No.121964

マジコイ一子IFルートその6

うえじさん

マジ恋IFシナリオです。本当はこれでファイナルにしようと思ったんですが、あまりにも長くなってしまったんでとりあえず6で。。。
百代さん、なんか化け物になってます(汗

2010-02-02 04:01:18 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:2195   閲覧ユーザー数:2101

―10分前―

「ハァ……ハァ……」

 会場への道のりを二人で歩んでいく。静かな廊下には苦痛とも疲労ともとれる荒い息づかいだけが響いてくる。

「…………」

 大丈夫かワン子? などとは聞かない。もはや彼女への気遣いはただの迷惑となるだけだ。それを知っている大和はただ彼女の肩に回した腕にそっと力をこめるだけだ。

 審判がこの状況を見れば即刻試合は取り消しにされかねない程の状況。彼女はもう、彼に支えてもらわなくてはろくに歩けもしない状態だった。

(……意識…を、保たな…きゃ……)

 身体に気を配る余裕もない。全身にくまなく広がった数々の傷は痛みという刺激をもって彼女の精神をかろうじてひきとめている。それだけが、唯一の救いではあった。

(大和の……作戦……)

 もはや彼女に十分な思考能力は残されていない。青ざめて不自然なまでに冷たい肌、ところどころ感触の違う大きな痣、歩くたびに不気味に鳴り響く歪な音。その容器からも限界は垣間見れる。崩壊を予期させる一子の身体。

 そして疲弊しきった身体の前に、その中枢たる精神面が壊滅的な状態になっていた。

(…お、ねぇ…さま……)

 もとより修行中の未熟な身。ここまで過度の戦闘を繰り返してきて大丈夫なはずがなかった。むしろここまでやれていること自体が奇跡と思えるほどだ。

 いくら頑張っても力が入らない。

 集中しても意識が拡散していく。

 まるで壊れたプラモデルみたいだと彼女は思う。もはや動くことも期待できず、その外見も見れたものではない。きっと今の私はそんな感じなんだろうと。

 それでも彼の作戦だけは覚えている。今まで誰よりもそばにいてくれた人のとっておきは決して忘れない。今この状況で彼女らを繋ぎとめているものはこれだけなのだから。

「ワン子……」

「わか…ってる、わ。やま……と」

 既に瀕死の状態にも関わらず彼女は全身に覇気を漲らせていく。あたかもそれまでの自分が偽りで、敵を欺くために演技していたのだとでも言わんばかりに。

 これが彼女、川神一子の生きざまである。

 決して万全でなくとも臆することなく、相手が誰であろうと侮らずに正々堂々と全力をもって臨む。

 自身に『勇』の信念を刻むものの誇りである。

 故に彼女に細工などなく。

 策は相手を倒すための小細工でもない。

 この後に待ち構えるであろう無双の武術家はおそらく気がつかないであろう。

 

「……全力をもって勝ってくるわ!」

 己を驚かせることとなるその相手が、なんら秘策を施したわけではないことを。

 

「勇往邁進っ!!!」

 

 そして彼女の策は無事始動することに成功した。

「クハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」

 目の前には鬼へと変貌を遂げた一人の女がいる。

(…………グッ!)

 それまで徹底的に強固となっていた彼女の内面がわずかに揺れる。

 もはや比較する意味すらない。だれが見てもはっきりと理解できる程に、その鬼神の存在は大きすぎた。

 あまりにも規格が違いすぎる。まず動いたのは審判たる鉄心であった。

(く……、一子の未知性に一瞬判断が鈍ってしまったわい!)

 考える速度と同じ速度で武神は鬼神を抑えにかかる。

「もはやこれは試合云々の次元ではないぞ百代!!!」

 言い終えるより先に中空に巨大な気配が浮き上がる。

「クソッ!」

「間に…合えっ!」

「…なんという!」

 それと同時に結界を張る師範代候補たちはその出力を限界以上まで引き上げる。

 あまりにも非常。ゆっくりと思考が働く場面であれば心臓が止まりかねないほどの局面に、しかし彼らはそんな猶予さえもらえず、本能レベルの反射作業で気の結界を極限状態まで練り上げる。

 冷や汗などかく時間などない。この後何が起こるかさえ考えずに、今はただ結界の外に注意をそそいだ。

 その外野たる席では誰ひとり動くことができなかった。ある者はあまりの怖気に全身がふるえ、またある者はその未知の恐怖に意識がなくなり、またある者は呼吸ことすらできなかった。

