No.128924

その瞳に映りし者 第19話

madokaさん

小説「その瞳に映りし者」の第19話です。
シュテインヴァッハ家の長男ヴィトーの思惑とは一体…。
新たなる難題が浮上し、急展開をみせます。

2010-03-08 23:09:18 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:469   閲覧ユーザー数:459

                               その瞳に映りし者

                               ~第19話 螺旋~

 

 アカシアの花が咲き始めた頃…

シュテインヴァッハ家では、市長ならびに貴族たち数名が訪れていた。

先日、長男ヴィトーが、多額の寄付金を贈呈したためである。

市長たちは、ヴィトーにそれぞれ礼を述べた。

「今回の件、誠に有難うございました!さすがは、世に名だたるシュテインヴァッハ家ですなぁ…これほどの寄付をしたご貴族は、他におりません。本当に、心から礼を申し上げます…」

「礼を言われるほどのことではありません…この国に住んでる者として、当然のことをしたまでです」

ヴィトーは、落ち着いた口調でそう述べた。

「いやいや、それがなかなか…このご時勢ですし、簡単に出来ることではございませんよ…あなたは、この屋敷の当主としてふさわしい立派なお方だ」

市長は、ヴィトーを褒めちぎった。

すると、市長と同行してきた他の貴族たちも続けてこう言った。

「近頃は、貴族といっても名ばかりで…表では、優雅な生活をしているように装ってはいても、実際は没落貴族である場合も多くて…」

「そうそう…例えば、あのソユーズ家でも…」

「ソユーズ家…?」

ヴィトーは、その話に注目した。

「ええ…噂では、かなり状況は良くないようです…屋敷の当主が病気で亡くなってから以降…家計は、だんだんと苦しくなっているようで…」

「これこれ、あまりそのようなことを言うものではありませんよ」

隣の貴族に阻まれて、話は中断した…。

「そうなんですか…まったく知りませんでした それは大変ですね…しかしなぜ、土地を売ったりはしないのでしょう…かなり広大な土地を所有しているようだが…」

更に誘導するようにヴィトーは、問いかけた。

「現在の主、ローズ・マリーさまは、ご主人の大切にしていた土地を売るのは忍びないと思っているようです…やはり貴族としてのプライドもありますしね」

「なるほど…」

ヴィトーは、納得したように頷いた。

そして、市長らが帰ったあと、ヴィトーはすぐにソユーズ家の弁護士を屋敷に呼び寄せた。

 

 弁護士は、何を言われるのかとヒヤヒヤしながらシュテインヴァッハ家にやってきた。

「一体、どのようなご用件でしょうか、ヴィトーさま…」

「突然、お呼び立てして申し訳ない…実は、あることを耳にしましてね」

「あることと言いますと…」

「あなたの仕えているソユーズ家は…現在、かなり家計的に苦しい状況にあるとか…先日、次女のジュディ嬢が早急に婚約されたのも、資産家のフォード家と縁組をしたかったからだと噂に聞きましてね…それが事実なのかどうか、直接あなたに尋ねたかったのですよ…」

「そっ…それは…」

弁護士は、思わず絶句した。

「わたしは、ソユーズ家の弁護士ですよ…守秘義務というものがあるので、そのことにはお答えできません」

「確かにそうでしょう…しかし、否定なさらないところを見ると、案外事実なのではないですか」

「あなたは、わたしにどうしろと…?ソユーズ家は代々続く名門ですよ…それは、ただの噂にしか過ぎない…苦しい状況なワケがありません」

弁護士は、汗を吹きながらそう答えた。

「あなたが真実を述べないのなら…直接、ソユーズ家に訪ねるしかありませんね」

「なぜ、そのようなことを…」

「実は、わたしはそれが事実なら…ソユーズ家を是非ともバックアップしたいと思ってましてね…経済的にも…すべてにおいて…」

「ヴィトーさま…あなたは一体何が目的なのですか…確かにシュテインヴァッハ家は、この国で唯一無二の存在…その時期当主でもあるあなたなら、出来ないことはないでしょうけれど…だからといって、なぜソユーズ家に、それほど肩入れしようと…」

