No.1055580

唐柿に付いた虫 20

野良さん

式姫の庭の二次創作小説になります。

「唐柿に付いた虫」でタグ付けしておりますので、過去作に関してはそちらからご覧下さい。

ようやく再開の目途が立ちました……それにしてもなぜあんなミスを……

2021-02-28 16:49:37 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:501   閲覧ユーザー数:485

 自分達が手出しできない空からの圧倒的な暴力に対する無力感と激甚な恐怖、そして劇的なそれからの解放は、兵や盗賊達に、妙な一体感を与える効果があったらしい。

 自分たちは人である、という最も根源的な一体感。

 それらが、この雑多な人の群れに一つの秩序を与え、そして、いわば彼らの救い主である鞍馬の指示に従順となっていた。 上空から全体の様子を把握できる鞍馬にしてみると、先程の混乱しきった集団と同一かと驚くほどに、整然とした様子で下山していく。

 兵と盗賊が肩を貸し合い、動けなくなった連中を二人で担いで行く光景も見える。

 今この危機を脱してしまえば、再び敵味方に戻るのかもしれぬ相手同士で……不思議と人間にはそういう瞬間がある。

 そして、その刹那に見せる団結で、人は時に大妖や自然の暴威に立ち向かって来た。

 鞍馬にしてみると、この辺りの人の在り様は、美しいとか素晴らしいとかの感慨を催す物では無く、純粋に興味深い考察対象でしかない。

 恐らくこの、危機に臨んだ時の奇妙な程に手早くなされる和解と結束こそが、この脆弱な癖に相争う事多きこの生物を、世界に繁栄させている一つの大きな力なのだろう。

 実際、その辺りを上手く乗せた時の人の爆発力には、軍師時代には時々は世話になった物だ……だが、その力はあくまで爆発であり、継続的な力にはなり得ない上に、副作用も多い。

 極めて短期間かつ感情的になされる団結の過程で生じる少数の異論の封殺、一体感からの熱狂と、そこから生じる、扇動に対する脆弱さなどを内包し、その活動を容易く当初の意図からは外れた物へと変える。

 ただ、この扇動と熱狂のもたらす群衆の力を使いこなせると思い込む連中は向後も絶える事は無かろうし、それによって生じた力で、世界は良く判らない方向にひっくり返りもするのだろう。

 思うに、その辺りが人の世界の勃興と衰退の妙味を生み出すのだろう。

(儚き泡沫(うたかた)だな……だがそれだからこそ、人の世界の記録が、劇的な物語にもなるのだろう)

 そんな事を思いながら、最後の松明が山の中腹辺りを下って行くのを見届けた鞍馬が山に背を向けた。

 彼女の予想通りならば、この山、もっと言えば、あの館の付近から去りさえすれば、これ以上彼らに危害が及ぶ事は無い筈。

「しかし、意外に手間取ったな……」

 鞍馬が次の戦場たる空に目を向け……それが怪訝そうに細められた。

 金の月を背に、巨大な蝙蝠の影が夜空を縦横に切り裂く、そして、それを迎え撃つ戦乙女の槍先が蒼い炎の軌跡となって、空を踊る。

 遠くから見ても、激烈な戦いが繰り広げられているのは判る、だが鞍馬はその戦の様子より別の事に気を取られていた。

「遠いな」

 ちらちらと気にはしていたが、どうしても、山全体に気を配ろうとすると、空で交わされていた戦乙女と大蝙蝠の戦までは目が届かなかったが、それにしても、随分とここから離れた物だ。

 戦乙女が奮闘して、奴を戦場から引き離そうとしてくれたおかげか、一瞬そう思いそうになったが、鞍馬は即座に自らの考えを打ち消した。

 彼女の力量は疑いない、だが、あの大蝙蝠もまた、彼女に匹敵する存在。

 そして、奴、もしくはその使役者が単純な存在では無いのは、兵たちへの襲撃の様や、即座に戦乙女を難敵と見なして彼女に向かった事から見ても間違いない。

 少なくとも、その辺の獣や低級な妖のように、挑発し誘導するという行為に容易く乗る相手ではあるまい。

 奴が兵への襲撃を継続しようとしていたなら、戦乙女との交戦の場を、もっとこの山の近くに設定し、兵の逃走を牽制しながらの交戦に持ち込んだだろう……奴には、間違いなくそれだけの実力がある。

 それをせずに、あのような上空で戦乙女と交戦する、その意図は?

 何か、こちらのあずかり知らぬ強力な攻撃の為に、奴が広く空に戦場を設定する必要があるという可能性は排除できないが。

「さて、私の判断は吉と出るか」

 そう呟くと、鞍馬は戦乙女に加勢すべく、大きく羽ばたき速度を上げた。

 地面を蹴立てる力強い蹄と車輪の音が夜を騒がす。

 だが、人跡乏しいこの辺りでは、その騒音に驚き顔をしかめたのは、梟や狸の類でしかなかったろう。

 街道沿いというのは、村落と異なり、整備された道での往来が増える分、それ以外の場所に立ち入るのは、その地に住まう人の一部が、山や川や田畑に赴く時に、時折使うだけになりがち。

