No.1095676

能ある狂者は猫を被る

砥茨遵牙さん

恐ろしい子、2主くんの本質に迫る話。久しぶりに2主くん視点が入ります。本質に気付けるのはシエラ様と4様しかいなかった。
この2主くんは坊っちゃんを微塵も尊敬してません。
2主→ヒエン
坊っちゃん→リオン
4様→ラス

2022-06-21 17:29:08 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:417   閲覧ユーザー数:417

 

猪突猛進、動物大好き、野性児、軍資金を稼ぐ商才、自称アイドルな可愛い小悪魔。

アニマル軍でヒエンを表すのは大抵この言葉。常識では図れない突飛なことをやってのける、でもちょっぴりお馬鹿なところも可愛い健気な軍主。よく仕事をサボって軍師が般若顔になって追いかけ回す姿をチラホラ見かける。

だが、本当にそうなのだろうか?ただの少年として育ったにしては違和感がある。もしかしたら軍主をする内に変わっていったのだろうか?

ヒエンのことならば身内であるナナミに聞くのが一番かと昔と今と変わったところがあるか尋ねてみると、

「ヒエン?昔からあんな感じだよ?」

という答えが返ってきた。

ナナミによると、昔からムクムクや動物が大好きで、いつもムクムクを抱えては周りに奇異な目を向けられその子達をナナミが追い払ってきた。ゲンカクの養子という理由で侮蔑の眼差しを向けられる度に、ナナミは泣くヒエンの前に立ち塞がり守ったのだとか。

それでもゲンカクに我が儘も言わず聞き分けはいい子だった。ジョウイと友達になるまでは。ジョウイと友達になって、侮蔑の眼差しを向ける者は減った。地方豪族であるアドレイド家の嫡男に手出しする者はいなかったのだ。

しばらくして、ヒエンはゲンカクに頼み込んで字と計算を勉強するようになった。ヒエンが頑張るんだからナナミもと言われ、ナナミは苦手な勉強に四苦八苦したらしい。聡明なゲンカクのこと、自分の死後二人がどこに行っても働けるようにしたかったのかもしれない。

ナナミがヒエンに何でそんなに勉強するのか聞いたところ、ずっと持っていた本を読めるようになりたい、商人になりたいと言ったのだそうな。

「商人になって、お金持ちになって大きい屋敷を買って、誰にも馬鹿にさせないんだって。ナナミの嫁入り道具いっぱい買ってあげるからねって言ってくれたの!」

ただの少年にしては字の読み書きや計算が出来ると思っていたらそういうことか。ヒエンがずっと持っていた本とは?と聞くと、ゲンカクがヒエンの親から授かっていたものらしい。

大きい屋敷を買って馬鹿にさせないと望んでいたのなら、ヒエンはキャロの人間を見返したいという上昇思考があったのだろう。

 

 

 

 

 

 

川に落ちたヒエンを拾って面倒を見ていたというビクトールに、彼から見たヒエンを聞いてみると。

「あいつは俺達が巻き込んじまったようなもんだからな。ただの子供だったあいつを担ぎ上げちまった責任がある。出来るだけ汚れ仕事は俺が引き受けてやりたい。フリックも同じようなこと思っててな。あいつが辛いときは慰めて、支えてやるって二人で誓ったんだ。」

数々の修羅場をくぐり抜けてきたビクトールにこう言わせるなんて。負い目があるとはいえどうしてそこまでと聞くと詳細を教えてくれた。

 

 

ルカ・ブライトを倒し、ミューズでの一件のすぐ後。ヒエンはビクトールがピリカを置いてきたことに対し、

『ありがとね、ビクトールさん。』

と申し訳なさそうに言った。

『おいおい、俺はピリカを置いてきたんだぞ?ナナミみたいに恨み言も無いのか?』

『まっさかぁ。あの時はジョウイの性格を考えてああするしかなかったの分かってるよ。ジョウイなら絶対ピリカちゃんの前で僕らを殺させることはしない。あのレオンって軍師も、流石に皇王の命令には逆らわないでしょ。』

『そこまで分かってたか。』

『行く前にシュウに忠告されてたからね。』

『やっぱりか。あんまり驚いてなかったもんな。』

『それにね、ピリカちゃんはずっと寂しそうだった。僕らが側にいるよりも、ジョウイがいないことが不安で仕方なかった。もしかしたら、ジョウイと一緒ならピリカちゃんの声も戻るかもしれないって思ってたんだ。あんな形にはなったけど、結果的にジョウイの元にピリカちゃんを返せた。だから、ありがとね。』

ニコッと笑うヒエンがどこか寂しそうで。たまらずビクトールはヒエンの頭をガシガシと力強く撫でた。

『物分かりのいいフリしなくていいさ。あんま無理すんなよ。』

『っ…、もうっ、ビクトールさんの手、ゲンカクじいちゃんみたいっ…。』

ヒエンが懐かしそうに呟くと、ポロポロと涙をこぼした。いくら忠告されていたとはいえ、心のどこかでジョウイを信じていたんだな、とビクトールはヒエンを慰めるように抱きしめて頭をポンポンと撫でた。

