No.111067

Princess of Tthiengran 第五章ー外の世界7

まめごさん

ティエンランシリーズ第一巻。
過酷な運命を背負った王女リウヒが王座に上るまでの物語。

「嫌なんだ」

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2009-12-07 21:14:26 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:481   閲覧ユーザー数:470

一度浮かんだ疑問はなかなか消えない。

シラギは朝餉の後、茶をすするカガミを見ている。

最近、この男の動向がおかしい。というより奇妙な引っかかりを感じるようになった。

「今日はこれから隣町の漁村にいってみようか」

カガミがのんびりした調子で言った。

「宿の親父が何もないところだと言っていたけど、ぼくらは観光しているわけではないしね」

「じゃあ、お弁当をつくってきます」

「手伝おう」

みな慌しく動き始めた。

「このところ、カガミさんが変だと思わない?」

マイムも同じ事を考えていたらしい。こっそりとシラギに耳打ちしてきた。

「妙に大人しいというか、何というか」

「あと、気が付いたら消えている時がある」

たいがい夜だ。そしてその時はなぜか必ず。

「カグラもいないのよ」

マイムとシラギはしばらく見つめあった後、想像を消すように手を振った。

「いやいやいやいや」

「ないないないない」

今度、そういう事があったら後をつけてみる、とシラギが言った。見て見ぬ振りはもうやめたからと。マイムも大きく頷いた。

「でももし、そういう関係だったらそっと帰ってきてね。人の恋路を邪魔しちゃだめよ」

「やめてくれ。悪寒がする」

真剣な顔で助言するマイムにシラギは眉を顰めた。

いくよーと声がして、一行はぞろぞろと宿から出た。

****

 

 

海沿いに続く道を、一行は歩いて行く。

マイムはみたような風景に自分の足が遅くなるのを感じた。この道を知っている。もしかしてこの先は。

「見えてきた」

「人の気配がしないね」

ああ。思わず声を上げる。マイムの故郷だった。

寂れた貧しい村。今は人っ子一人いない。崩壊寸前の家もあり、大体は砂に埋もれつつあった。

「こんな村もあるのか」

リウヒが呆けたような声をあげる。

みなは散り散りになって村のあちらこちらに行った。

マイムの足は自然と一つの小屋を目指す。かつて家族で住んでいた家とはとても言えない小屋。それはもう骨組しか残っていなかった。父と母はどこかへ行ってしまったのだろうか。それとも死んでしまったのだろうか。自分が華やかな宮廷で舞い踊っている間に。

マイムは裏手に回った。砂地に粗末な木板が刺さっている。その下に弟は眠っていた。

「ごめんね」

一度も来なくて。しゃがんで話しかける。姉ちゃんが生き残ってごめんね。あんたも生きててほしかった。

花ぐらい摘んでくればよかった。後悔したがこの村の中には草木の一本も生えていない。

涙は出ない。もう出つくした。吹っ切れたものだと思っていた。ではこの目から溢れるものはなんだろう。なぜこんなに胸が痛いのだろう。

マイムはそのままひっそりと泣いていた。どれぐらい時が経ったのか、横に人が立った。

「何よ」

声がつっかえてうまく言葉にならないのが悔しかったが、なにも言わないよりマシだ。

「それ、あんたが汗ふく布じゃない。いらないわよ」

「洗ってある」

横に差し出された布を乱暴にもぎ取った。なんだか恥ずかしくて、八当たりしたいような。ついでに鼻水も拭ってやった。

「以前、言っていた弟君の墓か」

そうよ、だから何よ。と顔を上げたマイムは、悲しい気持ちにも関わらず笑いだしてしまった。

シラギの手には花が摘まれている。余りにも釣り合いのとれていない姿がおかしかった。

「ごめん、あまりにも花が似合っていないから」

ウククッと体をねじ曲げてまだ笑うマイムにシラギは当然眉を顰めた。

「そうか、それは申し訳ないことをした」

踵を返そうとするシラギを慌てて止める。

「ごめんごめん、でもありがとう。わざわざ摘んできてくれたのね」

人は見かけによらないものだなと思った。この男がこんなに優しい人だったなんて。マイムの手に握られている布。村の外までいって、摘んできてくれた花。

可憐な白い花を、シラギから受け取るとそっと墓に添えた。

「本当にありがとう」

目線を墓に向けたまま礼をいうと、いや、と声が返ってきた。

二人はそのまま、微動だにせず潮風に髪を揺らしていた。

****

 

