No.146333

Miraculous Answerer‐前編

黒石迩守さん

毎度の事ながら異能力ものラノベです。今回の作風には本格ミステリ的な味付けがございません。でもジャンル的には「新伝奇」。だと思っています。
 本拠地「矛盾でふらぐ。」に読みやすいレイアウトのものも用意しているので、興味のある方は、そちらにもどうぞ。
 感想とか適当にコメントを貰えると私が食いついて反応します。
矛盾でふらぐ。:http://mujundefrag.dou-jin.com/
続きはこちら:http://www.tinami.com/view/148529

続きを表示

2010-05-29 19:00:14 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:392   閲覧ユーザー数:384

【9/30まで!】彼女たちのイラスト、描いてみませんか? イベントイラストコンペ投稿サイトOLFAシークレットラボ

     1/灼なる灯し

 

 ――俺は人を殺したんだ。

「見れば、解りますよ」

 彼の言葉に彼女はそう答えた。

 新鷹あらたか)月見(つきみ)の前には、死体が転がっている。その死体は月見の高校の後輩で、月見は今はもう喋らない彼女と一緒に帰っていた途中だった。

(……結構、いい娘だったんだけどな)

 苦痛に塗れた後輩の顔を見ていると、ぼんやりと、そんな曖昧な感慨が湧いてくる。今、目の前に居る男に殺されたばかりだというのに、月見は他に何も感じない。

 仕方が無い。

 それが一番近い感想だった。この娘は、今ここで死ぬ事になっていたのだろう。だから仕方が無い。

「違う。この娘の事じゃない」

「はぁ」

 我ながら何とも気の抜けた返答をしてしまったと月見は思う。相手は人殺しだというのに、彼女には少しも動揺が無い。

「俺は、以前にも人を殺したんだ。この娘が別に初めてじゃない。大体……五人目くらいだな」

「あぁ、連続殺人犯さんですね」

 またやってしまった。意味の解らない返答だ。

 月見は自称・殺人鬼を一瞥する。

 彼には左腕が無い。右手には、後輩を殺した時に付いた血の跡がある包丁を持っている。

「えっと……あたしも殺します?」

 まだ血が滴り落ちる刃の切っ先に目線を落としながら月見は訊く。

 殺人鬼は答えた。

「いや、いや別にその気は無い。もう今日は満足したし……」

 殺人鬼は器用に包丁を持った片手で頭を掻く。

「俺が言いたかったのは、俺が真性の人殺しだって事だ」

 はぁ、と今度はもう何も考えずに月見は間の抜けた返事をする。

「言い訳する訳じゃないけど、人に殺しを見られたのは初めてで……こういう時、どうすればいいのか判らないんだ、俺は」

 普通なら目撃者を殺すんじゃないの、と月見は思ったが、その殺される人間が自分なので、面倒を避ける為に黙っていた。自分が殺される訳が無いと思っていても、会話を繋げてしまうのが怠いのだ。

「……変な奴だな」

 ぼそりと、殺人鬼が呟いた。思わずそれに月見はむっとする。

「変な奴って何ですか。そっちの方が全然変です。人殺しの癖に」

「あぁ、まぁそうなんだけど。友達が殺されたのに、何にも無いから――変だ」

「…………」

 ――それは。

 それは仕方が無い事なのだ。

 殺されてしまったのは仕様が無い。それが月見の後輩の運命だったのだろうから。だから、殺した張本人は殺したのだし、そこに何を言っても意味が無い。月見は、そう思ってしまうのだ。

