No.107858

恋姫†無双 真・北郷√14 前編

flowenさん

恋姫†無双は、BaseSonの作品です。
自己解釈、崩壊作品です。
嫌いな方はわざわざ応援メッセージで嫌味を
送ってこないようにお願いします。
そのためのお気に入り専用ですから。

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2009-11-19 19:47:11 投稿 / 全18ページ    総閲覧数:37125   閲覧ユーザー数:23386

恋姫†無双 真・北郷√14

 

 

 

光で照らす優しき覇王、闇で苦しむ歪んだ仁王

 

 

 

蜀 益州 成都城 玉座の間

 

/語り視点

 

 劉備が座る玉座の前に堆い(うずたかい)書簡の山が聳え立つ(そびえたつ)

 

「はわわ、桃香様……これは一体」

 

「……全部、北郷さんから。話し合いに応じて欲しいっていう内容の書簡だよ……朱里ちゃんに相談しようと思って待ってたけど、どんどん送ってきちゃって……」

 

「だ、誰にも相談しなかったのですか?」

 

「したんだけど……最終的には私が決める事だから自分でよく考えてくださいって。だからさっきも言ったけど、朱里ちゃんに相談してから決めようと思ったから、少し待ってくださいって何度も返事をしてたんだけど」

 

「これはまずいかもしれません……」

 

「やっぱり……そうだよね……」

 

 諸葛亮が『涼州連合、北郷に降る』の知らせを聞いて南蛮から急遽帰還すると、持ち前の優柔不断さを発揮して返事を保留していた落ち込み気味の劉備が待っていた。切迫した事態に直面した二人は慎重に北郷への対応を相談するが、

 

「劉備様、厳顔将軍が戻られました!」

 

 伝令が慌てたように玉座の間に駆け込んでくる。厳顔将軍、北郷軍から帰還。その報告を聞いた劉備は、すぐさま黄忠を呼ぶ。

 

「桃香様、桔梗は無事なのですか?」

 

 黄忠が顔を出した時、厳顔は既に劉備の前に跪いていた。

 

「桃香様、ご心配をお掛けして申し訳ありませぬ。厳顔、ただいま戻りました」

 

「桔梗! 貴女、捕まっていたのでしょう……どうやって」

 

「北郷様がわしに『これからどうしたい?』と聞かれたので、紫苑が心配するから戻りたいと答えたら快く許してくれてのう」

 

「北郷さんが? ……どうして」

 

 主君に帰還を報告した後、黄忠の疑問に答えると、それを聞いた劉備の顔が翳る。

 

「北郷様は真に平和を望む御仁。桃香様、どうか、お考え直し下され」

 

「でも……無力な人を排除したり、全軍の前で見せしめの為に公開処刑を行ったり、城に帰ろうとした曹操さんを問答無用で叩き潰したりする人ですよ。それに、そのどれもこれもが短期間で強引に行われていて、北郷さんが力で物事を進めているのは明白です」

 

 蜀には北郷での粛清を恐れて逃れてきた者達もおり、北郷を疑問に思っている劉備にその恨みなどを陳情していた。大半は虚偽ではあるが、北郷の情報はとにかく軍部には入ってこない。北郷一刀が秘密主義である事が裏目に出ている。

 

 それに劉備は目の前で曹操が一方的に倒されたのをハッキリ目撃したし、孫呉も全滅に近い形で敗れたと諸葛亮から聞いた。これも実際は、北郷一刀は曹操と反董卓連合前に話し合っているし、孫呉も船が殲滅されただけで、兵士達の被害は正史等とは比ぶべくもない程軽微である。

 

 そして彼が強引に短期間で物事を進めるのは、一刻も早く戦争のせいで生活に苦しんでいる民達を救うためである。

 

 だが、劉備がそんな事を知っているはずも無い。

 

 そして無力な人の排除……劉協が北郷から逃げてきた。劉協が無力だから居る場所が無いと言っていた。劉備も自分の事を無力な存在だと思っていた。武も無い。智謀も無い。力だって無い。どうして自分の周りには、こんなに凄い人達が集まるのか、それが劉備にはわからない。

 

 始まりの外史の……『偽』劉備、そしてこの外史で『偽』覇王となった北郷一刀のように……。

 

 

 翌日、白蓮と魏延が戻り、南蛮征伐は失敗したとの報告を受けると諸葛亮は青ざめる。もう打つ手が無いと。差し迫った北郷への対応を軍議で話し合わなければならない。

 

 諸葛亮は玉座の間に緊急招集をかけ、劉備軍の将達が揃うと軍議を始める。内容は北郷と話し合うか、あくまでも戦うか。まず劉備が全員に確認する。

 

「北郷さんとの話し合いは降伏を受け入れるって事になるの。私が手紙で同盟を提案したけど断られたし、北郷さんは大陸統一に拘ってるから」

 

「北郷のお兄ちゃんは悪い人じゃない気がするのだ」

 

「降伏するのも選択のひとつかも知れません。戦っても勝てる可能性は……(南蛮を再度征伐にいく時間も無いし、もし戦っても私達に勝ち目は無い)」

 

「桃香、北郷と話し合った方が良い。きっと何か誤解しているぞ、お前」

 

「桃香様。わしは北郷様を信用出来る男と見ました」

 

「天の御遣い様なら悪いようにはしないと思いますわ。桔梗の人を見る目は確かです」

 

「うーん……(やっぱり私が間違ってたのかな……)」

 

 張飛、諸葛亮、白蓮、桔梗、黄忠、それぞれが意見を述べる。自分が信頼している仲間達が揃って話し合いの方が良いと言うのを聞いて、劉備も自分が間違っていたのでは無いかと思い直そうとするが、

 

「桃香様、私はあんな男、信じる事は出来ません。のこのこ話し合いに行って捕まってしまってからでは手遅れになってしまいます! 桃香様の理想、真の平和の為に戦いましょう!」

 

「だまれっ焔耶! わしの目が節穴とでも?」

 

「い、いえ、桔梗様。そういう意味じゃ……ただ、桃香様が心配で」

 

 魏延が強硬な姿勢で反対を主張する。更に不幸は続く……伝令が息を切らせて駆け込むと、

 

「劉備様、大変です! 北郷軍が白帝城の東から国境を越え、進軍してきました!」

 

「「「「「!?」」」」」

「(宣戦布告も無しでいきなり!? 北郷さんはやっぱり力で……)」

「やっぱり!」

 

 北郷軍の一方的な侵略を告げる。あれだけ話し合いを主張していた北郷軍が一転、宣戦布告も無しに攻めて来たと。賛成していた将達が驚く最中(さなか)

 

「思った通りですよ! あんな男、信用出来ない。すぐに全軍で迎え撃ちましょう!」

 