 

カグラは小屋の壁にもたれながら、風に髪をそよがせる二人を見ていた。

一人は藍色のたっぷりした髪で、もう一人は白色の薄毛を天辺で括っている。そよいでいるのは数本のほつれ毛だった。

「なぜ、お前たちは止めたんだ」

「またそれを聞くのかい。次期尚早だと思ったからだよ」

海賊の家での事を言っているのだと分かった。わたしが王になる、と宣言したあと王女はそのままくるりと向いて部屋を出て行こうとした。

どこにくんだと止める面々に宮廷に行くと言った。今は駄目だというとなぜだ、シラギはいま兄さまを連れて行こうとしたではないか、それでわたしは駄目なのかと怒った。

当たり前である。次期国王として教育され、政務にも関わっていた王子と、ただの授業しか受けておらず、表にはあまり出ていなかった王女。

宰相の舞台がどういうものか知らない、それが整わなければ動けない。国王が死んだときに何か仕掛けるのであろうというのがみなの意見だった。

元王子現海賊のアナンは勢いの良いこの妹を気に入り、いつだって協力は惜しまないと約束した。海賊たちもその空気を感じたのか、家を出るときはよく分からない掛声までかけてリウヒを褒め称えた。

「次期尚早?ではその時期とはいつだ。のんびりしている間に、税は上がり民の暮らしは厳しくなっていってるんだぞ」

「リウヒくん、税は下げるべきだと思っているかい」

「当たり前だ」

「君が王位についたら」

「下げる」

あのね、とカガミがため息をついた。

「時には、そういう時も必要なんだよ。国ためには民に我慢をしてもらって…」

「それはおかしい」

リウヒはやけにきっぱり言う。

「飢饉や干ばつのときならいざ知らず、今年も豊作だ。なのに、なぜ税を上げる。大方宮廷の建築費用がなくなったとかそういう問題だろう」

「そりゃそうだよ。あれは国の威信だもの」

「建物一つに威信もなにもあるものか。いっそのこと園にでもして掘立小屋でもつくればよい」

「何をいっているんだ、君は」

カガミの声はもう泣きそうだ。

「あまりにも乱暴すぎる。そんな掘立小屋をみて民が王を、国を誇れるとでも思うのかい」

む、とリウヒが声に詰まった。

しばらく二人は黙って海をみる。

「嫌なんだ」

リウヒがポツリと言った。

「民が喘いでいる時に、みんなに守られながらのんびりと旅をして。わたしはあの宮廷に入って国を立て直さなければいけないのに、そう言う立場なのに、何でここにいるんだ。こうしている間にもこんな、人のいない町や村が増えていくのだろう」

「昔、ぼくが聞いた質問を覚えているかい。ある人がいる。その人は自分の為だけに他の人を苦しませている…」

「覚えている」

リウヒが頷いた。

「あの時、君はあきらめると即答したね」

した、とリウヒは再び頷いた。

「今ならどう答えるんだい」

「その人を張り倒す」

「…何ていうか、君は凶暴に育ってしまったねぇ…」

二人を尻目に頭を巡らすと、マイムとシラギがこちらに向かってくる。

「あの二人、何しているの」

カガミたちの方を見ている。

「帝王学中ですよ」

「なにそれ」

「タヌキが王女に知恵をつけているのです」

タヌキもタヌキ、大ダヌキだ。

「それよりそろそろ飯にしませんか」

ああ、じゃあみんなを呼んでくるわ、とマイムが立ち去った。なんとなくその後ろ姿を見やる。ふと、隣のシラギは海辺に座る、王女とタヌキを見ている事に気が付いた。

そろそろあの化けの皮を剥がさなくては。

「黒将軍、今夜お目にかけたいものがあります」

シラギがちらりとこちらを見た。

「御同行いただけますか」

「分かった」

みなが集まってくる。風が大きく吹いてキャラが悲鳴を上げた。

****

 

