No.1092930

第1話「駆けだし発明家の朝」(シリーズもの)

楓花さん

ファンタジー小説シリーズ「ジュナチ・サイダルカ~連鎖する魂と黄金の唇~」の1話となります。
【世界最強の魔女✕ネガティブ発明家✕冒険】
あらすじ:有名な発明家の末裔ジュナチは、「自分には才能がない」と思い、発明自体を早々に諦めていた。発明家以外の道を模索した結果、伝説の魔女「ゴールドリップ」を探すことに決める!
挿絵:ぽなQ氏 (https://twitter.com/Monya_PonaQ

2022-05-29 14:52:55 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:419   閲覧ユーザー数:417

 

 

 

  かなしい生き物ナシノビト 魔力を持たないナシノビト

  さだめを変えるかナシノビト 魔力が欲しいかナシノビト

  山超え谷超えかけてゆけ 命を燃やせ弱きヒト

  すべてのケモノを蹴散らして ゴールドリップに会いに行け

  優しい魔女からプレゼント お前はついにマホウビト

  けれどもほほえむ黄金は お前のすべてをうばいさる

  体は溶けてなくなるぞ 心は終わらぬ旅に出る

  誰も敵わぬ黄金は やっぱり世界にひとりだけ

  ………

 童歌を口ずさみながら、ジュナチは部屋のカーテンを開けた。新緑がつやつやと光る様子が目に入る。今日という大事な日が快晴で、ほっと安心した。適当に顔を洗い、着替えをすませ、寝癖が付いたふわふわな髪に軽くブラシをかけた。きっと彼女の母親がその様子を見ていたら「もっと丁寧に時間をかけなさい!」と怒っただろうが、両親は旅に出ているのでその声は数年聞いていなかった。身支度を整えた後は発明のための空想をして、お腹が空いた頃にキッチンに行けばお世話係が準備してくれた食事にありつける。それが、彼女の朝のルーティンだった。

 だけど、今日はいつもと違って、シンプルなワイシャツと紺色のパンツに着替え終わり、本棚の前でどの発明ノートを読むか眺めていたとき、ノック音が聞こえた。

 「はーい?」

 朝の大事な時間になんの用だ、という気持ちで少し嫌味の意味を含めた低い声を出した。ガチャリとドアが開けば、お世話係であるダントンが大きな箱を片手に入ってくる。ジュナチの面倒そうな表情を確認すると同時に、彼の三白眼が愉快そうに細くなる。こげ茶色の短髪はブラシをよくかけて、朝日を受けて光っていた。引き締まった体は、ジュナチがやっと抱えられそうな大きな箱を、紙ペラのようにやすやすと片手で持っていた。これから朝食を作る予定のため、ワイシャツの上にエプロンをしている。

 「なに? まさか…」

 ジュナチが恐る恐る聞くと、ニヤリと口角をあげて見下ろしてきた。挨拶代わりに額にキスをしてから、ジュナチへ箱を渡す。

 「そのまさか、母さんからだ」

 「はあ~、毎年ちゃんと忘れないんだ」

 ジュナチがうんざりとした顔で箱を見つめていると、すぐには受け取らないと判断したダントンはベッドの上にそれを置いた。

 「開けるぞ」

 放っておくと箱の中身を確認しないとわかっているので、プレゼントをされた本人の返事を待たず、箱に括られた白いリボンを解いた。中を見れば朝焼けのようなオレンジ色の生地に金の刺繍が施されたロングワンピースが綺麗に畳まれていた。ダントンの後ろから顔をしかめたジュナチがそれを見る。うわあ、と不満の声を出しながら。

 「毎年ながら派手ぇ」

 「どこも派手じゃねぇよ。まあお前がギリギリ着られる色か? 今年こそ、カーニバルに着ていってやれよ」

 「無理、袖もほぼないもん」

 「ただの半袖だろ」

 ダントンに否定ばかりされたジュナチは、つまらなそうに唇を尖らせた。

 「本当飽きないんだから、いらないって言っても律儀に送ってくる」

 自分の趣味でないワンピースを一瞥してから、クローゼットの中に押し込む。母親が娘に着飾ってほしいという気持ちが拒否される様子を見て、ダントンはため息をついて聞いた。

