No.151790

「絶望、希望、私、貴女」最終話:愛しき思い多く抱いて

getashさん

これで最後です。
大が出てきますが性格などは私が勝手に書いているのでそこのところは
ご了承ください。
題名はあのOPの歌を少しいじって使っています。

2010-06-19 23:37:36 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:773   閲覧ユーザー数:762

 

望は電車に乗っていた。

行き先は自分の実家である。

もちろん里帰りなどという事ではない。

自分の気持ちを知ってもらうために、愛する人と離れないように。

(約束しましたからね…)

泣いている少女を抱きしめた時に言った言葉を思い出す。

「あなたから離れない…でしたね」

望は苦笑いを浮かべる。

「決して破られる事はありませんよ」

望はそう呟いた後には何も言わずに窓から見える景色を見つめた。

いつまでも続く綺麗な景色が望を勇気づけているように見えた。

 

 

実家には久しぶりに来たが望には懐かしんでいるほどの余裕はない。

望は生唾を飲む。

ゆっくりと玄関のドアを開けた。

その先には時田がまるで来る事が分かっていたように待ち構えていた。

時田は望を見るとゆっくりと頭を下げた。

「坊っちゃん、おかえりなさいませ」

「決心はつきましたかな?」

「もちろんです、だからここに来たんですよ」

時田の問いに望は応える。

望の迷いのない顔に時田は薄っすらと笑う。

「それは素晴らしい、では坊っちゃんのご健闘をお祈りいたします」

時田は望の出した答えに気付いているのだろう。

だが時田はそれを止めるような行動はしなかった。

「時田は私を止めないんですか?」

「私は坊っちゃんの執事です。 それが坊っちゃんの考え抜いて出した答えなら止めません」

「坊っちゃん、あなたは私にとって実の子供のような存在でした、子供の幸せを願わない親など

いないんですよ…」

時田は優しく微笑む。

その顔は成長した子供を見る親のような表情だった。

「大様は、あちらにおられます…どうぞお進みください」

時田は他のドアよりも大きめのドアを指さした。

「ありがとうございます…」

望は時田に軽くお辞儀をしてドアを開いた。

 

 

目の前に広がる書類の山、鼻を刺激するインクの臭い。

嗅ぎなれない臭いに少し頭がくらくらする。

その先には椅子に座りこむ父親の姿。

「望か…久しぶりだな」

(顔を見るのは何年ぶりだろうか…)

いつになく真剣な顔の望を見て持っている書類を机に置く。

「父さん、大事な話があります」

(良い顔になったな…)

そんな事を思いながら大は優しく望に言う。

「……話してみなさい」

望はゆっくりとこれまであった事を話し出した。

望の体験した今までのどんな時間よりも充実した毎日。

一人の不思議な少女との出会い。

彼女とクラスの生徒達を中心に様々な出来事があった。

ある日知ってしまった真実…

少女と交わした約束。

「これが私を変えてくれた…大切な人と過ごしてきた糸色 望の全てです!」

望は叫ぶように言った。

「私はどんな事になってもいい、けれどもその結果で、彼女からこれ以上幸せを奪うような事があるのなら…

いくら父さんだろうと許しません!」

大は今まで見た事の無い望の気迫に驚く。

「………………………」

望の話が終わった後、大はしばらく黙っていた。

「望…お前は小さい頃本当に放っておけない奴だった…」

「私はお前を守ってやらなければならないとずっと思っていた」

大は望を真っ直ぐ見つめた。

「だがお前はいつしかこんなに立派になって、今度は自分の守るものが出来た…」

「親としてこんなに嬉しい事はないぞ!」

大は心から嬉しそうに笑う。

「父さん…」

「では、最後にお前に問う…」

大の笑顔が真剣な顔に変わる。

「お前はその少女の全てを受け入れ、一生離れない事を誓えるか?」

「もちろんです!」

望の返答に大は大きく頷く。

「いいだろう、お前の赴任の件は無しだ!」

「ありがとうございます!」

望は大に頭を下げた。

 

大は思い出したように望に言う。

「そうだ、お前に一つプレゼントをやろう…」

大は何故か悪戯な笑みを浮かべる。

「プレゼント?」

大の言葉と表情に首をかしげる。

「あっちを見てみろ」

望は大の指さす方向に顔を向ける。

「時田がいるだけじゃないですか」

向いた方向にいた時田がニヤリと笑って横に移動する。

そこには頬を赤く染めている可符香の姿があった。

「なっ!?風浦さんなんでここに」

ここにはいない筈の人物に望は絶句する。

「時田さんに呼ばれて、着いたらここだったんです」

今までの話を全部聞いていたのか可符香は恥ずかしそうに俯いている。

望が顔をひきつらせながら時田を見る

「あの…いつから来てたんですか」

時田がわざとらしく思い出すような仕草をする。

「そうですな、坊っちゃんが私と話してたすぐ後位ですかな」

「殆ど最初からじゃないですか!」

「いやー坊っちゃんも大胆ですな、知らなかったとはいえ、プロポーズしたようなもんですからな」

時田が追い打ちをかけるように言う。

「うっ……ぐぅ………」

望の顔が赤くなる。

「ワッーハッハハハハハ!」

大は遂に笑いだしてしまった。

「可符香ちゃん、今日はもう遅い、家に泊まっていきなさい」

大は大笑いをしながら言う。

「勝手に話進めないでください」

「まぁまぁ良いじゃないか望、お前も泊まっていけ」

(ああ…そういえばこの人はこんな人でした……)

