No.1061083

九番目の熾天使・外伝 鬼滅の刃編 柱合裁判その2

竜神丸さん

続きが書き上がったので更新。

2021-05-06 17:00:32 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1253   閲覧ユーザー数:1023

産屋敷家97代目当主、産屋敷耀哉(うぶやしきかがや)

 

鬼殺隊を率いるトップにして、鬼殺隊員が「お館様」と呼び心から心服している人物。

 

屋敷の襖を開けて姿を見せた耀哉は、自身の娘である2人の白髪の少女に手を引かれ、1歩ずつ、1歩ずつ、ゆっくりと前に進んで行く。そして柱達の前まで到達した彼は、空を一度だけ見上げた後、改めて柱達のいる中庭へと視線を移した。

 

「おはよう、皆。今日は良い天気だね。空も青いのかな(・・・・・・・)。顔ぶれが変わらずに、半年に一度の柱合会議を迎えられた事を、嬉しく思うよ」

 

聞く者に安らぎを与え、心を落ち着かせる声が柱達の耳にまで届く。その一方で、初めて「お館様」と呼ばれる彼の姿を見た炭治郎がまず最初に気になったのは、耀哉のその容姿だった。

 

(傷……いや、病気なのか? この人がお館様……?)

 

顔の上半分が焼け爛れたかのような耀哉の容姿に、炭治郎は彼が何か病気でも抱えているのだろうかと考えた……その直後、突然炭治郎の頭が実弥に捕まれ、地面に勢い良く押し付けられた。

 

(ッ!? 速い、全く反応できなかった……!!)

 

突然頭を押さえつけられた炭治郎は抵抗しようとするも、実弥の押さえる力が強く、全く頭を上げる事ができなかった。しかし横に視線を向けた炭治郎の目に映ったのは、横一列に並んで一斉に膝を突き、頭を垂れている柱達の姿だった。先程まで不遜な態度を取り続けていた冬水ですら、他の柱達と全く同じ姿勢で頭を下げていた。

 

「お館様におかれましてもご壮健で何よりです。益々のご多幸を切にお祈り申し上げます」

 

「うん。ありがとう、実弥」

 

そんな中、口を開いたのは実弥だった。先程まで炭治郎に対して見せていた粗暴な口調からは打って変わり、礼節を弁えた丁寧な口調で挨拶を返す。

 

「恐れながら、柱合会議の前にこの竈門炭治郎なる鬼を連れた隊士について、ご説明頂きたく存じますがよろしいでしょうか?」

 

(ッ……知性も理性も全くなさそうだったのに、凄いきちんと喋り出したぞ……!?)

 

(私が先に言いたかった、お館様へのご挨拶……!)

 

炭治郎は実弥が丁寧な口調で挨拶をしている姿に内心驚きを隠せず、一方で蜜璃は耀哉への挨拶を実弥に先を越されてしまった事を残念そうにしていた。

 

「そうだね、驚かせてしまってすまなかった。炭治郎と禰豆子の事は、2年前に義勇と(みこと)から報告を受けていてね。私が容認していたんだ」

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

「そして皆にも、2人の存在を認めて欲しいと思っている」

 

あのお館様が、鬼である禰豆子と、その存在を隠していた炭治郎の存在を容認していた。義勇と(みこと)以外の柱達はその事実に驚きを隠せない様子で顔を見上げた。更に、耀哉から2人の存在を容認して欲しいとも頼まれた一同だったが、その反応は様々だった。

 

「あぁ……たとえお館様の願いであっても、私は承知しかねる……」

 

「俺も派手に反対する! 鬼を連れた鬼殺隊員など認められない!」

 

「私は全て、お館様の望むままに従います……!」

 

「僕はどちらでも……すぐに忘れるので」

 

「私も無一郎君同様、どちらでも構いません」

 

「信用しない。信用しない。そもそも鬼は大嫌いだ」

 

「心より尊敬するお館様であるが、理解できないお考えだ!! 全力で反対する!!」

 

「俺も反対です、お館様。事情がどうあれ、鬼を殺さずに見逃すなど、下の者達に示しが付きません」

 

「鬼を滅殺してこその鬼殺隊。竈門、冨岡、獅子吼、3名の処罰を願います……!」

 