 魏延がそら見た事かと、拳を握り締めて劉備に決戦を促す。劉備もやはりと思い、北郷は結局力で相手をいいなりにさせるのかと迎撃を決断するが、

 

「そうだね……あれ? そういえば星ちゃんと小蓮ちゃんは?」

 

「孫呉敗北の連絡を聞いてから落ち込まれていた小蓮様が三日程前に飛び出しまして、真っ直ぐ東の建業へ向かうのを星ちゃんが追いかけていきました……三日前、私が確かにご報告した筈ですわ」

 

「あ、そうでした……ごめんなさい」

 

 義妹の星と孫尚香がいないことに気が付き周囲に尋ねるものの、黄忠の言葉に自分が忘れていただけという事を思い出す。

 

 

「じゃ、じゃあ、もしかして?」

 

「趙雲将軍が白帝城で孫尚香様に追いつきそうな所で敵の侵攻を発見し、そのまま篭城戦の構えです。私は将軍の指示で報告に来ました。白帝城の守備兵は五千、対して敵の軍勢は凡そ二万、ですが先鋒の一部かも知れません。すぐに援軍をお願いします」

 

「わかりました。白蓮ちゃんの白馬義従が一番早いからお願いできるかな?」

 

「……それは良いが(どうしてなんだ、北郷……)」

 

「桃香様、白帝城の東には石兵八陣、他にも国境には私の策が用意してあります。例え十万の兵でも簡単に破る事は出来ない筈です」 

 

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 諸葛亮の計略 07話で北郷の地図を睨んでいた孔明が、詳細に調べられている部分に気付き記憶して、必ず戦場になると予測して作った計略。他の侵攻ルートにも別の計略を配置済み。

 

 石兵八陣(せきへいはちじん) 三国志演義において、諸葛亮がもしもに備え、漢中と荊州の国境近くの白帝城に敷いていた陣。八陣図の計とも言う。陣と言っても生身の人間ではなく、石像を並べたもの。遠めに見ると異様な殺気を発していて、不用意に近寄り、休、生、傷、杜、景、死、驚、開の八門から成っているこの陣の中に入り込んだ者は、兵の石像に仕切られた通路が迷路のように入り組んでいる為、出口を見つけることができなくなって遭難する。潮の満ち引きにより水没し、中に居た者の命を奪うとも伝えられる。

 

 呉の陸遜がこの罠にはまり、黄承彦の導きで命からがら脱出した事でも有名。

(備考 黄承彦 河南の名士であり、正史では諸葛亮の妻である黄夫人の父親)

 

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時間は少し戻り 白帝城

 

「小蓮殿、お待ちくだされ! 今、勝手な行動をしてはなりませぬ!」

 

「だってだって! 雪蓮姉様もいなくなっちゃったのに、蓮華姉様まで……せめて呉に確認に行かせて!」

 

 楼閣の上で久しぶりに酒を呑んでいた星が、単身東に向かい城門を出て行く孫尚香に気が付いて急いで追いかけてきたものの、お転婆の孫尚香も乗馬に精通しており、なかなか追いつけない。それでも駆けて、なんとか目に見える位置まで追いつき、追いすがる。

 

「あ! 馬が……」

 

「馬だって無理をさせれば疲れますぞ。さあ、戻りましょう」

 

 孫尚香の馬が遂に力尽きて足を止める。漸く追いついた星が腕を引くものの、

 

「やだやだやだーーっ! シャオの大切なお姉ちゃんだもん。お姉ちゃんっ! おねえちゃーーーん!」

 

「小蓮殿……北郷様なら孫権殿に酷い事などしませぬ。安心してくだされ……」

 

 姉の消息を心配して泣き喚く孫尚香。彼女を安心させようと星が声を掛けた時、

 

「あっ! あれは!」

 

「む? ……あ、あれは!?(まさか……何故!?)」

 

 孫尚香の叫びに答えるように孫旗が見えてくる……その後ろに十文字の牙門旗も……北郷軍が宣戦布告も無しで、いきなり蜀の国境を越え進軍して来た。その動かぬ事実に星は呆然と十文字の旗印を見詰める……が、

 

「お姉ちゃん! はいっ!」

タカッタタカッタタカッタ

 

「!? しまったっ! 小蓮殿! くっ、北郷様……何故なのです。何故、よりにもよって、不意打ちなのです!」

 

 その隙を付かれ、孫尚香が星の乗ってきた馬を奪い孫旗に向かい駆けて行く。星は十文字の旗を見詰めながら篭城戦を覚悟し、無断で国境を越えた侵略者を迎撃する為、一番近くの白帝城に向かうのだった。

 

 

更に時間は戻り 鄴城 玉座の間

 

/一刀視点

 

 貂蝉から真相を聞いた俺は、蜀に対して宣戦布告する事を決意し、南蛮に行った風達が戻るのを待たず、軍議を開こうと城にいる皆を軍議室に招集させる。そして集まるのを待つ為に軍議室に移動しようとするが、丁度その時。

 

「涼州連合より、連合盟主、馬超様と、その補佐、董卓様がお見えです」

 

「通してくれ」

 

「御意」

 

 侍女が連れてきたのは総勢七人。月、詠、翠、張梁、華雄、陳宮……あと誰かな? 少し時間がかかりそうなので侍女に言伝(ことづて)を頼む。

 

「あと軍議室の方に行って、皆に少し待ってくれと伝えてくれる?」

 

「御意」

 

 改めて皆に向き直ると、恥かしそうな笑顔の月と不機嫌そうな赤い顔の詠が進み出る。

 

「ご主人様、あの、お久しぶりです」

 

「ひ、久しぶりね……くぅ、いたた」

 

「久しぶり、月、詠……なんで、詠はそんなに汚れてるんだ?」

 

「う……」

 

「へぅ、実は詠ちゃん……」

 

 所々が汚れている詠を不審に思って月に理由を聞くと、言葉を濁して俯く……まさか。俺が詠を見ながら最悪の可能性を考えていると、先ほど名前が分からなかった子がニヤニヤと笑いながら、

 

「へぇ~この人がお姉様の言ってた、ご主人様かー。なかなかカッコイイ♪」

 

「こら、たんぽぽ! ご主人様に失礼だろ!」

 

 値踏みするように俺を見ていた為、翠に怒られていた。

 

「ふふっ、相変わらずだな。翠、久しぶり。思い出したんだって?」

 

「う、うん。ご主人様……会いたかったぜ(あたし、凄く感動してる……く~)」

 

 相変わらず元気な翠が嬉しくなって話しかけると、懐かしい笑顔で返事をしてくれる。次に名前を聞きそびれた女の子に名前を聞く。

 

「えっと、君は?」

 