『おう、泣け泣け。』

『えうっ、うっ、うあぁあ~ん…っ!』

物分かりのいいことを言っても、やっぱりヒエンはまだ子供。あんなに仲良しだった二人が敵対する道を歩むことになった原因は自分にもある。ヒエンが素直に笑って泣いて甘えてくれるなら自分はそれを受け止めてやりたい。

そうビクトールに思わせた決定的な出来事は、ティントでジェスに非難された時だった。ジェスの刺のある言葉にビクトールは腹が立ち胸ぐらを掴むと、ヒエンがビクトールの手を抑えたのだ。

『ビクトールさん、僕のことはいいよ。』

『何でだよ!?こいつお前のこと馬鹿にしたんだぞ!?』

『フン、物分かりのいいフリか?こんな野蛮人がいる時点でロクな集まりじゃないだろう。』

『ジェス!!てめえ!!』

『……ただ、さ。なんにもしてない人が偉そうに言わないでくれる?』

『何だと!?』

ジェフを見上げるヒエンの顔は、真剣そのものだった。

『事実でしょ。なーんにもしてないじゃん。狂皇子から逃げたくせに。』

『逃げてなど…』

『じゃあ僕らがルカ・ブライトと戦ってた間あなたは何してたの?戦いもせずにティントに引っ込んでガタガタ震えてただけでしょ。あなたが何もしない間に、ハイランドの捕虜になってたミューズの兵士は利用されて、グリンヒルは落ちた。』

『なっ…!?』

グリンヒルが落とされた原因がミューズの兵士によるものだとジェフは知らなかった。

『だ、だが貴様はアナベル様を裏切った!!』

『それはジョウイだよ。ジョウイがアナベルさんを殺した。』

『ハッ!親友を売るのか!』

『そうじゃなかったらジョウイがあのルカ・ブライトに取り立てられるわけないでしょ。そして今、皇王になってる。これは事実。』

『ぐっ…!き、貴様は元々ハイランドにいただろう!!』

『そのハイランドに殺されかけてるんですけど。唯一の家族のナナミはここにいるから、僕がハイランドにこだわる理由も無い。他に質問は?』

『っ!』

論破されて悔しそうに拳を握るジェスに、ヒエンは真剣な顔で言葉を続ける。

『僕は都市同盟の英雄ゲンカクの孫であり、アニマル軍の軍主。ティントとマチルダ騎士団以外の都市は協力してるし、グリンヒルは占領されたけど市長代行テレーズさんはアニマル軍にいるし、あの狂皇子ルカ・ブライトを倒した。それだけの実績を持てたのは戦って死んでいった兵士達がいたから。その中には当然、ミューズから流れてきた兵士達もいたんだよ?』

『っ!?』

『あなたが何もしてない間、ミューズの兵士達は戦ってた。その人達のこと考えなかったの?僕個人のことを悪く言うのはどうでもいいけど、死んでいったミューズの兵士達を、馬鹿にしないでくれる?』

『馬鹿になどしていない!!』

『してるよ。アニマル軍を否定するのは、その人達を否定するのも同じ。ミューズをハイランドから取り戻したい気持ちは同じはずなのに、狂皇子から逃げずに戦って散っていった彼等の気持ちを踏みにじった。逃げて何もしてないあなたとは違って、彼等は英雄だ。死んでいったミューズの兵士達に、謝って。』

『ぐっ……!』

ヒエンに謝るなど絶対にしたくないジェフが苦虫を噛み潰したような顔で唇を噛みしめていると、ヒエンがふぅ、と落胆したような顔をした。

『…結局あなたは、アナベルさんがいたミューズを守りたかっただけで、ミューズの兵達はどうでもいいんだね。』

『っ!?』

何も言い返せなくなったジェスは歯を食い縛った顔で市長室から出ていき、その後に続いてハウザーも出ていった。

『……ごめんね、ビクトールさん。感情だけで言っちゃいけないってシュウに言われてたけど、みんなのこと考えたらちょっと頭にきちゃって……。』

しゅん、と項垂れるヒエンの頭をビクトールはポンポンと撫でてやった。

『謝ることねえさ。お前がどんなにツラい思いしてきたかあいつは知らねえんだ。俺ならぶん殴ってるところだ。』

『現に殴りそうだったでしょ。』

『違いねぇ。』

『立派でしたぞ、ヒエン殿。』

『リドリーさん、ありがと。……それより!ネクロードをどう倒すか考えなきゃね!』

そんなやり取りをした後にいろいろあって、ヒエンの紋章の力、カーンとシエラの手を借りビクトールは長年の仇敵ネクロードを討つことが出来た。今度こそ、完全に。

あれだけ馬鹿にされたジェスを仲間にすると言った時は驚いたが、

『ビクトールさん。ジェスのこといーっぱいこき使ってね!』

と小悪魔な笑顔で頼まれ、よしきた!と了承した。それが彼なりの憂さ晴らしだと分かったからだ。

 