 この、ともすれば壊れてでもいる様な女子高生の厭世観に、その沈黙から何も読み取れずに、殺人鬼は困り果てる。

「もしも」

 ぽつりと、月見は言った。

「もしもあたしが、この状況に何か思うなら――それは、よくて神様がムカつくってだけですよ」

 はぁ、と適当な相槌を打ったのは、今度は殺人鬼の方だった。

「やっぱり変だ」

「……うっさいな人殺し」

「別にそんな事言われても俺は傷付かないけど。怪訝しな感性だ」

 怪訝しいと言われれば、まぁ怪訝しいんだろうな、と思うしか無いのが頭の痛いところである。

 事実、月見は普通の人間ではないのだから。

 彼女は〝全燔の鏖殺(ホロコースト)〟だった。

 三年前の奇妙な出来事――彼女は世界の枠から外れた人間達の争いに巻き込まれ、自分もまた外れた。

 その事件の時に、自分と敵対した〝吸血姫〟(ブラッドサッカー)と呼ばれていた美しい女の形をした化物は、外れた存在を媒介者(ベクター)と呼んでいた。一度死に、〝文明の安楽椅子(ホモ・サピエンス)〟の世界から消える事で他の世界の可能性を得た存在と。月見は、そうなってしまったのだ。〝全燔の鏖殺(ホロコースト)〟という名を持つ媒介者(ベクター)に。

 それにより彼女は全てを燃やす事が出来る、己の知覚の裡にあるものを。だから、高が殺人鬼の一人ぐらい怖くない。

「神、か」

「え?」

「先刻言ったろ、神様がムカつくって。俺は神なんて考えた事も無い。俺は俺として自由に殺すだけだから、そんな奴は知った事じゃない」

「自由、ですか」

 あぁ自由だ――殺人鬼は言う。

「少し前に俺の中身を読み取った人が居て、その人は俺自身が気付いていなかった事を教えてくれた。この世界で俺は、俺以外になれないから己を由とすればいいんだ、ってさ。だから俺は人を殺し続けていい、って気付いたんだ」

「己を由とする……」

「そう、それが俺の名前だから」

 自由であるという事。月見はそれに不快感を覚える。

「貴方の名前……教えてくれませんか、殺人鬼さん?」

 殺人鬼は不思議そうな顔をして、言った。

「俺は己、(つちのと)己由(ゆう)だ。なんなら、君の名前も教えてもらっていいか?」

「あたしは、新鷹月見です。……自由だなんて」

 月見は目を伏せ、そこで言葉を切った。その先を口にしてしまったら、負けを認めなくてはならなくなると思ったからだ。

 ――下らない、けれど羨ましい。

 月見は、自由を口にする殺人鬼に対して、そう感じてしまったのだ。

 彼女は『運命』や『神』といったものを極端に嫌う癖に、それをどうにも出来ないと諦めて生きている。

 そもそも、その奇妙な達観を抱く様になったのは、彼女自身の能力が原因だった。『ホロコースト』という言葉。これはユダヤ教の、神への供物を焼いて捧げるという全燔祭が、その元々の意味だ。それが転じて火災による惨事、虐殺という意味を持っているが、月見は自分の能力は後者のものだと思っている。

 能力の名の意味を自分で調べた時に、月見は特殊な宗教観を持つこの国に生まれて初めて、神という概念に興味を抱いた。

 何か超越的なモノがこの世界を定めているという考え方。それは明らかに自分よりも上に居るもので、全てを決めている。そう、所詮神が創った世界に於いて、自分の事など始まりから終わりまで最初から決まっているのだ。

 この事に気付いた時、月見は全てを無茶苦茶に燃やし尽くしたくなったが、それも神の決めた事かも知れない、と止めた。あとで思ったが、どっちにしろ、自分のその選択が神の仕業なのだとしたら意味が無い。泥沼に嵌った果てに、彼女は諦めた。

 だから月見は、自由に嫉妬する。

「自由がどうかしたのか」

 殺人鬼がふと訊いてくる。

「いえ……己さんが、どうしてそこまで確信を持てるのかなって」

 他人に言われた程度の事なのに――月見は由に疑問を投げ掛ける。

「あぁ――確かにそうだな」

 変に納得した様に彼は言った。

「あの人……鼎(かなえ)さんは、不思議な人だったからな。まるで全てを識っているみたいな話を俺にしてくれた」

 いや――と由は自分の左腕があった付け根を押さえて、何かを思い出す様に言う。

「今思えば、全部識ってたんだろう、あの人は。そんな能力があったとしか、ただのヒトじゃない存在が世界に絡んでたとしか思えないな」

「ヒトじゃない……?」

「あぁ、変な話だろ? 俺は俺の事を全て把握している人に出逢ったし、俺の全てを模倣している奴にも出遭った」

 そのせいで失くしたんだよ――何処か自嘲気味に微笑いながら、由は左腕のあった場所を月見に見せた。

 どきり、と。

 その時月見は、殺人鬼を前にして初めて動悸を感じた。それは恐怖ではなく、混乱でもなく――期待だった。

「ちょ、ちょっと待って下さい。その人、己さんが会ったっていう人は、最初から識ってたんですか?」

 月見は自分以外にも媒介者(ベクター)が存在する事は知っている。だから別段、由が語る事に驚きはしない。きっと、由が遭遇したのは、何かしらの能力を持つ人間による出来事だったのだろう。

