No.1034502

ゾイドワイルドZERO NEARLY EQUAL 理由無き翼

幾度となくゾイゼロ二次創作です
アイセルさんがソニックバードを指して言った「2年もの月日を費やした」の裏にはどんなことがあったか……という点を考えてみる話
そういや最近ハーメルンにも進出し始めました

IMPRESSION

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2020-07-04 07:39:03 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:609   閲覧ユーザー数:608

 

新地球歴二八年 八月二三日 一一一二時

共和国軍キティホーク基地

 

『ランウェイ35L……クリアードフォーテイクオフ。

 エトピリカ、グッドラック』

 夏の日差しが降り注ぐその場所は空に広く開けていた。管制塔、格納庫、レーダー施設はほんの一部であり、広大な滑走路を擁する。

 共和国軍の航空基地キティホークがその土地の名である。

 今そのメイン滑走路の端には一体のゾイドがいる。駐機中のクワーガやカブターといった昆虫型ゾイドとは異なり二本の脚で大地に立ち、そして今金属の翼を広げるその姿はあたかも鳥であるかのようだ。

 アーケオプテリクス種ゾイド、ソニックバード。その試作機の一体で、視認性を高めるためか鮮やかな赤で塗装された機体がそこにいる。コールサインはエトピリカ。

 滑走路に向かったエトピリカは風をはらむよう翼を広げ、スキップを踏むように駆け出す。

 鋭い鉤爪が路面を蹴り加速。そして広げられた翼――マグネッサーウイングが唸りを上げて稼働を始めた。気流が背後に渦を巻き、脚力以上にエトピリカを加速させていく。

 機体は浮かびはじめ……しかしそこまでだった。一歩ごとにふわりふわりと浮かび上がるが、速度は落ち、やがて滑走路の半ばで足を止めてしまう。マグネッサーウイングの唸りも静まっていった。

『んん……こちらエトピリカ。済まないが離陸中止だ、博士達を呼んでくれ。今回もいかんな……』

 エトピリカのライダーからの交信が飛び、作業用ゾイドが回収に向かってくる。

 翼は空に羽ばたくことはなかった。これは今この基地が抱える最大の問題である。

 その問題に携わる人々の姿も、滑走路へと飛び出してくる。先頭に立つのは一人の女性軍属だ。

 

「カノー少佐! ご無事ですか!」

 共和国軍の軍服の上から白衣を羽織った女性が、軍属達の先頭に立ってエトピリカに駆け寄る。それに応じてエトピリカの操縦席からは壮年の男が降り立ち、ポケットから取り出した呼吸補助器を顔に装着した。

「リチャーダ博士、まだまだエトピリカはひな鳥のようです」

 呼吸器越しに人なつっこい笑みを見せる男は耐Bスーツに少佐の階級章を付けていた。

 ジャック・カノー少佐。共和国軍航空隊のベテランゾイドライダーだ。そしてこのエトピリカのテストパイロットでもある。

 そんなカノーの気楽な様子を前に縮こまって頭を下げる女性は中尉の階級だ。周囲のスタッフが気落ちする彼女に声を掛ける。

「データを見ましょう博士。今度こそですよ」

「揚力が発生しているのは確実なんです。我々の成功は近いですよ」

 リチャーダ・フォークト中尉。彼女はソニックバード開発計画の中でもエトピリカを任せられた主任技術士官だ。後に続くメンバーはエトピリカ計画の技術スタッフであり彼女のチームでもある。

 エトピリカ計画の専属テストパイロットとなったカノーの方が階級が上という状況はリチャーダの神経を消耗させているが、目下のところ彼女達はカノーに迷惑をかけてはいない。なにせエトピリカはたった今の離陸中断が示すように、

「エトピリカとは気が合うので、空を飛べる日を楽しみにしてますよ、博士」

「うう……済みません少佐。未だに離陸すら出来ないとは……」

 未だ飛ばざるソニックバード、それがエトピリカの正体だった。本機の飛行時間はいまだゼロなのである。

 そんなエトピリカはソニックバード開発計画の一部である。試作機は他にも存在するわけだが、

「ワイルドバロンチームとストラトスフィアチームはどちらも初飛行を終えていますからね……」

「我々の難点はやはり高出力マグネッサーウイングの採用ですよね……」

 三種類が存在するソニックバード試作機の内、エトピリカ以外の試作機はすでに飛行している。部下達の話題はそれだ。

 ワイルドバロンは航空力学的設計の高揚力の翼と豊富な武装搭載量を活かした対地攻撃機としての試作機。ストラトスフィアはロケット推進機関を用いた高高度機としてのプロジェクトである。対するエトピリカはどのような機体かと言えば、

「マグネッサーウイングは航空ゾイドの本質です! それ以外の飛行システムを用いる他計画では帝国のスナイプテラに対抗し得る性能は確保できません! 私はそれを確信しています!」

 ワイルドバロンとストラトスフィアは独自の飛行システムを採用している。対するエトピリカは既存の航空ゾイドであるクワーガ、カブターと同様のマグネッサーウイング――ゾイド野生体の飛行原理と同じものを強化して使用しようという計画であった。前例のある技術であるが故に当初は有力視されていたのもエトピリカだ。

 だが現実はこうだ。その計画主任であるリチャーダは焦っていた。

「航空力学的揚力に頼るワイルドバロンやエネルギー理論任せのストラトスフィアではいずれ別の技術的障壁と衝突します! マグネッサーウイングならばいくつかの問題を統合してゾイドだからこそできる空へのアプローチが可能です!

 カブターとクワーガという前例と帝国のスナイプテラがこれを実現している以上、共和国がこの点を避けてはいけないと何度も言っているじゃないですか!」

「まあまあ博士、こんな炎天下で気炎を上げていると熱中症で倒れますよ。反省会は基地の中で」

 部下を前に演説でも始めようという風情のリチャーダを、カノーは基地施設の方角へと押しやっていく。

 そしてそんな彼らの背後で、エトピリカは迎えのキャタルガが曳くトレーラーに乗ると卵でも温めるかのように呑気に座り込むのだった。

新地球歴二八年 八月二三日 二〇三八時

キティホーク基地 司令部施設

 

 リチャーダ達のエトピリカ開発チームはキティホーク基地の司令部の一角に研究室を設けていた。一応機密の計画でもあるため関係者以外立ち入り禁止のセキュリティ区画だ。

 ただでさえ人気の少ないそんな一角に、夜の間も明かりを灯してリチャーダは一人残っていた。エトピリカの図面、中止された離陸のテレメトリデータ、研究書、そして冷めたコーヒーの入ったマグカップを机に広げて頬杖を突き、沈思黙考している。

「むー……」

「――博士、みんな宿舎に戻っちまったんでしょう? 続きは明日にしたらどうです」

 不意にかけられた声に、リチャーダははっと顔を上げた。そこには空になっていたコーヒーメーカーを再度準備しようとするカノーの姿がある。

 空調のある基地施設内ではカノーは呼吸器を付けない。顎髭を蓄えた無骨で軍人らしい顔立ちながら、柔和な表情が余すところなく見える。

「私はここまで考えたことがひとまとまりするまでもう少しいますよ……。

 そういうカノー少佐はどうして研究室に?」

「ここに常備してるコーヒーが一番美味いんで。まだいるってんなら淹れましょか」

 給湯スペースの戸棚からステンレス製のマグカップを慣れた手つきで取り出すカノーに、リチャーダは無言で頷く。そこで一端会話は途切れたが、コーヒーメーカーが沸く頃、

「カノー少佐……。何度か聞かれているとは思うのですが、エトピリカ自身のモチベーションについて何か気付いたことはありませんか?」

「ええ? エトピリカ自身は特にストレスなどは感じてませんよ。

 見てくれの割に呑気なゾイドです。まだ飛んでないのに言うのもなんですが、扱いやすいゾイドですよ」

「……飛ぶことに尻込みしていたりは?」

「尻込み?」

 濃くなっていくコーヒーの色を見物していたカノーは、意外な単語を聞いたという風情でリチャーダに振り向く。対するリチャーダは顔の前で手を合わせつつ、脇に置いたテレメトリデータのグラフに視線を落とし、

