No.1014060

紙の月14話

特定人物の過去と目的の話

今年最後の投稿ですわ

2019-12-28 11:41:14 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:102   閲覧ユーザー数:102

 

 外から聞こえる銃声で目が覚めた。ほとんど同時に部屋のどこかで赤ん坊が泣き出した。ここに避難してからどれくらい経っただろうか。政府が都市国家との戦争に負けてからというもの国内では内乱が続き、一般人である僕らは地下へと避難した。この暗くて狭い土の下にいても聞こえるほどの、争いが地上で日夜行われている。

「怖いよお兄ちゃん」

 妹も目が覚めてしまったようだ。安心させようと声をかけてやるが、それで地上からの音が途絶えるわけではない。自分の無力さを痛感させられる。

 両親とはぐれて妹と二人っきりでこの地下に逃げてきたが、それから状況が良くなることはなかった。食料は目に見えて減っていき、外の争いは激化していった。

 都市国家に暮らしてる人々が羨ましい。自分たちもあそこに入れていたら、今頃は戦火に悩まされることもなく安心して眠れていたのに。

 怯える妹を抱きしめ、赤ん坊の泣き声と戦火の轟く音を聞きながら、フライシュハッカーは心の底からそう思った。

 

***

 

 妹は身体が弱い。でもここには薬すら置いていない。ここの生活が長引いたら妹の命にもかかわる。僕の分の食料を分けて与えたいが、妹はかたくなに受け取らない。僕の事なんかどうでもいいのに、自分の心配をして欲しい。

 また赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。どうやら母親の乳が出ないようだ。この状況じゃ仕方ないが、妹はその母親に貴重な食料を分けようとしたため、無理にでもやめさせる。

「お兄ちゃんの意地悪!」

 妹はそう叫んで大泣きする。他の人は助けようともしないのに、どうして僕が悪者扱いされなければならないんだろう。赤ん坊と妹二人の泣き声がいつまでも耳から離れない。

 

 赤ん坊はもう泣かなくなった。眠ったままの様に静かだ。妹がそれにいつ気付くか不安だったが、その前に母親の姿も見えなくなった。しばらくしてから大人たちが集まっているのが見えた。恐らくあの母子の事で集まってるのだろう。大人たちがそれからどうしたかわからないが、妹にはあの赤ん坊と母親は外に出て行ってしまったと言っておいた。

 

 恐れていた事態が起きた。妹の身を病が襲った。高熱を発して妹はどんどん衰弱していく。危険を承知で外に探しに行っても、役に立つ薬は見当たらなかった。僕たちの街は全て壊され焼かれていた。戦っている連中は何一つ残していかなかった。

 最初の頃大人たちは言っていた。この戦いは僕たち子供のためでいつか感謝することになると。そう聞かされていたけれども、僕はそんなことどうでもよかった。ただ安全に妹と暮らせればそれでよかった。

 妹の病気は酷くなる一方だ。薬さえあればすぐに治せるのに、毎回妹に薬が見つからなかった事を伝えるのがつらい。そう考えていると、妹が絵を描いて欲しいと頼んできた。昔はせがまれて仕方なく絵を描いてやっていた。でも今は絵を描いて妹の病気が治るなら、いくらでも書いてやれるのに……しかし、これは落ち込む役立たずな自分を慰めるために、妹がわざわざ頼んでいたのだと後から知った。

 

妹の病気は良くなることなく、やがて妹は衰弱死した。初めは眠っているだけかと思ったが、あれほど熱のあった身体が徐々に冷たくなっていくのは、まるで魂が身体から漏れ出ていくように感じた。それでも毛布をかき集めて妹の身体を必死で温め続けた。

 妹の死に気づいた大人たちが、僕と妹の周りに集まってきた。あの母子のように妹を外に捨てるのかと思っていたが、この時は様子が違った。食料も底をつき、飢えた大人たちの目は獣のそれだった。

 彼らの異常に気付いた僕は妹を抱えて逃げようとしたが、囲まれていた自分は簡単に妹から引き離された。

 僕は必死で懇願した。でも、大人たちは僕の叫びには全く聞く耳を持たず妹を……。

 

***

 

