No.1043747

唐柿に付いた虫 5

野良さん

式姫の庭の二次創作小説になります。

「唐柿に付いた虫」でタグ付けしておりますので、過去作に関してはそちらからご覧下さい。

かやちゃ教授の唐柿講座のお時間です。

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2020-10-18 16:05:24 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:743   閲覧ユーザー数:734

「あの唐柿についてだけど」

 座敷に戻った一同を、かやのひめが見回す。

 白兎と飯綱は、もう眠いとの事で、狗賓が付き添って寝所に向かっているし、童子切は茶碗酒の補充を求めて厨に行ってしまった……彼女の事である、こんな月の綺麗な夜に酒を手にしては、もう戻っても来るまい。

 随分と減ってしまった顔ぶれを見渡してから、かやのひめは言葉を続けた。

「やはりここ日の本の国の物では無いわね」

 その言葉に仙狸がやはりと頷く。

「して、何処の国の物かは?」

「わからないわね、ただ、判った事からの類推だけど、私たちが異国として多少は知識を持っている唐、天竺、暹羅(シャム、今のタイ)、高麗、その辺りの国の植物とは考えにくいわ」

 仙狸の問いに対しての彼女の回答は明晰で、逆に言えば手繰る糸は更に断たれた事になる。 男は若干の落胆をこめて、膝の上の白まんじゅうを撫でた。

「それらの国を除外した理由を聞いて良いか?」

 男の言葉に、かやのひめは一つ頷いて言葉を継いだ。

「あの子が、どういう天地(あめつち)に育まれたかは判ったって事。 唐柿は冷涼な乾いた土地で、一年を通じて日差しがとても強い国で生まれた子」

 この子を育てるには、とにかく日の光が重要みたいね。

 かやのひめの口にしたような気候を想像しようとして、男は自分の中にその風景が無い事に思い至った。

「ではこの国も?」

 男の言葉と表情を見て、理解した事を察したかやのひめが頷く。

「ええ、あまり向いた土地では無いわ、まぁ、見ての通り、全く育たないという訳では無いんだけど」

 春から夏だと育つには短く、暑さが成長を阻害する、気温的に向いた季節である秋には日の光が足りなすぎる。

「それって、生ってる実は、本来の姿じゃないって事?」

 寒くするなら得意だけど、お日様はどうにもならないわねぇ……と呟いていたおゆきが口を挟む。

「そうね、どうしても実だけじゃ無く全体に未熟な生育になるわ。 そもそも、本来の場所なら数年生きる子らしいのよ、でも、この国では冬に枯れてしまうでしょうね」

「ふむ、異郷とは過酷なり、じゃな」

 仙狸の言葉に同調するように、男が頷く。

「そうか、まともには育たんか」

 男の残念そうな顔を見て、かやのひめが不思議そうな顔を向ける。

「何を落胆しているのよ? 貴方としては唐柿の事は手掛かりで、最終的には、その白い生き物の事が知れれば良いんでしょ?」

「そりゃそうだが、縁あってここに来たなら、元気でいて欲しいじゃねぇかよ」

 人であれ獣であれ魚であれ植物であれ、そして式姫であれ、それは変わらない自分の願い。

「それに、まともな実が生りゃ、すぐには無理でも、こいつの食事にも困らんのかと思ったんでな」

 そう言いながら白まんじゅうを撫でる男を、複雑な目で見やりながら、かやのひめはふんと可愛く鼻を鳴らした。

「その子、ここで養う気なの?」

「こいつが何なのかも判らん内に、そこまで先走る気はねぇよ。 ただ、どう転ぶにしろ、食い物は有った方が良いだろ」

 それと、彼女たちには言わないが、この動きの鈍さは、腹ぺこ故に活動を最低限に抑えている、いわば冬眠中のような状態に思えてならない。

 人語を解す事は既に確認しているし、会話すら可能そうな気配も見える、もっとちゃんと食わせてしゃんとさせれば、何らかの受け答えが可能になり、情報を得られるかもしれない。

「生き物って奴は、腹ぺこだとやる気も出ねぇし、気が立つし、集中力も続かねぇ、何にせよ碌な事ぁねぇよ、もし唐柿がこいつの食い物だってんなら、用意してやった方が良いと」

 そう思っただけさ。

 この男らしい言い種に、おゆきと仙狸が覚えず笑みを浮かべる。

 かやのひめも、自分の頬が緩みそうになったのを感じたが、こちらはそれを隠すように、逆に眉間に皺を寄せた。

「何を鈍い事言ってるのよ、日本の気候では育ちにくい唐柿だって、この妙な庭でならどうにでもなるでしょ?」

 かやのひめの言葉に、一同が顔を見合わせ。

「……おお」

 最初に仙狸が、そして男とおゆきの顔にも同様に理解の色が浮かんだ。

「そうか、そういやそうだった」

 なんでそこを忘れてた、そう言いたげな顔で、男が首の後ろを手で掻いた。

 この庭の持つ力の一つ、大いなる力持つ神秘の地。

 一同が理解したのを看て取り、かやのひめが頷いた。

「ええ、あの五行の畑なら、この唐柿だって、あっという間に豊かに実るわ」

 五行の畑。

 