「お姉様の従姉妹、馬岱。たんぽぽって呼んでください♪」

 

「たんぽぽか。可愛い真名だね。俺は北郷一刀、よろしくね」

 

「あ、ありがとうございます! たんぽぽこそよろしくお願いします!(男勝りなお姉様が好きな人って凄く興味あったけど、想像以上だったかも♪)」

 

 小悪魔っぽい笑顔の蒲公英と話していると、

 

 

「ご主人様ー♪」

「張遼!?」

「霞でええって! ウチも思い出したんや! それになんかもっと好きになってもうた! んーっ」

 

 張遼、いや、霞が俺に飛びついてキスの嵐……翠の目が怖すぎる。

 

「あー! なにやってんだ霞! それにご主人様……こんのーっ! エロエロ魔神!」

 

「いや俺は何もして無いし……エロエロ魔神って、懐かしいな」

 

「あっ、うん、ごめん。あたしって、すぐ頭に血がのぼって……って霞! 離れろーっ!(折角会えたのに、また台無しにするとこだった……だけど今度はうまくやるんだ!)」

 

 だが、遥かに聞き訳が良かった……前みたいに殴られるかと思ったけど。

 

「嫌や! ウチ、ご主人様が大好きなんやもーん♪ 今まで会えなかった分抱きつく! 悔しかったら翠も抱き付けばええやんっ!(いきなり消えてしまうんやないかって……そう思ってまう、なんでやろ……)」

 

「ふっ……いままでのあたしと思うなよ! とうっ!」

「す、翠!?」

「ご主人様~あたしも会いたかった、へへっ(やっぱり暖かい……♪)」

 

「お姉様、積極的~。私も抱き付いちゃおっ♪」

 

 そして翠と蒲公英も俺に飛びついて玉座の間は大混乱……。

 

「……張遼はどうしたと言うのだ。私達が会ったのは二度目ではないのか?」

 

「霞殿は道中もずっと変でしたぞ。残念ですが、おかしくなってしまわれたのかと……とりあえず、ねねも新しい主に挨拶させて頂きます……北郷様、ねねの名は陳宮、真名は音を三回で音々音と申します。よろしくお願いしますです!」

 

 華雄は首を傾げ、陳宮は両掌を上げて溜息を吐き呆れている。その後、陳宮が挨拶して真名を預けてくれた。

 

「ああ、よろしくね、音々音」

 

「言い難いようでしたら、ねねで良いです」

 

「言い難くないよ、君の大切な真名だろ。音々音、良い真名だね」

 

「は、はい! ご主人様(ねねの真名をちゃんと呼んでくれたのは初めてです。それに褒めてくれるなんて……さすが呂布殿の主君なのです)」

 

 どうやら俺を主君として認めてくれたらしい。

 

「それでは私も。名は華雄と申します。真名はありませんが、我が主に武勇と忠誠をお預けいたします」

 

「ありがとう、華雄。君と仲良くできるなんて嬉しいよ(前外史では仲良くできなかったし)」

 

「そうですか。そう言って頂けると私も幸せです(緊張するとは、私らしくも無い)」

 

 あの華雄が仲間になってくれるなんて……でもやっぱり真名は無いのか。

 

「へぅ、詠ちゃん、乗り遅れちゃったよ~(私も抱き付きたいのに……)」

 

「月、あんな節操なしは放っておいて部屋に行こ……じゃない! 月、いくわよ!(ここで引いたらボク達は側にいられないじゃない……もうメイドじゃないんだし!)」

 

 月は涙目で詠の顔を見ている。詠は呆れて月の手を引き玉座の間を出て行こうとするが、何故か入り口で踵を返す。

 

「え、詠ちゃん!? でも、今日は、月に一度の……」

 

 月が言いかけたのは、詠に月(つき)に一度訪れる不幸の日……嫌な予感がする。詠の選択肢は全て裏目に出る日。そして最悪のタイミングで俺が急ぐ理由が帰ってくる。

 

 

「ご主人様、ただいま戻りましたー、南蛮での成果を早くお伝えしたくて、早馬より疾い(はやい)恋ちゃんのキントで飛ばしてきたのです。南蛮は北郷に降りました。ご主人様のお考え通りなのですー。もうすぐ南蛮大王の美以ちゃんも到着するのです」

 

「おかえり、風。大変だっただろう? ご苦労様」

 

「はい、風も皆も頑張ったのです」

 

 そう言いながら風が俺の前に進み出る。俺は笑顔で風の頭を撫でる。

 

 次にキントの持ち主であるちび恋が、皆の前にとてとてと歩いて来る。

 

「……ごしゅじんさま、ただいま」

 

「……おかえり、恋」

 

 俺が沸き起こる気持ちを抑えて笑顔で迎えると、いつもの通り肩によじ登ろうとする……恋。

 

「……もしかして、あんた、恋?」

 

「……(コク)えい、ひさしぶり」

 

「恋!? な、なんで!」

「恋さんなんですか?」

「へ!? 呂布ちん?」

 

「(恋? 呂布!)……思い出したぞ。董卓様に一緒に仕えていた将、呂布ではないか」

 

「華雄殿まで……呂布殿がどうかされたのですか? お花、どうなっているのです?」

 

「たんぽぽにも分からないよー。なんでお姉様達、驚いてるのかな?」

 

 詠が確認すると恋は首を縦に振り、翠、月、霞は驚き、華雄は三人の呟きで思い出す。陳宮は首を傾げて隣の蒲公英に聞き、蒲公英は首を横に振る。そして……。

 

「……恋、あんた、なんでそんなに小さいの?」

 

 そう、詠が素直な疑問を口にした瞬間、意識を失った恋が力無く俺の肩から落ちる……。

 

 両掌ですくった水が指の隙間から零れていくように、恋に残されていた時間が失われていくのを感じた……。前外史の恋をよく知っていた涼州の月、詠、霞、そして華雄。親しかった翠。いままでは俺と愛紗、そして星くらいしかいなかったが、遂に均衡が破れたのだろう。多分、恋と親しかった残りの張飛、諸葛亮、黄忠が思い出したら……。

 

「恋っ! ご主人様、どうなってるんだ!」

「恋さんっ!」

「え!? 恋? ど、どうしたのよ?」

「……ご主人様、呂布ちん、どないしたん?」

「呂布……体が小さい事と何か関係があるのか……?」

「呂布殿! ご主人様、呂布殿はこのねねにお任せ下されっ!」

「え、え? どうしたの? なんでその子、気を失ってるの?」

 

「……至急、医者を呼んでくれ。音々音、すまないけど恋を看ててくれ」

 

「御意なのです!」

 

 皆が慌てている中、俺はそれだけを言い残し軍議室へ向かった。

 