耀哉に心服しているとはいえ、柱も決してイエスマンではない。行冥、天元、小芭内、杏寿郎、一哉、実弥の6名は竈門兄妹の存在を認める事に反対の意志を示しており、賛成派は蜜璃、中立派は無一郎と冬水のみというのが現実であった。残るしのぶ、義勇、(みこと)の3人だけは、敢えて何も言わず沈黙を貫いていた。

 

「……やはり、反対意見の方が多かったね。手紙を」

 

「はい」

 

耀哉もまた、柱達から猛反対される事は想定内だったからか、特に残念そうな様子は見せなかった。彼は自身の右隣に立っている娘に指示を出し、白髪の少女が懐から1枚の手紙を取り出した。

 

「こちらの手紙は、元柱である鱗滝左近次様から頂いたものです。一部抜粋して読み上げます」

 

(! 鱗滝さんからの……!)

 

鱗滝左近次(うろこだきさこんじ)

 

鬼殺隊への入隊を目指す者を剣士として鍛える「育手(そだて)」の1人であり、炭治郎に剣士としての基礎、そして全集中の呼吸の1つである「水の呼吸」を伝授した師範。

 

そんな彼から届いたという1枚の手紙。その内容の一部を抜粋し、白髪の少女は読み上げ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――炭治郎が鬼の妹と共にある事を、どうかお許し下さい

 

 

 

 

―――禰豆子は強靭な精神力で、人としての精神を保っています

 

 

 

 

―――飢餓状態であっても人を喰わず、そのまま2年以上の歳月が経過しました

 

 

 

 

―――にわかには信じ難い状況ですが、紛れもない事実です

 

 

 

 

―――禰豆子には、他の鬼とは違う何かがあるのではないかと、私はそう感じております

 

 

 

 

―――もしも、禰豆子が人に襲い掛かった場合は、竈門炭治郎を始め、鱗滝左近次、冨岡義勇、獅子吼命、鱗滝真菰、以上の5名が腹を切ってお詫び致します

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ッ……鱗滝さん……!)

 

読み上げられた内容を聞いて、炭治郎は心が温まるような感じがした。炭治郎は思わず、横目で義勇と(みこと)の方にも視線を向ける。

 

(冨岡さん、獅子吼さん……!)

 

義勇は無表情のままだったが、(みこと)は炭治郎が自分に視線を向けている事に気付き、笑顔で頷きながら返した。

 

(それに、真菰さんまで……!)

 

鱗滝真菰(うろこだきまこも)は左近次の弟子の1人であり、炭治郎にとっては姉弟子と呼べる少女。ある出来事によって片腕を欠損してしまい、剣士としての道を断念する事となった彼女だが、それでも禰豆子の為に必死に頑張る炭治郎を応援し、左近次と共に自身の修行を見守り続けた。

 

厳しくも自身を剣士として鍛え上げてくれた師範が。

 

師範と共に自身の修行を見守ってくれた姉弟子が。

 

自身に鬼殺隊への道を示してくれた兄弟子達が。

 

その全員が、自分達兄妹の為に己の命を懸けてくれている。自分達を守ろうとしてくれている。炭治郎は嬉しさのあまり、気付けば涙が何粒も零れ落ちていた。

 

「本気なのか、お前達」

 

義勇と(みこと)の方に視線を向けながら、一哉が口を開いた。彼からすれば、2人がそこまでして兄妹を守ろうとする理由がまるで理解できなかった。

 

「鬼を庇うなど正気の沙汰じゃない。何故そうまでして肩入れする? お前達が命を懸けるほどの価値が、この兄妹にはあるというのか?」

 

「……今の手紙の内容が、僕達の答えです」

 

一哉の問いに対し、(みこと)はそう断言してみせた。その目には少したりとも迷いが存在していない。義勇も相変わらず無言ではあるが、(みこと)と同じく迷いのない目をしていた。

 

しかし、彼等が命を懸けた事で、反対派だった者達が意見を撤回してくれるのかと言えば……答えは否である。

 

「切腹するから何だと言うのか」

 

実弥が再び口を開く。その雰囲気は、とても納得の意志を示したものではなかった。

 

「死にたいなら勝手に死に腐れよ!! 何の保証にもなりはしません!!」

 

「不死川の言う通りです!! 人を喰い殺せば取り返しが付かない!! 殺された人は戻らない!!」

 