ヒエンは死んでいった兵士も英雄と言った。どんなに自分が非難されても彼等を侮辱するのは許さないと。それはビクトールの心を強く揺さぶった。

ヒエンはリオンのように武将としての教育を受けたわけでも、圧倒的な実力もあるわけでもない。それでも軍主になることを承諾し、皆を飢えさせないように懸命に交易やいろんな企画で軍資金を稼いでいる。

『誰よりも強くて指揮官として能力のある人が軍主になるべきなんだろうけどさ。みんなが僕に希望を見出だして信じてくれるなら、戦おうって思ったんだ。僕一人で戦ってるわけじゃない、みんなが力を貸してくれる。みんながいるから僕は軍主としていられるし、狂皇子を倒せた。だから、この城にいる間くらいはみんなに安心してもらいたい。美味しいもの食べて笑顔になって、英気を養ってほしい。不安も恐怖も、ぜーんぶ僕がみんなの代わりに背負ってあげるの。……でも、たまにでいいから、ビクトールさんには頭撫でてほしいなぁ。こんな弱音言っちゃいけないかもしれないけど、ビクトールさんのゴツゴツした手ゲンカクじいちゃん思い出すから。ちょっとだけ甘えさせてね。』

ただの少年だったヒエンが、大勢の不安と恐怖を背負うなどと言うのだ。大人である自分達が何もしないわけにはいかない。英雄の孫として奮い立つ小さな背中を支えてやりたい。そのためならばどんな汚れ仕事も引き受けてやる。猪突猛進で小悪魔なところは玉に傷だが、それもヒエンが子供らしくいられるならば可愛いものだ。彼が甘えたいならうんと甘やかしてやろうと、フリックと誓った。

 

「けどよ、何でヒエンのことを聞くんだ?紫の薔薇の人。」

背後に薔薇が咲きベルば○風に作画崩壊したビクトールがそう呼ぶのはただ一人。

「いや、あの子が元々一般人だったと聞いてね。年寄りとしては、背負うものが大きすぎやしないかと心配してるのさ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナナミとビクトールからヒエンの人柄を聞いたラスは思案する。今の話を表面だけで見れば、上昇思考のあった少年が健気に軍主として振る舞っていると思われるだろう。しかし、彼の本質は別にある。

あの子は他人の心の機微を悟りすぎている。あざとく可愛いフリをしておねだりするのは他人から自分がどう見られてるか理解しているからだ。悲しい場面で必ず涙を見せて弱さをさらけ出せば、誰もがヒエンを慰める。英雄の孫として祭り上げられた少年を支えてやりたいと思うようになる。とことん甘えて、罪悪感と善意を利用する。あの商才逞しい姿も、みんなの食料代を確保するためと張り切ってるのが目に見えているから周りも協力する。そうしてどんどん交易を盛んにし、集客で城に人を集め潤沢な軍資金を得ていった。

ヒエンは自分が好きな物への主張は激しい上にそれに対して猪突猛進で突っ走る傾向にある。軍師であるシュウは仕事をしないことや人道に反することに叱りはするが、元は交易商をしていたせいか儲かると見込んだ企画自体には反対しない。トランの英雄であるリオンの出入りを自由にさせているのは、リオンを担ぎ上げようとする意志が全く無いからだ。この軍が求めているのは兵を率いるカリスマ的存在ではなく、一緒に戦いたいと思わせる求心力のある器。

戦力が増えたらヒエンは一人一人挨拶をするのだとか。

『君の出身は?』

『リューベの村、です。たまたまあの日、村から出てて、それで……』

『そっか、ツラかったね……。一緒にリューベの村取り戻して、復興させようねっ。』

『っ!はいっ!ヒエン様!』

一人一人の手を取り、可愛い笑顔で一緒に戦おうと鼓舞する。ここの兵士達はほとんどがヒエンの信者だ。彼に恋人が出来たと聞いた時には泣いた者もいたとか。健気にハイランドに立ち向かう可愛い軍主を手助けしたい、彼と一緒に戦いたいと意思を一つにし、必ずヒエンについていく絶対的な盲信者。

その一方で、好きなものに一直線に突っ走り軍師に叱られているのはいつものことだと、それが正常なのだと認識させ、自分が狂っていると周りに悟らせない。

あの子は、最初から狂っている。

 

 

 