 

 軍議室に向かうため、中庭を通る……。

 

 俺が統一に拘っていた理由……貂蝉に話を聞いてやっと納得できた。

 

 俺には不鮮明な記憶があった。まるで自分の中にもうひとりの自分がいるような……同じ様な世界に落ちて生きる術が無い俺を拾ってくれた少女。彼女は大きな力を持ち、大陸を統一すると言う理想(ゆめ)を持っていた。共に歩む内に大きな力を持っている者も大きな悩みを抱え、苦しみ、悲しんでいる事を知った。そんな孤独な少女を救いたいと願った。

 

 最初は麗羽だと思っていたけど、華琳の想い……いや、曹操の理想(ゆめ)だと貂蝉の話で気が付いた。俺は想造中に同化した覇王の理想をいつのまにか背負っていたらしい。偽曹操として……。俺が大選別の時に俺らしく無いと思っていた冷たい言葉。あれこそが覇王の心。だから桂花や風達が集まり、凪達が助力を申し出てきたのだろう。

 

 そして劉備の歩んできた道も知っている。理想を諦めずに突き進む熱い魂。激しい感情は人の心を突き動かす。時には愚かに見えるかもしれないけど、それでも仲間の為、愛する人の為、譲れない想いと決して折れない心を知った。そして、それでも守りきれないものがある事も……始まりの外史の偽劉備として。

 

 劉備として無力では何も出来ない冷たい現実を知り、曹操として大きな力を纏めるには一部を切り捨てなければならない苦悩を知った。世界を救う為に俺の手は自ら望んで血で染まり、皆を救う代償に大切な恋を失う覚悟をした……そして今、恋に平和な世界を見せたいと言う私情で、真の仁王である劉備を倒す為に、いますぐ戦争をするという身勝手な決断……結果として不意打ちをする。こんな俺のどこに、あの始まりの外史の頃のような正義があるんだろう。

 

「俺は目的の為には犠牲を厭わない、闇に落ちた仁王か……それこそが『考え方の相違』劉備が俺を嫌うのも分かるな」

 

「ご主人様……『一刀!』」

バッ

「!?」

 

 いきなり空が見えたかと思うと目の前が真っ暗になり、気が付くと俺は庭に膝をついていた。投げ飛ばされた? そして誰かに頭を抱き締められている。見上げると華琳の顔があった。どうやら俺を呼びに来るため、軍議室からこちらに向かっていたらしい。

 

「…………」

 

 俺の頭を無言のまま優しく抱擁する華琳、その後ろから差し込む眩い光……?

 

「……ん? どうし……た?」

 

 この光景は……どこかで見た事が……!?

 

「ああ……やっぱり。あの華琳の想いは俺にも入り込んでいたんだな……今、完全に思い出したよ」

 

「一刀……全て愛紗に聞いたわ……あなたを苦しめているのは私の理想(ゆめ)……覇王としての道。この外史に存在する少女(わたし)が選ばなかった、もうひとりの覇王(わたし)の想い」

 

 そう言いながら俺の髪を母親のように優しく梳く。瞳には涙を湛えて。

 

「そうか……この想いは華琳のもの……やはり借り物か。俺はいつでも偽者だ……この世界にいてはならない歪み。俺こそが消えれば良かったのに」

 

 俺はこの外史で初めて弱音を零す。愛紗や恋には支えてもらっていたけど、華琳の包みこんでくれるような優しさが、儚い恋の行く末を嘆く今の俺には心地良かった。思わず真情を吐露するほどに……。

 

「そんな事は無いわ。あなたの優しい心は本物。あなたの周りも、あなたの為に死んだ者達も……皆、笑顔だったでしょう? あなたは皆に夢と希望……笑顔をくれる掛け替えの無い人。私にも居場所をくれたわ。自信を持ちなさい。貴方はこの曹孟徳が主と認めた王。全てを照らす光の……優しき覇王よ」

 

「優しき……覇王……?」

 

「貴方は劉備の心を知り、曹操の想いを知る英傑。大きな力を持ち、その優しさでより多くを救える筈。ならば何故諦める。一刀、己を貫きなさい。貴方はもう、一人では無いでしょう?」

 

 そうか……諦めてはいけなかった。俺は大切な事を忘れていた。熱い魂、譲れない想い。俺は……恋を諦めない!

 

「華琳、ありがとう。俺は思い出せたよ。熱く滾る魂を」

 

「ふふっ、私は稀代の名臣なのでしょう? 主君を支えるのは当然だわ……ご主人様、軍議室で皆が待っています」

 

 華琳は俺から離れると、慈愛の表情からメイドの顔に戻る。貴方が王よ。しっかりなさいと言うように。

 

 

軍議室

 

 風達、南蛮遠征組が戻り、涼州連合の面々も加わって軍議室に揃う。

 

「蜀に侵攻する」

 

 俺が一言だけ告げると、周囲は予想していた通りと驚きもしない。

 

「とうとう、ご決断されたのですね。今から準備しますと、仮に十万の軍勢として出発に最低でも一週間は……」

 

「いや、稟。いますぐだ」

 

 戦略が得意な稟が準備の為の時間を計算をしてくれるが、そんな時間はもう無い。

 

「な!?」「……(御主人様の顔……)」「あわわ!?」「……おお?」

「……ふむ?」「ご主人様らしくないですねぇ」「ええ!?」

「ど、どうしちゃったの、あんた!」

 

 俺は『予知』めいた感覚で、今すぐに行かないと間に合わないと感じていた。今まで慎重だった俺の豹変振りに慌てる軍師、稟、桂花? 雛里、風、冥琳、穏、亞莎、詠。

 

「明日、出立する。進軍路は……」

 

「御主人様、五丈原から定軍山と白帝城のふたつの進軍路が考えられます。白帝城ならば荊州、襄陽城まで鉄道が引かれている為、一番早いかと」

 

 やはり桂花だけは冷静だった。すぐさま地図で場所を示して情報を伝えてくれる。他の軍師達も俺の本気を悟ったのか、情報の整理に取り掛かる。

 

「細作の情報では、全ての進軍路に諸葛亮が罠をしかけていると掴んでいます」

 

 俺は地図を見ながら思い出す……あの時、諸葛亮が地図を睨んでいたのはこの為か。、詳細に描かれている場所は戦場になる場所。孔明に情報を与えたのは俺だ……だが、自分の失態を悔いている暇は無い。

 

「五丈原? あわわ、なんとなく悲しい事が起きそうです(朱里ちゃん……)」

 

「定軍山……何故か嫌な予感がします」

 

「白帝城ですかぁ~? うぅ~とっても辛い目にあいそうです~」

 

「私のカンでは白帝城よ、ハニー」

 