手紙の内容が読み上げられてもなお、実弥、杏寿郎の2人は反対派の姿勢を崩しはしなかった。そして口を開いていないだけで、他の反対派の面々も2人と同じ考えだった。実際、それだけでは「禰豆子が人を襲わない」という証明には一切ならないのだから。

 

「確かにそうだね。人を襲わないという保証ができない。証明ができない」

 

「では!」

 

「ただ……人を襲うという事もまた、証明ができない」

 

「「……ッ!?」」

 

耀哉の言葉に、実弥と杏寿郎の2人が押し黙る。

 

「禰豆子が2年以上もの間、人を喰わずにいるという事実があり、禰豆子の為に5人の者の命が懸けられている。これを否定する為には、否定する側もそれ以上の物を差し出さなければならない。皆にその意志があるかな?」

 

彼等の覚悟を否定したいのであれば、それ以上の覚悟をぶつけて否定してみせろ。耀哉のこの言葉に、実弥も杏寿郎も思わず言葉に詰まった。ここで耀哉は更に畳みかける事にした。

 

「それに、君達には伝えておきたい事がある。この炭治郎はね、あの鬼舞辻と接触している」

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

これまで誰も接触した事がない鬼の首魁、鬼舞辻無惨。

 

その無惨に、炭治郎は一度だけだが接触する事に成功していた。

 

その事実をたった今初めて聞かされ、柱達は驚愕の表情を浮かべた。あの冬水ですら、思わず目を見開いてしまうほどの情報だ。

 

「そんなまさか!! 柱ですらまだ誰も接触した事がないというのに、こいつが!? どんな姿だった!! 能力は!! 場所はどこだ!!」

 

無惨に関する情報が得られるかもしれないと、天元は炭治郎の方に振り向き質問をいくつもぶつけ始める。この時、振り向いた天元に接触した蜜璃が「きゃっ!?」と小さな悲鳴を上げて転倒したが、悲しいかな、今はそんな彼女に意識を向けられるほどの余裕は他の柱達にはなかった。

 

「戦ったの……?」

 

「鬼舞辻は何をしていた!! 根城は突き止めたのか!? おい答えろ!!」

 

「黙れ、俺が先に聞いてるんだ!! まず鬼舞辻の能力を……!!」

 

先程まで無関心だった無一郎ですら問いかける中、実弥も天元と同じように炭治郎に質問責めをするが、実弥に髪の毛を掴まれた炭治郎は何度も頭を上下に振られ続け、とても答えようがなかった……が、耀哉が人差し指を口元に持って行き、小さく「しっ」と告げた瞬間、一同は一斉に口を閉じ、静かになる。

 

「……鬼舞辻はね。炭治郎に向けて追手を放っているんだよ。その理由は単なる口封じかもしれないが、私は初めて鬼舞辻が見せた尻尾を掴んで離したくない」

 

耀哉が言う通り、炭治郎はこれまでに何度も、無惨が放った追手の鬼達と戦っている。その目的が何であれ、無惨が追手を放ち続けているこの状況は、耀哉からすればまたとない好機であり、利用しない手はない。

 

「恐らくは禰豆子も、鬼舞辻にとって予想外の何かが起きてると思うんだ。わかってくれるかな?」

 

耀哉も決して、単なるお人好しではない。彼がこれまで竈門兄妹の活動を容認してきたのも、2人の存在が、無惨の行方を追う為の重要な手掛かりになるかもしれないと踏んだからだ。柱達もその点は理解できたからか、先程までに比べると反対の意志は少しずつだが弱まり始めてはいた。

 

「わかりません、お館様」

 

それでも、納得がいかない者はまだ存在していた。

 

「人間ならば生かしておいても良いが鬼は駄目です!! これまで俺達鬼殺隊がどれだけの思いで戦い、どれだけの者が犠牲になっていったか!! 承知できない!!」

 

人間である炭治郎ならともかく、鬼である禰豆子の存在も認めるなど、鬼に強い恨みがある実弥からすればとても納得のできない話である。それ故に、実弥はここである手段を取るべく自身の刀を抜き……その刃先で、自身の左腕をほんの僅かに斬りつけた。

 

(えっ!? えっ!? 何してるの、何してるの!? お庭が汚れるじゃない!!)

