No.161533

Shall we ダンス? ~序~

さん

リトルバスターズ!のSSです。リトルバスターズの大きなネタバレが含まれています。クリアした方のみご覧下さい。
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2010-07-29 10:27:08 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:1585   閲覧ユーザー数:1474

Shall we ダンス? ~序~

      『想いが叶った世界』

 

 

 

 いつだって彼らのことを見ていました。

 何にも束縛されることなく自由奔放に遊びまわる彼らを。

 

 楽しそうでした。

 心から楽しそうでした。

 

 それ故に。

 あまりにも眩しすぎました。

 

 彼らに近づけたら、と何度も思いました。

 そうしたらどうなるかくらいわかっていました。

 

 きっと私は――

 太陽に近づき過ぎたイカロスのようにおちてしまうでしょう。

 

 

 

 

 

「「「 怪奇現象? 」」」

「そう」

 

 いつもはクドや僕たちがお茶に使うくらいの家庭科部の部室。

 今日はそこにリトルバスターズのメンバーともう一人が入っていた。

 さすがにこの人数だとギュウギュウだ。

 僕の横を見る。

「うぉっ!? 謙吾、くっつくんじゃねぇよっ!」

「くっ…俺とて貴様に好きでくっついているのではない」

「んだとテメェ、隣の筋肉が凄すぎて堪りません、一緒にいるだけで僕の筋肉も吸われていますどうにかしてくださいってかぁぁぁっ! それ褒め言葉じゃね?」

「こいつバカだっ」

 ……まぁ、狭苦しいのは主に大きい友人二人のせいだ。

 

「二木さん、詳しく教えてくれない?」

「今から話そうと思っていたところ。話の腰を折らないでくれない?」

「う…っ」

 さすが二木さん…。

 言葉の鋭さが違うよね…。

 

 

 今日は二木さんに呼ばれてリトルバスターズ全員がここ家庭科部部室に集まっていた。

 こんなことは初めてだ。

 そもそも僕たちリトルバスターズと、風紀を守る風紀委員…しかも風紀委員長の二木さんは対立関係にあると言ってもいいくらいだったりする。

 何かにつけて注意してくる相手とでも言えるかもしれない。

 こうして同じ空間で注意以外の話をするというシチュエーションでさえ珍しい。

 僕たちとの交流はないと言っても過言ではないくらいだ。(クドは同室だから話はしてるみたいだけど)

 その二木さんが一体なんの用なんだろう?

 何か頼みごとがあるらしいけど…。

 

 

「風紀委員によせられた報告だけど」

 畳に座っている僕らの前で、仁王立ちをして威圧的に僕らを見下ろしている(ように見える)二木さんが、手に持っている報告書らしきものを指でパンパンと叩いた。

「数日前から、夜の校舎で『奇妙な現象』が続発、だそうよ」

「夜の校舎に行くこと自体が私からすれば大問題なんだけど」

 二木さんが大きく溜息を吐く。

「して二木女史、具体的にはどういった現象が起きているのだ?」

 ムッとした二木さんが書類をパラパラとめくる。

「ありきたりのものから見逃せないものまであるわ」

 

「『音楽室らへんからピアノの音が聞こえた』……ありきたり」

「『ノートを取りに行こうとしたら何か(たぶんテケテケ系)に追い掛け回されて逃げ帰った』……なによその系統は?」

「『学校がデカくなってた』……見間違いじゃない?」

「『恐怖! 夜に鳴り響く鐘! その時俺は…!?』……知らないわよ」

 

 読みながら書類にツッコミを入れている。器用だ。

 

「……ありきたりのものばかりですね」

「なんてことはない、よくある七不思議だろ」

「そうね」

 西園さんと恭介の言葉を受け、二木さんが胸の前で腕を組む。

「この程度の報告なら昔から必ずあるもの。問題なのはここから」

 みんなの目が自然と二木さんに注目する。

「ここ数日突然降って湧いたように急増した報告」

 

「――夜の校舎を女子生徒が宛ても無く歩き回っている――」

 

 家庭部の部室が水を打ったように静まり返った。

 

「――全部校舎の外から見た報告よ」

「『学校の前を通りかかったとき、学校の中を女子生徒が歩いているのが見えた。何かを探すかのようにうろうろしていた』だとか」

「『寂しそうに窓辺からグラウンドを見下ろしていた』だとか」

「『最上階まで行くとフッ…と消える』だとか」

「目撃報告は1件2件じゃないわ。計6件。何かあると思って間違いないでしょう」

 

「そ、それは…っ」

 大きな瞳をさらに大きく見開いているクドが声を上げた。

「ごっ、ごーすとなのですーっ!」

「なにぃ、ほっ、本物の幽霊なのかっ!?」

「ふえぇぇーっ!? どどどどどどうしようっ!? お、お祓いしな――ほわっ、ずべんっ」

「うわっ、こまりちゃんが転んだっ!? これは…呪いだっ」

「呪いかかっちゃったの、わたしっ!?」

「もうお終いですナ」

「ほえぇえぇえぇえぇーーーっ!? どどどどうしよう、理樹君っ!? もうお婿に行けないかもーっ」

「大丈夫だから小毬さん、とりあえず落ち着こうよ。お婿は最初から行けないからさ…」

「理樹、こまりちゃんが呪われたんだぞっ! お前がこまりちゃんをお婿にもらってやるくらいの覚悟を持てっ」

「えっ!? そんな覚悟をするようなところだったの、今!?」

「そもそも理樹はお婿はもらえねぇだろ…」

 みんな幽霊話に怯えまくってしまったり、真人が冷静に見えたりと家庭科部の部室内は大混乱だ。

 

 けど、このシンプルさが本物っぽい気もする。

 もしかしたら本当に幽霊かも……いやいやいや、そんなことがあるわけがない。

 