「私もなんとなく白帝城が良いかと思いますわ」

 

「華琳も白帝城が良いと思います。他は山道ですが、白帝城の先は成都まで平原が続きます」

 

 正史で、五丈原は諸葛亮が病死した場所。定軍山は秋蘭、夏侯淵が戦死した場所。白帝城は穏、陸遜が孔明の罠にかかり死にそうになった場所で、劉備が病死した永眠宮を造営した事でも有名だ。

 

「すぐに準備に取りかかってくれ。進軍路は白帝城。出立は明日の朝とする!」

 

「御意!」

 

 

 俺は目の前でキョトンとしている女の子に声をかける。

 

「初めまして、遠路遥々ようこそ。俺は北郷一刀。君は?」

 

「みぃは孟獲にょ。御遣い様に挨拶に来たじょ! これは貢物のひとつにょ」

 

 そう言ってバナナを一房差し出す孟獲。

 

「ありがとう、孟獲。これからは仲良くしてくれるかな?」

 

「みぃの真名は美以にょ! 御遣い様はみぃの命の恩人だから、こっちからお願いするにょ」

 

 無邪気に笑う美以……俺はみんなを笑顔にすると誓った。そして恋を諦めない。

 

「折角来てもらったのに、ごめん。俺達は明日から蜀に出発するんだ」

 

「蜀の奴等を倒しに行くにょ? みぃも一緒に戦うじょ!」

 

「ご主人様。美以ちゃんは強いからきっと役に立ちます」

 

「流琉の言う通りです。ボクも保障します!」

 

 俺が謝ると、両手を上げて参戦を表明する美以。流琉と季衣が仲が良さそうに並んで推薦してくる。

 

「わかった。美以、よろしくね」

 

「任せるにゃ!! 御遣い様に、みぃのカッコイイところを見せるじょ♪」

 

 季衣と流琉が美以の頭を撫でて喜び合っている。これで全員で向かう事にはなったが……バナナか。恋はどうなったんだろう。

 

「桂花! あとで纏まった情報を伝えてくれ。頼りにしてる」

 

「はいっ! いまこそ、あの時の御恩をお返し出来るのですね。必ずや御期待にお答えします」

 

「稟! 兵站を任せる。全ての権限を使っても良い。無茶を言って、すまない」

 

「私はご主人様について行くだけです」

 

「雛里、風、冥琳、穏、亞莎、詠。二人を手伝ってやって欲しい」

 

「はいっ! ご主人様」「風にお任せなのですー」

「やっと役に立てるな」「は~い♪」「は、はい!」

「ボク……今日は見ておくだけにして、明日から頑張るわ……」

 

 軍師達に準備を任せると、俺はバナナを持って恋の見舞いに向かった。

 

 

恋の私室

 

「音々音、恋はどうだい?」

 

「あ、ご主人様! 呂布殿は今、華佗殿の診察が終わって寝ているのです」

 

 寝台の横で心配そうに座っている音々音に、恋の状態と尋ねる。すると、

 

「初めまして、天の御遣い。俺は華佗。この子の病状だが、悪い所は無く、全くの正常なのだが衰弱している。原因不明だ。力になれず、すまない」

 

「……我が名は卑弥呼。だぁりんの助手をしておる(むぅ、やはり、この力は貂蝉か)」

 

 医者と思わしき男、華佗と……卑弥呼? 邪馬台国の? ……深く考えないでおこう。

 

「私の名は北郷一刀と言います。恋はどうにもなりませんか……」

 

「既に手遅れだが……ひとつだけ」

 

 俺がなんとかできないかと聞くと、華佗ではなく、卑弥呼が提案してくる。

 

「む? 卑弥呼、何か知っているのか?」

 

「うむ。この娘の体は外から流れ込む力に逆らって苦しんでおるのだ。だから、その流入を遅らせれば良い。時間稼ぎにしかならぬがな」

 

 華佗の問いかけに迷わず答える卑弥呼。この男は、一体……?

 

「俺の針で外から流れ込む気の流れを遅らせるのか。やってみよう!」

 

 華佗が金色に輝く針を取り出し、辺りに気が満ちていく。

 

「我が金鍼に全ての力、賦して相成るこの一撃! この一撃に全てを賭ける! 賦相成・五斗米道ォォォォォッ!(ファイナル・ゴッドヴェイドォォォォォッ!)げ・ん・き・に・なれぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 

 金の針で突かれた恋の体が光に包まれる。光が薄れていくと、恋の寝顔がほんの少し穏やかになった気がした。

 

「ありがとう、華佗。お礼に俺に出来る事なら何でも」

 

「ならば、この大陸を平和にしてくれ。それが俺達医者の願いだ」

 

「ああ! 必ずこの大陸を平和にすると約束する!」

 

 お礼を用意しようとするが、華佗の望みは平和だった。俺は彼に約束する。そして自らにも。

 

「その言葉を聞いて安心した。この子の容態を見るため、しばらく一緒に行動させてもらう。よろしく頼む」

 

「こちらこそ、よろしくお願いします。音々音、もし恋が目覚めたらこれを上げて欲しい」

 

 笑顔でガッチリと握手をする俺と華佗。すると音々音が俺の持っているものに気がついて、

 

「これは、なんなのです? ねねは見た事がないのです」

 

「バナナと言って、俺の国ではお見舞いの定番なんだ。こうやって剥いて食べるんだ」

 

 音々音の前で、一本剥いて見せる。

 

「ばななですか、ねねにお任せなのです」

 

「あとは、頼む」

 

 俺が部屋を出ると扉の外で、愛紗、麗羽、華琳、雪蓮、蓮華、美羽が待っていた。

 

 

一刀が去った後の軍議室

 

/語り視点

 

「それにしても……あいつ、一体どうしちゃったのかしら? あんた達は何も思わないわけ? これじゃ不意打ちじゃない」

 

「御主人様は今まで仲間の為、民の為、自らの心を犠牲にしてこられたわ。先程の瞳はあの時のままだった。それに御主人様は何度も話し合いの書簡を送ったわ。煮え切らない劉備が悪いのよ……」

 

 詠が呆れながら周囲を見回して疑問を口にすると、桂花が真剣な顔で静かに答える

 

「私も最初は驚きましたが、ご主人様が理由もなく無茶な事を言うはずがありません。きっと深い事情があるのでしょう。それに早馬よりも機関車のほうが速い。今から宣戦布告を出しても私達の方が早く到着するでしょう」

 

「ですよねー。風もそう思います。それに華琳さんも愛紗さんも何も言わなかったのですから」

 

 稟も兵站準備の指示を纏めながら答え、風も軍議室全体を見ていて感じた事を口にする。

 