料理対決が終わったヒエンに、内緒の話をしたいんだけど時間もらえるかな?とラスが話しかけてきた。はい喜んでぇ!と自分の執務室に案内する。

「それで?内緒話って何ですぅ?」

椅子に腰掛け肘をつき、きゃるんっと効果音を鳴らして可愛い角度で見上げる。ラスが指を鳴らし消音の結界を張り、確信のある表情で問いかけてきた。

「君は、狂皇子を死の淵から回復させる際に最初から完全に治す気が無かっただろう?出血さえ止めておけば、頭と胴体だけでも人間は生きていられる。足と左手だけは麻痺させるだけでほんの少し動くようにして、利き手である右腕だけ完全に封じ、それ以外はあたかも回復していったように徐々に封印を解いていった。違うかい?」

「……ばれましたぁ?」

悪戯が見つかった子供のようにペロッと舌を出して笑う。

「ていうか詳しいですね?誰から聞いたんですぅ?」

「本人から回復していった経緯を聞いてね。」

「やっぱり。ラスさんはクロの正体分かってたんですね。」

「ああ。」

「シエラさんもレックナート様も気付いてるでしょ?その辺には言わなくてもバレちゃうかなぁ~と思ってたので。」

「……そうまでして、あの狂皇子を手元に置きたかったのかい?」

「そうでぇ~っす。」

「人間嫌いの君が?」

「……ふふふっ、流石ラスさん、勘が良いですねぇ。超絶カッコいいしぃ、抱かれたくなっちゃうしぃ、ルカより早く会ってたらモノにしたかったかもしれないなぁ。」

「茶化すのはよしてくれ。」

「本気なのにぃ。」

ぷうっと頬を膨らませて拗ねた顔をするも、すぐに嘲笑うようにニンマリと口元を歪めた。

動物好き、裏を返せば、人間嫌い。ヒエンは吐き気がするほど人間が嫌いだ。

 

始まりはぼんやりするほど遠い記憶。顔は朧気だけど、髭をたくわえた人に可愛がってもらっていた。父親だと思っていた。でも、いつからかその人は会いに来てくれなくなって。泣いても泣いても来てくれなくて、次第に嫌いになっていった。

キャロで暮らすようになって、人間の汚さを理解した。群れるだけで自分達は偉いのだとふんぞり返り、噂を鵜呑みにする。ゲンカクの養子というだけで余所者扱いし淘汰してもいい存在なのだと侮蔑の眼差しを向け石を投げられた。それに比べて、動物は嘘をつかない。真っ直ぐな目を向ける動物達が大好きになっていった。

ジョウイと友達になってから石を投げられることは少なくなったが、彼が豪族だから手を出さなくなっただけだと気付いて、悔しかった。それを皮切りにだんだん扱いは良くなっていったが、最初に向けられた侮蔑の眼差しは忘れない。絶対自分の力で見返してやると決めた。そのためには金がいる。だから商人になってお金を稼ごうと決めて、ゲンカクじいちゃんに頼んで字の読み書きや高度な計算を教えてもらった。

『商人を目指すならば人の心を悟れ。自らに向けられる善意と悪意を見定めなければならぬ。かつて儂は己に向けられる悪意に目を背けてしまった。ヒエンよ、お前にはそうなってほしくない。悪意にも向き合いそれを逆手に取らねば、商人の腹の探り合いには勝てん。』

一騎討ちがどんな結果になっても都市同盟から追い出すつもりだったダレルからの悪意。それを見抜けなかったゲンカクじいちゃんの後悔が今なら分かる。

僕とジョウイがスパイという情報に踊らされたキャロの人達に再び侮蔑の眼差しを向けられ処刑させられそうになって、人間の本質は変わらないのだと改めて理解した。見返してやる、完膚無きまでに。

ジョウイはお母さんが大事だから、いつかハイランドに戻る予感はしていたのだ。アナベルさんを殺したジョウイを見た時にやっぱり、と思うぐらいには。

 

ナナミとゲンカクじいちゃんとジョウイ以外の人間が、大嫌いだった。ルカを好きになるまでは。

 

出会いは最悪だったが、あの村で豚の真似をした女性を斬ったルカを見て興味が湧いた。殺し方に違和感があったのだ。どうしてわざわざ命乞いさせて、豚の真似させてから殺したんだろう?殺すのが目的ならさっさと殺せばよかったのに。

極めつけは傭兵砦でルカが言った弱肉強食。動物の世界では当たり前の理論だが、皇子として何の不自由無く育ったルカが弱肉強食を掲げるのに疑問を持った。あんな形で都市同盟の民を殺戮するには理由があるはずだ。その理由に、触れたくなった。

 

ゲンカクじいちゃんの孫として祭り上げられ成り行きで軍主を打診された時は内心小躍りしたのだ。何の身分も無かった自分がルカ・ブライトと対等の地位になれる。商人を目指していた自分が、国を盗れる絶好の機会。断る理由なんて無かった。人間は嫌いだが、嫌悪と評価は別。心に踊らされる単純さと生産性は評価していた。人心を、他人の善意を利用するのは造作もない。

幸いシュウは僕と相性が良い。交易商として財を築いていたシュウの手腕は尊敬に値する。向こうはただの象徴にするつもりだったんだろうけど、それじゃあ面白くない。だからシュウには僕の野心を打ち明けることにした。