 だが、問題はそこでは無かった。

 段々と胸の鼓動が早くなるのが感じられる。今までの自分の人生で考えてきた無駄な妄想の実現が、そこにあるかも知れない。

(もしかして、出来るの……!?)

 身体が宙に浮く様な感覚がする。諦観だけの生き方をしていた月見が、期待に胸が膨らむのを止められないのだ。

「教えて下さい己さん! その人、貴方が会った人の事!」

「いや、教えてって言われても……」

「いいんです何でも。その人にあたしは会いたい……!!」

 急に浮き足立った月見に、由は困惑する。殺人を目にしたばかりの少女の奇妙な願いに対し、彼は眉を顰めた。

「まぁ、別にいいけど……。鼎だよ、その人は藤堂(とうどう)鼎。ここから少し離れたとこで、『伽藍の堂』って何でも屋さんをしてる人だ」

「カナエ……」

 月見は噛み締める様に、決して放さない様に、その名を口にする。

「変な女の子だな、本当に。そんな事を聞いてどうすんだ」

 由のその質問に、彼女は後輩の死体へ目を伏せる。

 すると、ぱち、と何かが弾ける小さな音がした。次第にその音は大きくなり、少女と殺人鬼の間に突然に熱が奔る。

 ぼうっ――と死体が燃え上がっていた。

 月見の〝全燔の鏖殺(ホロコースト)〟で点いた炎に、殺人鬼は瞠目する。これは目の前の少女がした事だと直感的に解り、そしてまた、彼女が以前に遇ったヒトではない存在に属すると解ったからだ。

「何だ……お前は」

 超越への畏怖よりも先に、目の前の華奢な少女に由は危険を感じた。雑食性の肉が焼ける異臭が鼻を突く中で、由は右手に持っていた包丁を握り直す。少しでも不審があれば殺せる様に。

「殺人の証拠隠滅です」

「はぁ?」

 予想外の返答に由は馬鹿の様な声を出す。

「己さんには、そのカナエって人のトコまで道案内をしてほしいから、警察に追われたりしたら面倒臭いんです」

 自分に真っ直ぐに向き直る月見のその眼を見て、少女が本気で言っている事が判り、由は取り敢えずの警戒を解く。

「……極め付きに変な子だ」

「変な子じゃないです、あたしは新鷹月見です」

 ふぅん、と由は燃え盛る死体を挟んで、妙に意固地な少女を見据える。大きな火の穂が一本、立ち上った。

「じゃあ月見ちゃん。訊きたいんだけど、君は何をするつもりなんだ?」

 月見の顔は死者の炎で赤らかに照らされている。その顔を向けて、彼女はとても真面目に、しかしそれ以上に突拍子の無い事を言った。

「神様を殺すんです」

     2/吸血姫の来訪

 

 瀟洒な洋館の塀に、一人の女が寄り掛かっていた。

 長く真っ直ぐに伸びた白金のブロンドに、紫水晶の様な妖麗な眼。徒でさえ浮世離れした容姿に加えて、すらりとした背格好は、彼女に踏み込み難い雰囲気の圧を加えている。一目で異邦人であると判る彼女――キルシェ=B・ティリングハーストを知る一部の人間は、彼女をこう呼ぶ。

 〝吸血姫〟(ブラッドサッカー)と。

 それは畏怖を込めての皮肉ではあるが、決して比喩等ではない。事実としてキルシェは血を吸う。

 媒介者(ベクター)の研究を行っている複合企業・オルガノンに所属し、異能者専任の終止者(クローザー)である彼女もまた、異能者の側に居るのだ――血を吸い戦う妖姫として。