「……エトピリカ自身がマグネッサーウイングへの出力供給を絞っているようなんです。これまでの離陸中断もどうやらエトピリカ自身の意図のようで……。

 有り体に言って、エトピリカ自身に飛ぶ気が無いんじゃないかなと私は考えているんです」

「しかし、えっちらおっちら飛んでる風のクワーガやカブターに比べたらよっぽど飛ぶための体つきをしているのがソニックバードってゾイドでしょうに。飛びたくないなんてあり得るんですかい」

「生物にとって飛ぶと言うことは大きな負荷なんです。莫大な体力を消費する……。

 飛ばずに済むなら飛ばないようになるというのはよくあることなんですよ。種としても、個体としても」

 まだ確定していない事柄であり、リチャーダ自身そうではないようであって欲しいという揺らぎを感じさせる口調だった。そしてその深刻そうな表情に、カノーも唸る。

「確かに、惑星Ziには飛ばない鳥のゾイドもいたって言いますしな……」

「はい。そして地球生物にも同じような進化の歴史があります」

 カノーは第一世代、つまり惑星Ziで生まれて移民船に乗り込んだ世代だ。コールドスリープを除けばおおよそ三〇年前の少年時代に惑星Ziの最期と、それまでの歴史を記憶している。

「ふーむ、俺は昔から飛べるもんなら飛びたいと思っていたから、飛ばずに済むならなんて気持ちはわからんですなあ」

 どこか子供っぽいカノーのルーツを窺わせる発言に、リチャーダは愛想笑いを一つ。そしてそんな彼女にカノーは問いかけた。

「息抜きがてらに聞きますが、博士はどうして飛行ゾイドの開発の道に?

 それもどうもマグネッサーウイングに並々ならぬ思いがあるようですが」

 コーヒーが出来、カノーは自分のマグカップとポットを手にリチャーダの対面に腰掛ける。冷めたコーヒーを一気に飲み下してカップを空けようとしていたリチャーダはぎくりと肩をふるわせ、

「……わかりますか」

「そりゃあことあるごとに熱弁を振るってますもん」

 面白そうに言うカノーに、リチャーダは片手で顔を覆い、

「そう……そうですか。傍目にも分かるほど……。

 まあそうですよ。マグネッサーウイングという技術はとても大事な技術だと思っています。そして同時に危機に瀕した技術だとも」

「ほう、危機ですか」

 剣呑な言葉に目を見開きつつ、カノーはかぶりつきで話を聞く構えだ。揶揄されるのではなく素直に聞き入れられるという様子に、リチャーダも姿勢を正して話し始める。

「カノー少佐もお気づきの通り、現在共和国で運用されている飛行ゾイドであるカブターやクワーガは完全に飛行に適応したゾイドではありません。マグネッサーウイングの規模も小規模です。

 帝国軍がロールアウトしたスナイプテラ・タイプほどの大型高出力マグネッサーウイングはまだ共和国では生産できていない……」

「その軍事的不利が危機だと?」

「いいえ、危機なのは高度なマグネッサー飛行技術が断絶しかけているということです。

 移民船に積むことが出来た情報や稼働実機見本……そして技術を保持した人々が限られ、さらに時間の経過と共に失われていっているわけです。このままいけばマグネッサーウイング技術は衰退するでしょう。

 帝国が保持していても、人類の持つ知識の総量が減少し、軍事機密というベールに覆われてしまうかも……」

「知識の総量……。ふむ、考えたことも無かった概念だなあ」

 コーヒーに口を付けながら、カノーは興味深そうな表情だ。しかし同時に机の上の資料に視線を落とし、

「しかしそういうことならエトピリカ以外のチームが開発しているソニックバードの、マグネッサーウイング以外の技術も必要ということですな」

「それはもちろんです。ワイルドバロンにもストラトスフィアにも成功してもらいたいと思います。技術は今現在必要なものだけあればいいというものではないんです。

 ですがそれでも、ゾイドと共に生きる私達に最も必要なのは、マグネッサーウイングという飛行原理です! ゾイドだからこそできる、極めて効率的な飛行原理なんですから」

 拳を握りリチャーダは力説した。おお、と軽く気圧されたカノーは続きを促す。

「そんなにすごいもんだったんですかい」

「なにせマグネッサーウイングはゾイドコアが発するエネルギーを直接揚力推進力に変える器官ですから。

 ゾイドの体力に依存するものなので基本、燃料の重量とその変化を考慮に入れなくて済みます。これは大きなアドバンテージです。

 他の二機、特に対地攻撃機を目指すワイルドバロンは離陸重量の燃料と武装への割り当てに苦慮しているそうですし」

「一方エトピリカの場合はジェットは補助機関だから融通が利くというわけだ。補給面でも有利になるだろうしなあ。

 しかし諸々度外視したら、燃料を燃やして得られる推力の方が強いのでは?」

「磁力だって強い力ですよ。例えば……」

 指を立て、リチャーダは席を立った。スケジュールや連絡事項が書かれたホワイトボードに歩み寄ってすぐに戻ってくる。そして書類の一つを止めていたゼムクリップを外して机に置き、

「カノー少佐、今このクリップには重力が働いているから机の上に停止しているわけですよね?」

「まあ……そりゃそうだな」

「そしてこの場合の重力というのはこの惑星地球全体から働きかける力であるわけです。

 クリップの真下だけではなくこの大陸、周囲の海、地殻の底、星の反対側からなにから全部から働く力がこのクリップにかかっている。さらにクリップ自体も地球を引っ張っています。

 しかしそれだけの力も――」

 リチャーダが手をかざすと、クリップは硬い音を立ててリチャーダの手の中へ。彼女が示すのはホワイトボードから取ってきた磁石にクリップが吸い付いている様子だ。

「たったこれだけの磁石の磁力が上回ってしまうわけです。まあ、厳密に言えば様々な力の中でも重力が弱いということでもあるんですが……。

 全てのゾイドはその高エネルギーが生む磁界によって重力に拮抗することで運動性を向上させていますし、マグネッサーウイングはイオン化させた大気を磁力で気流にすることで飛行が出来る。

 しかもエネルギーを投入できた量だけどんどん強力になっていくんですよ。だからこそマグネッサーウイングは惑星Ziの空のインフラを支えていたんです!」

 リチャーダはほぼ一息に言い切った。そして落ち着き、エトピリカのデータを見つめる。

「……私はエトピリカの開発で、エトピリカや共和国航空隊だけではなくゾイド航空産業自体を発展させたいんです。

 惑星上では空を飛ぶことが最も速く遠くへ行ける手段だから、それが発展するほど出来ることは多くなっていく……。

 この大陸だけでも持て余している現状を変えられるはずなんです……」

 しみじみと語り、リチャーダはコーヒーを一口。

 そしてそのコーヒーが微妙にぬるくなっていることで自分がまくし立てた時間に気付いたか、かすかに震えながら耳を赤くしていく。

「こういうところが……端から見ても分かるところなんでしょうね……?」

「いやあ、自分の考えていることを全て言葉に出来るのは才能ですよ。

 実に見事です。いい話を聞いた。俺は自分のために飛んでるようなライダーですが、博士のいうことを聞いたらその支えになりたくなってきましたよ。

 一翼を担うってヤツですな」

 カノーは感心しきった様子でそう言うと、自身もコーヒーを呷る。リチャーダが話すのと同じ時間聞き入っていただけあって、彼のマグカップから上がる湯気も弱くなっていた。

「今の話をエトピリカに言って聞かせることができたら、ヤツも飛んでくれるかもですなあ」

 冗談めかして励ますカノーに、リチャーダは恥ずかしそうな笑みを返すばかりだ。

新地球歴二八年 八月二四日 〇九一三時

キティホーク基地西方

 

 翌日、リチャーダ達開発チームはエトピリカのマグネッサーウイングを解体分析し、離陸に臨んだ前後での変化を確認する作業に入った。場合によっては再組立の際に改良も加えるという。

 再度のヒアリングを受けた後、カノーはキティホーク基地のカブターを借り受けて訓練飛行を実施している。なにぶんエトピリカが離陸できないでいるため、月あたりの飛行時間を割り込みかけていたのである。

 ソニックバードが開発され始める前から共和国飛行隊を支えているカブターは、カノーも慣れ親しんだ機種だ。純粋な飛行ゾイドというよりも『空も飛べる』という部類のゾイドだが、小柄なりに頑丈で融通も利く。