 常人でも確かにわかるほどの気迫。それは野生の原野で猛獣を前にした時のような死への戦慄と同じであった。

 1秒後の安全が保障されなくなった世界。希望が抱けない程に濃密に会場を覆う絶望。その目には見えない圧迫は、風間ファミリーにも等しく伝わっていた。

「な……モモ先輩!?」

「まずいです、先輩完全に我を見失っています!!!」

 キャップが思わず叫んだ時、彼らを守るようにファミリーの京とまゆっちが前へ出る。その手にはそれぞれ得意の得物を携帯し、臨戦態勢のまま前を見つめる。

「これは本当に危険だよ……ワン子」

 

 

「はぁぁぁぁぁ……」

 百代の意識がこちらに向く前に鉄心は先制攻撃に入る。

「顕現のさ……」

 

「ジャマダ」

 

「っ!!?」

 一閃。

彼女は振り向きもしないで祖父を打ち砕く。鉄心の攻撃が出る前に百代の放った光線はもろとも消し飛ばした。

 武神と言われ、彼と渡り合えるものはいないとまで言われた生ける伝説の彼が簡単に吹き飛ばされる。攻撃も発動できない程の速度で、しかも先手をとった上でだ。

 その影響で後ろ手にある結界は簡単にヒビが入る。その箇所を担当していた師範代候補の修行僧は大きく踏ん張るようにうめき声をあげ、さらにその手に力を込める。ところどころ腕の血管が裂けるも、そんなことは毛頭も気に掛けず気を張り続けた。

 一瞬の出来事が数秒もの時間行われたものと勘違いさせるほどその攻撃は濃密であった。たったの一撃に地面は深くまで掘り返され、まるで爆撃が来たかのような悲惨な状況を作り上げていた。

 煙が立ち込める。その中心点ではわずかに人が起き上がるような気配が感じられるがひどくよわよわしい。おそらく今の一撃に回復しきれていないのだろう。

 それを見た一子に死の予兆が大きくのしかかってくる。天災を思わせるような圧倒的理不尽。人一人があがいてもどうにもならないような純粋な殺意がそこにはあった。

 しかし彼女は臆さない。それは承知の上で、むしろそうなってくれなくては困るくらいだった。

「…………」

 最強の構えで彼女は迎え撃つ。それは対クリス戦の時と同じ『顎』の構え。先制で敵をしとめるその構えを、しかし彼女は迎撃のために使用する。

 恐れはどこにもない。ただ現実を見つめ、限界を超えてでも目の前に立つ障害を叩き潰すだけだ。

「…………」

 今まさに彼女の精神は最高潮を迎えていた。

 クリスと戦った時とは比べ物にならないほど精神が研ぎ澄まされているのがわかる。時間が肌で感じられるようになり、刹那で区切られた世界は緩やかに自分の周りを過ぎていく。

 それまで傷だらけだった身体は嘘のように力が漲る。骨は軽やかにしなり、肉は柔軟に伸縮し、最高の状態で最高の一撃を最善のタイミングで放てると語っている。

 油断など決してしない。

 そう決意していたのに

 

「ナニヲホウケテイル?」

 

 気がついた時には目の前に奴はいた。

「……っ!!!」

 一瞬たりとも気を緩めたりしていなかったにも関わらず百代は目の前に佇んでいた。まるで刹那の世界にいながら、それはまるでコマ再生でコマとコマを切り替えたような感覚。明らかに物理法則すら無視した速度で奴は目の前まで移動し、停止し、話しかけた。

 期待はずれだとでも言いたそうな目をする彼女に、一子は一切の思考を断ち切り最速の一撃を打ち込もうとする。

 だが

 

「オソスギルゾワンコ」

 

 ちょん、と。緩やかに思えるほどなめらかな動作で一子の胸に拳をあてた。一子は何も反応できない程速いのに彼女にもゆったりと感じられるような、極めて美しい動作。

 実際に速度こそ速いが、その拳は割れ物を扱うような繊細さで一子の胸に触れただけ。

 だが、それだけで十分だった。

「ぎっ……!?」

 次の瞬間、零から一へ慣性のエネルギーは爆破した。胸にミサイルが当たったように猛烈な勢いで吹き飛ばされる一子。その勢いは音速を超え、結界の破壊音と打撃の炸裂音が鳴り響いた時には既に一子の身は空中で大きく回転していた。

