No.1095857

堅城攻略戦 第二章 仙人峠 1

野良さん

式姫の庭の二次創作小説になります。

「堅城攻略戦」でタグを付けていきますので、今後シリーズの過去作に関してはタグにて辿って下さい。

第二章開始

2022-06-23 21:49:59 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:517   閲覧ユーザー数:508

 大きな羽音を耳にして、こうめは母屋の玄関に駆け出した。

「狗賓、皆は無事か?!」

 玄関で高下駄を脱いでいた、背に翼を負った狗賓と呼ばれた式姫が、廊下の床板を踏み鳴らして駆けて来たこうめの方に顔を向けた。

「こうめ様、ご主人様始め、式姫達全員無事です」

 この目で確かめてまいりました。

「おお……本当か、本当なんじゃな?」

「ええ」

 にこりと笑み掛けてから、狗賓は穏やかな声音で言葉を続けた。

「確かに噂通り、遠征隊は堅城への攻撃には失敗し、一旦拠点化した宿場町まで退いておりますが、退却の宜しきを得て、被害は最小に留まっています。 数人は戦傷で療養中ですが、命に別状はありません」

「そう……か」

 良かった、と言いながらぺたりとその場に座り込んでしまった、そのこうめの幼い顔に憔悴の色が濃い。

 彼の留守を、こうめと少人数の式姫が守るこの庭に、先だって行商人によってもたらされた敗北の噂。

 だが、それは噂話らしく、細部がいい加減な割に、無駄に不安だけを煽るような憶測塗れの物で、全く要領を得ず、ただ聞いた者の不安を増大させるだけの物。

「こんな役にも立たない話しを、幾ら集めて捏ねてても話にもならないわ、狗賓、飛んでもらえる?」

 そう言いながら、かやのひめはちらりとこうめを見て、声を潜めた。

「みんなの安否を、可能なだけ確認出来たら一旦戻って頂戴、色々深く探る必要は無いわ、それと、危なそうなら無理はせず退く事、良いわね」

「承知しました、お嬢様」

 定かならぬ情報に振り回され、不安に懊悩するこうめの姿を見かねたかやのひめが、彼女の従者である狗賓を、直接情報を確かめるべく遠征隊が詰めている宿場町まで派遣したのが一昨日の話。