 その彼女が今、その手にとてもじゃないが、似つかわしくない物を持っていた。その端麗な容姿にも纏う空気にも、はっきり言って場違いである。

 それは鯛焼きだった。

「……粒餡と漉餡の違いが判らないわ」

 明らかに近くの店で買い食いしているものである。

 キルシェは右手に半分齧った鯛を持ち、左手には持ち帰り用に箱詰めされた数匹の鯛が入った袋を持っていた。

「同じ餡子じゃない……何が違うのかしら」

 餡子の粒と漉の違いを真剣に悩みながら、彼女はまた一口鯛焼きを食べる。因みに今食べているのは粒餡だった。

『何してるのさ、キルシェ』

 ふと、塀に寄り掛かって黙々と鯛焼きを食べていたキルシェに声が掛けられた。しかし彼女の周りには誰も居ない。洋館の塀の上に、黒猫が一匹居るだけである。

 久し振りねー、ランガージュ――相手の事を知っているのか、その何処とも知れぬ声に、キルシェは全く動揺せずに答えた。

「鯛焼き食べてるの、鯛焼き。欲しい? 欲しいかしら鯛焼き? あげないわよ、ワタシのだから」

『誰もそんな事は訊いてない』

 ランガージュと呼ばれた相手は、少し苛つきを孕んだ声を出す。

『あたしは何しに来たって訊いてるんだ。それと、〝言語活動(ランガージュ)〟なんて能力名であたしを呼ぶな。あたしの名前は藤堂柘榴(ざくろ)だ』

 キルシェは残った鯛焼きの尻尾を口に咥えると、ふぅん、とその紫色の瞳を塀の上の黒猫に向けて言った。

「猫なのにファミリーネームを名乗るのね。全く、カナエも何考えてんのかしら、自分の監視役に名前なんか付けちゃって」

『煩いな。いいから答えなよ』

「あ、ちょっと怒った? 折角貰った名前を貶されて怒った? ザクロちゃんってば向きになっちゃって、かーわーいーいー!!」

『……もうすぐ還暦の癖に何を若振ってんのさ、ウザさに拍車が掛かってるよ』

 自らを藤堂柘榴と名乗った黒猫は、キルシェに対して冷たい目線を送る。尤も、キルシェが猫のそれを読み取れたかは不明だが。

 キルシェは新しい鯛焼きを食べながら答えた。

「肉体年齢なんてワタシみたいなタイプの論理兵装(ロジカルアームズ)には関係無いわ。歳取らないし、ワタシはずっと二十代っ!」

 だから綽名が〝吸血姫〟なのよー、と彼女は皮肉気に微笑う。

『あたし達と違って、科学が意図的に生み出した化物ってだけだろ。しかも適当な推論で造ったとかいうさ』

 呆れた様に言う柘榴に、化物と呼ばれたキルシェは綽々と答えた。

「厳密には、偶然見つけた生体金属で人体実験を色々やってるってだけよ。それで理論体系が無いのに出来ちゃったものを、困ったから論理兵装(ロジカルアームズ)なんて呼んでるだけ。意図的って言うより、研究の副産物よ」

『ふぅん。で、その兵器さんは結局何しに来たのさ。そっちの主な仕事は、管理出来ない媒介者(ベクター)狩りだろ』

「よく判ってるわね、そうよ。だから来たの」

『……は?』

 キルシェの言っている事が理解出来ず、柘榴は虚を衝かれた様な声を出した。

「だから言ってんでしょ。媒介者(ベクター)が居るのよ、近くに」

 いつの間にか持っていた鯛焼きを全て平らげていたキルシェは、手に付いた汚れを叩きながら言う。

「ホロコーストって名前の放火女がね、カナエを狙ってんの」

 キルシェの口振りは相手を知っているものだが、それは決して好意的なものでは無い。表情こそ余り変わっていなかったが、紫の瞳は据わっていた。それとして、柘榴は訝しげに眼を細める。