「仲間の為、民の為に身体を張ることこそ、我等が武の誇り。主君の命に迷う事など、あろうはずも無い」

 

「うむ、姉者の言う通りだな」

 

 春蘭が誇らしげに腕を組み、秋蘭が姉に同意する。

 

「アニキはいつだってアタイ達の事を考えてる。それにあんなに焦るアニキは初めて見た。多分、大切な何かがあるんだと思うぜ」

 

「文ちゃん……そうだよね。いつもこれ以上無いくらい準備をして動くご主人様が、何の準備もしないまま出発なんて。きっと凄く大事な何かなんだと思う」

 

「そうですね。一刻を争うのは間違いありません。武官の皆さんにも手伝ってもらいます」

 

 猪々子が拳を握り締めて自分の考えを述べると、斗詩もその通りだと発言し、雛里も冷静な顔で全員に協力を求める。

 

「七乃、襄陽城は妾の領地だった場所ではないかの?」

 

 美羽が襄陽城と聞いて七乃に確認すると、

 

「はい、美羽様。冥琳さんに騙しとられた領地ですよ♪」

 

「う、すまなかった……美羽、七乃」

 

 七乃は冥琳と互いに真名を預け合ってはいても、しこりが残っていたようで嫌味を言う。軽い調子なので冗談ではあるが、冥琳も気にはしていたので素直に謝る。

 

「冥琳、良いのじゃ。七乃、ふざけている時では無いぞ」

 

「すみません、美羽様。だってだって、冥琳さんは美羽様を殺そうと……」

 

「うむ。それが乱世。じゃが、妾と冥琳は今や仲間、それに命を救ってくれたのは雪蓮じゃ。一刀兄様が繋いでくれたこの縁、妾は大切にしたいのじゃ。妾はお兄様のところへ行く。後は頼むぞ」

 

 だが、主君である美羽が叱り付けると、自分の失言に気付き、

 

「……はい、美羽様♪ 冥琳さん、すみませんでした。稟さんのお仕事、一緒に手伝いましょう」

 

「ありがとう、七乃。そうだな、あそこには、元美羽の兵一万と、元孫呉の兵一万がいたはず。我々しか知らぬ間道もある。すぐに手伝おう。穏、亞莎」

 

 冥琳に謝り、一緒に力を合わせようと提案する。冥琳も笑顔で答え、

 

「はい~♪」

「はい! 冥琳様」

 

 穏と亞莎を伴い、稟の手伝いに向かう。

 

 

「凪、沙和、ウチも色々用意したいもんがある。手伝うて欲しい。行くで!」

 

「分かった、私は稟様に貨車の使用許可をもらってくる」

 

「じゃあ、沙和は真桜ちゃんの手伝いをするの!」

 

 真桜が使えそうな発明品に思考を飛ばし、親友の二人に助力を求める。凪は発明品を運ぶ為の貨車の確保、沙和は運び出す為の手伝いを始める。

 

「明命、思春、儂らも稟殿に指示を仰ぐぞ」

 

「はいっ!」

「了解しました」

 

 祭も立ち上がり、明命と思春を連れて行動を開始する。

 

「御遣い様の最後の戦いか……」

 

「ちぃ達もお役に立てるかしら」

 

「そうだねー。涼州連合の人達のお世話でもしよっかー」

 

「……姉さん、冴えてるわ」

「天和姉さんって、たまに良い事言う」

 

「ひーどーいー! お姉ちゃん、泣いちゃうからっ」

 

 天地人☆姉妹の三人はどうしたら役に立てるか考えていたが、天和の思いつきに妹二人は驚き、素直な気持ちで褒めるものの、その褒め方に天和は拗ねてしまう。

 

「ねねは呂布ちんの看護かいな。ウチは~(ご主人様はどこや~)」

 

「ご主人様は忙しいぞ、霞」

 

「す、翠! なんでウチの心が読めるんや……」

 

 霞がどうしようかと辺りを見回すが、翠に図星を付かれてしまう。

 

「霞さん、華雄さんはもう荷物の積み込みに行きましたよ」

 

「華雄っちは真面目なやっちゃなー……って、翠?」

 

「あたし達はこのくらいしか手伝えないだろ! 急ぐぞ、たんぽぽ」

 

「はい、お姉様」

 

 そんな二人を見た月が、先程、凄い勢いで出て行った華雄の事を伝えると、霞は目を閉じて感心する。その間に翠が消えていて焦ると、翠が蒲公英を呼びながら答える。

 

「待ってぇな! 月は?」

 

 自分だけ出遅れた霞は情け無い声を上げながら二人を追いかけようとして、月はどうするのか聞く。

 

「私は皆さんのお食事の準備をします。それくらいしか出来ないですから」

 

「そっか。……また楽しくなってきたで~。やっぱご主人様は最高や!」

 

 月が優しい微笑でそう答えると、皆が一つに纏まっている事を実感して、霞の心にも漸く火が点く。

 

 

「何も出来ない自分が悔しいわ……でも今日だけは、じっとしておいた方が良いのも確かなのよね」

 

「……詠ちゃん。今日はもう寝て、明日朝早くから頑張ったらどうかな?」

 

 だが、本日最悪の運命である詠は隅で落ち込んでいて、月はなんとか励まそうと思いついた事を口にする。

 

「それよ! 月! ボク、すぐに寝てくるわ!」

 

「う、うん。頑張ってね?」

 

 すると詠は、それは名案とばかり走って部屋から出て行ってしまう。あとに残された月はその場にいない親友にぎこちないエールを送る。

 

「秋蘭、季衣、流琉、私達も行くぞ!」

 

「まあ待て、姉者。美以殿を放って置くわけにもいくまい」

 

「そうですよ、美以ちゃんはお客様なんですから」

 

 春蘭が我慢し切れない様子で飛び出そうとするが、美以に気がついた秋蘭に止められる。流琉も遠くから来たお客様である美以をひとりには出来ないと補足する。

 

「美以も手伝うじょ! 美以もみんなに仲間として認めて欲しいにゃ」

 

「おおっ! お主、なかなか見所があるではないか!」

 

 だが、その理由である美以がお客様ではなく仲間が良いと言うと、春蘭は感激して美以の頭を撫でる。

 

「美以はボクと同じくらい強いんです」

 

「ほう。季衣と同格か。それは頼もしいな」

 

 それが嬉しくなった季衣は、美以は武将としても立派な事を伝える。それを聞いた秋蘭も美以を認めて微笑む。

 

「ようし! 物資の積み込みが終わったら、皆で特訓だ!」

 

「「はい!」」

「特訓にゃ!」

「……ふふ」

 

 春蘭が熱血状態で拳を振り上げ宣言すると、季衣と流琉は楽しそうに返事をして、美以は特訓に期待して両手を上げ、秋蘭はそんな仲間達を見て笑顔になる。

 