 噂を聞いてから後、その可愛らしい頭の中では、どれだけ嫌な想像が暴れ、安らかな眠りを妨げて居たのだろうか。

 安堵して緊張の糸が切れたか、泣きだしそうに震える小さな肩に、後ろからほっそりした美しい手が添えられた。

「……だから言ったでしょ、あんな殺しても死ななそうな奴の心配なんて、無駄な事はしなくていいのよ」

 そうしかめっ面で口にしたかやのひめの足許で、ふわりふわりと花が生じ、芳香と共に空気に溶ける。

 華の姫たる彼女の喜びの気が、世界と感応して生じる一種の奇瑞。

 あまり素直でない彼女だが、かようにその内心は比較的判りやすい、その辺りをよく弁えている狗賓は、表情を変えずに、主に向かい一礼した。

「かやのひめお嬢様、狗賓、只今戻りました」

「お疲れ様、大した事無かったようで良かったわ。後で詳細な報告はして貰うとして、お風呂を立てて置いたから、先ずは汗を流してらっしゃいな」

 はい、と差し出された手拭を受け取って、狗賓は小さく礼を返した。

「ありがとうございます、ご厚意に与りますが……その前に」

 狗賓は懐から一通の書状を取り出し、かやのひめに手渡した。

「これは?」

「こちら、ご主人様から、留守居の皆に宛てられた書状です、今の遠征隊の状況と、今後の堅城攻略の方針が記されていると伺っております」

 へぇ……と少し感心したような声を出しながら、かやのひめはその書状を受け取った。

「何と書いて寄越したのじゃ?」

 こちらを見上げるこうめの顔を見て、かやのひめは小さく頭を振った。

「皆が無事だと判ったんだから、取り敢えずひと眠りしてきなさいな、その間に私の方で読んで置くから」

 内容は後でゆっくり教えて上げるわ。

「しかし!」

「そんな眠そうな顔で聞いても、何も頭に入らないわよ」

 書状を懐に入れてから、小さく膝を折ったかやのひめが、こうめの頭に手を乗せる。

「今は休みなさいな」

 その手から、心を落ち着かせるような、優しい何かの花の香りが漂い出し、こうめの小さな体を包む。

「……よい……匂いじゃな」

「そうでしょ、心を落ち着かせる、とても良い香りよ」

 くすりと笑ったかやのひめの顔が、徐々に暗く、ぼやけていく。

 かくりと傾いた小さな頭を、かやのひめは優しく抱き留めた。

「秋の勿忘草でございますね」

「ええ」

 安眠を誘うと琉球で言われる薬草の香りと薬効を、彼女の力で少し強めてやった物。

 人を無理に眠らせる力などは無いが、疲れ果てた少女を眠りに誘う程度は造作も無い。

「全く、こんなになるまで人を心配させるんじゃないわよ、あの馬鹿」

 小さくここに居ない人を罵りながら、こうめを抱き上げたかやのひめが、狗賓に顔を向けた。

「それにしても、進軍するばかりで連絡もろくに寄越さなかったのに、状況を記した書状を寄越すとはあいつも少しは気が利くようになったわね……それはさておき」

 そこで、僅かにかやのひめが言いよどむ。

「あの城相手に、そうそう打つ手が見つかるとは思えないんだけど……まさか、勝算無しに再度突っ込むとか、馬鹿な事は言ってなかったでしょうね?」

 そう口にしたかやのひめに対し、落ち着かせるように、狗賓は柔らかい笑みを浮かべて首を振った。

「大丈夫です、次は勝ちますよ」

 慎重で浮ついた所など、これまで微塵も見せた事の無い従者にしては、軽率とすら思える発言に、かやのひめは僅かに眉を顰めた。

「断言できるほど、容易い相手じゃないと思うけど」

 主の言葉は良く判る、小さく頷いて、狗賓は言葉を返した。

「ええ、確かに堅城は難攻不落、ですが今あの方の傍らには、世界でも屈指の軍師が付いて居ます」

「軍師、それも世界で屈指って?」

 いつの間にそんな。

「おつのさんの伝手で紹介して貰い、ご主人様自ら赴き、鞍馬山の大天狗を味方になさったのです、今は彼女の立てた計画に従い、再攻撃の準備を整えているところ」

 狗賓の言葉に、さしものかやのひめが驚愕の色を浮かべたまま、暫し絶句する。

「鞍馬山の大天狗って……ちょっと待ちなさい、まさか、あの僧正坊を動かしたの?」

 この遠征の序盤で、氷雪の結界で山を覆い、妖の侵攻を止めていた大いなる山神であるおゆきを鎮めた挙句に味方に付け、今また、人界に見切りを付けて隠棲したと聞いていた、日の本最強を謳われる八天狗の一人まで引っ張り出したとは。

