No.1046116

唐柿に付いた虫 12

野良さん

式姫の庭の二次創作小説になります。

「唐柿に付いた虫」でタグ付けしておりますので、過去作に関してはそちらからご覧下さい。

おっさんと兄ちゃんが社交辞令を交わす回。

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2020-11-15 09:59:07 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:571   閲覧ユーザー数:560

「急な訪(おとない)になってしまった事、先ずは詫びを言わせて頂きたい」

 衣冠束帯という程ではないが、容儀を正した姿で端座した、あの庭の主が軽く頭を下げる。

 目の前の青年を見ながら、榎の旦那と呼ばれる商人は、内心のみならず体に浸み出してこようとする冷や汗を押し隠すのに苦労しながら、何とか笑顔らしきものを作って、こちらも頭を下げた。

 最前の主との話から間髪を入れずの、話題の人物の来訪では、流石にそれなりに図太いと自任している彼にとっても、心臓に良くない。

 それにしても、挨拶以来一度も付き合いの無かった彼が一体何用であろうか、それこそ戦費の用建てならば、纏まった額を持たせて、一刻も早くお引き取り願いたい所であるが。

「いえ、滅相な、わざわざのお運びを頂き恐縮な事でございます」

 まずはお楽に。

「左様ですか、忝い事です」

 すっと膝を崩す姿に卑しさが無い。

 また、武の心得が無い彼には、確とは判らないが、その軽やかな身のこなしは、並ならぬ力量を感じる。

 彼との話がどう転ぶか判らない以上、他者を入れたくはない、慣れぬ手つきで自ら茶を立てて勧めながら、自身が鏡の中で見ても胡散臭いと思わなくも無い愛想笑いを青年に向ける。

「手前如き商人に、さまで丁重にされては恐縮でございます」

「いえ、私も式姫の手を借りて、世上では分不相応な名を得ておりますが、元を糺せば生まれも育ちも卑しき庶人に過ぎませぬ、商いで功なり名を遂げた方に、そう仰られては勿体ない事ですが……お互いそれでは話も出来ませぬな、では少し行儀を悪くさせて頂きましょう」

 そう口にして、青年が目の前に置かれた茶を静かに口にする。

 それほど威儀を崩した様子は見せなかったが、纏う雰囲気が明らかに柔らかくなる。

(なるほど、これは確かに真祖様が警戒するだけはある傑物だ)

 口先や見せかけ振舞いは立派な人物で通っているが、裏に回ると熟し果てて腐臭を放ちかけている柿の如き様、などというのは、世にありふれており、彼もそういう安っぽい『有徳の人』を幾人も篭絡して、よろしく使って来たものだが、この青年は柔らかい物腰の中に芯鉄の如き物の存在を感じる。

 手ごわい相手である事を認め、表情を隠すように、自分も茶をすする。

 だが、この青年とて霞を食って生きる仙人では無い、何らかの欲で釣れる事はある筈だ。

「して、恐れ入りますが、本日のご来意は?」

「左様でしたな」

 ことりと茶碗を置き、青年は僅かに居ずまいを正した。

「急にこのような事をご相談するというのは、余りに不調法ではあるのですが」

 金策の定番と言っても良い話の切りだし方を聞き、僅かに精神が弛緩する。

 やはり、彼も……。

「貴殿の丹精しております唐柿に関して、少々談合したき事が」

「なっ!?」

 目の前の強かな商人が、奇妙な程に狼狽えた様を見せる。

 秘密裏に栽培をしていた唐柿の話を、すっと切り出されてしまった故ではあろうが、それにしてもこの海千山千の商人にしては不思議な程の感情の発露。

(少し安心させてから、核心を短い言葉で突くんじゃよ、それもいかにも狙いましたという感じでは無く、あくまでさりげなく放り出すんじゃ)

 時と相手を見計らう必要はあるが、期待値との落差は相手の隙を作る有用な一手じゃぞ。

 成程、仙狸先生の添削になる話の持って行きようは、中々に人の機微を上手く捉えやがる。

 それにしても、やはり、あの唐柿には何らかの秘密があるか。

 そして、この、いかにも商人らしい商人という顔をして俺の前に座ってる御仁も、また。

 だが、男は素知らぬ体で、いかにも不思議そうな顔をして見せた。

「如何されたな?」

「い、いえ、隠していた訳ではございませぬが、唐柿の栽培はこれまであまり表ざたにはしておりませんでしたので、少々驚いてしまいまして」

 恐れ入りますが、何処でそれを?