……

 

 その頃、華雄は、

 

「むぅ、じっとしてはいられず、外に出てきたものの、何をすれば良いのか聞くのを忘れたな……」

 

 自分の猪ぶりに呆れ、とぼとぼと軍議室に戻る。

 

「まずは、この性格から直さねば……この素晴らしき和を乱さぬ為にも」

 

 そう呟く華雄は一回り成長し、何か吹っ切れたように微笑んでいた。

 

 

場面は戻り

 

/一刀視点

 

 俺が部屋を出ると扉の外で、愛紗、麗羽、美羽、雪蓮、蓮華、華琳が待っていた。

 

 愛紗が顔を俯かせたまま、言い難そうに事情を切り出す。

 

「ご主人様、申し訳ありません。貂蝉の話、私も聞いておりました。それで、ここにいる皆に……」

 

「愛紗、いつも俺を支えてくれて、ありがとう」

 

「はい!」

 

 俺は感謝の気持ちを返す。愛紗も嬉しそうな笑顔で返事をしてくれた。

 

「私は、雪蓮さんがこの城に来た時、恋さんからご主人様を守って欲しいと頼まれましたので、なにかおかしいと思っていましたわ」

 

「妾も恋に一刀兄様を頼むと言われて、嫌な予感がしていたのじゃ」

 

 麗羽と美羽の言葉に、雪蓮が来た時の事を思い出す。二人のもとに歩いていった恋を。(12話 前編)

 

「私と蓮華は思春から聞いたわ。ハニーの部屋の上で警護をしていて聞いてしまったんですって」

 

「思春も盗み聞きするつもりはなかったの。泣いていたわ……あなたの決断の苦悩に」

 

 そう言えば、今日は思春の視線を感じない。そう言う事だったのか……。

 

「ご主人様、翠と月には、後で華琳から……」

「いや、待ってくれ華琳。ここにいる皆はいいけど、恋と親しかった者、月、詠、霞、華雄、翠が真実を知ってしまうと、恋が如何なるか分からない。そして星や張飛、諸葛亮、黄忠にも言えない。そして時間が……もう無い」

 

「「「ご主人様……」」」「「ハニー……」」「一刀兄様……」

 

 確かに、月達には話したほうが良いかも知れないが、リスクが大きすぎる。ただでさえギリギリかもしれないというのに。

 

「大丈夫だ、例え劉備に悪と罵られようと、俺は大陸を平和にしてみせる。俺を信じて笑顔で逝った礎達、家族を守り敵として死んだ兵士、尊いその犠牲の上にこの国は立っている。俺が目指すのは正義では無い……皆の笑顔だ」

 

「「「「「「御意」」」」」」

 

 俺の決意に皆が答えてくれる。愛紗と華琳が優しげに微笑み、俺はひとりじゃ無いと改めて実感する。

 

 

 そして愛紗が俺に長い包みを手渡す。

 

「ご主人様、鍛冶屋に頼んでいた雪蓮殿の武器が届いております」

 

「ありがとう、愛紗。……雪蓮、これを受け取って欲しい」

 

 俺はその包みを雪蓮に向かい差し出す。

 

「武器? そっか、南海覇王はもう蓮華の物だったわね」

 

「姉様、雪蓮姉様がいなくなったから私が預かっていただけです。これはお返し……」

 

「まあまあ、この武器は雪蓮に合わせて作ってあるから。蓮華には南海覇王が似合うよ」

 

「ハニーがそう言うのなら……うん」

 

「へー、扇子?」

 

「華琳の一天と対になる武器で青釭(せいく)と名付けた武器なんだ。二つ合わせて青釭倚天(せいこうきてん)って言うんだけど……この世界にはないみたいだね」

 

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青釭倚天(せいこうきてん)

青釭の剣(せいくのつるぎ)倚天の剣(いてんのつるぎ)対になる二つを合わせてこう呼ぶ。せいこうのつるぎ、きてんのつるぎでは無いのが難しい。

 

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「元覇王の華琳と元小覇王の私で対になる武器? なかなか面白いわね、華琳♪」

 

「雪蓮、私は貴女の実力を認めているわ」

 

「姉様、私も忘れて頂いては困ります……」

 

「美羽さん、私達は武勇以外で頑張りましょう」

 

「はいっ! 麗羽姉様♪」

 

「それでハニー、使い方は?」

 

「これは鉄扇。鋼で出来た扇子で護身用武器なんだ。扇部分は鋼糸が編みこまれていて骨は鋼。色は見ての通り青白い。長さは三尺(約70cm)ほどだけど、開いて矢を弾いたり、敵の視界を閉ざして蹴りを入れたりできる。重さも結構あるから打撃力も充分あるよ」

 

ババッ ビュッ ビシィ パラパラ

「ふっ、はっ……はぁぁっ! ふむふむ♪ なかなか良い感じ」

 

 その場で開いたり、振ったり、壁に叩きつけたりして確認する雪蓮……壁が少し壊れた。

 

 

/語り視点

 

 そして夜を徹しての準備が始まる。詠以外で寝ている者がいないほどに、鄴の駅は明かりで照らされ、人と荷物が行き交う。

 

「機関車が走り出せば眠れます! 急ぎなさい!」

 

 張り詰めた空気の中、稟が陣頭指揮をとり、全ての貨車、客車、機関車を集め、物資、乗員、燃料など振り分けていく。

 

 その中でひとり暗く沈んだ軍師がいた。しんなりとした後姿で溜息を吐く。

 

「朱里ちゃん……最近は手紙も届かないし、元気かなぁ。やっぱり私達はどちらかが倒れるしか……」

 

「雛里、しっかりしなさい! あなたが孔明を諦めてどうするの! 御主人様を見なかったの? 決して諦めていないじゃない」

 

 だが、忙しいはずの桂花が弟子を心配して勇気付ける。

 

「師匠……そうでした。私は朱里ちゃんを助けたいです!」

 

「ならばやるべき事はひとつでしょ? 落ち込んでいる暇など無い筈よ!」

 

「はいっ!」

 

 そして力を取り戻した弟子の瞳を見て師匠は優しく微笑む。

 

……

 

翌日早朝 鄴城近く 鉄道基地 鄴駅

 

/一刀視点

 

「乗員は将を含め六百名、兵は襄陽城の二万を編成する予定です。物資の方は万全です。客車が少なかったため、人員はこれが限界でした。申し訳ありません」

 

「ありがとう、稟」

 

「御主人様、念のため、他の進軍路にも軍を回しています。孔明の罠がある為、無理はしないよう指示を出しました」

 

「ありがとう、桂花」

 