 「じゃあそれを着ないってことは、今年もストールとマントだけのつまらねぇ格好か?」

 「そうだよ、そう決めてるんだもん」

 無駄だと思ったことは徹底して排除するジュナチは、自分が身を整えることもおしゃれをすることもやらないと決めていた。そんな頑ななルールを作る彼女に、やれやれとダントンは再度ため息をついた。

 「そっちは、今年も何か作ったの?」

 ジュナチの質問に、ダントンは口角を上げた。

 「俺は、新しいマスクを作ったから、それをつけてるだろ。コサージュもいい感じにこしらえたから、それをつけて完成だ」

 自分の手先の器用さを自慢して、ダントンが息巻けば、ジュナチは半眼で興味なさそうに、ふーんと言うだけだった。そのリアクションにダントンは首を振る。

 「お前ってほんと無頓着だな」

 そう捨て台詞を残して、部屋を出ていった。

 ダントンがいなくなって静かになった部屋に、外で飛び交う鳥の鳴き声と緑が揺れる音が響いた。

 「お洒落なんて、どーでもいいもん…」

 ジュナチは掛けたワンピースを触りながら、それを馬鹿にする気持ちを込めて呟いた。布に触れる手つきは優しく、ツルツルとして光沢があるそれを撫で続けている。はた、と自分がいつまでも名残惜しそうしていることに気づいて、ジュナチは勢いよくクローゼットを閉じ、本棚に向き直った。

 (そんなことよりも「発明」を選ぶんだから)

 「初代」とサインが書かれた年季の入ったノートを破れないようゆっくりと取り出し、窓辺に置かれたひとりがけのソファーに深く腰掛けた。サイドテーブルに置かれた木箱に入っていた透明な小石を、空のグラスに入れた。きちんと木箱を閉めたのを確認してから、

 「水に戻って」

 そう言うと、その石はトロリと溶けてグラスは綺麗な水に満たされた。カーテン越しの朝日を受けてキラキラと輝くそれを眺めてから、ジュナチは一口飲んでノートを開く。1ページ目の「ゴールドリップとナシノビトのために全てを懸けろ」というメッセージを確認してから、次のページへ。そこには、たった今使った石の作り方が書かれている。

 

 『水の石』のレシピ

 月光浴を3日間した青色のサメノビトミ石を2日間水流に浸し、最後に「力を貸しください」と願いを伝える。透明になれば水の石に変わった証拠。元に戻ってと頼めばいつでも水になる。箱にしまって保管しないと、願いに反応して水に戻るので注意。

 

 水の石は、一般的に「魔法道具」と呼ばれるものだった。ノートの表紙に書かれた「初代」とは、ジュナチの曾祖母の母、つまり高祖母のことを指している。彼女が魔法道具を作り出した第一人者であった。上記のレシピに従えば、誰でも手軽に魔法道具を作れると、世間に発表した人物だ。この石を発表した後も、様々な道具を発明して人々を驚かせた。

 魔法道具は、魔法が使えない「ナシノビト」がまるで魔法が使える「マホウビト」のようになることができ、世の中の価値観をガラリと変えたことで、今では生活になくてはならないアイテムだった。魔法道具を発明した初代の氏名である「サイダルカ」と聞けば、この世界の誰もが知ってる有名人中の有名人だった。

ノートを見つめるジュナチ・サイダルカは、初代から数えて8代目にあたり、現在必死に魔法道具を作り出そうと頭を捻っているところだ。ジュナチと同い年のときには、二代目から七代目までは、国に認められる道具を何個も作っていたというのに、彼女が作り出せた道具はゼロだった。才能がないのだろう、と自分で自分に烙印を押したジュナチは、毎日先祖たちが残した発明ノートに必死になって食らいついていた。なにかヒントをもらって、生涯1つでもいいから自分の道具を作ろうと思っていた。