「――二木、ひとついいか?」

 混乱の中、謙吾が手を上げた。

「なに?」

 

「それは単に夜の校舎に忍び込んだ女生徒なのではないか?」

 

 …あ。

 大騒ぎしていたみんなもピタリと止まった。

 

「まー普通に考えるとそうなるよね」

 やはは、つまらないですナと葉留佳さん。

「そ、そうだよね」

 冷静になるとその通りだ。幽霊よりもそっちの線が断然強い。

 と言うか当たり前だ。

 二木さんを見上げると。

「ハァ…」

 呆れたように大きく溜息をついていた。

「どしたの、お姉ちゃん?」

「その程度で解決するならわざわざ『怪奇現象』なんて言わないから」

「?」

 みんなの頭にクエスチョンマークが浮かぶ。

「ま、その線は薄い…いや、ない。だろ、二木?」

 恭介と二木さんが目でアイコンタクト。

 

「いい? ここの学校は少し前から――」

 髪をふぁさ、と払う。

「夜間は全て機械警備を導入しているの」

 

「きかいけーび?」

 鈴がチリンと首をかしげた。

「赤外線といったセンサーを使って侵入者がいないか監視するシステムのことだ、鈴君」

 壁際で怯えている小毬さんを抱きしめながら説明する来ヶ谷さん。

「少しでも異常――例えば黒板消しが落ちた程度――なんということがあれば警備会社が飛んでくる、という仕組みだ」

「そう」

 ひとつ頷いて、二木さんが鋭い目を僕たちに向けた。

 

「些細な異常でも、何かあったら警備会社に必ず記録が残るはず」

「けど」

 ちゃぶ台にビシリと書類が置かれた。

「報告があったその日、その時間の記録」

「警備会社の記録は全て――『異常なし』」

 

「この意味…」

「わかる?」

 

 今度こそ。

 部屋中が液体窒素に入れられたように静まり返った。

 誰かの生唾を飲み込む音が響く。

 

 もしかするとこれは本物なのかもしれない…。

 僕の背筋に冷たいものが走る。

 クドも小毬さんも鈴も西園さんも、そして葉留佳さんも顔が青い。

 

「――なるほどな」

 恭介の言葉が静寂を破った。

「どうして二木が俺たちを集めたのかが不思議だったんだが……そういうことか」

「理解が早くて助かります」

「えーっと、どういうことなんだ? ちっともわかんねぇぞ?」

 眉をひそめる真人。

 ま、まさか…。

「二木のことだ。学校側にも警備会社にもすでに異常の確認を依頼したはずだ」

「だが警備会社からは『異常はなかった』の一言で片付けられた。違うか?」

「その通りです」

「そこで白羽の矢が立ったのが――俺たち、正義の味方リトルバスターズということさ」

 恭介が少年のように笑顔を浮かべた。

 嫌な予感がする!

 しかもたぶん当たってる!

「二木、もう夜になるが……機械警備は切ってくれているのか?」

「棗先輩なら了承してくれると思ってすでに手配済みです」

「二木は?」

「さすがに悪名高いあなたたちだけには任せられません。同行します」

 二人の会話でさらに僕の中の警笛が強くなる!

 やばいやばいっ!

「オーケー!」

 心から楽しそうに恭介が立ち上がった!

 

「これより――」

 大きく息を吸い込む!

「『怪奇現象の謎を解け!』ミッションを開始する!」

「やっぱりーっ!?」

 

 周りを見ると。

「はっはっは、楽しそうじゃないか」

 謙吾は豪快に笑っている!

「へっ…この筋肉が幽霊にも効くか試してやるぜっ」

 真人は腹筋を始めた! 暑苦しい!

「……ふるふるふる……」

 小毬さんは涙目で必死に何かを訴えている!

「……ふるふるふる……」

 クドは二木さんの脚にしがみ付きブンブンと顔を振っている!

「……ふるふるふる……」

 西園さんは来ヶ谷さんに抱きつかれているのに意識は他所のところに行っている!

「……ふるふるふる……」

 鈴は部屋の隅で小さくなっている!

「…や、やはは…ま、まあ恭介さんと姉御がいるなら…」

 葉留佳さんもこういうのは苦手みたいだ!

「暗がりの校舎……女史と理樹君を後ろから抱き放題じゃないか……マズイな……クフフ。おっとヨダレが」

 来ヶ谷さんは絶対違うことを考えている!

 

 

「ちなみに欠席は認めないからな」

「「「「「えええええええええええええええぇぇぇぇーーーっ!?」」」」」

 

 

 

 

 夜。

 

 

 

 僕と真人で支度を終え(と言っても、ほとんど支度なんてなかった)、集合場所の校舎前へと足を進めていた。

 僕と真人の足音。

 それ以外は、無。

 

 

「…理樹よぉ」

「どうしたの、真人?」

 

 

「最近は寮の中で遊ぶことが多かったろ?」

「だからわかんねぇけど」

 

 真人が不思議そうに辺りを見渡して、ボソリとつぶやいた。

 

「夜ってこんなにも静かだったか?」

「……」

「……」

「そうなんじゃない…かな?」

――僕も言われてから周りの様子に気を向けた。

 

 犬の鳴き声もしない。

 猫の鳴き声もしない。

 人の声はもちろん、明かりもない。

 時計は夜9時ちょうどを差していた。

 

 ……。

 さっき聞いた怪奇現象の話で神経が過敏になりすぎているのかもしれない。

 

「もう集合時間だし、早く行かないと」

「そうだな」

 

 

 

 

 

 

「遅い!」

「うわっ!?」

 

