No.110478

Princess of Thiengran 第五章ー外の世界2

まめごさん

ティエンランシリーズ第一巻。
過酷な運命を背負った王女リウヒが王座に上るまでの物語。

「人間、成長するのは旅と人と接する事と本を読む事っていうしね」

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2009-12-04 21:12:48 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:494   閲覧ユーザー数:479

声が聞こえる。

マイムの名を呼んでいる。掠れて弱弱しく何度も。

腕の中をみると、トモキが死んでいた。その体が急に重くなって冷えていく。早く、早くお医者さんを呼ばなくちゃ、お父さんお母さん早く、ねえ助けて…!

そこで目が覚めた。

窓から見える外は快晴で、小鳥が鳴いている。寝汗がひどい。額を拭った時に、ふと自分が泣いていた事に気が付いた。

久しぶりに見た夢。トモキの話を聞いた影響だろうか。

 

昨夜、カガミとカグラ、マイムは一階の酒場でそれぞれ情報交換をした。少女二人もくっついてきたが食事がすむと眠くなったようである。気が付くと二人とも机に突っ伏して寝息を立てていた。大人三人は苦笑してカガミとカグラが少女らを抱き上げ上へ運んだ。不思議な事に王女は、体を抱えられても何の反応も示さずぐっすり眠っていた。

昔、起こそうとして手を振り払われたマイムは感慨深げにその後ろ姿を見送った。もう平気になったのかしら。それともよほど疲れていたのかしら。戻ってきたカガミも首をかしげていた。

カガミからトモキの無事を聞いてほっとしたのも束の間、また単独都へ戻ったまま帰ってこないという。

「この町で見かけたという噂を聞いてやってきたんだけど、どうやらガセだったみたいだしね」

「これからどうされるのですか」

「それなんだけど」

今宮廷にのこのこ戻ったところで、殺されるのは目に見えている。せっかく外にでたのだから、しはらく色々な所を旅して王女に色々な体験をさせてやろうと思って。

「人間、成長するのは旅と人と接する事と本を読む事っていうしね」

いけしゃあしゃあとぬかすオヤジにマイムは呆れた。

「なんて素晴らしいことでしょう」

横の男が声を上げた。明らかに面白がっている声だ。

「是非ともご同行させてください。腕には自信があります」

こいつ。

マイムはカグラを睨みつけたが、それぐらいで動揺する男ではない。かといって目をはなせばトモキが大切にしている少女に何をするのか分かったものではない。

「トモキはどうなるのよ。無事かどうかも分からないのに」

「運がよければ幽閉、悪ければ殺されているでしょう」

そんな、とマイムは声を上げる。

「シラギさんがいるし、殺されている可能性は低いんじゃないのかな。でも、この事は王女さんに内緒にしておいてね。トモキくんを見かけた人がいる、といって動かすからさ」

このタヌキオヤジ。心の中でマイムは毒づいた。何を考えている。

それについてもカグラは賛同している。そんな男二人を見ながら、ふと奇妙な感覚にとらわれた。以前、こういう光景を見たことがある。いや、聞いたことがある。

ああ、思い出した。幼いころ、弟のトモキに聞かせてやった昔話だ。

キツネとタヌキの化かし合い。

「面倒な事になるからね、王女さんというのは隠して君たちも砕けた調子で話すようにしてね」

タヌキが口を開く。

「どうせなら王女を働かせましょう。本人の成長にも一役買うと思いますが」

キツネも調子を合せる。

マイムはめまいを感じながら部屋に引き揚げたのだった。

向かいの寝台では少女が二人、背中を向け合って寝ている。

リウヒはあたしが守る。目の前で眠りこける少女の寝顔を見ながら思った。

カグラがこの子に何かしでかしたら、その時はあいつを殺してやる。

****

 

 

殺されなかっただけでもマシじゃないか。

トモキはため息をついて、外を見た。小さな窓からは城下の屋根が少しだけ見える。

約一年前、その城下で宮廷の事を聞きまくった。早く情報収集して家に戻りたかった。その焦りがいけなかったのだろうか、警備兵に捕まりあっと言う間に軟禁された。

自分の迂闊さを恨むには、あとの祭りだった。

警備兵が動いたという事はシラギの息がかかったものなのだろうか。でもシラギが自分を閉じ込めるなんて考えられない。と、言う事はショウギに下ったのだろうか。まさか、あの人が。考え始めると同じところをぐるぐると回ってしまう。