 

珍しく風のない夜だった。

丸い人影がちょこちょこと歩いてゆく。それを追う長身の影が二つ。

 

さびれた村から港町に帰った一行は夕餉の後、部屋で飲み始めた。少ない酒を舐めるようにちびちび飲む。

その内、カガミが酔ったから風に当たってくると言って部屋を出た。その後すぐにシラギとカグラが厠へ行くと言って立った。マイムを見ると頷いて「気を付けてね」と口を動かした。

 

「たまにああやって抜け出すのを尾行していたのです」

目の前のカガミを追いかけながらカグラが小声で言う。

「なにやら怪しい男と話しているのは確認できたのですが、内容までは…」

「わたしはてっきり、二人で密会しているものだと思っていた」

シラギが小声でからかうと、しばらくの沈黙の後やめてくださいよ、とカグラが眉を歪めた。

 

カガミは酒場の裏手に入った。黒ずくめの男と何か話している。

シラギたちは耳を澄ませたが、酒場の喧騒が邪魔をしてよく聞き取れない。

「宰相さまが…次の…」

「…王女さんは…」

目を凝らして相手の男を見る。知っている顔だった。かつて右将軍だった頃の部下だ。と言う事は宮廷の者か。

その内男が走り去った。カガミは近くの樽に腰掛け考え事をしている。

「何を企んでいるのだ」

シラギの声に、丸いオヤジは文字通り飛び上がった。

「ななな何で君たちがここに」

「夜風に当ろうと外に出たら見知った影が見えまして」

「一人酒場で飲む気だろうとつけてみたら何故かこんなところに」

そらとぼける黒と白にオヤジは汗をかきながら

「えへへ、そうなんだよ。あれじゃあ足りないからさあ。君たちもどうだい、奢るよ」

目を泳がせた。

「それよりも今のお話が気になりますね」

「ゆっくりお聞かせ願おうか」

「あなたの奢りで」

カガミは両側からがっしりと掴まれ酒場に連行されて行った。

 

「舞台とは税のことだったのか」

「ショウギではなかったのですね」

「許可したのはショウギだろう。でもあの女は何も分かっちゃあいないからさ」

税を上げて民の不安と不満を募らせる。それは当然ショウギへと向かう。国王が臥せっており、色町上がりの女が実権を握っているのは民も知っている。アナンの言うとおり、民は概ね誰が国王であっても無関心だ。しかし、生活が苦しくなれば無関心ではいられない。

