度、頭突きを食らった。

 死ぬ程の衝撃が、再び僕の全身を襲う。

「峰打ちである」

 苦痛に悶える僕に、さっきの誓約書を渡す真紅。

「誓約書に血判を押すのである」

「……お、押忍……」

「声が小さい!!」

「お、押忍!!」

 僕は死にたくなかった。

 だから言われるまま、契約書に血判を押さざるを得なかった。

 一方、その様子を姉ちゃんは涙ぐみつつ眺めていた。

「あのジュンくんが……ついに更正するなんて! 早速パパとママにコレクトコールで電話しなきゃ!」

 ぱたぱたと、姉ちゃんは部屋を出て行った。

 ……クソ、何考えてんだアイツ。この状況の僕を見捨てるのかよ。

 部屋に取り残された、僕と真紅。

「…………」

 どうしろっていうんだよ、ホント。

 そんな事を思っていると、ふと真紅はその見事な禿頭をこっちに向けた。

「わしが呂迂蝉痲蔚澱(ろうぜんめいでん)、第五ドールの江田島真紅である」

 手には乾布があり、それを差し出している。

「……拭くの? 僕が? その頭を?」

「わしが呂迂蝉痲蔚澱(ろうぜんめいでん)、第五ドールの江田島真紅である」

 どうも、正解らしい。

 断るとまた頭突きが飛んできそうなので、僕は真紅の頭を磨く事にした。

 キュッキュッ、と小気味良い音を立てて磨かれる真紅の頭部。

 ……この作業、意味があるんだろうか。

「ふふ……貴様、人間にしてはなかなか良い磨き心地である」

 しかし存外、真紅にとってはお気に入りのようだ。

「お、押忍……ありがとうございます」

 その時、真紅は何かに気付いたらしい。

「……もう来たか。全く、整磨を楽しむ時間もないわ」

「え……?」

 

 刹那、部屋のガラスが割れた!

「わっ!?」

 ふと足元を見ると、床に包丁が二本突き刺さっていた!

「な……何、なんっ……」

「ジュンよ、残念だが貴様はここで死ぬ。それが嫌なら闘うのだ。何、真の漢(おとこ)ならばこの程度の試練、朝飯前である!」

 珂々と笑う真紅。

 ……え? 何? 僕、死ぬの!? 闘うって、誰と!?

 パニック状態になっている僕の前に、割れた窓ガラスから侵入者が立ちはだかった。ここ、二階なんだけど……。

 侵入者は、熊だった。

 熊のぬいぐるみとか、熊の着ぐるみを着た人間とかそんなのじゃなく、正真正銘の熊だった。

『……コロロ』

 ……何か唸っている。

 唸っているんですけど!?

「こんな余興をするなど、あ奴しかおらぬわ」

 真紅は余裕綽々だった。

「ジュンよ、もう一度言おう! 漢(おとこ)なら闘え! さもなくば、死あるのみである!!」

「闘うって、どうやってだよ!?」

「根性である!!」

 無茶苦茶だーっ!?

 そうやって躊躇する僕に、熊は襲いかかって来た!

『――ガアァッ!!』

「ぎゃあああーーっ!?」

 

 

 僕は無我夢中で抵抗した。

 けれど当然の如く、熊に効いた様子はない。

 そのまま熊は、僕を叩き倒した。

「ぐっ……!」

 爪が肉を抉り、激痛が全身を支配する。

 ……これはヤバい。重傷だ。

 僕は助けを求めようと真紅を見たが、あろう事かあいつはこっちを見て笑みを浮かべているだった。助ける気なんてこれっぽっちも窺えない。

 ……ひ、酷い!

 死んだら絶対祟ってやる……!!

 僕が恨みを込めた目で真紅を睨んでいると、あいつは表情を変えないまま僕に言った。

「――ジュン、わしは……貴様の勝利を信ずる」

 ……途端、僕の何かが氷解した。

 真紅が僕を助けないのは、僕が独力で勝つと信じているから……?

 会ったばかりの僕を、そこまで信じてくれているのか……?