食事を運んでくれる兵の中には顔見知りのものもいたが、何を聞いてもすまなさそうな顔をするだけで答えてはくれなかった。ただ、日にちだけは教えてくれた。

もう、一年も経ってしまった。

リウヒは、あの家で待っていてくれているだろうか。待っているに違いない。母とカガミと一緒に。

相当怒っているだろう。会えば必ず文句の一つや二つや十や百はいうだろう。それすらも今では夢だ。想像することで悲しさをまぎわらせた。

それにしても、ぼくはいつここから出られるんだろうか。本日何度目になるか分からないため息をついた。

夕日はとうに沈み、辺りはもう暗闇だった。粗末な寝台に身を預け両手を頭の下にいれて考える。時間は山ほどある。

どれほど時が経っただろうか。人の足音がこちらに向かうのに気が付いた。こんな時間に。あり得ない。身を起して、全神経を集中する。まぎれもなく足音だった。しかも聞いたことのある足音。まさか。

「シラギさま!」

シラギだった。懐かしさと腹立たしさがこみあげてくる。聞きたい事もたくさんあった。

しかし、シラギは静かにするよう身振りで示した後、小声でトモキに告げた。

「時間がない、手短に言う。明日、夜明け前に鍵を開けておく。逃げろ」

そのまま、部屋を出て行こうとする。その背中に

「王女はご無事です」

これだけは言いたかった。

シラギは一瞬顔を歪めたが、「頼む」と一言呟くとそのまま去ってしまった。

その夜は一睡もできなかった。日の出の気配を察すると同時に行動に移した。

鍵はかかっておらず、兵もいない。外に出た。現在地が分からなかったが城下の門を目当てに歩いた。早朝から走れば、多分目立つ。何げない振りをよそおい歩くだけで息が切れた。それでも気は急く。

早く、早くシシの村に。リウヒの元に。

焦る気持ちを抑えながらトモキは黙々と歩いた。

 

息も絶え絶えに、シシの村に戻ったトモキは愕然とした。

何とリウヒはカガミと共に、トモキを探しにゲンブの町へ向かったという。半年も前に。疲れきった体にこの衝撃はこたえた。思わず手をついてへたり込んでしまった。母があわてて駆け寄る。

その母をなじりたい。なぜ、止めなかった、行かせたのだと。目の前に広がる床を見ながら責める声が頭の中に聞こえる。

リウヒとカガミにも腹が立つ。どうして待っていてくれなかったのだ。自分は必ず戻ると言ったではないか。

いや、悪いのは自分だ。自分の失態で捕まり一年近くも戻らなかった。

母も、肩を落としてトモキの前に座っている。両手はトモキの肩に置いたままだ。

しばらくそのままで二人止まっていた。遠くで鳥の鳴く声がする。

立ち上がらなければ。立ち上がってゲンブの町へ行かなければ。それでも力が入らなかった。このまま、ずっと黙って座っていたかった。

「あの子が…」

母が小さな声で言う。

リウヒの事を言っているのだと分かった。

「ここを出ていく時に…」

「うん」

「わたしの事をかあさんって呼んでくれたの」

そういってはらはらと涙を流した。

「うん」

「それまでは、ずっとよそよそしかったのに…」

かあさんって呼んでくれたの、と母はもう一度繰り返した。

肩に置かれていた母の手に、自分の手を添える。水気を失って乾いた手を握りながら、リウヒを探しに行こうと思った。

東宮でも、よく繰り広げたではないか。ぼくはいつだってリウヒを追いかけている。

****

 

目の前のリウヒにキャラは口を尖らせた。

「なんで?なんでそんなに不器用なの?」

「好きでそうなったわけじゃない」

自分の指に針を突き刺したリウヒも応酬する。

「キャラの刺繍だって、見本とまったく違うじゃないか」

「うるさいっ」

「はいはい、それくらいにして口より手を動かしなさい。明日中に仕上げなきゃいけないんだから」

マイムが呆れた声を出すと少女たちはお互いを睨みつけ、大人しく手を動かし始めた。三人の前には大きな布があり、これに刺繍を施す仕事を請け負ったのだが、仕上がりには程遠かった。

あとで、カガミとカグラにも協力させよう。針を手に取るオヤジの姿にも笑えたが、刺繍作業をするカグラを想像してマイムは吹き出しそうになった。

ゲンブの町をでて約半年が経つ。

カガミの目論見どおり、トモキを探索するという名目であちらの町、こちらの村と言う風に王女を連れまわしている。この町で三つ目だ。その度に「働かざる者、食うべからず」の精神で色々な仕事を請け負った。

