No.120956

【創作BL】泥沼に溺れる

昔の作品の改訂版です。子爵令息の選択が彼の遠い親戚でもある同性の愛人を狂わせ、やがてそれは彼をも狂わせることになる。タイトルのとおり暗くドロドロした内容です。1980年代のオーストリア、ウィーンを舞台にしたBLベースの短いサスペンスです。その他もろもろは1Pめに記載してあります。

2010-01-28 00:45:52 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:613   閲覧ユーザー数:564

前書き

 

・ この話はフィクションです

・ 現在のBLの主流かと思われるBL設定がデフォルトで男同士で恋愛etc.をするのに何の悩みもないという設定とは正反対の内容です。

・ いわゆるヤンデレ気味の登場人物が出てきます。

・ 完全にとは言いきれませんがバッドエンドかと思われます。読後の後味も決して良いものではないと思います。

 

次ページから本文です。

 一九八〇年代の九月某日。新年がはじまりエネルギッシュな人々があふれるウィーンの郊外である事件が起こった。

 とある女性が殺されたのだ。彼女はシングルマザーで子供と二人暮らしだった。しかし子供(乳児)は殺されていなかったがショック死していた。

 銃器で頭を打ち抜かれていた。証拠となるものは銃弾のみ。しかし近隣の人々の証言では「銃声は聞こえなかった」と言うばかりだ。

 翌日、今度はウィーンから離れたリンツで女性が殺された。彼女もシングルマザーだった。

 同じく銃器での殺害。銃声の証言はなし。

 オーストリア警察は同一犯と見て犯人の情報を求めた。

「二人の共通点は」

「二人とも精子バンクで子供を授かっています」

「提供者は? ああ、秘密でしたっけ」

「二人の親御さんが言っています。精子ドナーは二人とも同一人物で、とある有力な元貴族の男性だそうで。ザルツブルク在住のヴァルトシュタインという男で子爵の血を引くそうで」

「フルネームを」

「カール・ゲオルク・ヴァルトシュタイン」

 

 そのころのヴァルトシュタイン氏は、驚いた形相でテレビを凝視していた。

「まさか」

 彼はウィーン大学で神学の教授をしている。三十台前半ながらにして驚異的な実力をして勝ち取った職だ。

 彼は熱心なカトリック信者である。しかし彼には秘密があった。同性の愛人がいたのだ。

 その愛人はドイツ人のユンカー出身、名はハインリヒ・フォン・アイゼンシュタットという。

 彼のヴァルトシュタイン氏に対する独占欲はすさまじいものだった。

 そんな愛人がいるにもかかわらず、ヴァルトシュタイン氏は精子バンクで二人の女性に子種を提供した。彼女たちはヴァルトシュタイン氏の知り合いの貴族の女性でだったが、どちらも一人娘で夫が死んでしまい、もし彼女たちが死去すればその直径の家系は途絶えてしまう危機に瀕していた。

 それをなんとかして防ぐために彼はハインリヒに隠して彼女たちに子種を提供した。

 しかしある日父との会話をハインリヒに聞かれてしまった。

 そして一人目が殺された犯行日の翌日に旅に出る、と家を飛び出したのだった。

 彼は車の免許を持っていたが車は持っていなかった。

「私のところに警察がくる。この関係がばれてしまう」

 ハインリヒとの関係がばれてしまうことは、ヴァルトシュタイン氏にとって死ぬのと同じくらいの危機だった。いわゆる同性間の極度に親密な関係というのはオーストリアの法律上では罪に問われることはなかったが、カトリック教会のカテキズムでは断じて認めていなかったからだ。

「二人の女性との間柄は」

 ヴァルトシュタイン氏は冷静を装っていたが他人から見れば動揺していることが確実に分かるような状態だった。

「古くからの領主と騎士の家柄です。彼女たちは切実に跡継ぎを求めていました。だから私が提供しました」

 二人の女性の家はヴァルトシュタイン家の臣下としてずっと仕えてきた。困ったときには互いに支えあってきた関係だったが、血が交わるということは何故か決して無かった。

「あなたは、独身で?」

「はい。恋人もいません。信仰のため生涯独身を貫くつもりでいますが、彼女たちがもし死んだら……といっても既に死んでいますが、彼女たちの直径の家系は途絶えてしまうのです。既に、途絶えてしまいましたが」

 どうにかしてハインリヒとの関係を隠さなければならなかった。そのためならばヴァルトシュタイン氏は舌を噛んで死ぬ覚悟でさえいた。

「しかしドイツ人の男性が同居していたと」

「私の遠い親戚です。どうしてもウィーンで仕事をしたいといったので居候させているんです」

どちらとも嘘ではなかった。しかしハインリヒがウィーンで仕事をしたい、と言ったのは正確にはヴァルトシュタイン氏の元で生活をしたかったからだ。

「そういえば、彼は最初の犯行日の翌日に家を急に出て行きました」

「その当日は彼はあなたのお宅にいましたか」

「はい。朝八時に起きて彼の部屋に行きましたが、ちゃんといました。その日はそれ以降ずっと家にいましたが」

 

 ハインリヒにはもう一つ秘密があった。彼は混乱に陥れた精子バンクの存在を憎み、同じような境遇の者とテロ活動を行っていた。また優れた狙撃手でもあった。

「お前のダチのを受け取った女、一人殺したからやってくれるよな」

「ああ」

 ウィーンでの犯行はハインリヒではなく彼の仲間の犯行であった。二つの事件はハインリヒと彼の仲間の共犯であった。

翌日、ウィーンの病院でテロが起こった。ハインリヒはその場で捕まった。名誉ある戦いだと彼は感じていた。

 

「親の顔が分からないなんてこと、あっていいものかよ。なんでそんなに混乱させてまで、顔も知らない男の子供が欲しいんだよ。ガキは殺さなかったよ。罪はねぇからな。でもな、カール。俺以外にお前の精液を触れさせたことが、許せなかったんだよ。復讐、してやる。神学の講師は男の愛人がいたって」

 ハインリヒは取り調べに対してヴァルトシュタイン氏との関係を告白した。その後カールは教授の座を追われ、隠居するはめになってしまった。

「私はなんて愚かなことをしてしまったのだ。精液さえ、渡さなければ……全てが、平穏だったのに……おお、神よ、どうか、我らを救いたまえ」

 ヴァルトシュタイン氏は涙を流して言った。彼にはもう希望は残されていないように思われた。そのまま眠り続けていたかったが、そういうわけにはいかず気づけば彼は修道院の門を叩いていた。


 
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