 出発前に、稟と桂花が状況を報告してくれる。俺は感謝をして、皆に向き直り、

 

「それでは出発する! この大陸の平和の為、最後の決戦に向かう!」

 

「オオオオオオオオォォォォーーーーッ!」「オオオオオオオオォォォォーーーーッ!」

 

……

 

 そして機関車は出発し、徹夜だった皆は眠り始める。起きているのは俺と詠。

 

「ねえ、どうしてこんな無謀な事をするの? こちらは二万、相手は五万よ? しかもあの孔明が罠を準備しているんでしょ?」

 

「そうだな、皆に迷惑をかけてしまうな」

 

 詠が今まで疑問に思っていた事を俺に問いただす。俺は静かに口を開く。

 

「だったら!」

 

「俺は何処まで行っても俺だって気付いたからだよ。俺はただの北郷一刀。劉備でも曹操でも無い、別の世界から来たひとりの男。だけど大切な仲間の為なら全力で戦う。例え負ける事になっても」

 

 そんな俺の態度に詠が口を荒げるが、俺の決意は変わらない。

 

「あんた……(あの頃のままの瞳。そっか……全然変わって無いのね)」

 

「詠達を巻き込んですまない」

 

「何言ってんのよ! ボク達が、その、ご主人様に頼られて嫌な訳無いじゃない!」

 

「詠、ありがとう」

 

「……ふんっ! ……次からはボク達にも相談しなさいよねっ」

 

「ああ」

 

「よろしい♪」

 

 俺の決意を聞いた詠は笑顔で俺を許してくれる。恋も華佗達と共に襄陽城まで向かう。勝利したらすぐに教える為、恋に平和な世界を一刻も早く見せる為に。

 

……

 

「恋……」

 

「…………」

 

 俺は恋が寝ている寝台車に行き、小さな額に掌を当てる……温かい。側では音々音が疲れて眠っている。

 

「俺の決断は間違っているのかもしれない。優しい恋なら、こんな戦い止めたかもしれないな……でも、俺にはこんな事しか出来ないんだ。恋が消える前に平和になったら奇跡が起こるかも知れないなんて、そんな夢みたいな事を期待して……」

 

「ごしゅじんさまは、ただしい」

 

「……恋、起きていたのかい」

 

「……んっ、れんは、いつだって、ごしゅじんさまのみかた」

 

「……ありがとう、恋」

 

「んっ、ばなな、おいしかった。ありがとう」

 

 俺は溢れだしそうな涙を堪えて、恋の髪を優しく撫で続ける。彼女が安心して眠れるように……悲しい顔が嫌いな彼女を心配させないように。

 

 

荊州 襄陽城

 

「華佗、音々音、恋を頼む」

 

「任せろ! 今、卑弥呼が部屋に運んでいる」

「御意なのです。すぐに行ってくるのです」

 

 城に着くとすぐ意識が戻らない恋を二人に任せて、俺は出発の準備にとりかかる。

 

「七乃! すぐに妾の部下だった者達を集めるのじゃ!」

 

「はいっ! 美羽様」

 

「祭殿、元孫呉の将達を集めてください」

 

「任せい!」

 

 俺達の前に、今は北郷軍だが、元は美羽と孫呉の将兵が集まる。静かに整列してはいるが、明らかに美羽の軍は孫呉の兵達に対して敵意を持っているようだ。

 

「元袁術軍の将兵達よ。今まで妾の帰りを待っていてくれた事、嬉しく思う。周瑜に酷い目にあわされた者もいるであろう。じゃが、周瑜を許し、孫呉の兵達と協力して、妾達に力を貸してたもれ。妾は天の御遣い、一刀兄様にいまだ恩を返せておらぬ。妾はもう、わがままは言わぬ。これはお願いじゃ。大陸の平和の為、大切な仲間の為、命を賭けて欲しいのじゃ! 冥琳」

 

「まずは謝ろう。すまなかった……」

 

――――。

 

 美羽の演説の後、呼ばれた冥琳が謝罪を始めるが、辺りは静まり返る。

 

「私は貴方達をこの城に閉じ込め、孫呉の兵で取り囲んで監視をし、貴方達の主君である袁術殿を見せしめの為に処刑しようとした……この戦いが終わったらどんな償いでもしよう。だから」

「ワアアァァーーーーッ!」「ワアアァァーーーーッ!」「ワアアァァーーーーッ!」

「な!?」

 

「……わかってくれたのじゃ」

 

 だが、その場で跪いて願おうとした瞬間、大歓声が巻き起こる。驚く冥琳と涙を流す美羽。

 

「大陸を救うための誇りある最後の決戦に参加出来るなら、死んでも構いません!」

「何言ってやがる。終わったら平和な世界なんだぞ! 死んでたまるもんか!」

「死んだら平和な世界が見れないじゃないか! 戦って勝ち、生き残るのさ!」

「やっと、俺達の出番だ! 袁術様の為、御遣い様の為、戦う覚悟はいつでも出来ています!」

 

 将兵達が明るい笑顔で希望を夢見る。大陸の平和を勝ち取る瞬間、平和が訪れるその時を、自らの手で勝ち取ろうと雄叫びを上げる。

 

「一刀兄様」「ハニー」

 

「……二人ともありがとう。稟」

 

「準備は整いました。輜重隊はあとから追いかけます」

 

「わかった……全軍前進!」

 

 俺達は南西に進む。白帝城を目指して。やがて異様な雰囲気の石像が並んでいるのが見えて来た。石像はかなり背が高く、飛び越えられそうも無い。

 

「これが孔明の罠……石像……石兵八陣」

 

 俺が思い至った諸葛亮の計略に考え込んでいると、石像の向こう側から誰かの声が聞こえた。

 

「お姉ちゃーん! おねえちゃーーーーん!」

 

 中編へつづく

 

 

予告

 

「私は主君を裏切らぬ。例え愛する男を敵にするとしても……それこそが、ただひとつ、私が主に誇れるものだ。私は桃香様を裏切らぬ! そして主が信じる趙雲を裏切らぬ! それこそが我が誇り! 愛紗! 互いに主君が一の家臣……我が生き様を受けよっ!」

 

「星……見事だ。お主こそ真の武人。相手にとって不足は無い……本気で行こうぞ。我が忠義と貴様の忠義……どちらが先に折れるのか、勝負だ! 我が最高の強敵(とも)よっ!」 

 

 青龍と白龍が互いを飲み込もうと牙を剥き鋭い爪を振るう。どちらも外史を二つ駆けた生粋の武人。その勝負には誰も手を出せない。二人は微笑むさえ浮かべて熱き魂をぶつけ合う。

 

「愛紗ぁぁぁぁーーーーっ!」「せぇぇぇっいっーーーーっ!」

 

 


 
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