 歴史上存在したというゾイドクライシス。その名残を覗かせる荒野を越えていく機体は快調そのものだ。

「こっちはいつも、どの個体も変わらないなあ」

 惑星Zi人の地球移民から三〇年近く。かつての惑星に存在した国家関係を引きずったままの新天地では小競り合いが絶えなかった。共に有りながらも相容れぬ国同士が残り、しかし領土は全て失ったのだ。この地球の土地を奪い合うのは必定というものだろう。

 そんな中でゾイドライダーは重宝され、特に飛行ゾイドを扱えるカノーのような人間は気の休まる暇も無かった。地球大気の中では呼吸器抜きで出歩けないにもかかわらず、成人して移民船の外に出てから引っ張りだこで今日まであれよあれよという間だった。

 飛ぶことが生き甲斐のカノーにとってその軍歴は充実した時間ではあった。だが一方で、求められるままに飛んできたカノーはリチャーダのような渇望とは無縁でもある。

 俺の今までのフライトにも、リチャーダのように熱く語られるだけの意味があったのだろうか。操縦桿を握るカノーはそんなことを思う。

 だが航空ゾイドライダーとして経験を積んできた彼の頭脳は、思考とは別に視界によぎった異常を見逃さなかった。

「ん? 火災……」

 地平線の彼方から一筋の黒煙が空にたなびいている。方位は常に頭に入れて飛んでいるので、何が燃えているかはすぐに見当が付いた。

「ヒッコリーの方角だな……」

 そこにも共和国の航空基地が存在している。しかもソニックバード計画の試作機であるストラトスフィアの開発拠点だ。

「……キティホーク管制、こちらハーマン13。ヒッコリーの方角に黒煙が見える。何か情報は入っているか」

 コールサインでキティホークを呼び出すと、管制官からの返事は一拍遅れた。向こうでも事態を把握しているらしい。

『ハーマン13――カノー少佐ですね! 現在ヒッコリーは帝国軍の空襲下にあり! 訓練仕様機では危険です。直ちに帰還して下さい!』

「おっ……と。了解」

 共和国軍の航空基地は使用するカブターやクワーガの航続距離の関係で、帝国との国境と緩衝地帯に近い。新鋭機スナイプテラならばアウトレンジからの攻撃が可能なのが現状だった。

 カノーはカブターを旋回させキティホークに進路を取る。格闘戦を得意とするカブターだが、単騎でヒッコリーの救援に向かうような蛮勇は無い。それ故に生き延びて来た身だ……残酷なことだが。

 しかし逆に、圧倒的な性能差を保つ相手が自分を狙ってくることは蛮勇どころか自然な選択だ。カノーが乗るカブターのレーダー機器は、接近する敵に対する警報を発した。

「スナイプテラ・タイプか……!」

 帝国軍が開発した翼竜型航空ゾイド。体躯に比する翼の面積は昆虫型や、試作段階のエトピリカ以上の純正航空ゾイドだ。

 対地攻撃寄りのマルチロール機だが、本機の出現は新地球歴の制空権を帝国に傾けた。飛ぶことにひたむきであるこの機体は、ただ飛ぶだけでカブターやクワーガを上回る対空性能を実現しているのだ。

 ソニックバードというゾイドが挑まなければならない相手。それに携わるカノーは、一度見てみたいと思った。それが蛮勇の範疇であっても。

「まあどのみち嫌でも追いつかれちまうんだけどな……!」

 レーダー上の輝点はあっという間に背後から接近してくる。カブターに対しスナイプテラは倍近い速度を保っているのだ。運動性や航続距離も。その優位は絶対だ。

 そして敵からの照準レーダー波検知を告げるロックオン警報と共に、カノーは戦闘状況に引きずり込まれた。すかさず操縦桿を横倒しにしたカノーの操作に従い、カブターはローリングし急旋回。そして外れた軌道を上書きするように一つの影が前方に飛び出す。

 スカイブルーのロービジ塗装を施されたスナイプテラが一機。レーダーに映っていた敵だ。

 上昇し宙返りでこちらをまた視界に収めようとしてくるスナイプテラに対し、カノーはカブターを操縦し続ける。

 出力に劣るカブターは旋回と共に高度を落としている。その軌道のままに、カノーはカブターを急降下させ続けた。

 対地攻撃ゾイドであるスナイプテラの下を飛ぶことは危険であるように思える。だがカブターは陸戦ゾイドではなく航空ゾイドだ。速度はスナイプテラに劣るが、陸戦ゾイドを上回る。そして低空性能も高い。勝機はそこにしかないとカノーは経験則から判断した。

 降下と旋回という三次元軌道に望みを掛け、カノーはカブターを飛ばす。その上空でスナイプテラはまた視線を向けてきて、ロックオン警報と共にミサイルを放ってきた。

 ミサイル自体はスナイプテラ以前にも存在していた。チャフとフレアをまき散らしてカノーは回避行動を取る。ルーチンワークだ。

 だがその動作の間もスナイプテラの視線はカブターを追い続けていた。

 そして翼に懸架されたガトリングが掃射される。ミサイルに加えさらに火器を搭載し得るのは武装搭載量の高さ故で、既存の昆虫型ゾイドでは困難なことだ。

 だがカブターはその掃射を耐えた。そしてスナイプテラはまた高速故にオーバーシュートし、宙返りで後方に戻ろうとしてくる。

 そこでカノーはカブターを反転させ、さらに上昇に転じた。急な逆の軌道への変針を可能にするのは低速、小型故の慣性力の低さ故だ。そして反転という機動はスナイプテラの攻撃先から最も離れる動作でもある。

 反転の結果は正対だが、これはスナイプテラからの攻撃先である正面にいる時間が最短の構図でもある。度胸を要するが最善の選択。カノーはそう信じる。

 そして再びのガトリングにも耐え、カブターはスナイプテラとすれ違った。即座にカノーはまた急降下に転じる。敵の意図をくじき続けることが活路だ。

 だが再度の射撃は背後から飛んできた。スナイプテラの降下からの引き起こしが先程よりも速い。その一方で、後方に占位したスナイプテラは明らかに翼を立てて減速し、ガトリングと共にミサイルも発射してきている。

「ぐ……クソ」

 敵は本気ではなかったのだ。そして本気になればこちらの予想以上の動きも、こちら以下の動きもできる。性能上の優位とはそれを可能にする力だ。

 ガトリングの掃射の中でカブターは必死に機体を揺すり、被弾しつつも致命的なミサイルを避けようとする。

 その試みは成功するが、カブターがダメージを受けるのは変わらない。急降下の操縦桿に加える力以上に、カブターは重力に引かれた落下に向かった。

「重力は弱い力って聞いたんだけどな!」

 思わず叫びながら、もはやカノーは急降下ではなく落下を制御する。スナイプテラがどうしているかに意識を配る余裕もない。

 地表が迫り、カノーはカブターの脚部を展開。荒野に機体を軟着陸させれば、操縦席から見える周囲は砂煙で覆い尽くされる。

 滑走の震動の中でカノーは操縦を続けていた。脚部を使って機体を傾かせ、操縦席がある機体上面をそのまま晒すのを避ける。そこへ飛来したトドメのような機銃掃射は、辛うじて操縦席左右に展開した主翼に阻まれた。

「うっは、ヒヤヒヤもんだ……」

 顔を引きつらせつつ、カノーはカブターに身を投げ出させる。あたかも力尽きたかのように見せかけ、自身はフライパスしていくスナイプテラを見張った。

 旋回しながらこちらを横目に見るスナイプテラは、もはや戦闘の緊張を解いた雰囲気だ。さらに強く機体を傾けると、急旋回し背後――ヒッコリーの方角へ機首を向けて加速を始める。

 敵は帰投していく。カノーはその姿を追うのをレーダーに任せると、カブターのコンディションを確認した。

 機体の致命的な部位への被弾は無い。主翼も被弾によって出力は下がっているがゆっくりと飛ぶぐらいはできそうだ。

「ここから歩いてキティホークまで帰るのは徒歩でもカブターでもキツいからなあ……」

 そうこうしていく内にレーダー上からスナイプテラの輝点は消えた。念のため背後を見てみても、もはやその姿は肉眼では確認できない。

「……確かにあれは高性能だ。純粋な戦闘機が必要ってのも頷ける」

 ため息をつきながらカノーはカブターのマグネッサーウイングを再始動。垂直離陸から、そろりそろりと這うような飛行でキティホーク方面への帰投を開始する。

「こちらハーマン13、敵と遭遇したがやりすごすことができた。速度が出せないが、これより速やかに帰投す――」

 その瞬間、カブターの左側面に閃光が走った。機体も瞬時に右へ吹き飛ばされ、衝撃と爆発音の中でカノーが見る世界はめまぐるしく回転する。

新地球歴二八年 八月二五日 一〇一一時

キティホーク基地

 