 僕らを出迎えたのは、腕組みをして仁王立ちの二木さんだ…。

「遅ぇって言うけどよ、集合時間からまだ2分しか…」

「言い訳は聞きたくないわ」

「おおぅ…」

 聞く耳は皆無だ。

「あなたたちはいつもこうなの? 9時と言われたら9時。それなのに――」

 ……。

 まだ僕と真人しか来ていなかった。

「えっと、他のみんなもまだなの?」

「フン」

 二木さんがそっぽを向く。見たまんまみたいだ。

 

「わふ~…どどどどどっからでもかかってこいですーっ…ですけど、なるべく出ないようにしてくだされば……」

 あ。

 二木さんの後ろから何か出てきた。

 

「なんだありゃ…シチュー鍋を被った妖怪が出てきやがったぞ…」

 たぶんクドなんだけど…底が深いシチュー用の鍋を頭からすっぽり被っていた。

「クドリャフカ、そろそろ鍋は脱ぎなさい。歩けないでしょ?」

「そ、それでは、か、佳奈多さんをお守りできませんっ」

「……」

「……ばばばばばっちこーい、ですーっ……ですけど、なるべく出ないようにしてくだされば……」

 前も見えていないし、腰が引けたクド。

 もちろん二木さんの後ろに隠れ、その手を一時も離そうとはしない。

 

 二木さんに目線を向ける。

 クドとは仲がいい……のかな?

 少なくとも学校にいるときのやり取りはそう見えなかったけど。

「なに?」

「え、いや…」

 なんとなく思ったことを聞くのは気がとがめるし。

「ヘルメットを被ってきたの?」

 咄嗟に違うことを聞いた。

「これ?」

 二木さんはというと、頭に洞窟探検にでも使いそうなヘッドランプをつけていた。

 そのヘッドランプを手でクイッと上げる。

「もし手にライトを持っていたら咄嗟に動けないかもしれないじゃない。だからコレにしたわ」

 …気に入っているのか、ヘッドランプの向きやらをいじっている。

 見た目はとても綺麗な二木さん。

 ファンだっているくらいだ。

 その二木さんがヘッドランプを乗っけている様子がアンバランスに見えるのは僕だけかなぁ。

 

「それにしてもみんな遅いわ」

 二木さんは腕組をして待っている。

 

――チョイチョイ。

 真人に肘で小突かれた。

 

「……なぁ、二木の奴、なんか嬉しそうじゃね?」

「……きっとこの手の話が好きなタイプなんだと思うよ」

 女の子って怖いもの見たさというか、心霊系が好きな子も多いからなぁ。

「てっきり夜の学校まで取り締まれて気分いいのかと思ったぜ」

「どれだけ仕事熱心なのさ」

 

 遅れること数分。

「すまんな。遅くなった」

「……お札の都合に時間がかかってしまいました。みなさんの分も用意してきました」

「鬼はーそとーっ!! これさえあればどんな鬼だって逃げますぜ! 福はうちーっ」

 来ヶ谷さんと西園さん、そして葉留佳さんが到着。

「お姉ちゃん、はい豆」

 葉留佳さんが二木さんに駆け寄り、持ってきたでん六豆と鬼の面を二木さんに手渡した。

「この豆をですね――おりゃーっ!!」

「こういう風に投げれば幽霊も瞬殺ですヨ」

「それを一体誰が片付けるのかしら?」

「……」

「い…今すぐ片付けます…ひやーっ」

「すげぇぜ、あの三枝が二木の睨み一発で片付け始めやがった」

「それよりほうき持参の葉留佳さんを褒めてあげようよ」

 そこまでわかってるならやらなきゃいいのに。

 

 続けて。

「みんな~っ」

「お待たせだっ」

 小毬さんと鈴が到着した。

 って、うわっ!

 こちらに向かってくる二人は制服ではない……もっとすごい格好だ。

「……これはまた奇抜なスタイルですね」

「さすがのおねーさんもビックリだ…」

「うあ……」

 みんなも小毬さんたちを見て、一瞬声を失った。

 こちらに向かって走ってくる小毬さんと鈴の格好は…。

 

 まずはネックレス。

 ……にんにくをヒモで数珠繋ぎしたものが胸の前で揺れている。

 絶対ドラキュラか何かとバトルすると勘違いしている。

 それと服。

 白のトレーナーなんだけど、全面に「なむあみだぶつ」とか「エロエロメガッサイル」とか「アーメン」とか「おーめん」とか書いてある。

 たぶん小毬さんと鈴の手書きだ。

 

「ふぅ、どうしたんだ?」

 僕の前に来た鈴が小首を傾げる。

「……」

 きっとツッコミしても無意味だ。

 僕は即座にそう感じ取った。

 

 その後ろからすぐに。

「すまんな、良い竹刀を持ってこようと思い遅くなってしまった」

 いつもの剣道着姿で竹刀を脇に差した謙吾が颯爽と現れた。

「あ…謙吾」

「どうしたんだ、理樹?」

 普段のフッとした余裕の笑みをこぼす。

「俺が居れば問題は起こらない。安心しろ」

 なんだろう。さすが謙吾というべきかな。

 すごい安心感だ。

 

 

「あとは棗先輩だけね」

 校舎正面玄関前に仁王立ちしている二木さんが言ったときだ。

 

――ギギギギー…。

 突然、正面玄関が開いた!

 

「…っ!?」

 二木さんが飛びのき、みんなに緊張が走る!