 

「お館様、証明しますよ俺が!! 鬼という物の醜さを!!」

 

蜜璃が困惑した様子で見る中、実弥の左腕の傷口から赤い血がポタポタと垂れ落ちる。実弥は自身の傷ついた左腕を耀哉に向けながらそう宣言した後、禰豆子が入っている箱を踏み付けながら、先程刀で刺した箱の穴に自身の血を垂らし始める。

 

「おい鬼、飯の時間だぞ。喰らいつけ」

 

「ッ……や、やめろ……!!」

 

炭治郎は実弥がやろうとしている事を理解した。実弥は血の匂いを禰豆子に嗅がせる事で、彼女の鬼としての本性を暴こうとしているのだ。

 

「無理する事はねぇ。お前の本性を出せば良い。俺がここで叩っ斬ってやる……!!」

 

「禰豆子ぉっ!!」

 

まずい。このままでは禰豆子が凶暴化してしまう。炭治郎が焦りのあまり禰豆子の名前を叫ぶ中、ここで小芭内が実弥に助言をし始めた。

 

「不死川、日向では駄目だ。日陰に行かねば鬼は出て来ない」

 

現在の時刻は昼。太陽の光が照らされている中では、小芭内の言う通り鬼は外に出ようとしない為、試すのであれば日陰に移動する必要がある。それは実弥も理解していた為、禰豆子の入っている箱を持ち、太陽の光が届かない耀哉のいる屋敷内まで移動しようとする。

 

「あ、そうだ不死川さん」

 

「あん?」

 

「試すのであれば、これをお使い下さい」

 

ここで冬水が、懐からある物を取り出す。それは鞘に納められた1本の小太刀だった。

 

「刃先の部分に、鬼の生態活動をより活性化させる特殊な薬品が塗ってあります。これをひとたび鬼の体内に打ち込めば、それだけで鬼は理性が吹き飛び、より凶暴化してしまう。そこに不死川さんの血の匂いまで合わさるとなれば……まぁ、耐えられる可能性はほぼ皆無でしょうねぇ」

 

「……ほぉ、面白えじゃねぇか」

 

「!? ま、待って下さい、そんな事したら……ッ!!」

 

冬水の説明を聞いて、炭治郎は青ざめた様子で必死に叫ぶ。

 

頼む、やめてくれ。

 

禰豆子にそんな事をしないでくれ。

 

そう訴えかけたい炭治郎だったが、聞く耳を持たない実弥はニヤリと笑い、冬水から小太刀を受け取ってから改めて耀哉の方へと向き直る。

 

「お館様……失礼、仕る」

 

実弥は禰豆子の入った箱を持って跳躍し、耀哉達がいる屋敷内まで移動する。そして箱を畳の上に放った後、冬水から借りた小太刀を鞘から引き抜き……箱ごと禰豆子に突き刺し始めた。

 

「やめろぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 

その光景を見た炭治郎は叫び、倒れた状態から起き上がろうとする。しかし、それを見越していた小芭内が彼の背中に左肘を強く打ちつけ、その状態のまま地面に取り押さえる。

 

「オラァ、出て来い鬼ィッ!! お前の大好きな人間の血だァ!!」

 

実弥は小太刀で何度も禰豆子を箱ごと刺し続けた後、箱の扉の取っ手に刃先を引っ掛け、扉を開けてから小太刀を放り捨てる。すると扉の開かれた箱の中で、子供の姿になっていた禰豆子の体躯が少しずつ変化していき、大人姿になった状態で箱からゆっくり立ち上がった。

 

「グ、ゥッ……ウゥゥゥゥゥ……ッ!!」

 

小太刀に塗られていた薬品の影響からか、禰豆子は苦しそうな様子で唸り声を上げており、その白い腕には血管が強く浮き出ていた。その目付きは飢えた獣のように鋭く、血走っている。指先は爪が長く伸び、人を襲わないよう竹を咥えさせられている口からは、涎がポタポタと垂れ落ちている。いつ実弥に襲い掛かってもおかしくない状況だった。

 

「恐ろしいほどに効果が出ているな……龍神お前、なんて厄介な物を作ってくれたんだ」

 

「本当なら、試す機会なんて一生ないだろうと思ってたんですけどねぇ。まさかこんな形で実験できるとは、私も予想外でしたよ」

 

クククと楽しそうに笑う冬水に対し、冷めた目を向けながら溜め息をつく一哉だったが、すぐに視線を禰豆子の方へと戻す。万が一の時の為に、一哉は左腰の刀に手を置いており、いつでも抜刀できるように構えていた。