望は忘れていたのだ、大は面白そうな事なら何でもやる人だと言う事を。

「何でこんなことになったんですかーーーーー!!!!」

望の叫びが虚しく部屋に響いた。

 

 

「ハァ…今日は疲れました…」

散々茶化された望は今、家の風呂に入っていた。

お湯の温度が心地よく体を包んでくれる。

今日ほど疲れが溜まっている日もあまりないだろう。

「まぁ、今日は色々ありましたが最後には一件落着ですかね」

程よく温まって湯船から上がる。

「さて、今日はもう寝てしまいますか」

寝巻に着替えて自分の部屋に向かう。

部屋の前に可符香が少し困った顔をして立っていた。

「風浦さん、こんなところでどうしたんですか?」

「あっ、先生あの…」

可符香は何かを言うのをためらっているようだ。

そんな可符香を見て望は不思議そうな顔をする。

「……?、聞いていませんでしたがあなたは何処で寝るんですか?」

「ここ…です」

可符香は少し恥ずかしそうに指をさす。

指をさす方向には望の部屋があった。

「何だ、ここですか………へっ!?」

望は思わず変な声を上げる。

確かに望の家は大きいから一つの部屋の大きさも結構あるだろう。

(だからといって同じ部屋にする事無いじゃないですか…)

そう思いながら望は頭を掻く。

「まぁそれはいいです…とにかく部屋に入りましょう」

溜息をつきながらドアに手をかける。

「えっと…あのそれだけじゃなくて」

望は可符香の言葉を言い終わる前に部屋のドアを開ける。

「こ、これは………」

部屋に布団が敷いてある。

それまではいい、布団が一枚しかない。

さらに言えばその上に枕が二つある状態である。

「わ、悪ふざけが過ぎるのでは…」

望はガックリとうなだれる。

「ま、まぁ寝ましょうか…」

「はい…」

結局二人は同じ布団で寝る事となった。

 

 

(眠れません…)

いくら望が教師といっても男とは悲しい生き物である。

すぐ隣にいる可符香を意識してしまい眠る事ができない。

頭の中では本能と理性が戦っている真っ最中である。

「先生……」

「な、何でしょう」

急に呼ばれた望はギクリと固まる。

「先生は一生離れないって言ってくれましたよね」

「うっ…掘りかえしますか……ええ言いましたよ」

少し気恥ずかしそうに望が答える。

可符香は手を伸ばして望に抱きつく。

「あの時、とても嬉しかったです」

可符香は笑いながら望を見つめる。

お互いに胸の音が聞こえてくるくらいの距離だった。

「風浦さん…」

「私、先生の事が大好きです」

可符香は満面の笑みを浮かべた後に望にキスをした。

「えへへっ…」

可符香は顔を赤らめながらさらに望に密着して照れ笑いをする。

 

プツリ………

 

望の中で何かがはじけた。

「風浦さぁぁーーーーーん!」

「えっ? ちょっと、先生!?」

望は可符香に覆いかぶさった…

 

 

そこから望はあまり覚えていない。

(何か、教師としてまずいような事をした気がします…)

「いやー図書室の時といい先生は大胆なんですね」

「今回は大胆じゃ済まないんじゃ…」

「既成事実ってやつですね!」

「それ以上言わないでください……」

望は満面の笑みの可符香に言い返す事が出来なかった。

「おや、もうこんな時間ですか、そろそろ帰らなくては」

「そうですね」

それぞれ支度をして外に出る。

望を待ち伏せしていた時田が小さな声で話しかける。

「おお坊っちゃん昨夜はお楽しみでしたな」

「なっ!?」

「ところで坊っちゃん、坊っちゃんのお部屋に仕掛けていたビデオカメラのテープがここに

あるのですが…」

「時田、あなたって人は…」

「ホッホ、中身は拝見していないのでご安心ください」

「そういう問題じゃありません!」

「先生、どうしたんですか?」

「いえ、何でもありませんよ」

隣で首をかしげる可符香に適当に答える。

「用件は何ですか…」

観念したように時田に聞く。

「坊っちゃんも分かりが早いですな 何、簡単な事ですよ」

時田は望に小さな声で言った

「幸せになってください」

「そんな事ですか」

「ホッホ、一応言ってみただけですよ」

時田は望にビデオテープを渡して家に入っていった。

「さて、行きましょうか風浦さん」

望は可符香の手を優しく握った。

「そうですね先生!」

それに答えるように可符香が手を握り返す。

二人は寄り添うように歩き出した。

空に広がる雲一つ無い空が二人を祝福しているように輝いていた…

 

 

二人が出会ったのは偶然か?必然か?

それともまた違う何かか?

表と裏、正反対の二人。

まるで磁石のように引かれ合った青年と少女。

様々な障害が間に割り込もうとしても二人は近付き、やがてくっついた。

一度くっついた磁石はもう離れる事はない。

風のようにつかみどころのない少女に唯一望まれた青年。

あの時出会ったあの場所で、来年もまた一緒に桜を眺める事を願って…

 

 

 

……『愛しき思い多く抱いて』……

何度も困難が行く手を防いだけれど、やっと手に入れた確かな思い…

「風浦さん、あなたから一生離れません」

 

 


 
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