 そこから……。

 影が……現れた。

「――お、全員そろったみたいだな」

「なっ、棗先輩っ!」

「…んだよ、恭介かよ…」

「ハァハァハァ…びび、ビビらすなっ、ボケーっ!」

 この瞬間で女性陣数人がひっくり返っている。

 小毬さんなんてまるでボールみたいに丸まっちゃったくらいだ。

「悪い悪い、驚かすつもりはなかったんだ」

 たぶんウソだ。

「棗先輩、どうして中に?」

「少しばかり先に調査をしてみたくてな」

 意味ありげな笑みを浮かべる恭介。

「本来ならグループを分けて進むのが面白いんだが…」

 恭介が二木さんの顔色を伺う。

「その案は却下です」

「相手、もとい現象が不明。どんなことが起こるかわかりませんから、まとまって行動したほうが良いでしょう」

「だ、そうだ」

「僕もそっちのほうがいいと思うよ」

 恭介がドアを開けただけで、みんなのダメージは相当なものだったし。(今もまだ「みお、しっかりしろっ死ぬなっ」という声が響いている)

 このメンバーを分けたら帰って来れないメンバーがでそうだ。

 

「異論がないなら」

 二木さんがカチリとヘッドランプの明かりを強めた。

「――作戦開始よ」

 二木さんを先頭に、僕たちは正面玄関から夜の校舎へと侵入した。

 

 

 

 明かりのない夜の校舎は、昼間のそれとは全くの別物だった。

 別の空間に来てしまった気さえする。

 廊下の端は闇に飲み込まれてしまったのではないか。

 教室は地の果てまで無限に続いているのではないか。

 そんな疑問さえ首をもたげてしまう。

 

「いやぁ、ナンですナ…」

「なによ葉留佳?」

「夜の学校はすごい不気味なんだけど…」

「さすがにこの人数だと怖くないですナ」

「それはそうでしょ」

 歩みをとめずに二木さんが話す。

「11人で団体行動していればね」

 

 暗い廊下を歩く僕たちの先頭は二木さん。

 その後ろに電車ゴッコのように歩いているのが腰が引けたクド(シチュー鍋は二木さんに没収された)と葉留佳さん(豆は二木さんに没収された)。

 次に僕と恭介。

 さらに後ろでは鈴と小毬さん、西園さんと来ヶ谷さん。

 しんがりを務めるのが真人と謙吾だ。

 

「二木よぉ、学校の電気とかつけたほうが早いんじゃねぇのか?」

「は? そんなことしたら犯人にバレるのがわからない?」

 それ以前に、この人数で歩いていたら出るものも出なそうな気がするのは僕だけかな…。

 

「みんなでいると全然怖くないね~」

「小毬さんも怖がりだけど、この人数ならさすがに大丈夫なんだね」

 そう言って振り返ると。

「う、うみゅ…こ、こまりちゃん、そこまでくっつかれると困る」

「……わ、わたしも怖いですがそんなに腕を抱きしめられると……」

「ふぇええぇん、だって怖いんだもんっ」

 鈴と小毬さん、西園さんはギュウギュウと身体を密着させて、言うなれば押しくらまんじゅう状態だ。

「……3人ともくっつきすぎで歩きにくくない?」

「理樹、そうは言うけどなっ」

「だって離れると怖いんだもん…」

「……わ、わたしも今はこの状態の方が……」

「おねーさんもこの中央で、鈴君や西園女史のぺたんこおっぱいやら小毬君の安産型のお尻を是非押し付けられまくりたい」

「来ヶ谷さんは鼻血出てるよ…」

「おっと、鼻から心の汗が」

 なんて嫌な心の汗なんだろう。

 

 

 1階をしばらく歩き、特別教室棟に差し掛かったときだ。

「――ストップ」

 恭介の声に、今までワイワイガヤガヤと歩いていたみんなが一斉に立ち止まった。

「どうしたの、恭介?」

「シッ!」

 合図でみんなに緊張が走る。

 …………。

 ……。

「そこの理科室から物音が聞こえなかったか?」

「お、音、ですか……?」

 生唾を飲み込むクド。

「理樹は聞こえなかったか?」

「いや、僕には何も」

 耳を澄ますけど、それといった音は聞こえてこない。

「…そういえば、前にこんなことを聞いたことがあるわ」

 先頭に立つ二木さんが静かな口調で話し始めた。

 

「――以前、この学校に田中君(仮名)という生真面目な子がいたの」

「何をするにも真面目。まさに優等生の鏡だったそうよ」

「けど、どういうわけか彼は常に左半身に包帯を巻いていた。腕も脚も、そして顔までも」

「あるとき、一人の男子がふざけて田中君(仮名)の包帯をとってしまった」

「すると……」

「す、すると……?」

 先を促す鈴。

 

「『ミタナぁアぁッ!!』」

 

「振り向いた彼の顔には皮膚という皮膚がなかった。むき出しの肉のまま」

「彼はそう、人体模型だったのよ」

「姿を消した彼だけど、今も夜な夜な動いては勉強をしているそうよ」

 

「――こんな話。非科学的な上にありきたりだけど」

「う…」

「どうしたの、直枝?」

「こういう所でそういう話を聞いちゃうとね…」

 ありきたりではあるけどっ!

 さすがに夜の学校の、しかも理科室の前で聞かされると怖いっ!

「がたがたがたがたっ」

「うわっ、こまりちゃんが震度6くらいでふるえてるぞっ!?」

「…む。西園女史は立ったまま失神か」

「わわわわ怖いですっ、怖すぎですっ!」

「うおっ、クー公、オレに登るなって」

「お、お姉ちゃん、さすがにここでそういう話はどーなのさーっ」

「そう?」

 二木さんはどことなく楽しそうだし!