 そして上空20mから斥力が失われた一子を空中でキャッチするのは京。

「クッ……、大丈夫ワン子!?」

 着地には成功するも、その高さから二人分の重量が上乗せされたこともあり、脚に鈍い痛みが響く。

 腕中の一子はピクリとも反応しない。気持ちが悪い程に両手には重さが伝わってくる。

 完全に脱力した状態の人間は砂袋のように重い。そしてその身体はヒビだらけのガラス細工のように脆くあった。

「…………!?」

 一目見てもわかるほどに一子の眼は死んでいた。それは輝きを失った濁ったものではなく、未だ現状を理解できずに闘志だけが燃え盛っている目。まるで意識と肉体が別離しているかのようにあべこべなその様は蝋人形を想わせる冷たさだった。

 彼女は気絶している。その闘志は潰えないものの、意識は断絶し、肉体のあちこちが故障している。もはや五体満足でいられていること自体奇跡であるかのごとく。

 しかしその背後から

 

「オイ、ソレデオシマイカ?」

 抱える京に強烈な戦慄が走る。見なくともわかる、その巨大な殺意の塊に京は脚が、腕が、その唇が恐怖で塗りつぶされる。

「京さん、逃げてください!!!」

 間を割って入ったのは黛由紀江。全力を見たことはないが、その力の鱗片から四天王クラスの実力を持つと百代から言われた女だ。

「……ここは私が時間を稼げます。その間に皆さんを連れて」

 静かに告げる彼女はゆっくりと近づいてくる鬼神を前にただ剣を構える。

「んなことできるかよまゆっち!」

「ぐ…、ここは下がるぞキャップ! このままここにいても被害がでかくなるだけだ」

 まゆっちへの未練がキャップを止めるもガクトが無理やりにひきはがしていく。

「ふぅ……百代先輩、本気でいかせていただきます」

 その目に闘志が満ちていく。周りにまとう闘気は得物と同じく鋭利で冷ややかなものだ。百代の闘気が無尽蔵に溢れるマグマのごときおぞましい威力と量を誇るものだとすると、まゆっちの闘気はまさに真剣。日本刀の持つ極限まで突き詰めた刃の鋭さが彼女のそれだ。

 決して百代のように莫大な闘気を放つのではなく、ありあまるその気を内部に凝縮し、必要最低限まで濃縮した結果生まれる決定的『質』。それが彼女の持つ気の性質である。

「はぁぁぁ……」

 同じ風間ファミリーである百代先輩。しかし今この状態ではその家族にすら危害が加わってしまう。

 だから守る。傷つき倒れる者へ救いの手を差し伸べるために、大切なものが目の前を見失いかけている時にその道標とならんがために。

そのために今までこの技術を磨きあげてきたのではないかと己を高ぶらせ、彼女は眼前の鬼神へと最大の力をもって攻めに入る。

「はああああああああっっっ!!!」

 もてる全ての力を使い放たれる最速の一撃。鋼すら絹糸のごとく容易に切断するその一撃は、百代に反撃の隙を与えようとしないものだった。

 だが、彼女にはその必要性すらいらない。

「イマハキサマジャナイ。ドケ!」

 気がついた時には彼女は横なぎに30m以上吹き飛ばされている状態だった。

「グ…ハッ!?」

 奇跡的に観客には被害が出なかったものの、壁にぶつかり粉砕し、瓦礫の中へと彼女は埋もれていった。

 皆一撃。

 それぞれ世界に通用する凄まじい武術の達人であるにも関わらず、そんなものたちなど興味がないと言わんばかりに一蹴してしまう百代。

 それはまさに鬼神と呼ぶに相応しい存在だった。

 結界は崩壊し、師範代候補が皆彼女を止めにはいる。だが彼女はいちいち相手をすることもなく、腕を右から左へ払うだけで辺りは爆裂し挑みかかる者をことごとく粉砕していった。