弁護士は、そこまで関心を示すヴィトーの言動が不思議でならなかった。

ヴィトーは、一呼吸おいてこう言った。

「興味が湧いたのですよ…ソユーズ家に対して…」

「は……?」

弁護士は、フッと笑ったヴィトーの表情をみて、内心怖ろしく感じた。

 

 しばらくして、ヴィトーはソユーズ家を訪れた…。

突然の、ヴィトーの訪問にローズ・マリーと二人の娘達は驚いた。

「一体、どうされたのですか、ヴィトーさま…突然の訪問、驚きましたわ」

「急に訪ねてきて、申し訳ない…驚かれるのも無理はありません…実はある噂を聞きまして、それが事実かどうか確認しにきたのです」

「あること…それは、どのような…」

ローズ・マリーは心配そうにヴィトーに訪ねた。

ヴィトーは、ローズ・マリーに先日聞いた話を打ち明けた。

しばらく二人の話は続いたが…やがて、リリアが部屋に呼ばれた。

リリアは、正直ヴィトーに逢いたくなかったが、仕方なくドアをノックした。

「失礼します…」

リリアが部屋に入ると、ローズ・マリーが深刻そうな顔をして、座っていた。

「お母様、お呼びでしょうか…」

「ええ…そこに腰掛けてちょうだい…」

「あ…はい…」

リリアは、嫌な予感がしつつも傍にあった椅子に腰掛けた。

「実はね…先程、こちらにいらっしゃるヴィトーさまから、ある申し出があったのよ」

「ヴィトーさまから…?」

リリアは、ヴィトーに目をやった。

ヴィトーは、何も言わずに座っていた。

「ヴィトーさまは、うちの経済状態を心配して、あなたと…結婚を…」

「えっ…私と?!」

リリアは、ローズ・マリーの言葉に耳を疑った。

(まさか…いくらなんでも、結婚だなんて…)

「ヴィトーさまは、名門シュテインヴァッハ家のご長男…あなたは、ソユーズ家の長女…縁談としては、申し分ないのだけど…あなたは、誰か好きな方が他にいるのでしょう」

「……」

「わたしは、あなたの幸せを何より優先したいと思っているの…もし、どなたかと付き合っているのなら、正直に言ってちょうだい」

「お母様…ソユーズ家は、そんなに金銭的に困っているのですか…」

「いいえ…大丈夫…あなたが心配するようなことはありませんよ」

「マダム…正直におっしゃられた方がいい…ごまかしても、いずれわかってしまうものですよ」

ヴィトーは、冷たくそう言った。

リリアは、我慢できずに、ヴィトーに向かって訴えた。

「ヴィトーさま…このような手段をとるなんて、卑怯だと思います!母は身体が弱いんですよ…それをわかってて、急にそんな申し出をしてきたのですか…私は、あなたとは結婚しません…私には他に好きな人がいますから」