「狙撃された、というわけですか。スナイプテラには長射程のライフルが搭載されているとは聞きましたが、カブターのレーダーの範囲外から狙えるとは……」

 翌日、再組立中のエトピリカを前にカノーはリチャーダと打ち合わせをしていた。

 カノーの顔には怪我の上からガーゼなど貼られているが、幸い大した傷ではない。だがカブターは助からなかったし、

「スペック差の暴力だったよ。ソニックバードの完成は急務だ。

 ……が、その点は帝国軍も理解しているってことだな」

「ヒッコリーは執拗に焼かれましたからね。ストラトスフィアは大破だそうです。

 ロケット推進で試験飛行の様子が派手なのが原因でしょうか……」

 未だに飛行に至っていないエトピリカの担当として、リチャーダは複雑な表情だ。

「共和国側の航空基地は緩衝地帯に近いこともあって、攻撃の口実はいくらでもあるわけです。強力な航空ゾイドを先に作られたことが響いてますな」

「ソニックバードの重要性は増していると……。恐らく次に狙われるのはワイルドバロンでしょうが」

 狙われたストラトスフィアは高高度迎撃機としての用途が考えられる。次いでスナイプテラの脅威になり得るのはスタンダードな造りで航空戦にも対抗し得るエトピリカだが、それは飛行できればの話だ。すでに飛行し、スナイプテラと同じニッチである対地攻撃分野で戦うワイルドバロンが標的となるのは順当というものだろう。

「ワイルドバロンチームはペイロード任せに対空兵器を満載して迎え撃つつもりだそうですよ。緊急のテレビ会議でそんなことを……」

「対地型とはいえ武装量の多さが強みですからな……」

 カノーに渡されたクリップボードには、ワイルドバロンの様子を収めた写真が挟まれている。扁平で巨大な翼にパイロンを設けた黒いソニックバードだ。

「我々はどうします? リチャーダ博士」

「当然私達も完成を急ぎます。……が、エトピリカをすぐに動かせない状況であることへの対策も考えないと。

 基地から離れた位置に秘匿施設を作ることを提案しています」

 リチャーダはカノーのクリップボード上の書類をめくる。走り書きのメモに近いが、そこには基地にほど近い丘を掘り抜いてエトピリカの掩体壕を作ろうという計画が記されていた。

「キャタルガのワイルドブラストを利用すればすぐにでも壕を作れるはず……。

 基地からエトピリカを移すのは、エトピリカ自身へのストレスなどが心配ですが」

「なあに、これまで格納庫と滑走路の往復ばかりしていた箱入り娘だ。多少冒険させた方がいい結果になるでしょう」

 不安げなリチャーダを励ましつつ、カノーは改修されたマグネッサーウイングを取り付けられていくエトピリカへ視線を飛ばす。

 リチャーダがあの機体にかけている期待は先日聞いたばかりだ。そして今、カノー自身も強くエトピリカの飛翔を求めている。

「粗末な寝床になってもへそを曲げんでくれよ、オイラン鳥さんよ……」

 祈るような呟きに、エトピリカは超然と虚空を見上げている。

 ゾイドが素直に言葉の通じる存在であれば苦労しない。長年操縦桿を握ってきたカノーには、今しばらく続く忍耐の時間が見えるようだった。

新地球歴二八年 八月二七日 二一四二時

キティホーク基地南方 キル・デビル・ヒルズ

 

 結論から言えばエトピリカはまたしても飛ばなかった。しかも今回は離陸の前段階としての起動すら不完全となる始末である。

 そして前日二六日にはワイルドバロン開発チームの拠点となるまた別の共和国航空基地がスナイプテラの空爆を受けている。

 その襲来を予測していた基地は迎撃機仕様としたカブターやクワーガ、そして試作機ながらに完全武装したプロトタイプソニックバード・ワイルドバロンで迎え撃ったが、

『誠に遺憾ながら我らの尽力及ばず。

 ワイルドバロン計画の再起を目指すと共に、残る唯一のチームにして最大のポテンシャルを秘めたるフォークト博士のエトピリカに期待する。

 ワイルドバロン開発チーム主任 オドー・リリエンタール』

 撃墜されたワイルドバロンの残骸を前にしたヤケクソ気味な集合写真を添付して、ワイルドバロンの開発者である老技術者からのメッセージが届いている。その書簡を手に、リチャーダは掩体壕に搬入されるエトピリカを見上げていた。

 キティホークに配備されている運搬用キャタルガを動員して急遽作られたにしては、充分な広さがそこにはある。一方照明やクレーン、キャットウォーク類は急造のものばかりだが……。

「共和国軍が……いえ、人類が保有するソニックバード種はあなただけになってしまったわね……」

 徹夜で行われた設営と搬入を終え、他の関係者はこの場にはいない。壕内に作られた臨時研究室兼休憩所で休んでいるはずだ。部下の技術者達も、カノーも。そしてキティホーク基地は厳戒態勢を敷いている。

「共和国軍の尻に火が付いていることはあなたには関係が無いかもしれない。でも今地上に存在するソニックバードはあなた一人になってしまったのよ、エトピリカ……。

 ……いや、まだ地底に眠っている仲間達はたくさんいるのだろうけど。それでも……」

 語りかける体ではあるが、実質的には独白だ。ゾイドに関わる技術者であるリチャーダにはわかっている。

 だがそれでもリチャーダは、残されたエトピリカに伝えたい思いがあった。

「あなたの仲間達を再び空に羽ばたかせるための鍵は、あなたが握っている……。少なくとも私はそう信じているわ。

 今は戦うための技術だけど、いつか違う、あらゆる空に向かえる力……。

 ……必要ないかしら?」

 自嘲するように俯き、リチャーダは壕を後にする。かき集められた照明が薄暗く照らす空間には、陰影も濃いエトピリカが独り残るばかり。

 そしてリチャーダが去ると、チラとエトピリカはその向きに視線をやる。そして一度あくびをすると身を揺するが、狭い壕ではいまいち据わりが悪いようだ。

 そろりそろりと足踏みするエトピリカ。物音は立てない。開発チームを気遣っているからか、あるいは、

「居心地が悪いか?」

 不意に響いた声に、エトピリカは小さく跳ねた。

 突貫工事故に放置された残土の陰に横たわっていたカノーが、全てを見ていたのだ。

 

 人が見ていない時のエトピリカの様子というものは、実は開発チームの間では共有されている情報だった。仮にも試作機、そして生物であるゾイドだ。格納庫に監視カメラ程度は用意されている。エトピリカは深夜などにはよく身じろぎをしていた。

 しかしそれが映していたことが意味するところを真に理解していたのは、生粋のゾイドライダーであるカノーだけであった。

「まあお前にとっては、改造に付き合っていれば寝床もおまんまも保証された生活だっただものな。飛ぶどころか跳ねる必要も無いというのはわかる」

 エトピリカが見せていたのは現状への安穏とした適応だ。しかも搭載されたマグネッサーウイングは自らの意志でコントロールできるものである。

 確実に飛ぶシステムを積んでいたストラトスフィアとワイルドバロンとは違う。望む扱いを選択出来る立場にあったのがエトピリカだ。だが、

「だが次はお前……いや俺達全員の番だぜ。空襲されてお前まで破壊されたら……どうかな?