 

「ククククク……どうした鬼。来いよ、欲しいだろう? 喰いたいだろう?」

 

「ウ、グゥゥゥゥゥゥゥ……!!」

 

そんな中、実弥は血の垂れている左腕を禰豆子の前に突き出しながら、その右手には自身の刀を構える。冬水の薬品の影響で凶暴性が増している禰豆子だが、それで簡単に喰われてやるほど実弥も伊達に柱を務めてはいない。肉を喰らおうと襲い掛かって来たところを、一瞬で斬首できるくらいの余裕が彼にはあった。

 

「禰豆子ぉ……ッ!!」

 

目の前で繰り広げられている光景に、炭治郎はとても見ていられなかった。小芭内に押さえつけられている状態から抜け出そうとする彼だが、肘で強く押さえつけられているせいで呼吸が上手くできず、全身に力を行き渡らせる事ができない。

 

「伊黒さん、強く押さえ過ぎです。少し緩めて下さい」

 

「動こうとするから押さえているだけだが?」

 

「ぐっ……あ、がぁ、ぁ……ッ!!」

 

しのぶから注意されても、小芭内は押さえつける力を緩めようとしない。彼に言っても聞かないと判断したしのぶは、今度は無理やり呼吸を使って抜け出そうとしている炭治郎に呼びかける。

 

「竈門君。肺を圧迫されている状態で呼吸を使うと、血管が破裂しますよ」

 

「血管が破裂? 良いなぁ派手で! よし行け、破裂しろ!」

 

「え、えぇ……」

 

「どういう派手さを求めてるんだお前は」

 

「可哀想に……なんと弱く、憐れな子供……南無阿弥陀仏……」

 

しのぶの「血管が破裂する」という言葉を聞いて面白そうな表情を浮かべる天元と、それを聞いて若干引いた様子を見せる蜜璃、そして呆れた様子を見せる一哉。彼等のやり取りを他所に、行冥は両手を合わせて数珠をジャラジャラと鳴らす。

 

「ぬ、ぐ……あぁぁぁぁぁ……!!」

 

「ッ……竈門君……!?」

 

しかし、それでも呼吸をやめようとしない炭治郎は、血管が破裂する事すら覚悟の上で、全身に力を漲らせていく。その様子に気付いたしのぶが驚く中、両腕の力を振り絞った炭治郎は遂に、両腕を縛っていた縄を無理やり引き千切ってみせた。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

「!? 何……ッ!!」

 

その様子を見て小芭内も驚くが、更に彼の左手が突然何者かに掴み上げられる。それはいつの間にか小芭内の隣にまで移動していた義勇だった。これにより拘束から解放された炭治郎は立ち上がり、実弥の血の匂いに引き寄せられつつある禰豆子の元に駆け付けようとしたが、それを制止する者がいた。

 

「待った、炭治郎君」

 

「!? 獅子吼さん……!!」

 

「信じるんだ、禰豆子ちゃんを。兄である君が信じないでどうする」

 

(みこと)の言葉に、炭治郎はハッと気付かされた。

 

そうだ。

 

皆に信じて欲しいのに、自分が一番信じてやれないでどうする。

 

その事に気付かされた炭治郎は、せめてもの思いを込めて、禰豆子の心に呼びかけるように叫んだ。

 

「負けるな禰豆子!! お前は他の鬼とは違う!! 頼む、耐えてくれぇ!!!」

 

「フゥー……フゥー……ッ!!」

 

炭治郎の必死な叫びが、禰豆子の耳に届く。今にも血の誘惑に負けてしまいそうな彼女だったが、炭治郎の叫びを聞いたその瞬間、彼女の脳内に様々な光景が浮かび上がる。

 

 

 

 

 

 

『妹だ!! 俺の妹なんだ!! 禰豆子は違うんだ!!』

 

妹を殺さないで欲しいと、義勇と(みこと)に土下座してまで願う炭治郎の姿……

 

 

 

 

 

 

『あぁ、お帰り禰豆子』

 

『山菜、いっぱい採れたかしら?』

 

竈門家の家で出迎えてくれる、父と母の姿……

 

 

 

 

 

 

『こっちこっちー!』

 

『待ってよー!』

 

楽しそうに遊んでいる弟や妹達の姿……

 

 

 

 

 

 

『人間はお前の家族だ』

 

『人間を守れ』

 

『兄と共に、人間を助け続けるんだ』

 

そして脳裏に響き渡る、左近次から暗示としてかけられ続けてきた言葉……

 

 

 

 

 

 

(人間は……守り、助ける者……)

 

 

 

 

 

 

(傷つけない……絶対に、傷つけない……!)