水の石のページの次には、火の石のレシピが書かれている。どちらの石も、ナシノビトや魔力が弱いマホウビトの子供や年配者が日常使いしている道具であった。

 (これくらいすごい物を作ったら、立派なサイダルカの一員だろうけど…)

 茶けたノートの文字をなぞってから、テーブルに置いてあった自分用のノートを見る。綺麗な表紙をして、書き込みが少ないことが閉じていてもわかった。

 ジュナチの部屋の本棚にも床にも、たくさんの歴代のサイダルカが書き綴った魔法道具のレシピが書かれたノートや発明のために行った様々な研究をメモしたノートが溢れて、足の踏み場もないほどだった。壁には国王からのそのレシピに対する感謝の手紙がいくつもかかっている。一番若い日付のものは7代目であるジュナチの父が、雷の石を作ったことへの賛辞が書かれていた。ジュナチは小さなころから、いつか自分宛の手紙もそこに並ぶのだろうと思い込んでいた。だけど、16歳になった今もそれは実現していないことに、焦りを感じていた。

 この前なんて「声を変えられる飴」という魔法道具を提案して、ダントンに「それは使えねぇよ」とバッサリ却下されたありさまだった。舐めている間だけ声を変えられるという道具だったのだが、「飴を舐めていたら、喋りにくいだろ」という根本的な指摘をされて開発は行き詰った。せめて飲めるように形を変えろ、と言われてもジュナチにはうまくできなかった。

 「…これじゃダメ、こんなのいらない」

 落ち込んだジュナチの肩を、ダントンは叩いて「次がんばれよ」といつものように応援して去っていった。その後、よりよい案を探そうとしても思い浮かばず、その発明は切り上げた。ならばどうしようか、とジュナチは考えた結果、研究ノートに向き直った。

 七代目までのノートに書かれている道具のレシピは、すでに発表したものから、誰かの不利益になったり悪用される可能性があると考えて、未発表の物も書かれていた。「貼れば傷が癒える緑色の布」「浮いて移動ができる木の板」「覗き込めば勝手にメイクをしてくれる鏡」「思い浮かべたとおりのドレスになる布」「周りの木々を集めて緑のソファーを作る縄」などなど、ジュナチには思い浮かばない道具ばかりだった。

 それを見ながら、未発表の物を再利用してどうにか自分が作ったことにできないかと悪巧みをしていた。先祖たちに縋っているこの状況は惨めだが、なりふり構わない。自分の発明品をはやく欲しがっていた。

 「氷柱(つらら)の石、」

 ノートをめくっていた手を止める。今まで気づかなかったレシピに気づき、前のめりになる。石を投げつけると氷柱がその場所に勢い良く降り続けると書かれている。氷柱が降る範囲はこの島一体と大変広く、一度試してみたところ住処をつぶしたと記載されていた。

 「家がなくなるのは、やっぱダメだなぁ」

 そりゃ未発表だ、と思いながら次の発明を探そうとした。

 「でも、別のものを降らしたらどうなんだろう…? やわらかいもの、風船…」

 顔をあげて、自分用のノートへメモを取る。そしてすぐにそれをぐちゃぐちゃと乱暴な手つきで消した。そもそも、なにを組み合わせれば風船が現れる道具ができるのか、見当もつかなかった。

 はあ、とため息をつけば、時計を見ると朝食の時間になっていることに気が付いた。唇を尖らせながら、やっぱり今日もいい案は出てこないことを悔しく思いながらジュナチは立ち上がった。

 「今日も無意味な時間…私、やっぱり…」

 発明なんて無理なのかも、と心の中でつぶやく。そうやっていつもどおり自分に悪態をついた。だけど、それをすぐに否定した。

 (いや! いつか何かがパッと思いついて、なんとかなる日が来る…きっと、たぶん…)

 だんだんと落ち込みながらも、ジュナチがいつも思っている「ある人」の姿がよぎる。会ったこともないその姿を想像しては、前を向く勇気をもらう。

 (あの人に会えたら、きっと全部上手くいく…、いつか、きっといつか、会える…たぶん)