 そう、普通に考えれば、あんな人目のある街道の傍らに、彼らのような存在が堂々と居を構えるなど普通はありえない、あの山に籠もった盗賊のように、人目の少ない場所に潜もうとする筈。

(大隠は市に住み、小隠は山林に潜む)

 木を隠すなら森の中って言うしね、かつて真祖が皮肉っぽい笑顔でそう語った言葉。

 本来は隠者の心がけを述べた物で、清貧ぶりたいだけの連中は、市に満ちる快楽の誘惑を怖れて山に逃げ込むが、肚が出来ている本物なら、如何なる場所でも飄々と己の生き方を貫ける、そんな言葉

 そして、この言葉は皮肉な話だが、盗賊の身の処し方にも通じる物がある。

 そう、胆力さえあれば、人が集まる所の方が、人への注意は散漫な物となり、結果として身を隠す用に立つ、そんな人の精神の綾を知悉した故に、彼らの本拠たる館は、あんなあからさまな位置に堂々と建てられた。

 街道や、大軍を動かすのに適した道を使うと非常に遠く、辺鄙な地に見える盗賊団の山だが、こうして直線的に繋ぐと、意外なほどに近い事が解る。

 屋敷の裏から駆け下り、暫し僅かに拡がる田畑の間を駆け抜けると、程なく山裾の道に至る。

 複数の龕灯の灯りが、この馬車の行く、荒れた地面を照らす。

 闇の中、かなりの速度が出ているが、この面々に怖気た様子は見られない。

 先頭で馬を御す儀助が、後ろを向く事も無く、何やら指と手振りで合図をすると、人が馬車の片側に集まり、次いで来る曲がり角を、急角度で駆け抜けていく。

 道が細い、車の立てる音の間に、低くさぁと聞こえてくるのは、道脇に拡がる闇の奥で流れる小川の音だろうか。

 僅かに速度を落としつつも、荒れた道を駆け抜ける。

 一同は、揺れで舌を噛む事を防ぐために、厚く畳んだ手拭を噛んでいる。

 だが、その意思を通じ合うのに、そもそも口の動きは要らぬのだろう、儀助の手の動きに応じ、龕灯の灯りの向きを変え、車の片側に身を寄せる事で重心を操り車の動きを落ち着かせる。

 あの領主殿が見れば、敵ながら天晴とほめそやしたであろう熟練の動き。

 山裾を駆け抜けて来た馬車が、少し開けたその場所に出る。

 月明かりが差す中、儀助は手綱を絞って馬の足を止めた。

「状況を確認する、その間休め」

 口から布を外しながらの儀助の言葉に、一同は静かに頷き、緊張を緩めた。

(ふむ)

 視界の開けたその場所から、儀助は辺りをぐるりと見渡してから、目の前に見える山に目を向けた。

 山の中腹を下る炎の列、そして、麓のさほど遠からぬ所に火明かりが固まっているのが見える。

 既に頂上付近には灯りは見えない。

「……さすがでございますな、真祖様」

 彼女の力は知っていたつもりだったが、あの館の地下に居ながらにして、一軍を容易く退けるとは……やはりあのお方の力は底知れない。

 更に周囲に目を配り、領主の軍の死角から、あの山に至る道を頭の中に構築する。

 この車を早く走らせるために重要なのは道の有無や距離ではない、地面が硬く締まっているか、起伏に乏しいか、張り出した木の根に馬が足を取られぬか。

 今は夏、草木が繁茂し、根が土を柔らかく崩す季節、つまり日照が強い場所は不向き。

 何度か頭の中で道を検討してから、儀助は一つ頷き、車に向けて踝を返した。

 その様子を見て、休んでいた男たちの体が再び緊張に引き締まる。

「出立」

 短くそう口にした儀助が手拭を噛んで手綱を取る。

 再び走り出した馬車の上で、儀助は眼前の闇を透かすように前を向き、耳を澄ます。

 地面や木々に反射する車輪の音が、儀助の耳には道の様子となって『視』える。

 更に、木々を透かしてくる月明かりだけでも、うっすらと行く手に何があるか把握できる。

 龕灯の灯りが刹那に照らす道の様子は、正直、彼にとってはさまで重要な物では無い。

 だが、後ろにのる配下の連中にはまだ必要な物、何より、明かりが手元にある、その事実が人には重要なのだ。

(人にとっては、か)

 主と共に、真祖に仕えるようになって幾十年、今や、こうして夜の中に身を置いている方が心が落ち着くようになってしまった。

 既に自分もまた、闇の生き物に近い存在なのだろう。

 あの日、昼の……人の世界に裏切られた主と自分が選んだ第二の生、主は真祖の為に様々な企てを行い、その為の組織を作り上げ、自分は主の手足となって闇を駆ける。

 もう、この夜闇の中以外に自分が身を置く場所は無い。

(昔は、もう少し穏やかな生を送れると思っていたのですが……)

 切れ者の若旦那の下で、南蛮との商いを成功させ、店を大きくする夢だけを描いていた、あの頃の光と熱に満ちた光景は、もう思い出せない程に朧で、色あせた記憶になってしまった。

(もう、戻れませぬな、旦那様)

 覆面の下にほろ苦い笑みを隠して、儀助は馬に軽く鞭を入れた。


 
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