『狙うって……何でカナエの事を知ってる奴が居るのさ? そもそも情報は会社から漏れない様にしてあるんだろ』

「そうなのよねー。カナエについては能力が能力だから、ワタシが全部機密扱いにして情報を閲覧禁止にしてる筈なんだけど。それに、見るにしてもワタシを通さないといけないから、見た奴が居たら判る筈なのよ」

 なのに、とキルシェは一拍強調して言う。

「それがバレてる。しかもよりによって、三年前に大暴れした放火魔――新鷹月見にね」

『そいつがホロコーストってベクターの能力者?』

「えぇ、そうよ。三年前にケリを付けたと思ったんだけどね、ずっと大人しくしてたし。それが今更になって、カナエを狙ってるなんて情報が入ってくるもんだから吃驚したわ」

 あーやだやだ、とキルシェは頭を振った。

『その、ツキミって奴は何でカナエを狙ってるのさ?』

 柘榴の質問にキルシェは「さぁ?」と肩を竦めて素っ気無く答える。

「知らないわ。原因があるとしたら、カナエの道楽でしょ。何か心当たり無いかしら、ランガージュ? 一応、カナエの監視役でしょ」

 言われて、柘榴は思い出す様に首を傾げ、

『…………』

 沈黙の後に、にゃー、と一度鳴いた。

「誤魔化したわね」

『違う。寧ろあたしは心当たりが多過ぎて困ってるんだ』

 柘榴の言葉に、はぁ、と呆れた溜め息を吐きながらキルシェは髪を掻き上げる。

「やっぱりカナエの方だったのね。全く、軟禁状態だからって暇潰しも程々にしてほしいわ」

 はあぁ、と今度は大きく疲労の溜め息を吐くと、ザクロちゃーん、とキルシェは如何にも適当な具合に言った。

「カナエが狙われる理由だったら、多分本人に訊いた方が早いわよー」

 それに対し柘榴は黙ってくるくると喉を鳴らす。キルシェを鼎に会わせるのに少し悩んでいた様だったが、やがて、仕方が無いとでも言う様に項垂れた。

『中に入りなよキルシェ。いつまでも外に居たって意味無いだろ』

 とん、と柘榴は塀から降りるとキルシェを敷地の方に誘う。お邪魔するわ、と彼女はそれに付いて行った。

 あ、そうだ――中に入ろうとしたキルシェが、思い出した様に言う。

「忘れてたわ。ランガージュ、一つお願いがあるの」

『何?』

 キルシェは『伽藍の堂』という屋号の洋館の扉を指差し、言った。

「鍵、開けて頂戴」

     3/懐古と現状と

 

「ぶっちゃけ、アンタのせいよ」

「挨拶も無いのに御挨拶だね」

 放る様なキルシェの言葉に、伽藍の堂の主――藤堂鼎は答えた。

 洋館の雰囲気に合わせたアンティーク風の椅子に、同じ意匠の机。その上にはウィスキーボトルとグラス、水とロックアイスが置かれ、キルシェと鼎は対面で座っていた。

 鼎はゴシックドレスを着込み、その口元に微笑を浮かべている。その派手なドレスは、特に礼装の意味合いがある訳でもなく、ただ単純に趣味で着ている様だ。この洋館に軟禁されているも同然の鼎は、楽しみが少ない事もあるのだろう。

 しかし、着飾る事を楽しんでいるであろう彼女の容姿には、一点だけ奇妙なところがあった。

 目隠し。

 鼎は視界を閉じていた。

 彼女は特に眼が悪い訳ではない。その顔が醜い訳でもない。だがそれでも、彼女は世界を見る事を封じなければならない理由があった。

 そして、その理由をキルシェは知っている。

「御挨拶なんてよく言うわ。グノーシスの貴女なら、ワタシの一言で大体の事が解るでしょ」

「それでも久し振りに会ったんだから、会話を楽しむ事ぐらい構わないじゃないか」

 気怠そうに言うキルシェに、鼎は眉を下げて困った様に苦笑した。

 鼎の持つ能力――〝天啓の万象(グノーシス)〟は、簡単に言えば『識る』事が出来る。己で見聞きしてはいない事でも、ヒトの知覚能力を超えた枠から世界を視る事が出来るのだ。

