No.1014150

ヘキサギアSS『ご主人様はあなたじゃない』

vivitaさん

とある非戦闘員ガバナーが、自分のヘキサギアと出会うまでのお話です。

※本作は、コトブキヤのコンテンツ『ヘキサギア』の二次創作です。
設定には、独自解釈が含まれています。

2019-12-29 15:23:01 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:579   閲覧ユーザー数:579

「シフォン。おまえ、戦いたいか?」

 

戦闘特化パラポーン―エクスパンダー。

見知らぬ巨躯からの物騒な質問。私の体は、蛇に睨まれた蛙のようにこわばった。

 

「いや、俺だ。ID:******、ムートンだよ。」

エクスパンダーが胸元のIDを示す。それは私の上司と同じIDだった。

つまり彼は、昨日いっしょに物理書籍を片付けていた優男なのだ。

 

「あぁ、とうとう情報体になったんですね、おめでとうございます。」

 

「ありがとう。SANATのために戦えて光栄だ・・・と言いたいんだが、仕事は変わらず『書庫』なんだ」

ムートンは、太い指で頭をかいた。頭部装甲がわずかに歪む。

 

「・・・その指で物理書籍、管理できるんですか?」

「失礼だな。非戦闘モードなら問題ない。うまく作ってあるんだ。」

「いらない紙で練習してからにしてくださいね。それで、戦いたいかって?」

 

「業務と警備を『兼任』できるメンバーを探してるんだ。

この施設は重要だが、戦争に役立つわけじゃない。

職員をパラポーン化して、できるだけ効率よくやりたいのさ。」

 

「パラポーンを用意するコストのほうがきつくないですか、それ。」

私が口にした疑問を、ムートンは特に否定しなかった。

 

「そうなんだよな。たぶん、『姫』が私兵が欲しくていろいろ手をまわしたんだと思う。」

 

『姫』。私の上司の上司。この『書庫』の最高責任者のくせに本にまったく興味がなく、趣味はレイティングゲームの鑑賞。

「・・・なるほど。私はいやですね。戦ったこととかないし。」

 

「そうだよな。困ったな、あと一人なんだけど、みんな嫌だって。」

「そりゃ、非戦闘員ですし、名誉あるVF兵士ならまだともかく、実質『姫』の私兵となると。」

 

その後、職員全員でクジ引きが行われ、私はアタリを引き当てた。

 

 

私に用意された義体は、カスタムされたセンチネルだった。

武器は鎖鎌。扱い辛く見える武器だが、いざ試すと意外と楽だった。

ずっと重りを投げつけていればいいのだ。

 

「よろしくね、モーター・トラッパー。」

 

モーター・トラッパー。八つの目と足を持つ、蜘蛛のようなヘキサギア。

獣性の存在により、扱いの難しい第三世代ヘキサギア。しかし、モーター・トラッパーは簡単だ。

罠を張り、身動きがとれなくなった敵を狩るだけ。非戦闘員である私にはちょうどいい。

 

『よーぅ相棒。姫のためによろしく~。』

 

搭載されているのが、姫に教育された鹵獲KARUMAであることだけが不満だ。

 

「シフォンって呼んでね。」

『りょーかい、シフォン。ボクはマリスボラス。』

「マリスボラス―悪意を糧とする者、ね。なんだか悪趣味じゃない?」

『ぇー、姫につけてもらった名前なんだけど。』

 

マリスボラスが、前足で器用に牙をこする。人間なら、爪を噛むような行動なのだろうか?

 

「マリスで区切るのもアレだし、いまからマリね。真理と書いてマリ、書庫の番人にはこれ以外ない。」

『マリスがいいなー。』

「あなたのマスターは私、姫じゃないわけ。私の良いようにさせるのがKARUMAとして最善の判断でしょ?」

 

マリスボラスの複眼が動く。じろじろと私を見て、首をかしげるような動きをした。

 

『シフォンー、なに言ってるの?ボクのマスターは姫だよ。』

 

「は?」

 

考えるよりも先に声が出た。義体の端末を操作し、指令書をたしかめる。

間違いない、私に配備されたのは確かにこのモーター・トラッパーだ。

どこかに間違いが?探し続ける私に、マリスボラスが声をかける。

 

『この書庫のヘキサギアは全部おんなじだよ。

一時的な権限が許可されているだけで、正式なガバナーは姫。

だからマスターは姫で、シフォンはただの同僚。』

 

「は?」

 

私の上司―ムートンへと通信を入れる。彼は通信に出てすぐ、ごめん!と謝ってきた。

 

「騙しましたね。ヘキサギアが一機貰えるというから、パラポーンになったんですよ。」

「本当に申し訳ない!でも、使える機能は、ほとんど正規ガバナーと同じだから・・・。」

「騙しましたね。」

「姫には逆らえないんだよ。ほら、俺も情報体になったし。ごめん、頑張って!」

 

通信が切られる。私は端末を義体に収納した。

 

「マリ。」

 

私は、やわらかな声を作ってマリスボラスを口説いた。

 

『マリスがいい。』

「まーり。」

『えー。』

「マ・・・。」『ガバナー、しつこい。』

 

呆れていたようなマリスボラスの声色が、急に鋭くなった。

怒らせたのだろうか?いや、違う。

マリスボラスはAI。つまりこれは、正規ガバナーである姫のために最適と判断した反応なのだ。

 

「そんなに姫のことが好き?」

 

『そりゃ大好きだよ!かっこいいし、かわいいし、素敵だし、頼りになるし、ほんとうに大切な人だよ。』

 

マリスボラスは、手をわちゃわちゃさせて、明るく語る。

ころころと表情の変わるヤツだと思った。機械のくせに、感情表現が機敏すぎる。

 

「わかった。マリスって呼ぶ。でも、ひとつ、私も気を付けてほしいことがある。」

 

私は、マリスボラスの口に手を突っ込んだ。牙を掴んで、壊れそうなほど強く握る。

 

「もう私といるときは、姫の話はしないで。

私、姫のこと大嫌いだから。」

 

牙にあるVIC―機械毒が掌を汚染し、力が入らなくなった。

しかたなく私は腕を引っ込めて、その場をあとにする。

マリスボラスはなにもしゃべらない。ただじっと、八つの目で私を見つめ続けていた。


 
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