 やはり最後に弱気になるけれども、ジュナチは心を落ち着けて思い切り息を深く吸い込んで、吐き出し、深呼吸をした。マイナスな思考が頭の中から消えることをイメージしながら。

 

 リビングのドアを開ければ、焼けたベーコン、パンの香りに包まれた。途端にお腹が空いたジュナチは、奥のキッチンを覗き見る。フライパンにベーコンと卵を乗せたダントンが、敷いた薪に魔法で火をつけたところだった。

 「卵は1つか?」

 「うん、ありがと」

 魔法を羨ましそうに見られていることに気づかないふりをして、ダントンは出来上がった半熟の目玉焼きを持っていくように指示した。いつもの海が見える窓辺の席に移動したジュナチに、ダントンは声をかけた。

 「進み具合はどうだ」

 「…あとちょっとかかりそう」

 「だろうな、楽しみにしといてやるよ」

 なんの発明の案も出ていないジュナチの精一杯の強がった言葉に、くく、と意地悪そうな笑いを向けてくるダントンを無視する。

 「いただきます」

 ジュナチが食べ始めると、ダントンも向かいの席に座って食事を開始した。開いた窓から入るやわらかい風が心地よい。

 ジュナチが住む家は、初代が所有していた孤島にあった。かつて、初代は都市に住処があり、この島は世界中の木々の苗を集め、研究することを目的として買ったらしい。だけど最初の道具を発表後、有名になりすぎた初代や家族の命が狙われる事件が起きたため、この島へ移住をした。魔法道具で結界をはったおかげで、ここは許可された者しか足を踏み入ることはできない特別な場所になった。そんな閉鎖的な生活をしているジュナチとその家族へ、直接連絡を取れるのは国王とその側近だけだった。

 島の中央には住処と研究用の離れがあり、木々に囲まれ、湧き水もあり、自然が豊かで小動物たちが暮らしている。ジュナチはなんの不自由もないここが大好きだった。サイダルカの名を隠して、偽名で都市の学校に通っているときもあったが、下手な授業よりも島で行われている両親の実験の手伝いをしたほうが楽しいため、すぐに通うことをやめてしまった。両親は、一人娘のやりたいことを優先して、何も言わなかった。そのおかげで、ジュナチは協調性を学ばず、会話に慣れていない人見知りへ成長していた。

 「ごちそうさま」

 すべて平らげて、食器を流しに持っていく。キッチンにある窓から見える青い海が柔らかく凪いでいるのを見つめる。遠くの空で誰かが飛んで移動しているのが見える。この時間なら民間の宅配業者だろうと予測して、すぐにジュナチは興味を失った。

 「いつカーニバルに行くんだ?」

 今日の予定をダントンが聞いてきた。

 「午前中かな…」

 毎年、ジュナチはある街で大々的に行われるカーニバルへ出かけていた。去年までは午後に行って、「目的の人」の収穫はなかった。だから今年は午前にしようと決めた。

 「じゃあ、そろそろ支度しないとな」

 時計を見ながらダントンが言う。そして、楽しみだな、と独り言でつぶやいた。彼はうっすらと微笑んで、これから向かうお祭りを素直に心待ちにしていた。街が黄金色に輝く祭りは、派手好きな彼にとって魅力的のようだ。一方のジュナチは人ごみが嫌いだったが、目的があるためにしぶしぶカーニバルに参加を決めていた。だから、ダントンの生き生きした表情がいつも理解できない。人波にもまれて体力を奪われるだけなのに、と思っていた。

 

 ジュナチは部屋に戻って、姿見の前に座る。外に出るときは必ず身支度を整えるのだが、メイクは何もする気はなかった。サイドテーブルに置いてあるワックスをすくって髪に塗り込めば、ジュナチの髪が少し抑えられた。

 (身なりを整える道具…あと1つくらい何か…)