 キルシェの言う通り、ただの一言でその繋がりを辿って、大まかに事の核心を落としてしまう。藤堂鼎という女は、凡そ全てを知っている存在であり――故に、世界を殺す可能性でもあった。

 鼎をそうさせたのはキルシェだ。十二年前に彼女を巻き込み、そして媒介者(ベクター)となった彼女自身から自由を奪う事を頼まれた。

(負い目……なのかしらね)

 鼎は過去の事を全く気にしていない。好きだと語る世界から、己を禁としなければならなくなったのに、その原因の一端である筈のキルシェに何も言わないのだ。逆に『何を気にしてるんだい?』と理解されない始末だった。

 だがそれでも、どうしても、キルシェは鼎相手に対等な関係を築く事に、心理的に抵抗を抱いてしまう。そのせいか、どっち付かずでぶっきらぼうな態度を取りがちになっていた。

 キルシェはグラスに大きめの氷を三つ放り込み、ウィスキーを注ぎながら言う。

「殺されるわよ、このままじゃ」

「心配は無いよ、このままで」

 鼎の泰然とした物言いに、キルシェは眉を顰めながらグラスを口元に運ぶ。鼎もグラスにウィスキーを水と一対一で注ぐと、一口飲んだ。

「解ってんなら教えなさいよ。そもそも何でアンタの存在が感付かれたのか。原因はそっち以外に考えられないのよ」

「以前、ちょっと人殺しの子と関わってね。その子が、その月見君と接触したみたいだ」

 ところで、と鼎は言う。

「月見君が私を殺したがっている事は解っているけど、その理由が解らないんだ。彼女はどんな子だったんだい?」

「どんなって……可愛かったわ、血を吸わせて欲しいぐらいには」

「君のカーミラ的私見は要らないよ。そんな事を言っているから恋人が出来ないんだ」

 うっさいわねー、とキルシェは鼎から目を逸らす様にグラスを呷る。

「ワタシには恋なんてモノは無いのよ。生まれた時から研究所のモルモットだったんだから、人並みなもんを持ってる訳が無いでしょ」

 グラスに新しくウィスキーを注いで、キルシェはまた一口含む。それに合わせて鼎は言った。

「けど、君の初恋はその研究所の研究員だね」

 キルシェは咽せた。

「な、な、な、何をいきなり言ってるのよっ」

「あれ? 違ったかな」

「合ってるわよ! 合ってるけど何で知ってんのよ!?」

 あぁ、失礼、と鼎はふと思い至った様に言う。

「どうもお酒が入っているせいか、知っている事と識った事がごちゃごちゃになってるみたいだ」

「赤くもない顔でよくそんな事が言えたわね!」

 キルシェは怒った様に言った後、溜め息を一つ吐いた。彼女は疲れた顔でシガレットケースを取り出すと、煙草を一本咥えて火を点ける。深く吸い込み燻らせ、静かに吐き出された紫煙に乗って辺りに桜桃の香りが広がった。

 それを嗅いだ鼎が懐かしそうに言う。

「相変わらずだね、その煙草も」

「ん? あぁ、そうね。もう四十年ぐらいこれを吸ってるかしら」

「私と遇った十二年前よりも前だね。あの頃と違って、私は大人になったけど、キルシェさんはずっと同じだ」

 変わらないね、と鼎は言う。

 変わんねーわ、とキルシェは言った。

「まぁ、恋の仕方も変わらずに乙女なままみたいだけど。幾らまともな少女時代が無かったからって、いつまで引き摺るんだい?」

「死ぬまで引き摺ってやるわよ畜生!」

 自棄っぱちである。

 さて、と鼎は間を執り成して言った。

「キルシェさんはとどのつまり月見君の事は何も解らないみたいだね」

「当たり前よ。殺し合っただけなんだから」

 三年前の記憶を探っても、キルシェに思い出せる新鷹月見の印象は殆ど無い。ただの少女だった月見が、巻き込まれる事で媒介者(ベクター)としての能力を手にしてしまい、それがその場に居た誰よりも強いものだったというだけ。