 

 

 

 

 

 

(一緒に、守る……一緒に!!)

 

 

 

 

 

 

禰豆子の中に残されている、人間としての理性。

 

 

 

 

 

 

その強い思いが、鬼としての本性を抑え込もうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――フンッ!!」

 

「!? なっ……」

 

「何……!?」

 

「フゥー……フゥー……ッ」

 

血の誘惑に負けかけていた鬼の本性が、少しずつ消え失せていく。そして遂に、禰豆子はプイッとそっぽを向く事で、飢餓を抑え込む事に成功した。これには実弥だけでなく、冬水も驚愕の表情を見せる。

 

「どうしたのかな?」

 

「鬼の女の子はそっぽを向きました」

 

「不死川さんに何度も刺され、凶暴化する薬を打たれたにも関わらず、目の前に血まみれの腕を出されても、我慢して噛まなかったです」

 

「ではこれで、禰豆子が人を襲わない事の証明ができたね」

 

「……クソッ」

 

「禰豆子……!」

 

これで、禰豆子は人を襲わないという証明ができた。実弥が渋々ながらも刀を納める中、禰豆子が頑張って耐えてくれた事に炭治郎は安堵し、(みこと)もホッとした様子で笑顔を浮かべる。

 

「ッ……何のつもりだ、冨岡」

 

「……」

 

その様子を見ていた小芭内は、義勇に捕まれていた左手を無理やり離させる。それでも義勇は何も言わず、一部始終を黙って見守っているだけだった。

 

「これで、皆も納得できただろう。禰豆子は他の鬼とは違うという事が」

 

「「「「「……ッ」」」」」

 

柱達は全員黙り込んでいた。禰豆子が人を襲わない事が目の前で証明された以上、それでもまだ反対の意志を示そうという者は、流石にもうこの場には1人もいなかった。

 

「でもね炭治郎。それでもまだ、禰豆子の事を快く思わない者もいるだろう。証明しなければならない。炭治郎と禰豆子が鬼殺隊として戦える事を。役に立てる事を」

 

「……はい」

 

「十二鬼月を倒しておいで。そうしたら皆に認められる。炭治郎の言葉の重みが変わって来る」

 

十二鬼月(じゅうにきづき)

 

それは無惨が付き従えている、恐るべき力を持った12体の鬼達。炭治郎も先日の任務で、その十二鬼月の内の1体と対峙している為、その強さは身をもって知っていた。だからこそ倒さなければならないのだ。自分達が鬼殺隊の一員として戦える事を証明する為に。

 

「……俺は、俺と禰豆子は、鬼舞辻無惨を倒します!!」

 

「「「「「!?」」」」」

 

「俺と禰豆子が、悲しみの連鎖を断ち切る刃を振るう!!!」

 

炭治郎の熱い宣言に、柱達は驚かされる。ほとんどの者は「何言ってんだこいつ」という困惑の目を向けていたが、(みこと)だけはそんな炭治郎の事を穏やかな目で見据えていた。

 

「今の炭治郎にはできないから、まず十二鬼月を1人倒そうね」

 

「え、あ、はい……」

 

(ぷっ……だ、駄目よ笑ったら、駄目駄目駄目!)

 

「ぷ、ふふふっ……!」

 

……なお、そんな炭治郎の宣言は、耀哉によって優しく諭される形で現実を突きつけられる事になった訳だが。流石にだいぶ無茶な事を言っているという自覚はあったのか、炭治郎は羞恥のあまり顔がどんどん赤くなる。蜜璃は必死に笑いを堪え、しのぶは小さく噴き出している始末である。

 

「鬼殺隊にいる柱達は当然、抜きん出た才能がある。血を吐くような鍛錬で、自らを叩き上げて死線を潜り、十二鬼月をも倒している。だからこそ柱は尊敬され、優遇されるんだよ。炭治郎も、今後は口の利き方には気を付けるように」