 探るような目を向けられるのは致し方ない、男は裏の無さそうな顔で口を開いた。

「まだまだ物騒ですから妖怪の痕跡などないか、村落を巡回しておりましたところ、見慣れぬ珍しい植物が目に留まりまして」

 何か慌てる事でもありますかな、と言わんばかりの顔で、男はそこで出されていた落雁を口にしてから、悠々と濃茶を啜った。

 こりゃ上等な落雁だな。

 ほろりと口中で溶ける上品な甘みが、濃茶の苦みを上手に引き立て合っている……少し貰って帰れれば、迷惑をかけた仙狸や鈴鹿への良い土産になるだろうか。

 それに、このご時世にこれだけの菓子が調達できるというなら、この旦那なら石蜜も調達できるだろう、少し脅かして安く買えば、戦乙女の言っていたじゃむとやらが作れるか。

 いや、いかんな、こう余計な事をつい考えてしまうのは悪い癖だ。

 ふっと湧いた雑念を頭から追い出して、男は真面目くさった顔で、後を続けた。

「その折り、私の供をしておりました式姫がですな、この植物の栽培方法は、正しくないと言い出しまして」

「栽培方法……ですか」

 この話しがどう動いて行くのか読めないといった様子で、慎重に言葉を選ぶ様子が見える。

「ええ、彼女は草木の精霊たる式姫なのですが、土が駄目だ、置いてある場所が駄目だ、日を当てろと散々でしてね、揚句に論より証拠だ、一鉢借りて行って、これより数倍は立派に育ててみせると言い出しまして」

 かやのひめ……すまんな。

 彼女は多少ツンケンした所はあるにせよ、この作話のような類の我儘さとは無縁の人である。

 ただ、ちょっと彼女を知っているだけの人間程度からは、彼女ならさもあらんという印象を持たれやすいのも事実、今回の作り話の中での役割にはうってつけだった為、申し訳ないが、道化の役を振ってしまったが……。

(後で本人には手土産持って詫びを入れておかんとな)

 内心の想いとは別に、ぬけぬけとした表情で、男は調子よく言葉を続けた。

「姫君の我儘という奴は、人でも式姫でも男の手には負えた物じゃない、これは榎の旦那の預かり物だから、自分の自由には出来ないと縋る農夫の親父を振り切って」

「……一鉢持って帰られたと?」

 そう口にする榎の旦那の顔は未だに慎重で、本来ならこんなしようもない話を聞かされた人が見せるだろう、呆れたような、また蔑むような顔でも無い、男の意図を計りかねると言いたげな顔が崩れない。

「申し訳ない仕儀となり私も心苦しい、ただ彼女の行動は、私利私欲から出た物というよりは、偏に自らの同胞たる植物の健やかな生育を願っての事なのですよ、そこでですな」

 榎の旦那に口を挟ませず、彼はさらりと言葉を継いだ。

「このご時世に鑑賞用の植物をわざわざ育ててるって事は、主たる用途は偉い人へのご進物」

 如何ですな? と向けた視線の先で、榎の旦那は小さく頷いた

「……まぁ、お察しの通りで」

 そう低く口にした相手の顔を見て、男も声を潜めた。

「そこでどうです、ウチの式姫の育て方で生育した唐柿の実物を見て貰った上での話になりますが、より美々しく育つ事は請け合いますので」

 一枚噛ませちゃくれませんか?

 俺もそろそろ、ああいうのがご進物として通じる偉い方にも、顔を通して置きたくなりましてね。

 それまで謹直な表情を崩さなかった顔が、にやりと笑みを浮かべる。

「なるほど、貴方は唐柿の進物としての価値を上げてくれる、代わりに私は、そういう上つ方々を紹介する?」

 そういう取引ですかな?