 少女のした事は少ない。燃やしただけだ――感情と理性で、怒りと意志を。

 キルシェはそれに相反して気に喰わなかっただけなので、特に何かを知っているという程の事は無い。寧ろ何も知らない。

「あの後、ツキミがどうなったかなんて尚更ね。想像しようとも思わなかったもの」

「成る程。月見君が私を狙うに至る理由なんて、知る由も無いね」

「その通りよ。ところで灰皿無いかしら?」

 キルシェは灰が落ちそうになっている煙草を見せながら鼎に訊く。

「あぁ――済まないけど、空いたグラスにでも入れといてくれないかな。今違うグラスを持ってくるよ」

「いいわよ、この一杯で終わりにするわ」

 キルシェはそう言うと、グラスの残りを一気に飲み乾す。そして空になったグラスに灰を落とすと、水に浸かって音を立てた。

 その、火が消えた瞬間。

「――そうか、全燔祭(ホロコースト)だったか」

 鼎は、納得した様に短く言った。

「は?」

「いや、月見君の能力の名は〝全燔の鏖殺(ホロコースト)〟だったね」

「そうよ。それがどうかしたのかしら」

「そうだね……彼女が私に繋がる理由が解ったかも知れない。だから殺人鬼の彼からの情報だけで、私を殺そうと決心したんだろうね」

「全っ然、話が見えないわ」

 不満そうに言うキルシェだが、鼎が物を見ている位置は明らかに自分と違うので、半ば呆れに諦めを混ぜていた。

「ツァラトゥストラは斯く語りき、という事だよ。彼女は一人で神の特定にまで辿り着いたんだろうね。うん、面白い」

「何言ってんのかちゃんと説明してほしいわー」

「多分、月見君は私と話をしようとする筈だよ。殺すのは確認が取れてからだね」

「あぁ、もういいわ。結論だけでいいわ、勝手にして」

 もうまともに鼎の言っている事を聞く気が失せたキルシェは投げ遣りにし始める。その隣で、鼎は思い付いた様に言った。

「そうだ、お茶会を開こう」

     4/前脚の砂掛け

 

『気に入らない』

「来た早々何さ、柘榴ちゃん……」

 霧澤(きりさわ)有栖(ありす)は、勝手に自宅に上がりこんだ猫――柘榴に眠そうに答えた。

「折角寝てたのに、別に今日は何も鼎さんは予定無かったっしょ」

 狭いアパートの部屋で寝起きの目を擦りながら、有栖は起き上がった。左目だけを寝惚け眼に開き、彼は手探りで机の上に置いてあった眼帯を掴むと、右目に付けた。

『そのカナエから呼び出しだよ。お前が必要だってさ』

「俺が? 何でさ」

 自分が必要とされる事は特に無いだろうに――有栖はぼんやりと思う。彼自身も〝忘却の澪(レテ)〟という能力を持っているが、それは鼎の能力と比べると下位互換と言っても仕様が無い『過去を視る』だけのものだし、そもそも有栖は媒介者(ベクター)ではない。

 昔事故に遭った時に右目を失明した彼は、一緒に巻き込まれ死んだ兄の角膜を移植された。その眼――即ちが兄が媒介者(ベクター)だったのだ。

 数奇と言えば数奇な運命だろう。だが、彼自身はもう右眼とは折り合いを付けている。その切っ掛けを与えてくれたのが鼎であり、伽藍の堂で働く事になったというのは、また数奇ではあるが。

『別に、お前の能力が必要って訳じゃないみたいだよ』

 柘榴は妙に不機嫌に言った。窓の桟に座り込み爪を立てて、かりかりと引っ掻いている。来た時にいきなり言った『気に入らない』事があるのだろうか。

(……ってか、何が?)