 お前はひどくやられて修理に時間は掛かるだろうし、ひょっとしたら共和国軍はソニックバード計画が帝国を刺激することを恐れてこんな扱いをやめるかもしれん。そしたらお前はボロボロにされたままほったらかしかもな」

 胡乱げな目を向けるカノーに、エトピリカは唸る。

 言葉が通じているわけではない。ゾイドに乗り、ゾイドの感覚や意識に慣れ親しんだカノーが見せる『侮り』の視線こそがエトピリカに伝わっているのだ。

「教えてやろうエトピリカ。お前の暖かいベッドは実はずっと脅かされていたんだ。

 帝国軍、そしてそこに属するスナイプテラにとって高い空戦能力を持つお前、お前達ソニックバードは警戒されているわけだからな。

 俺達人間の勝手だと思うなよ? 俺達だって自然の中でいつ滅びるかヒヤヒヤしながら生きている生物の一種なんだし、俺達の中の誰か偉いのが頑張ったからこの星にお前みたいな地球型ゾイドは生まれたんだ……」

 カノーは第一世代だ。幼い頃、移民船に乗り込み冷凍睡眠する前のおぼろげな記憶として母星を知っている。そしてこの地球に根を下ろそうとする人々の悲喜こもごもも目撃してきたし、その過程で発見した……本来この星に存在していた営みの痕跡も認知していた。

「安穏を手にするには血に濡れる必要もあるんだぜ……。お前が赤いのもそういうことなのかもな。

 さあ、お前に今まで与えられてきたのはお試し期間だ。続きはご自身で……ってな」

 カノーは力一杯演技がかった身振りでそう告げると踵を返した。その背後でエトピリカは駄々をこねるように足踏みするが、土の床と土壁に鈍く音が響くと躊躇いがちに足を降ろす。

 酷いエゴの押しつけた。カノーもそう思う。だが全ての生命の中にこの種のエゴを持たぬものがいるだろうか?

 命が続くことは世界から保証されてはいない。エトピリカもいつかは、身勝手に、求められずとも羽ばたかねばならない。

 その時のことを巣立ちというのだろうか。いつも求められてきた自分はそれを経ただろうか。カノー自身も、答えは身につけていなかった。

新地球歴二八年 八月二九日 〇六二四時

キティホーク基地

 

 これまでの空襲スケジュールから、もっとも危険性が高くなるだろうと予測された日。その早朝にキティホーク基地の対空レーダーは敵の機影を捉えた。

『WARNING! WARNING! 空襲警報! これは訓練に非ず! ただちに迎撃せよ!』

 サイレンと共に響く命令に、スクランブル態勢の迎撃型カブター部隊が続々と発進していく。対空ミサイルを装備した機体を一機でも多く上げ、カブターの性能を無視して火力で圧倒するしかない。

 三機ごとに編隊を組むカブターの総数は一二機。一方飛来するスナイプテラはレーダー上では六機。

『連日の空襲での敵損害は未だゼロだ! これ以上キルレシオを更新させるなよ!

 全機戦闘開始!』

 迎撃隊長の号令の下、カブター達はミサイルを斉射していく。そしてその轟音はキティホーク基地にも、若干距離を置いたエトピリカの掩体壕にも届いていた。

「――始まってしまいましたな。博士、エトピリカは!?」

「コアの休息モードを解除したけれどマグネッサーウイングへの出力が発生しないんです! アイドリング状態にすらならない……。

 エトピリカは何も出来ません! 全スタッフはシェルターに! 今回の戦闘をやりすごします!」

 他の試作機達の仇討ちも考えていたエトピリカチームだが、肝心のエトピリカは動かない。基地への着弾で揺れる急造掩体壕の中で、彼らはやむなく一段と深いシェルターへと駆け込んでいく。

 その流れの中で足を止めるのはカノーだ。出撃に備え耐Bスーツを着ていた彼だが、微動だにせぬエトピリカを見上げると嘆息を一つ。

「ま……仕方ないか。お前にその気が無いんじゃあな」

 向き合ったカノーはそう言うと、ヘルメットをエトピリカに向けて足下に置く。そんな彼の姿を、シェルターのハッチ前で他のスタッフ達の退避を確認していたリチャーダが見ていた。

「……カノー少佐!」

「今行くよ」

 リチャーダへと振り向いて歩み出すカノー。掩体壕の擬装は急ぎの割にはまともだ。それに加えてシェルターもあるとなればひとまず今回の爆撃は耐えられるだろう。

 しかしそう思った矢先に、突然濁ったドリフト音と共に共和国軍仕様の高機動車が一台掩体壕の中に滑り込んできた。タイヤにはまだ真新しい周囲の丘の土の色。

「少佐っ……中尉!」

「ん……? お前、今外から入ってきたのか?」

 現われるのは開発スタッフの一人。土に汚れた白衣を着て、さらに助手席から耐Bスーツを着た男を引っ張り出している。

「基地からの移動中に攻撃が始まったので引き返そうとしていたんですが、目の前でカブターが撃墜されまして……! ライダーを匿うにはここしか!」

「ぐ……それは仕方が無い。だが……」

 ライダーに肩を貸すスタッフに、思わずカノーも駆け寄る。そんな二人に対し話を聞いたリチャーダは天井を見上げ、

「でもそれじゃあ、ここの位置が……!」

 リチャーダが懸念した途端、待ち構えていたかのように掩体壕に一際強い揺れが響く。基地への攻撃から来る地鳴りではなく、直接この周囲の地盤に火力が撃ち込まれている轟音。

「発見されないことが一番の防御として作られたのがここだからな……直撃されたらさすがにバレるかな」

「す、済みません!」

「人助けしたのに謝らなきゃならん理由は無いだろ」

 スタッフを励ましつつ、カノーはシェルター入り口にたどり着く。簡易式のパッケージ建築式シェルターの中にはスタッフがすし詰めだが、ライダーを寝かせるだけのスペースは残っていそうだ。

「奥の壁に救命セットが備え付けてあるから持ってきてくれ。指示に従って耐Bスーツを切開して――」

 ライダーを他のスタッフに預けてシェルターの扉を閉めようとした瞬間、地下空間を土煙が覆い尽くした。吹き飛ばされるリチャーダを咄嗟に抱き留めたカノーが見るのは、地下空間におぼろげな光が差し込む様子だ。

 爆発音はあまりに至近距離であるがために掩体壕の全員の可聴域を超えていた。誰もが大音量に麻痺する中、カノーだけが上空を睨んでフライパスしていくスナイプテラを見つけている。爆弾を投下し、旋回で離脱していくところだ。

 高機動車を追ってきたのは一機だけだったのだろう。だが今、エトピリカの赤いハイビジ塗装は朝の光に晒されている。次は総攻撃だ。

「カノー少佐……!」

 リチャーダがカノーをシェルターの中に引っ張り込もうと手を伸ばしてくる。だがカノーは逆にその手を突き飛ばし、外側からのシェルター閉鎖ボタンを叩いた。

 押した者はシェルターの中に入れないという、この設備の緊急性を象徴するようなボタンだ。それを押したカノーに、リチャーダは絶望的な表情を向ける。

「カノー少佐ぁ――!」

「エトピリカを逃がしてやらなきゃ。言ったでしょう、あいつとは気が合うんですよ。放っておけない」

 リチャーダに笑顔を見せ、カノーは閉じるハッチを見守った。そしてコンプレッサー音と共にシェルターが閉鎖されると、その笑みを獰猛なものに変えてエトピリカに振り返る。

「そう、気が合うのさ。これから……」

 爆風を浴びて狼狽えるエトピリカへ、カノーは歩み寄っていく。先程置いたヘルメットを手に取ると、エトピリカもカノーが近づいて来ていることに気がつく。

「お前にもわかるだろう? いよいよその時だ。お前の安寧を破る者が現われたぞ?

 だがお前にはこの状況を打ち破る力が与えられている。他にも多くの存在の力になれるよう願われて作られた力がな」

 告げながら、カノーはそばに転がる脚立を伸ばして梯子にするとエトピリカの首へ立てかける。操縦席に飛び込み、

「さあどうする? このまま状況通りなのか、挑んでみるのか。

 お前のようなゾイドが選ぶ道は一つだと思うけどな」

新地球歴二八年 八月二九日 〇六二九時

キティホーク基地南方 キル・デビル・ヒルズ

 

 その瞬間、キティホーク基地から距離を置いた場所に開いた地下空間の開口部から一体のゾイドが飛び出した。

 驚かされたニワトリのように翼を広げて跳躍するのは、赤く塗装されたソニックバードであるエトピリカだ。砂煙の尾を曳いたその姿は、掩体壕から飛び出すと荒野を蹴ってバタバタと走り出す。

「この期に及んで見苦しいマネすんなよ! 走り回ってもどうにもならないぞ!」

 操縦桿を引いてエトピリカを離陸させようとするカノーに対し、エトピリカは首を振って嫌がった。そして思いの外の健脚で走るエトピリカの姿に、上空で空戦を繰り広げていた全てのゾイドが目を見張った。

「こ、この野郎……! 骨格がギルラプターに似てると思ったらなかなかのもんじゃねえか!