『ねえシュウ。どうせならぜ~んぶ壊して新しい国、作りたくない?』

ニンマリ笑って問いかけると、驚いた顔をしてすぐ悪い笑みを浮かべた。

『ただの象徴でいる気は無いというわけか。いいだろう、俺はどんな役割をすればいい?』

『簡単だよ。僕は好きなものには突っ走るくせがある。その衝動は抑えきれないから、叱ってくれればいい。仕事サボって叱られつつもみんなのために奮い立つ健気な軍主に、人は皆僕を助けたいって思うよね。』

『…胃痛が増えそうだが、いいだろう。乗った。』

『それから、戦争中ではあるけど僕は自分の商才を試したい。いろいろ企画するから、確実に儲かるもの選別してくれない?』

『構わんが、この城で儲けてどうする?』

『潤沢な軍資金と後の国家資金、貯めといて損はないよね。』

『それでこそ俺の力を振るうに相応しい軍主だ。』

こうして僕とシュウの主従関係は成り立った。公の場では僕に敬語を使うけれど叱る時は砕けた態度になる。仕事をサボり叱られ、いつも突拍子もないことをやってるのが正常なのだと周りに認識してもらうために。僕の見た目と境遇なら泣いたり甘えたりすれば誰もが僕を慰める。僕とシュウの能力を存分に使って他者を動かし、財を成し、ハイランドも都市同盟も無くす。国盗りの始まりだ。

ビクトールさんやフリックさん、仲間は信用はするけど信頼はしない。こう動くと信じて利用する、信じて頼ることはしない。向こうからは僕が頼っていると見えるように振る舞っているに過ぎない。

 

 

あのグリンヒルの森で偶然ルカに出会って、ルカの狂気の中に警戒心が見えた。狂った復讐者の中に見えた、誰も信じられず怯えて警戒し威嚇する獣。心臓の音を聞かせるように抱きしめたルカは、狂おしいほど可愛いかった。あの瞬間に明確に恋に落ちた。これは人じゃない。獣だ。

 

ああ、この可愛い獣を僕のものにしたい!

 

実際に話をして理解した。狂皇子ルカ・ブライトは王に向かない。大陸を制覇する武力はあっても、一人で戦争など出来るわけがないし距離が伸びればその分補給も兵も追い付かない。ルカのように村を滅ぼせばその分兵糧となる食糧を作る人手がいなくなる。ハイランドのような狭い国が戦争にばかり目を向けていれば、国としては貧しくなるというのに。ハルモニアに擦り寄る姿勢を見せたのは、本能的に大国には勝てないと分かっているからだろう。

たかが一国の人間が大陸を、世界中の人間を抱えるなんて出来るわけがない。ハルモニアですら四百年以上も海を越えられないのだから、世界征服など、滅ぼすなど、世界の広さを知らない者の妄言でしかない。ルカは都市同盟の人間だけでなく自分の国すら滅ぼすつもりだ。ユニコーン少年隊に奇襲をかけたのが何よりの証拠。そんな者が王になれば必ず民から、部下から見限られるだろう。かつての赤月帝国のように。

 

死んで何の身分も無くなれば、僕のものにしていいよね!

 

モクモクを連れて森から帰ったその日に行動を開始した。とにかく自分がルカ・ブライトが好きだとムクムク達やフェザーに呟いたのだ。シロはルカが村人を殺す様子を見たことがあるから除外した上で。本当は殺したくない、生きていてほしいと夜な夜な泣いた。

読み通り、絶好の機会はすぐに訪れる。ジョウイの性格なら必ず狂皇子の夜襲を密告してくると予想していたのだ。

一騎討ちの後、誰にもバレないように四肢を封じて、胴体だけをほんのちょっぴり回復させた。虫の息になる程度に、ほんのちょっぴり。あらかじめ動物達にも言っておいた。『僕らがいなくなって、万が一ルカが生きていたら部屋に連れてきてほしい』と。

全て、うまくいった。あの狂皇子を監禁することに成功したのだ。

 

大好きな焦がれた獣が僕の手元にいる。なんて幸せだろう。あとは彼に僕を好きになってもらうだけ。

僕を面白いと、見届けてやるとは言っても、最初はやっぱり警戒していた。いくらグリンヒルの森でのやり取りで少し気を許したとはいえ、自分を殺しかけた敵の大将だし。だから毎日必ず好き好き大好きと囁いて、ご飯を食べさせたり、くっついたり、身体を拭いたり、排泄の世話もしたり、無理矢理一緒のベッドで寝たり。動けないから、ルカはされるがままだった。そうしてシュウに見つかるまでの一ヶ月、徐々に徐々に麻痺が残る程度に解いて。ティントに行く前に右腕以外を自力で回復出来る程度に解いた。

輝く盾の紋章は守りたいという僕の想いに応える。守るために動きを防ぐと願えば容易かった。

 