「お金は無限にあるものじゃないからね。宿代もけっこうバカにならないんだよ」

とカガミが少女たちに諭していたが、実は稼いだお金の大半は、大人三人組の酒代に消えていた。

物心ついたときから後宮暮らしで「お金」の概念が全くなかった王女は、その仕組みに大層驚いていた。そんな事も知らなかったの、信じられなーいと笑うキャラに

「知識はあったけど、実感がなかった。やるのとやらないのでは全然ちがうんだな」

と一人で納得していた。

逆にキャラはしっかりしていた。

宿さがしでも口をだしてくる。物を買うときも値切ろうとする。

「お酒なんて、飲めばなくなっちゃうじゃない。どうしてそんなに飲むの?」

と目を吊り上げて言う少女に、オヤジが真剣に反論した。

「古代より酒は人々にとって欠かせないものなんだよ。癒しの効果もあるし、一緒に飲むことでより近しい気持ちが芽生える。生活を営む人間の間に行われる知識、感情、思想の伝達をより豊かにできるんだね。また、その事によって己の動機づけの向上、さらに強い仲間意識の強化だって図れるんだ」

「じゃあ、あたしも飲みたい」

「ダメ」

愛想がよくて大人の輪に入りたがるキャラと、無愛想で人見知りするリウヒは対照的だったが、我儘なところだけは共通していた。ゆえに諍いが絶えない。大人から見ると微笑ましいものだったが、当人同士はいたって真剣なのだろう。

「ねえ、マイムさん」

キャラが焦げ茶色の目で見つめてくる。

「ここにもトモキさん、いないのかなぁ」

小さな肩を落としている。罪悪感がちらりと疼いた。

王女はともかく、この少女がただただトモキに会いたい一心で、行動を共にしているのは気が付いていた。

トモキの話をする度に瞳が輝く。表情が華やぐ。それはもう嬉しそうで背後に花でもしょっているのかと思うくらい周りが明るくなった。

同期や後輩の中にも、恋愛の話をするものはみな一様に同じだった。相手の話をする度に顔を輝かせる。片思いから光を増し始め、両想い寸前で光は最高潮に達する。しかし、いざ付き合いを始めたり結婚してしまったりすると、輝きは不思議な事に急速に失われるのだった。

マイムが口を開こうとしたその時、カグラが部屋に帰ってきた。

「あ、丁度よかったわ。手伝って」

針と刺繍糸を渡す。

「わたくしがですか」

「ええ、あなたが」

少女二人がクスクス笑う。

カグラは仕方なさそうに椅子を引き寄せると娘たちの輪に加わった。刺繍なんてやったことがないというカグラに、キャラが教えている。その横顔をみて、小さくても女なのね、と苦笑した。

リウヒは黙って真剣に手を動かしている。たまに指に針を刺して、痛そうに手を振っていた。

「すごーいカグラさん、うまーい」

呑み込みの早い男なのだろう、器用に針を動かしては鮮やかな手つきで進めていく。その姿も様になっていて、マイムはなんだか面白くなかった。うっかり見とれていたら、カグラが一瞬、得意そうにマイムに視線を投げかけた。

思わず顔を顰める。負けるものか。

それから、しばらく四人は黙々と針を動かしていた。余りにも夢中になっていた為カガミが帰ってきても、誰も気が付かなかった。

「いやぁ、がんばっているねぇ」

その声にみな弾かれたように驚き、散々文句を言ったあと哀れなオヤジも巻き込んで再び針仕事に精を出した。

 

手の感覚がおかしい、と目の前の男がこぼす。ぼくもだよ、とその横のオヤジも同意した。

「まあまあ、お疲れ様でした」

と二人の猪口に酒をついでやるとしなやかな腕と、丸い腕が同時に伸びた。

刺繍は見事に完成した。

その布をマイムが広げると少女たちは歓声をあげ、カグラはぐったりと壁に寄りかかり、オヤジはそのままひっくり返った。

「やっぱりみんなでやると早いわねぇ。また手伝ってもらおうかしら」

と男二人に流し眼を送ると、カグラとカガミは同時に首をふった。それをみて少女たちが軽やかに笑う。

「刺繍仕事は金になるんだぞ」

「それにすごく楽しかった」

そう、楽しかった。

ただ針を動かしていただけなのに。五人とも無言で、ただ手を動かしていただけなのに。なぜなのだろう。

「ずっと同じ姿勢でいたからでしょうか、妙に肩が痛いのです」

「ああ、それ凝っちゃったんだよ。ぼくも痛いんだよ。きれいなお姉さんに揉んでもらえば、治ると思うんだけど」

「湯につかれば治ります」

ぴしゃりというと、オヤジはしょげた。

でも、あのカグラが一瞬みせた得意そうな顔。思い出す度笑ってしまう。子供が見せるような、無邪気な顔。澄ました表情しかできないと思ったら、あんな顔もできるんじゃない。

