No.1073662

紙の月21話

ようやく太陽都市の内部へと戻ることができたデーキスたち。急いでヴァリスと連絡を取ろうとするが…

2021-10-03 16:51:28 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:440   閲覧ユーザー数:440

 下水道を抜け、ようやくデーキスは太陽都市の生産エリアに出てこれた。既に都市のあちこちでアンチや紛い者たちが暴れているようで、黒い煙が至る所で立ち上っている。それはここも例外ではなかった。

 銃声や爆発音が聞こえ、普段はないはずの治安維持部隊のトラックや装甲車が停まっている。

「遅かったみたいだ。もう始まっている!」

「早く止めなきゃ……ヴァリスはどこに?」

 生産エリアには作業用や警備用といった様々なロボットがいる。それら全てをヴァリスが操作しているので、彼と通信できるはずだ。

 一体の作業用ロボットが向こうからやってくる。

「ヴァリス、聞いてくれ! 紛い者たちが……」

「警告、武器を下ろし敵対行動の中止を要求。さもなくば無力化行動を行う」

 無機質な機械音声が同じセリフを一定の間隔で繰り返している。何度声をかけても、こちらの呼びかけには答えず、近づこうとするだけで作業用ロボットは身構える。

「駄目だデーキス。多分紛い者たちが暴れているせいでヴァリスは自動操縦にしているんだ」

 アラナルドがデーキスを引き留める。

「太陽都市の中心部へ向かうんだ。そこの地下に本体……ヴァリス本人がいるはずだ」

 話していると数人の治安維持部隊がやってくる。彼らはデーキスたちを見るなり銃を向ける。

「いたぞ! アンチと紛い者だ!」

「殺せ!」

 慌ててデーキスたちが身を守ろうとすると、間に作業用ロボットが立ちはだかってかばった。

「なっ……何でロボットが!?」

「子供に対する発砲を確認。無力化行動を行う」

 そう言って、ヴァリスの作業用ロボットがスタンガンを照射する。治安維持部隊の隊員たちはうずくまってその場に気絶した。

「今のはヴァリスが守った……?」

「どうやら、紛い者たちに対してヴァリスの行動の優先順位が変わっているらしい。それで混乱しているようだ」

 気絶した治安維持部隊の身体を探ってロイドが答える。隊員の持っている無線から、生産エリアで争う治安維持部隊とアンチ、紛い者に対し作業用ロボットはどちらにも警告を流し、攻撃した方に無力化行動をとっているらしい。

 その結果、敵か味方なのか混乱が生じ戦いはさらに泥沼化しているようだ。

「アンチだけならヴァリスも治安維持部隊の見方をするだろうが、紛い者に対しては普通の子供と同じ扱いで、子供を守る行動を優先してしまうようだ」

「ちっ! フライシュハッカーの奴、これを狙っていたのか!」

 ウォルターが毒づく。ただでさえ混乱してるこの状況で、ブルメの超能力が使われてしまったら……。

「あった! これで一気に太陽都市の中心部へ行けるぞ!」

 ロイドが治安維持部隊から持っていた車のカギを取り出した。彼らの車を使うつもりらしい。近くのトラックに挿すと、起動し始めた。

「よし、ちょっと不安かもしれんがデーキスたちは荷台に乗ってくれ!」

 普段は紛い者を連行するためのトラックだ。デーキスには嫌な印象しかなかったが、今はそんなことを言ってる場合ではない。

 デーキスたち紛い者を乗せて、トラックは太陽都市の中心部へと向かう。

 

 

「警備を送れないだと?」

 ヴァリスからの送られた答えに、太陽都市の管理者たちは驚きの声を上げる。市長のゴウマだけが、無言でその様子を見守っていた。

「太陽都市の危機なんだぞ! お前は太陽都市の環境を守るAIではないのか!」

「規定では、私の権限は生産エリア内でしか認められていない。居住エリア内では、君たち人間で対処する事になっている」

「相手はテロリストのアンチや紛い者だ! 住人の暴動やただの犯罪とは状況が違う!」

「彼らの生産エリアに対する破壊活動は見過ごすことができない。そのため、私は生産エリアの防衛に務める」

「お前に攻撃されたと向かった治安維持部隊から報告が上がっているが?」

「子供に対する攻撃行為、それに対する防止は私の行動優先順で上位に位置している。これは前市長フェリオ・カーボンから与えられた規定で、太陽都市に壊滅的な打撃を与えない限り優先されるものだ」

 自分たちも知らなかった、あるいは忘れていたヴァリスの行動理念。それがこんな時に足を引っ張ることになるとは太陽都市の管理者たちも考えていなかった。

「これはあなた達の問題だ。あなたたちで解決してくれ」

 そこでヴァリスからの通信が切られる。にわかに会議室が騒がしくなる。ゴウマは指を打ち付けながら考える。

 まさか前市長のフェリオ・カーボンの名を聞くことになるとは思わなかった。奴の影響がヴァリスを通して今も残っている……。

 愚かな老いぼれめ、身内が戦争で死んでからあの老人はロボットに入れ込み、太陽都市の管理コンピュータのAIに、自我などを持たせた。

 おかげで、今なお太陽都市は完全には自分の物にはなっていない。

「ゴウマ市長、既に紛い者が中に……ここも危険です。避難を」

 ホースラバーの言葉に頷き、他の管理者にも避難指示を下す。

 この件が終わった暁には、AIの必要性を市民どもに投げかけ、奴を……ヴァリスを消してやらねばならん。

 

 

 管理エリアに向かう途中、色んなものを見た。逃げる市民たち、暴れるアンチと紛い者、倒れたどちらか分からない子供……超能力に目覚める前は太陽都市でこんなことが起こるなんて夢にも思わなかった。

 でも、こうした事件は常に身近に存在して、いつかは起こっていたんだ。都市国家に暮らしていれば安全だと思っていたけど、それは単なる幻に過ぎなかった。

 デーキスは目を閉じて頭の中で、張りぼての月を思い出していた。そこに置いてあるだけじゃ足りない。本物になろうとしなくちゃ……。

 トラックが停まる。ついに太陽都市の中心部にたどり着いた。デーキスたちは急いで中に入る。既に内部も争いの形跡がそこら中にあった。

「地下の方へ向かおう。ヴァリスがいるのは地下の管理コンピュータだ」


 
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