 

「は、はい……」

 

「それから実弥、小芭内、冬水。あまり下の子に意地悪をしない事」

 

「「「……御意」」」

 

耀哉からそう言われてしまっては、名前を呼ばれた3人も大人しく頭を下げる他なかった。ちなみにこの時、既に薬の効果が抜け切って子供姿に戻っていた禰豆子が、実弥に対してプンスカ怒った様子で睨んでいたのは言うまでもない。

 

「炭治郎達の話はこれで終わり。下がって良いよ」

 

「でしたら、竈門君達は私達の屋敷でお預かりしましょう。良いですよね、先生?」

 

「お館様の決定であれば、仕方ありませんね」

 

「……へ?」

 

炭治郎が思わず間抜けな声を漏らす中、しのぶが両手をパパンと叩き合図を出す。すると先程まで黙って話を聞いているだけだった、“(かくし)”と呼ばれる黒装束の者達が同時に動き出し、炭治郎と、禰豆子の入った箱を背負ってから移動を開始する。

 

「はい、連れて行って下さーい!」

 

「は、はい! 前、失礼しまーす!!」

 

隠達は炭治郎と禰豆子の入った箱を背負ったまま、猛スピードで屋敷から走り去って行く。隠達の姿が見えなくなった後、その様子を見届けていた天元が口を開く。

 

「にしても、あの坊主もなかなか派手な事を言うもんだぜ。鬼舞辻を倒すだなんて宣言するとはな」

 

「ハッキリ言って無謀だろう。何もできずに死ぬだけだ」

 

「だが、良い心がけだ!! 鬼舞辻を倒すと言い切る、その堂々とした物言い!! 見所がある!!」

 

「私としては、あの状況で血の誘惑に耐え切った、あの鬼の方が驚きですよ。何故耐え切る事ができたのか、ぜひとも研究してみたいものです」

 

「研究熱心なのは良いですけど、少しは自重して下さいね先生」

 

「「……フンッ」」

 

一哉は無謀だと言い切るその横で、杏寿郎は炭治郎の見せた覚悟を素直に称賛していた。冬水はと言うと、薬で凶暴化させられた状態で血の誘惑に耐え切った禰豆子に興味津々であり、そんな彼にしのぶが苦笑する。一方で、柱の中でも特に鬼を嫌っている実弥と小芭内は、まだ禰豆子の存在に納得していない為か、不満げな表情を浮かべていた。

 

「そうだね。炭治郎が心身共に成長していってくれる事を、私も心から強く願っているよ」

 

耀哉がそう告げると共に、炭治郎に関する話は終わりを迎える。そもそも今回行われた柱合裁判は、本来ならこの日の予定にはなかった行事。ここからは改めて、本来予定していた柱合会議を行う事になる。

 

「それじゃあ皆。改めて、柱合会議を始め―――」

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと待って下さぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「―――ッ!?」」」」」

 

しかし、そこでまた柱達は驚かされる羽目になる。耀哉が柱合会議の開始を宣言しようとした途端、隠に背負われていたはずの炭治郎が、何故か猛スピードで走って戻って来たのだ。その後ろからは隠達が大慌てで炭治郎を追いかけて来ている。

 

(え、えぇーっ!? 何で戻って来たの炭治郎君ー!?)

 

「その傷だらけの人に頭突きさせて貰いたいです!! 絶対に!! 禰豆子を刺した分だけ絶対に!!」

 

(その為だけに戻って来たの!?)

 

どうやらこの炭治郎、禰豆子を何回も刺した実弥に頭突きをかましたいが為に戻って来たようだった。これには流石の(みこと)も、心の中で炭治郎に突っ込みを入れる事しかできない。

 

「頭突きなら隊律違反にはならないはず!!」

 

(いや普通に大問題だよ!?)

 

「黙って、大人しくしなさい!!」

 

「これ以上迷惑をかけるんじゃない!!」

 

「大体、あんな何回も禰豆子を刺す必要なんて―――」

 

しかも相当頑固なのか、実弥に頭突きをかますまで炭治郎はこの場から離れようとせず、隠達も炭治郎を連れて行こうとかなり必死である。その時……

 

ガンッゴンッ!!