 けど地べたに這いつくばってる限りスナイプテラ相手には勝てないぞ!」

 カノーに発破をかけられても、エトピリカは叫び声を上げながら疾走するばかりだ。翼をばたつかせてはいるが、バランスを取るためという風情。

 だがその姿は当然スナイプテラに捕捉され、背後の空に速度を落として狙いを定める影が現われる。カノーは操縦席に響くロックオン警報に、スロットルレバーに手を掛けた。

「狙われるってんだよ!」

 背部と脚部のスラスターに活を入れれば、待機状態のマグネッサーウイングが生む揚力と合わせてエトピリカがふわりと浮き上がる。そしてその足下にスナイプテラの機銃掃射がまき散らされ砂埃を上げた。

「ほらエトピリカ、お前は飛べるんだよ! 飛べばお前の世界は変わる……。頼む!」

 推力を上げ、カノーは操縦桿を引き続ける。だがエトピリカは失速して地上へと舞い戻り、また跳ねるように走り始めた。

 左右へ身を揺するエトピリカに、背後のスナイプテラはまた狙いを定めようとしている。だがそこへ、キティホーク基地のカブターが一機、決死の突入をかけた。

『カノー少佐! 離脱を!』

 ワイルドブラストを発動したカブターの突っ込みに、スナイプテラは一度ポジションを外すしかない。そしてその隙にスナイプテラは爪を立てて鋭くカーブすると、また別の方向に走り出す。

 掩体壕からの距離は開いた。このことはカノーの目論見の半分は達成されたことを意味する。

 エトピリカを産みだしたリチャーダ達技術者は失われれば替えはいない。空に賭けるリチャーダのような人物は――。

 一方自分のような、かけた時間を考えれば凡庸なライダーや、貴重ではあるが同じソニックバード種が存在するエトピリカはまだ替えが効く。

 挑発したが実態はこういうことだ。己の自己犠牲的判断にエトピリカを巻き込んでしまったことをカノーは済まないと思う。

 だがエトピリカが羽ばたけば、勝利すれば、何もかも解決される。それもまた事実だ。

「飛べぇぇぇ……っ!」

 スロットルを限界まで押し込み、カノーはエトピリカを促す。すでに陸戦ゾイドと比べても相当な速度だ。

 そしてその背後にまた別のスナイプテラが滑り込んでくる。その胸部のドラム式ミサイルポッドが稼働し、エトピリカを狙うミサイルを発射ポジションへ。

 再びのロックオン警報に、カノーはエトピリカをドリフトさせるように旋回させて射線を逃れようとする。だがミサイルは放たれ、獲物を狙うヘビのように切れ味鋭い軌道でエトピリカの背後に迫った。

 回避しきれない。即座にカノーはフレアディスペンサーを作動させた。スラスターの放つ高温を追うミサイルに対し偽の熱源が放出され、誤作動したミサイルがエトピリカの背後で炸裂する。

 爆風に後押しされ、エトピリカが浮かび上がる。そして今回は前方につんのめり気味な跳躍は、高速で顔面から地面に激突する軌道だ。

「エトピリカァァァッ!」

 凄まじい速度で後方に流れていく地表が、薄く生えた雑草まで見て取れるほどに近づいてくる。

 その瞬間、エトピリカは鋭い声を上げて翼を張った。マグネッサーウイングが確かに気流を捉え、唸りを上げて出力を解放していく。

 カノーが見る世界は回った。眼前を埋め尽くしていた地表が下に吹き飛び、一面の青が出迎える。

 エトピリカは空に突き刺さるかのように急上昇していた。地表を逃れるために上を向いた結果、フルスロットルの出力故に舞い上がったという様子ではあったが。

 戦闘空域を下に、エトピリカは翼を広げ滞空。地上に戻るにはすでにだいぶ高い。そしてその地上側から、スナイプテラが追撃のために上昇してきている。

「……できるじゃねえか、エトピリカ」

 敵を下に見つつ、カノーはエトピリカに旋回を促す。翼を傾ければ、エトピリカはそちらへ回りながら高度を落として速度を得ていく。

 風を切るエトピリカの翼は雄々しい。風に乗って滑っていくようなスナイプテラの翼とは違うとカノーはその特性を理解した。そしてそれと同時に、操縦席後方に見える翼の表面から陽炎が上がっていることにも気付く。

「マグネッサーウイングの温度が……?」

『カノー少佐! 聞こえますか!』

 そこで操縦席に飛び込んできたのはリチャーダの声だった。無線機に表示される周波数は飛行試験時にリチャーダ達が持つ携帯無線機のものだ。シェルターに持ち込まれていたのだろう。

「飛びましたよ、博士!」

『こっちでもテレメトリを受信しています! おめでとうございます!

 ただ……エトピリカからマグネッサーウイングに予想以上の出力が送られています。想定された最高出力よりも遙かに多い……。

 このまま行けば一〇分以内に主翼が炎上してしまいます! そのまま離脱して下さい!』

「一〇分……? それっぽっちじゃ他の基地にもたどり着けないし、スナイプテラを振り切ることもできませんな」

 緩降下するエトピリカがスナイプテラとすれ違う。その瞬間、カノーはエトピリカを上昇に転じさせてスナイプテラの後を追った。

「戦って勝つしかない……! そういうもんだ!」

 背面上昇するエトピリカは、鋭くスナイプテラの背後に回り込む。速度で勝りながら、カブターよりも旋回半径が小さい。その運動性にカノーは舌を巻いた。

「強いぜお前……絶対に強い」

 敵が自分からレティクルに入ってくるかのような運動性に、カノーは浮き立つ心を抑えきれない。トリガーを引けば、エトピリカの胸部に装着された連装機関砲はスナイプテラを背中から打ち据え、さらに煙を噴き上げる背面がカノーの眼前に迫れば、エトピリカは鉤爪を敵へと突き立てる。

 銃撃で破損した翼を基部から脱落させ、スナイプテラの巨体が二分される。その影を蹴って飛翔したエトピリカは、残る敵が待ち受ける低空域へ。

 残り九分。スナイプテラは五体。

 カノーはエトピリカを鼻先から急降下させていく。翼を畳んでカツオドリのようになった機影は、カブターとスナイプテラが入り乱れる主戦場へと躍り込んでいった。

 眼前にはツーマンセルでカブターを追い立てるスナイプテラ。カノーは歯を食いしばった。

 急降下の中から放った掃射はスナイプテラの一方を打ち据える。そして残る一方がそれに気付く間に、エトピリカは低空へと駆け抜けると翼を広げて急上昇。高速のロールを交えて敵を眼下に捉えた。

 カブターを追っていた敵は、自分が追われる側になったことに気付いたようだ。機敏に左右に跳びエトピリカを振り切ろうとする。だがエトピリカはそれを面白そうに眺めるばかりだ。

「そうだエトピリカ。戦い方を選べるのは、お前の方なんだぜ」

 スナイプテラの速度に食らいつきながら、エトピリカは左右の動作も的確に追えている。スペックが拮抗している証拠だ。

 敵もそれを自覚したか、機体を右に振ると見せかけて鋭いスナップロールを繰り出してくる。急回転で速度を一気に落とすことで敵の背後に回り込む機動だ。エトピリカはすぐ横を錐もみしながら背後に抜けていくスナイプテラを見るが、

「お前ならこんなことだって出来る!」

 カノーの操縦に、エトピリカは強く羽ばたいた。翼を打ち付ける勢いで顔を上げた赤い機体は、そのまま身を縮めたバック宙でスナップロールするスナイプテラの後方を維持する。両者の一回転を経て、その位置関係は変化していなかった。

 エトピリカの照準レティクルのど真ん中には、驚愕するように淡く口を開いたスナイプテラの後ろ姿。

「逃がすな! エトピリカ!」

 機銃掃射がスナイプテラを打ち据える。飛行に必要な機体の要を撃ち抜かれた機影は、支えを失ったように墜落していった。

 残り七分。スナイプテラは四体。

 そこでエトピリカを追ってきたのは、急降下から機銃を浴びせた相手だった。被弾の煙を上げながら後方に占位した敵は、落ちた速度をいいことに後ろからミサイルを連射してくる。