 このワックスは母親が作った魔法道具である。想像どおりの髪型になる魔法道具だった。自分でも似たようなものを作れないだろうかと妄想が始まる。ジュナチは腕を組んで片手を口元に置いて、ゆっくりと部屋を練り歩く。髪型やメイクやファッションは、もうすでに母親がたくさん道具として作り出していた。あまりに肌をきれいに整える化粧水は、化粧品会社の仕事をとってしまうという理由から未発表にしろと国王から命令を受けたことまであった。

 (でも肌をきれいにするとか、こだわりがないんだよな…)

 ここで、ジュナチがもっと身なりに気を使う人だったらよかったのだが、そうではないため想像力が乏しかった。

 (そんな私だからこそ、作れる物もあるかな? 例えば…例えば…)

 もっと考えれば発明のしっぽが見えるかもしれないのに、ジュナチは頭を振った。彼女は見切りをつけるのがはやく、挑戦することも積極的で諦めることも多かった。

 (私にはこの手の道具で作れる物なんてないか。専門外だったな)

 不得意分野はこれ以上考えても無駄だと思い、思考を止めた。そういえば、と唯一持っていたメイク道具を思い出して机の引き出しから引っ張り出した。キラリと光る筒状のリップを掴んだ。花の模様が彫られたそれも魔法道具だった。開けて中に真っ白なルージュが詰まっていることを確認する。匂いを嗅いで使用できることを確信する。

 「変わって、」

 そう言って、ジュナチは頭の中で赤色を想像した。じっとそれを見つめていると、白いそれがじわじわと想像どおりの色に染まっていく。それを確認してから、蓋を閉めた。

 (今日こそ、「あの人」に渡せるかも知れないもんね)

 そんな期待を込めて、それをいつも持ち歩いている魔法道具を入れた腰のポーチに詰め込んだ。仕上げにマントと杖を取ろうと壁に向かえば、そこにかけてある写真が視界に入る。初代の背中が写ったものだ。彼女は、ジュナチが会いたい「あの人」と出会ったことがあるとノートに書いていた。どんな会話をして、どんな見た目で、唇の色は黄金で、そして最後に見た姿がどんなものだったのかも。なので、「あの人」またの名を「ゴールドリップ」という、伝説上のマホウビトは存在するとジュナチは信じていた。

 (いつか私も会いたい…できれば…)

 強い期待を込めて願っても、すぐに弱気な言葉が聞こえてくる。ジュナチの思考のクセは彼女の顔を暗くさせた。だが、ゴールドリップに関してはそんな言葉も跳ね返すくらいの強い気持ちを持っていた。たった今聞こえてきた心の声を消し去るように、

 「今日こそ見つかるよ、大丈夫だからね」

 自分を励ます言葉を声に出して、ぐっと拳を握りしめた。すると、ダントンがノックをして部屋に入ってきた。ジュナチは慌てて拳をすぐに降ろした。やる気に満ちている様子を見られるのは恥ずかしかった。

 ダントンは、ジュナチよりもずっとカーニバルになじみそうな少し派手な服装をして登場した。光沢がある紺のジャケットで髪はオールバックに決めている。顔つきは堂々として、自信にあふれていた。手には先ほど自慢していた金色の仮面があり、細かな歯車が付いた繊細なデザインだった。器用なダントンが作ったそれを少し羨ましい気持ちで見ながら、ジュナチは金色の花の刺繍が入ったグレーのストールで口元を隠して、マントをバサッと翻した。机の下に転がっていた杖を拾い上げて、壊れていないか確認をする。柄の部分がシルバーの2匹の蛇が巻きついたデザインのそれは、見た目では魔法道具だとは誰も気づかない。そして、マントを腕に巻き上げ、その内側を広げた。

 「カーニバルの誰もいない路地へ、連れていって」

 ジュナチがそう言うと、藍色の中生地の色がすぐに変わり、石畳が並んだ裏路地の風景を映し出した。

 「お先に」

 そう言って、慣れたようにダントンはその中に飛び込んだ。ジュナチも続いて滑り込む。窓が開いていない部屋に少しだけ風が吹いて、机の上から紙が滑り落ちる。拾い上げる人は誰もいなかった。

 

 

つづく…


 
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