「音が聞こえた、というからには理科室を調査する必要があるわね」

 ヘッドランプの位置を正すと、理科室のドアに手をかけた。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 あれ、こっちに振り返った。

「井ノ原、確認してきて。命令よ」

「ちょっ!? オレかよっ!!」

 ……自分で話しておいて怖くなったんだ。

 なんて言ったら後からどういう目に遭うかわからない。

「ほう、真人は怖いのか。ならばこの百戦練磨の俺が行かせてもらおう」

「んなわけあるかよっ! オレが見てくるぜっ」

「ひゅーひゅー、真人君かっくいーっ」

 真人はクドを降ろして二木さんに預けると、理科室のドアに手をかけた。

 

――ガラガラガラ。

 

 ドアの奥には月明かりに照らされた理科室が広がっていた。

「別に異常はねぇように見えっけどよ…」

 つぶやきながら理科室の奥へと入っていく。

 僕たちは、その様子をドアの外から固唾を飲んで見守ることしかできない。

 その時。

 

――ガタタンッ!!

 天井が外れ真人めがけて人が降ってきた!

 

「ぬおっ!?」

 その声に反応して鈴たちからも阿鼻叫喚の絶叫が響く!

「うおおおおっ!?」

 さらにその声に驚く真人!

 その手が降って来た人の腰へ回され――

「くっ、ぬおおおおおおおぉぉぉぉーーーーーっ!!」

 それを持った真人がエビ反りに反り返る!

 

 ドガッチャァァァァンッッッ!!

 バックドロップ、炸裂!

 

 月明かりに映える真人の筋肉アーチ。

 ある種の芸術にさえ見えるから不思議だ。

 

「って、えええええーーーっ!?」

 良く分からないうちに、良く分からない人型の物体が粉砕していた。

 カランカランと僕の足元に何かが。

「これ……肝臓?」

 更に辺りにはプラスチック製の臓器。

「わふーっ!? こ、これはもしや……べ、勉強好きの田中君ですっ!?」

「勉強好きの田中君がこっぱみじんだっ!」

「マジかよ!? うおっ!?」

 起き上がる真人の手には下半身だけになってしまった田中君(人体模型)が抱えられている!

「オレの筋肉のせいで勉強好きの田中君の人生を……ちくしょうっ」

「いやいやいや、それはあくまで作り話だからね」

 さらに。

「む。今ので小毬君と西園女史が完全に失神した」

 メンバーの被害は甚大だ…。

「西園女史のパンツを見ようと思うのだが異論はないな」

「スカートに顔突っ込もうとしないでよっ!!」

 色々な意味で被害が増えそうだ!

「だ、誰、こんなイタズラをしたのはっ!?」

 ようやく尻もちをついた体を起こしながら二木さん。

「たぶん…」

 僕は隅に目をやった。

「……アレ、めちゃくちゃ高かったんだぜ……」

「わふー…恭介さんはどうして壁に話しかけているのでしょうか?」

「そっとしておいてあげてよ」

 きっと恭介がみんなを驚かそうと仕込んでたんだろうなぁ…。たぶん自費で。

「それにしてもお姉ちゃん」

 落ち着きを取り戻した葉留佳さんがまた二木さんの後ろを陣取った。

 イタズラな笑みを顔いっぱいに浮かべている。

「なによ?」

「『きゃーっ!?』だって!」

「ぐ…っ、う、うるさい」

「それで、こてーんって尻もちですヨ、見事な尻もち! 風紀委員長がきゃーって、こてーんってキャハハハっ」

「う、うるさい」

「そっ…それより出発よ出発! 今まさに怪奇現象が起こっているかもしれないわ!」

「おりょっ!? ま、待ってよ、お姉ちゃんーっ」

 二木さんは先にズカズカと歩き出していった。

 

「……二木もあんな顔をするのだな」

 貴重だ、と感想を漏らす謙吾。

「よっぽど恥ずかしかったんだから見なかったフリしておこうよ」

「それよりよ」

 玉砕した人体模型に適当に臓器を詰め込んだ真人が戻ってきた。

「どうしたの?」

「来ヶ谷の姉御が小毬と西園を持って帰ろうとしてるけどいいのか?」

「バレたか」

「バレたかじゃないでしょぉぉぉーっ!!」

 

 階段を登った。

 またみんなで集まって、二木さんを先頭に足を進める。

 さっきまで真人と謙吾に背負われていた小毬さんと西園さんも何とか復帰。(来ヶ谷さんが二人の耳にフーしていた)

 

「ん?」

 小毬さんたちと抱き合いながら移動している鈴が声を漏らした。

「ところであたしたちは何を探してるんだ?」

「それはアレですよー」

「あれって何だ、こまりちゃん?」

「アレというのは……がたがたがたがたっ」

「うわっ、またこまりちゃんが震度6くらいで震えはじめたっ!」

「……アレというのはつまり……ふるふるふるっ、ふるふるふるっ」

「みおもしっかりしろっ、震えすぎだっ」

「どれ、私がとめてやる」

「くるがやは後ろから抱き着いてくるなーっ!!」

 うーん、この二人はとことんこの手の話はダメみたいだ。

 

「探しているのはもちろん報告にあった女子生徒の姿よ」

 二木さんがカチャリとヘッドランプを上げながら周りを見回した。

「ここまではまだいないみたい。少しでも怪しいと思ったらすぐに私にすること」

「ふたきに言えばいいんだな」

「そう」

 ……。

 さっきの様子を思い出すと、少し心許(もと)ない。

 

 

 音楽室の前まで来たときだ。

「あれ…?」

「小毬さん、どうかしたの?」

「うん…」

 不思議そうにキョロキョロと見回している。

「音楽室ってここだっけ?」

「え?」

 

 扉を見ると見慣れた防音用の扉。プレートには『音楽室』としっかり書いてある。

 

「そうだけど」

「ううん、そうじゃなくて…なんだろ、場所が違うような…ふえぇ?」

「……」

 僕の隣にいる恭介を見ると、同じように眉をしかめていた。

 

 そういわれてみれば…音楽室の位置はここだっけ?