 式姫の庭の力の余波が生み出した神秘の地。

 この庭に集まる、力強い龍脈の力の余剰分が凝って生み出された、世界から隔絶された異界。

 式姫達に言わせると、そこは一種の桃源郷(仙人の住む異界)のような物らしい、庭の一角に生じた空間の揺らぎからだけ訪れる事が出来る、秘密の場所。

 大いなる龍脈が凝って生まれた地だけあって、恐ろしい程に地味豊かなその地では、五穀だろうが、時に仙果の類まで、植えて丹精すれば、たちまちに育ち味も格別。

 この畑で食料を賄うようになってから、こうめや悪鬼がどれだけの健啖ぶりを示そうが、この庭の蔵はびくともしなくなった。

 大事な土地でもある、何を育てるかは鞍馬などを中心に慎重に検討した上で、食料として重要な穀物類を中心に運用しているが、突発事態に備えて常に空きは作ってある。

 この程度の鉢植え一つくらいは飛び込みで持ちこんでも問題は無かろう。

 確かにあそこなら、これも。

「良い提案ありがとうよ、かやのひめ。 悪いが明日、こいつを植え替えるから、適切な方法の指南を……」

 そう言いだした男の発言を遮って、かやのひめは立ち上がった。

「明日まで土も植え方も合って無い、あんな鉢に居させちゃ可哀想じゃない、今から植えに行くわよ」

 立ち上がった彼女の周囲に、花がポンポンと弾けるように生じては、大気の中に溶けるように消える。

 植物を大事に扱おうとする彼の態度は、花の女神様のお気に召したようである。 彼女の喜びの気に感応して次々と宙で咲き、そして溶けるように消えていく幻の花の香りに包まれながら、一同は彼女の後ろに付いて歩き出した。

 

「おーう、おめだちか、こんな夜中にようきただな」

 田や畑を一望できる丘の上、心地よい夜風がさやと吹き抜ける中に、長い月影を背負って佇んでいたそれが、くるりと一同の方を振り向いた。

「今日も元気そうだな、案山子の旦那」

 唐柿の鉢を抱えた男が声を掛けたのは、一体の案山子だった。

 竹の骨組みと藁束で出来た体に、野良着と菅笠を纏わせた姿。

 菅笠の下の頭には、布袋が被せられ、そこに愛嬌のある顔が描かれている、それが彼らを歓迎するように笑顔を見せた。

「あーん、藁束に元気とか、はぁ、いってぇ何の冗談だぁ。 もそっと気の利いた世辞を使ぇねぇとぉ、そこのめんこい姫さん方に愛想つかされるだぞ」

「世辞も愛想もねぇよ、虫食いも湿気て腐っても居ねぇんだから、健康な藁束で間違ってねぇだろ、畑の大将」

「ちげぇねぇ、おめも中々言うようになっただな」

「喋る案山子なんぞ毎日相手にしてりゃ、口も多少は達者にならぁな」

 だっはっはと笑い交わすその二人を苦笑気味に眺めていた一同の中から、鍬を手にしたかやのひめが歩き出す。

「こんばんは案山子様」

「おー、ええ夜だなや花の姫さん、それでこんな時間に来た用の趣(おもむき)は」

 それけ? と腕に当たる竹竿が、男の抱えた唐柿を指し示す。

「ええ、異国の植物らしくて、普通にあっちに植えたのでは生育が芳しくないのよ、それでここを借りようかと思ったんだけど」

 空きはあるかしら?

「ほー、異国渡りの作物け……どらどら」

 足に見立てた竹竿一本を撓らせ、ぴょんぴょんと器用に歩く様は、いつ見ても感心と滑稽味を同時に感じる。

 男の前までぴょんぴょんと跳ねて来た案山子が、唐柿の鉢を覗き込む。

「はぁ、こりゃ中々おもすれぇ……あんだ、えかくまぁ大きな虫が付いてるでねぇか」

「虫?」

 そう言われて男が顔を鉢に向けると、いつ彼の懐から抜け出したのか、例の白まんじゅうが唐柿の実にへばりついていた。

「多少は仕方ねぇだが、あんまり異国渡りの変な虫持ち込まれちゃ困るだぞ」

「いや、こいつは……」

 唐柿の鉢を地面に下ろし、男は白まんじゅうを実から剥そうと引っ張った。

「うーー!」

 何やら抗議するような声が上がり、その拍子に、ぷちっという軽い音と共に、白まんじゅうに掴まれたまま、唐柿の実が枝を離れる。

 つるつるした引っかかりの少ない実だというのに、見かけによらず、中々に力が強い。

 白まんじゅうは、自分の食事を奪うな、というような目つきで男を睨んでから、しっかりと唐柿の実を抱え込んで。

「かぷ」

 その実に歯を立てた。

「元気のええ虫だなや」

「虫っていうか、そもそもまともな生き物かどうかすら判らんで、途方に暮れてるんだけどな……そういや藁束の大将は、こんなの見た事は?」

「ねぇだよ」

「さよけ」

 余り期待していなかった様子で、男が肩を竦める隣で、かやのひめが丘の上から畑を見晴るかしながら口を開いた。

「日当たりと風通しが良い場所で、他の作物からは極力離して置きたいんだけど、そういう場所はあるかしら?」

 この唐柿が、他の作物の悪影響になるか見極めるまでは隔離するという彼女の配慮は正しい、それを聞いた案山子が一本足で、器用にくるっと一回転してから、畑の一点を指し示した。

「んだなぁ、そういう事なら、こっちに植えるとええだよ」

 ぴょんぴょんと動き出した案山子の後に付いて一同が歩き出す、更にその後を、唐柿の鉢を再度持ち上げた男が続く。

 歩きながら視線を少し下げると、彼の懐の中で、白まんじゅうが、唐柿の実を抱えたまま、安心した様子で、すよすよと寝息を立てている姿がある。

 見ると、ふっくらとしていた唐柿の実の、白まんじゅうが噛みついた辺りを中心に、半分ほど皺が寄っている。

 中身を吸ったって事か……。

 ほんと、お前さんは一体何なんだろうな。

■案山子

 

■かやちゃ


 
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