「それは、ジュリアンでしょう…わかってますよ」

ヴィトーは冷静にそう応えた。

「わかっているなら、なぜ…わざわざ、そのようなことを…」

「わたしは、マダムに提案したのです…傾きかけたこの屋敷を潰したくないのなら…時期当主であるわたしと、手を組んだ方がよいとね」

「そんな…母を脅したのですか?」

リリアは、ヴィトーの真意が理解できなかった。

「脅しではありません…ただの提案です…少なくとも、ジュリアンよりは、わたしの方が、あなたに相応しいと思うが…」

「ヴィトーさま…あなたって人は…」

冷静に大胆なことを言うヴィトーに対し、リリアは困惑した。

母の狼狽振りをみると、ヴィトーの言っていることは嘘ではないのだろうと思えた。

しかし、だからといって…このまま、この冷たい男と一族のために結婚するなど、とうてい出来るものではない…。

リリアが困惑しているのをみて、ローズ・マリーは助け舟を出した。

「ヴィトーさま…リリアには、付き合っている人がいるのです…二人を、一族の事情で引き離すことは出来ませんわ…どうか、今日のところはお帰りください」

「マダム…あなたは現実がわかってない…このままでは、本当に屋敷の広大な土地や…しいては、この屋敷も人手に渡ってしまうかもしれませんよ」

「それは、わたしが何とかしますわ…」

「…わかりました…今日のところは退散しましょう…しかし、ソユーズ家のことを考えるのなら、わたしの申し出は決してマイナスではないはずだ」

ヴィトーはそう言い捨てて、席を立った。

 

ヴィトーが屋敷を出るとき、ジュディとばったり出くわした。

「ヴィトーさま…」

ヴィトーは、ジュディと目が合うと、ゆっくりと一礼して何も言わずに出て行った。

その後ろ姿をジュディは、ジッと見ていた…。

そんな矢先のことだった…。

突然、バタン!と大きな音がした…慌てて、一同が部屋に向かうと…

そこには、ローズ・マリーが倒れていた。

「お母様っ!…」

リリアとジュディは、すぐにローズ・マリーの傍に駆け寄った。

「お母様、しっかりして!誰か…誰かすぐにお医者さまを呼んでちょうだい」

リリアが叫んだ。

 

 主治医が呼ばれ、処置をして出ていったあと…

リリアとジュディは、ベッドに横になっている母を心配そうに見ていた。

ジュディは、ポツリとリリアに尋ねた。

「ねえ、お姉さま…ヴィトーさまは一体お母様に…なんておっしゃってたの…」

「この屋敷が危ないって…家計的に苦しい状態だって言ってたわ…」

リリアの言葉に、ジュディは困惑した。

「そんな…嘘でしょう!信じられないわ…今まで、そんなこと微塵も感じたことなかったのに…じゃあ、お母様はそのことを知ってて、私たちに隠していたということなの」

「たぶん、そうでしょうね…きっと心配させたくなかったのよ」

リリアは、力なくジュディにそう言った。

「それで…ヴィトーさまは、お姉さまにはなんと…」

「突然、結婚を申し込まれたわ…」

「え…結婚?!」

ジュディは、その言葉に絶句した。

ヴィトーのことはあきらめたとは言え、やはり結婚となると話は違う…

なぜ、今頃姉にプロポーズを…しかも、こんな形で…

「お姉さまは…お受けするつもりなの…」

「まさか…受けるわけがないわ…私には、ジュリアンがいるのよ…」

「そうよね…でも、向こうは本気なのでしょう…」

「たとえ本気であっても…あんな卑怯な男…私は絶対に嫌だわ…」

リリアは、わなわなと身体を震わせた…。

「お母様は、心労がたたって、お倒れになったのね…もともと身体が弱いのに…」

ジュディは、顔色の悪い母を、心配そうにみつめた。

「……」

リリアは、何もしてやれぬ自分を不甲斐なく思った。

そして、部屋に戻り、ジュリアンに手紙をしたためた…。

内容は、ヴィトーがソユーズ家を訪れ、自分に結婚の申し込みをしたことについてだった…。

自分でもこれを読めば、ジュリアンが心配することはわかっていた。

だが、今のリリアは一刻も早く、ジュリアンに逢いたい気持ちでいっぱいだった…。

リリア自身、すでに心が折れそうになっていたのだ。

(ジュリアン…あなたに逢いたい…どうか、私の傍にいて…そして話を聞いてほしい)

リリアは、そんな一心で手紙を投函した。

 

 リリアから手紙を受け取ったジュリアンは…

手紙を読んで、その内容に驚いた。

「ヴィトーが、そんなことを…一体、あいつ何考えてるんだ!」

ジュリアンは、急いで仕度をして、家を出た。

再び、あの男と対峙する日が近付いていた……。

 


 
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