 

「二木さん」

「何?」

「音楽室ってここで合ってたっけ?」

「はぁ?」

 すごい顔をされた。

「ここが一般教室に見えるかしら? それとも美術室? プレートの字は読める?」

 そしてめちゃめちゃ言われた。

 一瞬の間。その間隙にそれは起こった。

 

――……ちゃらら~らら、ちゃららららら~♪

 シンと静まり返った廊下に、音楽室から小さな音が漏れ聞こえてきた。

 

「――!?」

 全員の身体が一瞬にして強張る!

「おまえら…」

「今のは聞こえたか?」

 恭介の言葉に全員が声もなく頷く。

 

 この曲…。

 僕はどこかで聴いたことがある。

 

「チャルメラだな」

 来ヶ谷さんの言葉に全員納得。

「…そういや、前にこんなことを聞いたことがあるぜ」

 一番後ろにいる真人が、声を低くして語り始めた。

 

「――以前、この辺りをテリトリーにして屋台を押していたチャルメラのおじさんがいたそうだ…」

「ある雨の日のことだ…」

「チャルメラのおじさんは一本の出前をもらった。あまり売れてなかったから相当に喜んだそうだ」

「その届け先は……そうだ、音楽室だ」

「チャルメラのおじさんは、お客様のために、お客様のためにと気合いで音楽室まで屋台を引いてきた」

「そこで起こっちまったんだよ、事件が……」

「じ、事件……?」

 先を促す鈴。

 

「『屋台がぁ、屋台が通らねぇっ!!』」

 

「音楽室のドアが小さすぎて屋台が通らなかった!」

「その無念でチャルメラのおじさんは亡霊に……」

 

「なるかあぁぁーーっ!!」

――ズゲシッ!!

 …鈴のハイキックが真人の即頭部に炸裂。

 

「何はともあれ」

 二木さんが音楽室のドアに手をかけた。

「異常は確認する必要があるわ」

「二木が行くのか?」

 恭介の質問に手が止まる。

「…もちろんです」

 一瞬だけこちらを見て、すぐにドアに力を込めた。

 もしかしたらさっきの様子を払拭(ふっしょく)したいのかもしれない。

 そのままドアを――

 

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 あれ、こっちに振り返った。

「……直枝。ついてきなさい。命令」

「えええーっ、僕ーっ!?」

「なに? まさか怖いの? あなたもとりあえず男でしょ?」

 とりあえず、は付けてほしくなかったよ……。

「リキ、どうか佳奈多さんを守ってあげてください」

「わ、わかったよ」

 僕も佳奈多さんの横に並んで立つ。

「直枝、心の準備はいい?」

「うん」

「じゃ、開けて」

「は?」

「開けて」

 僕より半歩下がってるし。

「……いくよ」

 みんなが見つめる中、僕は音楽室の防音扉を開け放った。

 

――ちゃらら~らら、ちゃららららら~♪

 途端に、さっきよりもはっきりとしたピアノの音。

 

「無人ね…」

「二木さん、入るよ」

「……」

 二木さんが音楽室を覗き込みながら無言で頷く。

 僕たちが数歩ほど中に入ったときだ。

 

――ギギギ、バタン。

 

「え、うそ!?」

 突然入ってきたドアが閉まった!

「ちょっと!」

 二木さんがドアに駆け寄り手を伸ばすが、ビクともしない。

「直枝、あなたも手伝いなさい!」

 と、二木さんは言うけど…。

「大丈夫だよ」

「何が大丈夫なのよ!?」

「たぶん恭介の仕掛けだろうし」

「……」

 あ、動きが止まった。

「……」

 カチャリとヘッドランプの位置を指で直し、スタスタと僕の方へ戻ってきた。

「わかってたわ、それくらい」

 自分の髪を人差し指で弄りながら「単純にあなたを試しただけ」とか「棗先輩の行動を把握できないようでは風紀委員は務まらないし」と話しまくっている。

 強がりと言うかなんていうか…。

「おそらくピアノのところに仕掛けをしてあるはずだから行ってみよう」

「そうね」

 二人でピアノへと近寄り、正面に立った瞬間だ。

 

――ピロっ、ペタンッ!

 今度は何かが落ちてきて二木さんの頭に乗ったっ!

 

「きゃぁっ!」

「な、直枝っ! と、とって! はっ、早く!!」

「う、うんっ、今取るからっ! 今取るからそんな動かないでっ」

 慌てふためく二木さんの頭からくっついているものを取った!

 それは…。

「……こんにゃくだ」

「こんにゃく?」

「うん、ほら。こんにゃく」

「……」

「……」

 

――ポカッ!

 

「いたたっ、なんで僕叩かれたの!?」

「うるさい!」

 自分の髪を人差し指で弄りながら「普通音楽室でこんにゃくが降ってくるなんて思わないじゃない」とか弁解に一生懸命だ。

 髪をいじるのは二木さんのごまかすときの癖なのかもしれない。

 二木さんが落ち着いてから、僕がピアノを覗き込んだ。

「…あ」

「どう? 何かあった?」

「うん」

 ……音はラジカセから流れてきていた。

 

 

 

「わふーっ、佳奈多さんが無事戻ってきましたっ!」

「当たり前でしょ」

「すごいな、ふたきはすごい」

「当然よ」

「かなちゃん、怖くなかったの~?」

「ちっとも」

「……わたしには到底マネできそうにありません」

「お姉ちゃん、すごいじゃん」

「フン」

 戻った二木さんは女性陣の勇者になっていた。

 …中でのことは言わないでおいてあげよう。

 

「けど、恭介」

「ん?」

「さすがにドアが閉まったときは僕もどっきりしたよ」

「あれはおまえたちが閉めたんだろ?」

「またまた…」

「ん? 本当だぞ。そんなウソついて何の意味もないだろ?」

「え…?」

 一瞬、僕の中で不安感が顔をもたげた

「――あなたたち。先に進むわよ」

「あ、うん」

「理樹君、浮かない顔をしているが中で二木女史と二人きりのラブロマンスに失敗でもしたのか?」

「理樹はああいうキツそうなのが好みなのかよ!?」

「むぅ…ではこれから俺もツンデレ系とやらを目指すとしよう。どうだ?」

「どうだって何が!? ねぇ謙吾っ!?」

 いつものメンバーに囲まれ、僕の不安感はすぐに消え去ったのだった。

 

 

 

 階段を登り、上の階へ。

 

「うわぁぁぁぁぁ~~~っ!?」

 

――ゴロゴロゴロゴロ~っ!!