「そこに王女が立ちあがったと噂を流す」

カガミが声をひそめながら言った。

「噂じゃないね、現にリウヒくんは王に立つと宣言したのだから」

国王を利用し権を意のままに操る女に、迫害された王の血をもつ少女が立ち向かう。民衆の大好きな勧善懲悪。しかも王家絡みの。

「その筋書きを描いたのは誰ですか」

「この男だろう」

呆れたようなカグラの問いに、シラギがため息をつきながら答えた。目頭を押さえる。知りたくなかった。もう知らぬ振りはしまいと決めたのに。

「それで王女は民衆と共に立ち上がり、めでたしめでたしですか」

カグラもため息をついて壁にもたれた。

「すべてはこれからだけどね」

「あなたは、こんな事をして何も思わないのか」

怒りさえ含んだ声にカガミが首をかしげる。

「そんな事を言われるとは心外だね。いいかい。目的は君と一緒なんだよ。王女を王位につける。ただし、勢いが必要だ。それをぼくたちは作り出そうとしているだけだ」

目的は確かに一緒だ。だがしかし。

「歴史の流れが今まさにここにきているんだ。その流れを方向付けたいと思うのはそんなにいけない事なのかい」

「国は、人間は、あなたたちの玩具ではない!」

ほとんど叫ぶようにしてシラギは怒鳴った。カグラが袖を引いたが無視した。

「ぼくたちが道をつくる。君たちが王女の手を引いてその道を辿る。最後に宰相の用意した舞台で踊ってもらう。これが最高の筋書きなんだ」

カガミも吠えるように応じる。酒場の喧騒が一瞬静まった。しばらく二人の男は睨み合っていた。その時。

「そんな筋書き、まっぴらごめんだ」

低い少女の声がした。三人は弾かれたように振り向く。

腕を組んでこちらを睨みつけるリウヒが立っていた。顔は怒りの為赤くなっている。その後ろではトモキが青い顔をして立っていた。

****

 

 

「トモキさんをあきらめるのは、よそうと思って」

キャラは酒に口をつけながら言った。不味い。薄く割った果実酒のほうがよっぽどおいしい。なんで大人たちはこんなものを喜んで飲むのだろうと口を尖らせたら、じゃあ飲むのをやめなさいと取り上げられた。

宿の部屋にはキャラとマイムの二人だけだ。最初にカガミが夜風に当たると言って消えた。次にカグラとシラギが厠へと立った。その後すぐにリウヒがわたしも、と言って出て行った。トモキが心配そうにその後へと続いた。そしてみんな帰ってこない。マイムに聞いたら「腹でも下しているんじゃないの」と笑われた。

「今日、さびれた村に行ったでしょう。その時思い切って聞いてみたんです」

リウヒが好きなのかと。

トモキは驚いた顔をしてキャラをみた。

「よくわからない」

その後、海に視線を移した。

「大事なのは確かだけど、恋とかそういうのじゃないと思う。多分」

キャラも、何か引っかかるものはあった。つき合い始めと言うものはもっと、見るのもうっとおしいほど二人の世界に入っているものではないのか。しかし、あの二人にはそういう気配はない。意外なほどあっさりしている。リウヒはトモキに対して、妹が兄に甘えているような感じだし、トモキはまるで過保護な兄のようだ。

「そうねえ」

マイムは猪口を手のひらで回しながら相槌を打つ。

「あの二人はどちらかと言うと、兄妹愛に近いかも」

「ふうん」

大人のマイムがそう言うならそうなのだろう。ならば、自分にもまだ機会はある。

それにやっぱり。

キャラはトモキの横顔を思い出した。駄目だ、やっぱりこの人が好きだと思った。あたしの恋は中々しぶとい。

「まあ、それから発展することもあるから何とも言えないけど?」

からかい口調のマイムに頬を膨らます。

「なんにせよ、あんたたちがうらやましいわ」

「波止場でもそう言っていましたよね。どういう意味なんですか」

本気でない恋もあるのだろうか。

「あるのよ」

マイムは髪をゆっくりあげた。金色の髪はさらさらとこぼれて行く。

「これから知っていくのかもね。まあ、知らない方がいいけど」

意味深な言葉にキャラは首をかしげる。ふと窓の外を見ると、夜空に星が輝いていた。

そういえば、一番星に願掛けをしていた時もあったな。今は全くしなくなった。待つのはもうたくさんだ。ただ押すのみ。

キャラの心を読み取ったように、声がした。

「あんまり好き好き押しすぎない方がいいわよ」

「どういう事ですか」

マイムは目の前の酒瓶をとった。全部飲んでしまう気らしい。

「よくいうじゃない。押しでもだめなら引いてみなって」

キャラは居住まいを正した。

「詳しく教えてください」

 


 
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