「……後にも先にも、輝く盾の紋章で人の四肢を封じたのは君だけだ。」

「そうなんですかぁ?うふふ、僕って天才っ。」

「最初から彼を戦力として利用するつもりだったのかい?」

「いいえ~。自分の可愛いペットを戦地に送る飼い主がいると思いますぅ?」

「…君ならやりかねない。」

「ひっどぉい。ルカが僕の敵を斬るって自分から言ってくれたのでぇ、好きにさせてるだけですよぉ。」

ルカの監禁はいずれシュウに話すつもりだったが、まさかティントに行く前にバレるとは思わなかった。でも、ルカが生きていると知られるのはまずいとそのまま僕の部屋に監禁するのは狙い通り。

ティントでナナミから逃げようと言われた時、冗談じゃないと思った。せっかくルカを手元に置くことに成功したのに、それを置いて逃げるなんて絶対に嫌だ。『ジョウイだって大事なお母さんを守るためにハイランドに戻った。僕は城に誰よりも大事な大好きな人がいるから絶対に逃げない。』とナナミに告げた。

結果的に留守にしていた間にルカは僕を好きだと自覚してくれた。あのグリンヒルの森で兆しは見えていたけれど、会えない時間がルカの心を動かしたのだ。

みんなの前でルカを戦場に出したくないと泣いたのは、半分本気、半分嘘。閉じ込めておきたかったのは本当だけれど、暴力的なルカの強さも好きだから、ルカが自分から僕の敵を斬ると言ってくれた時は嬉しかった。

タチかネコかどっちにしようか迷ったけど、あの大きな体躯を抱えるよりルカに僕を抱えてもらった方が楽。何より僕の可愛さを最大限に活かせるし、ルカが僕にしか種付け出来ない優越感に浸れると思い、念入りに準備した。このくらいの努力は何てこと無い。

僕の狂気に触れたおかげで認識を変え、他の人に敵意を向けずに話せるようになったのは僥倖だ。だってこのアニマル軍は都市同盟軍じゃない、僕のものなんだから。

「結果的にぜぇ~んぶ僕のいいようになってくれただけですぅ。」

「…最初に会った頃、恋に悩む君を可愛い子だと思っていたんだけれども。」

「今も最高に可愛いでしょ?」

「国を丸ごと騙す君に恐ろしさを感じるよ。」

「えぇ~っ。こぉ~んなにおしゃまで可愛い後輩に恐ろしいだなんて……。傷付きますぅ。」

きゅるんっと首を傾げて目を潤ませ上目遣いで見上げるも、ラスはフゥと呆れたように息を吐いた。

「それにぃ、騙してるだなんて人聞きの悪いこと言わないでもらえますぅ?みんな僕を健気な少年って思ってるから利用してるだけですぅ。ラスさんは見破ったじゃないですかぁ。」

「それが僕の役割だからね。君の、本当の名も。」

「……それはぁ、内緒でぇ~っす。」

しーっと人差し指を唇に当てて、茶化すようにニンマリ笑う。

「彼がしてきたことは到底許されるものではない。それを、一度彼に殺されかけた君が許すというのかい?」

「まっさかぁ。ルカが許されたいなんて思ってないの、ラスさんなら知ってるでしょ?」

「ああ。」

「だ・か・ら。全部、奪ってあげるんです。」

「……奪う?」

「ルカの地位も国も命も罪も邪悪も、ぜーんぶ奪ってあげるんです。だってそうでしょ?敵の大将だった僕だけが、この世で唯一ルカの生殺与奪を握ってるんですから。」

シュウに見つかった時に癒したいと言ったのは真っ赤な嘘。ルカを取り巻くものが僕の愛の障害になるならば全部奪うだけだ。復讐と憎悪に満ちた狂皇子ルカ・ブライトに自らの死を意識させたのは、この世界で僕だけ。

 

僕だけが、ルカの全てを奪う権利がある!

 

僕の狂気に惚れた瞬間、ルカは僕だけの獣になった。可愛い可愛い僕だけの獣。ルカの運命も全部奪って、ぐずぐずに甘やかして愛してあげる。国を奪う仕上げまで、もうすぐ。

「僕の本質を知ったからって、ラスさんなら言いふらしたりしないでしょ?」

「ああ。僕はこの戦争に参加していないからね。実際この軍は上手く回っているようだし、当事者でない者があれこれ言う筋合いは無い。」

「んふふ、やっぱりラスさん大好き。ルカの次にですけど。」

「お褒めに預かり光栄だけれど、君は人間が嫌いだろう?」

「人間としてとっくに超越した人は僕の嫌いな人間のカテゴリーじゃないですぅ。」

「それはシエラにも言えることだけれど。」

「シエラさんは別次元じゃないですかぁ。」

ぷぅっと頬を膨らませ不機嫌になる。シエラはヒエンにとって人間ではないから好きな部類だが、同時に苦手な存在。いくらヒエンでも、八百年を生きている領域外の超越者たるシエラを騙すのは困難だ。シエラ本人はヒエンの狂気を気に入っているし、夜の紋章である星辰剣もヒエンの心の闇を気に入っている。