 もしも自分の事だとしたら豪く理不尽である。

「あのさ、柘榴ちゃん。窓枠傷付くから、出来れば引っ掻くの止めて欲しいんだけど」

『…………』

 余計に爪に力を入れ始めた。

「ちょ、止めて! 敷金引かれちゃうから傷付けないで!」

 有栖が慌てて柘榴を抱き上げようとすると、彼女はそれを躱し、するりと有栖の脇を通り抜けた。そのまま有栖が寝ていた布団の上で丸まり言う。

『あたしは暫くここに居る。お前はさっさとカナエのところに行きなよ』

「いや、あの何言ってるんすか柘榴ちゃん。ってか、家のアパート動物禁止なんだけど……」

 手を引っ掻かれた。

「痛ぇ!? 何すんだよ、俺何か悪い事したか!」

『うっさい。あたしは堂に今は帰りたくないんだ』

 んん、と有栖は手の傷を押さえながら訝しむ。どうやら、柘榴の言からすると、気に入らない事は伽藍の堂にある様だ。

 鼎と柘榴の仲はとても良い。良いから特に喧嘩もしない、というよりも互いに互いを解っているので、軋轢が生じ様が無いのだ。

 有栖は堂で働き始めてまだ日が浅いが、それでも二人の関係が拗れる事は有り得ないと思う。それがどうしてか、今の柘榴は家出少女宜しく帰りたくないと言い始めていた。

「……嫉妬か」

 がばっ、と柘榴は物凄い勢いで起き上がった。

『何だって?』

「柘榴ちゃん、嫉妬してんなぁ? 堂に誰か来てて、それで鼎さんが独り占めされてっから面白くないんだろ?」

『違う。いや、人が来てるのは合ってるけど、別に嫉妬なんかじゃない。ただ、あたしはあの女と馬が合わなくて、カナエが仲良くしてるのが気に入らないだけだ』

「世間じゃそれを嫉妬って言うんだよ」

 柘榴が本気で言っているとしたら、素直じゃないを通り越して天然である。あの女とやらが余程気に入らないのか、柘榴はそちらにばかり意識が向いてしまっているらしい。

『いいからあたしは放っておいて。お前はカナエが呼んでるんだから急ぎなよ』

「んー、別にいいけどさぁ」

 自分が呼ばれる理由が今一解らない。柘榴の言葉の端々から推測するに、どうやら来客の女性は鼎の知り合いらしい。その知り合いが来ている状況で、自分の必要性が何処にあるのだろうか。

 柘榴を使いに出してまで――彼女にはそれが気に入らない事だったのかも知れないが――呼び出されても、やる事など無いだろう。

 いや。

 違うのだ。

(正直な話……ぶっちゃけ不安、なんだよな)

 あの鼎の知り合いなんてモノは初めてだから、単純に有栖は本能的に拒んでいただけである。しかも何も予定が無かった日に、わざわざ呼び出しを掛けてきた。碌な予感はしない。

 一人じゃ心許無いから誰か連れが欲しいなぁ――当然、それは柘榴なのだが。その当人はここを動きそうにないので、どうにかして煽らなければならない。

 狡っ辛い事を考えていた有栖は、柘榴を横目で見ながら言った。

「……鼎さんに今の柘榴ちゃんの事、話しちゃおっかなぁ。柘榴ちゃんがこんなに嫉妬してるって知ったら、きっと鼎さん喜ぶだろうなぁ」

 にやにやしながら有栖が言うと、柘榴は身を低くして軽く唸った。

「あ、怒った」

『アリス……あんまり調子に乗るなよ』

 柘榴は有栖に眼を合わせじっと見つめてくる。ちょっと怖い。思わず有栖は気圧されて退いた。

「や、いや別に、今のは軽い冗談で」

『……いいよ』

「は?」

『あたしも行くよ。大方、あたしをここに居座らせない為の発破みたいなもんなんだろうけどさ』

 ばれていた。

 だがしかし、柘榴が付いてきてくれるというだけで、有栖は精神的に大分楽になる。何ともまぁ、矮小な目論見ではあったが、上手くいく事はいったのだ。

 ただ、と柘榴は言った。

『苛ついてるあたしを揶う様な事を言った責任は取ってもらうよ』

「……責任?」

 有栖は、その言葉を疑問というよりも、ただ反復しただけだった。一つ間が遅れて有栖は、言われた事を理解する。

「え、いや。いや、ちょっと待とうぜ柘榴ちゃん?」

『待たない』

 柘榴は有栖が動揺している間に、身軽に手頃な高い位置に移動する。そして、その縦長の瞳孔の眼を細めて言った。

『あたしの爪は痛いぞ?』


0
このエントリーをはてなブックマークに追加
0
0
1
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択