「ええ、あの僧正坊様ですよ、私もお目にかかるのも久しぶりでした」

「……呆れた、あの馬鹿、一体どうやってあの気難し屋を説得したのよ」

 かやのひめの言葉に、隠し切れない驚きと、それを為した存在への敬意が籠もる。

 確かに、鞍馬がその力と知略を貸すとなれば、随分とあの堅城を陥すという話にも現実感が増す。

「ええ、本当に、ここに来てからこちら、退屈とは無縁でございますね、お嬢様」

 あの時、彼の隣に座り、何やらを相談していた鞍馬から、やぁ狗賓君久しぶり、などと声を掛けられて、さしもの彼女がどれ程驚いた事か。

「退屈しないというか、あんな馬鹿な事をやる奴が他に居ないから、常識人は驚くような事が積み上がっているだけよ、全く非常識な男なんだから」

 ふん、と可愛らしく鼻を鳴らしてこうめを抱えて廊下を歩み去るかやのひめの足許から、美しい花が開いては散り、そして空気に溶けていく。

 その香りに鼻を楽しませながら、狗賓も廊下を歩み出し、最前の彼女の言い種を思い出しながら小さく呟いた。

「おゆき様も、鞍馬殿もそうですが、それを仰るなら、日の本の草木(そうもく)を司るかやのひめ様が、人にお味方している時点で大概でございますよ……ね」

「おーい、大将生きてっかい?」

「……そろそろ死ぬかもしれん」

 日本では珍しい、唐の南方を描いた水墨画の中でしか見られないような峩々たる山並みは、遠方から眺めながら、酒でも呑んでいる分には良いが……。

「こんなおっそろしい所を、実際に登ろうなんて連中の気がしれんよ」

 山肌に抱き着くように進むしかない細い山道は、脚を踏み外そうものなら、たちまち浮世の苦しみから解放される事間違いなしの代物。

 山の恵みも獣もそれ程採れず、街道が通っている訳でも無い地、となれば、普通の人は敢えて足を踏み入れる程の利も見出せぬ。

 その外観含め、仙人位しか越さぬ山、という事で仙人峠と名付けられたこの険阻の地。

 結局、ここは山岳修験の行場として、一部の人にのみ知られる場所……その筈だったのだが。

「おーっとご主人様、それは聞き捨てなりませんよ、好きで登ってる筆頭たるおつのちゃん始め、山伏と修験者みんなにに謝ってよねー。 それにしたって全くもって嘆かわしいなー、こういう山を見たら、先ずありがたいありがたいと手を合わせてから、さて登ってみたい、いや登らねばならぬ、踏破せねば国には帰らぬ、何なら鉄下駄履いて十周してからが本番だ、位思うのが神に近付く心という物ですよ、それをおつのちゃん秘伝の藁と革で作った初心者安心沓履いて、蜥蜴丸ちゃんに付いて貰って、山姫の紅葉ちゃんに先導されて、しかもあーれーと思わぬ捨身しそうになっちゃった時の為におつのちゃんまで補助に入って登っているのに、これ以上何が必要なのー」

 おつのの言い種は、完全に修験道の開祖のそれで、男は天を仰いだ。

 いや、天を仰ぐというより、この場では足許を余り見たくないというのが正直な所ではある……足が震えて動けなくなるという事は無いが、眼下に雲が見える高さというのは目が眩む思いはする。

「今必要なのは、こんな所を登らねぇ生活だけだ……俺ぁ神に近付くより、地べたに寝っ転がって酒呑んでたいんだよ!」

(何を仰います、軟弱な。実に良い鍛錬場では無いですか、恐怖を克服し、足腰を鍛錬し、平衡感覚を養うにも利が有る、この神寂びた地を毎日往復していれば、ご主人様の剣技、今より更に磨きがかかる事必定です、是非やりましょう)

 背中に背負った蜥蜴丸からも、この環境をむしろ喜ぶ声が響く。

 心身を練磨する事に無上の喜びを見出す式姫である彼女にしてみると、この環境は喜びをもたらすものでしか無いのであろう……同行者にと選んだ面々の人選に疑問を感じつつ、男は小さくぼやいた。

「そういうのは、剣術に我が身を捧げる、なんて立場と心境になれてからの話にしてくれ……」

 ああおっそろしい、と言いながらも、男が進める歩みは危なげがない。

「まぁ、あたしでもちょいときつく感じるんだから、気持ちは判るけどねぇ、そうぼやきなさんなって、苦労して山頂まで行った後で飲(や)る一杯は他に替えがたい旨さなのも事実さね、さっさとここを根城にしてる化け物共をぶちのめしてから、絶景肴に宴会やろうぜ」

「そう願いてぇな、さっさと片付けるとしようや」

■狗賓

狗賓さん、落ち着いた素敵なお姉さんなんだけど、ヘビメタバンドのボーカルやったり、お餅大食いお姉さんだったりという落差が色々楽しい可愛い。

■かやのひめ

漬物や煙草の神さまでもあったりと、流石植物の神さま。早く相方出してあげたい \かやちゃ!/ ドッ!


 
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