 その後、僕はそこを抜け出し外に出ていた。銃弾が頬をかすめ、すぐ隣の地面が爆撃でえぐれても、僕は身を隠すような事はしなかった。ただふらふらと戦火の中を、死に場所を求めて日夜さ迷った。妹がいなければ自分が生きていく理由なんてなかった。

 気が付くと焼け焦げた一本の木の前に立っていた。その根元には一人の少年が身を震わせてこちらを見ていた。怯えるその目が外の音に怯える妹によく似ているなと思っていると、相手は僕に声をかけてきた。

「君も、僕と同じ?」

 鏡なんてしばらく見ていなかったため気づかなかったが、それから程なくして僕は自分の髪が真っ白になっていた事と、目が虹色に変色している事に気づいた。それは超能力者、紛い者の証だった。そして彼の目も僕と同じく虹色になっていた。彼の名前はニコと言った。

 あの頃はまだ紛い者と言う存在が現れ始めた頃でその呼び名すらなかったが、その頃すでに戦争で紛い者を利用している連中が存在していた。その一つがアンチと呼ばれる、反都市国家思想のテロリストたちだった。

 おそらくは妹が死んだとき、あの時に僕は紛い者になったのだろう。髪が白くなるほどのショックを受けて、超能力者として覚醒したのかもしれない。

 やがて僕とニコはアンチの集団に拾われ、超能力を操る訓練などを受けた後、大人たちの戦いに駆り出された。その後は各地を転々とし、僕はアンチの紛い者集団のリーダー『フライシュハッカー』と、敵味方に共に名前を知られるようになった。

 中世に逆行したかのような都市国家群……その在り方に暴力的手段で反抗する集団をアンチと呼ぶ。アンチは様々な都市に潜入し、行動を起こす機会を伺っている。それは太陽都市でも例外ではなかった。

 太陽都市の外側には様々な廃墟が存在している。その中の一つは太陽都市の中にいるアンチが、外にいる仲間と連絡を取るための通信基地となっていた。

 その通信基地となっている廃墟の中で、フライシュハッカーは太陽都市に潜んでいるアンチのメンバーと連絡を取っていた。

「フライシュハッカー、そちらの様子はどうだ?」

 ノイズ混じりの音声が通信機から流れている。フライシュハッカーが連絡を取っている相手こそアンチの指揮官『ガブリロ・フィルディナンド』であり、今は太陽都市内に潜伏している。こうして直接彼と通信するのはフライシュハッカーにとっても初めての事だ。いつもは彼の連絡員と称する男たちから、彼の命令を一方的に受けていた。

「ああ、既に紛い者はみんな太陽都市の外に集まってる。後はどうやって中に入るかだ」

 フライシュハッカーはアンチの一員として紛い者を率い、都市国家各地を回っている。彼とその仲間の使う超能力は都市国家に対抗するためアンチにとって貴重な戦力だ。

「外側にはハーリィ・Tと言う変わり者のハッカーがいる。そいつと交渉して太陽都市に入る許可証を偽造してもらえ」

「だけど、僕たち全員が入るには相当な報酬を払う必要があるんじゃないか?」

「送るのは少数でいい。次の通信の時にこちらで欲しい能力者のリストを送る。その能力を持つ紛い者だけ送ってくれればいい。以上だ」

 そう言って、半場一方的に要求を告げた後、通信は切れた。

「ふん、いいさ。そういう態度でいられるのも今の内さ」

 フライシュハッカーはアンチに属しているが、彼らの打倒都市国家の目的には興味がなかった。

「ようやくだニコ、ボクらの悲願まであと少しさ」

 フライシュハッカーは部屋の隅に佇んでいる仲間に声をかける。ニコという名の紛い者は、彼の最も古くからいる仲間で、ほぼ唯一の腹心であった。他の紛い者からはフライシュハッカーの金魚のふんと揶揄されるほどついて回り、常に周囲をオドオドと伺っているような少年だ。

 彼の超能力はテレパシー能力で、主に周囲の紛い者をフライシュハッカーの近くに呼ぶのに使われる。他の紛い者たちからはそれだけの能力と見くびられているが、彼自身それを訂正することもしなかった。