 軽量さと推進剤任せに追ってくるミサイルは母機の性能低下など気にしない。巨大な手が掴みかかってくるかのような軌道がエトピリカを背後から追う。

 今度は追跡を受けるエトピリカが機体を左右に揺する番だ。空中を蹴るような素早い反転に何発かのミサイルが振り切られると、勢いで背面飛行に転じたエトピリカはさらなる急降下に向かう。

 仰向けからの逆宙返り。重力の力を借りての降下から正しい姿勢での上昇は、被弾したスナイプテラが躱せるものではない。

 なんとかロールを打ったスナイプテラは背面飛行からスナイプテラに向き合いガトリングを浴びせようとしてくるが、エトピリカの突撃の方がよほど早い。敵の胸部に鉤爪での蹴りを叩き込み、エトピリカは戦闘空域の中で敵を使ってサーフライドしてみせた。

 エトピリカが鋭い叫びを上げた。己が足蹴にしたスナイプテラに勝ち鬨を上げるようなその声に、カノーは頷く。

「そうだエトピリカ、この空でお前は最も強い……。だからこそここには、お前が今まで知らなかった自由がある……」

 格納庫での安穏たる暮らしとは異なる、最強故の勝手気ままたる空間。今エトピリカが手にしているのは、そんな空だ。

 それは航空ゾイドライダーであるカノーにとっては理想であるもの。そしてソニックバード種であり、リチャーダの熱意によって完成されたエトピリカにとっては当然の空間。

「これでもまだご不満か!? お前は!」

 カノーの叫びに、エトピリカは鋭く吠えた。この高空の自由に歓喜するように。

 小さな安穏に満足していた雛鳥は、今本当の自由を知ったのだ。飛行という最速の手段の中で、最強であるという自由に。

 荒々しく乗りこなされたスナイプテラの残骸を蹴散らし、エトピリカは再び羽ばたく。

 残り五分。敵は三体。

 そして残る三機のスナイプテラは、三体がかりで空中に巨大な円軌道を描いていた。誰が背後を取られても他の機体がフォローできるようにと。

 苦渋のディフェンスフォーメーションを前に、エトピリカは高い空から嘲るような叫びを浴びせた。だが同時に、その翼から白煙を吹き始める。

『警告:マグネッサーウイング 異常発熱

 出力カット あるいは 緊急着陸 を実行せよ』

 コンソールにはそんな警告表示が浮かんでいる。だがカノーにはどうしようもない。ここに至るまでにエトピリカのマグネッサーウイングへの出力は可能な限り抑えるようにしてきたし、地上ではどうにもならないのは離陸前のことで理解している。

 時間制限があるとなると、スナイプテラが取った防御陣形は厄介だ。どれに挑みかかっても後続との乱戦になり時間を奪われる。かといって攻めあぐねても同様のことだ。

 だがそこへ、低空から向かってくるものがあった。

『残存全機! 一斉射――!』

 キティホーク基地の迎撃型カブターの残存機全てが、ありったけの空対空ミサイルを一機のスナイプテラに集中射したのだ。その数三六発。

 狂気の沙汰としか言いようのない斉射に、狙われたスナイプテラは泡を食って退避行動に入る。連続する爆風は防御円陣が崩れることを意味し、滞空時間の限界が近いカブター隊からカノーへ声が飛んだ。

『カノー少佐! 見せて下さい……勝利を!』

 迎撃部隊の隊長の声は、いつも見上げ、いくら飛んでも地上に去らねばならない空を支配することへの憧れに満ちていた。少なくともカノーはそのように感じた。

「ああ、見ていてくれ。これが共和国軍航空隊がいずれ手にする未来だ!」

 乱れた円陣に、エトピリカは風を切る音と共に己を突き込んだ。狙うのはカブター隊の攻撃を逃れていく機体がフォローするはずだった相手だ。

 もはや出し惜しむゆとりなど無い。カノーは操縦桿を押し込む。

「エヴォブラスト! ――The Right Stuff!」

 翼端と尾翼から切断翼が展開し、さらにリミッターを解除されたマグネッサーウイングが機体色より鮮やかな炎の軌跡を描いた。磁力場が空中に虹色の環を標す中を、エトピリカの赤が一直線に貫く。

 狙われたスナイプテラが断たれるには一瞬もかからなかった。そして炎の翼はその前方を旋回していくもう一機を猛追していく。

「時速六〇〇……七〇〇……! まだ伸びる! こりゃ名前通り音速も狙えるんじゃないか!?」

 もはや円軌道ではなく回避のための旋回に入るスナイプテラに対し、エトピリカは高速故の大回りを描きながらも食らいついていた。その傾斜をさらに強め、燃え盛る姿は一気に距離を詰めていく。

 スナイプテラは一方向への旋回戦では勝てぬと見ると、即座に反転と同時にあらゆるオプションを駆使した。ドラム式であることを利用してミサイルを追いすがるエトピリカへ放ち、さらに対地弾も投棄。己の軌道上に攻撃力をまきちらす。

 だがその威力が炸裂する回廊を、エトピリカは駆け抜けた。カノーの操縦だけではない、エトピリカの本能が障害を躱し敵を追う道を示しているのだ。

 頭部クレストソードからのぶちかましは、まるで高速の機体がスナイプテラを貫通したかのようであった。

 翼は阻むものを許さない。

 残り三分。敵は一体。

 だがその時、突き抜けていくエトピリカを一撃がかすめていった。カブター隊に狙われた最後のスナイプテラがマシンブラストし、対ゾイドライフルで低空から狙撃を仕掛けてきたのだ。

 本来は空から地上を狙うための武装だ。連射に向かないこの火砲を空を飛ぶ相手に用いるのは難しいはず。

 カノーはピンと来た。敵はヒッコリー空襲の日に鉢合わせした相手だ。

「まさかカブターの仇まで討てるとは!」

 だが敵は大した腕だ。カブター隊の一斉射を躱しているだけはある。そして狙撃がかすめたエトピリカの翼からは、確かに煙が上がり始めていた。

 バレルロールを駆使し、炎のヴェイパートレイルを曳いてエトピリカは最後のスナイプテラに突撃していく。だが敵は弾幕を張りつつ、エトピリカの突っ込みをいなして回り込むべく孤を描いた。

 互いの背後を取り合う円環軌道が二つ。だが炎をたなびかせるエトピリカは限界が近い。

「なら一か八かだな……」

 巴戦の環から脱し、エトピリカは急上昇に転じた。その直線軌道にすかさずスナイプテラが追随し、機銃掃射とミサイルで追い立ててくる。

 エトピリカは身を回し、その射線を次々と躱していく。奔放な機動は、追いすがるスナイプテラを前にしてこの空の主導権を誇るかのようだ。

 散っていく火の粉がスナイプテラに降りかかり、さらにその視線が眩んで顔が背けられるのをカノーは見逃さない。エトピリカの軌道はただの一直線ではなく、少しずつ太陽の方角へ反っていく角度であった。

「今ぁ!」

 瞬間、エトピリカが身を回す。燃え盛る翼で全身を包み込んだ機体が急減速からスナイプテラをかすめて背後に回ろうとした。

 だが敵は辛くも反応した。咄嗟に翼を立てて減速し速度を合わせると、二体とも落下に転じながら地上へと併走する位置取りとなる。

 二機が視線を交わす。そしてこの間合いで戦えるのがエトピリカの強みだった。

 地上へのチキンレースの中で、エトピリカは回転しながらウイングソードで斬りかかる。スナイプテラもそれを回避するが、翼がより大きなスナイプテラの方が横転性能が低い。重なり合う軌道の中で炎に舐められた刃がスナイプテラを苛んでいく。

 たまらずスナイプテラは切り返し、地上に向かう軌道から脱した。だが切り刻まれた翼は揚力が弱り引き起こしきれない。振り子のような軌道は地表に食い込んでいく。

 足を蹴り出し、スナイプテラは地表との接触を耐えた。そして屈辱を滲ませるようなよたついた飛行で空域から逃れる方角へ。

 それを見下ろし、鋭く引き起こしたエトピリカは朝の空を漂う。六機のスナイプテラが撃墜か離脱したこの空に、最後まで飛び続けたのがエトピリカだ。昨日まで一度も飛ぶこと無く、しかし多くの人々に期待されていた翼。

 だがこの勝利の空に、もはや諸々の地上からのしがらみは関係ない。今この空域最強の翼は、荒野の上に存在する莫大な空間を自由としていた。その自由に追いつけるものがあるだろうか。