「話しが早い方と談合するのは、やはり心地よい物ですな」

 で、どうです、自分でいうのも何ですが、奇貨居くべしの言葉もある、貴重な物であるのは承知ですが、当座俺に一鉢預けちゃ頂けませんかね?

 少し口調を品の無い物にしながら、男は相手の目を覗き込んだ。

「悪くない話だと承りました」

 すぐに結論は出さずに、榎の旦那も男の目を逆に覗き込む。

 相手の青年からは、無論うさん臭さはあるにせよ、不思議な程にあけっぴろげな印象を受ける、嘘や誤魔化しの存在をあまり感じない表情や口調。

 そして、彼の持って来た話しも、あまり裏を疑う所は無い。

 彼がこの先堅城を超えた地に進軍していくならば、商都の有力者や各地の寺社、貴族、有力な守護達との関わりが避けられる物では無いし、そういう連中に繋がりのある自分に仲介の労を取らせようというのは、この青年の地に足の着いた考えや方針の表れだろう。

 式姫という力は確かに凄まじい、だがそれ頼みの一本調子の単純な妖怪退治屋なら、むしろ与し易い物だが、彼は人の世界を。

(年に似ず、中々に強かな……)

 彼個人としては、むしろこういう青年には好意に近い感情を覚える、現実的な話が出来る感覚を備えた相手というのは意外に貴重、こんな話が出たついでに、商売で組む相手として関係を持ちたい位。

 だが、唐柿 ー彼の家の地下に潜むあのお方に通じる、数少ない糸ー の事となると、簡単に乗れる話では無い。

 だが、もしこの青年の言葉に裏が無いなら、唐柿をより立派に育てられるという申し出は真祖の意にも適おう……利も懸念もあり、一蹴できる話では無い。

 もっと、この青年の申し出を検討したい、もっと言えば、あの方に一度は相談したい……だが、あまり考え込み過ぎても、目の前の青年に疑心を抱かせるだろう。

 今は少し無難な形で時間を稼ぐか。

 榎の旦那はむ、と一つ唸ってから膝を打った。

「ようございます、当座の話ではございますが、唐柿一鉢、貴方様にお預け致しましょう」

 その先のお話は、出来栄えを拝見してから進めさせていただくという事で。

「承った、先ずは我が方にてお預かりさせて頂けるとの事で、まことに忝い」

「ただですな、近い内に栽培の様子を拝見しに、手前がお屋敷に伺ってもようございますか?」

 その言葉に、男は尤もだというように頷いた。

「貴重な物を預ける事になった以上、どう扱われているかの状況を確認したいというのは当然ですな。 承知しました、今回は無理な話を快く承知いただいて忝い事です」

 ですが、出来栄えはお楽しみに、式姫は期待を裏切るようなことは決してございませんぞ。

「私も唐渡の物の栽培は手探りでしたので、経緯は兎も角ありがたいお申し出でした、今後も良しなに願いとうございます。 そうそう、これを機にゆくゆくは貴殿の戦の折に、戦費や糧秣の事などでお助けできる事がありましたら」

 そちらも、遠慮なくご相談ください。

 この状況下でむしろこちらの懐に飛び込んで来ようというのは、やはり凡庸では無い、男は表情を消すように恭しく頭を下げた。

「ご厚意の程、ありがたく承りました、何かの折にはご相談させて下さい」

 その返答に満足そうに頷いてから、榎の旦那は手を拍手の形にした。

「では話しが円満に纏まりました事を祝い、手締めをお願いしたいのですが」

 そう言いながらこちらを見る榎の旦那に、男は僅かに困惑した顔を向けた。

 こうして、約束事を固める手打ちというのは珍しくもないが……。

「出陣式等は多少心得はございますが、私は商家の習いにはとんと不調法でして」

 どのようにすれば?

「手前の合図で二拍手、二拍手、三拍手して頂ければようございます」

 シャンシャン、シャンシャン、シャンシャンシャン。

「ほほう、初めて聞く手締めですが色々ある物ですね」

「昔から手前どもはこれでございましてな、お手を煩わせてしまい申し訳ないですな」

「いえいえ、決まり事ってのはそういう物ですよ」

 二人はお互い相手を胡散臭いと腹の中で思いつつ、笑顔で手打ちを交わした。


 
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