 

「がっ!? へぶっ!?」

 

隠達を振り払おうとしていた炭治郎の顔面に、どこからか飛んで来た玉砂利が2つ連続で直撃した。驚いた隠達が玉砂利の飛んで来た方向に振り向くと、そこには玉砂利を右手に持っている無一郎の姿があった。

 

「お館様のお話を遮ったら駄目だよ」

 

(無一郎君! やっぱり男の子ね、かっこいいわ~!)

 

どうやら無一郎が玉砂利を指で弾き、炭治郎の顔面に向けて飛ばしたようだ。冷静に炭治郎を沈黙させた無一郎の行いに、やっぱり蜜璃はときめいた様子で視線を向ける中、一哉は溜め息をついてから改めて隠達に指示を出す。

 

「おい、ボーッとするな! 早く連れて行け!」

 

「「は、はい、すぐにぃ!!」」

 

一哉に怒鳴られ、隠の男性が炭治郎を背負い、隠達は大急ぎでその場を走り去ろうとする。その時、耀哉が炭治郎に向けて、ある一言を告げた。

 

「炭治郎……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

珠世さんによろしく(・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(―――え?)

 

その言葉に、炭治郎は目を見開いた。

 

珠世(たまよ)

 

それは炭治郎が出会った事がある、人を襲わない鬼の女性。

 

そんな彼女の名前を、どうしてお館様が?

 

耀哉に対してそんな疑問の目を向ける炭治郎だったが、彼を背負っている隠達が大急ぎで走っている為、耀哉達のいる屋敷からはどんどん遠ざかって行く。

 

「ち、ちょっと待って! さっき珠世さんの名前が―――」

 

「あんたもう喋んないで!!」

 

「ほぶっ!?」

 

しかし、隠の女性から拳骨を喰らい、炭治郎の台詞は途中で遮られた。

 

「もう、あんたのせいでアタシ達まで怒られちゃったじゃない!!」

 

「ほんとだよ!! 怖過ぎて漏らすかと思ったわ!!」

 

「柱すっごい怖いんだよ!! 風柱様や嵐柱様なんかは特に!!」

 

「空気読めよ!! というか察しろよ!!」

 

「絶対許さないからねぇ!!」

 

「絶対許さねぇ!!」

 

「謝れよぉ!!」

 

「謝れぇ!!」

 

「うっ……す、すいません……」

 

隠達からめちゃくちゃ怒られる羽目になった炭治郎だが、そもそも原因は炭治郎にある為、彼等が怒っているのも無理はない。流石にこれは自分が悪いと思い、隠の女性に頬っぺたを抓られながらも、小さな声で謝罪する事しかできない炭治郎であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやはや、面白い物を見させて貰った」

 

そんな炭治郎達の様子を、物陰から密かに見届けている者達がいた。

 

「耀哉の奴、あの兄妹を突然保護するなんて言い出した時は何事かと思ったが……なるほどなぁ。鬼舞辻が何度も追手を放つ訳だ」

 

『確か、不死川実弥の“稀血(まれち)”は特に稀少なのだろう? 竜神丸……じゃなかった、龍神の薬で凶暴化させられた上でそれを耐え切るとは。凄まじく強靭な精神を持っているようだねぇ、彼女は』

 

「人を襲わない鬼、竈門禰豆子か……どれ。俺達の方でも、色々と調査を進めてみようかね。彼女(・・)もきっと何か情報を掴んでくれるはずだ」

 

『しかし、鬼殺隊は鬼の存在を認めようとしない。そして彼女(・・)も、自分の存在は鬼殺隊には明かさないで欲しいと言っている。なかなか思うようにはいかないものだねぇ』

 

「そんなんだから、脳筋過ぎる組織は苦手なんだよなぁ。融通が利かな過ぎていけねぇや……ほんと、耀哉の苦労が嫌というほど伺えてならんよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~おまけ~

 

 

 

 

 

 

(みこと)「そういえば今回、義勇は一言も喋ってなかったね」

 

義勇「……」

 

(みこと)「今回は特に問題はなかったけど、流石に何か一言くらいは喋った方が良いんじゃないかな。ただでさえ、他の柱達からはあまり良い印象を持たれてない訳なんだし」

 

義勇「……俺は」

 

(みこと)「嫌われてない、以外の台詞でどうぞ」

 

義勇「……」

 

(みこと)「他に喋る事ないの本当に!?」

 

そんなやり取りがあったとかなかったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続く……?

 


 
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