確認したいことは聞けたとラスは執務室のドアノブに手をかけ、そうそうと何かを思い出したように振り返る。

「一つ助言しよう。どんな運命が降りかかろうとも、君の信ずるままに進むといい。諦めず進む。それこそが未来を切り開く魁の星なのだから。」

「はぁい。」

パタン、と閉まった扉を見つめてヒエンは呟く。

「うふふふ。全部防いで、運命すら騙してやりますよ。」

 

 

 

 

執務室の扉を閉めると、そこにはクロ……かつての狂皇子が立っていた。

「おや、どうかしたのかい?」

「…何の話をしていた?」

「ヒエンくんに聞きたいことがあってね。」

「…話し声が一切聞こえなかったが。」

「僕は消音の結界を張れるから。ヒエンくんが他に聞かれたら困る話をね。君こそどうしてここに?」

「お前に誘われて、ヒエンが喜んでここに連れてきたと聞いた。」

なるほど、心配になったわけか。確かにヒエンはラスのことを尊敬しているし先ほども大好きと言われたばかりだ。嫉妬するのは当然か。

「そんなに心配しなくてもいい。ヒエンくんがこの世で愛してるのは間違いなく君だ。さっきも惚気られたよ。」

「…なら、いい。」

「ちょうど良かった。僕も君に聞きたいことがあったんだ、ルカ・ブライト。」

「っ!?」

身体をギクッと震わせ、バッと辺りを見回し誰もいないことを確認したクロ。消音の結界を張っていると伝えると、安堵の息を吐いた。

「君は都市同盟に住まう全ての人間を殺し、その血を獣の紋章に与えることを目的としていた。ミューズ市とその近隣の村人を皆殺しにしているにも関わらず、他の都市に関してはサウスウィンドゥの市長の命しか取らなかった。…今ならここにいる全ての人間を殺すことも可能なのに、それをしないのは何故だい?」

仮面を被っているから口元でしか表情は見えない。クロは一瞬驚いたように口を半開きにし、すぐにニヤリと歪めた。

「フハハハハハ、決まっているだろう。ここは俺が憎んでいた都市同盟などではないからだ。」

「世界を滅ぼしたいほど憎んでいたというのに、認識を改めたのか。」

「あいつとこの軍を見ていれば分かる。この軍はヒエンの所有物であり、餌だ。豚共はあいつに救われたのではなく、あいつの狂気に呑まれ腸に納まったことに誰も気付いていない。俺は他人の弱みを利用したが、あいつは他人の善意を利用する。その証拠に兵士は皆狂ったようにあいつを心棒し、あいつのためなら死をも厭わない。あまりにも滑稽で哀れな豚、いや、虫ケラだ。虫ケラの命など、俺が奪う価値も無い。」

「あの子の本質を理解していたのか。」

「あいつが自分から言ってきた。」

狂皇子であった己に愛情を向けられたことが衝撃的だった。それまで向けられた恐怖、萎縮、怒りとはまるで違う眼差し。最初にユニコーン少年隊に奇襲をかけた時も、恐怖を抱かず真っ直ぐ見つめてきたヒエンに憎悪で渦巻いていた心が動いた。何度顔を合わせても真っ直ぐな目を向けてきて、グリンヒルの森で会った時に警戒して威嚇していると告げられ、普通の人間とは違うものを感じ母の事件を話す気になった。好きだと言われて訳がわからなかったが、興味が湧いた。戦場でなければ生かしてやると思うぐらいには。

それがどうだ。攻撃を食らっていたとはいえ夜襲での一騎討ちで己を撃ち破り、望むまま邪悪だった狂皇子の生きざますらも奪っていった。生かして力を封じ、二ヶ月も監禁するという方法で。あいつが流した涙は愛するものを失いかけた悲しみではない。愛しの狂皇子を手に入れた嬉し泣きだったのだ。

一騎討ちの時、戦争を終わらせると言ったのは何だったのかと問えば、

『全部僕のものになればこの戦争は終わるでしょ。』

あっけらかんと、それが当然のように答えた。あれは秩序など求めていない。自分が好きなように国を作りたいだけだ。

『豚は死ねってルカは言ってたけど、本来人間が豚を殺すのは食べるためだよね?豚も牛も鶏も、いい餌与えて肥えさせれば美味しいじゃん。殺すんなら食べてあげなきゃ勿体ないでしょ。ルカの言う豚は、僕のために働いて僕の糧になって死ぬの。蟻さんみたいに。ふふふっ、最高だと思わない?』

散々悪魔だ悪鬼だ狂皇子だと言われてきた己が身震いした。あどけない可愛い少年の容姿で魅了し健気な言葉で人を盲信させ自ら考える思考能力を奪い操る。あれは日食と同じだ。光は外側だけ。救世主などではない。あれこそ真の悪魔と呼ばずして何と呼ぶ!!