 ニコはびくりとフライシュハッカーの呼びかけに反応する。元々他者とコミュニケーションを取ることをひどく恐れており、フライシュハッカーもそれを知っている。だから、返事がなくても気にしない。これは半分自分への宣言でもある。

「食料は過剰に手に入った。次は中に入る許可証を偽造し、太陽都市の中に入る。ここにいる紛い者みんなが」

 にやりと顔を歪ませてフライシュハッカーは笑った。

「ブルメの機械を操れる力、あれを使って太陽都市の管理コンピュータ『ヴァリス』を乗っ取る。そうすれば、太陽都市はボクたち紛い者の物だ」

 それがフライシュハッカーの目的だった。そのために、ブルメの事はアンチには何も伝えてない。あくまで自分たちが利用するため、その能力の事を知ってからは秘密にしてきた。その能力があれば、都市国家でも有数の力を持つ太陽都市が丸々自分たちの支配下に置けるのだから。

「太陽都市を僕たち紛い者と呼ばれてきた超能力者の国にする……そして宣言するんだ。超能力の使えない旧人類から僕たち超能力者は新人類として独立することを」

 フライシュハッカーの目には廃墟ではなく、紛い者たちが自分をたたえる景色が映っていた。紛い者が新人類としてこの世界に君臨する事。それがフライシュハッカーの目的だった。

「行こうニコ、ボクらの悲願までもう少しさ」

 そう言って外へ向かうフライシュハッカーの後を、やや遅れてニコがついて行く。

ニコのテレパシー能力はただ自分の意思を他人に伝達するだけではない。あくまでそれは彼の使う能力の一部だ。ニコの超能力は自分の意思を発信するだけでなく他者の過去、感情、思考を読み取る事すらでき、その力の範囲だけならフライシュハッカーすら超える。一方で、その強いテレパシー能力のせいでニコは他者の話すことと本心のギャップを常に感じ取ってしまい、他人を信用できず常に怯えてしまっていた。

 彼が唯一信用しているのはフライシュハッカーだけだ。彼だけがニコに対し話すことと心で思っている事にギャップがなかった。だから安心できた。今までは。

 彼の言う悲願を語るときだけ、話すことと心で渦巻いてる感情が一致しなかった。唯一信用していたフライシュハッカーの心変わりに、ニコは動揺し恐怖したが、それを打ち明けることは出来なかった。

 なぜならフライシュハッカー自身が、己の心変わりに気づいてないかもしれないのだ。自分自身の心が己を偽っていたとしたら、誰がそれを正すことが出来るのか。長年の友であるニコでさえ、それは出来ないだろう。だからニコに出来るのは、彼についていく事だけだ。

「不安要素と言えば、あいつらがちゃんと思い通りに働いてくれるかどうかだ」

 フライシュハッカーは近くの窓から外を見下ろす。そこには紛い者が思い思いの行動をしている。ボーっとしている者、一人でスカベンジングしている者、仲間同士でつまらないけんかをしている者……。

「所詮ただの子供だ。統率を取らせるには何か共通させる意識が必要だ……例えば、怒りや憎悪といったような……」

 フライシュハッカーは思案する。自分がそうなように、フライシュハッカーが唯一信用しているのは自分だけだとニコは知っている。同じ超能力者であっても、彼にとっては目的を果たすための単なる手駒に過ぎなかった。

「ガブリロは言っていなかったが、奴らは紛い者の研究所にいた研究員を仲間に引き入れようとしてる……そうだよなニコ?」

 こくりとニコは頷いた。同じ超能力者でも信用していないフライシュハッカーにとって、アンチはそれ以上に信用できない連中だ。だから彼はニコの力を通してアンチの連中が自分たちに隠している情報を常に調べている。

「早めにそいつを探しださなきゃな。研究所の連中が何をしているか、何も考えてない舌の連中もそれを知ったらさぞ人間どもを憎むだろうからな」

 フライシュハッカーの顔が歪ませて笑う。この顔はどんな顔なのだろう。超能力を使わないただの人間の物でもなく、超能力を使う紛い者の物でもない。だが、彼が何者であってもニコはついていくと決めたのだ。あの凍える日、彼と森で出会った頃からずっと、ニコはそう決心していた。

 

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