 僕たちは大玉ころがしの玉に追われていた。

 

「恭介っ、テメェだろアレ仕込んだの!? とめろよっ!!」

「中に業務用の強力モーターを突っ込んだまではいいんだが…」

「ふえぇぇーっ、説明はいいから早くとめてーっ」

「いや、転がす仕組みを考えるのに夢中になっちまってな……ブレーキをつけるのをすっかり失念していた」

「失念していた、じゃないでしょう棗先輩っ!?」

「バカだっ! あたしの兄貴はくちゃくちゃバカだぁーっ」

「ひやーっ、なんとかしてぇぇぇーっ」

「わわわっと――わふんっ!?」

 クドが脚をもつれさせて転んだ!

「クドリャフカ!?」

「か、佳奈多さん、私のことはいいので早く逃げてくださいっ!」

「ダメよクドリャフカ、今助けに行くわっ」

 

――ゴロゴロゴロゴロ、ぷにんっ

 

「わっふんっ!」

「ほわっ、クーちゃんが轢かれたっ!?」

 続けて。

「きゃぁっっっ!?」

 

――ゴロゴロゴロ~、ぷにんっ

 

「二木さぁーんっ!」

 恭介のうっかりで尊い犠牲が二人もっ!

「恭介、どうするのさっ!!」

「どうするって言われてもな。あいつらの犠牲を無駄にするな。生きろ!」

「そういうシーンでもないよね!?」

「仕方あるまい、ここはおねーさんの出番か」

 スッ、と来ヶ谷さんが僕たちから離れ大玉に立ち向かった。

 

――ゴロゴロゴロ~っ

 大玉が来ヶ谷さんに突進してくる!

 玉との距離がどんどん短くなってゆく!

「来ヶ谷さんっ!」

「安心しろ、理樹君……――ふんっ!」

 

――ズドンッ!!

 キック一閃。

 

 …………。

 ……。

「…と、止まった」

「ざっとこんなものだ」

「さっすが姉御っすネ!」

「はっはっはっ、伊達におねーさんと名乗っておらんよ」

「……ひとつよろしいでしょうか?」

 西園さんが口を開いた。

「……そこの角を曲がれば止まっていたのではないでしょうか?」

「甘いな、西園女史。相手は恭介氏だぞ?」

「そうだな。その辺は抜かりはない。曲がり角では曲がるように設計してあるからな」

「こだわりすぎじゃ、ぼけーっ!!」

 

――ずげしっ!!

「だはぁぁぁっ!?」

 …恭介の顔に鈴の足跡がくっきりとついていた。

 まぁ自業自得かな。

 

 

 階段を登り、上の階へ。

 

 床にブーブークッションが仕込んであったり、ロッカーから市松人形がミサイルのように飛んできたり、来ヶ谷さんが暗がりで僕を押し倒そうとしたり。

 様々なトラブルを乗り越えてきた。(ちなみに小毬さん、西園さん失神2回、二木さん悲鳴2回、クド、葉留佳さん逃走3回だ)

 けど……。

 

「次は何が来るのかしら?」

「か、佳奈多さん、わ、私の手を離さないで下さいー…さいー…いー…」

「ミニ子恥ずかしーっ、手をつなぐなんて小学生までだよねー」

「なら葉留佳は私の肩から手をどかしてくれない?」

「いやー、それはそれ、これはこれですヨ」

「あなたたち着いてきてる? 次は噂の東校舎のトイレ、右から4番目の扉を探索よ」

「ほわぁーっ! そ、そこは無理だよ~っ」

 足取りが軽い二木さんを先頭に、いつ出るかわからない恭介の仕掛けにドキドキしながら前進している。

 

「――出ねぇな」

 そこに溜息交じりの真人の声。

「そうだな。俺たちの目的は恭介主催の肝試しではなく、謎の女子生徒探索だったはずだが?」

「…そ、そうね」

 二木さんが気を入れ直すようにヘッドランプの位置を直した。

 恭介のトラップの数々のせいで本来の目的を見失ってたようだ…。

「楽しんでくれて俺は大満足だが」

「棗先輩、目的を忘れないで下さい!」

「悪いの俺かよ!?」

「いやまあ、恭介も悪い気がするけど」

「理樹まで二木派かよ!?」

 二木さんはというと髪を指で弄りながら

「私はどれも謎の女子生徒の痕跡かと思い調査していただけです」

「異常があれば調べる、これが本来の目的です」

 とか、誰も聞いていないのに弁解中だ…。

 

「もう出そうにねぇよ。腹も減ってきたし、そろそろ戻らねぇか?」

「真人の案に賛成だ。風呂にも浸かりたいしな」

「何? まだ目的は達成していないのよ? それに――」

 

 二木さんのヘッドランプが動く。

 そこには登り階段がランプの明かりにぼんやりと、不気味に口を開けていた。

 

「――最上階まで行かないとわからないでしょう?」

「へいへい、わかりましたよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕たちは階段を登ってゆく。

 最上階に到着し、いつもの教室が並ぶ廊下に足を運ぶ。

 

 僕たちの足音。

 僕たちの息遣い。

 

 暗闇の世界にはその音しかないとでも主張するかのように、どこまでもそれが反響していた。

 

 

 

 

 

 

「……恭介氏」

 あれ?