「く……ここは百代を止めるより観客を守ることが大切ネ!」

 そんな中でルー師範代だけは周囲へ巻き上がる残骸から観客を守っていた。そう、もう彼女は本当の意味で誰のことも顧みずに行動している。

今、彼女を止められる者はどこにも存在しなくなった。

「待つんじゃ百代!!!」

 彼女背後から巨大な一撃が放たれる。それは鉄心が放った一撃だ。圧倒的質量で振るわれるそれは巨大な脚『顕現の参・毘沙門天』だ。

 超質量で押しつぶされたかに見えた百代だが、よく見ると片手で攻撃を受け止めている。

「ぬぅ、やはりこの程度では意味がないか……!」

 暴走してなければ足止め程度にはなったんじゃがの、とぼやく鉄心に百代は空いた右手をかざす。そこから放たれるのは極大のエネルギー砲『川神流奥義・星砕き』。

 一瞬で高濃度のエネルギーを打ち出す百代。それに対し鉄心は防御に徹するしかなかった。

「ぬぐぅっ!!!」

(百代め、もはや周りの状況すら見えておらぬのか!?)

 毘沙門天が消え、目障りなこばえを見るような目つきで追い打ちをかけようとする百代。

 だが追撃は許されなかった。

 

「コッチよ、オ姉さマ!」

 

 振り向きざまだった。

 ザンッ! と上下ワンセットの一撃が彼女を袈裟型に挟み込んだ。

「ガッ!?」

 川神流奥義『顎』が炸裂した音だ。

 突然の不意打ちに初めて一瞬体制を崩す百代。目の前には先ほど仲間と逃げたはずの彼女がいた。

「ワン子、だめだ戻ってこい!!!」

「おいワン子―――――っ!!!」

 遠くで慌てて戻ってくる人影がある。

「う……一子…さん」

 遠くでよろよろ立ち上がる人影がある。

「い…かん、一子逃げるんじゃ!!!」

 百代の向こうで叫ぶ人影がある。

「ク……ハハ!!!」

 そして目の前に嬉々として叫ぶ人影が一つ。

「オ、姉さ…マ」

 立ちはだかるは小さな少女。身体の隅々まで傷つき、使い物にならないにも関わらず立ち上がり、立ち向かう。

思考回路は焼き切れそうだが構わない。

(今コ…ソ、試練ノ、時……)

 いらない思考ならもはや焼き切れてしまった方がいい。足りない分は本能がカバーする。

(ココ、デ。私ハ…試サレル……)

 筋が切れても止まらない。骨が砕けようと構わない。足りないならば、補充する。身体が限界だと叫ぼうが、動ける箇所が全て許容し限界を引き延ばす。

(オ姉サマ……私ハ)

 ならばここで諦める道理もなく、今はだた目の前の敵に打ち勝つのみ。

「クハハ、イイゾワンコ……クハハハハ!!!」

「……川神…流、奥…ギ…………」

 時間はそこから急速に進みだす。ロケット弾のごとく突き進む百代。その手には今まで以上に強力な気が作られている。

 それに対し一子もゆっくりと第一歩を踏み出す。

 時間の止まった世界に踏み込んだ二人。

 懐かしい感覚が彼女を支配する。水あめのように甘く重い世界。色彩が徐々にあせていく光景はまるで古い写真をほうふつとさせる。

 意識は無限に分断され、断片化した意識の一つがこの世界を認識する。

 身体はこの世界に適合しない。美術館の置物のようにこの世界では生命の色を見せないこの身体を、ゆっくりと動かし始めていく。

 まずは腕。冷蔵庫で冷やしたばかりの水あめを徐々に馴らしていくかのように動かしていく。緩やかだが確かな感触。

 その間に百代は距離を爆発的に縮めていく。その距離20m。

 しかし一子は焦らない。ただその作業に集中し、細心の注意で身体を馴らしていく。

「クハハ、ドウシタワンコォォォォォォォ!!!」

 残り10mを切ったところで百代はエネルギー弾を放つ。

 禍々しい畏怖の色彩を呈す光線は辺りの空間を捻じ曲げながら歪な音とともに直進していく。

 星をも打ち砕く最凶の一撃。加減を入れないその光線は確かに一子へと直撃し、髪の毛一本残らず蒸発させる。そのはずだった。

 だが現実はそういかなかった。

 

「ハァッ!」

 

 全てを巻き込み破砕していくエネルギー砲は、一子の鋭く打ち上げる動作で軌道を本来の上空へと無理やり変えられる。そのベクトル操作させられた光線は一瞬激しく燃え盛る炎柱のように輝きを放ち、空気へと溶け込むように霧散していく。

 一瞬の出来事は数秒の後に辺りへと影響を及ぼしていく。今までの戦いとは明らかに次元の違う出来事に、観客はもはや困惑することしかできないでいた。

(な……今の一撃を一子が薙刀でいなしたダト!?)