『僕はルカを嫌いにならないよ。だってルカに正義なんて無いでしょ。自分の望むまま邪悪だった。そこが好きなの。だから今までしてきたこと、許してあ~げないっ。その代わり、僕がルカの邪悪も罪も国もぜぇ~んぶ奪ってあ・げ・る。ルカをいっぱい甘やかして、ぐずぐずに愛してあげるね。』

あざとく笑う小悪魔が監禁するほど独占欲を向け愛するのが己である事実に、身の内から沸き上がるのは歓喜。

「俺の望む邪悪も罪も、運命すら奪うのがあいつの愛ならば。俺はあいつに降りかかる火の粉を全て斬る。一度死んだ身だ、あいつが望むのならば俺の全てをくれてやる。」

母を汚した罪人がのさばる都市同盟も、母を見捨てたハイランドも滅びてしまえと望んでいた。全て獣の紋章に捧げてやると。その罪人共を餌としあの可愛い悪魔が生きる世界ならば、悪くない。ヒエンの隣にいる獣として、第二の人生を歩んでやる。

 

クロの意思を聞いたラスはフゥ、と息を吐いた。

「あの子の本質すらも愛せるのは君しかいないか。」

「国も俺も欲する強欲な男だ。可愛い悪魔だろう?」

「それに絆されて君も随分大人しくなったようだね。ナナミちゃんのような子は苦手だと記憶していたけれど。」

「あれに説教出来る姉だ、初めて関わる種の人間だが、悪くない。それで?お前が俺の正体と意思を知ってどうする?」

「どうにもしないよ。君がこの軍を滅ぼす意思が無いならば構わない。」

「そうか。」

「何か困ったことがあれば相談するといい。元は敵地だ、君の事情を知る者の方が話しやすいだろう。キバ将軍には言いにくいことも、ね。」

そう言って去っていくラスの背中を見送りつつ、キバのことも知っていたのかと驚きつつも執務室に入っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クロと別れ、与えられた客室に戻ったラスは、消音の結界を張る。

「今回の星は随分歪な人間を選んだようだな、レックナート。」

虚空に向けたラスの呼び掛けにレックナートが姿を現した。

「魁の星はあの子を選んだ、それは抗いようのない事実です。彼は既に、百八の星を集めています。」

「早いな……。ということは、輝く盾の四つ目の力を解放するのか。」

「ええ。そしてこの後の戦いで、星は二つ失われます。それは裁定者たる貴方にも見えていますね?」

「……ああ。キバ将軍の贖いによる死と、もう一人。ジョウイの贖いとなるあの子の死だ。」

「今回は星が失われても、三年前のように時限の扉を開くことは出来ません。あれはソウルイーターに喰われたグレミオの魂、宿星としての記憶を辿ったが故に出来たものですから。」

「やはりあれは死ぬ直前の彼を引っ張り出して来たのか。」

かつてグレミオが生き返った奇跡。そのカラクリは星の力を使い宿星の魂の記憶を辿り、時限の扉を開き死ぬ直前のグレミオを引っ張り出したのだ。同じ時間軸の世界に同じ魂は二つ存在出来ない。死者より生者の魂の力が勝るのは明らか。ソウルイーターに喰われたグレミオの魂はタイムパラドックスを起こし、紋章の中から消滅した。消滅する間際にウインディの手からリオンを守って。

ジョウイの贖いは、最も守りたいと願ったナナミの死。自分の死よりも残酷な現実に決意が揺らいだ彼は、ハイランドの最期の皇王として滅亡の一途を辿る。それがこの世界の正しい歴史。

「だが、ヒエンくんは計り知れない。彼は一度狂皇子の贖いを輝く盾で防いでねじ曲げている。どんなものも防ぐと豪語する神話の通りならば……、運命すら変えるかもしれない。」

「あの狂皇子が生きていたのは私も驚きました…。彼は死ななければいけなかったのですから。」

「それも世界の歴史か。」

「…どんなに周りが止めても、あの子は必ずヒエンについていくでしょう。勘のいいビクトールですら、気絶させてでもあの子を止めようとはしません。」

「……運命に抗うかは、彼等の行動次第か。」

「それでも、貴方は止めないのでしょう?」

「選ぶのは彼等だ。当事者ではない僕が誘導してはいけない。ただ、他者の贖いでナナミちゃんのような良い子が殺される未来など見たくなかったよ。……個人としての意見を言うならば、国すら騙す彼には是非とも運命をねじ曲げて欲しいところだね。」

話は終わったとばかりにラスの前から姿を消したレックナート。

「……あの子ならば、あるいは……」

レックナートがポツリと呟いた言葉に、ラスはフゥ、とため息をついたのだった。

 

 

 

終わり。

 

 
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