 不登校児の僕に、ここまで確かな信頼を寄せてくれた人間は今まで誰もいなかった……この、真紅を除いては。

 僕の胸に、ふつふつと熱い何かが湧き上がる。

 僕にもこんな感情があったなんて、自分でも驚いている。

 でもそれは決して、不快なものじゃなかった。

 そして僕は、本当の意味で決心を固めた。

 

 ――どうせ死ぬなら、やるだけやってやる!

 

 僕は先程飛んできた包丁(そういや誰がこれを投げたんだ?)を手に取り、熊に立ち向かった。

 全身が痛んだけど、そんな事言っていられなかった。

「うおおおお!!」

 ――渾身の思いで、包丁を熊の胸に突き刺す!

 確かな手応えがあった。

 ピタリ、と熊の動きが停止する。

「やった、か……?」

 恐る恐る、熊の様子を窺った。

 

 ……次の瞬間。

 熊は、先程の倍の勢いで暴れだした!

 

 熊の暴走に巻き込まれながら、僕は意識を手放していった。

 やっぱり、そうそう都合よくいくわけないよなあ……と思いながら。

 

 

 ――。

 ――――。

 ――――――――。

 

 

「……はっ!?」

 気がつけば、僕は自室のベッドの上で寝ていた。

「ゆ、夢!? 夢だった!? 神様、ありがとうございます……!」

「夢ではない」

 隣に、ぬうっと真紅が顔を出した。

「わあ!?」

 あまりにも心臓に悪かったので、僕は大きくのけぞった。途端、全身に激痛が走る。

「ぎゃあ! 痛い、痛い!!」

「ジュンくん、大丈夫?」

 見れば、姉ちゃんも側にいた。

 今気が付いたけど、僕の体は全身包帯だらけだった。

 そんな僕を、真紅は情けなさそうに見下ろす。

「試練は中止となった。異変に気付いたこの女が、手に持ったフライパンで一撃のもと、熊を叩き伏せた」

 真紅が指した先には、ノックアウトされた熊が寝そべっていた。

 ……って、まだいたの熊!?

 あれを一撃って……姉ちゃん、凄すぎる……。

「全く、この女が余計な事をしてくれたお陰でうやむやになってしまったのである。あの後、貴様なら不死鳥の如く蘇り鮮やかに熊を屠ってみせたろうに……」

 ――無理だよ!?

 僕はそんな超人じゃないよ!?

「……だが、まあ」

 真紅はにやりと、僕に笑いかけた。

「貴様の気骨が多少なりとも拝めたのは収穫である。思えば、わしの頭突きを二発も受け、なお生きていた時点でその片鱗は覗えたものよ。わしの頭突きに比べれば、熊の爪など撫でた程度にしか感じぬであろう?」

「…………」

 もはや、何も言えなかった。

「だが、やはり精進が足りん。これから、わしが貴様をみっちりとしごいてやる」

「何いぃ!?」

「亜璃栖解獲鵡(ありすげえむ)は始まったばかりだ。これが終わる頃には、貴様も一人前の漢(おとこ)となっているであろう……わはははは!」

 冗談じゃない。

 これ以上こいつに付き合っていたら、命がいくつあっても足りない!

 なのに、

「まあ、頼もしいわ真紅ちゃん」

 姉ちゃんまで、真紅に同調している。

「わしが呂迂蝉痲蔚澱(ろうぜんめいでん)、第五ドールの江田島真紅である!」

 ……だ、誰か……助けてくれ……。

 僕の願いは、虚しく虚空へと消えていった。

 

 その後僕達は「お、お前はーっ!」「地獄の底から蘇ったクマー!」とか「あやつ、もしや伝説の第七ドール……」「し、知っているのか真紅!?」とかいう展開があったけど、例によってその顛末は語られる事はなかった。まるで打ち切りの如く。

 ほら、予定調和というか、こうなる予感はしてたんだよな……。

 運命は繰り返される、ってさ。

 

 

 

 ――未完!


 
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