 観客の前に立ち周囲への被害を食い止めていたルー師範代が思わずその思考を止めてしまう程の衝撃を覚えた。今の一撃、普通に食らっていれば……いや、そもそもすれすれでかわしたとしても腕の一本は余裕で蒸発してしまう程のエネルギー量であったのに一子はそれをいなしてみせた。それはルー師範代自身でもできるかわからないほどの偉業だ。

 だがなぜ?

「いなしたからこそ、一子は生きておられるんじゃよ」

 どこからか鉄心の声が聞こえた。その声はとても張りつめている。

「あの局面では下手に受けることはもちろん、避けることすら死につながるわい。じゃからこそ、あの瞬間に絶妙なタイミングで軌道を変えることが唯一の助かる手段だったんじゃ。」

「シカシ、それでも『あの』百代の星砕きを正面堂々いなすことは困難なはずデス!」

「ああ、じゃからわしも下手に踏み込めないのではないか。あれは既に一つの結界と同じじゃ。少しでも外部から手出しがあれば、飽和したエネルギーが暴発してしまう」

「クッ、私たちは見ていることしかできないんデスカ……」

「……最悪の場面を想定して常に気を張り続けることが、今わしらにできる最善じゃ」

 武神と呼ばれた男は既に理解していた。この戦いの意味を。この戦いの、彼女たちの勝利条件も全て。

 故に遅すぎた。全て知った時には、愛しの孫娘は死を賭していたのだ。

 

 

「はぁぁぁ……ヤァッ!!!」

振り上げた薙刀は悲鳴を上げていた。今いなした衝撃でこの薙刀の中枢に大きく亀裂が生じてしまったのだ。それまでは気で覆うことによりレプリカである薙刀の強度を限界まで上げていたのだが、そんな応急措置では鬼神の一撃は耐えきれるはずもなかった。

だからこそ。あと一撃入れれば確実に自壊してしまうからこそ、ここで止まることはできなかった。

振り上げる動作から放たれる振りおろしの一撃は一連の動作であり、流れるように動きつつも、その速度は倍々に加速していく。

 川神流奥義『顎』は発動していた。始めから彼女の攻撃を受け流すつもりでいたのか、それとも先手をとりに行こうとしたのか。それ自体は定かではないが、確かに奥義は発動し、猛獣の顎は大きく百代を噛み砕こうとしていた。

 距離にして3m。絶好の距離である。

 光線を撃ち放ちガラ空きとなある背面。そこに音速を超えた獣の牙が襲いかかる。

 ガッ! 背中を穿ったはずの顎。

 しかしその破砕音は彼女の背骨を砕く音ではなく薙刀自身が折れた音だった。

「……!!!」

 背中にあたるはずだった顎。しかしその寸前で百代は光線を放った右手を肘から直角に曲げ、少し持ち上げ襲いかかる刃をそのまま受け止めただけだった。

 それだけで薙刀はあっさりと折れる。まるでクッキーを二つに折るように淡々と。なんでもないことのように彼女は無防備な体制から防御に移行したのだ。

「グッ!」

 柄以下となってしまった薙刀を逆さに持ち替え防御態勢へと移る一子。しかしそんなことを鬼神が許すはずもなかった。

「ソレデシマイカァァァァッッッ!!!」

 顎を受けた右手で大きく振りかぶり放たれる一撃。なんとか薙刀を盾にしようとしたが、そんなものが役に立つはずもなく、紙を引き裂くように簡単に砕け貫通し、一子の胴へ重い拳がめり込む。

 そのまま拳を振り切った百代から斜め右上方へと大きく回転しながら吹き飛ばされる一子。しかしこんどは回転こそ凄まじいが距離としては10m弱しか飛んでいない。

 回転を利用し着地時の衝撃を少しだが緩和した一子。だが今度は今までの通り起き上がることはなかった。

(ガ……ハッ!!!)

 痙攣もしない。身をよじる様子もない。ただ力なく赤い液体を吐き出し続け、すぐに頭を覆うように血の池ができてしまう。

 あっけない終わりだ。そこには壊れた人形のように青ざめ、ボロボロになった一人の少女が落ちていた。

 


 
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