いや、でもだめだ。この男は何を考えているのか分からない。油断はできない。

マイムは慌てて顔を引き締めると、目の前の酒をあおった。

****

 

目の前の部下が、申し訳ありませんでしたと床に頭を擦りつけた。

「面をあげてくれ、もう終わったから。報告してくれて助かった」

シラギが言うと、部下は恐縮するようにもう一度頭を下げて退出した。

宮廷はショウギの天下となっていた。意気揚々と朝議に出席し、王気どりで口をはさむのだ。その周りを固めているのは、甘い汁を吸おうとする奸臣たち。喜んで暗躍している。しかし、宰相は何も言わず諦めきったように政務を進めていた。国王は寝台に伏せったままで、まったく表に出てこない。

シラギも混乱したままの軍や、兵士を整理するのに必死だった。それ以上に、上から雑務を押し付けられる。あっという間に一年が経った。そんな中、部下の一人から軟禁されている男がいる、と報告があった。騒ぎからしばらく後、城下で宮廷の様子を探っていたらしい。二十歳前後、茶色い髪の男。シラギは愕然とした。トモキではないのか。監視役が付いていたが、金しだいでどうにでもなる。急ぎ駆けつけると、やはりトモキだった。すぐに逃がした。一年も放置していたなんて。申し訳なさと共に腹立たしさも湧いてくる。なぜ、わざわざ火に飛び込んできた。

だが新しい情報も入った。王女は無事だ。

ため息をついて、背もたれに寄りかかった時、扉が叩かれた。

宰相が倒れたという。シラギは椅子を立ち、急いでその元へ向かった。

確かに老人は寝台に横たわり苦しそうに息をしている。

「すまんが、下がってはもらえんかね」

宰相はシラギと自分の監視の男たちに言う。

「これが最後の言葉になるかもしれん」

男たちは、顔を見合わせると黙って頷き部屋を出てくれた。扉の前で待機しているようだ。多分買収でもされているのだろう。

彼らが出て言った後、宰相はよいしょ、と起き上った。

「お、起き上がられて大丈夫なのですか」

シラギがうろたえた声をだすと

「む。仮病じゃ」

とケロリとした顔で答えた。

「何かしら理由がないと、ゆっくり話ができんからな」

「…」

「頼みがある」

「はい」

「先日、王女は生きていると言っておったな」

声をひそめて話す宰相にシラギは頷いた。

「その王女を宮廷に連れ戻してくれ。そして王座に付けるのだ」

「しかし、今の状態では難しいでしょう」

なあ、シラギよ。と宰相は小さな声で呟いた。

「わしは、王の血を引いてない者にこれ以上頭を下げたくないのだよ。王の愛人としてならいくらでも下げよう。しかし、その血を一滴もひいておらぬものを王として崇め、頭を垂れるのは我慢がならん」

それならいっそ、あなたが王になったらどうです。とは言えなかった。

その心を読み取ったように宰相は続ける。

「人はそれぞれ矜持というものがある。あのショウギでさえもっているだろう。そしてわしの矜持とは、三百年続いたこの王家に仕えることなのだ。今更その血を引いていない輩に仕えることができるか」

それはそのままシラギの心でもあった。

「もしかして、今まで知らぬ振りをしていたツケが来たのかもしれませんね」

見て見ぬ振りをして、その場をやり過ごす。王を諌める立場にありながら、己の身が可愛くて黙っている。自分の考えに蓋をして、ただ与えられた仕事だけをこなす。

そして国は傾いていくのだ。今はその兆候が見えなくとも、長い目で見れば確実に沈むだろう。たとえ、ショウギが王になったとしても、甘言しか聞かない彼女が優れた政治をする訳がない。

「分かりました。行ってまいります」

「宮廷の事は心配するな、内側から固めておいてやる」

頷いて了承した。

「ただし王女を見つけたとしても、すぐには戻ってはならぬ」

宰相は髭をしごきながら、思案顔で言う。

「国王が崩御してからじゃ。わしが舞台を用意しよう」

政治家の顔で笑う老人を目の前に、シラギは呆れた。

また、舞台の上に立って踊らなければならないのか。御前試合どころではない、国と言う舞台だ。しかも踊るのは王女。

「あの」

「なんじゃ」

「もしかして楽しんでおられるのではないですか」

「楽しんでいるとも。今までの恨みを晴らしてやるわ」

この人は何を言っているのだろう、こういう性格だっただろうかとふと訝った。

もしかしたら壊れてしまったのかもしれない。

 


 
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