「いいだろう、エトピリカ……お前の空だ」

 物思う全ての存在からしてみれば、この無限大の自由の空間はそれだけで価値あるものだ。カノーにとっても、エトピリカにとっても。そこに伸ばす手に、登っていく翼に、理由が必要だろうか。

 一人と一体は多くの者達が奪い合ってきた頂を往く。

 だが勝利の時間はやがて終わりを迎える。エヴォブラストの炎を纏った翼の一角が破裂音を立て、黒煙を吹いたのだ。

「……帰ろうエトピリカ。この自由をいつでも手にできる日のためにな」

 ガクリと落ちる機体を制御し、カノーはエトピリカをキティホーク基地へと向ける。自機と同じように煙を上げる基地の滑走路へ。

新地球歴二八年 八月二九日 〇六四九時

キティホーク基地

 

 リチャーダ達は掩体壕を脱しキティホーク基地まで戻ってきていた。そして基地では迎撃に参加したカブターが健在のものも破損機も着陸し滑走路から退避させられ、スナイプテラの爆撃によって発生した火災や瓦礫も対処が始まっている。

 そしてその基地めがけ、炎と煙を上げながらエトピリカが降下してくる。掩体壕から開発チームを乗せてきた高機動車から、リチャーダはその姿を見上げた。

「カノー少佐! エトピリカ!」

 そもそもエヴォブラストで炎を吹くような事態はリチャーダ達の想定外なのだ。エトピリカが生む高出力に自分達が作ったマグネッサーウイングは耐えられなかった。

 だがエトピリカは飛び、スナイプテラを相手に勝利を収めたのは事実だ。この成功を伸ばし、問題を潰し、ソニックバードという機種は完成に向かうことが出来る。今着陸に臨んでいるのはそれに必ず必要な者達だ。

 キティホーク基地の消防仕様ガノンタスが着陸事故に備えてすでに出動している。その隣にリチャーダ達がたどり着く頃には、エトピリカは足を上げて滑走路に滑り込もうとしている。

「明らかに降下速度が速い! 揚力が急激に失われているはずです!」

「エヴォブラストを続行しているのはいい判断です。ウイングブレードもマグネッサーウイングの一部だから最後まで揚力を稼げる……」

 差し迫った状況を前に、思わず開発チームの部下達も早口になる。無事であって欲しい、しかし、という思いは全員に共通しており、そして全てがせめぎ合うのがリーダーであるリチャーダの内心だ。

 誰に祈ったかは彼女の中でもはっきりとはしない。だが滑走路に進入するエトピリカを前に、リチャーダは一瞬も見逃すまいと、目を逸らさずにいた。

 そしてそんな彼女が見る前で、エトピリカは足から着地した。速度を落とし切れていないので滑走路と爪との間に火花が上がり、背部と脚部のスラスターが逆噴射を開始。さらに炎を上げる羽を立てて空気抵抗を増し、エトピリカは滑走路の半ばで停止した。文字通りの滑走からの生還だ。

 すかさず浴びせられる放水はすぐさま蒸気を上げる。掲げられた羽が炎を剥がされると、黒焦げになった全容が明らかになった。

「必要な部位がほとんど残っていない……よく着陸まで揚力と推力が保ったわね……」

 マグネッサーウイングの機能を維持するには必要最低限以下の部分しか残っていないことが一目で分かる。それでも飛行を続けられたのは、高度な工学的機材を炎上させられるほどの暴力的高出力の賜物だろう。

 思い通りにならずにいた相手の本当の力に、リチャーダは感服するばかりだ。そしてそんな存在であるゾイドに空を舞わせていたかつての技術者達の力も同じ。

 リチャーダの手元には、簡易的ながらエトピリカから飛行中に収集されたデータも届いている。

 そこに記された最高速度は836km/h。『ソニック』の名を冠した機体ではあるが、音速には遙かに及ばない。その名の通りの速度も狙えるよう設計されているはずなのに、速度は足りず、翼は耐えきれなかった。

 かつての人々はまだまだ自分達の先にいる。問題は山積み。

 だがこれからを考えられるのはカノーとエトピリカの勝利の賜物だ。翼を焼失させながらもエトピリカはリチャーダ達に向けて数歩を踏み、カノーも操縦席から降り立ってくる。

 高機動車から降り立ったリチャーダは何から話しかけたものかわからない。しかし口元を喘がせるリチャーダにカノーは笑顔を向け、そして呼吸器を付け忘れていたために咳き込む。

「カノー少佐……ありがとうございます。エトピリカを勝たせてくれて……」

 体を折るカノーを支えながらリチャーダは告げる。そしてカノーは普段なら付け忘れないであろう呼吸補助器を付け直し、リチャーダの肩を強く握った。

「エトピリカが勝てたのはあなた方の技術のお陰ですよ、博士。だからこの道を極めて下さい。俺も……エトピリカも、どこまでも協力しますよ」

 カノーの言葉に、エトピリカも親しげな鳴き声を上げた。現金なその様子に、カノーもリチャーダも思わず笑ってしまう。

 この日キティホーク基地が負った被害は敗北に等しいものだ。だが同時に得られたものの価値を貶めるものではない。

新地球歴三〇年 --月--日 ----時

共和国航空開発基地 エクスペリメント51

 

『――今回生起した帝国のクーデター事件について、両国は先の事件で確保された巨大戦闘ゾイドジェノスピノを復元し国際的危機に投入することを決定しました。

 これに対し真帝国を自称するクーデター組織はジェノスピノを破壊することを目的としたと思われる襲撃を行いましたが、これは現地を警護する合同軍によって撃退されたとスポークスマンは発表しています』

 大陸中部のドライレイクに、そんなラジオ放送が鳴り響いていた。

 エトピリカがキティホークの空を支配したあの日からおおよそ二年。三機の試作機を失ったソニックバード計画は一度飛行段階から計画を差し戻され、開発拠点も共和国の内地へと移された。

 その地の航空開発基地化と平行したソニックバード開発計画は三つのプランを見直し、正式仕様の完成へと結実していった。

『なお今回の戦闘において目撃された共和国のものと思われる航空ゾイドについて、軍は正式な発表を準備中だと応じています』

 ラジオを限りない荒野に流していた人物が、そのくだりに小さな笑みを漏らす。サングラスと帽子で陽光から身を守ったその共和国女性士官は、傍らのラジオから空に視線を向けた。

「ソニックバードは完成しましたよ、カノー少佐」

『めでたいことだ。例の飛行少年も優れたセンスを持っていたようで何より』

「私達の仕事も終わりでしょうか」

『リチャーダ博士、あなたはまだまだ先を目指すんでしょう?

 言ったでしょう、我々は付き合いますよ。三機とも年季を経てきましたがまだまだ現役だ。ここから先は、記録を伸ばす戦いになりますな』

 無線機の受話器から聞こえる声に女性士官――リチャーダは頷いた。

 そしてそんな彼女の上空を、三つの機影がフライパスしていく。白、黒、そして赤。三機のソニックバードは、どれも鋭角的なマグネッサーウイングを装備している。

 三機はかつての試作機、ストラトスフィアとワイルドバロン、そしてエトピリカだ。破損した三体はこのE51に搬入され、統合開発チームの実験機として試験に供され、実用型一号機である〈ソニックバード〉の完成に尽力してきたのである。

 内々で企画された三体の記念飛行を特等席で見る栄誉に預かったリチャーダが、その中心的人物だ。ソニックバードというゾイドは強力なマグネッサーウイングを搭載した機体として完成したのである。

「ここからはまた、三チームに分かれての競争ですね……」

『トップを譲る気も無いし、かといって他を蹴落とす気も無いんでしょう』

「無論です!」

 三機のソニックバードは空に花開くように散開していく。それを見上げ、リチャーダは基地施設に戻るためのバギーに歩み寄った。

「地球型航空ゾイドの歴史はまだ始まったばかりです。

 次の目標は超音速到達! まだまだ付き合ってもらいますよ!」

 リチャーダの意気に、一際高い軌道を描いたエトピリカのさえずりが応じた。

 新地球歴三〇年。ゾイドと人々の歴史は一世代を巡り転機に達しつつある。

 だがそれは時の流れだけではなく、時間を進めようとした者達の意志によるものでもあった。

 遙かな高空を舞う翼はその証左だ。

 

 

 
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