No.151789

「絶望、希望、私、貴女」第六話:曇りのち晴れ

getashさん

この話は次の話とセットです。

2010-06-19 23:35:07 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:566   閲覧ユーザー数:562

 

春、卯月…

あの時と同じ季節。

今思えば、本当に絶望したと思わなくなったのはあの日からだったかもしれませんね…

 

 

今日は空に雲が広がっていた。

「どういう事ですか!」

望は珍しく大声をあげていた。

目の前にいるのは、学校の校長。

「だからね、君は別の学校に移ってもらうことになったんだよ」

校長は望をなだめるように言う

「私に何か落ち度があったんですか?」

「いいや、そんな事は無い」

校長は溜息を吐いて言う

「君には感謝しているよ、あのクラスの教師は君以外には勤まらないだろう…」

「だったら何故!」

校長は残念そうな顔で望に言う

「時田さんだっけ? 突然押し掛けてきてね」

望は予想外の名前に驚く。

「君の赴任を頼まれたんだ」

「何故、時田が…」

望は混乱する。

「何でも、重大な事があったらしくてね」

その言葉に望は疑問を抱く。

(何故、居場所を変えなくてはいけないほどに重大な事なのに私に先に知らせなかったんだ…?)

望はゆっくりと椅子から立ち上がる。

「校長先生、ありがとうございました、もう少し考えさせてください…」

 

(何も教えられない状態で学校を変えられるなんて御免です)

授業を智恵に任せて望は時田を探した。

(たぶん今の時間なら倫の家にいるはず…)

望は目的地に向かって全力で走っていった。

 

 

「時田、これはどういう事ですか!」

時田は望を見ても焦る事はなくゆっくりと立ち上がる。

「これは坊っちゃん、そろそろ来るころだと思っていましたよ」

時田は望に椅子を差しだす。

「さて、赴任についてのお話でしたな…」

「そうですよ、何故急に…」

「坊っちゃん、あなたは一人の生徒に好意を抱いていますな」

「っ!?」

その言葉に望の動きが止まる。

「糸色家の四男とあろうものが生徒に手を出すなど世間に知られては、大様に顔向けができません」

「それは…」

時田の目が鋭くなる。

「それが分からないくらい坊っちゃんは子供ではないでしょう!」

「………………………」

望は黙る事しか出来なかった。

反論は出来たかもしれない…

だが望は小さい頃に両親に迷惑ばかりかけていた。

糸色家の四男として期待されながら育てられ、他の兄弟と違い体の弱かった望は

親の期待に応える事が出来なかった。

出来る限りもう迷惑はかけたくない。

望の心にはそんな気持ちがあったのだ。

「坊っちゃん、今日のところはこれでお帰りください」

時田に言われるまま外に出る望。

重い足取りで学校に向かう。

 

 

気付くと望は図書室の前に立っていた。

扉を開けると准が椅子に座っていた。

准は本を読むのをやめて望を見る。

「先生、どうしたんですか? 暗い顔して…」

「少しばかり、嫌な事がありましてね…」

「そうなんですか」

准は望を見て何かを思いついたように話し出す。

「先生、一つ物語が思いつきました」

望は准の方を向く。

 

『内気なのぞむ君』

ある町にのぞむ君という少年が住んでいました。

のぞむ君は小さいころから体が弱くて家で寝てばかりいました。

そんなのぞむ君を他の子供達はいじめてばかりいました。

「やーい弱虫のぞむ、泣き虫のぞむ」

でものぞむ君は何も言えません。

甘やかされて育ったのぞむ君は言い返す事が出来ないのです。

ある日のぞむ君は友達に相談しました。

「どうしたらいじめられなくなるのかな」

友達は言いました。

「のぞむ君は一度でもいじめっ子に立ち向かった事はあるのかい?」

「そんな事出来ないよ…」

のぞむ君は俯いて呟きました。

友達はのぞむ君に言いました。

「それじゃあ何も変わらないよ」

「一度でもいいから自分の思っている事を言ってみたらどうだい?」

友達はのぞむ君をそう励ましました。

~おしまい~

 

急に終わった話に望は首をかしげる。

「まだ続きがあるんじゃないですか?」

准は笑いながら言った

「無いですよ、この話はまだ終わっていないんですけどね」

准は望を見つめる。

「この話の続きを作るのは僕じゃありません…」

その言葉で望は気付いた。

准は自分を励ましてくれたのだと。

「久藤君、この話の終わりはどんなのが良いですか?」

望は准に聞いた。

「僕は悲しい話より楽しい話の方が好きですよ」

准は笑う。

「そうですか」

望は椅子から立ち上がる。

「久藤君、一つ聞いてもいいですか?」

「なんでしょう」

「あなたは本当に心を読む事が出来ないんですか?」

「どうでしょうね」

そのどちらかも分からない返答に望はにっこりと笑って図書室から出て行った。

准は窓から外を眺めた。

空には雲が一つも無くなっていた。

(さっきまで雨が降りそうなくらいだったのに…)

准は望が出て行ったドアを見つめて呟いた。

「あの二人にはハッピーエンドが似合いますよ」

准は笑いながらさっきまで読んでいた本を読み始めた。

 


 
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