 珍しいことに、来ヶ谷さんが恭介の横に立ち囁いた。真剣な表情で。

「どうしたんだ、来ヶ谷?」

「気付いていないのか…?」

「ん?」

「どうして――ここに教室が並んでいるんだ…?」

 来ヶ谷さんの横顔には……冷や汗。

 

「――ッ!?」

 何かに気付いたのか、恭介がビタリと足を止めた。

「恭介?」

「おかしいぞ…おかしい!」

 周りを見渡す恭介にいつもの余裕はない。

 

「理樹、いいか?」

「ど、どうしたのさ、一体?」

「俺たちは何回階段を上った…?」

「えーっと…」

 

 理科室の後に、1回

 音楽室の後で、2回

 大玉の後で、3回

 真人が文句をいった後。

 

「4回階段を上ったよ」

「そうだ。4回階段を登ったんだ」

「つまり――」

 一息ついて、思い切ったように声を上げた。

 

「ここは5階だ」

「――4階建て校舎の、5階だ」

 

 聞いた瞬間、背中にツララを突き刺されたような冷たさが走る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 月明かりが陰り、辺りが闇に覆われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヤバイ…こいつはヤバいぞ! おまえら固まれ! 今すぐにだ!」

 みんなが即座に恭介の周りに固まる!

 

 恐怖を失いつつあった闇が、胸を圧迫する重苦しい塊と化す。

 

「俺から一歩も離れるな! 何が起こるかわからん!」

「謙吾、真人! おまえらが頼りだ! みんなを死守してくれ!」

 

 …………。

 

「恭介……け、謙吾と真人が……」

 

 どこにもいなかった。

 

「な…!」

 学校ではいつも、どこでも、どんなときでも僕たちの傍らにいる友人が、いなかった。

 

 

 ドックッ! ドックッ! ドック!ドック!!

 心臓が早鐘のように鳴る。

 怖い。

 一言だ。

 怖い。

 

 

「あいつらなら自力で戻ってこられる。俺たちは来た道を戻るぞ。いいな?」

 恭介が汗をぬぐい戻ろうとしたその時だ。

「あそこに!」

 二木さんが指を向けた廊下の遥か遠く、その闇の中。

 

 

――女の子が立っていた。僕たちを見つめていた。

――ぼんやりとしていた。

――はっきりとしていた。

――影のようだった。

――光のようだった。

 

 

「出たか…!」

 心臓を鷲掴みにされたように、僕らは凍りつくしかなかった。

 数分にも感じられた時間。多分実際は10秒ほどだ。

「あの女の子……?」

 小毬さんの蚊の鳴くような声。女の子…の後はなんと言ったのだろう。

 その少女がスッと僕たちに背を向けた。

 

「あ……っ、くっ、まっ……待ちなさい!」

「ま、待って、二木さんっ!」

「バッ…離れるな!!」

 その声虚しく二木さんが少女へ向かって廊下を駆け抜ける!

 二木さんを…

 一人にはしてはおけない!

「僕も行くよ!」

 僕も輪を抜け、二木さんの背を追いかけた!

 

「二木さんっ!」

「直枝っ」

 追いつき、二人で少女目指して走る。

「なんで距離が縮まらないの!?」

 少女は時折、まるで僕たちが追いつくのを待つかのように振り返って止まる。

 けれど僕たちとの距離は一向に縮まらない。

 それに…。

「この廊下どこまで続いてるのさ!?」

「知らないわよ!」

 全力で駆け抜けているのに廊下の端さえ見えない!

 後ろからは

「おまえら、しっかり着いてきてるかっ! 後ろの来ヶ谷はフォローを頼む!」

「任せておけ」

 リトルバスターズのメンバーの足音も近づいてきた。

 

――……ゴーン……

 

「か、鐘の音?」

 頭上から大きな音が響いた。

 

――リンゴォーン…リンゴォーン……リンゴォーン……

 

 重厚な鐘の音が辺りの空気を揺らす。

 少なくともチャイムなんかではない。

 

――リンゴォゥン、リンゴォゥン!

 

「うあぁっ!? 音が大きくなってきてる!?」

「何よこれ!?」

 耳を塞ぎ、前方を見る。

 遠くにいる少女が口を動かした。

「た   」

 た…?

 

 少女が――消えた。

 

 

――リンゴォォン! ゴォゥンッ! ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッ!

 

 

 校舎が激しく揺れ始めた!

 窓側の窓ガラスが少女のいた方向から特急列車の通過のごとく激しく砕け散る!

「危ないっ!」

「きゃっ!?」

 二木さんを教室側へと押し飛ばす!

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッ!! ピシッ…ミシッ…ミシミシメキメキメキャッ!

 

 校舎全体に走る亀裂!

「な、なに!? きゃっ!?」

 二木さんの足元に大きな亀裂が入り、尻もちをついてしまった!

「二木さんっ!」

 手を伸ばした。

「なお――」

 二木さんも僕に手を伸ばす。

 

 ガオン。

 

 二木さんの尻もちをついた床が、抜けた。

 

「え?」

 

 二木さんはポカンとしていた。

 突然絵本を取り上げられた子どものように。

 その身体が宙に投げ出された。

 

「二木さぁぁぁんっ!!」

 

 伸ばした手は空を掴み、二木さんは重力に抗うことなく漆黒の闇へと飲まれていった。

 

 僕の後ろから声が響く。

 

 

「崩れるぞッ!! ――“世界”が!!」

 

 

 ガラスを数百枚割ったような音と共に浮遊感。

 

 僕たちの意識は

 ホワイトアウトした。

 

 

 

 

―― 世界は廻る ――

 

 

 


 
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